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イレギュラーハウンド

●血の猟犬
 突き立てた牙が肉を喰い千切り、鮮血が散る。
 最愛たる『彼ら』に、一瞬にして喉骨ごと噛み砕かれた男は目を見開き、絶命した。
 次の瞬間、庭に響いたのは獰猛な唸り声と、耳を劈くような少女の悲鳴だ。平和だったはずの昼下がり、庭園を有するお屋敷は途端に地獄へと変貌した。
「ヴァレリ、レフ、それにイリヤ……? どうして、パパを噛んだの……?」
 腰を抜かし、庭にへたりこんだ少女は急に暴れ出した彼ら――三匹のボルゾイ犬を怯えた瞳で凝視する。しかし、視線の先の犬たちに、幼い頃から慣れ親しんだはずの面影は見つからない。
 爛々と光る鋭い瞳を少女に向け、唸る三匹の犬はじりじりと距離を詰める。
「ねぇ、みんな今までとっても優しかったじゃない。いや……来ないで!」
 必死に後退る少女だったが、逃げられないことは自分が一番よく知っていた。
 何故なら、このボルゾイ犬たちは父が手塩にかけて育てた狩猟犬なのだ。ひとたび、狩りに赴けば決して獲物を逃がさぬことが父の自慢でもあり、少女の誇りでもあった。
 まるで標的を追い詰める獣のように、野生を剥き出しにした彼らは少女へと飛び掛かり――そして、新たに散った鮮血が美しい庭園を汚した。

●ひそやかな意志
「視えたのは三体のE・ビースト。彼らは既に人を殺している」
 端的に必要な情報を告げ、『サウンドスケープ』 斑鳩・タスク(nBNE000232)はアークの一室に集ったリベリスタ達を見渡す。この先、万華鏡から視た未来では、E・ビースト達が街に出て人々を次々と殺していく光景が映っていたという。
「彼らは郊外にあるお屋敷で飼われていたボルゾイ犬みたいだね。……それが革醒して現状を生んだ」
 不幸にも殺されてしまったのは、飼い主である男と娘だ。
 後手に回ってしまい、既に被害が出てしまっていることは心苦しいが、未だフェーズはそれほど進んでいない為、早々に討つことが出来る。ボルゾイ犬たちはまだ例の屋敷の庭にひそんでいるらしく、今なら誰にも見咎められることなく葬ることが可能だ。
「つまりは、手遅れになる前に手を打てってことだよな」
 不意に、部屋の片隅で黙って話を聞いていた『ジュニアサジタリー』犬塚 耕太郎(nBNE000012)が口を開く。耕太郎はいつになく真剣な表情を湛えており、頭上の耳もぴんと上を向いていた。
「そういうことだね。今回は君も向かってくれるのかい?」
 肯定を見せたタスクが問うと、耕太郎はしっかりと頷きを返す。
 そして、獣骨を模した弓を強く握り締めた彼は拳を強く握り、頭を振った。
「猟犬ってのは、子犬の頃からすっげー愛情を注がれて育つんだって。狩猟には犬との信頼と主人への忠誠がなきゃいけないからさあ。だから多分、そのボルゾイ犬たちだって、本当にやりたくて主人を喰い殺したわけじゃねーと思う!」
 予想でしかないが、そう感じるのだと耕太郎は力説した。
 E・ビーストと成り果てた犬たちは既に元の意思すら失っているのかもしれない。だが、それならば余計にこれ以上の殺戮を引き起こさせてはいけない。ひとりの動物好きとして、そして同じ犬の因子を持つ存在として、其処には彼なりの熱い感情があるのだろう。
「大丈夫だよ、耕太郎。此処に集まった皆だってそれくらい分かってるはずだよ」
 タスクは宥めるように告げると、リベリスタ達に屋敷までの地図、E・ビーストがひそむ庭園までの侵入経路が書かれたデータを渡す。
 敵は三体と比較的少ない方だが、連携を行うらしき獣達を侮ってはいけない。
 どうか気を付けて、とフォーチュナからの見送りの言葉を聞いた耕太郎は立ち上がり、出立の準備をしはじめる。そして、手にしていた弓の調子を確かめるように弦を弾いた。
「さあ、難しいことを考えるのは後でいいよな! 行こうぜ、みんな!」
 俺も一緒に頑張るから、と耕太郎は笑んで見せ、確かな決意の籠った瞳を仲間達に向けた。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:犬塚ひなこ  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年09月12日(水)23:10
バウンドではなく敢えてハウンド。
今回はE・ビーストと化した狩猟犬のお話です。

