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悪夢の薔薇


 身を守るべく構えた側から、彼の腕は爆ぜるように裂けた。
 電撃でも走ったような痛みに叫ぶ。だが喉は焼けるように熱くなるばかりで、声は出ない。
 腕からは鮮血が噴き出すかと思われた。だがばらばらと散ったのは赤い花弁だ。裂傷を覆って、赤い薔薇が咲き誇る。
「――ッ」
 彼は恐怖した。叫びをあげたかった。
 だが頭がぐらぐらとして、目が霞む。首元から溢れる赤い流れは止まらぬ。だがそれは滴らない。それを吸い上げたような赤い薔薇が鮮やかに喉に開いては花弁を散らす。
 嫌に冷えた汗が背を伝う。
 目の前に異形が迫っていた。
 ぎょろりと覗いた無数の目、裂けたような巨大な口を持った巨体の化け物。無数に突き出した角のような太い突起は真紅。だがその身体そのものは闇を引きずったように漆黒だ。その漆黒から出でては消える鋭い爪を持った獣の腕があり、口では在り得ない部分に牙があり、全体の形はついぞ知れない。
 悪寒が這い上がる。
 ――それはまるで、様々な恐怖を無理やり塗り固めたような化け物だった。
(これはゆめだ)
 嫌に鳴る心臓を押さえつけるように左胸に爪を立てる。痛い。痛い。痛い。
(ゆめなのに)
 どうして痛い。どうして覚めない。
 こんなことになるなら、あんな噂話を試さなければ良かった。
 化け物が吠えるようにその巨大な口を開いた。
 頭に直接叩きつけられた痛みの塊が黒く視界を灼き尽くす。
 その一瞬前、漆黒の奥に大輪の薔薇を見たような気がした。

 開け薔薇色。客人を迎えて尚赤く。


「悪夢を見せるアーティファクトを壊して欲しいの」
 資料を渡し終えると、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は単刀直入にそう言った。
 リベリスタ達が資料に目を通し終えたのを見て取ると、イヴはモニターを点けて向き直る。そこには頭だけの馬の口から薔薇が咲いたような形をしたオブジェが映し出されていた。
「アーティファクト『夢魔伯爵』……マニアの間では人気の作品なんだって。大きさは、私くらい。
 でもこれにはある噂がついてて、それは、これに触れて合言葉を言うと必ず怖ろしい悪夢を見る。そして必ず、その夢魔に食い殺されてしまう」
「夢で、か?」
「そう、普通の人に取っては。でも、その夢から二度と覚めることはないの。――リベリスタなら、この夢魔が見せる悪夢に飛び込める」
 合言葉を試そうとしている一般人がいるの、とイヴは目を伏せた。
 モニターは古めかしい洋館の写真に切り替わる。
「今、このアーティファクトはこの洋館にある。もう捨てられて大分古いんだけど、誰かがここに『夢魔伯爵』を捨てて行ってて、試そうとしてる人はそれに気付いたみたい」
「……その試そうとしてる奴が行くより先に、アーティファクトを壊せばいいんだな?」
 誰かの確認に、イヴはこくりと頷いた。
「でも夢魔を倒さないと、このアーティファクトは壊れない。
 触れて合言葉を言えば、次の瞬間に必ず夢魔は現れる。気をつけて、眠ることはないけど夢魔の世界で戦うことになる」
 その空間には夢魔の使役する黒馬もいる。尾に漆黒の灯火を持ったその馬は駆け回り、悪夢から逃れることを許さない。
 どこかに本体であるアーティファクトはあるはずだが、簡単には見つからないだろう。
「それに夢魔の攻撃で傷を負うと、出血は薔薇になって、傷口に咲く。一度咲いてしまうと傷が治っても夢魔を倒すまで枯れない」
 夢魔はこの薔薇が多い人を特に狙うみたい、と言い終わってイヴはオブジェの写真にモニターを戻した。
「肝心の合言葉を教えるね。――『開け薔薇色。客人を迎えて尚赤く』」
 夢魔の世界は、真っ赤だよ。
 言い添えて、イヴは目を伏せた。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:野茂野  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年09月09日(日)22:25
野茂野です。純戦とも言い難いですが。とにかく殴って壊すお仕事。
アーティファクトは洋館に入るとすぐそこにあります。

