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☆<福利厚生>ただ☆めし

●ふらんす……
 蒼穹のラリマーをたゆたわせていた白い砂浜の向こう、一面の青を程なく黄金に覆った太陽は沈んだ。
 ここはかつて特別な賓客をもてなす為に、華族や財閥等の手の内を転々とするプライベートビーチらしい。
 一抱えもあるグラスに氷を敷き詰めたフレンチサマーティーが、太陽に火照った体を休めてくれる。
 フランス領の南国を思わせる建物の中で、あえて耳を傾ければようやく耳に響くピアノと歌声。古いBOSSAのリズム――

 テーブルに並んだ前菜は、ほんの一口サイズに作られている。小さな歓声があがる。老人達の声だ。
 見栄えだけではない。魚介のムースに野菜のテリーヌと、どれもが素材の旨み、香り、心地よい部分を堪能出来るよう、繊細に手が施されていた。皿を飾る小さなトマト一つとってみても、口に運べばほんのり甘い。野菜はどれも随分味が濃い。今朝田舎で取れたばかりの新鮮なものだろう。
 そんな料理に歓声をあげながら老人達はシャンパングラスに口を付ける。華やかな香りが鼻腔をくすぐる。やがて運ばれたスープからは優しい香りが広がり、味わいは濃厚ながらもするすると喉を滑り降りてくる。しつこさは微塵も感じない。
 一皿一皿丹念に仕立て上げられた料理は、それぞれの口に合うよう好みが取り入れられているらしい。
 白ワインと魚料理に幾人もの老人達が舌鼓を打つ。その誰もが人生に飽くことなく金銭の蒐集を続けていることを多くの人は知らない。
 彼等は日本が誇る富豪の一団だった。語る話題は神秘の世界とは縁遠い俗世の話だ。
 彼等はずっとそうして生きてきた。これからもそうして死んで往くのだろう。つい先刻まで燦然と煌いていた落日の余韻が消えうせて行くように――

 シェフは何も語らない。耳に入った話も全てをそっと心の奥底に仕舞い込み黙々と仕事を続ける。そこにはただ、きびきびと小気味良い職人の律動があるだけだ。

 その時だった。
 突如ポワレが革醒し、老人達を惨殺してしまった。

●きゅるるっ
 そんな話を語りながら、赤面して俯いたのはグルメ公――もとい『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)である。お腹が鳴っている。
 エスターテ当人は別に大食家でも美食家でもないような気はする。アークでは仕事の合間に時折ゼリー飲料や菓子パンを食べている光景を見かけることもあるという程度だ。
 なのにこんな案件をちらほらと察知するのは何の因果なのだろう。ついたあだ名はグルメ公主であった。呼べば時折焦りや赤面こそすれど、嫌がる様子はなかった。案外気に入りなのかもしれない。
「んで、またそういう話なん?」
 要は食べ物が革醒するから、先んじて食っちまえというのであろう。
「え、と。はい」
 小さな肯定。
 どことなく申し訳なさそうなエスターテに、一応どうすれば良いのかリベリスタ達が問う。

 そもそも、ここにリベリスタが呼ばれたのはアーク恒例となりつつある福利厚生企画所以である。
 だからリベリスタ達が立っているのは、件の老人達の島ではない。おなじみ時村財閥のプライベートビーチである。
 似たようなものではあるのだが、そんな島の一角に先のエスターテの話のようなバリのような建物にBOSSAとはどういうことだろうか。
「いや、まあ。つまりそこから運んだわけね」
 理由はなんとなく知れている。
「はい。いえ、この建物は、ここに元々あるものらしいのですが」
「なるほどね」
 さして重要な情報ではないが、リベリスタはなんとなく相槌を打つ。
「建物はそりゃ、セバスチャンが一晩でやり遂げましたって、無理があるわな」
「はい」
 実のない会話を繰り広げながらリベリスタ達は建物へと歩いて行く。未だ暑いといえば暑いのだが、風は意外にも涼やかだ。
 そうこうしていれば辺りはそろそろ夕暮れ時だ。そろそろお腹もすいてくる時間である。
「食材の革醒までには、あと三時間あります」
「そんな事だろうと思った」
 どうせアークは老人達の元に運び込まれるはずだった食材を、紆余曲折の末に手に入れたといった所だろう。
 物は言い様なんとやら。こうすればアーク本部からの依頼という体裁は整うのだから、こんな福利厚生の形も悪くない。
「折角ならみんなで来ても良かったんじゃない?」
 わざわざこんな回りくどく事を進めなくても、該当する食材を皆で食ってしまえばすぐに終わると話だと思うのだが。
 素朴な疑問に桃色の髪の少女は、静謐を湛えるエメラルドの瞳を伏せて答えた。
「……シェフは一人です」