●戦場
 時刻は昼間。郊外に建っている、とあるお金持ちの屋敷。
 家人はすべてE・ビーストに殺されており、周囲に人気はありません。
 入れる箇所は庭園の裏口からのみ。すぐに狩猟犬たちが気配を察知し、戦闘がはじまります。
 庭園には庭木や茂みが多く、気を付けて動かなければ足を取られたり敵を見失ってしまう可能性もあります。

●E・ビースト
ボルゾイ犬×3
 それぞれ、名前は「ヴァレリ」「レフ」「イリヤ」
 どれも流れるような毛並みを持つ立派な猟犬。とても素早く、麻痺効果を持つ噛み付きと、悪しき影のオーラを飛ばす攻撃で襲い掛かってきます。
 動きは統率されており、集中攻撃を仕掛ける傾向にあります。また、誰が弱っているかを的確に判断して狙いを定めて来るようです。

●NPC
犬塚 耕太郎(nBNE000012)が同行します。
決して邪魔にならないように立ち回り、皆様と一緒に戦いますので宜しくお願いします。
参加NPC
犬塚 耕太郎 (nBNE000012)
 


■メイン参加者 8人■
デュランダル
東雲 未明(BNE000340)
ホーリーメイガス
カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)
マグメイガス
雲野 杏(BNE000582)
覇界闘士
祭雅・疾風(BNE001656)
デュランダル
義桜 葛葉(BNE003637)
レイザータクト
伊呂波 壱和(BNE003773)
★MVP
レイザータクト
ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)
覇界闘士
喜多川・旭(BNE004015)

●街外れの庭園
 薄い日差しが緑木を照らし、一陣の風が吹き抜ける。
 訪れた郊外の屋敷近く、風に乗って届いたのは乾いた血の匂い。そして、己と同じ因子を持つ獣の気配。揺らぐ木々の音を聞き、『番拳』伊呂波 壱和(BNE003773)は、ふとした思いにふける。 
 ――神様は、いじわるだ。
 誰も望んではいない筈なのに、何も悪いことなどしてない筈なのに。神というものが本当に居るのだとしたら、どうしてこんなに酷い運命を紡ぐのだろう。考えてみても答えなど出るはずもなく、壱和は学生帽を目深に被り直した。
「もう被害が出てしまった後、か。俺達が彼らを止めてやらねばならないな」
 神妙な表情を浮かべ、『閃拳』義桜 葛葉(BNE003637)も確かな決意を言葉へと変える。
 既に邸宅の庭へと侵入する心持ちは整っていた。おそらく一歩踏み入れば、其処は魔の猟犬と化した“彼ら”の領域になるのだろう。葛葉は拳を握り締め、仲間達と共に庭内へと踏み出した。
 木々のざわめきに混じり、感じたのは絡み付くような視線。
 此方の気配を察して息を潜めているのか、眼差しの主達の姿は見えない。『正義の味方を目指す者』祭雅・疾風(BNE001656)は、敵が何処から現れるのかと周囲を見渡す。
「侮れない相手だからな。惨劇はここで食い止める」
 変身、と疾風が身構えたとき、『ジュニアサジタリー』犬塚 耕太郎(nBNE000012)が耳をぴんと立て、「あそこだ!」と前方の茂みを指差した。すると、三頭のうちの一頭が唸りをあげながら姿を現す。
 他の二頭もその向こうに潜んで居る、と気取った『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)も銃剣を構える。
「哀れな……」
 主人への恩義も忠節も忘れ、異形と成り果てた姿には憐憫さえ覚えた。しかし、崩界を加速せしめ、人に仇成す以上は捨て置けない。
 それゆえに彼女をはじめとしたリベリスタ達は此処に集い、彼らと対峙することを決めていた。仕事は仕事と割り切る『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)は犬達には然程興味がないようだが、それらを大切に思う者がいるのならば、その気持ちは大事にしてやりたいと考えている。
「お屋敷の方も犬達も……どうしたって、報われません」
 己の魔力を高めながら、『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)も駆ける敵を見つめる。
 唯々、不幸だったとしか言えない。裡に宿る無念さを抱えながら、カルナは戦いへの思いを確固たるものへと変えた。
 おそらく、戦いは一瞬後にでも幕を開けるだろう。
 そうベルカが感じた刹那、牙を剥いたボルゾイ犬が此方に目掛けて疾駆した。矢張り速い、と辛うじて牙を受け止めた『薄明』東雲 未明(BNE000340)は滲む血を振り払う。
「こうなる前は、さぞ頼りになる自慢の家族だったんでしょうよ」
 それが革醒した途端に仇となるなど、皮肉でしかない。更に現れた二頭も手近な未明を狙い、襲い掛かってくる。其処に、確かに訓練された狩猟犬の姿を垣間見た『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)は、双唇を噛みしめた。
「こんなの、だあれもうれしくないよ」
 殺された家人達も、主人に牙を剥いた犬達も、それまであったはずの幸せを全て失った。
 燻ぶる思いを胸に抱き、意を決した旭は強く地を蹴る。悲しい思いごと振り被る斬脚に乗せ、彼女は仲間が狙った敵と同じ対象に標的を合わせた。
 凶暴化した獣達の向ける視線は鋭く、剥き出しの牙は鋭利に――。
 まるでそれらは、これから激化する戦いの流れを如実に表しているかのようだった。

