● 「――あいつを返せ!!」 少年の怒鳴り声に溜息が零れる。 一ヶ月。待てど暮らせど連絡の来ない携帯をポケットに突っ込む。 不死人を求めた旧友、兼護衛は行方知らず。 連絡を寄越さない以上は追及のしようもなく、諦めてこうして次に目を付けてはみたが。 「そんなに怒らなくっていいんじゃない。共犯なのに」 勘違いをしている子供に苦笑してみせる。 もっとも成長の止まった自分も子供のナリだ。 どうしても大人がこどもを宥める笑顔にはならない。 携帯を閉じ、広い路地裏のようなこの場所を照らすのは明滅する街灯ひとつだけ。 「ミキちゃんに良いところを見せたいんだ。 体育とかじゃなくってさ、ピンチを颯爽と助けてみたりして」 「う、っうるさい! そんなのノリだよ! ふざけんなよ!!」 数日前に言われた言葉を繰り返し、事実確認をしようとしたら、断られてしまった。 ああまったく、子供同士というのは不便だな。 でも、その位のことは『同族』を増やすためと思えば苦労ではない。 「……まぁいいや。どうせヒーローはユウヤで、僕が悪者だし僕のせいね」 「そう言うこと言ってんじゃなくて……っ」 「ピンチのミキちゃんが待ってるよ」 畳みかければ、瞬く間に少年の顔から血の気が引いた。 準備した刀型のアーティファクトを地に放れば、答えを乞う黒目と目があう。 ――さぁ、うまくいくかな。 追い詰められた少年は、ヒーローになれるだろうか。 「ユウヤ。僕を倒してお姫さまを早く助けてあげなよ?」 大丈夫。彼女はユウヤの活躍が見えるところにいるよ。 ● 「フィクサード及びノーフェイスの討伐をお願いします」 リベリスタに向かい、フォーチュナ『灯心』西木 敦(nBNE000213)は口を開く。 心なしか眉を顰め、強張った面持ちを横目にリベリスタは用意された資料に目を通す。 「二人は友人と言える間柄だったようですが……」 リベリスタが対峙することになるのは、少年二人。 大人しそうな子と、活発そうな子。 どちらも黒髪に黒目。小学生5、6年程度に見える。 「まず、ノーフェイス、ユウヤ。 彼はある女の子を助けに来いと呼び出され、アーティファクトを手にする。 そしてその場……恐らく皆さんの目の前でフェイトを得ず、覚醒。 覚醒直後ですから、フェーズでは1。ただし、アーティファクトがあります」 資料へ目が落とされ、フォーチュナの言葉が続く。 「アーティファクト、刀『葉蝉拵え』。 とにかく物理攻撃に特化した凶器です。 皆さんも、もしまともに受ければ弾かれたり、隙を作らされるでしょう」 「もう一人がキイチ。フィクサードであり、ジーニアス。インヤンマスター。 彼自身は戦闘に不慣れで、戦闘技術においては駆け出しの状態です」 「そうなると、逃走さえ押さえればあとの問題はノーフェイスか?」 「はい。それと『キイチ』は『ユウヤ』に殺害される可能性もあります」 「――どういうことだ?」 「女の子を浚って、ユウヤを誘き出したのが彼だからです。 そして自分で覚醒直前のユウヤを煽っている。 追い詰められたユウヤは混乱した状態で……。 ですから、戦闘になるのは『ノーフェイス』のみの可能性もあります。 以上が、俺の方で確かめられた情報です。他の詳細は資料で――」 「ちょっと、待って……。女の子の救助は?」 任務に含まず、そして今もフォーチュナは言い淀んだ。 まさかと唇を動かしたリベリスタに、頭を下げる代わりに深く頷いた。 「……女の子は既にキイチの手で、死亡しています」 拳を握りしめた音が聞こえそうな沈黙。 一人、一人とブリーフィングルームを後にしていく。 「どうしてそんなことを」 ひとり、振り向かないリベリスタが問う。 その背に向けて情報提供者からの証言、問いの答えを告げる。 「……彼はフェイトを得て覚醒するメカニズムを知りたい、そう言っていたそうです」 ● いくらこんな状況下だとしても、二つ返事で友人を斬り殺せるわけがなかった。 その彼の凶行に自分の発言が関わっているともなれば――どうしたらいいだろう。 時間間隔を麻痺させた沈黙は不意に途切れる。 「ほら早くしないと。助けられなくなるよ」 友人だと思っていた彼を見上げても、立ちはだかったままだ。 「いいの?」 