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8がつ31にちのきせき


 蝉の声。
 アブラゼミ、ミンミンゼミ、ツクツクボウシ、クマゼミ。音の奔流に満たされた雑木林を駆け抜ける。柔らかな腐葉土の感触がサンダルの下で心地よく、意味もなく虫取り網を振り回す。ジジ、と声を上げて近くの枝からセミが飛び立ち、また他の枝に止まるのを視界の端に捉えながら、少女は走っていた。 
(なつやすみがおわっちゃう)
 一種の強迫観念にも似た思考がじわりと少女の脳を侵食していく。八月三十一日、夏休み最後の日。家に帰れば最後の宿題――最終日の日記だ――を仕上げてしまって、お風呂に入って眠って、そうしたら夏休みは全部おしまいだ。
(まだこんなに夏なのに!)
 ぶわりと蝉の声が膨れ上がったような気がした。空は青い。雲は白い。蝉はこんなに元気に鳴いていて、太陽の光は木々の隙間から細く、だが強く差し込んでいる。黄緑色の光のカーテンに導かれるように走る少女の肌はこんがりと日焼けし、麦わら帽子に巻かれたリボンは彼女が走るとふわふわ揺れた。夏だ。遠くから川の流れるこぽこぽという音が聞こえる。むわんとした樹と土の匂い、それに混じる樹液の香り。夏だ。まだ、まだずうっと夏だ。それなのにどうして夏休みが終わるのか彼女には理解できない。まだできていないことがたくさんある。自由研究のアサガオは咲いていないつぼみがひとつあったし、大きなカブトムシだって捕まえていない。夏休みの目標だったクロール五十メートルも途中で足をついてしまったし、三組のたくやくんと川へ遊びに行く約束だって、なんだかんだ予定が合わなくてまだなのだ。これじゃあ夏休みなんて終えられない――、
 緑のカーテンが途切れた。蝉の声が一気に遠くなる。雑木林を抜けたのだ。
 
 「……あ、」
 雑木林を抜けた先は、広く開けた原っぱになっていた。少女の腰ほどまである背の高い雑草は葉の一部を黄色く乾燥させ、やや離れた場所にはススキが群生しているのが見える。草につくかつかないかの位置を数匹の赤とんぼがゆっくりと旋回している。背後の雑木林からだろうか、たった今抜けてきたばかりのはずなのにひどく遠く感じるそこから、ひぐらしの鳴き声が響いていた。
 
(ああ)
 
 夏休み、終わっちゃうんだ。
 どうしようもない秋のにおい。なんだか鼻の奥がつうんとなって、少女は目を閉じた。ひぐらしの鳴き声が遠くなる。夏休み、楽しかったなあ。でもやっぱり、もうちょっと続けばいいのになあ。
 目を開ける。
 わあんと蝉の声が空間を覆う。
 少女は雑木林のただ中に立っている。
 あれ。少女はひとつ首を傾げて、それから駆け出した。
(なつやすみがおわっちゃう。まだ、こんなに夏なのに)
 ぶわりと、蝉の声が膨れ上がったような気がした。


「夏休みが終わらなかったらいいのになって考えたこと、ある?」
 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の言葉に、ブリーフィングルームに集められたリベリスタ達は顔を見合わせる。ない、と言ったら嘘になる。現代日本で真っ当な青春時代を送ったものならば、一度は考えたことがあるだろう――夏休みが終わらなければよいのに、と。もちろん、好みと性格にもよるだろうが。
「ある田舎町で、『夏休みが終わらなければいい』って感情が集まってエリューション化した。こいつの能力が、少し厄介」
「厄介?」
 聞き返すリベリスタに頷き、イヴは背後のディスプレイに一枚の画像データを表示させた。どこにでもありそうな雑木林の写真。細く差し込む太陽光が夏を感じさせる。
「この雑木林の中に一本、とても大きなクヌギの木がある。それにE・フォースが取り憑いてるんだけど……このエリューションには、林の中の時間を巻き戻す力がある」
 それは。大事ではないのか。というか、そんなことが可能なのか。
「もちろん、本当に時間を巻き戻す訳じゃない。幻覚を見せて、記憶を混濁させるだけ。だけどこの雑木林に迷い込んだ人たちは、林の中で永遠に同じ一日を過ごすことになる。八月三十一日を」
「……終わらない、夏休みってこと?」
「漫画なんかではよくある話。E・フォースを倒せばこの現象は収まる。ただ、倒すのはちょっと特殊なやりかたじゃないと駄目」
「特殊なやり方?」
「夏休み、楽しかったなーって、心からそう思いながら、E・フォースの本体である麦わら帽子を被らないと駄目。もともと、夏休みを満喫できなかった思念に影響されて革醒したエリューションだからかも」
 そう言うと、イヴはポシェットからクレヨンの箱を取り出した。見れば机の上には枠線つきの画用紙が広げられている。覗き込むリベリスタに、画用紙を見つめたままイヴは言った。
「学校、明日からだから。絵日記、かかないと」