●研ぎ澄まされた牙
 咆哮が辺りに響き、血に飢えた獣の鳴り止まぬ唸りが耳を衝く。
 小さく頷き合ったベルカと壱和はボルゾイ犬達から目を反らぬまま、其々の力を発揮した。
「番拳! 伊呂波 壱和! 行きます!」
「この身に息づく因子に懸けて、貴様らを討つ! 高貴な猟犬の手並み、見せてみろ!」
 威勢の良い声をあげた壱和は仲間と防御を共有し、それに呼応するかのように咆えたベルカも自身の持つ攻撃の力を漲らせた。息の合った二人の後押しを受けた疾風も流水の構えを取り、葛葉も推して参る、と神妙に告げる。
「お前達の牙と俺の牙……どちらが獲物に食い込むか、尋常に勝負と行こう」
 凍て付く冷気を纏い、拳を振りあげた葛葉は群がろうとする犬の内の一体に狙いを定めた。降ろされた拳は見る間に敵を凍らせ、その動きを止める。しかし、身震いした犬は氷を振り払うと、反撃とばかりに葛葉に噛みついた。
 駆け巡る衝撃はあれど、気を引けたのならば是幸い。
 先程の痛みを堪え、己の生命力を戦闘力へと変換した未明は、仲間が一匹を引き付けてくれたことを横目で確認し、不意に呟く。
「本来なら、あんた達は正当防衛になったんでしょうね」
 だけど今、彼らは守る為にではなく、襲う為に自分達の前に来た。それくらいわかるのよ、と告げた未明は襲い来る牙をしかと弾き返し、その紫彩の双眸に犬達を映した。
 其処にすかさず、カルナの天使の音色が紡がれる。
 願うように、祈るように、癒しの力を持つ旋律は風と共に響き渡り、仲間達の傷を優しく包んでゆく。
「あなた達がどう動こうとも、見逃したりなどしません」
 それと同時に、カルナは素早く動き回る犬達の動向をしっかりと警戒する。もし再び姿をくらまそうとも何時でも察知できるように、と意気込む彼女の瞳は真剣そのものだ。
「止めろよお前らっ! 狩るものが違うだろーが!」
 眉を顰めた耕太郎は獣骨の弓を引き絞り、番えた矢で射撃を打ち込んでいく。少年が叫ぶ悲痛な声を聞き、旭も心に浮かんだ思いを言の葉へと変えた。
「ヴァレリ、レフ! ……イリヤ! あなたたちの名前だよ!」
 蹴撃で衝撃波を起こしながら、旭はボルゾイ犬達の名を呼ぶ。すると、一瞬だけ獣達の耳がぴくりと動いた。本当はそんな気がしただけなのだが、旭にはそれが偶然だとは思えなかった。
 その間にベルカが神秘の閃光弾を解き放ち、それに合わせた杏が雷撃の魔力を集束させる。
「痺れてしまいなさい!」
 杏の元から解き放たれた鎖状の雷は周囲の空気を震わせながら、ボルゾイ犬達に衝撃を与えた。
 そのうち一体が痺れた様子を見せたことに気付き、壱和は己の視野を大きく広げた。それと同時に疾風はすぐさま狙いを改めなおす。構えを取る彼の動きは揺蕩う水の如く、流れるような連撃が犬に叩き込まれてゆく。
 だが、相手は衝撃を受けていながらも彼に向けて黒き念撃を見舞った。
「やはり厄介だな。気を抜くことすら許されないか」
 厄介な邪念は振り払えたが、受けた衝撃は疾風の身をわずかに揺らがせる。傾ぎそうになる身を抑え、鋭い眼差しを向けた彼は相対する犬達を強く見据えた。

