●真実の音色 あの人と私が共に過ごした時間は、たった一月。 それでも、生まれて生きてきた中で一番楽しい時間だったと思える。 きっと、出逢えたことが奇跡だった。二人で過ごす時間が少しでも長く続くのならば、世界なんて壊れてしまっても良いとすら思えた。ううん、今だって思っている。 けれど、あの人はもういない。この世界にも、違う世界さえ、何処にも。 奪われたのだ。世界の為と大義名分を語る――リベリスタ共に。 だから私は許さない。大切な時間と、愛しいあの人の命を奪ったアイツらを絶対、絶対に――。 ●薔薇子の決闘状 『忌々しいリベリスタ共に告ぐ。 愛しいあの人を殺したお前達に決闘を申し込みますわ。 ○月×日、繁華街にある廃ビルの屋上にて待ちます。 誰も訪れない場合は街を壊し、人々を殺します。阻止したければ決闘を受けなさい。』 夏も終わり掛けた或る日、アークに一通の不審な手紙が届いた。 果たし状、と記された薔薇柄の便箋にこんな文面が記されていたのだ、と告げた『サウンドスケープ』 斑鳩・タスク(nBNE000232)は溜息を吐く。 「送り主は、来栖・薔薇子と名乗るフィクサード。……思い当たる節はある」 薔薇子という少女は以前、アザーバイドと共に破壊音波で人々を殺そうと画策していた輩だ。 そのときに一緒に行動していた異世界の青年は既にリベリスタ達が撃破している。薔薇子はその戦いの最中に逃走し、今まで行方が分からなくなっていたのだが――。まさかこんな行動に出るとはね、とタスクは頭を抱えた。 「経緯はどうであれ、彼女にとってリベリスタは好いた人を殺された仇なんだろうね。だから卑劣な方法を使ってでも復讐したいと思った。厄介な話だよ」 困ったような表情を浮かべた少年は、集ったリベリスタに問う。 このままでは関係のない人々が襲われてしまう。ゆえに彼女の決闘を受けてくれないか、と。 戦場となる廃ビルの屋上は荒れ果てているが、戦いに支障はない。 下の繁華街では人々が行き交っているが、場所が高所ゆえに誰かに見咎められることもないはずだ。 「どうやら薔薇子はたった独りのようだね。以前の戦いでは強敵ではなかったようだけど、彼女は……何処からかアーティファクトを手に入れたみたいなんだ」 アーティファクトは『啜血の刃』と呼ばれている代物だ。 それは己の血を刃に滴らせることで、使用者の力を増幅させるというものらしい。 更に刃で液体で出来た人型のしもべを作ることも出来るらしく、薔薇子は可能な限りの数の配下を用意するはずだ。無論、発動の為に自分を傷付けるが故に反動も大きく、戦闘が長引けば彼女は血を失い過ぎて死んでしまう運命にある。 だが、逆を言えばそれほど必死だと云うこと。以前の薔薇子とは比べ物にならない程の能力があるため、先にリベリスタが全員倒されてしまう可能性とて非常に高い。 今回の目的はフィクサードによる街の破壊を防ぐこと。 それゆえに、薔薇子を倒すか捕縛するかですべての事が片付く。立場を善か悪かで表すならば、関係のない一般人を殺すことも厭わない薔薇子が悪だ。 ただ、彼女の根幹に存在するのは愛しい人への想いであることは違いない。 揺るぎないその事実をどう受け止めるか、どう感じるかは人それぞれかもしれない。 「最低、一般人に被害さえ出なければそれで良い。どう決着を付けるかは君たち次第だよ」 静かな口調で告げたタスクは、何度目かの溜息を吐く。 偽りの音から始まった戦いは一体、どのような終幕を迎えるのか。その結末を憂い、案じているかのような表情を浮かべ、少年はリベリスタ達を見送った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:犬塚ひなこ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月16日(日)23:30 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●激情 ――復讐。そして、憎悪。 それは、護る為に多くのものを切り捨てた自分達に、いつかは必ず向けられる感情だっただろう。 アークのリベリスタである以上、崩界を齎す存在は排除しなければならない。