●砂漠の王……。 土地は枯れ果て、渇いた風が吹きすさぶこの砂漠には、かつて小さな集落があった。 かつて、といってもそれは、誰も覚えていないような遠い遠い、昔の話。数千年じゃぁ効かないほどの、はるかな太古。滅び、忘れ去られてもうずいぶんと永い時間が経った。 何の記録にも残っていないその集落のことを知るものはいない。 その筈だった。 集落の跡地すらも、砂の奥底に埋もれてしまい、掘り起こすことも不可能に近い状態なのだから、それも当然といえよう。しかし……。 度重なる地震や大雨の影響か。 ふとした拍子に、割れた地面の隙間から集落の一部が砂の中から姿を現したのだ。 と、言っても出て来たのは木でできた棺桶が一つだけ。その棺桶の主こそが、この集落の長、小さな国の王とでも呼ぶべき人物であった。 そして、忘れ去られた小さな国の、一人の王が目を覚ます。 『………』 彼が目を覚ますと、彼の国は跡形もなかった。それもその筈、彼の国は、彼の死後すぐに、大規模な流砂に飲みこまれ、砂漠の底へと消えたのだから。こうして、彼が再び地上に姿を現したことすら奇跡なのだから。 けれど、彼は納得できなかった。 どうして自分の国がないのか、理解できなかった。静かに涙を流しながら、砂漠中を彷徨い歩いたが、結局、国の名残りも、集落すらも見つけ出すことはできなかった。 だから、彼はこう考えた。 ないのなら、再び作ればいいのだと。 再び1から創り直せばいいのだと、そう考えた。 すると、どうだろう。 まるで蜃気楼かなにかのように、砂漠の景色が歪み遥か昔になくなった筈の、彼の王国がぼんやりと姿を現した。無論それは、幻の風景で本来ならそこにあるものではないのだが。 それでも、新たな野望の第一歩として彼は昔の風景を思い出して、国の形を再現した。 それこそが、E・フォースとして蘇った彼の力。大規模な幻覚を作りだす能力である。 まず彼は、新たな国を作る第一歩として、幻で兵士を作りだした。そして、その兵士に砂でつくった身体を与える。 それで準備は完了だ。 国を作るには人がいる。とりあえず彼は、幻の兵を率いて近くの町にでも、人を攫いに行こうと決めた。 ●偽りの国……。 「彼は幻の兵を率いて人を攫いにいくつもりみたい。すでに数名、砂漠を観光していた大学生が捕まっているわ。無事救出してきて」 だだっ広い砂漠の光景を映したモニターを背に『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)がそう言った。灼熱の太陽が照りつける砂漠と、そこを進む幻の兵の姿を見て、リベリスタ達は思わずため息を吐いた。 「これでも、一応日本国内……。もっとも、彼、(砂漠の王)の幻で大分大昔の風景に近くなっているけれど」 どっちにしたって、砂漠での戦闘は避けられまい。加えて、真夏の炎天下。大量の幻兵に、数名の人質。条件は極めて厳しいと言える。 「E・フォース(砂漠の王)はフェーズ2。能力は幻を作りだすことと、砂を操ること。攻撃力自体は高くないけど、かなりトリッキーな動きをしてくる。それから、フェーズ1のE・ゴーレム(兵士)が30体程。普通の人間程度の力しかないけど、倒しても時間が経過すれば蘇生してくるのが特徴」 そう言ってイヴはモニターを切りかえる。映し出されたのは、砂で出来た巨大な壁の映像だ。 「この壁は、王が作りだした砂の砦。砂漠の終わりにほど近い場所に作られている。恐らく、ここを拠点にして近くの町から人を攫ってくるつもりみたい」 そして、この砦の中に大学生たちは捕まっているらしい。 現在、王と兵は砦の中、及びその周辺に集まっているようだ。 「緊急事態として、現在砂漠の周辺は立ち入り禁止にしてあるから、人が入ってくる心配はないわ。けど、早くなんとかしないと、いつなにが起こるか分からないから」 できるだけ迅速に殲滅してきて。 なんて、言いながらイヴはモニターを切りかえる。 「ここは、彼の納めていた集落ではないから……。ずっと昔に失ったものを取り戻したいという気持ちは分かるけど、それは許可できない」 行ってらっしゃい。 なんて、イヴの静かな声に送られて8人のリベリスタ達はその場を後にした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:病み月 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月11日(火)23:07 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●砂の城 渇いた風に、黄色い砂が舞う。