「歌垣を知ってますか?」 問いかける体を取りながら、答えを待つ事無く『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は言葉を続けた。 「昔々の行事なんです。決められた日時に若い男女が集まって、求愛の歌を掛け合う。万葉集なんかにもある、古代日本の風習のひとつなんですよ」 歌と言っても、現代的なJPOP等ではない。詩歌に置ける五七調や七五調などを守った和歌のことだ。 ちょっとそれにあやかってみませんか、と和泉は歳相応の少女らしさを滲ませて提案した。 「集まって、意中の相手や歌を贈りたい相手に、それぞれ歌を詠むんです。 内容は何でも構いません。告白、求婚、ずっと言えないで来た何か。 そういう気持ちを五・七・五に当てはめて、伝えるんですよ」 この行事、そもそもは求婚の場という性格が強い。若い男女が一堂に会し、見初めた相手に歌で求婚し、相手はそれに断りか承諾かの歌を返す。もし一人を二人以上が取り合うようなことがあれば、歌を競わせて、返歌を貰った者が勝ちとなり、その一人を伴侶とする。 「だから昔は、ここで読む歌がどれだけ上手いか……どれだけ相手の心に響くか。それがとても重要だったんです。即興でやらなければならなかったし」 色々と約束事や地方によっての違いはあったようだが、今回は難しく考えなくて良いんですと和泉は人差し指を立てた。 「季語も枕詞もいりません。ただ伝えたい事を五・七・五で言うだけなんですよ。……普段面と向かって言えない事も、歌なら言えるかもしれないじゃありませんか」 友人でも、恋人でも、家族でも。 いざ言おうと思うと、喉で言葉が止まってしまう。そんな言葉を歌にする。 「ただ、気をつけてください。歌垣に参加した人は全て、平等に誘い誘われて良いということになります。 恋人同士で参加するなら、もしかしたら自分の恋人が誰かに口説かれるかもしれない。 反対に言うなら、恋人がいようが何だろうが、気にせず意中の人に愛を歌える。 勿論答えは相手次第です。歌垣では勝敗は全て歌で決まります」 暴力や暴言なんて、風流に欠けますからね、と和泉は念を押す。 ただ、無事歌を交し合ってペアになれたなら、そっと離れて二人の時間を楽しんでも構わない。 「時刻は夜。星が綺麗な広い丘で、キャンプファイヤーを囲って集います。 屋台に軽食や飲み物、お酒なんかも準備しておきますから、どうか楽しんで」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:野茂野 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年08月27日(月)22:58 |
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■メイン参加者 11人■ | |||||
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● ぱちりぱちりと薪たちが火を成す。上りきった十六夜月がそれを見下ろす丘には今宵、賑わいがあった。 その昔に行われていた祭り。その場限りは誰もが立場やしがらみから抜け出して、素直な心のままに歌を詠み詠み返す。 時を経て経て、ほんの少しその形を借りた祭りが、この夏の夜に行われていた。 快は浴衣を身に付けて、賑やかな屋台通りをゆるりと歩いていた。折角だからと着て来た浴衣だが、自ら営んでいる新田酒店の前掛けが付けられてしまっている。しかし浴衣を台無しにするかと言えばそうでもなく、浴衣共々、よく彼に似合っているのが不思議な程でだった。 彼は自前の酒を入れたクーラボックスを片手に、飲み相手を探していた。 そこでふと目に留まったのは、キャンプファイヤーの火に照らされて尚華やかに見える金髪だった。 