◆成功条件
アーティファクト『夢魔伯爵』の破壊

◆夢魔
・悪夢(A/物近複/魅了)
巨体を使った物理攻撃。多用はしませんが、魅了されると悪夢を見、仲間が全て夢魔に見えるようになり仲間を攻撃します。
・夢魔は瞬間的に任意の場所に移動できます。だいたい背後に出現。この移動の後すぐ、「悪夢」を使う可能性が高いです。
・夢魔の攻撃による出血は薔薇になり、傷口に咲きます。これによって状態異常等にはなりませんが、多いと夢魔に狙われやすいです。
・合言葉を言うと次の瞬間から攻撃されます。背後に出現。全員がオブジェに触れていれば、言うのは一人で構いません。

◆黒馬×2
夢魔の手下。どちらもの尻尾の灯火を消すと、夢魔の世界のアーティファクトが見つけやすくなります。

夢魔が出現した後、アーティファクトはやや形を変えて夢魔のどこかにあります。弱らせれば見つけやすくなります。
夢魔を倒せばアーティファクトも一緒に壊れます。反対も然りです。

刃物・銃・悪意、夢魔は色んな凶器と恐怖を内包しています。
呑まれないよう、くれぐれもご注意ください。
ご参加、お待ちしております。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ナイトクリーク
犬束・うさぎ(BNE000189)
ソードミラージュ
アーネスト・エヴァンス・シートン(BNE000935)
デュランダル
斜堂・影継(BNE000955)
デュランダル
四門 零二(BNE001044)
スターサジタリー
アイリ・クレンス(BNE003000)
覇界闘士
ヘキサ・ティリテス(BNE003891)
ソードミラージュ
エルヴィン・シュレディンガー(BNE003922)
クリミナルスタア
藤倉 隆明(BNE003933)

●凶器を、狂気を、悪意を、絶望を、
 ――それを人は恐怖と呼ぶ。
 馬の頭を模したオブジェは嫌にずしりと重い色をしていた。幾人もを悪夢へと呑み込んだその口からは、真紅の薔薇が咲く。
 それに一片の躊躇いもなく触れる手が八つ。
「アーティファクトも不法投棄される時代か……勿体ないな」
 後ろ手にオブジェに触れた『影の継承者』斜堂・影継(BNE000955)がやや茶化すように言えば、しかし、と『伝説の灰色狼』アーネスト・エヴァンス・シートン(BNE000935)がふさりとした毛に覆われたその表情を曇らせる。
「悪夢を見せるアーティファクトとは、趣味悪いですね」
「悪夢と呼べるものなど、現世に溢れかえっているがな」
 嫌と言う程知っていよう、と銀の足鎧を鳴らして苦笑じみた声音で『硝子色の幻想』アイリ・クレンス(BNE003000)は武器を握り直す。
「そう、悪夢など所詮は幻影。……本当に味わってきた悪夢とは比べ物にならない」
 己の顔にある仮面に触れながら、『あるかも知れなかった可能性』エルヴィン・シュレディンガー(BNE003922)はハイスピードを発動させた。静かに彼の身体能力は向上する。
 同じく持ち前の素早さに更に力を注ぐように、『デンジャラス・ラビット』ヘキサ・ティリテス(BNE003891)も身体の能力を向上させる。
「悪夢でもなんでも、夢は覚めるモンだぜ」
 そのために来たんだろと言わんばかりに、歳相応の表情でヘキサが笑う。それに同意したのは『ヤクザの用心棒』藤倉 隆明(BNE003933)だった。
「全くだな。夢ってのは覚めるモンだ。……だが、殴って壊せんなら、悪夢ですらねぇな」
「――恐怖から逃げ続ける事など、できない」
 ならば。
 闘気をその身に漲らせ、『闇狩人』四門 零二(BNE001044)はこれから必ず訪れる恐怖を見据えて、精悍な顔つきで武器を鳴らした。
 まるで逃がさぬとばかり、背を任せ合うように内側へ向け、円になって取り囲んだリベリスタのそれぞれの手はアーティファクト『夢魔伯爵』に触れている。
 どれだけの恐怖を内包しているか知れぬそれに触れ、飛び込むまでの覚悟はどれほどの心が必要か。けれども彼らは、既にその心の持ち合わせは十分だった。
 それを示すように、一呼吸分の沈黙が、準備完了を告げる。
「……怖いのは苦手です。だって怖いですもの」
 ぽつりと呟いて、『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)は全員が後ろ手に触れた夢魔伯爵を確かめた。だから、と言葉を続ける。
「一秒でも早く、ブチ壊しましょう」
 そうしてうさぎは、合言葉を紡いだ。