砂の向こうに見えるのは遥かに広がる砂漠。砂の海である。しかし、ここは日本。こんな巨大な砂漠なぞ存在する筈もない。 つまり、これは幻覚なのだ。 その証拠に、よくよく目を凝らして見れば遠くの風景は霞んで見える。 だというのに、肌に感じる砂の粒の感触も、太陽の熱も本物のそれだ。 ひどく過酷な、大砂漠そのものである。 そんな中歩く、8人の男女の姿。砂に残る足跡も、すぐに風に吹かれて消える。 眼前にそびえる砂の砦。それこそが、彼らの目的地であった……。 ●砂の王国 ずるり、と。 まるで、水の中から這い出てくるかのような気安さで、複数の兵士が砂の中から現れる。手に手に、槍や剣を構え臨戦態勢はすでに整っているようだ。背後の砦の上には、更に10近い兵が弓矢を構えている。 「盛者必衰の理を表す……だったか。今は亡き王国を蘇らせようとするなど、愚の骨頂だ」 やれやれ、とため息を吐いてアリシア・ミスティ・リターナ(BNE004031)はオートマチック拳銃を構える。さほど強くないとはいえ流石に数が多い。 「蘇った王の気持ちは、まぁ分からないではない。けど、止めないわけにはいかない」 翼の加護により得た羽を使い『フェアリーライト』レイチェル・ウィン・スノーフィールド(BNE002411)が、宙に舞い上がる。一気に空へと上昇し、剣や槍の射程から離れた。代わりに、砦の上から複数の矢が降り注いでくる。慌てて急旋回してレイチェルはそれを回避する。 そんな彼女の真横を、アリシアの放った弾丸が通りぬけていった。寸分の狙いも違わず、砦の上の砂の兵に命中する。レイチェルによる撹乱行動により生まれた僅かな隙に、他の仲間達が兵たちの間に潜り込む。 「暑いのは嫌いだけれど、仕方ないわね」 日傘を差したまま『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)が飛び出した。すぃ、と彼女の懐から飛び出していったのは白い鴉である。砦の上部で矢を構える砂の兵の注意が鴉に向いた。 警戒しているのだろうか。砂の兵は鴉に向けて矢を放つ。 「居場所は分かったかしら?」 「最奥。真っすぐ進めばいい。呼吸しているのは人質くらいだろうし、間違いないだろう?」 淡々とした口調で告げたのは『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)である。集音装置と透視を用いて、砂の王に囚われた人質の居場所を探していたのだ。 「そう。それでは行くとするわ。貴女、用意はいい?」 「えぇ、大丈夫です。しかし、国内で見られる砂漠とは珍しい」 どことなくのんびりとした口調で『ブラックアッシュ』鳳 黎子(BNE003921)が答える。直後、大鎌を肩に構え、一目散に駆けだした。溜め息を吐いて、宵咲がそれに続く。 眼前に構える剣兵、槍兵の間を駆け抜け、時には鎌で薙ぎ払い、砦の壁を這うように飛んで昇る。鳳の隣には、いつの間にか宵咲が追いついていた。 2人の姿があっという間に砦の向こうへと消える。 「まずは砦までのルート制圧だな」 手甲を打ち鳴らし『BlackBlackFist』付喪 モノマ(BNE001658)が駆けだした。手近にいた砂の兵を数体、炎を纏った腕を振るってなぎ倒す。砦までの間に詰めている敵の数はおよそ20。更に10体近くが砦の上部に構えている。 「人を攫って国民になんて、考え方が短絡的で器の小さいことこの上ないわ」 付喪の開けた空間に『虚実之車輪』シルフィア・イアリティッケ・カレード(BNE001082)が滑りこむ。突き出した両腕から放たれた雷光が、周囲の砂の兵を巻き込み、焼き焦がす。 本来後衛の彼女が、こうして前に飛び出したのは砦の出入り口までの道を開けようとしての行動だが……。 しかし。 「え……入口がない?」 砂でできた砦の壁には一切の出入り口はなく、それどころか覗き窓すら存在しない。通常の砦であれば、そんなことはあり得ない。出入り口がないなど、考えられないのだが。 「必要ないんです。避けてっ!」 