店の馴染みでもあるエレオノーラに間違いはなく、エレオノーラもまた浴衣を身に付けていた。 「やあ、こんばんは」 快が声をかけると、エレオノーラは綺麗に笑んだ。 「あら、こんばんは。良い夜ね」 そうだね、と応じて、快は一呼吸置いてからまた口を開く。 「夕涼み さらりと流れ 夏の吟」 今夜の趣旨に沿った夏らしいその歌で、酒の席にエレオノーラを誘う。クーラーボックスにはよく冷えた酒が入っていた。 それを受けて、笑んだまま考えてしばし間を置いたエレオノーラが歌を返す。 「水鳥と 星を肴に 吟う夏」 今夜の星空を組んだ承諾の返歌だ。エレオノーラがお酒の誘いを断る程あたしも堕ちちゃいないわ、と笑う。 それなら早速、と快は用意して来た『純米吟醸夏酒 箱舟』とお猪口二つを取り出して、一つを渡す。お互いに杯に酒を満たせば、乾杯だ。 賑わう祭りの最中での乾杯も乙なもので、二人はゆっくりと酒を味わう。 「日本にはとても素敵な風習があるのね」 「そうだね。……酒の肴に、茶豆でもいるかい?」 「あら、ありがとう」 用意がいいのね、と豆を摘めば、ゆっくり酒を煽る。 「茶豆とは、相性が良いと思うよ。夏の暑さに合うように、さらりと軽い口当たりと、キレの良い辛口に作られているんだ」 快は酒の話をしながら空を仰いで、軽く笑った。 「……一番の肴は、夏の夜空かな」 「そうかもしれないわね」 「いらっしゃい! 何にする?」 酒を交し合う二人がいる傍らの屋台で、凪沙は得意とするところの料理を提供していた。 自らも歌垣への参加者ではあるのだが、これも楽しみ方のひとつだ。 串焼きやカキ氷を良い手際で用意しては渡し、明るい笑顔を振りまく。客の波が引いて、一息入れようかと凪沙はかき氷片手に屋台を出た。汗ばんだ肌に夜風が心地良い。 しゃくりとカキ氷を口の中で溶かしながら、凪沙はふと考える。 歌を詠み合う祭。今詠むとすれば、 「かき氷 夏と一緒に 去ってゆき」 あたしに用意できる句なんてこんなもんだね、と笑う。だがそれに思いがけず返事が返った。 「良い歌じゃないか。若者らしいね」 笑ってそう言ったのは富子だった。 富子は凪沙の傍らで足を止めると、そうだねぇと呟く。 「歌でも詠んでみるのもいいよねぇ」 折角だから、聞いてくれないか、と微笑んで、富子は温かみのある声音で歌を詠む。 「――わかものや いきいそぐなかれ ねぇ?はなこ」 意味するところを語るまでもない。自分を大切にして欲しい。命を惜しみ、残される者を惜しんで欲しいと思うのだ。 何があっても守りたいものを優先したい気持ちは痛いほどわかる。それでも、生き残された者達が背負う痛みも、思ってやって欲しいと願わずにはいられない。 歳を重ねたからこそ、富子はそう思うのだ。 歌を静かに聴き終えた凪沙は、歌を胸に仕舞うような間を置いてからに、と笑って見せた。 「良ければ、あたしと一緒に飲み食いしない? ソフトドリンク全種制覇とか、目指してみようかなと思ってるんだ」 時間はあるよ、まだまだ。 少女は笑って屋台通りを駆け出す。それにつられるようにして、富子も微笑んだ。 「そうだねぇ。……無茶した飲み方、するんじゃないよ?」 ● 屋台通りとは反対側に位置した広場には、また屋台通りとは違った落ち着いた賑わいがあった。 十六夜月が包み込んだ、ゆっくりとした時間がそこにある。 その中で、義衛郎と嶺は並んで佇んでいた。揃って夏着物を身に付けた二人は似合いの組み合わせで、浴衣とはまた違った趣がある。義衛郎は深川鼠色の着物で、嶺に着付けをしてもらったものだった。鼠色に薄い青がかったその色はよく彼を引き立てる。嶺は薄紫の絽の夏着物だ。軽く風通しの良い生地だが、上品な色合いのそれは、嶺の黒髪によく映えた。 「着付けって、コツさえ掴めば簡単なのですけどねえ」 くすくすと笑いながら話を弾ませつつ、嶺は義衛郎に贈る歌を思案していた。