●悲劇のはじまり 年端もいかない少女が、憧れの眼差しで「将来はお嫁さんになりたいな」という。幾重にも重なった柔らかいレースに包まれ、柔らかく微笑む花嫁に、幼いころは誰もが憧れるものだ。 しかし現実は厳しく、誰もがその幸せを手に出来る訳ではない。パートナーを探すことはもちろん、一度婚姻しても何らかの理由で離婚してしまうこともある。またいつ気持ちがうつろうかも分からない。 ある結婚を控えた若い女性がいた。彼女は将来の夫となるべき男性を心のそこから思って、式までの残りの日を指折り数えていた。 しかし幸せな彼女を不幸が襲う。当然自分のことを愛していると思っていた相手が裏切ったのだ。その男には別に想い人がいたのである。結婚式が近づいたある日、彼はその話を切り出して彼女を捨てた。泣いて懇願する彼女を容赦なく切り捨て別の女と結婚してしまった。その女性はあまりの嘆きに当日身にまとうはずだった花嫁衣装を纏って崖から身を投げた。彼女の遺族は嘆き、友人は憤ったが、それが男に届くことはなかった。男は彼女の葬式に現れることなく、別の女と式をあげた。彼女を突き放した唇で愛を語り、誓い、自分だけ幸せを手にしたようにみえた。 遺族はますます嘆き、悲しみに暮れた。娘の遺品の血に染まったドレスを捨てられず、それを握り締めながら涙を流した。 これだけ聞くと誰もが男の行いを責め、女性の為に涙ぐむだろう。しかし男の傲慢が引き起こした悲劇には続きがあった。彼女が死んだあと、遺族が捨てられず家に保管していたドレスが覚醒因子と結びつき、人に害なさんとして再び蘇ったのである。女性の思念が残るそのドレスは、すでに男性と妻の座を自分から奪った女性を殺害してしまった。しかしそれで終わらない。憎しみは増幅するばかりだ。 ブラッディ・ドレスはすべての花嫁を血祭りにしようとしている。なぜなら染み込んだ忌まわしい呪いと恨みが、彼女達の幸せを決して許そうとはしないからだ。 ●ブラッディ・ドレス 「何も起こらなければ幸せな花嫁になれたはずなのに、こうやって恨みをまき散らすのは残念だわ」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は冷静な眼差しに少しの同情を含ませて言った。 「今回相手をしてもらうのは自殺した女性の怨念と血が染み込んだウエディングドレス。かつての持ち主だった女性がかつての恋人と一緒に訪れた結婚式場相談所に潜んでターゲットを選別しているみたい。今のところ生前関わりがあった人間以外の被害はなし。けれどもこのままだと確実に犠牲者が出る。だからそうなる前に食い止めて」 リベリスタの一人から、そのドレスが狙う対象は無差別ではないのかと疑問が上がった。イヴは首を傾けながら答えた。 「そうね……。どうなのかしら。おそらくより幸せそうな女性を狙うためかも。不幸から生まれたものは幸せを憎むから」 だからあなたたちの中でも幸せそうな人から攻撃してくるかもね。そう言ってイヴはリベリスタ達を眺めた。 「今現在幸せな人は警戒したほうがいいわ」 イヴは資料を手渡しながら、少し苦笑いした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:あじさい | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月08日(土)23:01 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●復讐の幕開け 闇の中にブラッディ・ドレスは潜んでいた。自分と男の生活の場となるはずであったとあるマンションの一室に。 赤黒く染みついた悲しみはすでに恨みと憎しみへ姿を変えた。そうすると濁流の様な感情を抑える術などなく、生前の自分を捨てた男と、それを誑かした女の報復を実行した。 彼らが自分を死に追い詰めた唇で平然と愛を語るのを、もはや見過ごすことなどできなかった。躍り出ると二人は信じがたいものをみたというような顔で驚いていたが、叫び声さえ上げる暇すらなく息絶えていた。 