「――開け薔薇色。客人を迎えて尚赤く」

●ようこそ、薔薇色、
 真紅の闇へ。
 瞬きが一つ。その間に世界は赤く染まった。
 目に痛いほどの、赤、赤、赤。
 けれども彼らは息を呑む間に走り出す。彼らの作った背後に、夢魔が滑り込むその瞬間に、弾かれたように。
 赤の中にうごめく黒がある。巨大な空虚が、夢魔が、リベリスタの円陣の中に読み通りに現れたのだ。――だが限りなくゼロ距離に近いそこに出でた巨体の夢魔の凶刃は、散開しようとした彼らをそう簡単に逃そうとはしない。
「――避けろ!」
 叫んだのは誰だったか。恐らくはバックステップで距離を取ろうとしていた零二だ。
 しかしその声が届いた頃に、十分な距離まで逃れ切れなかった者達を、刃が、あるいは銃が、あるいは牙が、そして恐怖が襲った。
 爆ぜるように、裂ける。
 次の瞬間には、アーネストの背に、隆明の肩に、そして零二の腕に鮮やかな薔薇が咲き誇った。
「が、はッ」
 特に酷く食らったのはアーネストだ。防御を固めていたおかげか魅了までは至らなかったようだが、その場に崩れるように膝をつく。
 薔薇は夢魔の与えた印だ。
 獲物はそこだと、芳しい花の香で夢魔を誘うように花は咲く。
「初っ端からやってくれるじゃねえか!」
 更に夢魔が追撃を浴びせようとする前に、その間に割って入ったのは影継だった。構えた銃で、至近距離から夢魔に銃弾を浴びせる。
 雷撃を伴った銃弾は夢魔の漆黒に埋まると、夢魔はその巨体を苦しげにうねらせた。その動きは若干鈍い。その隙に、攻撃を食らった三人がその場から離脱する。
 夢魔の巨体の正面にいれば攻撃の直撃は免れにくい。だが鈍く振り下ろされたその凶刃は完全に決まりきらず、影継の腕と頬を切り裂くに留まった。薔薇が褐色の頬を彩るように開き、腕に連鎖する。片腕に花を纏い、流れる血の代わりに散る花弁の中で影継は強気に笑う。
「楽しませてもらうぜ!」
 その声を合図にしたかのようなタイミングで、嘶きが高く響いた。場にそぐわぬほど優雅なその蹄の音は二頭分。散開したリベリスタ達を夢魔のもとへ押し戻さんばかりに、周りを巡り巡る黒馬がそこにいた。その尾には黒の灯火がある。
「みっけ!」
 風を切る速さで声と共にその一体へ足を振り下ろすのはヘキサだ。紅の脚甲が夢魔の世界の赤よりも鮮やかに軌跡を描いて黒馬を蹴り飛ばす。黒馬が体勢を崩しかけたところをアイリの矢が過たず狙い打った。
「その灯火、消させて貰うぞ!」
 重い音を響かせて黒馬が横倒しになる。その腹目がけて、ヘキサが更に蹴りを叩き込んだ。びしりと陶器にひびが入ったような音が連続する。逃れようのない黒馬が砕け散るまで、そう時間はかからなかった。
 そしてもう一体の黒馬へ第一撃を叩き込んだのはうさぎだ。軽やかな動きで間合いを自分のものにしたその次の瞬間に、その刻印は刻まれる。
「逃すと思いますか」
「甘くはないぞ」
 一撃を食らわせて場所を譲るように素早く離れたうさぎに次いでエルヴィンが剣舞を黒馬に浴びせる。その動きは幻影を纏い、黒馬は狂ったように嘶いた。
「じたばたするなよ」
 その隙を隆明は逃さない。肩に食らった傷の痛みも構わず、その銃口は正確に暴れ狂う黒馬の尾の灯火を狙う。彼の銃口が火を噴くと同時、花弁を散らしながら、零二の、アーネストの目にも留まらぬ素早さを備えた連撃が黒馬にたたみかけた。
 ばきん。
 砕け散る手応えと音と共に、黒馬二頭は灯火もろとも粉々となる。
「――こちらは仕留めた、無事か、斜堂」
 零二が黒馬がどちらも倒れたことを見て取り声を張った。
 しかしそれに応じる声は、ない。
 緊張が走った。
 そこに影継はいるのだ。そして夢魔も彼の前にいる。
 黒馬を倒す間、たった一人で夢魔の抑え役を買って出た彼共々、リベリスタ達はそちらにも注意を向けていた。だが一撃は瞬く間にも叩き込まれるものだ。彼らが黒馬にそうしたように。
 ――果たして、影継の、彼の服はあんなにも赤だったろうか。
 回復手が不在のこの戦いで時間をかけることは危うい。しかし抜群の攻撃力と素早さを持ってして黒馬を仕留め、早期のアーティファクト発見にかけた彼らの考えは決して間違ってはいなかった。
 けれども。
 けれども。
 ――恐怖と言うのは、独りを大層好むのだ。

