●一夜の出来事 「かわいい子猫ちゃん達、ちゃんと集まってくれたかい?」 呼び出した張本人、『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は最後に軽やかな足取りでブリーフィングルームに現れた。該当しない者達の困惑した顔には目もくれない。 「まずはこれを観るんだ」 伸暁は全員に背中を向けて立った。顔を横に向けて右手で前髪を掻き上げ、残りの手をすっと水平に伸ばした。握られたハンディーカムの映像が流れ出す。その場の全員が身を寄せ合って画面に注目した。 懐中電灯の明かりが暗い夜道を照らし出す。黒い路面はひび割れて噴き出すように雑草が生えていた。落ち葉や木の枝が散乱して人足は途絶えて久しい状態であった。その道をひたすらに登っていく。岩が露出した斜面や崖のように深い景色は山深い印象を与えた。 代わり映えしない映像は途中で切られた。突然に唐草模様を思わせる赤茶けた門が出現した。撮影している者の手なのか。門を押している様子が映し出された。自力では開かなかったらしく、門の間から中の様子の撮影に切り替わる。 瞬間、辺りが真昼のように明るくなった。メリーゴーランドが光の中で回り出した。無人のジェットコースターがけたたましい音で疾走する。四角くて細長い建物は一面の壁がガラス張りになっていた。中までガラスの板で仕切られていて迷路のような作りに見えた。 アトラクションに囲まれた中央には像が立っていた。ピエロを思わせる三角帽。赤いフレームの眼鏡を掛けた小太りの中年男性を思わせた。 一通りの撮影が終った直後、画面が激しく揺れた。門が独りでに開いたのだ。 「ま、ここからは逃げ帰るだけで観ても意味はない。情けない友人を持ったもんだ」 各々が姿勢を戻して伸暁に視線を送った。 「この映像は昨日、友人から送られてきたものだ。肝試しに廃園になった遊園地へ行った時の映像で、エリューション絡みの事件と判断したらしい」 話に耳を傾けていた一人が万華鏡の結果について尋ねてきた。伸暁は手のひらを上に向けて呆れたような顔をした。 「これから『ブラックキャット』のリハがあるんだよ。やっぱ、そっちに全力で当たりたいだろ? ま、心配するな。まめな友人がその廃園を調べてくれた紙がある」 伸暁は一枚の紙を近くの一人に手渡した。話は終わったとばかりにドアへと向かう。退室の間際、振り返って笑顔を見せた。 「本番でなにが起こるか分からない。そのライブ感が楽しいわけよ。おまえらも存分に夜の廃園を楽しんで来いよ」 全員が苦笑に近い表情で伸暁を見送るのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒羽カラス | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月06日(木)22:50 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●夜の道を行く 一行は小さな駅に降り立った。駅のホームから周辺を見渡せば、ちらほらと民家が見える。深夜に近い時間帯もあって明かりの点いている家は少なかった。 自動改札を通って一行は外に出た。駅前にはロータリーのような開けた場所はなく、民家の只中に迷い込んだかのような状態に置かれた。細くて先の見えない道が四方に伸びていて何人かの頭が左右に動く。 「あ、俺地図あるよ」 赤い髪に手櫛を入れながら『Gloria』霧島 俊介(BNE000082)は無造作に地図を取り出した。周辺を拡大した地図で細い道の一本まで丁寧に描かれていた。 一行は俊介を先頭に移動を始めた。ほとんどの者が懐中電灯を持参していたので足場に問題はなかった。入り組んだところはすぐに抜けて左右を稲穂に挟まれた道に出た。正面には黒い山が見える。緩やかに上る稜線に高さは感じられなかった。 ふいに横風が吹く。静かな潮騒に似た音は耳に優しく、まるで眠気を誘うかのようだった。昨晩はよく眠れなかったのか。