せめて五七五、七七、まであればやりやすいかもしれないが、今夜は十七文字に想いを込めなければならない。 「ちょっと、自信がありませんけども」 悩んだ末、そう前置いて、嶺は歌を詠む。 「羽休め 鶴の巣来ませ 黒鴉」 それは義衛郎を呼ばう歌に違いない。 義衛郎は柔らかい表情で歌を聞いて、返歌を考え出す。 十七文字か、と義衛郎は眉間に皺を寄せた。たったそれだけの文字に思いを込めるのは難しい。それが、伝えたいことが数多い相手ならば尚更のことだ。 しばらく悩み倒して、ふと義衛郎は自分に頷いた。 「うん、これでいこう。拙い限りですが」 「須賀さん、返事、聞かせてくれますか?」 頷いて、彼は歌を返す。 「草深き 途を照らせり 銀の月」 意味するところは今は内緒、と言う言葉も聞きながら、嶺は歌の意味を考えた。内緒と言われると、つい探りたくなるのは人の性だ。 そうでなくとも、照れ臭いからと言うのが内緒の理由では、気にもなってしまう。 「……ん? ええい、顔を覗き込むな。変な顔しちゃってるから」 嶺はすいと近寄ると義衛郎を覗き込んでいた。そして誤魔化すようにお猪口を渡して来た義衛郎に思わず笑ってしまう。 変な顔と言うが、良いものを見た気分だ。 「うふふ、乾杯?」 「……はい、乾杯」 調子を整えるように咳払いをしてから、杯を合わせる。 月は丸く明るく、ふわりと照らす。 良い夜だと言い合って、二人は微笑を交わした。 月は隔てなく夜闇を明かす。その中に、じっと睨み合っているようにも見詰め合っているようにも見える変わった恋人たちがいた。 竜一がじっとユーヌを見詰める。ユーヌも竜一を見詰める。考える。どちらも相手に贈る歌に思案を巡らせていた。 ユーヌは首を傾げて身を乗り出す。その先にある竜一の漆黒の瞳に、思案の答えがある気がした。 彼の瞳に自らの姿が写る。自らと向き合うように、自問と自答を繰り返す。 求めている。求められている。誘いたくて――奪いたくはない。 竜一に求められる存在でありたいのだ。 そこまで思いが巡れば、持ってきていた紙と筆を取った。そして歌を書き付ける。 『松木とて 雲を求めて 伸びゆかば』 受身で待つ気の私でも、あなたを求めて手を伸ばしている。 そんな歌を、竜一に手渡した。 竜一は嬉しそうにそれを受け取ったものの、すぐに返歌を悩み出す。そうして考える様は、精悍で格好良いとしか言い様がない。 悩む恋人の姿を眺めながら、ユーヌは急かすでもなくゆるりと茶に手を伸ばしていた。 「――雲海に、包まれ愛でる、一の松」 松の木をただ一本、包み込んで愛でる。それは見ようによっては松に雲海が支えるようであり、また、雲海が松を離さぬようである。 悩み抜いて、竜一が詠んだのはそんな歌だった。 ずっとそばにいたい。ずっとそばにいる。思いを込めて、込め合って、歌の交換は成立した。 ユーヌが頷く。 歌が受け取ってもらえたのを見て取って、竜一は表情を緩めてその細い肩を引き寄せた。擦り寄るように身を寄せて、ぎゅうと抱きしめて、触れて伝えられる精一杯の気持ちを込める。 抵抗もなく身を任せてくれたユーヌに頬擦りをして、恋人たちは一時をあたたかな想いで埋め尽くし――、 「包んで離さないよ!愛でるよ!ちゅっちゅぺろぺろ!うひょお可愛い!」 一言で崩壊した。 しかし雰囲気も何もなくこれが限りないいつも通りの彼である。織り込み済みのユーヌは動揺もせず拒みもせずに受け止めるだけだ。 「はっ!?しまった!歌会なので、クールにいかねば!」 「クールも何も……竜一にそんなもの欠片も無いだろうに」 「えっ」 恋人たちの夜は更ける。 夏の夜の夢を見せるが如く柔らかな光を放ち続ける月まで、飛べるだろうか。 不意に過ぎったそんな考えに軽く笑って、亘は背中の翼を広げる。 恋人たちの邪魔などという野暮なことはするまい。