●バッド・ニュース 「ンー、いいですねェこの国は。どこか閉鎖的でありながらしかし情報伝達能力は格段に高くそして何より……想像力が豊かデス」 遥か上空より聞こえる声。高層ビルの屋上。そこに動きがあった。 声の主は無数のネオンを眼下に置きつつ、喝采に応じるかのように細く長い腕を広げる。 赤く明滅するライトに一定間隔で染め上げられるのは、白黒のブロックチェック柄の燕尾服。 男だった。 長身ではあるが、些か細い体躯と日光にあまり晒されていない白い肌。 さらにボブカットに切り揃えられた金色の髪の上から、燕尾服と同じ模様のシルクハットを被っている。 「ここならば私の力も遺憾なく発揮できるデショウ! では早速!」 そう言うやいなや、男はいつの間にか手にしていた紙に、同じくいつの間にか手にしていたペンを殴り書くように走らせていく。 しかし書き出される文字群は印字のように明瞭かつ整然。 爛々と輝く碧眼がシルクハットの陰で上下左右に目まぐるしく動き回り、そして、 「――フーゥ! スピードそして“記事”の質……我ながら賞賛に値すると評価シマス、ハクシュ!」 ものの数秒で“記事”と呼んだそれを書き上げた男は、大仰な仕草を伴いつつ自分へと拍手を贈りはじめる。 目を閉じ、男はしばらく悦に入っていたが、満足したのか自作の“記事”を手に眼下の街へと視線を向けた。 「さテ――」 祈るように深々と頭を垂れる。 心中では何を思っているのか。その姿には先程までの奇天烈な印象は見受けられず、聖像に祈りを捧げる信仰者の様にも見える。 だが次の瞬間、跳ね上がるように身を起こした男は“記事”を持ったその腕を天高く掲げた。 そして告げる。 「世界よ! 嘘も真もかなぐり捨てて、我が妄言に狂い賜え! さァ皆さんご一緒に――バァァァッド! ニュゥゥゥゥス!」 吹き付ける風を裂くように、男は一枚の“記事”を眼下の街へ放り投げる。 高所の強風に煽られ、儚く宙を彷徨う“記事”。しかし、途端にそれが二枚に分かれた。 決して破れたわけではない。“記事”そのものが、形も大きさもそのままに分裂したのだ。 一枚が二枚へ、さらには四枚、八枚と、舞い落ちながら“記事”は徐々にその数を増やしていく。 あっという間に数え切れないほどに増殖したそれは、季節外れの雪のように街へと沈んでいったのだった。 ●ゴシップ・メイクス・ザ・モンスター 「諸君、噂話は好きかね?」 『黒のカトブレパス』マルファス・ヤタ・バズヴカタ(nBNE000233)の問いかけに、ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達から様々な反応が返ってくる。 それらを頷きと共に満足げに見やったマルファスが続けて語ったのは、その『噂』についてだった。 彼曰く――ある『噂』が近い未来、エリューション・フォースを生み出すのだという。 「残念ながらエリューションの発生を食い止めることはできない。諸君には発生したエリューションを倒してもらう事になる。 だが、噂の発信源は割れていてね。この記事を見てくれ」 彼の言う“記事”が、リベリスタ達の正面にあるスクリーンに大映しになる。 マルファスにとって背を向けるような位置に映し出されたそれは、新聞の号外のような体裁を取っていた。 見出しであろう場所には、こう書かれている。 『恐怖! 深夜の街に肉切り包丁男現る! 鮮血に染まる団欒の食卓!』 「……随分とまた安っぽいな。B級ホラーみたいだ」 集まったリベリスタの1人が放った言葉に、くく、とマルファスは何か含むような笑みで返す。 「もし映画なら大コケするのは必至だな。しかしこれは見ての通り“記事”だ。ある市街地一帯にこれがばらまかれていた」 マルファスが軽く握った拳でモニターに触れつつ、言葉を続ける。 