それどころか笑って、刀を蹴って寄越す。 ひくりと、ひきつる。 彼の変わりのなさにも、自らの過ちにも、何もかもにひどく動揺している。 ぐるぐるとめまいがしていた。 鳥肌の立つほどの寒気に息が詰まる。 ――助けないと。早く助けて助けに助けに助けに。 少年は蒼褪めた顔で歯を食い縛り――しっかりと妖しい光を湛えた刀を掴んだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:彦葉 庵 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年10月11日(木)22:28 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 明滅する街灯が廃ビルの正面、少年二人を照らす。 正面、そして暗闇に閉ざされた裏口にも、光が集う。 アーティファクト間通信状態は良好。声が上がる。音が漏れ聞こえる。 八人のリベリスタにより、一縷の願いを抱いた作戦が幕を開けた。 廃墟の中にも、リベリスタが一人。 廃墟も同然に放棄されたビルの内部、本来なら人などいない場所だった。 だが、月影もない今宵は事情が異なる。 障害物であるはずの物質は彼の体を透し、歩を進めた彼は望みの場に足を止める。 静寂に動く黒い影――雪白 万葉(BNE000195)がひとつ、靴音を鳴らした。 彼が中へと入った理由。その『目標』は『ミキの遺体の確保』。 それは間もなく達成される。 ある一室。少女は椅子に座し、顔は外へ向けられているようだった。 暗闇に浮かび上がるような白さ、一室の床に散りばめられた黒の水溜り、鼻をつく死臭。 いずれもが、彼女が既にこと切れていることを告げ、万葉を迷いなくこの場に呼んだ。 靴裏に感じる違和感に目を瞑り、黒手袋越しに伝わる熱で少女の目を閉ざす。 彼はスーツの上着に手を掛けると、迷いなく凄惨な傷を覆う形でそれを少女の肩にかけた。 それから死人特有の冷たさを腕に抱え、ちらりと窓の外を見る。 静か過ぎるこの場では、外からの喧騒だけが音だった。 喧騒の中――逸れぬ黒曜の色と一瞬、視線が交わされた。 そして、澄んだ水と金のオッドアイが、揺れていた。 ● 時は戻り、また針を進める。 正面、裏口、そして内部へと別れたリベリスタ。全員の準備が終わるまで待つ間にも時は動く。 街灯がちらちらと照らす下で、ユウヤは人間からノーフェイスへ変貌を遂げた。 物陰に身を隠し、『折れぬ剣《デュランダル》』楠神 風斗(BNE001434)が眉を顰める。 これから行われるのは、フィクサードとノーフェイスの討伐。いつも通りの任務。いくつもの任務をこなしてきた。 やることに変わりはない。だが彼は拳を握りしめる。 (……いつも通りにしなきゃならないのか……っ) 物陰のさらに奥で待つ『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)の眼が、つと彼を見た。 風斗の様子から察し、しかし体はぴくりとも動かさず。ただ、染みのできた灰色の壁へ眼を戻した。 そこへ、電子を介した音声が届く。 「準備完了」 「はい」 端的なやりとりを聞きながら、『必要悪』ヤマ・ヤガ(BNE003943)は、肩に括りつけた懐中電灯を灯した。 ぱちんと、小気味良い音がして双眸を細める。 (ヤマの仕事になるかならぬか、微妙なところじゃあるが――) 齢八十には到底見えぬ幼い少女は心中に言葉を零し、細く息を吐いた。 ヤマの仕事は一つ。今夜はそれを果たすことになるか、どうか。 フィクサード対ノーフェイス。その硬直した空間に一人の女性が介入する。 「こんばんは、私はアークのスペードです」 『Manque』スペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654)。 キイチだけが、ステルスで一般人に扮した彼女へ一瞥をくれる。 「『フェイトを得て革醒するメカニズム』知ることはできたかしら?」 緊張した空気はそのまま。 息を押し殺して一歩を踏み出した。 「私も、力が欲しいの」 絞り出す声。キイチの注意を惹ければいい。