●海の魔女 よせては返す波音にまぎれ、ざぶん、と影が躍る。高らかに跳ねてはもぐり、もぐっては跳ね。気持ち良さそうに、しなやかに泳ぐその姿は、しかしさながらお伽噺の主人公のようであった。 「あ、人魚だ!」 「え、どこどこ!?」 「人魚なんていないじゃない、もう」 夏休みも終わる頃。休暇の間開放されていた海も、間もなく再び静かになるだろう。海開きから数ヶ月、遊泳のために解放されていた浜辺。きらきらと太陽に輝く水飛沫がまぶしかった。過ぎていく夏を惜しむかのように海で戯れる人達の間に、魔女は突然姿を現した。 「あそこ、ほら! 見てみて!」 「ほんとだ!」 子供達や若者が指差す先には、一人の娘がいた。一見すると他の海水浴客と何も変わらないが、軽やかに跳ねてみせるその脚は、鱗で覆われていた。 「こっちへ来るみたい!」 声に気づいたのか、娘はすい、と泳いで人々の方へと向かってくる。 素敵。海にこんなに人がいるなんてはじめてだわ。さあ、一緒に遊びましょう? ●魔女の庭 しかし、お伽噺の人魚をすんなり受け入れたのは、ごく一部だけだった。たとえ子供の夢であろうとも、大人達にとっては異形のものに過ぎない。好奇心が勝って人魚に近づくものもいたが、大抵の反応はあまり喜ばしくないものだった。人魚が近づくにつれ、人々は悲鳴を上げ、がむしゃらに浜へ上がって行く。名残惜しそうに人魚の方を振り向いた子供の手を引き、急ぎ浜へ泳ぐ。 待って、待って。どこへいくの。一緒に遊びましょう。 人魚は一段とスピードを上げた。逃げ惑う人々、混迷の叫び。 海は彼女の庭だった。驚くべき速さであっという間に一人に追いついた人魚は、ぐいとその足を引く。沈む体、耳をつんざくような悲鳴、それに続く罵声。 どうして? 私はただ、一緒に…… 掴んだその人が溺れる様を、娘は呆然と見ていた。わからない。どうしてこんなことになってしまったの? 頬を打った感触で、娘は我に返った。気づけば誰一人娘の傍にはいなくなり、遠い浜からは物や罵声が飛んで来る。ああ、私はあそこへは行けないのに。なぜあの人達はあんなに怖い顔をしているのかしら? あまつさえ人魚を捕らえようと、再び海へ入って来る人さえいた。 違う、違うわ。どうかわかって。 娘は目を閉じ、大きく息を吸った。美しい歌声が、辺り一帯に響き渡る。 目を開けた娘が見たのは、浜に倒れ伏し、海に浮かび、波風に揺られるまま動かない人々であった。 ●魔女は歌う 「セイレーンが現れます」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)がある海辺の地図を広げてそう告げた。なんてことはない、ごく普通の海水浴場だ。 「海水浴場が開放される最終日ということで、人でにぎわっていたんです」 そこに突然セイレーンが現れたというのだ。恐らくはアザーバイドだろう、と和泉は言う。人魚がいるという噂があった場所でもなく、全く予期しない出来事だった。 「どんな目的かはわかりません。セイレーンが一人、人々の足を引いて溺れさせたり、人々を驚かせたりしていました」 和泉が予知したのは、突然現れたセイレーンに追われて逃げ惑う人々。 「このままでは、悲惨な事件が起きてしまいます。皆さんの力で、彼女をあるべき場所へ送り返してください」 その最終日というのが明日に当たる。まだ薄暗い早朝に出かけ、海水浴客が来る前に事態を収拾してくれるよう、和泉は頼んだ。 「武器のようなものは持っていないように見えましたけれど……話が通じるとは限りません」 暴虐の限りを尽くしているわけではなさそうだったが、それ以上のことはわからなかったと、すまなさそうに言う和泉。 「ひとつ、気をつけていただきたいことがあります」 その人魚が歌うと、たちどころに人々は眠ってしまったのだという。 「皆さんなら、すぐに無力化されてしまうようなことはないと思いますが……くれぐれも用心してくださいね」 穏やかな海を取り戻すため、リベリスタ達は急ぎ仕度を始めた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:綺麗 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月20日(木)22:57 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●お伽噺の中へ 静かな朝だった。