「無論、こんな事件は実際には起きていない。しかしこの“記事”を見れば誰もが架空の事件について何かしら想像し、噂するだろう。 ――ちょうど先程、B級ホラーのようだ、という意見が出たようにな」 語る。 「首謀者は“記事”を通して人々の噂を集め、エリューション・フォースを創り出す。敵の目的は分からないが、エリューションを倒せば今回は一先ず成功だ。これが、諸君に当たってもらう事件の概要となる」 「待て……首謀者と言ったか?」 話を打ち切ろうとしたマルファスに向けられた問いに、彼は口の端を少し吊り上げ、答える。 「ああ、言った。首謀者の名はウィーマル・フランドール・ハーツ。主流七派が一つ、黄泉ヶ辻に属するフィクサードだよ」 ――確かに、スクリーンに映し出された“記事”の隅には、『黄泉ヶ辻新聞』という紙名が書かれていたのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:力水 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月16日(日)23:28 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●シック・イン・ザ・シティ 「もうすぐってとこかなー」 どこかつまらなそうな表情で歩みを進める『世紀末ハルバードマスター』小崎・岬(BNE002119)の姿が、仄明るい電灯に照らされる。 「ボクもオカ研の人間だし、都市伝説は大好物なんだけどねー」 「確かに、噂というよりは都市伝説の具現化と言えそうですね」 小さく頷きつつ、雪白 桐(BNE000185)が岬の言葉に応じた。 桐の歩みに合わせて、腰に下げたランプが小さく音を立てる。 「この手の怪異は、本来は時間をかけて醸成するものなんだろうがなぁ……」 都市伝説等が嫌いではない身としてはどこか納得がいかないのか、『足らずの』晦 烏(BNE002858)が懐中電灯を手で弄びつつぼやいた。 岬もそれには同意見らしく、 「薄いんだよー、なんか来るものがないー。内容なさすぎて悪趣味ですらないんだもんー」 そんな彼らの様子に思わず笑みを浮かべた『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179)が顎に手を当て、昔を思い返すように濃紺の夜空に目を向ける。 「まあ都市伝説の類は昔からよくありますよね。私の世代ですと所謂『口裂け女』が流行った頃ですね。子供心ながら怖かったものです」 あったなあ、と烏が相づちを打つ。 「噂ね、真実になればこれほど危険なものはない、か……だが」 暗視ゴーグルを取り出した『あるかも知れなかった可能性』エルヴィン・シュレディンガー(BNE003922)の瞳が、白い仮面の奥で鋭く動いた。 まもなく戦場となる場所が目の前に近づいていたのだ。 「百聞は一見にしかず、下らない噂はとっとと終わらせるか」 終電もとうに過ぎ、短いトンネルのようにも見える高架下は静けさの直中にある。 だが “異質”は確かにそこにあった。 リベリスタ達が敵として知るモノ。 それは二丁の肉切り包丁を両の手に提げたエリューション・フォースであり、さらには、 「――おヤオや、リベリスタ……アークの皆様ではありマセんかどうモゴきげんヨう」 シルクハットを脱いでの一礼がリベリスタ達を出迎える。 黄泉ヶ辻が一人、ウィーマル・フランドール・ハーツ。 件のフィクサードがそこにいた。 「皆様のご活躍、ワタクシよォく耳にシておリマすよ」 笑顔という単語を貼り付けたような表情でウィーマルが語りかけてくる。 