● 「おーっほっほ! さあ、わたくしを捕まえてごらんなさーい!」 地上から200mほどに滞空するヘリコプター。乗込口から垂れ下がる縄はしご。 サーチライトが張り巡らされ、光の矛先ははしごの中ほどを向いていた。 そしてそこには一つの人影。遠めに見ても分かる。華奢な少女だ。 そう、彼女こそは美少女怪盗エリザベート――本名エリザベート=アガット・ド・ハクトー。 雲散霧消、神出鬼没。嫌味な成金から財宝を掠め取る麗しき少女。 何も知らない人々から見ればその姿は正に義賊そのもののように見えた。 「ええい、奴を逃がすな! 追え、追えーッ!」 インターポールから呼び寄せられた百戦錬磨の敏腕刑事が叫ぶ。 警察連中もおおわらわ。躍起になってエリザベートを捕まえようとしている。 だがしかし、彼女には一歩及ばない。複雑に絡み合う神経は情報の伝達が遅くなるもの。 必死の彼らを上手くやり込め、エリザベートは嘲笑を投げかける。 「ふふ、愚かな人たちね! この美麗な絵画は、エリザベート・ハクトーが頂いていくわ!」 高らかな勝利宣言。彼女の方が上手であることは誰の目にも明らか。 悔しがる警官たちを見下ろしながら、高笑いを携えながら美少女怪盗は去っていった。 まるで何事もなかったかのような静寂が辺りを包む。 しばらくの後、警察官たちは反芻を始めた。 ――これで何件目だ? ――はっ、16件目であります。 ――おのれ、次こそ捕らえてみせるぞ! ――はっ、我々も全力を尽くします! 悪辣な手を使い、上流層から様々な品を盗み出す小癪な怪盗エリザベート。 刑事は盗品リストをパラパラとめくり、一連の関連性を見出そうとする。 剥製っぽいタヌキのフィギュア、小さなブラックバスの魚拓、ワインラベルのコレクション。 そして今回は金持ちの息子の落書き。豪華な額縁に入れられ、邸内に大切に飾られていた。 ふと、刑事の頭に一つの疑問が浮かんだ。 「なあ、なんでこいつはこんなガラクタばっか盗んでいくんだ?」 「……ひょっとすると、彼女は物の価値が全然分かってないのでは」 ● 「こういう事件が先日起こったの。あなたたち、この怪盗についての噂は聞いたことはある?」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)はリベリスタたちに無愛想な視線を向けた。 一同は顔を見合わせる。誰一人として名前すら聞いたことがなかった。 「……知らないんだ。今、私の中で一番ホットな人物なんだけど、ウィルソン君?」 新聞やTVでもそんな名前は聞いたことないし、リベリスタ同士の話題に上がったこともない。 そんなマイナー怪盗なんて知らなくて当然だろう。というか、ウィルソン君って誰だ。 「灰色の脳細胞を持つ私が彼女について説明してあげる。よく聞いててね、ウィルソン君」 だからウィルソン君って誰なんだ。もしかして、ワトソン君の言い間違いか何かか。 ついでに、灰色の脳細胞って……。彼女の中では推理小説がマイブームなんだろうか。 イヴは慣れた手つきでスクリーンに情報を映し出し、レーザーポインタを使って概要を説明し始める。 「今回の依頼のロケーションは三高平市内のとある富豪が所有する、とある豪邸。 海の見える一等地に立てられた、とても豪華な豪邸。大豪邸と言っても過言ではないわ」 見た目は幼くても数多くの依頼に携わってきた大ベテランである彼女。説明の手際のよさはピカ一だ。 さほど重要でないところは簡単な説明に留め、要点を強調して端的に述べていく。 「依頼の目的は彼女、美少女怪盗エリザベートを捕まえること」 イヴはポインタでスクリーンを指し示し、話を続ける。 「今回彼女が盗みの対象に選んだのは、古びたトランプ。例によって金銭的には何の価値もないわ。 これまで盗まれた他の品物と少し違うのは、所有者がこのトランプに物凄く愛着を抱いていること。 細かい説明は省くから、興味があれば手元の資料を読んでおいてね」 言い終わるなり、スクリーンはエリザベートの写真に切り替わった。輝く金髪に、オペラマスク。 「エリザベート=アガット・ド・ハクトー。長くてもっともらしい名前だけど、偽名よ。 