白砂を踏む軽い音と、砂浜に描かれるいくつもの足跡だけが、リベリスタ達の訪れを示していた。連れ立って歩いていた一行から、『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)が次第に後れ始める。ランプを抱える腕をぷるぷるとふるわせて歩く彼女の姿を見て取った『Manque』スペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654)が、お預かりします、とランプを取った。 「セイレーンさんと遊べるなんて、まるでお伽噺のよう。素敵な夏の想い出を、綴りましょうね?」 穏やかな潮風に、水色のリボンが踊る。スペードの長い水色の髪にも、白のビキニがよく似合っていた。たおやかな体躯と白磁の肌は、さながら光のどけき海を思わせるよう。 「皆さんの水着も、とても素敵ですね」 「えへーかわいいでしょ♪ うんうん、みんなのもすてきだねぇ」 トリコロールカラーの水着を褒められ、旭が無邪気に笑う。海と砂の境界線のような青と白のボーダーを、赤いラインが縁取り華を添える。 「水着も着収めかなあ」 夏を体現したようなその水着を纏って、旭は少し残念そうに呟いた。 しかし、『人魚』はアザーバイドだった。接触には、未だ幾許かの不安も残されていた。 (どんな世界から来たか分からないが、害が出る前に退場願おうか) 『ナイトビジョン』秋月・瞳(BNE001876)とて、決して平和的解決を望んでいないわけではない。彼女も異界の言語さえ解する力を得た一人だ。異常現象への研鑽を積んで来たが故に、人魚の存在がこの世界にもたらす影響を人一倍懸念していた。 (人魚のアザーバイドにあうのはこれで何回目だろう) 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)は、以前出会った人魚達を思い返していた。彼女とも、友達になれたら。 歌を歌うアザーバイド。前にそんなアザーバイドに会った。『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)の脳裏を過るのは、同じく歌を愛したアザーバイドの姿だった。 (傍若無人で人の話を聞かない奴だったけど、ただ歌が好きで自分の歌を聞いて欲しいだけだったんだ) 「彼女も、そうなのかな……」 今度こそ、わかり合えることを願う。 (今回の異世界からのお客様は我々の世界で言うところの『セイレーン』に酷似した存在) その姿形のみならず、歌を好み、その歌が人々に大きな影響を与えるものというところも、『非才を知る者』アルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)の知る物語とよく似ていた。日差しを避けた出で立ちの彼は、上品な文様が入った黒の水着にその痩身を包んでいた。その色がより彼の白い肌を引き立てる。未だ人魚の思惑は知れないが、どんな思いであったにせよ、リベリスタ達との隔たりは決して小さくはない。 「彼女は、我々とは大きく異なる容姿と言葉という大きな壁によって阻まれています」 無害な存在ならば、必ずしも敵対することが目的ではない。 「ですから、私たちで彼女のための宴を開き、自分の世界に満足して返っていただけるようにしましょう」 「ええ。いずれ別れる運命だとしても、ひと時の夢物語を楽しみましょう」 『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)も頷く。どのような対面で始まろうとも、その存在との別れが約束されていることはわかっていた。 (色々なケースに立ち会っては来てるが、今回はどうなるか) これまで黙って話を聞いていた『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)の懸念は晴れつつあった。 (今回は対異世界の専門家みたいなメンバーも居るしな。こっちが、下手な事をしない限りはきっと大丈夫だろう) まだ明けない空とは裏腹に、彼の思いは前へと向かっていた。 「んじゃ……今回も張り切って行くとすっかねえ」 猛の言葉に一同が頷く。