近くにいた砂兵を、ブロードソードで叩き斬りながら『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)が叫んだ。 え? と目を瞬かせるシルフィアの背後。砂の壁から、剣を持った腕が突き出てくる。 剣が突き刺さる寸前に、その存在に気が付いたシルフィアが身を捻ってそれを回避する。しかし、完全には避け切れなかったのだろう、渇いた砂に数滴、紅い血が飛び散った。 追撃をかけるべく、砂の壁から出て来た兵の眉間に、一発の銃弾が命中。ざら、と音をたてて兵の身体は崩れ落ちる。 「古学者は嘆きそうだが、残す価値もない。壊して進もう」 吐き捨てるようにそう言って、ユーヌは空に向けて手を挙げる。次の瞬間、周囲には氷の雨が降り注ぎ始めた。地上に出ている兵を氷の雨が貫いていく。 「弾幕! 確実に数を減らす!」 「この国は全てまやかしでしかない。残念だけど、ここで倒れて」 アリシアの弾丸によって、次々と砂の兵は崩れていく。しかし、また蘇る。そんなことを繰り返す古の兵には、レイチェルの声も届かない。 「栄光は過去のもの。現在を生きる我等には必要のないものだ」 蘇る敵を切り捨て、アラストールは言う。紫の髪が風に舞い踊る。手近な敵から順に切りつけながら、レイチェルを庇うために後衛に下がる。 それと入れ替わりに、前へ出たのは付喪だった。 彼の進路を阻むように、上方から矢が放たれる。しかし、その矢はシルフィアの放った雷光により、撃ち落とされ、木片と化す。 「唸れ雷鳴!!」 黒焦げの木片が降る中を、付喪が前傾姿勢で突き進んでいく。腕を振りかぶり、そのまま力任せに砂の壁に叩きつけた。 崩れた砂が、風に舞う。辺りは一面、砂煙に覆われた。 「倒しておけば、ある程度時間稼ぎにはなるでしょう」 両手にもった大鎌を振って、刃についた砂を払う鳳。紅いマントのような上着が風に揺れている。砦に入って暫く、追って来た砂の兵を数体切り伏せ、彼女と宵咲は辺りを見回す。 砦の中は、まるで迷路のようだった。砂によって生成された形だけの家屋が大量に設置され、視界を隠す。人質や王がどこに居るのか、今のところ、判明しない。 「人質を救出したら、後はこの偽りの国を滅ぼすだけ……。さっさと見つけましょう」 暑いところが得意ではないらしい宵咲が、うんざりした口調でそう呟いた。背後にそびえ立つ砂壁の向こうからは、派手な戦闘の音が聞こえてくる。仲間たちが砦を超えて、こちら側に追いついてくるのも、時間の問題だろう。 「もしかしたら、人質と王は同じ場所に居るのかも」 「……。その時は、救助は任せて私は王の足止めをしますね」 砦の外側に比べ、砦内はほとんど無風といってもよい状態だった。その分、熱気が籠っているようで不快指数だけはどんどん上がっていく。汗が滲むし、視界は歪む。そこら中にならぶ住居が皆同じに見えてきて、気分が悪くなってくる。 まるで、迷路の中だ。 と、その時。 ザリ、と鳳の耳元で砂を踏むような音がした。 「っっ!?」 咄嗟に身を捻って地面に転がる。地面に伏せるような形になった鳳の眼前に、包帯に包まれた腕が突き刺さる。冷や汗を垂らしながら顔をあげると、そこにいたのは白い衣を着たミイラのような男であった。頭部には棘の王冠が巻きついている。 「……………」 感情の宿らない虚ろな眼差しで、鳳を見降ろす砂の王。それと同時に、周囲に立ち並んでいた住居が霞みのように消えていく。後に残ったのは、単なる砂の山だけ。周囲の空間自体も、一気に十倍ほども縮んだように思う。 「幻の都で人形の兵に囲まれて王さま気取りとは。虚しいですねぇ」 ニヤリ、と笑って鳳が砂上を転がる。王がすぐさま腕を振るうが、当たらない。 「さぁ、永きに亘る眠りから目覚めし“砂漠の王”。この地に住んでいた人々の元へ送って上げる」 ドロリ、と宵咲の真白い腕に赤い線が這う。それは、裾の中から流れる彼女の血液だった。血液は、腕から垂れると凝固し、黒い鎖に形を変える。 「………」 「貴方が良き王であったなら彼らは歓迎するでしょう。もし、貴女が良き王で無かったその時は――」 ぞ、っと鎖が増殖し黒い波と化す。砂を被いつくし、削り、砂の王を飲みこんだ。 「自業自得よね?」 意地の悪い笑みを浮かべる宵咲。彼女を庇うように前に出た鳳が「おわり?」と訊ねる。 しかし……。 「否。……。我は滅びない」 どこからか、掠れた声が響く。声がした方を見回すが、そこには砂の山以外なにもなかった。