「相変わらずよく解らないけど、自分だけ楽しむなよ」 徐々に距離を詰め、陣形を整えていくリベリスタ達の中、『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)が弓を持つ手をだらりと下げてウィーマルへと目を向ける。 だが、脱力を装いつつも、反対側の弓を引く手はいつでも矢を放てるように身構えられている。 彼の視線は目の前のフィクサードを捉えたままだ。 その様子にウィーマルは作り物の笑みを濃くし、 「無論、皆さンニも楽しんデモらいマす。 守ろウトしてイる人々が生ミ出した怪物と、アナタ方がドう向き合ウノか――イイ記事になルト思いマすよ?」 「趣味が悪いな」 金色の髪を夜風に遊ばせる『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)が、その問い掛けを一言で断ち切る。 「夢から醒めよ。ここは現実ぞ。噂は噂へと返るがいい」 高架下には、すでに瘴気とも呼べる気が満ちようとしている。それらを祓うように重槍を振り、守りの力を得たシビリズからは明確な拒絶の意志が見て取れた。 そしてそれはこの場所に集ったリベリスタ達も同じだ。 「ふゥーむ、第一印象はヨくなかっタヨうですネえ……残念でス」 大げさに肩をすくめると同時に突然、ウィーマルは三歩分の距離を軽いステップで後退した。 「――!」 それを追うように足を踏み出そうとしたリベリスタ達はしかし、地面から沸き上がるあるモノに目を奪われた。 それは、幾筋もの黒煙であった。だが徐々に人型を成し始めた煙は、顔であろう場所に白い仮面を生み出す。 それらは、喜び、悲しみ、怒り等、人間の様々な感情を表しており、 「フラグメント。噂ニ成り得なカった、噂の欠片達デす」 十体の人型達の後方からウィーマルの声が聞こえてくる。 「『噂』を誘導体にして元手要らずの『玩具』を顕現させるとはな」 静かな、しかし重い戦気を漲らせた『闇狩人』四門 零二(BNE001044)が目の前に現れた人型を、その力量を推し量るように睨み付ける。 「だが、そうそう思い通りにはやらせん」 「“思い”ガ“通った”かラコそ、彼はこコニいるノデすよ?」 隣に立つエリューションを指さすウィーマルに、しかし、 「……言葉遊びに付き合う気はない」 闇に溶けるようなダークスーツが、零二の膂力に薄く軋みをあげた。 「いイデしょウ……一面記事ニナるようナゴ活躍を、期待しテオりますよ?」 ウィーマルが頬を歪ませると同時に十体の欠片が前方、リベリスタ達の方へと動き出した。 夜の静寂が戦場の音に塗り替えられていく。 ●ピーシーズ・アタック 「始まりましたね」 自身の感情を抑え込むように仮面をつけた京一が立つのは、リベリスタ達の最後衛、ウィーマルからは最も遠い位置に当たる。 仲間達に翼の加護を授けつつ、彼は味方の陣形を確認した。 敵陣に食い込むように最前に出ているのは桐と零二。そのすぐ後方にはエルヴィン、烏、七海、岬が並び立ち、シビリズは七海を庇うように彼の前で構えている。 敵の数を確実に減らすために、リベリスタ達はこの陣形を選択した。 そしてその効果を目に見える形で示すかのように聞こえてきたのは、リベリスタ側から聞こえた歓声とウィーマルの息を呑む音だった。 岬が距離を取って放った真空の刃が、フラグメントの一体を一撃の下に斬り伏せたのだ。 「……この程度では止められませンカ」 一瞬とはいえ表に出してしまった驚きを、ウィーマルは即座に胸中に押し込める。 「都市伝説は荒唐無稽さと微妙な現実感の綱引きが妙なんだよー。おまえ、ハッキリ言って才能ねぇー」 フラグメント達とリベリスタ前衛を挟んだ向こう側にいる岬が、戦場を吹き荒れる風に乗せるように叫んだ。 