● 世界を冒涜した。 「隠したら、良いわ。大丈夫私がついてるから」 じゃり、じゃりと穴を掘る。砂が爪先に入った。 大丈夫だから、大丈夫だからと耐えず繰り返す。 修道女の服は砂にまみれて汚れてしまった。 隣で座り込んだ少年の頭を撫でて。修道女は唯、優しく笑った。 「大丈夫、神と私を信じて」 少年はその日、人を殺した。 一人の男。少年の母親に暴力を働いていた男だった。 修道女は少年と一つの秘密を共有する。そう、在り来たりだけれども罪深い彼女の世界の冒涜。 ただ、少年を守りたい一心。心優しい少年と分けあった悪事。共犯者としての、冒涜。 ――この人を、隠してしまいましょう。 だけれど、そのヒミツも叶わない。ふらり立ちあがったのは死んだはずの男。 ● 「罪を犯しても世界は息を止める事はないの。私も貴方も常に理不尽に苛まれる」 ブリーフィングルームに入るなり資料を差し出した『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は紡ぐ。 「ねえ、護りたいものってある? 自分全てを擲ってでも、護りたい人はいる?」 なんて、彼女の言葉遊びに過ぎない。 「中村優弥。彼は人を殺したわ。ただ、護りた一心で。自分の母親を、庇って」 少年はまだ年若かった。幼いから、殺すしか手立てがなかった。 「母親に新しく出来た恋人が優弥の殺した男。名前は栄衛。 殺してしまった、どうしようもなかった彼は友人にその事を相談したの」 優弥の相談した友人、古びた教会に唯一人だけ残った修道女。ただ、そこで祈りを捧げるだけの彼女。 彼女にとって優弥はよき友人だった。幼いたった一人の友人。 「『わたくしが守る、大丈夫。君とわたくしは共犯よ』――と、彼女達は死体を隠そうとしたわ」 フォーチュナは一度口を閉ざした。すぅ、と息を吸う。 「修道女と優弥が隠そうとした栄衛はアンデッドとして起き上った。彼は気性の荒い人だから自分を殺した優弥を殺そうとするわ。彼を守って欲しいの」 瞳を閉ざす。守るだけでは、足りないソレ。 「増殖性革醒現象ってご存知……? ソレによって優弥も1分程度でノーフェイスになってしまうわ。 誰の所為か、それはね……彼の最愛の友人、修道女もノーフェイス。彼女は無自覚にも罪深く、増殖性革醒現象を促進させてしまっている」 彼女がモニターに映し出したのは優しそうな女が幼い少年と絵本を呼んでいる場面。 「彼女は、何も知らない。優弥を守りたいと言った彼女が、優弥を苦しめるの。 戦闘開始から1分後に優弥と修道女が80m以内に居たら優弥は覚醒する。ただ、優弥少年は修道女から離れたがらないわ」 どうにかして優弥を修道女から離さなければならない。 けれど、親愛なる友人が大切だから。優弥も修道女も互いが互いを大切にしている。 優弥は不幸な少年だった。早くに父親を亡くし、母親は水商売に行き彼へ構わなかった。次第に無口になっていく、そんな彼のたった一人の友人がこの修道女だった。大切な人。大好きな『友達』。 「皆に頼みたいのは栄衛と、修道女・テアルへの対応よ」 どの様に彼と彼女と少年に対応するかは任せるわ、と前を向く。 「秘匿したのは罪、心優しい修道女は紛れもなく少年を蝕んでいる。 さあ、目を開けて? この悪夢を――哀しい夢を、幸せに変えて」 フォーチュナは静かに笑った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月07日(金)22:47 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ――世界を冒涜した。 優しさが同情であるならば、只の甘えだった。『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)はアストライアと名付けた弓を握りしめる。罪を背負ってでも通すべき道はあった。けれど、罪を分け合うことなんてできない。 「世界は、優しくないんだ」 「そうでござるな……」 武器を握りしめ、『影なる刃』黒部 幸成(BNE002032)はシスターの横顔を見つめた。