■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:pipi  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 6人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年09月02日(日)22:42
 子供の頃『ココナツ』と『常夏』は同じものだと思っていました。残暑で死にそうなpipiです。
 
 絵になる思い出を。福利厚生です。
 難易度? 福利厚生です><

●ピンナップについて
 当シナリオは『ピンナップシナリオ(β版)』です。リプレイ返却後、その内容に沿う形で
 担当の『やむむ』VCにより参加者+NPC全員の登場する大きなピンナップが作成されます。
 ピンナップの納品時期はリプレイ返却後一ヶ月程が目安になります。
 ※バストアップが無いキャラクターは描写されませんのでご注意下さい。

●目的
 遊ぶ。食べる。
 楽しい思い出を刻んで下さい。

●シチュエーション
 南国リゾート風の建物です。ゆったりのんびり出来ます。勿論貸切です。
 夏の夕暮れ時。ビーチ等で遊んだ後の出来事です。
 軽装でお越し下さい。下は水着でも構いません。
 微風が涼やかです。冷える方は羽織り物をお忘れなく。
 食事のマナー? 楽しく美味しく食べるだけで結構です。

●攻略条件
 フレンチフルコースの殲滅。

 革醒するのは食材一つですが、どれか分からないためです。
 苦手なものが多い場合は、かなりの強敵かも。

 全員コースが完食出来なければ『失敗』です。
 みんなが『完食』と言ったり、誰かが『みんな完食した』と一言書く等の攻略が極めて有効です。

 シェフはメニューにない注文にも応じます。
 お好み、苦手なもの等ありましたらお申し付け下さい。
 リベリスタの前に運ばれた食べ物に、革醒するはずの食材は必ず含まれます。
 苦手なものは事前にシェフに知らせておくのも戦略になるかもしれません。
 かばう(食べてあげる)のも構いません。

 金銭も気にしなくて結構です。
 腹具合は自己申告ですが、食べ過ぎれば『重傷』です。

●メニュー
 自由に選べますが、選ばなくても構いません。各自の好きなように出来ます。
 選ばなければ適当に出てきます。
 品数は多いですが、老人でも食べきれる量です。

 パンはバケット、バターロール等が選べます。
 ご飯は十六穀と白米が選べます。

 A:アペリティフ
 ショートカクテル、シェリー、ノンアルコール類。

 B:前菜
 三品全てが少量出てきます。
・スモークドサーモン(1)
 オクラ、チコリー、フルーツトマト付き。

・車えびのムース(2)
 ソースは林檎。

・野菜のテリーヌと鳥胸肉のミルフィーユ風(3)
 トリュフソースが香ります。

 C:スープ
 以下から一品選択。
・グリーンアスパラの冷製ポタージュスープ(1)
 微かにレモンが香ります。

・トマトの冷製ポタージュスープ(2)
 夏です。爽やかです。

・コンソメスープ(3)
 王道です。暖かく、油一つ浮いていません。

 D:魚料理
 以下から一品選択。
・ロブスターの焼き物(1)
 濃厚な味わい。オレンジ、ラスベリーの二種のソースで。

・白身魚のポワレ(2)
 皮がカリカリ。バターとミルポワの香り。

・鱧、帆立の柑橘風味(3)
 疲れた体に優しい味わいです。

 E:タンジェリンのグラニテ
 ミント葉を添えて。
 スプーンサイズの箸休め的なアレです。

 F:肉料理
 以下から一品選択。あみあみカリカリのポテト付き。
 焼いた夏野菜もついてます。ズッキーニとか。

・牛頬肉のワイン煮込み(1)
 ほろほろとろけ、じゅわっと。

・骨付き子羊のコンフィ(2)
 肉の旨みと香草の香り。

・鴨胸肉のロティ(3)
 イチジクとベリーのソースでさっぱりと。

・肉だッ!(4)
 分かりやすい真正面からの誘惑。
 サーロインとテンダーロイン。焼き方が選べます。

 G:デザートと食後のお飲み物
 ここからは革醒の恐れはありません。お寛ぎ下さい。

 クレープ、アイス、シャーベット、ムース、ワゴンケーキ等から二品自由に選択。
 カラメルのエスプリが効いた濃厚なプリンと、夏のタルトがお奨め。
 コーヒー、紅茶、アルコール類や後述のサマーティも選べます。