上を見ても、下を見ても、あるのはただただ砂ばかり。おまけに、倒した筈の砂の兵がいつの間にか蘇って来たようで、すぐ背後まで迫ってきていた。 「このっ!」 王の接近に注意を配りつつも、鳳は、左右に刃の付いた愛用の大鎌を振り被った。 ●崩落の序章 「どうなっている……?」 気の籠った掌打で、砂兵を撃ち砕きながら付喪が困惑の声をあげる。 「とりあえず、人質は見つけたが」 そう言ってユーヌが指さした方向には、斜めに伸びた砂の塔。その下の日影には、5名の男女の姿があった。だいぶ消耗しているのだろうか、全員漏れなくグッタリしている。 早く救出しなければ、命に関わるだろう。しかし、それよりも問題なのは……。 「幻覚か、蜃気楼にでもかかっているのでしょうか」 冷静にそう判断を下したのは、アラストールだった。彼女たちの視線の先には、大鎌を振るう鳳と、それを回避し鴉を飛ばす宵咲の姿があった。2人とも敵意剥き出しの表情で、交戦中だ。 「まずは人質の救助と、2人の治療だな。まずはとにかく、道を開けて貰おうか!」 胸の位置で銃を構え、アリシアが銃弾を放つ。正確に真っすぐ宙を走る弾丸は、丁度砂から身を起こそうとしていた砂兵の眉間を撃ち抜いた。 「私は2人の治療に向かうね」 翼を羽ばたかせ、2人の元へと向かうレイチェル。彼女の進路を塞ぐように、砂兵が姿を現す。しかし、現れた砂兵はすぐさまシルフィアの放った雷光に焼き尽くされた。 「砂の王よ、何故分からぬ? 昔と同じなら、また滅びるぞ? 力で民を集めるのは、愚王のすることだ!」 彼女の発言に、何か感じるものがあったのだろうか。 「………否。我は王だ」 ズルリ、と、彼らの背後から砂の王が湧いて出た。 「自分用に持ってきたけど、そうも言ってられないわよね」 凍らせたスポーツドリンクを手に、シルフィアが人質の元に駆けていく。道中現れる砂兵は回避することに専念する。そうすれば、後衛の誰かが砂兵を倒してくれる。 その筈、だったのだが……。 「い、ったぁ」 砂兵の投げつけた槍が、シルフィアの腕を貫いた。大きくよろけ、地面に倒れる。そんな彼女目がけ、更に数本、矢が放たれる。 咄嗟に身をかわそうとしたシルフィアだったが……。 「あ……ダメっ」 彼女の背後には、人質達がいる。避けるわけにはいかなかった。結果として、彼女はその身を挺して、全ての矢を受けることになる。途切れそうになる意識を、必死で繋ぎとめ、這うようにして人質たちの元へと向かう。 彼女の這った後の砂上には、どろりとした血のラインが引かていく。 「私は人質の救出を手伝うわ」 レイチェルの手によって混乱から回復した宵咲は、そう言って人質の救出に向かう。丁度、血まみれのシルフィアが人質の元に辿り着いた瞬間だった。宵咲は、すぐ傍に現れた砂兵を、黒い鎖で貫き倒す。先の戦闘ですでに結構な体力を消耗しているのだろう。彼女の顔色は、普段よりも尚蒼白であった。 シルフィアの放った魔弾により、人質の周りの敵は一掃されている。幸いにして、グッタリしているものの人質たちにはまだ意識があるようで、なんとか動くことはできそうだ。これなら、思ったよりスムーズに退避させることが出来るだろう。 退路を塞ぐ敵は、すでに付喪が排除している。 「この国の名前、聞けるなら聞いてみたかったけど……」 ポツリと、レイチェルが呟いた。どうして? と鳳が聞き返す。 「ただ、なんとなく、さ」 なんとなく、気になったのだ。誰も知らない、この国の本当の名が。 しかし、今はそれよりも優先すべきことがある。鳳の治療を終えたレイチェルはそのまま今度は、シルフィアの元へと駆けていく。白い杖を握りしめる彼女の手には、疲労の為かびっしりと細かい汗が浮いていた。 それを見送って、鳳は愛用の大鎌を肩に担ぐ。 「どんな偉人でも善人でも、死んだ人は死んでいるのが当然です。可哀そうだなんて思いませんよう」 彼女の目に映るのは、蘇っては崩れ去る砂兵と、それを統べる朽ちた王の姿だった。 「数が多いな」 手甲で、剣を受け流しつつ付喪が唸る。彼の開いた退路を、5人の人質とそれを護衛する宵咲が通っていく。せめて彼女たちが砦を出てしまうまでの間は、なんとかして時間を稼がねばならない。 この場さえ脱してしまえば、後は宵咲が上手くやってくれるだろう。 一方、他の仲間たちは王との戦闘中である。 「哀れだな。お前の国は最早無い。