世界を崩界へと導く者は捨て置けなかった。救いがあるならば――だが、『世界は優しくない』のだ。覚悟を決めなければならない。いざという時はその手で、決断を下さねばならない。 「どんなに神を信じようとも現実は非常なり、ってか」 神様は赦しを与える事も、其処に安穏を与える事もしなかった。ただ、彼が行うのは常の仕事。『さすらいの遊び人』ブレス・ダブルクロス(BNE003169)はCrimson roarをしっかりと握りしめる。 世界が優しくない事は長い時を過ごした『嘘つきピーターパン』冷泉・咲夜(BNE003164)にも良く分かっていた。昔、妹に読み聞かせた優哀の書を腕に抱く。 「因果応報、やったことは自分に返ってくるのじゃよ」 何時しか責は自分に返る。それは少年にも、自分達にも同様に。神は分け隔てなくその責務を寄越した。それは、修道女にだって一緒だ。知らぬことこそが尤も重い罪――なのかもしれない。 世界は、優しくはない。世界は大きな湖だった。『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)は巫女服を纏い、ゆっくりと歩んでいた。 「――私達は、小石にも満たないのかもしれません」 大きな湖に波紋を立てる事すらできない小さな石なのかもしれない。投げ入れると、ぽちゃりと音を立てて飲み込まれるだけかもしれない。それでも、彼女らは生きているのだ。 ただ、波を立てる事も出来ない石であれど、小さな欠片であれど其処に色を湛え、想いが満ちているのだ。 「……思うままに生きましょう」 それが、結果として変化を起こさない事であったとしても、その過程に無駄な事は何もないと思うから。そう、生きた軌跡が確かに其処に在るのだから。 増殖性革醒現象。生きていても益はない。リスクが大き過ぎる存在にリオン・リーベン(BNE003779)は溜め息をつく。世界は広大だ。そんな中で中村優弥という少年はたった一つの小石にも過ぎない。だからこそ、彼はこの言葉を口にするのだ。『不運』だと。 「だが、それも運命だ」 一応救えるならば、救いたいとも思う。其れがリベリスタであるから。『救い』は万能ではない事をいやというほど知っていた。護りの効率動作を同調しながら、彼は目の前のシスターと少年を見つめた。 嗚呼、この二人の接点が何処に在るかなんてわからない。説得を行うと聞いていた。この二人へ声を掛けて。――なんてお人よしなのだろう。彼の目前の仲間達を見て思う。だが、それも悪くないだろう。彼らが説得すると言うならば、協力は惜しまない。 『非才を知る者』アルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)は将校の如き視野を発揮する。秘密があるのは誰だってそうだ。罪の共犯者。其れは信頼関係の上に成り立つ。決して是とはされない行為。 倒すべき人物だとは知っていた。少年の心を傷つける事を避けようと、彼は一歩踏み出す。 ● 金属バットを振り被る栄衛の前に幸成は滑り込む。視線が修道女と交わった。 だが、其れも一瞬。意志を持つ影が幸成を援護するように変化する。 敵の足止めは十分慣れた物だった。故にこの場は任せろと彼は背を向ける。優弥とテアルを説得できればと言う優しい仲間達の想いを無碍にはできなかった。此処から先には進めさせない。止めて見せる、決意は固かった。 「初めまして。シスター・テアル。私は杏樹」 修道服の女が二人。テアルと杏樹。彼女に向き直りながら、杏樹は『いとうさん』伊藤 サン(BNE004012)と共に少年と修道女の前に立っていた。 「聞いて、僕が今から言うのは本当の事」 彼は両手を広げる。機械化した伊藤の腕は優弥からは唯の人の腕に、テアルからは機械のソレに見えていた。 「――君達に僕はどう見える?」 伊藤だけではない。杏樹のヴァンパイアの牙も、弓も、テアルにしか見えない光景。其れこそが決定的な違いだった。 見えた物を其の侭応えた修道女に優弥は目を瞠る。瞬きを繰り返して、修道女の言う『機械の腕』も『弓』も見られない、と俯いた。 