だが誰か、歌を聴いてくれる人はいないだろうか。 ひとつ、あたためた歌を胸に、亘は月光の下を行く。そこでふと、目に留まった一人がいた。歳も近く見える見知らぬ少女だ。同じリベリスタなのだろう、小さめの翼がぱたぱたと揺れる。祭りの場には不慣れなのか、きょろきょろと辺りを見渡しては、少し心細げに歩き出す。 その様子を見て、亘はくすりと笑った。そして地面を軽く蹴って、身は宙に軽く浮き上がる。 「――しあわせの かけらあつめて とどけます」 ふわりと少女の前まで飛べば、ゆっくりと歌を紡いだ。 自分は、皆に幸せになってもらいたい。そのためならいつでもどこでも、今貴方に幸せを。 まるで幸せの青い鳥の如く、すとりと降りれば、少し照れ臭い。笑って見せると、少女は驚いた顔をしていたが、やがてその表情を柔らかく綻ばせた。 「いましかと とどいたのです しあわせが」 ありがとう、と亘へ向けて返歌と共に、幸せそうに少女は笑った。 ● 「いとおしい 貴方の笑顔を 守りたい」 どうか貴方が笑顔であるように。貴方が笑う限り、私も笑顔でいられる――そんな歌をリリは贈った。 そしてその歌には、彼女が守りたいと言ったその笑顔と共に返歌が返される。 「守りたい 笑顔がふたつ 理想郷」 どうやらリリ殿の笑顔を守るには拙者の笑顔も守らなければいけないらしいでござる、と腕鍛は歌を返して、歌の交換は成った。 そして二人は、そっと会場を後にする。 賑わう会場を抜ければ、夏虫たちの声を聞くことができる静かな場所に辿り着く。 完全な二人きりになったところで、二人はゆっくりと腰を下ろした。 「……お怪我はもう大丈夫ですか?」 リリが訊ねると、うむ、と腕鍛は頷いた。 「大丈夫でござるよ。拙者がリリ殿を残して死ぬはずがないでござるからな」 答えに、リリは心底安心したように息をついた。そして柔らかく微笑む。 「生きていて下さって本当に良かったです……貴方に先立たれていたら、私は……」 想像もしたくはない。そこで言葉を詰めて、リリは両の手を胸で組み合わせる。 「いつも守って下さって有難うございます。貴方が傍に居て下さるから、私も少しずつ強くなれる気がします」 まだ遠い理想。いつか貴方を守れるように。その願いを持って、リリはこれからも戦い続ける。腕鍛の笑顔を見ていられるように、それは祈りにも似た気持ちだ。 「ふむ。……しかし、拙者の目の黒いうちはリリ殿は死なせないでござるよ」 にはは、と笑って腕鍛は断言する。夜の中でも真っ直ぐにリリを見詰めて、腕鍛は笑う。 「リリ殿も、拙者の笑顔を守りたいのなら自分の笑顔しっかり守ってほしいでござる」 「……はい。お互いに、笑顔で」 柔らかい笑顔で応じれば、では、と腕鍛は言葉を続ける。 「拙者からも一つ、歌を贈らせてもらうでござる」 ――鈴虫が 凛々々 と鳴くは いつごろか 歌が改めて贈られるとは思っていなかったリリはきょとりと目を瞬かせたが、嬉しげに笑った。 「歌を詠むのもお上手なのですね。私の名前とかけて頂いて……」 意味は、わかったようなわからないようなですが、と申し訳なさそうにしたが、腕鍛に気にした様子はなかった。 にははは、と笑って見せて、自分にもリリにも言うように首を傾げる。 「しかし、拙者たちには春が来たばかり……まだまだ先でござろうな」 まだまだ先、とリリは呟く。そして意味を掴み切ることはできずとも、真っ直ぐに素直な心を返した。 「――先の事は分かりませんが、出来るならずっとお傍に」 素直な言葉は、素直な感情を生む。 楽しみも、幸せも、ことばひとつで訪れる。 歌垣の夜は、そうして言葉で満たされた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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