 それからちらりと、リベリスタのほうを見て。
「夏休み、どうだった? 雑木林で遊んでからエリューションを倒すのも、悪くないかも」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:ゴリラ・ゴリラ  
■難易度:EASY ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年09月18日(火)00:01
●成功条件
E・フォース『八月三十一日の奇跡』の撃破

●シチュエーション
日中、とある田舎町の外れにある雑木林の中。
雑木林の中に入った一般人は記憶が混濁している&討伐対象のいるクヌギ付近には人が寄り付きません。ご神木なので近づいてはいけないと地元では言われています。

●敵情報
E・フォースフェーズ2『八月三十一日の奇跡』
 >雑木林で一番大きなクヌギの木に取り憑いています。クヌギの木の根元に落ちている麦わら帽子が本体ですが、攻撃手段等は特になく、ただそこに落ちているだけです。
 >特殊能力:八月三十一日の奇跡
  >雑木林の中にいる誰かが「まだやりたいことがあったのに夏休みが終わってしまった」と感じたとき、雑木林の中の時間が巻き戻る幻覚を見せる。

●その他
・一人でも「よい夏休みだった」と心から思いながら『八月三十一日の奇跡』を被ればシナリオ成功となります。
・夏休み最終日を雑木林の中で思いっきり遊ぶもよし、少年時代の夏をゆったりと思い返すのもよし。ご自由にお過ごしください。


ゴリラ・ゴリラと申します。
テーマは郷愁。夏の最後に、素敵な思い出はいかがでしょう。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
覇界闘士
テテロ ミーノ(BNE000011)
デュランダル
ランディ・益母(BNE001403)
覇界闘士
設楽 悠里(BNE001610)
ホーリーメイガス
翡翠 あひる(BNE002166)
プロアデプト
ロッテ・バックハウス(BNE002454)
覇界闘士
アリア・オブ・バッテンベルグ(BNE003918)
覇界闘士
日下部・あいしゃ(BNE003958)
レイザータクト
神葬 陸駆(BNE004022)


「えんどれすさまーばけいちょんっ」
 ぴんと耳を立てて、『おかしけいさぽーとじょし!』テテロ ミーノ(BNE000011)は木漏れ日の隙間を跳ねるように走っていく。帰れば山積みの宿題が彼女を待っているだろう。現実逃避? そうかもしれない。
「ミーノはまだまだなつにおわってほしくないのっ!」
 どちらにせよ、ここにいる限り夏休みは終わらないのだ。ミーノは後ろを歩くメンバーを振り返り、大きく手を振った。
「ぶぇええ! まつのですミーノ隊員! 隊長はわたしだぁあ!」
 それを必死で追いかけるのは『白雪姫』ロッテ・バックハウス(BNE002454)である。しかしミーノは止まらない。これは無理だと悟ったのか、ロッテは作戦を切り替えた。甘く煮詰めた林檎のような黄金色をした髪が乱れるのも構わず、ぜはー、と息をついて、柔らかい土を踏みしめてその場に仁王立ち。
「夏休み続行し隊、隊長のわたしは腹をくくった!」
「ほう」「ほほう」
 傍らでそれを見上げるのは『ジーニアス』神葬 陸駆(BNE004022)と『おてんばクラウン』アリア・オブ・バッテンベルグ(BNE003918)の天才コンビだ。陸駆は真顔で、アリアは薄く笑みを浮かべて、なんとなく冷ややかな様子でロッテの次の言葉を待っている。
「始業式かかってこい!! 宿題終わってないけど、そんな細かい事はいいのです! 楽しかったらそれで良し!」
「いや宿題終わってないのはだめだろう」
「うむ」
「うっ……しかぁし! 全力であしょぶのですぅ!! 皆で楽しくあしょんで、Eフォースも楽しんでくれたらいいのですぅ! 隊長に続けぇー!!」
 ビシィ、とロッテが雑木林の奥を指差す。けぇー、とその声がこだまする。沈黙。
「昼飯はどうするかね」
「川はあるみたいだからとりあえずそのあたりでキャンプを構えてさ」
 『墓堀』ランディ・益母(BNE001403)と『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)のアダルト組が、やや現実的な、保護者じみた会話をしながらその脇を通りすぎていく。せみー! とミーノが叫ぶ声が遠くから聞こえてくる。
「……」
「なぜロッテ・バックハウスは動かないのだ」
「天才のアリアが教えてやろう。ひっこみがつかなくなっているのだ」
 陸駆とアリアが顔を見合わせて、くすりと笑う。
「う、うるしゃあああああああああああああい!!」
 ギャオオとロッテの怒りが炸裂すると、ふたりはきゃあきゃあ笑いながら逃げてゆく。悔しげにその後姿を見送るロッテの、その肩をそっと叩くものがあった。
「たくさん遊ぼう、ねっ、ロッテ隊長……!」
「みんなで楽しむのよ、隊長っ」
 優しく微笑むのは『みにくいあひるのこ』翡翠 あひる(BNE002166)に、『Halcyon』日下部・あいしゃ(BNE003958)である。おお神とはいかないまでもなんかそれっぽいものよ、天使は確かにここに居た! ブェェエンと泣き声を上げながら二人に抱きつくロッテの背中に、何やってんだ置いてくぞとランディの声が掛かった。