あわよくばユウヤからアーティファクト・葉蝉拵えを離させたい。 平時に接触できれば、可能性があっただろう。だが、状況が悪すぎた。 キイチにとっては実験の直後、それも失敗に終わり、次を試すには命が必要だ。 命の瀬戸際において、得られる無力な被験者よりも、またと得られぬ実験者としての命へ天秤が傾く。 「じゃあ僕に従ってよ、そこの人。簡単だ。こいつに――」 この先に続く言葉は、不味い。 そう、直感した。 ユウヤが未だキイチの声を聴いているとすれば、後に控える作戦に矛盾が生じる。 彼女が口を開き、息を吸ったとき。 ● 「キイチ!」 少女の声が割り込んだ。声に、スペードが振り向く。 仲間が姿を現す。顔を向けたのがフィクサードのキイチ。ノーフェイスのユウヤは声にのろのろと顔を上げた。 続けざまの乱入者への胡乱なキイチの眼差しに気づかず、『黄昏の魔女・フレイヤ』田中 良子(BNE003555)が勢いよくキイチを指す。 それは効果音が付きそうな勢いで指した。 「キイチが不死人の情報を蕪木に教えるから、我は怖い思いをして夜の墓場に行くはめになったのだぞ! 謝れバカ野郎! 本気で怖かったんだからな! 泣きそうだったんだからな!!」 言ったおかげでちょっと思い出した良子は涙目だ。 蕪木とは先立っての任務においてリベリスタに捕縛されたフィクサードの名であり、キイチに関して情報を提供した彼の友人に当たる人物である。 その任務での鬱憤をぶつけたわけだが、ぶつけられた側は一拍の間を置いて笑みを浮かべた。 「そう、ごめんごめん。でもさ、泣かなかったんなら偉い偉い」 「なっ!?」 口先だけの謝罪に加え、見目は自分より年下のキイチから慰められた。 それにわなわなと震える良子から、少年は明確な殺意へ向き直る。 ヤガ、そしてうさぎと風斗。後者を捉えようとした瞬間、視界は白に覆われた。 目を瞑るより先に前身を腕で庇った。 構えに反し、うさぎの繰り出した刃は空を切った。 標的は回避など間に合っていない、あえて刃は当てられなかっただけのこと。 ――フェイント。懐へ白と黒が飛び込む。 風斗の手で寸分の狂いなく、折れない剣は閃き、振り抜かれた。 力のまま体は弾かれ、ぶつかった分厚い硝子が木端に舞う。 ひしゃげ枠だけになった扉を背に、ずるりとキイチが無言のまま体を落とした。 無言と、敵意には温い眼差しを背に受けながら、風斗が口を開いた。 「オレの名は楠神風斗。君を止めに来た」 真正面にいるユウヤは微動だにしない。 「お前が助けようとしていた少女はこちらで保護し、病院に搬送させてもらった。命に別状はないそうだ」 口が渇く。隣から珍しく喋り過ぎるから、なんて揶揄は聞こえない。 「だが、お前とキイチは生かして返すわけにはいかない。ここで死んでもらう」 「まあそこの白黒の言葉通りですが……貴方達は殺します。理由? そりゃ貴方に正義のヒーローになられると困るからです」 賑やかに白黒に訂正を求める声も、今は聞こえない。 「キイチさんに始末させれれば楽だったんですが……洗脳をはねのけて自分を殺させようとするとはねえ。友情、って奴ですか?」 やれやれと、大げさに肩を竦めて、見せる。 さも、悪は私だと手を挙げるように。 朗々と情感たっぷりに、大嘘で固めた演説。 フェイトの入手という欠片の希望に賭け、便乗し演じられる一幕の劇。 キイチには無用の長物になった少年の為の言葉。 「さあ、ここからはお前の、お前だけの戦いだオレ達はお前を殺しにかかる。生きて再び少女に会いたいなら、全力で抵抗することだ。生きるために」 まるで『生きてほしい』と切々と訴え掛ける言葉ではないか。 ペルソナの下で黒髪の少女が風斗を見遣る。嘘の苦手そうな子だ。 「差し当たって、その性悪からは手を離すがいい。何、ヌシの大事なものはこちらできちんと助けるでな」 仮面をかぶり、つらりつらりと、紡ぐ。 圧倒的な集中領域にある脳が指先に正確無比な指令を飛ばす。 全身から紡がれた気糸が刀に、手首にと絡んで。 「離さぬ、か」 刃に軋み、断たれた。 視認した双方の強度にヤガは魔力杖を下に向ける。破壊は、手間だ。 彼女の隣では小さな魔女は魔力を集積させ、そしてユウヤを注視していた。 