『Lost Ray』椎名 影時(BNE003088)は大きな欠伸をした。何度か続いて目に涙が溜まる。 「うん? 影時、どうした?」 先頭を歩いていた俊介が心配そうな顔を向けた。影時の涙を見たのかもしれない。そっと手を差し出した。 「ん……」 影時は俊介の手を握った。おっとりとした『紅玉の白鷲』蘭・羽音(BNE001477)とも手を繋いだ。間もなく、フラッシュとシャッター音に三人は振り返った。 「……その、親子みたいな雰囲気に魅せられて、思わずシャッターを押してしまいました」 『Manque』スペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654)はデジカメを軽く振って見せた。気恥ずかしそうな顔からは剣を奮う姿は全く想像できなかった。 山へと続く道は一本道になっていて、ブリーフィングルームの映像が再現された。野生動物でも隠れているのか。枯れ葉を踏むような音が時に聞こえてくる。夜目の利く者は喜びの声でシャッターを切った。 暗闇に目が慣れる頃、赤茶けた門が現れた。真っ先に飛び出したのは『ビタースイート ビースト』五十嵐 真独楽(BNE000967)だった。まるで迎え入れるかのように門は軋みながらも開いた。 年齢の近い影時が興奮した声で後に続く。直後に引き返して手当たり次第に手を引っ張った。遅れている者の背中まで押して回った。 微笑ましい姿に周囲の目が優しくなる。その様子に気付いたのか。影時は急に顔を赤らめて大人しくなった。 遊園地に真昼の光が戻った。 ●本日、開園 園内の照明が点灯したことで丸い敷地が一望できる。右手にはメリーゴーランド。左手にはジェットコースター。中央の像の奥にはガラスの迷宮が横たわるようにしてあった。全てのアトラクションはレンガが敷き詰められた道で繋がっていた。外周の道を含めると丸の中に十字を入れた形になる。 「一番前に乗ってもいーい?」 一番乗りしたジェットコースターの前で真独楽が大声を出した。その場で跳びはねて心情を露わにした。 「メンテナンスしてない機械って危険よ。一通り見てから遊ぶべきね」 『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)は落ち着いた口調で言った。道化師の衣装が独特の雰囲気を醸し出している。 まずはレールに目を向けた。摩耗の具合を卓越した観察眼で調べる。納得した顔で乗り口の方に回った。乗り物は三両編成で一両に二人が乗れる構造になっていた。上がった状態のU字型の安全バーに手を掛ける。錆びついているというよりは自動と見るべきかもしれない。軽く頷いて見せた。 エーデルワイスは近くの操作室に足を運んだ。電話ボックスくらいの広さの中に古ぼけた丸椅子が置いてあった。操作パネルのボタンを適当に押してみた。その中には起動と書かれた物もあったが反応は見られない。 「全員で楽しめば、いいってことかしら」 これ以上の道化を演じるつもりはない。呆れた様子が物語っていた。 「私も楽しまないとね」 艶めかしい笑みを湛えて『虚実之車輪(おっぱいてんし)』シルフィア・イアリティッケ・カレード(BNE001082)が乗り口の前でポーズを取った。腕を組んだ胸は誇らしげに盛り上がる。その姿のまま、誰彼なしに写真を催促した。 「写真なら俺に任せろ。まとめて撮ってやるぜ」 一眼レフを構えた『ヤクザの用心棒』藤倉 隆明(BNE003933)が声と手振りで指示する。全員がフレーム内に収まった状態でシャッターを切った。 その音をスタートに見立てた真独楽が走り出す。予約席と言わんばかりに乗り物の先頭に乗り込んだ。隣には影時が座った。 「やっぱりこれを乗らないことには始まらないよな!」 二両目に俊介がドカッと腰を下ろす。当然のように羽音が寄り添った。 最後尾には隆明とスペードが落ち着いた。 電子音に似た音が控え目に鳴る。安全バーが静かに降りる中、残った二人は皆に小さく手を振った。 乗り物は大きな音をさせて動いた。