「僕が機械って分かるのはね、テアルさん」 君が人間じゃないから。 ただ、そう紡いだ。人間じゃない。僕らと同じ。でも、僕等とも違う。 テアルはぎゅっと胸の十字架を握りしめた。 「私達は君達を知っている。シスター・テアル。中村優弥君。それに栄衛」 何があったのか、世界を冒涜した訳を、彼女らは知っていた。目を見開いたテアルに伊藤は繋げる。 「テアルさん、君は優弥さんと『違う』んだ。君には世界を滅ぼしてしまう因子がある」 「世界を、滅ぼす?」 「僕らは『世界を滅ぼす』人を『滅ぼす』存在。君のその因子は優弥さんに感染してしまう」 伊藤の言葉に、テアルは腕にしがみついている優しい友人の顔を見つめた。怯えの色を灯したままの少年の瞳がじっとテアルを見つめていた。 「――ねぇ、目閉じて」 思い出を一つ一つ思い出してみてよ、伊藤は優しく、微笑んだ。黒い瞳が細められて、思い出をなぞる様に一つ一つ数えて。 「その世界、しあわせ?」 その応えは聞かなくたって分かっていた。優弥も、テアルもたった一人の友達が其処に居た。『ふたりぼっち』の世界だった。 彼と彼女の幸せを無くす訳にはいかなかった。 「決めて。今、君と杏樹さんが全力で反対方向に走れば『滅ぼす力』は優弥さんには感染しない」 伊藤はぐっと拳を固める。分かっている、問わずにはいれなかった。彼女の、言葉を聞きたかった。 「テアルさん、君は、優弥さんに世界を滅ぼして欲しい?」 そんなわけないと、分かっていたのに。テアルは目を伏せる。ゆっくりと、修道女は杏樹の手を取った。 優弥には聞こえない様に、杏樹は囁く。優弥を守る手助けを、と。タイムリミットが間近であると告げるとテアルは目を伏せた。応えは決まっている。救えない命だと杏樹にも分かっていた。 「ごめんなさい、私には貴女を救えない。けど、優弥は絶対に護り切る」 その言葉にテアルは嬉しそうに微笑んだ。嗚呼、彼が幸せになれるなら―― 「優弥、シスター・テアルは私が守るから、お前は直ぐに伊藤と此処を離れて」 二人一緒には守りきれない。彼女はテアルの手を引く。 神秘を知る者と知らざる者と。杏樹は前者であった。彼女の身に宿る神秘の力は優弥には解らない。到底理解の及ばぬ領域。 「お願い、シスターテアルは必ず守り切るから」 彼女は頭を下げる。如何しても、此処から離れて欲しかった。 友達が居ないという優弥。彼と修道女の『ふたりぼっち』の世界。そんな世界、神は何故許すのか。神が常に理不尽だ。戸惑いを隠せないまま杏樹とテアルの顔を見つめた優弥の肩を伊藤はぽん、と叩く。 「優弥さん、君が世界を滅ぼす事を彼女は喜ぶと思う?」 少年は首を振る。そんなことないのは分かっていた。けれど、受け入れがたい現実だった。世界を滅ぼす力なんて大きい物をこの優しい友人が持っている訳がないと、そう思ってしまった。 「エゴでごめん。どうか、どうか世界を滅ぼさないで」 何が悪か、何が正義か。何が正しいのか、何が間違っているのか。そんなもの伊藤にも解らなかった。それは、只のエゴ。 ――けれど、世界が大切だった。大好きだった、愛しかった。愛して、しまった。 「僕にも大切な人が居る。この世界に。君達の様に」 優弥の手を握りしめる。 「お願いだ、信じて!!」 伊藤は彼の揺れる瞳を見つめた。伊藤の言葉が『正しい』事であっても、怖かった。解らなかった。恐るべき『お化け』が彼らを襲って、其れを喰いとめる人が居た。アニメーションの世界の様で、怖かった。 「――ただ、一言付け加えるなら。私は、優しい終わりであれば、と思いますよ」 背を向けたまま、彼女は言う。紫月の放った不吉な影は栄衛の不運を占い、告げる。その不吉を。その運命の行く先を。 彼女はそれ以上は言わなかった。唯、修道女の意思に任せようとした。杏樹の手を取り、走り出す修道女の背を、伊藤は泣く優弥の肩を抑えて見守っていた。 嗚呼、何て――何て、世界は理不尽なんだろう。 ● 世界を守る為ならば、自分が傷つこうとも委細かまわなかった。本来ならば罪なき誰かが傷つく事もやむを得ない。