●「 」 とても静かな田舎町に、まばらに並ぶ家があって、その一番奥のぽつんとしたおうちに、女の子は住んでいました。 「お父さん、まだ帰ってこないね」 女の子とお父さんの二人暮しで、そう多くを望まずに、慎ましやかに生きていました。 「帰ってきたら、褒めて貰おうね」 女の子は毎日仕事に出て、夜遅くに帰ってくるお父さんを待つようにしていました。 帰って来たときに、頭を撫でてくれるから、そのために眠い目を擦って待っていました。 「良い子だねって、言ってもらおうね」 女の子にできる、精一杯のおめかしをして。 歳は小学生くらいでしょうか。 黒いロングドレスに、リボンを結んで、ウサギさんのぬいぐるみを胸に抱いて、三人掛けのソファに座っていました。 「そうして、いっしょにおやすみを、しようね」 幸せそうにぬいぐるみを抱きしめて、女の子は微笑みました。 女の子は、今日もお父さんの帰りを待っています。 けれど女の子は、ノーフェイスでした。 ●「 」 フォーチュナの説明を、リベリスタ達は静かに聞いていた。 語るべき内容が、それほど沢山あったわけではない。 とても田舎の町で、家と家の間隔がとても広いどこまでも静かな土地であることや、『お父さん』の帰りが夜遅くであることや、女の子は家にドアにも窓にも鍵をかけずに過ごしていること。繰り返してみても、さほど複雑な話ではなかった。 他に述べられたことと言えば、ノーフェイスの進行がまだ1段階目であることや、大した戦闘力を有していないこと。彼女を庇うような人間が、そばには誰もいないこと。 言ってみれば、あなたにとってこれほど簡単な依頼はない。 フォーチュナが言ったことも、要件も、たった一言に集約されるのだ。 『ノーフェイスを殺してください』 ただ、それだけの話なのだ。 あなたにとって、それだけのことだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年08月29日(水)22:03 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●死を想えるあなたであれば 子供を殺せばいいのだという。 それで世界がひとつ救われるのだと。 だから彼らは今、田舎道を歩いているのだと。 「仕事を、しなくちゃならねえ。リベリスタとして当然の仕事をよ」 『ヤクザの用心棒』藤倉 隆明(BNE003933)はゆっくりとガスマスクを顔にはめた。 蟲の鳴る、田甫に挟まれた道の上。雑草の潰れた土道に、靴底を僅かに沈ませる。 「けどせめて最後はよ、楽しく、安らかにってのは……」 「誰でも思うことだ。もしかしたら、皆思ってるかもしれない」 隆明の肩を叩いて、『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)が目を瞑る。 「役目とは言え、仕方ないで済まされることじゃないんだ。世界の為とは言え、罪のない少女を殺してそんなことを言っちゃいけない」 瞼が開く。 「でも、やるしかないんだ」 「ええ……やらなければならない」 元々開けた土地だ。目的の家も随分とよく見えた。 『Save The World』アルフレッド・ナイツ(BNE004007)は遠目に光の燈る古家を仰いだ。 『ピジョンブラッド』ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)が手を翳す。 「似たようなケースは沢山見て来たけど、慣れないね。よくあること、なんだけどさ」 「そんな言い方しないで下さい」 「……ごめん」 額に指をやるロアン。 「できるだけ、あの子が苦しまないようにしてあげよう」 「そうだね」 竜一の言を継いで、『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)は首を傾けた。 前日、辻褄合わせやプロフィールの洗い出しをアークに要請しようとした所を、山川 夏海(BNE002852)にそっと止められていた。 