本名は不明。年齢は17歳。とある名家の令嬢で、かなりの世間知らずらしいわ。 だから物の価値が全く分かってないの。彼女の周りには常に高級品しか置かれていないから」 彼女の窃盗行為ではほとんど損害が出ていない。これには深窓のお嬢様万歳、と言いたいところだ。 「ある日覚醒した彼女はこの力を世の中のために使いたいと思った、でも何をすればいいのか分からない。 そこで考えついたのが、一連の怪盗騒ぎ。きっと、小説や映画に登場する怪盗に憧れていたのね」 ふと思い出した様子で実は彼女フィクサードなのよ、と説明を補足するイヴ。 画面の情報が切り替わり、エリザベートの左手首から先、両膝から先のそれぞれが表示される。 それらは高度に機械化され、様々な秘密道具を隠し持っているようだった。 「まずは手。五本の各指に開錠用ピック、レーザー発振器、パテ、ピアノ線、便箋が収納されているわ。 ピックはそのまま開錠用に、レーザーはガラスを切断する時に、パテとピアノ線は細々したトリックに、 便箋は置き手紙を残す際に使っているみたいよ。いわゆる七つ道具。残念ながら五つしかないけど」 いずれも戦闘に使うような物騒なアイテムではない。実際、使用者も戦闘には使用していないようだ。 「ただ、両足には注意が必要。機械化された足はとてつもない瞬発力を誇るわ。 ふとした隙に付け込まれて、逃げられちゃうかもしれないから気を付けてね」 写真をポインタでぐるぐると囲い、注意を促しながらイヴは続ける。 「もう一つ気を付けて欲しいのが、共犯者がいること。たった一人ではあるけど、怪盗本人より手強いの」 スクリーンに紳士が映し出される。見た感じの年齢は還暦に届くかどうか、といったところ。 この紳士もフィクサードらしく、能力の詳細がちまちまと可愛らしい文字で書き添えられている。 「彼はジェラール。彼女の家に長らく仕えてきた熟練の執事。普段は穏やかでとっても誠実。 この執事はエリザベートを逃がすことだけを考えた行動を取るわ。 数人が彼を抑えておくといいかも。それで、残りの数人がエリザベートを捕らえるとか。 具体的な作戦はみんなに任せるけど、一例として」 こんなところかしら、と言いながらイヴは片付けを始めた。 プロジェクタの電源を落とし、資料を一まとめにする。 その後、いつもより少し真剣な表情でこちらに向き直った。 「大した被害も出てないし殺人も犯していないのだから、殺さないであげて」 お願い、と念を押すイヴ。少し瞳が潤んでるような、そうでもないような。そんな様子に思わず頷く。 すると、イヴは安らかな微笑みを浮かべた。普段から顔を見慣れていないと気付かないレベルだが。 「ありがとう。頑張ってきてね、ウィルソン君」 アークスに所属する者に与えられる仕事はリベリスタの性質上、血生臭いものが多い。 たまにこういう血の流れない依頼があると、彼女も少し安心するのだろうか。 まあ、窃盗事件が行われているのには違いないのだが。 彼女の優しさを垣間見た一同は、最後に一つ聞いておくことにした。 「出発前に聞かせてくれ。さっきから言っているウィルソン君ってのは誰なんだい?」 「名探偵ハーロック・ショームズの相棒だけど」 ホント誰なんだ、一体。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:オルレアン | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月08日(土)23:12 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 「どうかお願いしますよ! 信頼してますからね、あなたたちを!」 いかにも金持ち然とした風貌のこの男は、この依頼の依頼主である。 信頼しているなどと口では言ってはいるが、言動の端々からは不安が見え隠れしていた。 「その気持ち、スゲー分かるッス。いや、ホントに」 『レッツゴー!インヤンマスター』九曜 計都(BNE003026)は肩をポンと叩き、視線をある一団の方へと向ける。 