それが世界を守るというリベリスタの、幸成という人物の使命だった。その想いを胸に戦う姿を振り返りながら修道女は見ていた。 世界を守る、其れこそが彼らの使命だという事がいやというほどに伝わってきた。 「…先ずは、あなたに沈んで貰いましょう。手抜きはしません、御覚悟」 同情の余地なんて、ありませんから、と紫月はゆったりと笑う。彼女は道を示した。祈りだけでは何も救えないと分かっている。後悔する決断をさせた訳ではないという事が胸を占めていた。 選ぶ権利は、彼女らに在った。彼女らが秘匿した罪と少年が共に為るのは耐えがたい事だろう。 Crimson roarで纏う電撃が栄衛の体を裂く。 「死体は死体らしくさっさとくたばっとけ!」 背後を取り、幸成とは逆の方向からブレスはその銃剣を振るう。鈍く月明かりで光る切っ先がアンデッドの腹を裂いて鮮血をあふれさせる。 リオンが行った攻撃動作の同調により格段に戦闘がしやすくなった彼らはたった一人の悪人へと攻撃を加えて行く。 「彼女は優しい嘘で少年を傷つけたくなかったのでしょうね」 アルフォンソの言葉と共に投擲された閃光が栄衛を包み込む。身動きを取れなくなった彼へと小さな鴉を咲夜は放つ。栄衛の瞳に怒りが湛えられる。 咲夜に近づこうとする栄衛の体を幸成が押しとどめる。 「貴様なぞに負けるつもりは御座らん……!」 振り返らなかった。背中に感じた視線は、修道女や少年のもであると分かっていても。どうなろうとも、彼は気にしなかった。忍びであったから。唯、自分は自分の役目を全うしようと思っていた。 微力だと、それでも役に立とうと彼は死の爆弾を植え付ける。炸裂する其れに怯む男の顔をじっと見つめた。 遠くへ走り去っていく修道女も少年も、彼らの行く末が気に為らない訳ではない。其れでも、目の前の男を倒す事が使命とあれば、其れだけを目的にした。 「仲間達の想いを、無碍には出来ぬというものに御座るしな」 此処で倒れてもらおう、と彼は仕掛け暗器を振り翳す。まだ、弱弱しい男はその身を強化する事ができていない。 走り去った、彼女の事を想いながらもブレスはアタッカーとしての使命を全うしていた。 もし、全てが済んだ後に彼女らが何か言葉を交わすなら、その動向を見守ろうとも思う。其れまでに、二人が生きているならば、だ。 その時はきっと誰かが修道女を殺すのだろう。その魂をこの理不尽な世界から解き放たねば為らないのだろう。 その時は自分が殺そうと思う。ブレスは自嘲する。こういう汚れ仕事は、慣れた者がやった方が良いだろう、と。 振るった剣が栄衛の身を裂いた。栄衛のバッドが彼の腹に入る。ふらつく足で彼はもう一度栄衛の肩へと剣を振り下ろす。 現実は非常だった。分かっていた。現実は、常に、理不尽だった。 「――さっさとくたばれっていってんだろッ!」 まるで獣の咆哮。振るう切っ先は耐えず男の身を裂く、裂いて、鮮血を咲かす。 「大人しくしておるのじゃ」 鴉が飛びまわる。この暴力もきっといつかはその身に降りかかる災厄になるのかもしれない。けれど、護る為ならそれすらも厭わない。此れから少年の友を奪うのだ。恨まれたって良い、憎まれたって良い。 「わしらを恨むなら、何時か復讐してくれればいいのじゃ」 ――そうすれば生きていける。少年が生きる為に怨む事が必要になると言うならば、悪にだってなろう。其れが大人だ、と彼は笑う。 咲夜の式神は宙を舞った。唯、優しく、終りを告げる様に。 紫月が放つ不吉は終りを告げる。其処に在るのは、安穏ではない、二度目の死。躊躇しなかった。戸惑いはそこにはなかった。 同情はしない、此れが彼の終りなのだから。 「――私は、優しい終わりであれば、それで良いのです」 男は、地に伏せる。この場のたった一人の『悪人』は二度命を失った。寂れた教会が彼の命を弔う様にぎい、と小さく扉を開く。 その扉の向こうで何時も祈っていたであろう女の姿をアルフォンソは想い浮かべて瞳を伏せた。 「彼女は、優しい人だったのでしょうね」 その優しさは修道女・テアルその人そのものだったのだろう。彼女の死が、少年の未来に影を落とさぬように。そして彼女にも優しき眠りが与えられる様に。 