『アークにやってもらう』は責任を投げるようなものだ。もし辻褄合わせとして父親や親族を洗脳・殺傷しても取り返しはつかない。最悪、少女を殺して帰る程度のことですら投げてしまえるのだ。自分でやらなければ意味はない。 彼等の足は止まることなく、一件の家に向かって進んで行く。 さながら死神の列のように。 先をゆく『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)と『必要悪』ヤマ・ヤガ(BNE003943)が、視線を合わさずに呟き合った。 「この依頼なら、ヤマ(私)一人でも良かったんだぞ」 「そう言うな同志ヤガ。志は一人で持てるものではないだろう。そういう生き方をしたんじゃないのか」 「現代日本は没個性を嫌うと聞いたが? 民主主義と個性教育か」 「フン」 ベルカはライフルを肩に担ぐように持ち、機械のように歩く。 対してヤマは、足音も立てずにゆったりと歩いていた。 「実に我々にそぐわない言葉じゃないか」 「その通りだの。さ――」 二人の目が、すぅと細く、海底の砂のように暗く冷たいものに変わった。 「世界のために子供を殺そう」 ●終わりを知ることが許されるなら 三人掛けのソファに深く腰掛けて、少女は目を擦っていた。 ぬいぐるみを胸に抱き、窓の外をぼうっと見つめていた。 一般的なガラスの引き戸で、父親が返ってくるであろう道を窓から見ることができた。 うとうとと目を細める。一度目を瞑って、首を振る。 もう一度目を開けて、少女は目を丸くした。 ガラス戸の前に二匹のモルモットが……いや、二体のキグルミが立っていたのだ。 戸を叩いて、入れて欲しいというジェスチャーをしていた。 二匹の間を割るように、ベルカが顔を出して言う。 「やあ、こんにちは。私達はお父さんの友達だ」 リビング。 テーブルを囲んで、二体のキグルミが向かい合って座っていた。 位置的には、少女のソファを挟むような位置である。 「お父さんに『おやすみ』をしてもらうんだよな? でもお父さんはどうしても帰れないんだ。だから私達が頼まれて、代わりに来たんだよ」 少女は暫し瞬きをしたあと、ウサギのぬいぐるみを抱えたまま頷いた。 「お父さんを、迎えに行っちゃだめ?」 「……それは、難しいかな。とても忙しい筈だから」 「うん」 少女はまたも素直に頷く。 小学生で言えば二年生か三年生といった所だろうか。子供の頭で複雑なことを考えられなかったのかもしれない。キグルミの中に入った竜一はそう思うことにした。 同じくキグルミに入った隆明が滑稽な様子で両手を振る。 慌てて竜一も腕を振って見せた。 「彼等はモル一くんとモル明くんだ。サービスの一環だと思ってくれ」 「…………」 「…………」 キグルミの視界フィルターから顔を見合わせる竜一と隆明。 「さ、一緒に遊ぼう。お菓子作りの準備をしているから、それまでトランプでもしようか」 キグルミと少女がぎこちなく神経衰弱を始める。 少女は思ったより物を喋らず、とても静かな時間が過ぎた。 聞こえるのは蟲の声と、子供相手をする少し高いベルカの声と、トランプカードの捲れる音ばかりだった。 そこへウェスティアが入ってきて、トランプ遊びに付き合い始める。 「ね、そのドレス。よく似合ってるね」 「…………」 少女は小さく頷く。 随分と人見知りをする子なのだろうか。ウェスティアはあえて調子を維持して話を続ける。 「こういう服って、似合うの探すの結構大変なんだよね。お父さんのプレゼントなのかな?」 「…………」 少女はまた、小さく頷いた。 「そっか、きっと一生懸命探したんじゃないかな」 「…………」 また、小さく頷く。 リアクションの少ない子供だ。知らない人に囲まれれば、こういう風になるものなのかもしれない。 ウェスティアは距離を縮めようと思って、少女の横へ移動した。 「ね、お父さん好き?」 「……うん」 「そっか」 手を翳して、頭を撫でてあげる。 少女がびくりと背を震わせたのは、きっと知らない人に撫でられたからだろう。 そう思って、ウェスティアは微笑んだ。 