●散らせ、薔薇色、
 夢魔が叫んだ。――そのように全員が感じられた。
 その瞬間に、赤の照明が失われたように、夢魔の世界の赤がふつりと消えた。そこには何もない、ただ白い白い世界が広がる。
「なんだ!?」
「おそらく黒馬の灯火を消した効果でしょう。それより――」
 ヘキサの声にうさぎが冷静に答えた。その視線の先で、まるで取り残されたように赤をその身に覆わせた影継が、どしゃりと倒れた。
 ぶわりと花弁が舞う。影継を、おびただしいまでの薔薇が覆っていた。
 彼は一人でああもなるまで、恐怖の前に立ち続けたのだ。
 しかしリベリスタ達は動きを止めることなどできない。
「消えたぞ!!」
 隆明が叫んだ。その一瞬前まで影継の前にいたはずの夢魔は、既にそこにない。瞬間移動か、と誰もが一斉に背後を振り向き防御体勢を取った。
 白の世界に浮かびあがった漆黒の夢魔は先程よりもより目で追い易い。
 夢魔はどうやら、次いで薔薇の多かったアーネストの背後に現れたようだった。
「狙いはわたくしですか、ッ」
 素早くアーネストは振り向いて離脱しようとする。だが、ぎょろりと動く目玉たちに見据えられて、意に反して身体が硬直した。
「アーネスト!」
 背後からアイリの声が飛んだ。しかし彼は答えられない。
 夢魔がその巨体を振るった。漆黒が呑むように迫る。――『悪夢』だ。近くにいた零二とエルヴィン、ヘキサもその余波を食らって傷もろとも地面に叩き付けられた。
 それぞれに薔薇が開いて、花弁が舞う。
 アーネスト以外の三人は素早く身を起こせた。だが傷も伴って、アーネストは虚ろな目のまま動きが止まる。ややあって起き上がった彼は、ゆらりと武器を仲間へ向けた。
「魅了か……!」
 エルヴィンがその攻撃を避けて呟く。これでは敵が増えたも同じだ。しかも攻撃がし難い。
「何やってんだよ!」
 ヘキサがアーネストの手から武器を叩き落とそうと足を振り上げた。そして的確に場所を狙って足は振り下ろされたはずだったが、不意にアーネストの体勢が変わる。まずいと思ったときには、彼は地面に伏していた。
「何だよ今の、自分から……?」
 だが悠長に考えている余裕などない。夢魔は赤を失った世界で、代わりのその色を求めるように攻撃を激しくさせている。
「これ以上敵にペースを握られては不利だ。――こちらが奪おう」
 ヤツのガードを崩す、と零二が傷も厭わず夢魔の懐へ飛び込んだ。掛け声を聞いてうさぎとエルヴィンがそれに続く。
「アーティファクトが見つけ易くなっているはずです、それを早く――」
「ああ、早くしなければ、こちらが持たない」
 うさぎはぐんと距離を詰めた。そしてぎょろりと覗いたその夢魔の瞳と対峙する。
 強引に感情が引っ張り出されるようだった。
 怖ろしい、恐ろしい、どうしようもなく。けれど。
「――だからこそ、耐えなきゃ」
 腕が爆ぜた。足が裂けた。薔薇が咲き誇る。痛みに頭が焼かれているようで、意識が白む。けれどもその意識が途切れる前に、うさぎは夢魔に死の刻印を刻んでやった。
「ただでは、済ませてあげません」
 薔薇が彩ったうさぎの体が花弁を散らしてなぎ払われる。
 そのやや後方からエルヴィンの銃弾が夢魔を打ち抜いた。そしてオーラを纏った零二の連続攻撃は、それらの攻撃を一繋ぎのものと成す。
 まるでちぎれるように、苦しがるように、夢魔がその漆黒を開いた。