そう祈る。世界は、息をしている。 「私達は、小石であれど、波紋を残せるのでしょうか」 草木の陰から覗いた月を見上げ、紫月は視線を落とす。彼らの生きる道に訪れる変化は、唐突で、形を為さないものばかり。 その道の途中、全てを拾い上げれなくても、何かを救えたのであれば、其れで良い。長い黒髪が静かに揺れた。 白い煙が上がる。煙草の煙だ。ブレスは息を吐く。 「――現実は非常だな」 その呟きは、ゆっくりと空へと昇る白煙と共に、風に消された。 ● 肩で息をする。月明かりの差し込む雑木林の中。そこには二人の修道女が居た。運命に愛された修道女と、愛されなかった修道女。 「シスター・テアル。身勝手なお願いがある」 信じる者へ、蔦の絡んだ銀製の古い十字架は月に照らされ鈍く光る。咎の十字架を握りしめた杏樹はテアルへと向き直った。 「優弥には、私達と一緒に行くように伝えて欲しい」 此れから彼女がどうなるか、そんなこと杏樹は言わなかった。否、告げなくったってシスター・テアルはその身に起こる此れからを分かっていたのだろう。 ただ、優しい修道女はじっと、杏樹の言葉を待った。 「貴女が支えてるなら、優弥はきっと世界に負けないくらい強くなる」 橙の瞳が湛えたのは慈愛。耳障りな音と共に繋がった通信に、テアルは俯いた。髪が、彼女の顔を隠してしまう。 『シスター……!』 少年の声が、聞こえ杏樹は俯く。嗚呼、何故神はこうも理不尽なのか。 「優弥、わたくし、私、戦士様と共に往きます」 ぎゅっと十字架を握りしめる。だから、もう共に入れないと。もう貴方を守れないと、ゆっくりとゆっくりとたった一人の友人に『ふたりぼっち』の終了を告げた。 「――有難うございます。シスター・杏樹」 向き直った修道女に、杏樹は眼を伏せた。神はなんて理不尽なのだろう。途切れた通信が、彼女と彼の永遠の別れを表している様だった。 月が、揺れる。嗚呼、水面に映し出された様に歪んで見えた。溢れ出そうになる涙を飲み込んだ。 泣いている修道女の胸に突き刺したのは彼女の慈悲の弓。十字架が指先からこぼれ落ちる。倒れた彼女の体を横たえて、祈る様な修道女の亡骸の傍でただ、祈った。 「優しき修道女に安らぎと安寧を。――Amen」 神様、神様、最期位彼女の嘘を許してやってください。 ――嗚呼、神様。 馬が、鳴き声を上げる。もう蹄の音は響かなかった。歩む事をやめた、雑木林の中。邪魔する者を電撃で苦しめるゲオルクの人差し指は、ただ少年の背を撫でていた。 優しく、優しく。伊藤は優弥を抱きしめる。涙が、溢れ出ていた。 嗚呼、別れが辛くて、苦しくて。 「辛いよね、哀しいよね」 ごめんね、と耐えず繰り返す。何度言ったって足りなかった。エゴだった。世界が、それでも好きだった。 「優弥さん、僕は君の罪を知っている。けれど、今忘れたよ」 背を撫でてて、少年に笑いかけて。彼の機械の腕は冷たくて、少年を温める事はできないけれど。其れでも、抱きしめる。辛さを分け合う事も罪を分け合う事も出来ないと知っていても。 「僕は何も知らない。君は何も悪くない。大丈夫、泣かないで、僕が君を護るから――」 伊藤は、知っている。世界はそんなに優しくないし、世界は理不尽であると。 「ねえ、シスターは?」 少年が小さく問う。もう、戻ってこない事は分かっていても。 少年の嗚咽が伊藤の鼓膜を擽った。馬上で、ただ、抱きしめて。彼は目を閉じる。 こんなにも理不尽なのに、それでも世界は巡っている。 それでも、世界を愛していた。 「理不尽でしょ?」 応えはないと分かっていても。 「理不尽だよなぁ……」 ただ、少年を抱きしめたまま、伊藤は俯いた。 「涙が、出るよ」 ぽたりと落ちた雫はどちらのものか。 世界は耐えず息衝いた。 理不尽にも、傷跡を残しながら。 唯、月に思いを湛えて。 ――それでも、世界は息をする。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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