作り笑いと微笑みの中間にあるような顔で、ベルカが少女へ囁きかける。 「君はいいこだ。私達の『おやすみ』では足りないだろうけど、きっとお父さんは褒めてくれるよ。また、遊ぼうな」 「…………」 少女は、小さく頷いた。 少女とキグルミたちは楽しく遊んだ。そう言っていいだろうか。 何をどう手こずったものか、ヤマとロアンが頭に白玉粉をつけてやってきた。 「準備ができたよ。遊んだあとはお菓子作りなんてどうかな。白玉パフェだよ」 「…………」 少女は顔を上げ、銀色のボウルを抱えたロアンを見やった。 ロアンはにこやかに少女を見下ろしている。 「上手につくって、お父さんを驚かせようね。それで、一緒に食べるんだ」 テーブルの上を片付けると、ラップを敷いて、粉や水を用意して、ロアンが器用に白玉の形を整え始めた。 「ほら、やってごらん」 「……」 少女はじっと粉を見つめた後、小さな手を粉の中へ沈めた。 探るように手を巡らせた後、少しばかり取り上げて水と混ぜて捏ね始める。 「ヤマさん、ほら一緒に」 「う、うん!」 いつもの彼女とは大きく違った反応に一瞬面食らったロアンだが、少女の警戒を解くために演技をしているのだと気付いて合わせることにした。 「白玉作ったことはある?」 「ないかな。うまくできなくて……うーん……」 ぐねぐねと粉を捏ねては潰していくヤマ。水を付け過ぎてゆるくなった団子を捏ね直してあげながら、ロアンは少女の横顔を盗み見ようとした。 少女は、ロアンの目を見ていた。 手は止まっている。 「どうしたの?」 「ううん」 小さく首を振って白玉作りを再開する少女。 ヤマはその顔を視界の端に見て、目の奥をほんの僅かに暗くした。 とても楽しい時間を作れたと思う。 ベルカやウェスティアたちと一緒に粉をこねたり、生クリームを混ぜたり、用意したパフェ用のガラス容器に盛り付けたり。それをキグルミたちが滑稽な身振りではやしたり。 まるで誕生日パーティのような時間が、賑やかに、そしてゆっくりと過ぎていく。 「ほら、完成だよ。上手にできたね」 出来上がったパフェをまず一人分置いて、ロアンは少女の前に置いてやる。 ヤマはじっと座ったまま、その様子を眺めていた。 「食べて。一番頑張ったのはキミだからね」 「…………うん」 少女はスプーンをとって、白玉とクリームをどこかぎこちなくすくうと、ヤマの方へと突き出した。 ヤマの瞳孔が余人には全く分からない程度に開いて、固まる。 「くれるの? いいの?」 「……」 少女は頷く。 ヤマは少女のように微笑んで、スプーンの上にのった白玉とクリームを一口で食べてあげた。よく噛んで、飲込んで、『おいしい』と言って口を開いてやった。 「ありがとう。でも自分のぶんもあるから、もういいよ」 「うん」 頷いてスプーンを救う少女。 ベルカはにっこりと微笑んで、薄目の奥でヤマを見た。 ヤマは、幼い少女そのもののように笑っていた。 「『みんなでたべよう』ね、ベルカおねえちゃん?」 「……ああ、そうだな。『みんなでたべよう』」 皆で手を合わせて、自分たちで作ったお菓子を食べる。 よい時間だったと思う。最後の晩餐のようになってしまったけれど、できるだけ楽しい時間をあげられたと思う。 少女が瞬きをする機会が増えてきたので、眠くなったのだと思ってソファに座らせてやった。 「もう、眠りましょうか。お嬢さん」 アルフレッドは少女の傍に腰掛けて、タオルケットをかけてやった。 「お話でもしましょう。そうですね、ええと……」 タオルケットの上からゆるやかに身体を叩いてやりながら、アルフレッドは目を伏せる。 「騎士のお話を、しましょう」 ここではない場所の、今ではない時代に、ひとりの騎士がいました。 悪いものから人々を守る、ヒーローのような人でした。 騎士は人々を守ることを生甲斐としていました。 自分の手で誰かを守り。 自分の手で笑顔を見られることが好きでした。 時には辛い事や、苦しいこと、悲しいこともありました。 それでも誰かを救えるならと、騎士は戦いました。 「お嬢さん。