太い鎖を巻き上げるような金属音でレールを上っていく。 「こ、これは定番だと聞きますが、こ、こわ」 影時の背筋が伸びた。両足は後退りするように動く。 「まこ、すっごく楽しいよ」 横では真独楽が笑顔で両足を振った。 二両目では俊介と羽音が早々と両手を上げて笑っている。 「ひゃ……っ!? ゆ、揺れましたよ!」 最後尾のスペードが裏返った声を上げた。 「予想以上にガタガタでこえぇ!! ははははは!!」 隆明は豪快に笑った。 「こわああああああああああああああああああ!!」 影時の声が落下の合図となった。 狭い空間を乗り物は右に左に駆け回り、悲鳴と笑い声が程良い配分で混ざり合う。短い時間に様々な感情が爆発して戻ってきた。 出発と同じで電子音が鳴った。全員の安全バーが、ゆっくりと上がる。スキップで降りる者もいれば、急に老け込んだかのように弱々しい動作をする者もいた。中には強者がいて二周目に備えている。 多少の入れ替えを経て全員がジェットコースターを堪能した。 メリーゴーランドに最初に向かったのはエーデルワイスであった。周囲には木製のベンチが囲む形で等間隔に置かれていて、その一角にふわりと座った。傍らにラジカセを置いて用意した曲に耳を傾ける。 「メルヘンな曲ですね。これでメリーゴーランドに合った雰囲気を演出しましょう」 スペードは指先を動かしてリズムを取る。気分は指揮者なのかもしれない。 「曲は……天国と地獄。この曲好きなのよね、なんとなく」 薄い笑みを浮かべてエーデルワイスは前を指さした。各々が馬や馬車に乗り込んで時を待っている。 澄んだ鐘の音が鳴り響く中、メリーゴーランドが緩やかに回り始める。同時に流れる曲は不規則に音が飛んだ。しかし、曲が聴き取れない程には酷くなかった。エーデルワイスは少し驚いた顔でラジカセの音量を上げた。抜け落ちた音を補完して一曲として見事に再生された。 「それって運動会の曲だね」 馬の背に跨った真独楽が元気な声で言った。少し遅れて周囲から懐かしむ声がする。 「カメラ撮ってるぜ! こっち向いてくれ!」 別の方向に陣取った隆明が大きな声を上げた。 「撮ってもいいわよ」 シルフィアが甘ったるい声を出す。馬の背に横向きで腰かけていた。過剰な程に胸が上下に揺れている。隆明の鉄の心が揺さぶられているのか。強い瞬きのあと、きっと目元を引き締めた。 別のベンチに座っていた俊介の顔が上下に動く。まるで胸と連動しているかのようだった。ジェットコースターで気分が優れない影時は、それどころではない。丸めた背中をさすって貰っている。 その時、丸っこい馬車の中から羽音が二人の名前を呼びながら手を振った。俊介は立ち上がって猛然と両手で応えた。 残されたアトラクションは一つ。ガラスの迷宮の前に一行は並び立つ。誰もが厳しい表情で入り口を見据えていた。 列の中程にいたエーデルワイスが右手を高々と上げて、一拍の間で振り下ろす。大きめに開いた入り口に人々が殺到した。光と闇が織り成す迷宮に瞬く間に飲まれていく。 その場に残ったのは二人。エーデルワイスは、それとなく横目で窺った。影時は腰に手を当てて回し、前後に上体を倒して入念に身体をほぐしている。体調はすっかり戻った様子で活き活きとした顔にも表れていた。 「きゃん! フツーの競走なら負けないのにぃ」 迷宮内では真独楽が額を押さえていた。恨みがましい目を正面の鏡に向ける。 鏡の中には鏡が映し出され、さらに奥にまで連なって訪れた者を惑わせる。迷宮の名に恥じない作りになっていた。 「競争だし、どうにかして出口を。負けてたまるかよ!!」 威勢が良いのは声だけで俊介は手を頼りに摺り足の状態を続けている。 「……痛い」 羽音の何度目かの声であった。俊介の姿に釣られて鏡への突進を繰り返していた。ある意味、別の迷宮の中に深く迷い込んでいた。 「痛っ!」 スペードが涙目で額をさする。弱気の自分を奮い立たせる為なのか。一度、大きく深呼吸をした。 「こういうときは左手の法則、なのですっ」 ガラスに左手を当てて、そろそろと歩く。多少の遠回りは覚悟して出口を目指した。 