 H:その他お飲み物
 ワイン、基本的なカクテル等の他、各種豊富に取り揃えております。

 未成年の飲酒、喫煙は出来ません。
 ノンアルコールならカクテルもありますが、夏のアイスティーもお奨め。
 濃くなる前に茶葉を外すフレンチスタイルです。
 フレンチサマーティは以下の四種類です。
・ネージュ(ミント、ベルガモット:夏を吹き飛ばす清涼な味わい)
・ジョーヌ(ラベンダー、オレンジ、ザクロ:甘酸っぱい香り。中国茶を使用してさっぱりと)
・ヴェール(桃とアプリコット:フルーティな優しい味わい)
・ルージュ(ザクロ、ハイビスカス、クコ、ラズベリー:深く甘い香りと酸味)

●NPC
 エスターテは完食します。
 PCに絡まれない限り空気として扱います。

●Danger!
 当シナリオにはフェイト残量に拠らない『脂肪判定』の可能性があります。
 こちらも自己申告ですが、くれぐれもご注意の上でのご参加をお願いします。

●他
 情報量が多い為、適当に番号を振っておきました。
 プレイングに活用頂いても頂かなくても構いません。
 色々書いてありますが、ほとんどがどうでもいい情報です。自由に、ゆるく、お気軽にお楽しみ頂ければ幸いです。
参加NPC
エスターテ・ダ・レオンフォルテ (nBNE000218)
 


■メイン参加者 6人■
デュランダル
鬼蔭 虎鐵(BNE000034)
ナイトクリーク
五十嵐 真独楽(BNE000967)
ソードミラージュ
ルア・ホワイト(BNE001372)
クロスイージス
村上 真琴(BNE002654)
クロスイージス
日野原 M 祥子(BNE003389)
スターサジタリー
★MVP
巴崎・M・木市(BNE003867)



 ラリマーから黄金、赤に紫。ラピスラズリへと刻々と移ろう空の下。
 張り出したテラス席から碧く、蒼く、青く、藍い海を見晴らすのは背の逞しい男だ。
 細身だが精悍な肉体を覆う黒の浴衣に虎のロゴ。顔を走る傷と一見して只者ではない。
「一杯遊んでお腹すいたでござる!」
 背には雷音(まいぷりてぃえんじぇる)の二文字が燦然と輝く。振り返ればイイ笑顔。夏の海を各々遊び、あるいは眺め、はたまた何もせず……思い思いの方法で堪能したリベリスタ達であったが、そんな時間である。
「一杯食べるでござるよ」
 親指を立てて笑うのは、おなじみ『自称・雷音の夫』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)だ。
「なにがそんなに可笑しいでござるか」
 憮然とした表情を浮かべる虎鐵に、くすくすと微笑むのは二人の少女。緑の髪と桃の髪。『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372)と『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)である。
 エスターテは白地に青い花のAラインワンピースドレス。髪にはgirasole。ルアはこの夏、多くのリベリスタの目を釘付けにしたあのフリルとリボンが一杯のセーラー襟の水着の上に、それぞれお揃いの白いレースのボレロを羽織っている。
 そんな二人の邂逅は戦場だった。敵同士だった。悲しげな翠玉の瞳を張り詰めてルアの前に現れたエスターテを、彼女は強く抱きしめた。きっと――自分と同じように護りたい人の為に抗っているのだと分かったから。
 一年が過ぎ去り、手を繋ぎながら同じ砂浜を歩いてここまでやってきた。オレンジ色の空と海が交じり合ったように互いの気持ちが分かる。