「ネット全盛期のこのご時世に、新聞から興じて生じる噂話の怪異ってのも、随分と時代錯誤だな」 古臭い手段だ、と告げた烏が手にした銃器、二四式・改から光の奔流を放ち、フラグメント達と包丁男を浄化するように焼いていく。回避に徹していたウィーマルには届かないものの、その力は敵に等しく損害を与えるものだ。 『……!』 次いで包丁男が投擲の動きを見せた。 彼の位置はリベリスタ達から見て、フラグメント達の後方かつウィーマルのやや前方に位置するもので、 「ッ、ぐっ……!!」 人型達の合間を縫うように投擲された一対の刃が、縦回転を伴って桐へと襲いかかった。 重い攻撃ではない。しかし堅実な威力で桐の体力を奪ったそれらは、曲線を描いて包丁男の手元へと帰る。 「雪白」 桐と同じく最前線に出ている零二が一言、名を呼ぶ。 それは安否を尋ねるもので、 「平気です、このくらい……!」 揺るがぬ闘志を見せる桐に、零二は頷きを持って応じる。そして手にした魔力剣をある一点に狙いを定めるように前方に突き出し、 一歩、深く踏み込む。 そこは岬が斬り倒したフラグメントがいた場所で、踏み込めるだけの余裕があると同時に、包囲される可能性をも孕んだ空白だ。 だが、零二は迷わずそこへ己が身を投げ入れた。 「その一角から斬り崩す……!」 高速の体捌きから生じる残像が、噂の欠片達へと迫る。 『……!!』 三様の動きを見せた零二の剣筋は、それぞれが的確に三体のフラグメントを斬り裂く。 鮮血の代わりに黒煙のような流体を吹き出す、その人型の上空。 そこには圧倒的な熱量がある。 七海の剛弓から、熱の跡が微かに棚引いている事をフラグメント達が知ったその時。 鏃に魔焔を灯した矢群が、空を切る音を徐々に大きくさせながら敵陣へと降り注いだ。 一瞬にして生まれた地獄では、先程零二の攻撃を受けた三体が燃焼の過程すら見せないまま、その存在を失う。 他の欠片達も体に受けた傷は大きく、だからこそ彼らの多くは残心へと身を移している七海へ受けた痛みを返さんと標的を変え、まずは七海の前に立つシビリズを排除しようと動いた。 しかし。 「私を追い込むにはまだ、足りないな」 重槍の穂先で掴みかかろうとする腕を滑らせ、柄で弾き、突き、かち上げて。 流れるようなシビリズの一連の動きで、フラグメント達はその全てを防がれる。 その後の決着は早かった。エルヴィンと岬が瀕死のフラグメントを一体ずつ片付けると、 「それじゃ、悪いがここまでだ」 烏の冷静な口調と共に連続の抜き撃ちが残りのフラグメントの胸部を次々と穿ち、何者にもなれなかった欠片達は何者にもなれぬまま、儚く消え去ったのだった。 ●ディレクショナル・ノイズ 「素晴らシい! 見事デす!!」 戦闘の余韻を破るようにウィーマルの拍手が高架下で鳴り響く。 戦いの最中であることを忘れているかのような行動に、 「他人を誉める前に、自分をなんとかした方がいいんじゃないかねぇ」 呆れた様子で呟いた烏が、フラグメントを穿った銃口をウィーマルへと向ける。 撃つ。 しかしフィクサードの首筋へと放たれたそれは、ウィーマルには届かない。 包丁男が包丁の腹をウィーマルの眼前に翳したためだ。 突き刺さるように包丁と激突した弾丸は、明後日の方向へと弾き飛ばされる。 その行動に礼を言うこともなく、ウィーマルは出会ったときのように恭しくリベリスタ達に頭を垂れた。 「こレニてお別れデす。朝刊を書カネばなリマせんノで、エエ。」 では、と立ち去ろうとする男に対して即座に動いたのは、京一と七海。 京一が素早く束縛の呪印を結び、七海はフラグメントを屠った矢を再び放つ。 だがそれらの行動は、矢群が包丁男を少し巻き込んだだけに終わり、ウィーマルには届かない。 