● 他にやりたいことがないんなら人を助けろと、父は言った。 「人助けはいいぞ、なんたって感謝される。人に感謝されると最高に気分がいい。まあ、されない時もあるし、恨まれる時もあるけどな」 それでも、いつかきっと、人を助けたって事実は巡り巡って自分に帰ってくる。情けは人のためならずって言うだろ――そう言ってからからと笑った父は、その数日後に俺の身代わりになって交通事故にあい、死んだ。 俺は父の生き方を笑えない。消防の特別救助隊に所属していた父はあまり家に帰って来なかったけれど、それでも父は俺の誇りであったし、最期までそうあり続けた。 だから俺は人を助ける。迷子の手を引き、失せ物を一緒に探し、老人の荷物を持ってやり、川で溺れている人間がいれば迷わず飛び込んだ。父の模倣と笑われても、気にしなかったと言えば嘘になるけれど(だってそれは確かにその通りであったし)やめようと考えたことは一度もない。父の最期を呪縛のようだと称し、きみはきみらしく生きろと俺を諭した人もいた。もちろん人助けだけをして生きているわけではないから部活やら学業やらと好きな事に精も出せていたし、俺はその言葉を無視した。人に感謝されるのはもちろん気分がよかったし、褒められるのは嬉しかった。何より、相手が笑顔になるのが嬉しかった。その笑顔をずっと見ていたいくらいだ。 最初は確かに父の模倣であった人助けという行為は、年月を経て俺の生き方そのものになっていた。俺はそれなりに幸福であったし、俺の周りの人たちが笑顔でいてくれるならそれでいい。 いつの間にか俺は人でなくなっていたけれど、その力さえ、人助けに使いたかった。 ● 「ノーフェイスの撃破」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、淡々とそう告げる。ブリーフィングルームに集められたリベリスタ達がそれに頷くのを確認してから、イヴは手元の端末を操作して背後のディスプレイにいくつかのデータを表示させた。 「この子、今回のターゲット。早川みき」 そう言ってイヴが示すのはまだ幼い少女の画像データである。歳の頃は小学生に上がったばかりといった風情で、背負ったランドセルを見せびらかすように笑っている。 「早川みき自身はとても弱い。革醒したばっかりで、力の使い方なんて何もわかってない。でも、だからこそ、危険。この子はそこにいるだけで、周りにある物の革醒を促す」 爆発的に。そう続いたイヴの言葉に、リベリスタ達はその表情を険しくする。 「急を要するってことか」 「そう。でも、問題がひとつ」 ぴぽん。軽快な電子音と共に、ディスプレイにもう一枚の画像が映し出される。高校生くらいの年齢だろうか、黒髪の、ごく普通の少年に見える。野球部なのだろう、ユニフォームを着た彼はチームメイトにもみくちゃにされながら笑っているようだった。 「春原希跡。高校一年生。野球部。成績優秀、品行方正、部活ではレギュラー。今時珍しい好青年。それから、エリューション」 「エリューション?」 頷き、イヴはディスプレイに「春原」のデータを表示させる。 「フェイトはもうずっと前に得てる。フィクサードとも交戦経験があるみたいだから、フリーのリベリスタと言ってもいいかもしれない。でも、春原希跡は世界のルールを理解していない」 ディスプレイの中で、少女と少年の笑顔が並ぶ。ごく普通の、幸せそうな写真だ。 「春原希跡は早川みきと面識がない。だけど、迷子になった早川みきと一緒に早川みきの母親を探してる。ノーフェイスがどうとか、エリューションがどうとか、そういうことを全然知らないから。春原希跡は早川みきを普通の女の子だと思ってる」 「つまり……」 「あなたたちが早川みきを攻撃すれば、春原希跡はあなたたちを敵と認識する。交戦は、避けられない」 ボディガード付きってこと。イヴはことりと首を傾げ、大きな目を瞬かせた。 「単純だけど、面倒な話。でも、あなたたちなら大丈夫」 ヒーローの形は、ひとつじゃないから。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ゴリラ・ゴリラ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月09日(日)22:40 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●日常 橙色の夕日が差し込むとある路地裏に、二つの影が伸びている。 