 ――くぅ。

 少女二人ぽんぽんの連弾。同時にお腹を押さえて笑いあう。髪が触れ合う。きっと昼の海で崩れてしまったのだろう。ルアのお団子髪はツインテールに解いてあった。
 以心伝心の親友は、きっとお腹がすいていたのだ。そんな些細なことがおかしくて、おかしくて。
「箸が転げても、という奴でござるか……」
 虎鐵(ロリコン)が唸るが、その視線の遠く先、想いの彼方に居るのは愛娘一人なのである。すりすりしたいのである。

 話を戻せば、ここはかの時村財閥が誇るプライベートビーチであるが、今はアークの保養施設として利用されている。
 だが今宵、晩餐の招きへと集うリベリスタ達は建前上、遊びの合間を抜けて仕事に来ていた。
「ホントに食べるだけでイイの?」
 だから『ビタースイート ビースト』五十嵐 真独楽(BNE000967)の疑問は至極当然のものだ。天真爛漫に見える彼女(注:女子枠っていうか、女子。美少女)とて、平素は張り詰めた日常を送るリベリスタであることに変わりはない。
 愛らしい今年の赤い水着にショートデニム、白の可愛らしいパーカーを羽織る美少女がかしげた小首に示す疑問は、十二年という歳相応に幼い精神から紡ぎだされる物としては、本来余りに重い。
「そうみたいですよ」
 怜悧な切れ長の瞳を細め、静かに返すのは『鋼鉄の戦巫女』村上 真琴(BNE002654)。世界に破滅をもたらす革醒――その対象が食材であったならば、そうなる前に調理して食べてしまえば良いというわけだ。
「ラッキー!こんなオシャレで美味しそうなゴハン、なかなか食べる機会ないもん♪」
 真独楽が満面の笑みを浮かべる。これが仕事であるならば、こんなに楽な仕事はない。神の目を誇るアークならではの依頼であろう。所謂『ただ飯』というわけだ。ならば真琴達リベリスタのやることは一つしかない。遠慮なく頂くだけである。
 着席したリベリスタ達の前に用意されたのはアペリティフ。まずは乾杯だ。
「フレンチフルコースなんてママの結婚パーティー以来だわ」
 白いサンダルに膝上丈の水色キャミワンピが涼しげな『心に秘めた想い』日野原 M 祥子(BNE003389)はため息一つ。ハイビスカスの模様が夏のリゾートらしい。冷える背には白い薄手のボレロを羽織って、おろした髪に耳上の花飾りが夏の海に良く似合う。
 別にテーブルマナーに不自由しているわけでもなし、ナイフとフォークも過不足無く扱える彼女だが、小さな苦笑の種はただ一つ。今月の十四日をもって成人する彼女はタッチの差でお酒が飲めないのだ。
(二十歳になったら、お酒飲める友達作って遊びにいくんだ)
 だけど何も急ぐことはなかった。思い出は今日も作れる、明日も作れる。彼女達が切り開いてきた未来は、いつだって眼前の手の届かない場所にある。そして――過去も。
 故に彼女の目の前にあるのはジンジャエール。食前酒の代わりとしては定番の一品であり、ここではどうやら自家製のものが用意されているらしい。彼女に習い未成年組は同じものを選ぶ。
 ここまで静かに微笑む『三高平の紳士』巴崎・M・木市(BNE003867)と真琴はシェリー。フィノが高く持ち上げられたベネンシアからグラスへと注がれる。香りが空気とふれあう。虎鐵には男らしいマティーニだ。浅漬けのオリーブを落としたグラスの中に、ミキシンググラスからぴったりとそそがれる。ソムリエはそこでグラスから離れた位置でほんの微かにカットレモンに力を込める。飛沫の香りだけが漂うように――
「それじゃ乾杯」「「かんぱーい!」」
 グラスを目線に掲げて会釈を一つ。
「テーブルマナーなんてわかんないし、フォークとナイフも超へたくそだけどぉ……」
 夏向けのリネンスーツをぴしりと決めている木市の装い、同じく風体は違うものの作法が板に付いた虎鐵の自然な振る舞いに、僅かに翳る真独楽の表情。
「ああ、拙者はお構いなくでござる。その……癖なんでござるよ」
「皆で楽しく食事をしようではないか」
 だから気にしないでほしいと断る。
「おいしいものをめいっぱい味わって楽しく食べるのは、まこもすっごく得意だよっ!」
 紳士木市は言わずもがな、かつては闇の世界(以前の職場)に身を置いた経験のある虎鐵にとって、それが最も楽だというに過ぎない。知っているか知らないか、そんなことはこの場では無用なのだ。
「楽しく食べよーねっ!」「ねっ!」
 真独楽が元気一杯に拳を突き上げる。少女達が笑顔で習う。そんな様子に大人達は微笑み一つ、静かに拳をあげる。なんともリベリスタらしい、今日ここに集う七人だけ合図だった。