渦巻く疑問と、祈るような希望を胸に抱いてロッドを翳す。 ● 一連を眺め、最後にスペードを横目に見て、キイチは懇意と嘲笑で口を歪めた。 「成功したらいいね」 硝子のない枠だけの扉に自重を傾けると彼はビルに転がり込む。 力量差は明らか。突破するよりも裏口を破れば――けれどそれも叶わない。 中程まで引き摺ったところで、懐中電灯の光が苦虫を噛んだ顔を照らす。 「弱い者イジメは好きじゃねーけど……手加減する気は起きねーな」 こきっと首に手を当て音を鳴らし、中性的な少年が立ちはだかる。うさみみを付けた少年、『デンジャラス・ラビット』ヘキサ・ティリテス(BNE003891)が、小さく唸った。 「ま、フェイトを得るメカニズム……それが分かれば、ノーフェイスも救うことができるんじゃ……って」 ふっと脳裏に過ぎった言葉を口にして、ヘキサがふるふると首を振った。 「でも、そのためにやっちゃいけない事はあるわ」 身を現した『碧海の忍』瀬戸崎 沙霧(BNE004044)も否定するところではなかった。 知りたい。だからと言って、彼や彼女がキイチの所業に頷くことは有り得ない。 「だよな。そのためにって言われたって、今出る犠牲を見逃すなんて認められるワケねーし」 「友達を手にかけるなんて、あってはいけない事よ。そう仕向けるなんて、なおさらだわ」 睨み付ける眼差しは厳しい。 「気は合いそうにないね」 暗闇に羽音が響いた。 その時には狙った先には誰も居ない。ヘキサの影も沙霧の影もない。 舌打ち、出口に顔を向けた。視界の端に白兎が跳ねる。 落ちた瓦礫の不安定さなど見えない。詰め寄った。 紅鉄グラスホッパーが淀みなく、続けざまに裂く。 赤い飛沫が上がる。掻い潜り、回り込み、沙霧は加速する。 幻惑に紛れた翠雨が対象を捉え、そのまま振り抜いた。 苦し紛れに放たれた烏が、沙霧の腕に赤い爪痕を残し、消えた。 「……っし、終わり。ユウヤのとこ行こーぜ」 「ええ」 物言わぬ少年の形をした骸から、神秘が模った糸も消えた。 上階から降りてきた万葉にアイコンタクトを遣って、沙霧もヘキサに続く。 二人を見送り、万葉が抱えた少女を裏口の脇に下ろす。 フェイトの加護。それを自在に得られるようになったら。 それは分かる。けれど、同時に思う。 「それが出来ないから、私達もいるのです」 上着を掛け直し、万葉も踵を返した。 ● 黒のカードの中に浮かぶ青いスペードマークを、細い指が撫でる。 「……Manque」 囁けば瞬く間もなく、スペードの手に切っ先の欠けた剣が納まっていた。 戦いは始まった。避けられない。 切っ先を天に、柄を胸に寄せて、水と金の瞳を瞼の奥に隠した。 胸の痛みを殺して、深い呼吸と共に暗闇を見通す瞳を開く。 「願わくば――ユウヤさんに、フェイトの加護があらんことを」 一合を交わす。じんと響く痺れに、彼女は眉を下げて微笑んだ。 万葉が透明な砂を踏みしめた先では、幾筋も人工灯が舞い、ちらつく。 絶え間ない剣戟と火花の中心はノーフェイスのユウヤ。 暗を無にする目が彼の口元を見て、手を見て、刀の行く先を数えた。 「罠がありましてね」 唇は引き結ばれたまま、持ち方は覚束ず、刀は誰を狙うとも知れない。 それを見止めて、彼は独白に近い台詞を吐く。 少女を運ぶ間に白いシャツに付着した血に、真新しい血が滲んで混ざっていた。 「心配しなくても、彼女は無傷ですよ。病院に向かったとも聞いているでしょう?」 血をごまかし、彼に信じさせるため、自ら付けた傷がブレスレットを伝う。 火花の音は止まず、ビルの谷に響く。 (逃さず、仕留めたようだの) 万葉、ヘキサ、沙霧の三人が合流したことが示すのは、キイチの死。 この状況の元凶に抱いていた殺意は、少し晴れたように思う。 意識が逸れたのは一瞬。ユウヤの突きの型が丸い瞳に映り込んで、空気が鳴く。 直撃を免れて、痛みを押してちらと前へ確かめた。 前衛と一直線上に立つことを避けたお蔭で、この一撃は自分だけに振舞われていた。 「……難儀じゃのう」 ユウヤの手は血に塗れ滴っている。 刀を取り落させようと、指を狙い落とした。最早、彼は正規の持ち方など出来ていない。 力を減じてなお、その力を手放さない。