いえ、小さな姫君。私もひとりの騎士となりたい。あなたのような子供を守れるような、騎士に」 気付けば少女は目を閉じ、ゆっくりと安らかな息をしていた。 眠っているのだろう。 アルフレッドはそう察して。 手を下し。 振り返り。 表情を消した。 「あとを、お願いします」 ●選択は自分でできる 結論を言う。 少女は死んだ。 心臓をよおくよおく狙って、一発で止められるようにした。 ギャロッププレイで気絶させられないかという提案もあったが、押さえつけて抵抗を防ぐ以外の効果は見込めないとして、結局の所複数人で一斉に殺すことを選んだ。 うまくできていたかは分からないが、少女は死んだ。 それが事実で、現実だった。 竜一はキグルミをしまって、部屋やキッチンを片付け始めた。 場合によっては首や頭蓋骨を破壊して高所落下に見せかける方法も考えたが、安らかそうな遺体をこれ以上傷付ける必要はないだろうと、ソファの上に寝かせたままにしたのだった。 「親御さんが返ってくる前に撤収しないとな」 「お父さん、か」 粗方作業を終え、ウェスティアはAFを閉じた。 「フィクサードもノーフェイスも沢山沢山殺してきたんだし、今更なことだよ。神秘の露見と脅威を防ぐのがアークで、そのためのリベリスタなんだから」 「ま、そうだな」 家から出る時に振り返り、動かなくなった少女の横顔を見た。 隆明が彼女の肩を押す。 「運命ってやつは意地が悪いよな。あの子は運が悪かったんだ」 「次の生を受けた時に、こんな最後にならないような人生になるといいね」 空を見上げる隆明。 「転生なんて信じてんのか」 「分かんないけどさ」 「でも、こういう時ばっかりは何かに縋りたくなるよね。分かるよ」 ロアンが横に並んで、額を指でなぞった。 「哀れな親子にどうか救いを」 空は、綺麗で素敵で、陰鬱だった。 夜道を歩く。 蟲の鳴る田舎道はとうに過ぎ、街中へ出た。 乗用車が通り過ぎ、ライトの影が後ろから前へと延びていく。 振り返ることなく、ヤマとベルカは並んで歩いていた。 「いつから気づいていたんだ」 「……何のことかの」 前だけを見つめるヤマの襟を、ベルカは乱暴に掴んだ。 「『みんなでたべようね』か。その通りだな。もし、もし――」 足を止め、ヤマを見下ろす。彼女が浮かべていた少女のような顔は既に消えていた。 「不自然な我々に警戒した少女が隙を見て逃げ出したら、全員で追いかけて殺すしかなくなるものな!」 「事実だろう?」 「そうだとも」 手を離し、再び歩き出すベルカ。 ヤマは人間らしからぬ目でその背中を見た。 「昔子供を殺したことがある。騙してな」 「……」 「亡命者の見せしめだ。だから、できるだけ分かりやすく死んでいるべきだった。同年代の子供のふりをして連れ出すんだ。景色のいい場所があるから見に行こうと言って」 いつの間にか、ヤマはベルカの前にいた。 振り向かずに言う。 「幼い子供だ。でも分かるんだろうな。不自然だから」 「……」 「でも抵抗する術はない。大人しく従って、隙を見て逃げる者もいる。そう言う時のためにバックアップをつけて、ちゃんと殺して崖から捨てる。仕事は確実にやらないといかんからの。今回も、同じことだ」 「同じなものか」 ベルカは吐き捨てるように言った。 「私の意思で殺したんだ。アークの規定する崩界阻止のための戦いだ」 「そうだな。世界の為だな」 「……ッ!」 ベルカは路上のドラム缶を蹴飛ばして、大きくゆがませる。 「何が、『また遊ぼう』だ……くそっ!」 アルフレッドは世闇の中、一人立っていた。 腕からは一筋の血が流れ、剣の刃に付着している。 「なんて、自己満足だ……」 彼の表情は世闇にまぎれて分からなかった。 滴る雫がどんな色なのかも。 闇の先になにがあるのかも。 なにもかも。 分からなかった。 分からなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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