 一番大きなくぬぎの木は、まさに大樹という言葉がふさわしい立派な樹であった。こどもでは到底抱えきれぬ太い幹はごつごつと暖かくて、所々からゼリー状の樹液を滲ませている。その根元に、ゆったりと揺れながら浮かぶ麦わら帽子がひとつ。
「これかなっ」
 ミーノの言葉に他のメンバーが頷くのを見てから、彼女はそうっとその帽子を持ち上げる。被ってはいけない。ふとしたはずみに夏の奇跡が解けてしまっては、ほんとのほんとにめいいっぱい夏休みを満喫できないからだ。
 その大きな耳に、麦わら帽子を引っ掛ける。被ってるけど、頭には被っていない。これならいいだろう。
「初めまして、あいしゃなの。ぷちでびるなの」
 よろしくっ。そう言ってあいしゃは、ミーノの耳に引っかかった麦わら帽子に両手でピースサインを贈る。一日一緒に遊ぶ新しい友達なのだ、挨拶くらいはしなければ。
「アリアなのだ、よろしくなのだ!」
 アリアも同じ思いだったのだろう。それに何より、自らの名をしっかりと名乗ることは貴族たるものの証なのである。麦わら帽子も一緒に遊びましょ、とあひるが笑い、天才的な遊びを教えてやろう! と陸駆がえばる。
「うん、みんなが満足するまで何回でも遊んでいこう。この麦わら帽子、えーと……」
「麦ちゃんがいいわ!」
「……麦ちゃんも、満足するようにね」
 すかさず特製の名前を挙げたあいしゃに苦笑しながら、悠里は麦わら帽子をそっと撫でた。


 うるさいほどの蝉の鳴き声の隙間に隠れる、水の流れる小さな音を辿っていく。茂る緑に隠れるようにして、澄んだ小川が現れた。子供たちはそおっとその足を水に浸す。
「わ、つめたい!」
 林の中はこんなにも暑いのに、せせらぎはきいんと冷たい。笑い混じりの悲鳴を上げて水を蹴るロッテに、ミーノが手で掬った水をぱちゃんとかけた。つめたーい! やったなー! 笑い声を聞きながら、そわそわと釣竿の準備をしているのはあいしゃである。リュックからぴょんと飛び出していた釣竿にテグスをくくって、餌となるミルワームはちょっと顔を背けつつも針に刺す。他の皆が川遊びをしている場所からは少し離れて、釣り糸を垂らす。