●風の葬送
 先程の呼び掛けに彼らが反応したと感じたのは、旭だけではない。
 尚も襲い来る牙や黒の邪念をその身で受けながら、剣を振るい続ける未明は唇に音を乗せた。ヴァレリ、レフ、イリヤ――と。
「その立派な名前も、ご主人に教えてもらった事も、全部忘れちゃったの?」」
 本当に届かぬとは分かっていても、未明は問いかけずにはいられない。そして、間近で戦う彼女だからこそひとつだけ気付いたことがある。それは、犬達の首に提げられた首輪に刻まれた名の刻印だ。
「そう、あなたがヴァレリ」
 牙を刃で受け止めた未明が苦しげに息を吐き、瞳を細めた。
 麻痺を受け、危うく倒れそうにもなった彼女に気付き、すぐさまカレンが聖神の息吹を発動させる。そしてカレンは未明が気付いたことに目を付け、仲間達に呼び掛けた。
「皆さん、首輪に名前が記されているようです」
 その言葉に、杏はへぇ、と事も無げな声を零す。元より弱ったものを狙う相手だが、カレンの的確な癒しによって後衛にまで犬達が迫って来ることはない。それよりも寧ろ、今はヴァレリと名付けられた個体が相当な消耗を見せていた。
 杏は幾度目かの雷撃を紡ぐと、ヴァレリ目掛けて照準を定める。
「葬るならば、今ね」
 光の筋を描いた一条の雷撃は荒れ狂い、魔と化した獣の息の根を完全に止めた。掠れた鳴き声を残し、その場に倒れた犬。それを一瞥した杏は視線の先のベルカをちらと見遣る。
 彼女の瞳には死した獣へ向けた幽かな揺らぎが映っているようにも思える。しかし、凛と標的を見据えたベルカは銃剣の矛先を新たな相手に向けて狙いをつけた。
 相手が誇り高き狩猟犬だった以上、こちらが狩られる側となってはならない。
「覚悟しろ、――イリヤ」
 その首輪の名を読み取りベルカは魔力と意志で紡いだ呪いの弾丸を撃ち放った。
 名を呼ばれたことに反応したらしきイリヤを見据え、旭も確信する。彼らは本来の己を忘れていても、その身体に与えられ、心に刻まれた名前だけは覚えているのだ。
 しかし、血を求める魔物へと身を窶してしまった猟犬達は、攻撃を受け続けていた疾風への集中を狙って動き出す。いくらカレンが背を支え続けてくれるとはいっても、頼りきりではいつか綻びが出るかもしれない。
 そうはさせないと壱和がとっさに動き、明るい声で猟犬達の名前を呼んだ。
「レフ、イリヤ、獲物はこっちですよ! ほらほら!」
 敢えて両手を広げ、注目を引くようにくるりと回って見せた壱和に二匹の眼差しが集まった。自分は彼らの言葉は話せない。だから、目を見て、行動で、彼らを知りたいと壱和は願う。
 其処に生まれた隙を狙い、龍牙を構えた疾風は敵達へと刃の先を向ける。銀刃に弾ける雷撃の力を、正に疾風の如き斬撃に乗せた彼の一撃はイリヤを貫き、その身を勢いのままに伏せさせた。
「残りはお前だけか。やるせないが、俺はこの身を賭して戦うのみ」
 最後の一匹となったレフを見据え、疾風は複雑な思いを噛み締める。
 しかし、残った猟犬はじりじりと後方に下がり、今にも姿をくらましそうな気配を見せていた。させない、と未明が駆け、耕太郎も神経を研ぎ澄ませる。
「逃がすかよ。ここで決着付けるのがお前の為なんだっ!」
 素早く茂みに隠れた猟犬に向け、耕太郎は矢を撃ち放った。そこだ、と示す彼に続き、ベルカもレフを逃がさぬようにと立ち回った。そして、杏も四色の魔光を術式へと組み上げ、ひといきに魔力を解放した。
「隠れても無駄よ!」
 奏でられた四重の力が茂みごと猟犬を捉え、悲痛な鳴き声と共に血が散る。
 其処で猟犬も観念したのか、姿を露わにして唸りをあげた。既にその身は弱り掛けており、ぼろぼろだ。しかし彼は近くに居た葛葉を狙い、鋭い牙を突き立てる。
「――ッ! だが、逃がしはしない」
 予想以上の多大な衝撃に一度、葛葉の意識が遠退きかけた。それでも彼は自らの運命を引き寄せ、己の奥底に眠る力を漲らせた。いっそのこと、血の滲むこの腕から牙が抜けぬよう、敢えて自分の身体にそれを押し当てた葛葉はレフへと零距離からの一閃を見舞った。
 そして、葛葉は後方の旭に「今だ!」と決死の合図を送る。
「うんっ! わたしにだって、あなた達を葬送する力があるんだから……!」
 これで終わりにしてあげる、と告げた旭がせいいっぱいの蹴撃で風を起こす。その瞬間、激しい突風が吹いた。すべてを包み込み、攫っていくかのような風が止んだとき――最期の声をあげた猟犬は力を失くして倒れ、命の鼓動を止めた。