「名残惜しイノはわかリマすガ……そコのお嬢さん、アナタもデす」 暗がりを辿って接近を試みていた岬が、無言でウィーマルを睨み付ける。 「俺が言えた事ではないが、胡散臭い奴なら作る記事も胡散臭いか。 お前は、まず記事の書き方から学ぶべきだな」 エルヴィンの言葉にウィーマルはなるほど、大きな頷きで返す。 「貴重なご意見、しッカりと――書き留めサセていたダきまシタよ」 少し俯きがちにそう告げるウィーマルの視線が険しいものであったことを記憶しつつ、リベリスタ達は夜闇に消えるフィクサードから目の前のエリューションへと注意を集中する。 「さて、始まってから十分な時間が経っていますが」 「さあ……どうなる?」 それは今回の敵の性質についてだ。 曰く、自分達の思いや言葉がエリューションに何らかの影響を与えるという。 京一や零二、リベリスタ達が注視する中、変化は起こった。 包丁男の体に突然、ノイズが走ったのだ。 それは徐々に規模を大きくさせ、包丁男の体表に亀裂を生む。 「あれは、文字……いえ、エリューションを構成している噂ですね!」 桐の言葉の通り、亀裂の隙間から垣間見える内部の文字の奔流は、人々が想像し伝播した噂だ。 さらにそこへ新たな噂が書き込まれる。噂として成立するのは、より多く望まれた情報だけだ。 故にリベリスタ達から生まれた噂は二つ。 すなわち『直接斬り付けることを好む』『男性を優先的に攻撃する』である。 二つのキーワードを奔流の中に取り込んだ包丁男は亀裂やノイズを逆再生のように修復する。 そして再構成された噂の権化は、新たな命を持ってリベリスタ達へと動き出した。 「凶行を起こされる前に、貴方を倒します!」 包丁男と肉薄する寸前、桐は巨大なマンボウ型の剣を振り上げ、右上から袈裟懸けに全力で大剣を振り下ろした。 だがその攻撃は包丁男が前進の体勢を強引に切り替え、一歩後退した事で躱されてしまう。 しかし桐の攻撃は止まらなかった。振り下ろし、地面に突き刺さった剣の切っ先を支点にして、桐は柄をしっかり握ったまま自身の体を強引に宙に浮かせたのだ。 「まだ、まだ……!」 剣撃の勢いに引っ張られ、つんのめるように縦回転した体は円の軌跡を描く。 そして逃げ切ろうとした包丁男の胸部へ、桐の蹴りが炸裂した。 桐の連携に思わず押しとどめられた包丁男に、前に出てきたシビリズが輝きを放つ重槍を右の腰溜めに構える。 身を捻ってそれを撃ち出す。 「私を熱くさせてくれよ?」 それが敵の左腿を削った後、さらにシビリズは右の足を深く踏み込み、槍を引くと同時に左の掌打を撃ち出した。 だがそれは包丁の背と激突することで防がれる。 リベリスタの攻防は激しさを増す。 白刃が幾度となく煌めき、ポールウエポンは風を生み、銃口や弓弦は力の射出に震える。 包丁男も両手に持つ肉厚の刃でリベリスタ達に襲いかかる。男を優先的に攻撃するという指向性を与えられたその身は前衛達に容赦なくぶつかり、 「ぐ、っ……!」 得物の小回りが影響したか、隙を突いてシビリズへ包丁の連撃が叩き込まれた。 「シビリズ殿!」 凶刃にシビリズの動きが止まる。しかし包丁男は止まらない。 だからこそ、後衛に下がっていた七海は自在の呪弾を包丁男の両腕を貫くように、湾曲の軌跡を描いて撃ち込んだ。 『……!?』 かくして狙いは成功し、追撃の動きを見せていたエリューションの両腕は宙に縫い止められる。 「ここですね!」 その隙を突いて、京一の歌が奏でられる。高架下に響いたそれは前衛にいる桐、零二、シビリズを回復させ、 「もう一声……!」 さらにシビリズへは重ねて癒しの歌が贈られた。 だが回復手段のないエリューションの体は、リベリスタ達の攻撃でいくつもの傷を作っている。特に深い傷からは文字の奔流が流れ出し、地に落ちては霧散している。 