 水に潜って見上げると水面がとても明るく感じる。水底へ差し込む光の筋は林の中の木漏れ日にも似ていて、なんだかガラスでできた宝石箱の中にいるようだ。綺麗。自然って楽しい! とそこまで考えたのはよかったのだが、いい加減息が限界である。
「く、苦しい……ッ、がぼごぼ」
 ぷはあ、と水面に顔を出すと、何やら真剣な面持ちで水辺を散策するあひるの姿が目に入った。アリアと陸駆もその後に続くようにして、どうやら何かをじっと見ているようだ。
「みんなぁ! なにして……」
「しーっ」
 アリアが振り返って、唇に人差し指を当てて見せる。慌てて口を噤んだロッテに、陸駆が手であひるの見る先を示してみせる。
 カワセミだ。
 あひると同じ名と同じ色の羽根を持つその小さくて美しい鳥は、翡翠の雫のような色をしたその風切羽を自慢気に広げながら何事か鳴いている。なんて言ってるのかな、あひるは首を傾げるが、言葉がわかるはずもない。と、そろりと近付いてきたロッテがあひるの耳元で囁く。
「あひる様、羽が似てるって言ってるのですぅ。仲間っ」
「え、ほ、本当……っ? くわぁ、嬉しいな……」
 ほんのりと赤らんだ頬を押さえて笑うあひるに、自然とロッテの口元も綻ぶ。ちち、とカワセミがまた鳴いて、次の瞬間にふわりと羽ばたいた。川の上空へと一息に飛び上がって、羽根を畳むようにして垂直に水面へと落下する。水音すらしない綺麗な着水、その流れのままに、ざん、と嘴に小魚を咥えてまた空へと舞い上がる。
「わあ、すごいな!」
 思わずアリアが歓声を上げる。あひるも笑顔でカワセミを見ている。澄んだ翡翠玉のようなその瞳に、よく似た色の翼が映って、きらきらと光った。

「どうだ、釣れたか」
 ランディの問いに、あいしゃは笑顔で頷く。隣に置いたバケツの中には数匹の魚が泳いでいた。それを見て少しだけ笑ったランディは、「昼飯は焼き魚もいいな」と呟いた。後ろでバーベキューの用意をしていた悠里が笑って、いいね、と答えた、そこへ上がってきたのがミーノである。川ではしゃぎまわったせいでずぶ濡れになった彼女は動物そのもののように、ぶるるる、と体を震わせてその水気を飛ばす。大量の水滴が跳ねて飛び散り、
「……み、ミーノちゃん」
 それによってずぶ濡れになった悠里が苦笑しながら彼女の名を呼ぶ。同じくびちょびちょになったシャツをつまみながら、ランディが溜息をついた。


 釣り上げた魚に丁寧に竹串を通し、悠里が起こしてくれた焚き火の周りにそれを挿していく。倒れないようにしっかり挿せよ、というランディの声に頷きながらぐりぐりと地面に串を挿す陸駆たちを、火の見張り番を任されたミーノがじっと見つめている。それに気付いた陸駆が真面目な顔で言う。
「む、テテロ・ミーノ!このまま食べてはだめだぞ!」
「みっ、ミーノそのままたべたりしないよっ!?」
「そのよだれはなんなのだ」
「はうっ」

 ぐつぐつと煮立つカレー鍋からいい匂いがし始めて、それに釣られたロッテが鍋へ吸い寄せられてきたのにあひるが笑う。とろみのついたお湯の中に沈んでいく野菜たちにほうと息をついて、ちょっとしたら味見に来るのですぅ、とロッテが離れていく。
「ほう、上手いもんだな」
 石を組んで作った簡易かまどに拾ってきた薪を投げいれながら、ランディが感心したように言う。子供に包丁を任せればいびつな形になってしまうのが常であるのに、食べやすく火の通りやすい綺麗な形に揃えられた野菜と肉は立派なものだ。
「うふふ、でも、じゃがいもは……アリアちゃんが、やってくれたの」
「へえ、ちまっこいのに大したもんだ。さて、それじゃあ俺は味付けといくか……」
 身の丈二メートルはあろうかという巨体にはいっそ不釣り合いなおたまを手にしてランディは鍋へ向かう。赤い蛮族とさえ言われたこの男、意外なことにも料理は大の得意であるのだ。