 労いの声から始まり、今日はどこで遊んだ、だとか。何をしたのか、だとか。他愛も無い話にリベリスタ達の心がゆっくりとほぐれて行く。
「楽しみだねっ」
「はい」
 エスターテの隣に座るルアが椅子を寄せる。
「まこにゃんもおいでっ」
「うんっ」
 テーブルの上にお揃いのサシェを並べ、真独楽も一緒にまずはオードブルだ。
「「「いただきます!」」」

 スモークドサーモンにはオニオンスライスとケッパーを添えて。祥子が口に運べばライムとオリーブがほんのりと香る。
「……おいしい」
 零れる笑み。それからシャンパン。三種の葡萄が織り成す華やかな金色。ランスで醸される世界の極みだ。
 夏らしい新鮮なオクラと、ほろ苦いチコリーのアクセントに、フルーツトマトは甘くって。どれもほんの少しづつだけれど、クールな真琴の頬からもつい舌鼓の音が零れる。
 車えびのムースには、柔らかな味わいのソース。木市(グルメ王)が瞳を細める。素材は林檎だろうか――
 その中心に据えられたのは野菜のテリーヌとやわらかい鶏肉がミルフィーユのように重なっている。懐石と影響し合う日本のフレンチのこと、どこか少しポップアートみたいで見た目にも楽しい。
「わあっ!」「ねえねえ、これなんだろ?」「鶏肉?」
 真剣な顔で真独楽がナイフを入れる。こてん。転ぶミルフィーユに少女達はくすくすと笑い、負けじとエスターテもナイフをいれる。こてん。やっぱり転んだ。そんな様子がおかしくて、笑顔で少し頬を膨らますエスターテに指先で抗議されるのが楽しくて、くすぐったくて、ルアも笑う。
 だけど誰しもそんなことはお構いなしだ。だって楽しいから。じっくり味わうのだ。
「……んんん、おーいーしーいー!」
 舌の上に広がるトリュフの香り。肉の旨み。野菜の優しさ。夏の残滓――思い出のかけら。

 ソースだって残せない。ラフにバスケットから頂くバケットは未だほんのりと暖かく、ふわふわもちもちとしている生地をちぎれば、香ばしい小麦とほんの僅かなバルサミコの気配。
 次のスープが終われば魚料理だ。事前にメニューを伝えるついで、真琴は既にワインを準備してもらっている。ソムリエのお奨めはシャンパン、魚には白、肉には赤の定番だが――
 木市の把握ならばなるほど、白はシャルドネ。果実とミネラルが生き生きとして英気回復に相応しい一本。赤はフルボディ。ふくよかで口当たりの柔らかなボルドーらしい。どちらも最高のヴィンテージだが、これも当然タダ飯の範疇だ。
「飲みすぎちゃダメだぞっ!」
 人差し指をたてる真独楽に、木市が微笑み真琴が頷く。飲みすぎには注意だ。折角シェフが腕を振るった料理を五感全てで堪能するという時に、酔い過ぎて味が分からなくなってしまうのは余りにもったいないから。
 ワインと料理のマリアージュを、自分なりに楽しむ適量があればいい。