だからこそ、其処から生まれた負の感情の矛先は、己が受け止めなければいけないもの。 『鋼鉄の戦巫女村上 真琴(BNE002654)は胸中で独り言ち、鉄扉に手を掛けた。そして、階段と屋上を繋ぐ扉は軋んだ音を立てながら、決闘の場への道をひらく。 晴れ間すら見えぬ曇天の下、彼女は立っていた。 その傍らには揺らめく血色のヒトガタが現れており、戦いの準備は既に整っているように見える。 「必ず来ると思っておりましたわ。流石は、正義の味方のアークですわね」 脅迫めいた決闘状を送り付けた主――来栖・薔薇子は、訪れた『花護竜』ジース・ホワイト(BNE002417)達へと皮肉めいた言葉を投げ掛けると、忌々しげに腕を組んだ。 彼女からリベリスタ達に注がれる視線は厳しいものだ。 由縁故にか、特に『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)と『red fang』レン・カークランド(BNE002194)に差し向けられている眼差しは、相当な憎悪に満ちているように思えた。 「久しぶりだな、薔薇子。……責任を果たしに来た」 レンが静かな瞳を向け返すが、薔薇子はふいと視線を逸らす。 その所作に言い表せぬ悲痛さを感じたアンジェリカだったが、自分が辛いからといって逃げる訳にはいかない。少女は強く掌を握ると、真っ直ぐに彼女を見据えた。 「こんにちは、薔薇子さん。私はスペードです」 憎しみの矛先は、私にも向けて欲しいと『Manque』スペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654)が願えば、薔薇子は「当たり前ですわ」と返す。憎々しげな言葉も、感情も、今はすべてのリベリスタに向けられている。 (「惚れた相手を殺した組織に復讐か。気持ちは解らんではないな」) 思うことはあっても敢えて言葉にはせず、『闘争アップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)は薔薇子を見遣った。先ずは彼女がアーティファクトを何処に持っているかを確かめたかったのだが、血のヒトガタを生み出した後に見えぬ場所へ仕舞ったのだろう。ゴシックなフリルドレスの何処に啜血の刃が隠されているかは、一目では判断出来なかった。 それならば仕方ないと軽く首を振り、『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)は少女をちらと視る。 憎悪を秘めているはずの薔薇子の佇まいは未だ、静かだ。 しかし、様々な感情を見てきた葬識には分かる。愛のためならば人を殺すことも厭わぬ少女の裡には、相当な激情が宿っているのだろう。相手を強く思い、奪いたいと願う。それとするならば、憎しみも愛も変わらぬ感情なのだ。 「来栖ちゃん、か。嗚呼、俺様ちゃん好みだ」 血形と少女を瞳に映した葬識が禍鋏を構えたことを合図に、リベリスタ達も身構えた。 重なる視線と、近付く死線。互いに譲れぬ感情を孕みながら――今、戦いの火蓋が切られた。 ●熱情 ゆらりと血のヒトガタが動き、リベリスタ達へと襲い掛かる。 戦いが始まると同時、それまで潜んでいた『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)が不意打ちを狙ってビルの合間から姿を表す。しかし、ヒトガタが動き回って乱戦となった今、奇襲は果たせないでいた。 「正攻法で往くしかないか。悪いが、遠慮はしない!」 自分の目の前に立ち塞がった敵に狙いを定めた拓真はブレイドラインを構え、ひといきに連続射撃を見舞う。着弾した一撃が血人達の身を揺らがせるが、未だどの個体も倒すまでには至らない。 敵が振るう血の斬撃を受け止めながら、拓真は戦いへの覚悟を決めた。 其々がヒトガタを相手取る最中、アンジェリカはそれらを擦り抜けて薔薇子の目前に掛ける。 その動きを見咎めた薔薇子が呪いの弾を紡ぎ、アンジェリカに魔力の衝撃を与えた。その威力に傾ぎそうになる少女だったが、強く地を踏み締めて何とか耐えて見せる。 ちらと見遣ったヒトガタの姿。