ままごとだな、裸の王様? 求める民は全て砂の下。形だけ欲しいなら人形遊びがふさわしい」 ユーヌが式符で作りだした鴉が、棘の王冠を弾き落す。大量の砂の矢を放とうとしていた王の動きがピタリと止まる。 「王冠すら失い、何が残る?」 民とする筈だった人々はすでに宵咲が逃がした。シルフィアが身を挺して庇ったおかげで、彼ら人質には傷一つない。王の王冠も、すでに地に落ちた。不死の兵たちも、現れてすぐ崩れさっていく。猛攻の隙に生み出す蜃気楼や幻覚も、アラストールが無効化してしまう。 「貴公の民は遥か彼方に去った、なら王も去るが運命と受け入れるべきだ」 動きの止まった王に、剣を叩きつけるアラストール。衝撃が乾燥した王の腕を削り取る。そんなアラストールに、背後から現れた砂兵が斬りかかる。 けれど、当たらない。後衛からの援護射撃により、その剣は打ち砕かれる。アリシアによる確実な援護射撃は、着実に敵の数を減らしていく。 「未来は我々に任せ、貴方はゆっくり眠って向こうの世界から見守っていてほしい」 そう告げるアリシアだが、王は何も答えない。 なにも答えず、なにも告げず。 王はただ、地に落ちた自らの王冠をそっと拾い上げた。 ●崩落 鴉に貫かれ、半ばちぎれかけた王冠だ。それを拾い上げる王の腕も、これまでの戦闘によってすでに崩れかけている。 「………我は、王だ」 王であろうとしただけだ。今も昔も、ただ、それだけのために生きている。そう望まれたから、彼は王になったのだ。今もなお、そうあり続けようとしているのに……。 それだけのことなのに、上手くいかない。今も昔も。 そんな王の苦悩を察してか、或いは王がそう命じたのか。 いつの間にか、砂の兵たちの動きが止まっていた。 「王で、ありたいだけなのだ」 ずるり、と。 周囲の砂が蠢き、かつてこの場所にあった集落を形作る。人のいない、形だけの住居。そんな住居の間に立つ砂の兵達。ぼんやりと蜃気楼のように浮かぶ、多くの人影。 砂の王が求めたのは、ただこれだけの光景だったのかもしれない。 しかし……。 砂の集落は一瞬で崩れ去り、風に運ばれ、そして渦を巻き吹き荒れる。先ほどまでの穏やかな光景が嘘だったように、そこに現れたのは荒々しい竜巻であった。 少しづつ、竜巻の規模が大きくなっていく。 そして、竜巻は周囲の砂を吸い込みながら一気に収束していった。辺りに黄色い煙が吹き荒れる。ごう、と空気が爆発するような音が鳴り響く。 どれほど、そんな光景が続いただろうか。 竜巻は弾け、砂が周囲に飛び散った。ザラザラと砂粒が降り注ぐ。 そんな中、立っていたのは1人。黒い手甲を眼前で交差させた付喪だけだった。 「…………っ」 次の瞬間彼は、ニヤリと笑みを浮かべ、砂の上に倒れた。 彼の背後に山と積み重なった砂の中に、他の仲間たちの姿が見える。全員、砂に埋もれ身動きが取れないでいるようだが、大した傷は負っていないようである。 倒れ伏した付喪を、砂の王がじっと見つめる。 その背後に、1人の人影が現れる。 「既に滅びた国の運命など、占う必要もありません。配られるのはジョーカーだけです」 風を切って舞い踊るのは、黒いジョーカーのカードの嵐。渇いた王の身体に突き刺さり、削り取っていく。すでに力を使い果たしたのか、王はじっとされるがまま。 最後に……。 王の頭部に、鎌が突き刺さり、真っ二つに切り裂いた。それで、終わり。王の身体は砂と化して崩れ、同時に辺りを覆っていた砂漠の幻影も消えうせる。 残ったのは、先ほどまでとは比べ物にならないほど小さな砂漠と、砂に埋もれた仲間達だけ。それから、半分に千切れた、棘の王冠。 砂の中から、アラストール、ユーヌ、アリシアが這い出し瀕死の付喪を助け起こす。意識を失っているのか、ピクリとも動かない。 砂漠の外れでは、宵咲が目を細め小さな溜め息を吐いた。傘に積もった砂を払い落し、そっと立ち上がる。 また、血まみれのシルフィアを胸に抱えたレイチェルは緊張に引きつっていた頬を緩め、その場に座り込む。これで終わりだと、確信したのだろう。 そんな仲間達の様子を、一通り見まわし、鳳はそっと棘の王冠を拾い上げたのだった……。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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