応えるように、足下で波が跳ねた。 ●ココロ、通わす 「さて、今回の対象は何処に居るのかね」 夜目の利く猛がぐるりと海原を見渡す。静かだ。ここからは見えないところにいるのかも知れない。スペードはボートを浮かべ、雷音と瞳は海へ飛んだ。猛が海に手を差し入れる。まだ水は冷たい。突然のことに人魚が驚いても困ると、話し声や水音でこちらの存在を知らせる意図だった。 朝靄に影が揺れた。 「おはよう、人魚の姫君。うつくしい声だな」 雷音の姿にはじめは不思議そうな表情をしていた人魚が微笑む。褒められたことで気を良くしたのだろうか。 「よろしければ、ボクの仲間もいる」 歌が好きな仲間も、と後ろを振り向けば人魚の視線が追いかけて来る。 「ご一緒しないかな? ボクたちは君に危害を与えるつもりはないのだ」 『うれしいわ、もちろん』 よかった、彼女に敵意はないようだ。雷音は安堵する。一団は無用な争いを避けるため、敢えて武装を解除して来た者がほとんどだった。それらの配慮も功を奏したのだろう。 「ボクは朱鷺島雷音、君の名前を聞きたい」 らいおん、と唇で紡いで人魚は微笑む。やわらかい響きだ、と。 『アデリーヌ』 わたしは、アデリーヌ。 さあ行こう、と雷音が誘う。 「……問題なさそうか?」 笑顔で問う猛に、雷音は軽く手を振ってみせる。きっと上手くいくだろう、と気楽に構えていた彼の顔に険しさはない。 「人魚さーん!」 余程嬉しかったのだろう、人魚の姿を見るや否や、ランプを手に取り旭が浮き輪につかまって海へと飛び込んだ。マイナスイオン全開でこちらへやってくる旭に人魚も嬉しかったのか、突然速度を上げて旭の方へ泳ぎ出す。 一瞬の出来事だった。 好奇心旺盛な人魚は、きっと遊びたくてうずうずしていたのだろう。旭の姿が水面から消えた。先にきちんと伝えるべきことを伝えておくべきだっただろうか? (……っ!) 息が苦しい。鼻も口も水に満たされながら、旭はぐっと堪えた。仲間を信じている。 「待つんだ!」 引きずり込まれる可能性を警戒していた瞳の鋭い声に、人魚が水面へ顔を出す。水面に落ちたランプ、早く気がついたこと、瞳が泳ぎやすい水着を着ていたこと。ボートを出していたこと。いくつもの幸運が重なり、間もなく旭は瞳や仲間達に助け出された。 「この世界の人間は、一般に水中では呼吸できない。海に引きずり込まれるというのは、襲われているようにしか見えないんだ」 瞳が厳しく、しかし正確に事実を告げる。一悶着あったものの、結果的に事の深刻さは人魚に伝わっただろう。 「気付いてないかもしれないけど、ここはあなたの世界じゃないんだ」 アンジェリカがじっと人魚の瞳を見据える。きょとんとしていた人魚は、その言葉にはっとした。 「貴方を怖がる人も多いし、貴方の歌は人に悪影響を与えてしまう。ボク達は貴方を元の世界に帰す為に来たんだ」 ただ異世界から来たというだけで、何の悪気もない存在を傷つけたくない、殺したくない。例えそれが自己満足だとしても。お願い解って。 アンジェリカは真摯に訴えた。今度こそ伝えたい。傷つけたくない。わかり合いたいんだ。 「そのような姿をした存在は珍しく、一般には秘匿されているんだ」 そうだ、わたしとこの世界、わたしとこの人達とはちがうんだ。 「容姿や言葉の違いで、少しの行き違いがありましたが……我々は貴女に敵意を抱いているわけではないのです」 アルフォンソの言葉に、引きつりかけていた頬がゆるむ。しかし、その瞳は依然として不安の色をたたえていた。 「あのね。わたし、人魚さんに会えてうれしいよ。でも、こっちのひとは海で人魚さんみたいに遊んだらすごく危ないの」 「セイレーンさんの歌声には、力があるんです」 旭の言葉にスペードがそう添える。人魚は惑う。告げられた言葉の重みに、そして歌う前に宣告された『力』の正体に。 「人魚さんの歌を聴くと普通のひとは眠っちゃうんだよ。それで、溺れて死んじゃうの」 旭に何かを言いかけて、口をつぐむ。 「そして、その存在はこの世界に悪影響を齎すものでもある」 瞳の語る真実に、人魚は大きくゆらいだ。 「……ごめんね。だから、帰ろう? 人魚さんが帰ってくれないなら無理やりでも、って言われてるの」 そんなの、やだよ。つい先程自分が傷つけてしまった少女の悲しげな表情に、人魚も瞳を曇らせる。 『そう……わかったわ。