視線の先では、『金は三欠くにたまる』コ ボ ルト(BNE003091)、『蒐集家』リ ザー ドマン(BNE002584)、 そして、『戦火の村に即参上』オー ク(BNE002740)の三人がたむろしていた。 「依頼人も金持ちだし怪盗も金持ちの世間知らずとくりゃあ……ケヒヒ! やる気も出るもんっスよ!」 楽しくなりそうっスね、オークの旦那! コボルトはハスキーボイスを響かせる。 「まあ、あっしは戦いには参加せンがな。痛いの嫌れぇだしよ……ブヒヒッ!」 まるで豚のような笑い声を上げるオーク。いや、豚のようにというか、豚そのものというか。 話を振られたリザードマンは、ギャーギャーと声を上げていた。 『沢山の耳を連ねてネックレス作りたいですし、こういう話をいつも逃さないオークさんには感謝一塩ですし』 ギャーギャーとしか言っていないはずなのに、何故だか発する言葉の内容が分かる。 一同と依頼人の間に流れるなんとも言えない空気。計都は再び依頼人の肩に手を乗せる。 「心中お察しするッス……でもあたしたちにお任せあれ! 奴らはこの手で必ず止めてみせるッス!」 ニッコリと笑い、グッと親指を立てて明るく依頼人の不安を払拭しようとする。 間髪いれず、『Trompe-l'oeil』歪 ぐるぐ(BNE000001)が言葉を続ける。 「彼らはぐるぐさんたちが見張っておくから安心して。悪いことは絶対にさせないから」 先日、単独で屋敷の調査に来ていたぐるぐは、依頼人の性格をバッチリ把握していた。 彼女らが励ましの言葉をかけると、依頼人は安心したようだ。 「そうですね。それでは、後は頼みましたよ」 さっきまでの不安そうな態度はどこへやら。信頼しきった様子で去っていった。 「んじゃ、そろそろ準備に取り掛かるっスかね。ケヒヒ!」 姿が見えなくなるなり、コボルトはニヤリと口元を歪める。 「……準備?」 『あかあかと燃える』滝沢 美虎(BNE003973)は純粋な瞳で、純粋な疑問を投げかける。 「そ、準備っス。お嬢さんの慌てふためく姿が目に浮かぶっスよ、ケッヒヒヒ!」 コボルトは何処からか安物の木箱を取り出し、ガラスケースの上から被せた。 更に、持ち前の錠前技能を活かしカチャリと鍵を掛ける。彼の用意した南京錠は、見るからに堅牢そうだった。 興味に駆られた美虎は錠前をちょこちょこと弄ってみる……が、ビクともしない。 「無駄っス。その南京錠はお手製の特別製で、力ずくは勿論、多少腕に覚えがあろうと開けられることはないっス。 実はこの箱、上に被せてるだけっスから、ちょっと持ち上げてやれば取れるんスけどね、ケヒヒヒッ!」 得意げに語るコボルト。美虎はうんうんと頷きながら、興味深そうに耳を傾けていた。 その一方でリザードマンはギャーギャー言っていた。 『なにやらオークさんから指示があるようなので、天井に面接着してますし。 あ、怪盗さんが来るまではお気兼ねなく無視してくれて結構ですし。下手にお話交わしたりすると怪しまれるかもしれないですし?』 天井に身を張り付け、周囲に気を張りながら告げるリザードマン。 一同はふと思った。この亜人種たちはそこまで悪い連中ではないんじゃないかと。 だがしかし、元締めっぽいオークが口を開くと、再び疑念が首をもたげた。 「金持ちの屋敷ってのはいいモンだな。こんなトコにまで上等なソファーがありやがる」 室内のソファーにどっかりと腰を下ろし、酒瓶片手にくつろいでいる。 その姿を遠めに眺める『おっ♪おっ♪お~♪』ガッツリ・モウケール(BNE003224)は、色々と推理を張り巡らせていた。 「あちきが考えるに、エリザベートは突然の停電を起こしそうな気がするお」 話を聞きながら『リベリスタ見習い』高橋 禅次郎(BNE003527)は時々相槌を打っていた。 「ゼンジーはあちきと一緒にエリザベートの逃げ道を絶つつもりかお?」 「いや、俺のやるべき事は執事の爺さんを抑える事だからな……というか、ゼンジーって?」 ガッツリは人に変なあだ名をつける癖がある。彼女は相変わらず人々を適当な愛称で呼んでいた。 ● 会話を交わしていたガッツリは何かに気付き、思わず顔を強張らせる。 「どうした、具合でも悪いのか?」 