●遠吠え号哭
 戦いの終わりを飾ったかのように、それまで吹いていた風が止む。
「愛された犬達だったはずなのに、革醒したばかりに全てが狂ってしまったか」
 疾風は裡から消えぬ燻ぶる思いを抱え、死した猟犬達を見下ろした。愛と信頼に満ちた生であっても、世界はなんなく運命を弄ぶ。彼の表情は影になって見えなかったが、呟かれた言葉には悲しみにも似た感情が宿っている。
 何処か物悲しさに満ちた庭はまるで、最初から何もなかったかのような静寂に満ちていた。
 ベルカはただ黙って三匹の亡骸を見つめ、その場に立ち尽くしていた。見かねた杏は名も知らぬ小さな花を摘み取ると、そっと犬達の傍へと歩み寄る。
「お庭からお花を摘んできたけれど、そのワンちゃん達に備えてあげる?」
 ささやかな提案に仲間達も頷き、彼女達はその花を手向けとして、彼らを手厚く葬ってやることに決めた。カレンも犬達の骸から目を逸らさず、静かな言葉を贈った。
「家人も犬達も、せめてあちらではまた仲良く暮らせますよう」
 両掌を組み、祈りを捧げたカレンに倣って耕太郎も目を閉じ、尻尾をぺたんと伏せる。
 葛葉はかつてこの庭であったはずの幸せな光景を思い、何とも言えぬ思いを抱いた。これほどまでに強敵となった犬達だ。研がれた牙も、その使い方も、主人によってしかと教え込まれ、本来の在り方で役立てるように躾けられたのだろう。
「飼い主に叱られて来い。……汝らの旅路に光ある事を」
「それから天国で、ご主人さまとたくさん遊んで、仲直りしてください」
 彼の言葉に続けて、壱和もこくんと頷いた。
 この世界で逢い見えることはもう、二度とない。だが、有るかもしれない先を願うことくらいは咎められぬだろう。戦いの中に垣間見た気がする彼らの意思を思い、壱和は空を仰いだ。
 傷付いた亡骸を撫でた後、旭もそっと手を合わせた。天国や極楽浄土なんて信じていないけれど、それでもこの子達が何処かで家族にまた会えると良い。
 そんな場所があったって、べつにだれも困ったりなんかしないはずだから。
「おやすみなさい」
 ぽつりと紡がれた旭なりの別れの言葉は、未明の心境にもとてもよく似ていた。
「全部、悪い夢よ。だからもうさようなら」
 次に目が覚める所では、きっとまた皆で仲良くできる。戦い、葬ること以外の方法が取れぬことに言い表せぬ感情を覚えた未明は、最後に一言、ごめんねと囁いた。
 もし魂と言うものがあるならば、せめて今だけはやすらぎにあらんことを。
 何に祈れば良いかすら分からぬベルカはこの庭の居心地に耐えかね、くるりと踵を返した。
「……ちょっと吠えて来る!」
 すぐに戻るから、と仲間に告げた言葉には彼女が抱えるもどかしさと口惜しさが入り混じり、複雑な色を宿しているようにも思えた。
 それから暫し後。少し離れた場所から、何処か物憂げな音を孕んだ遠吠えが聞こえはじめる。
 その声は遠く、高く――宛ら鎮魂を願うように、遥かな天涯に響き渡っていった。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
牙持つ獣達は風と共に現れ、風と共に散りました。
罪なき命に決着を付け、見送って下さったことで本来の彼らの魂も救われたかもしれません。死後の世界や天国なんてものがあっても、なくても、きっと。