最初の戸惑いは時間と共に解消に向かった。出口に近いところを歩く者が現れ、勝負の行方が見えたかに思われた。 その場で観察を怠らなかったエーデルワイスが不敵な笑みを浮かべて動き始める。 「競争だもんね!」 先に影時が入り口に突進した。とても曲がり切れる速度ではない。実際に突っ込んだ。ガラスという物質を通り抜けて一直線に疾走する。 「非戦ずりぃぃぃいい!!!!」 俊介の悲痛な叫びに影時は恥ずかしそうに舌を出して見せた。それでも一位は譲らない。十数秒でガラスの迷宮を攻略した。 出口に疲れた顔が出揃った。その中、影時は溌剌とした笑顔でいた。 ●歓談の一時 ピエロの姿を模した像の前に大きめのビニールシートを敷いた。持ち寄った弁当を中央に集めて各自が適当に座る。羽音が紙皿や割り箸を配って歩いた。スペードは自慢のお茶を振る舞う為に紙コップを置いていく。 「すげえ! みんなすげえ!! こういうのっていいよな!!」 弁当に目を奪われた俊介は興奮の極みにあった。 「これも、どうぞ」 シルフィアが小ぶりのバスケットを加える。中にはサンドイッチと思われる物体が収められていた。波打ったパンの間には肉のような物が捻じ込まれ、原色に近い液体で溢れている。赤に黄色。深い緑は味の想像さえ難しい。 俊介の笑みに少なからず緊張が走る。その隣で羽音は機嫌よく手を合わせた。 「いただきます。俊介、お肉いる? 影時は、どれが好き?」 「肉! 肉いる!!」 俊介は豚肉の生姜焼きを決死の形相で指さした。影時は迷うような目で遠慮がちに紙皿に料理を載せていく。 全員に勢いが付いた。次々と一品に箸を伸ばす。お握りは手掴みで食べた。そして誰もが似たような言葉を口にした。 とても美味しい、と。 「好物も作ってもらえて超嬉しいっ! どのおかずも、すっごくおいしいよ~!」 頬っぺたにごはん粒を付けた真独楽が満面の笑顔を見せた。 小一時間で全ての料理を平らげた。重そうな腹を抱えるようにして各々が立ち上がる。 遊園地内の清掃は軽い運動の替わりになる。全員の考えは一致した。 羽音は自前の箒を手にした。他の者達は素手で拾うことに専念した。 腹がこなれる頃、目の届く範囲のゴミは一掃された。枯葉は掻き集めて大物のゴミ袋にまとめた。 「じゃあ、記念写真を撮るぜ。一郎さんの像を囲むように集まってくれ」 隆明は丸く膨らんだゴミ袋の上にカメラを載せた。細かい指示を皆に出してセルフタイマーを仕掛ける。 「俺だけ間に合わないなんてベタな真似はしないぜ」 それがお約束だったのか。一枚目は戻り切れずに背中を写した。二枚目は無事にフレーム内に収まった。全員の自然な笑顔も撮れた。意図したことではなかったが上々の結果であった。 遊園地の去り際、各々が心の籠った言葉を残していく。 「まこみたいな小さいコでも乗れるように、ジェットコースターも小さくしてくれたのかな? すっごく楽しかった! ありがとう!」 「素敵な遊園地を、ありがとう。とっても、楽しかった。ここでの出来事……あたし、忘れないよ」 羽音は目尻に指を当てて俊介の元へと走った。 「僕、今日すごく楽しかった。子供の気持ちなんて忘れてたから。ありがとう」 影時は像を振り返らず、前を見据えて歩いた。いつもの日常へと戻っていく。 最後はスペードで像に優しく語り掛けるような目を向けた。 全員が門の外に出ると自動で閉まり、一斉に光は失われた。夜の気配が強まって夢の時間は終わりを告げた。 「一郎さん、あんたはどうだい? 満足、できたか?」 満足げな顔で隆明は踵を返した。 後日、ブリーフィングルームで全員が収まった写真を配られた。一目で歓声が起こる。 中央の像から上空に抜け出すようにして、大村一郎氏が映し出されていたのだ。表情は安らかで微笑んでいるようにも見えるのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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