「こんな道をいつも通るの?」 「そう、近道なの。ママは近道をいっぱい知っててね」 「みきちゃんのお母さんは物知りなんだね」 背が高いほうの影の持ち主が、笑みを滲ませながら言った。小さいほうの影の持ち主はそれにぱあっと顔を輝かせて、そうなの、と返す。 「ママはね、すっごいんだよ!」 きらきらと夕日を受けるその瞳には、一点の曇りもない。 今のところは。 ●非日常の足音 橙色の夕日が差し込むとある路地裏に、八つの影が落ちる。 『いとうさん』伊藤 サン(BNE004012)は、いわゆる悪役が好きだった。危険でマッドで、とってもクールだから。でも伊藤はヒーローも好きだった。格好良いし、何よりやっぱり物語の中のヒーローは彼の憧れであったから。 (どっちかなんて選べない――馬鹿なんだ、僕) 今日の自分たちがどちらなのか、自分はどちらでありたいのか。答えは未だ出ず、伊藤はただ歩く。 ――正義の数は人の数だけある。 予めフォーチュナから指定されたポイントへと歩みを進めながら、『大人な子供』リィン・インベルグ(BNE003115)は考える。戦争やら何やらが未だ絶えないのもおそらくそのせいで、いっそその正義とやらが全人類共通のものとなってしまえば。そこまで考えて、リィンは自嘲する。どだい、無理な話だ。 (さて、今回はどちらの正義が勝つのかな) 思いながら視線を遣った、路地の奥でふたつの影が揺れる。情報通り。楽しげな声と笑顔を遮るように、リベリスタ達はその前に立ち塞がる。 「春原希跡ってのはあんたのことで間違ってないかしら?」 そう言いながら一歩前へ出たのは、『下剋嬢』式乃谷・バッドコック・雅(BNE003754)だ。声をかけられたふたり――春原希跡と早川みきは、戸惑ったように顔を見合わせる。 「……あの、失礼ですがどちら様で」 「情けは人のためならず」 春原の問い掛けを遮ったのは『俺は人のために死ねるか』犬吠埼 守(BNE003268)の言葉だった。彼の体を覆う非日常的な装甲に、春原が一瞬気圧されたかのように口を噤む。それを知ってか知らずか、守は言葉を続けた。 「良い言葉です。親父も良く言ってましたよ。俺はそこに加えて、情けは世のためなるべし……とでもしたいかな」 優しい声だった。春原とみきは二人してきょとんと守の顔――と言っても、その装甲のせいで表情は窺えなかったのだが――を見つめていたが、やがて怖ず怖ずと口を開く。 「……ええと、その、俺になにかご用でしょうか? もしそうなら、その前にこの子を送って行ってやりたいんですが……」 「悪いね、その子にも関係あることだからさ」 「……?」 雅の言葉を聞いて、春原は怪訝そうな視線をみきに落とす。みきは場の空気を感じ取ったのか、春原の服の裾をぎゅうと掴んでその体の影に隠れていた。そんなふたりを見て、守がひとつ、声を上げる。 「ご説明しましょう。――この世界の仕組みと、君と彼女に起きている事を」 「オレはアークのリベリスタ。名はメイだ。もう解っていることだろうと思うが、春原希跡。君は人間ではない。そして、その子も」 『刃の猫』梶・リュクターン・五月(BNE000267)は、胸の内に渦巻く感情を覆い隠すかのように淡々と告げる。 「彼女もそうなのか? それに、アーク? リベリスタ? 一体……」 「あんた、不思議な力が使えるでしょう。あたし達もそう。そういう奴らが集まってできた組織が、アーク」 そこから、淡々とした――言葉の裏に、なにかじっとりとした感情が滲むような――説明が続いた。アークについて、リベリスタについて、エリューションについて。そしてそれが世界へと与える影響について。 「E能力の有無は、注視すれば直感的に分かる筈です」 『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)がそう言ってみきを示すのに、つられるように春原はみきをじっと見つめた。確かに自分と似たような何かを感じる。しかし何か、ひとつ決定的に重大なものが足りない。そんな気がして、春原は首を傾げる。 「その子は、ノーフェイス……力を引き寄せたものの世界に愛されなかった為に世界に害をなす存在、でござるです」 言い切って、『サムライガール』一番合戦 姫乃(BNE002163)は項垂れる。 