 その漆黒が内包した恐怖に、今度は零二が対峙する。
 凶器がある。
 狂気がある。
 それらに人は恐怖する。そして恐怖したその己の弱さに、無力に、恐怖する。
 夢魔の狂気が裂いて咲く。恐怖が心を支配しようとする。
「人の心は、ただ恐怖に呑み込まれるだけのものなどではない……!」
 この悪夢に共に飛び込んだその仲間の希望を信じれば。
 ――掬い取れ。勇気の欠片を。
 零二の剣が漆黒を更に深く切り開き、その意識と共に、赤を散らして崩れ落ちる。
 その瞬間にエルヴィンは見た。漆黒の奥に開いた、真紅の薔薇。まるであの『夢魔伯爵』のオブジェにあったそれと酷く良く似たその薔薇を。
「見つけた! アーティファクトだ!」
 同時に同じ超直観を持つ隆明も、更に後方でそれを見た。
 世界が赤くあった時は、その色と共に沈んでいた赤が、今は白の世界に、黒の夢魔によくよく映えて、切り開かれた漆黒の奥にあった。
「見つけたぜ! そこだあ!!」
 隆明の、エルヴィンの銃弾がそれを狙い撃とうとした、しかしその瞬間に夢魔は失せた。
「――そちらか!」
 夢魔は今度はヘキサの背後へと現れた。だがヘキサはそれを研ぎ澄まされた反射神経で避ける。そして後方から警戒していたアイリの矢がいち早く夢魔の無数の目の一つを射抜いた。続いてヘキサがまるでウサギのごとく跳ね上がれば、炎を纏った拳をアーティファクト目がけて繰り出す。
 炎に侵された大きな真紅の薔薇は、的としては更に狙い良い。
「――へえ、そんなトコに後生大事に隠してたのかよ?」
 可笑しげに、いっそ楽しげな口調でその薔薇を撃ち抜いたのは影継だった。
 己も薔薇で赤く染まりながら、それでも影継は落ちた意識の中で、恐怖に打ち克った。
 夢魔に魅せられることはなかった。
 己の科した痛みが、決してそれを許さなかったのだ。
 ぼたり、ぼたりと足から血が滴り落ちる。この場所に置けるその滴り、それは自分で傷を付けたからに他ならぬ証拠だった。
「自分自身の恐怖になんざ、負けるわけにはいかねぇんでな!」
 その声の傍らで、起き上がった剣がある。薔薇を纏い、散らして、彼らは立ち上がる。
「――ああ。何度でも打ち克ってみせよう。貴様にも、恐怖にも!」
 零二が駆け出す。そこに更に、足音が伴った。
「お先に一撃、頂きますよ」
 うさぎだ。11人の鬼を振り上げれば、その11枚の刃は主の意思を汲み取ったかのように鈍く光る。傷は痛む。恐怖は残る。それでも止まらぬ。
 それがリベリスタ達の意思だ。
 銃弾が、刃が、剣が。夢魔へ向かってその力を振り絞る。
「やれやれ……」
 その後方でゆらりと立ち上がった人影に気付いて、弓を構えながらアイリはそちらへ駆けた。
「無事か、アーネスト!」
「ええ。……そろそろ、本領を発揮しなければなりませんね」
 花が散る。それだけの傷と一目でわかる。けれども武器を再び握る仲間に、アイリはふと微笑んだ。
 赤の薔薇に映える青を靡かせて、弓を引き絞る。
 痛感してやまない。いつだって自分たちは、悪夢の片鱗を目にしている。
 殺した相手の血を浴びて笑い、弱者の心を壊し、尊厳を踏みにじる。そんな敵が、ごまんといる。この夢魔も、またその恐怖をあざ笑うためのように表に引き出し心を壊す。
 ならばそれは、射抜かれるべきものだ。――自分が射抜くべきものだ。共に立ち上がる仲間もいる。
「では、援護しよう。行くぞ!」