「ふふふふふふ……、あはははは……」 汚れた血を更に浴びて、もう憎しみが離れない。それは加速し止まることを知らず、やがて幸福への歪んだ羨望と憎悪に姿を変えた。 「許さない許さない許さない……」 生前の可憐な声はすでに恨み事しか発さない。かつて愛したはずの男の死体を見降ろし、土色の顔色になったのを見届けて、鮮血の花嫁は空から飛び立った。 彼女は次の標的を誰にしようか考えた。今の幸せを奪うだけでは、溜飲が下がらない。自分はようやく幸せになれると胸をふくらませていたところに、縁もゆかりもない人間にそれを邪魔されたのだ。理不尽と不条理は嘆きを呼び、不幸を呼んだ。そこまで考えると、ブラッディ・ドレスはかつて男と訪れた結婚式場相談所へと向かった。 自分がされたように、これからの幸せを奪うために。 ●悲劇の連鎖を止めるために イヴから得た情報をもとに、リベリスタ達は深夜の道を歩く。人目を避け歩きながら、『混沌を愛する黒翼指揮官』波多野 のぞみ(BNE003834)がいまいち気が乗らない風に切り出した。 「今回の敵暴走する原因を作った男がまだちょっと引っかかりますねー。まあもうすでにこの世にはいなんですけど」 日頃から同性に特別な感情を抱く波多野は、どうしてもそれが許せないらしい。もともと優しい気性である雪待 辜月(BNE003382)も痛ましそうにした。 「そうですね……、報われない話です」 側にいた『プリムラの花』ラケシア・プリムローズ(BNE003965) は苦笑しながら、波多野と雪待に言う。 「そうね、波多野さんが女の子に甘いのを差し引いてもいい気分はしないわ。けれどもそれを放置していたらまた花嫁になれない女性が生まれてしまう……。それを阻止するためにも私達は戦わないと」 決意と誇りを胸にラケシアが宣言する。 それを聞いていたが『『侠気の盾』祭 義弘(BNE000763)が『戦士』水無瀬・佳恋(BNE003740)を気遣うように言った。 「俺達はおとりになるわけなんだか、大丈夫かい」 水無瀬は少し緊張しているようにうつむいたが、健気に笑って見せる。 「そうですね……、実のところうまくやれるか不安です。私には恋愛の経験が乏しいので」 自信なさそうに俯く水無瀬を祭が慰める。 「きっとうまくいくさ。佳恋の姉さんがミスしても俺がフォローするからさ」 扉にそろそろと近づいた『鍵子』明治 アスト(BNE004010)は鍵穴を覗きこんでうなずいた。さほど複雑な構造ではなく、よく見られる一般的なタイプの鍵だ。 「大丈夫、これなら余裕」 明治はその二つ名の通りの活躍を見せ、あっという間に扉が開いた。 明治が解錠した深夜の結婚式場相談所で、リベリスタ達は予定通り囮を立てた。進もうとする囮役の二人を『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)が呼び止める。焦燥院の手のひらには小さな人形があった。それは見る間に手のひらに収まるおかっぱ頭の少女に姿を変えた。 「こいつを連れて行け。役に立つはずだ」 祭は頷いてそれをそっと肩にのせた。そうして二人が暗い廊下を進んでいくのを焦燥院たちは見届けた。 暗い廊下に二人の足音が響く。不気味な雰囲気に耐えながらも水無瀬は恋人の振りのことが頭から離れないでいた。 「佳恋の姉さん、少し力が入り過ぎてないか。もっと自然に行こうぜ」 「は、はい……! 自然にですね」 水無瀬は事前に読みこんだ少女漫画を思い出し、少し考えた。 「あの、腕とか組んでみます?」 少し驚いたようだが、可愛い女の子にそう言われれば無論悪い気はしない。もちろん腕を差し出すと、水無瀬はおずおずとそれに自分の腕を巻き付けた。ぎこちなさが残るものの端から見れば年頃の親しい男女である。祭は精神を集中させる。超直観を発動させると、いくら壁で隔たりがあろうとも相手の位置を探るのに何の支障もなくなる。祭は敵の居場所を探りながら水無瀬と寄り添い、敵が潜んでいる部屋に向かった。 