「世界に害をなす、って」 春原はみきを庇うようにしながら、一歩後退る。 「……まあ色々説明したけど、要はその子は倒さなきゃいけないって事なのよ」 「何を――」 「君は生を許されているが、彼女は違う。神でも悪魔でも無い、表の世界の法でも無い、全ての根幹たるこの『世界』が――許さないんですよ」 雅の言葉に被さるような守の説明に、感じるものがあったのだろう。春原はみきの手を引いてその場から逃げ出そうとした。だが多勢に無勢、すぐに行く道を阻まれる。 「そんな――そんなゲームか漫画みたいな話、俺は」 「信じられませんか? でも、証拠はいくらでもあるんです」 主人の危機を感じ取ったのだろうか。奇しくもリィンの声に反応する形となって、みきのランドセルが自主的にその背から離れる。信じられないとでも言いたげな瞳で春原はランドセルを見たが、宙に浮くそれを指し、守は言う。 「こんな風に増えるんですよ。我々はね。これが人だったなら……望まぬ革醒者をさらに増やす事になります。そしてそれは、遠からず崩界を招くのです!」 「そんなこと、だって、それじゃあ」 みきを守るように浮遊するランドセルを横目で見ながら、春原は肩に掛けていたバットケースのジッパーを下ろす。 「そんなこと、信じられる訳がない――!」 金属バットの先端が、悲鳴のようにアスファルトを削った。大きく振られたそれから放たれる衝撃波に、ありったけの不満とやるせなさを押し込めたような、怒りやら悔しさやら罪悪感やらがない交ぜになった表情――強いて言うなら泣きそうな顔で、『ヒーローにぶん殴られる!』滝沢 美虎(BNE003973)が相対する。 拳を握る。やらなくては、いけないことだ。 ●境界線の向こう 納得。できないだろう。何の非も無い少女の命を諦めるなんてこと、できるほうがおかしいのだ。そう考えながらうさぎもまた武器を握った。だから―― 「……遠慮なく、勝ちに来い」 いいから。 十一人の鬼が、その刃をしゃんと鳴らす。 その言葉に音に応えるかのごとく、春原は金属バットを振り抜く。ごうと唸る衝撃波を掻い潜り一瞬の間を置いてみきの眼前に迫ったうさぎのその指先が、震える少女に死の刻印を刻もうと伸ばされた――それを春原の掌が阻む。 させるか、と低い声で喘ぐそれに、うさぎは軽く目を伏せて一歩退いた。入れ替わるように繰り出される五月の刀が、今度こそ春原を捉える。 「ぐ……!」 「君の正義も、君の想いも分かる! だけど、オレ達にも守るべきものとオレの正義があるッ!」 「それが、あんたの正義が、この子を殺すことだっていうのか!」 五月の叫びに、ボタボタと血を流しながら春原が吠えた。ほんの僅か、答えることができなかった五月の肩を金属バットが打ち据える。衝撃に耐え、ぎりと奥歯を噛み締めて、五月は声を絞り出す。 「……誰かの笑顔を守りたいのは、オレも一緒なのだ……!」 ――世の中ってのはいつも理不尽だわね、ホント。 雅のリボルバーから放たれる銃弾は真っ直ぐにみきへと飛ぶが、ぴかぴかのランドセルが間に割り込んでその弾を代わりに受けた。まだ綺麗な赤いなめし革に大きな穴が空くのを見たみきは思わず声を上げる。が、続いて美虎の拳がランドセルを地面に叩きつける。ランドセルにつけていた交通安全のお守りの鈴が、ちりんと脳天気に場違いな音を立てた。 「やめて、やめてよう、あたしのランドセル、壊さないで――」 「みきちゃん、そっちに行ったらいけない!」 泣きながら伸ばされるみきの手を掴んだのは春原だった。みきへ攻撃を通らせまいと自分の背後に彼女を隠す。それを見た美虎は何か言おうとして、しかしぐっと息を詰めた。何か言ったら、泣いてしまいそうで。 不恰好にひしゃげてはいるものの、まだ動く力は十分に残っている。また浮き上がったランドセルの大きく開いた口から、複製され強化され砲弾と化した教科書とノートがぶち撒けられた。後方から味方を援護していたリィンの頬を算数のノートが掠め、続いて国語の教科書が鋭利な刃物となって彼の左腕を切り裂く。内心で舌打ち、顔には薄笑いを浮かべたままにその左腕を持ち上げて矢をつがえる。きりりと弦を引けば腕から血が溢れアスファルトに染みを作ったが、痛みに矢を取り落とすほど彼は弱くない。十分に引かれた上で、呪詛の篭った矢が打ち出される。