 だがさて、その前にスープが待っている。
 祥子が掬うアスパラのポタージュは見た目にも爽やかで、クリーミーな優しい味わいの中に力強いアスパラの旨みがしっかりと生きている。微かに香るレモンは、あくまで優しく調和を乱さない。
 真独楽と真琴がトマトのポタージュをゆっくりと味わえば、夏野菜の鮮烈と、海老の出汁が見事な調和を見せていた。
 虎鐵と木市がさじを手にとる。琥珀色の湖面には油一つ浮いていない。これが曇りなき王道。これがコンソメだ。
「選ばなかったのも全部食べたいのにぃ……」
 女子達は皆、真独楽と同感だ。
「女性陣同士ならば”あーん”とかやればいいのではないだろうか?」
 紳士のお墨付きが出た。
 虎鐵にせよ、この手の本格的なフレンチとなると、身体が勝手に動いて……ござぁ……というだけの話で、別に格式ばるつもりなんてないのだ。
「みんなでちょっとずつ取替えっこしよっ!」
「あーん」「あーん」
 真独楽のトマト、ルアのアスパラ、エスターテのコンソメ。三者三様を交換っこするのだ。
 少し照れくさそうにエスターテがルアのひとさじを頂く。口を閉じても頬がほころぶ。真独楽の口にとろけるコンソメとアスパラがたまらない。
「おいしいねっ!」「うん」
「美味しい?」「はい」「……ぅ?私も?じゃあ遠慮なく」
「はわぁ! 美味しいの♪」
 ルアが隣のエスターテにむぎゅーっと抱きつく。最大級の嬉しさの表現だ。おでこ同士がこつんとぶつかったことなんて気にしない。
「えへへ」
 味が美味しい。みんなと食べて楽しい。それだってものすごく嬉しい。それでもなによりルアが伝えたかったことは――
「こうしてエスターテちゃんと一緒にご飯が食べれるなんて……あの時は思ってなかったの」
「私も……です」
 こぼれる笑み。つながれる手と手。
「これからも、ずっと一緒に笑いあって、ご飯食べて、一緒の時間を過ごそうね」
「――はい」
 そんな和気藹々とした光景を楽しみながら、虎鐵はなんとはなしに素朴な疑問をなげかける。
「そういえばエスターテもよく食べる方なのでござるか?」
 桃色の髪の少女が赤面する。愛する娘に小言を言われそうな発言ではあるが、女子達の会話を聞くことで流行なんかを勉強したりして、娘に対して生かそうなどということを考えているのだ。つまり、愛なのだ。
 それに素朴な疑問である。なにせエスターテはそれほど大食いには見えないのに、グルメ公主などと呼ばれているのだから。
「え、と」
 困惑するエスターテだったが、なぜだか言い訳なんて出来なかった。きっと少しだけ自覚があるから。

 お次は白ワインと共に魚料理だ。
 真琴の目の前にあるのは鱧と帆立の柑橘風味。帆立にふわふわの鱧が巻いてある。完璧な骨切りによって花開く夏の定番。日本料理の手法である。口に運んで瞳を閉じる。予想通り定番のオレンジソースであるが、口の中で鼻腔をくすぐるのは――微かな柚子だ。
「これは……」
 コチのポワレを祥子が口に運ぶ。皮がかりかり。身はふんわりと。バターとミルポワの香りにつつまれて、皿に垣間見える緑はピスタチオのソース。これを絡めればまた味わいも変わる。
「これくらいの量だったら、完食は余裕でござるな」
 食べきれない人がいたら、虎鐵が食べてしまうことも出来た。革醒云々の話もあるが、それよりなにより勿体無い。皆は幸いにも皆残さずに食べることが出来ているようだから心配は無用なようだったが。ほんの少しだけ残念でもある。
 真独楽の前にはロブスター。濃厚なオマール海老の香り、海老味噌のコクがオーブンによって濃縮されている。絵画のようなオレンジとラズベリーのソースが甘酸っぱくて美味しい。これもみんなでわけっこするのだ。


 そして一口サイズのグラニテに口を休めていると、赤ワインが運ばれる。
 開封していくらか時間も経過したのだろう。まずはソムリエが、そして木市がテイスティングして頷く。ワインが静かに注がれる。
 いよいよ本命だ。
「おいしいのっ!」
 赤ワインで煮込まれた牛頬肉がルアの頬の中で溶けて行く。ぎゅっとやわらかい子羊の骨を外し、祥子は香草の香りと肉の旨みを口いっぱいに堪能する。
 真琴の口の中で、やわらかく、されど程よく引き締まった鴨肉のロティが優しく香る。互いに取り分け、あるいは口に運びあい、笑みが零れる。

 後はステーキだ。肉というものはこうでなくてはならない。
 眼前の圧倒的なボリューム感。これぞ肉という色味の絶妙な焼き具合。
 輝きしたたり落ちる肉汁。ジュゥッという音を奏でる鉄板。
 食欲を誘い皆を虜にする香り――木市が瞳を伏せる。