祭と水無瀬を送り出し、残りのメンバーは別室で待機していた。『無何有』ジョン・ドー(BNE002836)が案じたような声を出した。 「祭様と水無瀬様、うまくいってますでしょうか」 通信機の電源を入れながら焦燥院が応じる。 「まあ何かあった時は連絡するように言ってあるし、祭には感知系のスキルもある。それに式神も渡しておいたし大事にはならないだろう」 アクセスファンダムを凝視する焦燥院の横で同じく電源を入れながらラケシアは意識を集中する。 「でも準備を怠っては駄目よ。素早く攻撃に移れるようにしていましょう」 戦闘態勢を整えたパーティーは祭達の連絡を待った。 ●かりそめの恋人 祭の超直観で敵が潜んでいると思われる部屋を割り出した。そこに向かっていく途中でも二人の腕は絡みあったままだ。祭は自分の下にある水無瀬の顔を見降ろした。可憐な顔つきには恋人の振りだと分かっていても多少ドキドキするものはある。 「ごめんね、わがまま言っちゃって。どうしてもドレス見たくなっちゃったの。式が待ち遠しいね」 すっかり役になりきっている水無瀬に祭は応じる。 「あ、ああ。そうだな。こんな綺麗な子を嫁に出来るなんて」 その言葉を受けて水無瀬も胸がうずいたような気がして俯いた。任務だと分かっていても、くすぐったい気持ちだ。しかしそれに浸っている暇はなく、二人は進んでいく。そして遂にドレスが置かれている部屋にたどり着いた。 祭がおそるおそるドアノブに手をかける。鍵はかかっていなかった。踏み込むと案外広く、色とりどりのドレスが陳列されている。 「わあ、すごい綺麗ね。私はいったいどれを着ることになるのかな」 ドレスのレースを手で透かしながら、水無瀬は警戒を怠らない。いつ襲い掛かってくるのかと精神を張り詰めている。それは祭も同じことだろう。肩に座っている式神もどこか緊張しているようだ。 その時、どこからか物音がした。式神はいち早く異変を察知したようで、自身の主人に異変を伝える。 「許さない許さない……」 怨念の籠った呟きに部屋が包まれるのは、そのすぐ後のことだった。 ●戦闘開始 「来たぞ!」 式神からのメッセージを受け取った焦燥院が部屋を出て走る。全身を発光させ、暗闇を照らしながら戦闘を走り、仲間の道しるべとなる。式神が知らせた部屋に入るとすでに戦闘態勢だった。 「大丈夫かしら!」 波多野が声を上げると水無瀬が応える。 「はい!ですがここは戦いにくいです!広い場所に誘導します!」 水無瀬が駆けだすと、ブラッディ・ドレスはそれを一心不乱に追う。二人の演技を信じてそうした行動に出ているのだろう。男の祭には大した興味を示していない。勝手に自分の幸せを奪った女と水無瀬を重ねているのか、それとも自分が実現出来なかった幸せを手に入れるであろうことが憎たらしいのかもしれない。その間にも赤黒い手のようなものが水無瀬目がけて伸びてくるが、それをなんとかかわしながら部屋の外の開けた場所へと誘導するのに成功した。超頭脳演算を発動したジョンがあらゆる可能性を考えながら、ブラッディ・ドレスを凝視した。波多野は味方の防御を高める。 「ラケシアさん、攻撃の強化をお願いしますね」 ラケシアも頷き、味方が戦いやすいように状況を整えていく。前衛には祭、焦燥院、明治、水無瀬が敵を取り囲むように並んでいた。 明治はどこか冷たい視線で宙に浮くドレスを見詰める。 「自分をあいしてくれなかったひとのために死ぬだなんて、自分には分かりません。そのために誰かを不幸にするというのなら始末するしかありませんね」 そう明治が言い放つと、ブラッディ・ドレスの背後に見えるオーラが見る間に増幅した。身構えるリベリスタ達に、鮮血の花嫁は声を上げた。胸の奥底から溢れ出る憎しみをそのまま歌にしたかのような戦慄。それは歌と言うよりは叫びだった。遠慮なしに耳に届くそれは頭をガンガンと揺さぶる。 「うあっ……!」 激痛に動きが鈍った瞬間をねらいながら、ブラッディ・ドレスは一気に距離を詰めて攻撃する。血に染まると、ドレスの空洞から狂ったような声を出した。 「ははは……! あの人が悪いの……!! 