ぱぁんとよく通る音がして、ランドセルの正面ど真ん中にそれが突き立った。クリーンヒット。 「かかった!」 がくんと抵抗力を落としたランドセルに、すかさずうさぎが肉薄する。彼――もしくは彼女の体から立ち上る闘気が無数の糸となりランドセルを締め上げた。びぃんと張り詰めた気糸は見た目によらず強靭で、真っ赤なランドセルの自由を奪う。ぎしぎしともがくランドセルだが、暫くの間は動けないだろう。 「なんでこの子を殺さなくちゃいけないんだ! まだ小学校に上がったばっかりで――」 「……こうするしかないのでござるです!」 姫乃の槍と春原のバットがぶつかり合って火花を散らす。衝撃に痺れる腕、だが互いに退くわけにはいかない。ぐっと力を込めて押し切ろうとする。「こうしなければ、人一人どころか……この、わらわたちの生きている世界が……ッ!」春原のバットが動いた。押されている――その時、偶然であったのか策のうちであったのか、姫乃の槍がするんと春原のバットを撫でるようにずれて鍔迫り合いの形を崩し、 「!」 その拍子に、春原が体勢を崩す。 「全てがッ!」 姫乃の鋭い突きが打ち込まれる。春原はギリギリでそれを防ぐが、息もつかぬうちにやってくる次の一撃には対応できない。 「崩壊して仕舞うので、ござるです!」 「がっ……!?」 衝撃。爆発したエネルギーの奔流に圧倒され、春原の体が後方へ吹き飛ばされる。彼の影に隠れていたみきが悲鳴をあげてその場に転び、しかし慌てて顔を上げて唯一の味方の姿を探す。いた。離れた場所に倒れ伏す春原は、しかしまだ立ち上がろうとしているようだった。 「おにいちゃん!」 そちらに向けて走り出す――否、走り出そうとしていた。守の手が、みきの肩を掴んでいることに気づくまでは。 「ひっ……」 みきの表情が恐怖に歪む。ランドセルもお兄ちゃんもいない。無感情な赤いスコープがみきを見下ろしている。怖い。逃げたい。掴まれた肩は、びっくりするくらい動かない。 「……おい、」 ようやっと身を起こした春原がその光景に息を呑む。 「笑顔を守りたい、人を助けたい……君の正義は何一つ間違っちゃいない」 マスク越しにくぐもった守の声はどこか無機質に聞こえて、不安感を増大させる。もがくように立ち上がった春原を五月の刃が襲い、姫乃の槍もそれに続いた。守とみきに近づくことができない。五月がゆるりと首を横に振って、口を開く。 「……わかってくれ、これも正義だ」 「何が正義だ! どけよ、俺は、なあ、頼む、その子を」 「だが、世界が終わってしまっては何にもならない!」 守の言葉が終わるか終わらないか、春原が何かを叫ぼうとした、そのときにみき目掛けてひゅんと飛んでくるものがあった。 「え」 みきが呆然と見下ろす、その胸にひとつ静かに突き立ったのは、 リィンの矢だった。 悲鳴を上げようとしたのか開かれたみきの口からごぽりと血が溢れる。死んではいない。未熟とはいえ彼女はエリューションである。簡単には死なない。死ねない。春原が言葉にならない叫びを上げた。姫乃を五月を押しのけて走る、その体を伊藤の腕から吐き出される無数の銃弾が撃ち抜いた。 「立てよ」 膝をつく春原の背に、伊藤の声が投げかけられる。その声はひどく粗暴なものとして春原の鼓膜を叩いたが、実際は違う。伊藤は元来そこまで強気ではない、どちらかと言えば怖がりに分類される性格だ。正義対正義なんて阿呆らしい、だったらいっそ自分が悪になってしまえば。そして春原がこちらを見ていてくれるならば、一秒でも――みきの傷付く姿を目に入れなくて済むだろう。そんなやさしい思いから。込み上げる涙を、震える声を堪えて押し隠し、伊藤は言葉を続ける。 「立てよヒーロー。諦めんな、悪役はここだ!」 ――かみさま、どうか今だけは、震えを止めて。 「いたい、いたいよ、たすけて、ママ……」 その身に数発の銃弾と矢、そして斬撃を受けて尚、みきは生きていた。口の端から血の泡を溢しながら、懇願するように伸ばされた手は誰にも届かない。その身を引きずるようにして春原がみきの元へと向かおうとするが、五月と姫乃に阻まれる。勝敗の行方は誰の目にも明らかだった。 「みきちゃん!」 もう助からないだろうとわかっているのに諦めきれない春原が伸ばした手を五月が切り裂いてそうしてうさぎが今度こそみきの首を 掻き切る。 ●深淵を覗くことはできても深淵を受け入れることはできない 「ひとごろし」 そう声に出すと感情のようなものが溢れてくる気がして、幾度も春原はその言葉を繰り返す。がくんとその場に膝をついて、項垂れたままに。美虎の泣き声が無性に癪に障って、そちらを睨む。 「泣くくらいなら、殺さなきゃいいだろ、なあ」 「……この子をこのまま生かしてたら、エリューションがいっぱい生み出されて、力を持たない人たちが殺されることになってたのだ……私の、パパみたいにッ!」 「だけど、」 「エリューションを倒すには力が必要なの。それが出来るのは私達だけなの。――だから私は戦うの。ノーフェイスを……人を、殺すの!」 血を吐くような声だった。ぼろぼろと溢れる涙を拭うこともせず、美虎はみきの亡骸を見つめている。脳裏に焼け付けようとしているかのように。 「……わからない、理解できない。こんなことをして」 「平気ですよ」 春原の言葉を接ぐようにして答えたのはうさぎだった。彼もまた、みきをじっと見つめている。 「慣れっこです」 短い言葉が落とされる。静かなそれにかっとなったのか、春原が叫んだ。 「そんなの――嘘だ! こんなことして平気なんて、そんな……」 「……嘘に決まってるだろうが!」 唐突に荒げられたうさぎの声に、春原はびくりと口を噤む。 「こんなことに慣れるわけがあるか! 平気なわけが……」 「……」 震えているようなその背中を、春原は呆然と見ていた。何が本当なんだろう、誰を憎めばいいんだろう。確かなのは、さっきまで笑っていたみきの血の臭いだけだ。 「さあ、春原君。君には3つの道があります」 漠然とした沈黙を破ったのは守の声だった。 「リベリスタとして崩界を防ぐ為に戦うか。フィクサードとして思うままに生きるか」 或いは、全てを忘れて日常に戻る道もある。 「――選ぶのは、君だ」 そこまで言って、守はふと踵を返す。立ち去ろうというのか。引き止めようと春原が手を伸ばすが、 「……ね、あんた、リベリスタになりなよ」 それを雅の声が阻んだ。 「正直ね、あたしらの仕事は誰かの笑顔を奪う事も多い。でも、たくさんの誰かの笑顔がその影で守られてるのも、事実なんだ」 見えないけどね、と雅が苦笑する。春原はそれをぼんやりと見ている。 「それには、誇りを持ってやってるの。……あたし、あんたの人助けに尽くす姿勢は尊敬するわ」 だからこそ、一緒にやりたいと思うの。そう言って、雅もまた春原に背を向ける。リベリスタ、そう呟く春原の前に、もう一人、立つものがあった。 「向いてません。貴方は貴方に合った生き方をするべきだ」 貼り付けたような無表情。しかしその瞳から涙を溢しながら、うさぎは淡々と続ける。 「見ての通り、本当にろくでも無いですもの。理解されない、憎まれる。感謝されません」 恨まれるのだ。人の罵声と泣き声と血をさんざん浴びて、それでも大義があるから――大義しかないから、この場所に立っている。 「……人助けなら、フィクサードにだって出来る。『周りの人たちに笑顔でいて貰う』のなら、それで充分な筈だ」 だからほら、とうさぎは武器を構えてみせる。 「憎んで、恨んで下さい。遠慮はいりませんから」 「おまえ――」 「答えなんて、一つでしょう?」 春原が何もできずにいると、うさぎは無表情のままに一度だけその獣の腕で涙を拭った。そしてまた、彼女もそこから去ってゆく。 いつの間に日が沈んだのだろう、すっかり暗くなった路地裏に、春原は一人で立ち尽くしている。大通りに出るT字路を見れば、最後まで残っていたうさぎが仲間と合流するところだった。その中に守の姿を見つけ、そういえばあのひとの顔を一度も見なかったなと、ぼんやりと考える。 と、守が手元の端末を何事か操作したように見え――魔法のように、その装甲が消えてなくなった。 「……はは」 人の善さそうなお巡りさん。そうとしか見えないその容姿に、春原は今度こそ途方に暮れて笑う。 「誰を、憎めばいいんだ……」 それでも、いつかきっと。 呟かれたその言葉は、誰のものであったのか。 街灯の灯りも差さぬとある路地裏に、落ちる影は、ひとつだけ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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