「おさかな! おいしいのですぅ!」
「それね、あいしゃが釣ったのよ!」
「わぁ、あいしゃちゃん、偉いねえ……!」
「嫌いな野菜とかあっても残すなよ。……どーしても苦手なら食ってやるけど」
「優しいねランディくん」
「うっせ」
「このカレー、なんだか変な味がするのだ」
「む、気付いたか。何を隠そう僕もそう考えていたところなのだ」
「あー、それな、味見に来たロッテがスパイス全部突っ込みやがって……」
「ロッテちゃん……」
「これもおいしーの! ミーノこれもすきなの~!」
「み、ミーノ様ぁ! やさしい……ブェェエン!」
 川のせせらぎ、焚き火が爆ぜる音、食器の擦れる音。芳醇なカレーの香り。そんなものに賑やかな会話が加わって、暖かい空気を醸し出している。
 ふと目を上げると、暮れの光が優しく川に落ちている。あんなに鳴いていた蝉たちはどこに身を潜めたのか、いつの間にかひぐらしとバトンタッチしてしまったようだ。
 
 あ、もう夕方かあ。もう少し遊んでいたいなあ――誰がそう思ったのかはわからない。だが次の瞬間、八人は真昼の雑木林に立っていた。


「もういいかーい」
「もういいよーっ」
 ぱっと顔を上げて辺りを見回す陸駆だが、他のみんなは影も形もない。神秘によるスキルを使って隠れている者までいそうである。ずるいのだぞと眉を寄せた陸駆は、しかしすぐに蝉の鳴き声の中に駆け出す。
「……テテロ・ミーノ。しっぽが見えているぞ」
「はうっ!?」
 神秘の加護によって宙に浮かび高所に隠れていたミーノであったが、木の陰からはふかふかの大きなしっぽがばっちり見えてしまっている。ふふんと陸駆が笑うのに、悔しそうな表情でミーノが木から下りてくる。
「ふふん、他愛ないものだな! ……む?」
「どうしたの~?」
「……カブトムシがいる」
 じっと陸駆が見つめる先、木のかなり高い場所に、確かに立派なカブトムシが一匹へばりついている。なんだなんだと他のみんなが寄ってくるのを横目に、届かぬ高みに鎮座するカブトムシを悔しげに見つめる陸駆。そんな彼に、悠里がしゃがんでその背中を向ける。
「ほら、肩車してあげるからさ。そしたら取れるでしょ」
「! れ、礼を言うぞ設楽悠里!」
「あっ、ずるいぞ陸駆! アリアも肩車してほしいのだ! ランディ! ランディ!」
「ああ? ったく、しょうがねえなあ……」
「む、あいしゃも乗りたいか? アリアはその後でも構わんぞ、お姉さんだからな!」
「やったー! きゃー! とっても高いのー!」
「ミーノもっ、ミーノもっ!」
「お前は飛べるだろ自分で!」

「ふふ、楽しそう……」
 いつの間にやらかくれんぼが虫取り大会になっている。虫が少し苦手なあひるは少し離れた場所で皆を見ていたのだが、ふとこちらに走ってくるロッテに気がつく。
「あれ、ロッテちゃんどうし……くわっ!?」
 ヘアピンで留めた麦わら帽子を揺らしながら駆け寄ってくるロッテの手には木の枝が握られている。問題はその先、呼んで字のごとく枝の先端である。
「みてみてぇあひる様ぁ! きれいな毛虫みつけたのですぅ!」
「ひっ……きゃーっ!」
 ぶんぶん揺れる枝の先っちょに振り落とされまいとしがみついているのは、色鮮やかな警戒色をしたでっかい毛虫である。ただでさえ虫は苦手なのに毛虫なんてもってのほかだ! 咄嗟に逃げ出すあひるを、きれいな虫を見せてあげようという見当違いな善意からロッテが追う。
「くわっ、くわっ……やだあ……!」
「あひる様待ってぇ~! この毛虫とってもきれいなのですぅ!」
「やだぁー!」


 いつの間にかとっぷりと日が沈んでいた。悠里とランディが焚き火のそばに敷いてくれたレジャーシートの上で、陸駆とアリアがカブトムシを戦わせている。
「貴様のカブトより僕ののほうが強いにきまっている!」
「ふ、いい度胸なのだ。いざ勝負なのだ!」
 が。
 カブトムシはクッキー缶の上を二、三歩のそのそと歩いたかと思うと、のんびりとその場に座り込んでしまう。戦うような雰囲気にはとても見えず、見守っているうちにあいしゃのカブトムシは土俵の上からころんと落ちてしまった。
「……こ、これは……」
「ぼ、僕の勝ち、ということでいいのだろうか……」
「うむ……仕方ないのだ」
 なんとも盛り上がらない虫相撲である。
 数匹の蝉が入った虫かごのふたを開け、一匹ずつ優しくつかみ出す。木のそばにそっと投げてやれば、蝉は空中からそのままの勢いで林の中へと飛んでいった。
「逃がしちゃうの?」
 悠里の問いに、最後の一匹をつかみ出しながらあいしゃは頷く。
「この子たちがね、飛べるうちに、飛んでほしいの」
 最後の一匹はその羽を大きく広げて、空高く垂直に飛んでゆく。吊られて空を見上げたあいしゃが、わ、と歓声を上げた。
「星、すごい……!」
 