その姿に、エルヴィンが刃と銃底による連撃を伴って包丁男へ迫る。 「押し切る!」 受けて立つ包丁男も双の刃でそれらを弾き、叩き、流す。 「お、おおお、っ!!」 止め、挫かれ、擦り、薙ぎ、砕いた。 数秒の一進一退はしかし、包丁男の刃の一丁がエルヴィンの左肩に突き刺さって停止する。 肉に沈み込んだ包丁を握ったまま、包丁男はもう一丁をエルヴィンの胸目がけて突き出す。 だが、 「遅いな……!」 エルヴィンは振り子のように腕を振り上げ、手にした銃底を包丁男の顎に叩き付ける。 よろめくコック姿の男に、白い仮面の男は構わずその腹部を右脚で蹴り抜いた。 蹴りの為に後方に捻った左半身の動きと、蹴りの衝撃で後退する包丁男の手に引き抜かれる形で左肩から包丁が抜けていく。 その痛みに仮面の奥で歯を軋ませつつ、エルヴィンもまた後退する。 そこへ飛来したのは烏と七海の双射だ。 牽制するように放たれた七海の初射は包丁男の動きを制限し、 「良い位置だ!」 声か弾か、どちらが早かったのか。 烏の叫びが聞こえた時には、すでに敵は烏の魔弾と七海の二射目によって穿たれた後であり、 「肉切り包丁男は、結局、誰も殺せずに『成敗される』のさ……。 陳腐と嗤うなよ……エンドロールといこうか!」 彼らの射撃を援護として駆けた零二が、包丁男の胸板に怒濤の連撃を叩き込む。 総じて五発。 包丁男が体勢を立て直したために、さらに攻撃をねじ込もうとした零二の手は惜しくも空を切るが、 バックステップで包丁男が踏み込んだのは、電灯の届かない暗がりだった。 「ここで……っ」 「仕留めるよー!」 零二の言葉に続く声がある。それは岬のもので、 「こんなつまんない噂、亀甲縛りにして古紙回収に出してやろうぜー、 ――アンタレス!」 愛器の名を呼び、包丁男が踏み込んできた暗がりの中で少女は巨大なハルバードを天に掲げる。 「そーぉれぇー!」 巨斧が、ただ真っ直ぐに振り下ろされる。 放つのではなく纏うようにして叩き付けた真空刃が、エリューションを脳天から真っ二つに両断した。 ●アフター・ナイト(クリアリング) 噂が消えていく。 文字の奔流はすでに四方八方に飛び散るように溢れ出しており、文章が単語に、単語が文字に分解されては消えていく。 そして、最後に残った『肉切り包丁男』という単語が分解されることで、エリューション・フォースは完全に消滅したのだった。 「しかし馬鹿みたいに撒き散らかされてるな……」 零二とエルヴィンが考えていた、ばらまかれた『記事』の回収は、“それなら皆でやった方が早いだろう”というシビリズの提案により、出来る限りの範囲で、皆で行われた。 アークにも回収を要請したので、近いうちに美化活動等の名目で大規模な回収が行われるはずだ。 「なにしてんのー?」 「ああ、こっちでも後始末をやっておこうと思ってね」 岬が覗き込んだ烏の手の中には端末が握られ、その画面はネットに繋がっていることを示している。 彼はネットという利器を用いて、噂の形骸化を狙っていた。 細部を変更し上書きすることで、噂はより不鮮明なものになるだろう。 そうなれば再びエリューションとして出現する可能性も低くなるはずだ。 一通りの作業を終え、烏は端末を仕舞う。 「嫌いじゃないんだがね、紙媒体で拡散する噂話ってのは日本じゃもう厳しいのだろうなぁ」 ――機械仕掛けの神の御業(デウス・エクス・マキナ)恐るべしってやつかねぇ。 ふとそう思った烏の頭上には、星の見えない夜空が広がっていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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