きっとこれは、かつて自分達が倒したアザーバイド――ギースへの彼女の思いの形なのだろうとと考えると切なくなる。しかし、此処でやられてしまうわけにはいかない。 「ボクはギースに何もしてあげられなかった。だから、彼が望んだろう事をしてあげたい」 「貴方に何が判るというの!? あの人を殺しておきながら……!」 アンジェリカが真正面から告げた言葉に、薔薇子は激昂した。決闘だと云うのに攻撃を仕掛けて来ないことに腹を立てている、そんな雰囲気も感じ取れる。其処へヒトガタがアンジェリカを狙って動き始めたことに気付き、レンはとっさにブロックに回った。 先ずはこれを倒さねばならぬと感じたレンは気糸を解き放ちながら、薔薇子に告げる。 「教えてやろう、ギースに止めを刺したのは俺だ」 真実を語り、彼女を正面から受け止める。それがレンなりの覚悟だった。 「そうでしたの。では、最大の仇は貴方ということですわね!」 ぎりぎりと唇をかみしめた少女が命じると、周囲のヒトガタ達がレンに向かって蠢きはじめる。だが、ジースがそうはさせないとばかりに鉾槍を薙ぎ、敵の動きを阻んだ。 ジースとて、失う事の怖さはよく知っている。 「今の俺達は、あの時の俺らを殺そうとした“善人(あくにん)”そのものなんだろうな」 過去の記憶を思い返し、呟いたジースは刃を斬り返しながらヒトガタと渡りあう。そして、其処に真琴が解き放った魔落の鉄槌が見舞われた。大きな衝撃によって血が四方に飛散し、ただの液体と化す。 これで一体目が伏した。 そう理解した真琴は、次の標的に狙いを定めつつ少女に呼び掛ける。 「分からないのですか、かのアザーバイトは何故に貴女を逃がしたのかを……」 それはきっと、アークのリベリスタが彼女の命まで取ろうとせずにいることを察したからなのではないかと真琴は語る。それは予想でしかないが、彼女に――薔薇子に生きて欲しいと思った故に逃がしたのではないかと考えられた。 「私だってそれくらいは承知ですわ!」 しかし薔薇子の言葉は辛辣に、投げ掛けられた思いすら振り払ってゆく。 やがて、激化する戦いの中で拓真は何度目かの射撃を撃ち放つ。それらはヒトガタを貫き、動きを完全に止めることに成功した。その合間にも薔薇子は反動のある射撃で此方を狙い、荒く息を吐きながら攻撃を続けている。 「自らの命すら、戦いのカードに含めた覚悟は認める。だが、その時点でお前は違えている。復讐ならば、たった一度のチャンスに賭けずとも良いだろう」 命を削る戦い方を咎め、拓真は語り掛けた。それこそ何度でも挑みかかる執念の方が重要だろうと彼は薔薇子に教えたかった。だが、自分と彼女の考えは違う。たった一度に賭けることしか選び取れなかったのだろうと察し、拓真はヒトガタの攻撃を受け止めた。 其処へ、スペードが呪刻の剣を振るう。 「申し訳ありませんが、片付けさせて頂きます」 スペードの紡いだ言葉と共に、禍々しい黒光に包まれたヒトガタがまた一体、力を失って散った。 これで三体の敵が伏したが、薔薇子が配下を増援するような動きは見えない。おそらくは新たなものを生み出すには血が足りないのだろうと感じたリベリスタ達は、すべてのヒトガタを一気に倒した方が良いのだと判断した。 それならば力を抑える必要もない。 ここぞとばかりに葬識は鋏を振るいあげ、暗黒の力を血の人へと叩き込んだ。 「薔薇のように綺麗な血だね。恋する乙女は強いというけれども、ソレは本当に愛? 捨て鉢?」 どちらなんだろうねぇ、と葬識は茶化したように哂う。その一撃が散らす血は、彼の言うように薔薇色の彩のようにも映った。そんな中、薔薇子は義衛郎達をキッと睨み付ける。 「やはり忌々しい奴らね。崩界を防ぐとはいっても、貴方達も所詮は正義を騙っているだけですわ!」 「ああ。その為に切り捨てられる方は堪ったもんじゃないよな。でも、それがどうした?」 だが、義衛郎はさらりと答えて見せる。 そして彼はヒトガタからの斬撃を受けながら、反撃とばかりに刃を斬り返した。液体へと戻った血が義衛郎の身に降り掛かり、赤い跡となって体に残る。しかし、それとて甘んじて受けるのが義衛郎の流儀だ。 恨まれ、憎まれることなど当然。 己なりの覚悟を持って戦いに挑まなければ、『正義』を語ることなど到底出来ぬのだ。 ●喪失 赤い血が屋上を汚し、巡りゆく戦いはリベリスタの優勢となっていった。 だが、敵方の攻撃とて弱まることはない。此方を掻き乱すヒトガタの力が振るわれれば、真琴の解き放つ光がすぐさま邪気を退けてゆく。その間も真琴は少女に気を向け、出来る限りの言葉を紡いだ。 「今、貴女は死すら覚悟して戦っています。それは彼が望んだことでしょうか?」 「……お黙りなさい。彼を勝手に騙らないでと言っているでしょう!」 しかし、それは薔薇子の逆鱗に触れる言葉にしかならない。真琴の言葉が全く届かぬ様子を見つめながら、ジースは己の胸が酷く痛むことを感じていた。 「くそっ」 疲弊した仲間の傷を癒しの符でカバーしながら、ジースは戦い続ける拓真の背を見つめる。 ヒトガタは徐々に減っているが、回復は見る間に追い付かなくなっていた。真琴も必死に癒し手に回るが、強力な薔薇子の一撃は侮れないものだ。 激しい攻撃により、一度はアンジェリカの身体が崩れ落ち掛ける。 それでも彼女は運命を引き寄せ、精一杯の想いをぶつけるべく自らの身体を支えた。 「君はギースの一番側にいたんでしょ? 彼の歌を、彼の魂を、受け継いだのは君だけだ。君だけがそれをこの世界に解き放てる。ギースがあの時君を逃がしたのは、君に生きていて欲しかったから、生きてそうして欲しかったからだとボクは思う!」 「何を偉そうに……っ」 しかし、返って来たのは憎しみに満ちた眼差しだけ。残るヒトガタが薔薇子に命によってアンジェリカへと襲い掛かり――そして、少女の身は一瞬にして地に伏した。 すぐさまスペードがその傍に駆け寄り、意識を失ったアンジェリカを支える。 「ここは引き受けます。後はお願いします、レンさん」 ああ、と頷いたレンは代わりに薔薇子の前へと駆ける。敵と対峙するレンは気糸を解き放ち様、俺たちも戦いの中で仲間を失ったのだ、と語った。大切な仲間だったが、戦いの中に身をおくと言うのはそういう事だとも云う。いつ誰が、何を失ってもおかしくはない。それがこの世界なのだと――。 「一体、貴方は何が言いたいのかしら」 薔薇子は訝しげにレンを見つめながら、警戒をみせる。 「ギースには覚悟があった。だから最後に、俺たちと戦えて『楽しかった』と、『聞いてくれてありがとう』と笑っていた」 それが、レンが伝えたいと願った本当の言葉だ。 「嘘、ではないみたいですわね。……ふふ、あの人の言いそうなことですわ」 その瞬間、薔薇子の瞳に涙の粒が浮かぶ。それでも憎悪は決して消えてはおらず、彼女は隠していたアーティファクトを取り出すと、更なる力を得ようと手首に刃を当てた。 レンが思わずはっと息を飲んだ、刹那――鈍い光を宿した鋏が啜血の刃を弾き落とす。 「おっと、させないよ。俺様ちゃん、血、嫌いなんだぁ☆ これ以上は出すの、やめなよ」 葬識は悪戯めいた表情を湛え、転がったアーティファクトを踏み付けた。 正しいとか悪だとか立ち位置次第の主観的なモノ。だけど、誰かの命を奪うのは明確な悪だ。それゆえに彼女が自分達を憎むのは正しいことでもあり、葬識はそんな少女が愛おしいとすら感じた。 本当は愛の儘に殺したいけれど、お人好しの箱舟は彼女をも救うと決めたのだ。だから今日も食いっぱぐれだ、と独り言ちた葬識は大鋏をしゃきりと鳴らした。 未だ啜血の刃の力は働いているのか、ヒトガタは尚も義衛郎やスペードに襲い来る。 攻撃を柳刃で受けた義衛郎は、反撃として残影の剣を見舞い返した。弱り切ったヒトガタがまた一体倒れ、スペードも其処に続く。夜の畏怖を抱く常闇を紡ぎ、彼女は残った血型を瞳に映してゆく。 自分は報告書からでしか彼のアザーバイドの青年を想像することは出来ないけれど、その形はきっと薔薇子が慕ったそれそのものなのだろう。儚く散らせることを無念に思いながらも、スペードが放った闇はすべてのヒトガタを無に還した。 最後に独り残った少女。荒く息を吐く薔薇子も、もう限界だ。 「お前は、死にたいだけだ。この世界に大切な人が居ない事に絶望し、自棄になっている子供だ」 そう判断した拓真は、真っ直ぐに告げる。 おそらく彼の言葉は核心をついていたのだろう。薔薇子の瞳が悔しげに歪む。 