ごめんなさい』 すい、と翻した背中がアンジェリカの言葉で留まる。 「ありがとう」 心からの微笑。わかってくれて、ありがとう。アンジェリカは続ける。 「でもボク達なら大丈夫。他の人たちが来るまでだけど、思いっきり遊ぼう?」 「ええ、私達は貴女を楽しませて差し上げたいのです」 ぱっと人魚の表情が明るくなる。アンジェリカにアルフォンソに、一同の顔を代わる代わる見て、一粒感激の涙をこぼした。 ●夏の日の思い出 「すっかりご挨拶が遅れてしまいましたね。私はスペードです。アデリーヌさんとお友達になりたくて」 「俺は葛木猛だ、少しの間かも知れねえが宜しくな?」 『うん、よろしく』 もう人魚の表情に翳りはない。 「よーし、早速遊ぼうぜ!」 猛の合図で海へ駆ける。ご機嫌よう、とミュゼーヌが人魚へ歩み寄る。 「お伽話の人魚さんと接するなんて光栄だわ」 羽織っていたパーカーが風に煽られて音を立てる。浜辺にパーカーをかければ、歯車模様の模様と装飾の可憐な黒ビキニ。機械の足でも海水は大丈夫。ゆっくり海へと入る。 「この世界には、貴女によく似た存在の物語が数多いの。私、その物語に憧れたわ……昔は泳げなかったから、自由に泳げるのが羨ましくて」 人魚は静かにミュゼーヌの言葉に耳を傾けていた。自身が物語に記される者だと聞くと、鈴をころがしたような声で笑った。 『わたしが、物語? なんだか不思議』 「だから私、貴女の事を知りたいの……かつて憧れた物語に触れたくて」 『わたしも、あなたたちのこと、知りたい!』 教えてちょうだいとせがむ彼女に、雷音が昔話をしよう、と提案した。 「ボクは以前君のような人魚に出会ったのだ」 うんうん、と人魚は興味を宿らせた瞳で頷く。 「なんともお人好しで、素直になれなくて、一人で悩んで」 「でも、大切な友人だったよ」 『友人』 「ボクは彼女を助けたかったけれど出来なかったんだ」 えっ、と短い声が上がる。自分の出会いはとても幸運な出会いだったのだ。 「だから、というわけじゃないが、君は無事に、元の世界に返したいと思うんだ」 ただ遊びたかっただけ。そんな彼女の願いを叶えたい。 「だから、この世界を少しの間でも楽しんでくださったら嬉しい」 人魚は微笑んで頷いた。感謝したいくらいに、幸せな出会いなのだ、これは―—。 「あと、少し泳ぎを教えて欲しい」 上手に泳げるようになって、家族を見返したいんだ、と言えば、人魚はまかせてと海へ誘った。 『こっちこっち! そう、とっても上手だわ』 雷音が少しずつ上達すれば、人魚は我がことのように飛び上がって喜ぶ。 「わたしもちゃんと泳げるよ!」 浮き輪を放り投げて泳ぎ出す旭の横を、人魚が駆け抜けていく。勢いの良い水流が、旭の体をゆさぶった。はやくはやく、と立ち止まって急かす人魚に、スペードがゆっくり追いついた。 「ごめんなさい。アデリーヌさんのように、上手に泳ぐことができないの」 彼女と同じ景色を見られたら素敵だ、というスペードを連れ、それならと海へ潜る。 『わたし、あの魚が好き、珊瑚が好き、海が好き! スペードはどう?』 「ええ。海の世界は、とても綺麗ですね」 「ね、手引いていってもらえないかなぁ。人魚さんみたいに泳ぎたい!」 『それじゃ、いくよ』 旭の手を引いてはすいすいと加減して泳いで、水面に顔を出しては二人で笑い合う。 「ボクも混ぜてもらえないかな」 黒のふりふりワンピース水着のアンジェリカを見て、人魚はお揃いだと笑う。『ほら、泳ぐとひらひらして、かわいい』 「どうだ、せっかくだし競争してみようぜ! 一応、泳ぎには自信あるしな!」 細身ながら引き締まった体の持ち主である猛がそう挑戦する。 『ふふ、わたし負けないから』 「へへ、俺だって負けねえぜ…!」 ふたつの白波がまっすぐに走っていく。その先にミュゼーヌが不意に顔を出してみせた。 『どうしてわたしのいるところがわかったの?』 「ふふ、内緒」 教えてよぅ、とせがまれながら共に泳ぐ。 「貴女のいた世界でも、こんな風に一緒に人と泳ぐのかしら?」 『わたしたち、みんな仲間と泳ぐの。でも、あなたたちみたいな友達がたくさんできたのは、はじめて』 「そういえば、こちらの世界に来たのは初めてじゃないのか?」 『うーんと、よくわからないけど、たぶんはじめてだと思う。みんながいるところだから、何度だって遊びに来たいところだけど』 さりげなくも抜群のスタイルを誇る瞳が問えば、人魚はいくらか要領を得ないながらもあれこれと話してくれた。 