 俺は最高に幸せだ――キミのような料理に出会えて。

 そこにあるのは280gの霜降りサーロイン。当然最上級の和牛である。脂身の多いサーロインは強めに焼いてやるのがいいからミディアムだ。
 肉にナイフを入れる。どこまでも静かに。手首に伝わる適度な弾力。官能――ナイフはどこまでもスっと沈んで行く。余計な力など何一つ不要だ。肉の感触が、霜降りのやわらかさが、ナイフを通し手に全身に伝わってくる。

 すまない、オレは嘘をついてしまったようだ。
 料理を目の前にしているだけで幸せ?
 そんなのは――嘘だ!

 そう。料理は観賞するための物に非ず。ナイフを通し感じる肉の存在感も、先ほどの幸福感も、今はもう過去の物。
 なぜならば。ここはまだスタートラインだから。この肉は口(ゴール)を目指して進むこととなる。

 今はニンジンのグラッセも目に入らない。クレソンの横の肉を左手のフォークで持ち上げる。溶けたバターが、肉汁が、ブランデーソースが皿にしたたる。
 まだグリーンマスタードはつけない。はじめの一口だから。
 大丈夫だ。緊張はしていない。手は震えていない
 背筋を伸ばしたまま、薄めを開ける。無粋か、否。礼儀だ。顔に接近する肉。香りをより強く感じることができる。眼前の。肉。肉――肉。

 今の俺には。お前しか見えていない――いざ口の中へ。

 余りの衝撃に木市の意識が吹き飛んだ。柔らかいが確かに感じ取れる肉の食感。そう。だからミディアムだ。
 ひと噛みするごとに口の中に広がる肉汁。肉汁とソースの織りなすハーモニー。優しく飲み込むと鼻を抜ける肉の香り――


「いいだろう、負けを認めよう」

 ここのシェフは最高だ、と。


 というわけで。 目の前に運ばれたケーキやデザート。甘く香る赤い紅茶と共にしたい話といえば――
「恋話とかどう?」
 何気なく話題を振った祥子だが、言っておいて語ることがない。気になる人は居るのだが――その想いはきっと恋愛にはならないと思っている。何かして気まずくなることも嫌だったから。今日はニコニコと聞き専でいいか、とか。
「恋話でござるか……」
 虎鐵が口を開く。いやみんな分かってる。
「拙者の愛しい人は……一人だけでござる」
 娘は彼の天使だったから。いやみんな(略)。
「……ふぅ」
「むぅ、いいなぁ、らぶらぶ」
「私もスケキヨさんとデートするよ♪」
 まだ夜だって遊べるのだから。ルアはこの後、恋人と共に再びビーチへと向かうつもりだった。
「まこだって……まあ、超仲良しだけど」
「杏ちゃんと一緒に遊んだりするの?」
「多分みんなのとはビミョーに違うカンジだしぃ。まこが大好きなのはパパだもん。生まれた瞬間から失恋ってカンジ!」
 不満そうに頬が膨らむ。
 真琴も話は気になるのだが、密かに心中ため息を漏らす。残念ながら今そういう相手が居ないのだ。
 どこかな素敵な相手は居ないものだろうか。
「ね、ね」
「はい」
「エスターテちゃんは気になる人とかいるの?」
「……え、と」
 居るのか居ないのか定かではないが、頬を染めるエスターテの様子に、少女達がきゃっきゃとはしゃぐ。

 おいしいゴハンと大好きなともだち。それから南の島のキレーな景色に囲まれて。
 真独楽がきらきらと笑みをこぼす。
「いっぱい写メして、思い出とっておかなくちゃ」
 あとで、パパや今日来てない友達にも見せたいから。

 覆いかぶさるような星空の下。そろそろ良い時間だから、ここはこれでおしまい。
 まだ目の前には、夜の砂浜が待っているのだから――

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 南の島です。いぇーい!
 書いていてめちゃくちゃお腹減りました><
 例によって字数超過のギチギチになってしまいましたが、のんびりお楽しみ頂ければ幸いです。

 MVPは……これは……
 いえ、何も申さず、お腹周りに親近感を感じる貴方へ。

 それでは。再び皆さんとお会い出来る日を願って。pipiでした。