 田舎の星空というものは、すごい。木々の隙間から覗く星空は黒いびろうどに砂金でもぶちまけたかのような有様だ。その声に他の面々も空を見上げ、思い思いに声を上げる。
「知っているぞ、あれはデネブで、あっちがベガ、その星がアルタイル!」
「うむ、夏の大三角形だな。その隣がへびつかい座だ」
「綺麗な、星空ねえ……」
「君のほうが綺麗さ、あひる……」
 天才コンビがその知識を披露する隣で、感嘆するあひるにあいしゃがふざけて恋人ごっこを持ちかける。ロッテとミーノがこっくりこっくりと船を漕ぎ始めたその背中を見ながら、ランディと悠里が笑う。
 星空は広い。あんなにひろくて深い空を、どこまでも飛んでゆけるというのはどんな気分なのだろう。
「大空、いいなあ……」
 呟くあいしゃの手をアリアが取り、もう一方の手を陸駆が取って笑う。
「日下部あいしゃ、ここで初めて会ったが、もう友達だな。このカブトムシをあげよう、勝ったカブトムシだからな。縁起がいいぞ」
「アリアも、友達がたくさんできて嬉しいのだ。みんな大切な友達なのだ」
 これからも仲良くしてほしいぞ。アリアが笑んで、あいしゃの手をぎゅっと握る。これから、これからも。そうね、とあいしゃは笑う。夏は過ぎてゆくから悲しくて勿体無くて、寂しい。でも、こうして行ってしまうから、これからがある。この夜空もこの時間も、自分のものだから愛しい。
「……あいしゃ、お友達がいっぱいで、幸せよ!」
 繋いだ手で夜空を抱きしめて、笑う。

――ね、麦ちゃん。あいしゃの夏ね、とっても楽しかった。


「……悪くない気分だな」
「そうだね」
 パチパチと爆ぜる残り火を炭化した木片でかき回しながら、ランディが言った。こどもたちはもうすっかり寝付いているようで、寝息だけが聞こえてくる。
「こんな無邪気な連中だって、辛い現実と戦ってる。こんな夢みたいな時間も、いつかは醒める。……だから、もう少しさ」
 続けてやってほしくなる、と、そう言ってランディは火の中に枯葉を投げ入れる。今日が終われば、明日は戦場だ。無邪気に笑うこどもたちは戦場へ向かわなければいけない。リベリスタとは正義のヒーローである前に、一種の兵士のようなものなのだから。
「……うん。でも、さ。夏休みは、終わりじゃないよ」
 悠里はそう言って笑う。遠くでふくろうが鳴いた。夜の雑木林は静かなようでいて、さまざまな音に満ちている。
「夏休みが終わったら席替えがあったり、しばらく会えなかった子にも会える。また校庭でドッジボールやサッカーなんてしてさ、そしたら、学年が上がって、次の夏休みなんてすぐだよ。終わりじゃない。また来年には、次の夏休みがくる」
 醒めない夢がないように、人は疲れればまた、新しい夢を見る。
「そうやってさ、こういうきらきらした思い出と思い出を繋いでいけるから――僕達は、戦ってられるんじゃないかな」
 アークの中でも、とりわけ死地に近い二人だった。悠里は小さく笑って、なんか恥ずかしいね、と言う。釣られるようにランディも笑って、今はあひるが首にかけている麦わら帽子を見遣った。
「そうかな、……そうだな」
 立ち上がって、帽子を手に取る。眠っているこどもたちを見てひとつ頷き、彼は麦わら帽子にそっと囁く。
「いい夢ありがとよ、お前は楽しかったか?」
 俺は、楽しかったよ。

 ――そうして、夏が終わる。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
お疲れ様でした。
夏休みって本当に夢みたいですね。

楽しい思い出になっていれば幸いです。
それではまた、ご縁がありましたら。ゴリラ・ゴリラでした。