「……どうやらお出ましみたいだお」 その言葉によって一同に緊張が走る。 次の瞬間、突然ドアが開いた。 「ルームサービスはいかがかしら、ムッシュ?」 そこにいたのは淡い金髪のメイドさん。オペラマスクを着け、その奥には青い瞳を輝かせている。 「そこのご主人に頼まれて、お紅茶を持ってきましたの」 「あ、あっしかっ!?」 メイドの視線の先にはふんぞり返るオークの姿。遠めに見れば似てないことも……いや、無理があるか。 その回りくどい姿に痺れを切らした美虎は、思わず大声を張り上げた。 「やい、盗っ人! 宝が欲しかったらみとら達を倒してからにしろ!」 よくぞ言ってくれた、そう言わんがばかりの表情で一同はメイドを見つめる。 「ふふ、私の変装を見破るのはあなたたちが初めて。褒めて差し上げますわ!」 メイドはバッと衣装を脱ぎ捨てた。 ビロードのマントにシルクの燕尾服、あらわになった姿はステロタイプな怪盗そのもの。 「美少女怪盗エリザベート! 正義のためにいざ推参! ……ですわ!」 何故だか薔薇の花びらが舞っている。メイド服の内側にでも仕込んでおいたのだろうか。 「目的の品物は頂きますわよ!」 エリザベートは例の錠前に手を掛け必死にガチャガチャやっている。が、鍵は開かない。 「お嬢さん、そんな鍵も開けられないんですねぇ? オレみたいなチンピラのコソドロに技術で負けるってどんな気持ちっすか?」 冷や水を浴びせるコボルト。開錠に気を取られている隙にオペラマスクを取り上げる。 「おお、これはベッピンさんっスね……写メの撮りがいがあるってモンっスよ! ケヒヒッ!」 コボルトはエリザベートの顔写真を撮る。これは交渉材料として使えそうだ。 ふとマスクがなくなっていることに気付くエリザベート。顔を真っ赤にして必死に奪い返そうとする。 無意識に錠前を左手に握ったまま腕を持ち上げたその時、木箱が外れ、ガラスケースが剥き出しになった。 「お代次第で開閉自在のテクニックを教えて上げられるっスよ、どうですかお嬢さん……って、あーっ!?」 エリザベートは指に内蔵されたレーザーでガラスケースをくりぬき、中のトランプを取り出していた。 さらにコボルトからオペラマスクを奪い返し、素早く逃げ去る姿勢を整える。 「お嬢ちゃんンを二度と悪さのできねぇ身体にしてやれ! なるべく残酷にな!」 大声で叫ぶのはオーク。逃がすまい、とリザードマンに攻撃の指示を出した。 指示のままに天井から降り立ち、エリザベートと対峙する。 『なるほど柔らかくて美味しそうなお肉ですし? 倒れたら耳とか切り取って良いですかねぇ?』 リザードマンは怯む左足目掛けて高速で跳躍し、思い切り噛み付いた。 『コリコリしてて生きが良いのはいいんですが……ちょっと思っていたのと違うような?』 機械化した左腱のコードが一、二本千切れ、エリザベートは苦悶の表情を浮かべる。 強靭な脚力を活かしてなんとか逃げおおせ、部屋から飛び出る。それに引き続き、一同も追いかける。 「じゃ、あたしはエリザベートを追うッス!」 「みとらも続くぞ!」「ぐるぐさんも!」 計都と美虎、ぐるぐの三人はエリザベートを追うことにした。 残る数人も後に続こうとする……だが。 「じいや、後は頼みましたわよ! 例の波止場で落ち合いましょう!」 叫びながら去っていくエリザベート。 「御意にございます、お嬢様」 そして現れる紳士。彼は名をジェラールといった。 戦力が分断されてしまったリベリスタたち。だが、それは敵も同じこと。 「よお、爺さん。相当ヤるんだろ? 一寸相手してくれよ」 挑発的な態度を取り、気を煽る禅次郎。 「いいでしょう。ですが、負けるつもりなど毛頭ありませんよ」 それはこっちだって同じこと。エリザベート逃走の手助けは絶対にさせない。 彼らの間には緊迫した空気が流れていた。 ● 「エリザベート! 逮捕だー!!」 吼える計都。その様子はあたかもインターポールの敏腕刑事のようだった。 まるで銃を発砲するかのように式神を操り、逃走の妨害をする。 「くっ、鬱陶しい人たちですわね!」 邪険がるエリザベート。魔力でカードを生成し、追走する一団に向けて投げつける。 