『わたしのいた海にも、ここにいるみたいな珊瑚や魚達がいるわ』 『……ごめんなさい、ゲートってなにかしら。よくわからないの。わたしたちはね、みんな揃って過ごしているわ。あまり遠くに行ったことはないから』 わんぱくな彼女だけが群れから離れて過ごすうち、気がついたらここにいたのだという。 『ところで、あなたたちは空を泳げるの?』 やってみるか、と聞かれればうれしそうにはずんだ声。瞳に翼の加護をほどこしてもらい、人魚は空を泳いだ。泳ぎはずっと得意そうだと思っていたけれど、案外うまく空を飛べずにバランスを崩してはおかしそうにする。 「さあ、そろそろ休憩しよう」 雷音の手には綺麗な空色のゼリー。しゅわしゅわはじけるソーダ味が、海から上がった体と高揚する心にしみた。 「皆さんで、貝殻を集めてみませんか?」 スペードの提案で集められた色も形もばらばらの貝殻は、今ひとつに結わえられ、人魚に手渡された。 『わあ……! どうもありがとう、絶対大切にするわ』 早速身に付けて似合うかしら、とはにかむ。わたしも何かお礼がしたいという人魚に、それならと口々に歌をせがんだ。 『え、でも……』 「ボク達には耐性があるから大丈夫。さあ、どうぞ!」 アンジェリカに促され、人魚は目を閉じ大きく息を吸い込んだ。 (まるで広い海に揺られ抱かれる様な、心地の良い歌声で……――) すぅ、と広がる歌声は、穏やかな波のうねりのように響き、海を浜を渡る。 「……歌声……綺麗だな。いや、綺麗だからこそ魔力が宿るのかも知れねえ、か」 猛がしみじみとつぶやく。とんとんと雷音に肩を叩かれ、うっすらミュゼーヌが目を開ければ邪気を払うまばゆい光。 「――……ね、寝てないわよ。本当よ」 「本当に?」 こんなサプライズも面白いだろう、と雷音が笑えば、つられて笑顔が広がる。 (……すごい!) 歌好きの血が騒いで、アンジェリカは思わず次は一緒に歌おう、と誘っていた。並んで歌う声は、空をも駆け抜けて響く。途切れることのない余韻に浸り、旭が二人の歌に惜しみない拍手を送る。心に染み渡るような歌の宴は、まだ終わらない。 「お礼にボク達の世界の音楽を」 アンジェリカは頭にめぐる譜面をバイオリンで奏でる。初めて見る楽器、初めて触れる音楽。人魚は感極まったのか、演奏を終えたアンジェリカをぎゅっと抱きしめた。 「……私も一緒に歌ってみようかな」 瞳の口からこぼれ出す天使の歌に合わせて、人魚も口ずさむ。私の歌も元をたどればアザーバイド由来の力なのだと言えば、驚きながらも少し嬉しそうな人魚であった。 「これは貴女のようなローレライの歌です。こちらの世界では有名なのですよ」 アルフォンソが記念に歌って教えてくれたのは、自分のような存在を歌ったこの世界の歌。 『わたしのこと、歌ってくれてありがとう』 「どういたしまして。この歌の美しさが別の世界でも歌われることを想像するだけでうれしいですね」 楽しい時間はつかの間。 「じきに此処は、貴女の噂を聞いた人でいっぱいになるわ。その中にはきっと、心ない人達も少なくないでしょう。……寂しいけど、元いた場所に戻る事を勧めるわ」 ミュゼーヌに、わたしも寂しいな、と人魚がこたえる。 「残念ながら全員がボク達のように友好的ではないのだ」 名残惜しいがお別れだ、と雷音もいう。 これから夏が巡るたび、スペードはアデリーヌのことを思い出すだろう。 「こちらの世界の海は、気に入っていただけましたか?」 『うん、とっても。きっとまた来たいな』 「……そうだな。縁があれば、か……良い方に期待しとくぜ」 「離れていても、ずっとお友達ですよ」 ちょっぴり悲しげにしながら、スペードや猛にも別れを告げる。 「素晴らしい歌をありがとう。忘れないよ、貴方の歌」 「ばいばい、またね!」 アンジェリカと旭の笑顔に送られて、人魚も笑って手を振った。 「また人魚さんと遊びました。また会いたいです」 雷音が養父にいつものメールを打ち終えた後、遠い海の向こうから、彼女の歌が聞こえたような気がした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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