 薔薇が咲く。散って、散って、白い世界は鮮やかに彩られる。
 裂けた。爆ぜた。痛みが苛む。恐怖が目の前にある。
 それでも。
「――決めるぞ!」
 声がする。仲間の声だ。呼び合う声は、力を繋ぐ。
 正確に狙われた隆明の銃弾が、夢魔の薔薇を打ち抜く。
 影継の闘気が爆発する。
 エルヴィンのナイフが一瞬のうちに突き刺さり、アイリの矢がそこに追随する。
 アーネストの剣が、零二の剣が鋭い攻撃を浴びせれば、うさぎの刃がそこをえぐる。
「さあ悪夢は終わりだ。オレからのモーニングコールだぜッ!」
 そしてヘキサの一撃まで連なって、夢魔の薔薇――アーティファクトは蹴り砕かれた。

●夢のあとさき、
 それはまるで夢だった。
 気付けば彼らは訪れた洋館の中に佇んでいて、そこにあった夢魔伯爵は木っ端微塵に砕かれている。
 薔薇はもうそこにない。ただあるのは傷と、痛みと、現実だ。
「終わった……のか」
 終盤で食らった傷口を庇いながらアイリが呟く。体力の限界に挑戦していたようなリベリスタ達はさすがに肩で息をする有様だったが、皆生きていた。
「ああ、お疲れさん。……終わったようだな」
 隆明が応えて、心身ともに酷使した仲間たちもようやく安堵の息をついた。
「ひとまず、休息が必要だな」
 エルヴィンが言って、ふと息だけで笑う。
「今宵はいい夢が見れるといいな。――悪夢は勘弁だが、寝るのは好きだからな」

 恐怖と一言で表せば、それは容易く絶望となる。
 迫る恐怖も、絶望も、溢れてやまぬこの世界で。

 それを彼らは、力と成す。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
シナリオお疲れ様でした。
なかなかに厳しい戦いではありましたが、上手く力を合わせられたからこその成功だと思います。
熱いプレイングとご参加、ありがとうございました。