走りながらの行動なので狙いが定まるはずもなく、ただの威嚇に終わる……と思われたのだが。 「あびしっ」 とてつもない勢いで吹っ飛ぶぐるぐ。むしろ自分から飛んでいった風にも見える。 「くっ、よくもぐるぐをー!」 叫ぶ美虎。いたずらに追い続けても無駄だと判断し『秘策』を使うことにした。 「わっはっは! 美少女怪盗なんて大した名乗りをしているようだけど、物を見る目はないようだな!」 なんですって、と思わず立ち止まってしまうエリザベート。 「お前が持ってるトランプは偽者! 本物は……これだー!!」 懐からトランプの箱を取り出す美虎。天高く掲げ、勝ち誇った高笑いをあげる。 エリザベートは自分の持っているものと見比べ、困惑した表情を浮かべた。 「悪いようには致しませんわ、すぐにそれをお渡しなさい!」 「そう簡単には行かないぞ! 欲しかったらみとらを捕まえてみろー! ……あっ!」 思いっきりすっ転び、その場にトランプをぶちまけてしまった美虎。 肩を落とし、泣きそうな声を出している。だが、全て演技だし、実はトランプも偽物だ。 「ああっ、私の獲物になんてことをっ!」 当のエリザベートは至って本気。床にはいつくばり、散らばったトランプを必死に集めている。 その際、本物のトランプをポケットから落としてしまったことには気付いていない。 (アレを回収してコイツを逮捕すれば、ミッションコンプリートッスね) 安堵の表情を浮かべる計都。本物を手に取り、一応中身を確認する……が。 「「あれっ!?」」 計都と美虎は互い顔を見合わせる。エリザベートも何かに気が付いたようだった。 「あのう、ジョーカーに『ハズレ』と書かれているのですけど、これは一体……?」 「それはみとらの用意した偽物だから、分かりやすいようにと思って……」 「まあ、偽物!? だったら、そちらの本物を私に渡しなさい!」 「ああいや、どうもこっちも偽物みたいッス……」 「な、なんですってっ!?」 アハハ、と笑いながら箱から数枚を取り出す計都。どのカードにも『はずれ』と書かれている。 数瞬の後、全てを悟った様子でエリザベートは再度逃走した。 「あっ、コラ! 待つッス!」 逃げ足だけはやたら速い。あっという間に見えなくなってしまった。 「全く、美少女怪盗の面子丸潰れですわ。予告状を送りつけたにも関わらず、目的の品物が手に入らなかっただなんて」 何とか屋敷から脱出したエリザベート。 ぼやきながらジェラールの用意した車に乗り込み、さっさとこの場を後にしようとする。 ……が、エンジンがかからない。どうしたのだろう? 「その車のガソリンは抜いてあるお。いい加減、あちきたちに捕まったらどうだお?」 声の主はガッツリ。逃走経路を読んでいた彼女は真っ先に屋敷の外へと出ていたのだ。 「波止場に泊まってる船も使えなくしてあるお。まだ抵抗するつもりかお?」 うう、と唸るエリザベート。その時、片目に眼帯を付けた一つの人影がその場に降り立った。 「我が名は怪盗ぐるぐ2世。私は私の狙うモノを頂いていくよ」 はっと気付いた時、エリザベートは彼女の放つ気の糸に束縛されていた。 「まさか、偽のトランプを用意したのは……」 「さあ、なんのことかな?」 怪盗ぐるぐ2世はとぼけた素振りを見せる。 「怪盗たるもの、誰よりも自己中心的な美的観念を持たないとね。君はどう?」 エリザベートににじり寄る怪盗ぐるぐ2世。 その堂々たる様子にまごつくエリザベート。 「さて、私も獲物を頂こうか。君、キスってした事ある?」 仮面を取り、唇を重ねる。その顔は熱を帯び、高潮する。 私のファーストキス……、エリザベートは力なく呟いた。 「これで今回の狙いは奪えた。再び怪盗を名乗りたくなったら奪い返しにおいで」 左手にエリザベートの仮面を持ったまま素早く立ち去るぐるぐ2世。 「怪盗ぐるぐ2世……一体何者なんだお……」 お約束の反応を見せるガッツリ。 退散するぐるぐ2世を見送り、彼女の放った気糸が効力を失くす前に縄で縛る。 「いい加減観念するお。これ以上の抵抗は無意味だお」 ぐったりとした様子のエリザベート。 ガッツリは彼女を引っ張りつつ、屋敷に引き返すことにした。 ● 「その腕前、なかなか見所がありますよ……少年!」 「へっ、爺さん……アンタもな!」 傷だらけになりながらも激闘を繰り広げる禅次郎とジェラール。 銃剣とレイピアとがぶつかり合い、火花が散る。 「ただ言う事を聞くだけなら、使用人とか小間使いにだって出来るさ。時には主人を諌めるのも執事の仕事だろう!?」 くっ、と口元を歪めるジェラール。禅次郎はそこに僅かな隙を見出し、目線でリザードマンに合図を送る。 『あんまり気乗りはしないんですが……仕方ないですし』 天井を這い、背後へと回っていたリザードマン。脚目掛けて勢いよくかぶりつく。 数回はむはむと咀嚼した後、ぱっと顎の力を緩めた。 『やっぱり歳取っちゃうと、あんまり美味しくないですね……』 「……ぐぬぅっ!?」 あまりの激痛にへたり込むジェラール。その様子を見た禅次郎は、恐怖心を煽ってみることにした。 「こいつらはアークが誇る獣たちだ。あんたのお嬢様、何をされるか分からないぜ」 銃剣を突きつけ、出任せで少し過激に脅迫する。その脅しにオークも加担した。 「お嬢さン、そろそろ捕まってる頃合かねえ。さて、どう遊んでやるか……ブヒヒッ!」 ジェラールは険しい顔でオークたちを睨む。対してオークはニヤリと笑って見せる。 「精錬潔白な一般人様ってンなら話は別だが、あんたらはあっしらと同じ悪人。然るべき罰は受けにゃならンよなぁ」 「貴様、お嬢様に何をするつもりだっ!?」 「さあてな。だが、盗むのも殺すのも無理やり女ヤんのも、ぜーンぶ「悪い事」だぜ……ブッヒヒヒ!」 顔面蒼白になるジェラール。最悪の事態を想像してしまったのか、身体をガクガクと震わせている。 その隙に縄で縛るコボルト。恐怖に満ちた目で見つめられ、思わず萎縮する。 「オ、オレはなーんも考えてないッスよ。……さっき撮った写メ、バラ撒かれたくないでしょ? ほら、大人しくしてるッス」 廊下の奥からおーい、という計都たちの声が聞こえてきた。エリザベートを連れているようだ。 ● 計都はトランプに眠る記憶を呼び覚まし、気を伝ってエリザベートに見せる。 その記憶とは、依頼人と奥方夫人とのロマンスの日々であった。 「……これを見てどう思うッス?」 「そんな、私の目算ではこのトランプは500年ものの逸品のはず!」 「そうじゃなくて。これを盗まれた当人は、どんな気持ちになるッスかね?」 「あの、その。大事な思い出の品を奪われて、とっても悲しくなると思います……」 美虎が言葉を続ける。 「お前はせっかく目覚めたその力で盗っ人をしたかったのか?」 「私は、世のためになることをしようと……」 「大事なものを盗まれて、持ち主が悲しむ顔を見て面白いと思っているのか?」 それが世のためになると思ってるのか? 美虎の言葉に、エリザベートは頭を垂れる。 「絶対に奪っちゃいけないものも……、あるッスよ」 ごめんなさい。エリザベートはそう小さく呟き、深く反省した様子を見せていた。 「で、爺さん。アンタはなんでお嬢様に加担なんてしてたんだい?」 疑問を呈する禅次郎。 「お嬢様は幼少期より病弱でした。そのお嬢様が覚醒を機に元気になってくれたことが嬉しくて」 「それで、怪盗行為に手を貸していたってワケか?」 「……はい」 その過保護さに呆れ果て、溜息を吐く禅次郎。バカ親……もとい、バカ執事といったところか。 「全く、こういうドン底まで堕ちる覚悟もねぇ跳ねっ返りのせいでシノギがやりづらくなるンだ」 苦々しく呟くオーク。特に何か酷いことをする様子はない。案外彼は紳士的なようだった。 彼女らの身柄はアークに引き渡しておけば円滑に事が進むだろう。 逮捕にせよ厳重注意にせよ、自分たちで判断を下せるものではない。 エリザベートとジェラールの両名を連行し、リベリスタ一同はその場を後にした。 『ふー、戦闘も満喫しましたし、早速お食事しましょうか。 ……え、食べちゃダメ? なんで?』 二人を食べてしまう気満々だったリザードマンは、少々残念そうだった。 ちなみに、トランプは後日返却された。怪盗ぐるぐ2世の宛名付きで。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|