私だけだって言ったのに!! 私は許さない……。何もかもを許さない!!」 壊れたオルゴールの様に花嫁は絶叫する。ラケシアが射た魔法の矢が掠めると、わずかな間歌声が途切れた。その間に波多野はすかさず天使の歌を歌う。ブラッディ・ドレスのおぞましさをかき消すように流れる天上の響きに、パーティは立ち上がる。 しかし体勢を整える隙にもブラッディ・ドレスは手を休めない。幸せな花嫁になるであろう未来を演じた水無瀬を、容赦なくおぞましく赤黒い手で攻撃しつづける。 「いっつ……!」 傷口から血が滲み、更にドレスを血で染め上げる。その惨状を見て祭が二人の間に割って入った。 「佳恋の姉さん!下がれ!」 祭の背中を見詰めながら、水無瀬は後退する。よろめく身体を雪待が支えた。 「大丈夫ですか?」 「ええ……」 荒い息を整えながら応える水無瀬をラケシアが引き受け、天使の息で回復する。それを見届けた雪待は戦闘指揮をしようと前を見た。 「どうにか……、隙を見つけなければ」 ブラッディ・ドレスは未だ何かをわめきながら攻撃を続けている。 「あの女、許さない許さない。私と同じ目に合わせてやる……!」 尚も水無瀬や明治に攻撃の矛先を向けようとしているのを、雪待がマジックアローで牽制する。 「おい、どこ見てんだ!」 女性をばかりを狙おうとする鮮血の花嫁に、祭がジャスティス・キャノンを放つ。大きな痛みを与えられて、ようやく攻撃の対象が移る。 「なにするの、痛い、痛い……。どうして裏切ったの? ねえどうして裏切ったの!!」 まるで自分を裏切った男と祭を混同しているかのような口ぶりで祭に襲い掛かる。人の手を模したようなオーラの塊で祭の身体を掴もうとする。どうやら今度は祭しか見えていないようだ。 それに気付いた雪待が声を上げる。 「みなさん! 今は祭さんしか敵の目には入っていません! 動きを鈍らせるなら今です!」 その声を受けて今まで後方の味方を庇うように戦っていた焦燥院が結界縛を仕掛けた。 「っ! どうだ!」 蜘蛛の糸でからめ取られ、動きが鈍る。忌まわしそうに動き回るが、一度鈍化した動きが戻ることはない。 「よし! たたみかけろ!」 ブラッディ・ドレスは身動きが取れない苛立ちに再び恨みと悲しみが染みついた嘆きの歌を歌う。それを雪待とラケシアが天使の歌でかき消しつつ、味方の援護をしてダメージを中和する。もはやその手は通じない。勝負は見えた。容赦なく浴びせられる攻撃を防ぐこともできないまま自分の命運が尽きたのを悟ったのか、ブラッディ・ドレスは泣き喚いた。 「いやだ、いやだ! 私だけ不幸になるなんて! どうして私ばかりがこんな目にあるの!!」 その自分勝手な言い分に波多野がぴしゃりと言い放った。 「自分が不幸だから相手を不幸にしても構わない? それはちょっとおかしいんじゃないですか。人を不幸にする人に、自分の不幸を嘆く権利はありませんよ」 一瞬絶望したかのように黙り込んだドレスに、回復した水無瀬が話しかけた。 「かつてのあなたと違って、私は戦うことしか出来ません。もし、また生まれてくるのなら、今度は道を間違えないでくださいね」 水無瀬はどこかそう悲しげに呟いて、ブラッディ・ドレスに引導を渡した。 ●祈り 引き裂かれたブラッディ・ドレスを、パーティは取り囲んでいた。先ほどまで憎しみに彩られていたドレスはもうぴくりとも動かない。 「今はこんなになってしまったけれど、幸せな未来があったんですよね」 雪待が呟くと、祭は顔を歪めた。 「そうだな、今度みんなで花でも供えてやろうぜ。裏切られた男、裏切られた女、そして巻き込まれた女の三人にさ。死んじまったら誰にも罪はないもんな」 それに反対するのは誰もいなかった。雪待はドレスを抱えて、痛ましそうに目を閉じた。そしてその場の誰もが、彼女のことを思って祈りをささげた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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