「そう、ですわ……憎くて仕方ないのは本当だけれど、私……もう、貴方達を殺せなくても良い、わ」 拓真と重なり合った視線は既に弱々し。そうして動く事すらやっとであろう少女は、じりじりと後退ってゆく。その様子にはたとした拓真は仲間と目配せを交わし合い、彼女の行動を止めるべく動いた。 「馬鹿、死ぬな! 悔しいなら生き抜け!」 ジースの懸命な叫びが響き、全員が少女を取り囲むようにして駆けた。そう、誰もが彼女が自殺という選択肢を選びかねないと想像していたのだ。刹那、回り込んだ拓真の一撃が薔薇子の力を奪い取った。 「え……?」 どうして分かったの、というように戦う力を失った少女が膝を付く。 そして、自分を殺さぬリベリスタへと不審な瞳を向ける薔薇子を見つめ返し、真琴はゆっくりと首を振って告げた。この場に居る誰もが、貴女の命を取るつもりはないのだ、と――。 ●絶望 戦いの終結は実に呆気ないものだった。 動けぬ少女と、彼女を取り囲むリベリスタの間に、暫しの静寂が満ちる。 転がっていたアーティファクトは義衛郎が破壊した為、もう彼女が今まで以上の力を扱えるようなことは無くなった。ぺたんと腰を下ろし、放心状態の薔薇子は今、何を感じているのだろうか。 「どうか、貴女が本当にするべきことをしてください」 真琴がやさしく語り掛けるが、薔薇子は大粒の涙を零していやいやと首を振った。其処に当初の覇気はなく、レンはその心が終に潰えてしまったことに気付いて俯く。 「薔薇子……ギースとの約束を覚えているか?」 それでも問いかけるレンだったが、彼女は無反応だ。 ギースが最後に薔薇子に告げた言葉は、逃げろではなく『生きろ』と聞こえた気がした。それをギースの思いだと言って、「生きて欲しい」と語るのは憚られ、レンは如何にも出来ぬ思いを噛み締める。もしアンジェリカが無事だったならば、薔薇子が死を選びそうになったことに対して酷く怒っただろうが、彼女が意識を失っている以上、それすら叶わぬことだ。 重い空気が満ちる中、ジースも感情を押し殺すことが出来ず、心を蝕む痛みと必死に戦っていた。 その中で拓真は敢えて厳しい言葉を選び取り、薔薇子を静かに見下ろす。 「目を背けるのも良いだろう。だが、それはお前が大切な記憶も、思いも裏切る事他ならない」 拓真の言葉にスペードも頷き、自分が聞いたことを告げようと口を開く。 彼女の愛した人は、最後に『約束を守れなくて悪かった』と言っていたのだと。それに、もし薔薇子が死んでしまったらギースの音楽を覚えている人がいなくなってしまう。それは貴女の手で、彼の音楽を殺してしまうことにならないだろうか。だからこそ、彼の音楽を聞かせて欲しい、とスペードは言う。 「ねえ、薔薇子さん――お友達に、なりましょう?」 しかし、スペードが差し出された手は振り払われ、薔薇子は唯々泣きじゃくった。 復讐を果たすことも出来ず、死を選ぶ事も阻まれ、挙句の果てに憎んだ相手に情けをかけられたのだ。 それがどれだけ屈辱か、勝利を得た者に分かるだろうか。リベリスタ達は今、生殺しの生き地獄にも似た心境を彼女に味わわせているにも等しい。 「殺しなさいよ……ねぇ、殺してよ……。もう嫌、こんな世界で生きていくのは嫌、なのよぉ……」 力なく懇願する薔薇子に、誰も何も言えないままでいた。 涙と嗚咽が零れる廃墟の上。どんよりと曇った空はいつまでも晴れぬようにすら感じられる。 「それでも、みんな助けたいんだって。自らを憎む相手をね。ねえ、来栖ちゃん」 彼女の名を呼んだ葬識は、残念だねぇ、と笑った。 世界は君が思うほどに、ひとりきりにはしてくれないのだから。今此処に、死にたいと願う彼女の思いを叶えることが出来る人間は一人もいない。 そうして、廃墟の屋上に掠れた嗚咽が響き続ける。 彼女がこのまま生きて行く方が幸せなのか。死を選んだ方が幸せなのか。その答えを知る者は何処にも居らず、本人でさえ分からぬままだろう。だが、これだけは解るのだと葬識はふと思う。 優しさに満ちたこの世界は、きっと――何処までも残酷なのだ、と。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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