強い執着が成せる業だった。 「だが今更、加減などすまいよ。」 風を切り気糸が奔る。辿り着く先は、少年の腕。 (ユウヤもまた恋のため、戦っているというのか) 恋に狂った男といい、その友といい、恋の正体は分からない。 それどころか、ますます行方不明になった気分だ。 もやもやとした物を抱えながら、彼女は忙しくきょろきょろと場を見渡す。 「ええいっ、皆を回復させることができるのはフレイヤ様だけなのだからなっ!!」 無軌道な刀による傷を誰が受けたのか、傷の深さはどうか、確かめ続ける必要があった。 そして回復の要、どや顔もした手前である。自身も崩れ落ちるわけにはいかない。 ウィザーズロッドをマイク代わりに詠唱し、天使の歌で傷を癒す。 鉄臭さをささやかな風が浚っては、ほうっと息をもらしまた戦場を見る。 ――黄昏の魔女と言えど、心は覗けない。彼らが何を胸に戦うかは想像だ。 唯一、彼女自身は分かる。彼女も英雄になりたがるひとり。 世界を救いに家を飛び出し、今は自分の足で戦場に立っている。 (英雄とは誰かの手を借りてではなく、自分の力でなるものだと思うのだ) 彼女は願う。そして、少年が自らの力で英雄になる、奇跡を信じた。 ヒーローになりたいなら、なってみせなさい。 救えなかったからこそ、なってみせて。 奇跡のひとつくらい、起こしてみせてよ。 じゃないと、私たちは子供を手にかけなくちゃならないのよ。 (お願い、神様) 沙霧が口に出来ない願いを乗せて、翠雨を振るう。 彼女の願いを知らぬ一刀は、無情な程に真直ぐに振るわれた。 胸の真ん中に熱を感じたとき、膝が落ちた。 暗転。けれど彼女は、一縷の糸を頼りに双緑に光を取り戻す。 フェイトを宿した身に、運命の加護は降りた。下唇を噛んで、彼女はもう一度立ち上がる。 お願い。 俯いた影で、唇だけが願いを呟いた。 全身全霊をもって、彼はぶつかる。 食い縛った奥歯がぎりと音を立て、デュランダルを上段から振り下ろす。 ユウヤは堪えきれずに凌ぎに回る。そこに手心はなく、憤りと熱があった。 なぜ、フィクサードにフェイトが与えられ、眼前の少年には与えられないのだろうか。 そんな世界があっていいものか。 「ユウヤ」 どうか目覚めてくれ。低く、押し殺した声は、重なる声に呑まれた。 「能力に目覚めつつあるようで……厄介な」 風斗が斬り込むのと代わる代わる、ユウヤに肉薄し、うさぎは死の刻印を刻む。 そして、嘯いた。 思考を促す。友人を救い、ヒロインを護れる『ヒーロー』になれる、と。 (奇跡なんて起きない。起こせるとしたら、それは私達じゃない。貴方なのだから) 緑布が光を浴びて翻る。 11人の鬼が赤を弾く。 (だから、信じろ。最期まで) 運命を得られるか、そうでないのか。それがハッキリするまで、手を出さない。 ヘキサはそう思っていた。 「ユウヤ!! 行くぞ、一気にカタつけてやるからな!!」 見る間に命を削る姿を前に、逡巡を捨てて地面を蹴っていた。 フェイトを得るメカニズムが分からないように、ハッキリとした線は引けないのだ。 気が付けば、足は宙にあった。 ● 「――ねぇ、ユウヤさん? あなたの本当の願いは、何かしら」 灰砂のようにざらりと融けるように、刀が砕け、終わりを告げた。 刀と共に少年は崩れ、寸での所でスペードが腕に留めた。 致命傷を受けた彼は運命を得なかった。 「さ、んに……で」 リベリスタとして、役割を果たさねばならない。 誰ともなく足を踏み出したとき、ヤガが地面と水平に手を持ち上げた。 とす、と心臓を貫かれて、ノーフェイスは息を止める。 「これがヤマの仕事よ」 淀みなくヤガは一つの命を絶った。 いつも通り『必要悪』をこなし、表情を消してゆるりと背を向ける。 誰もが口を重くした。信じ願われた奇跡は儚く、遠かったのか近かったのかも曖昧だ。 無言のまま、ヘキサと沙霧は刀の残骸を拾い上げ、AFに収容する。 ――ある秋の夜。鈍天の空は見えず、朝の気配もまだ遠かった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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