下記よりログインしてください。
ログインID(メールアドレス)

パスワード
















リンクについて
二次創作/画像・文章の
二次使用について
BNE利用規約
課金利用規約
お問い合わせ

ツイッターでも情報公開中です。
follow Chocolop_PBW at http://twitter.com






沈んで溺れて、息を止めて


 すごいね、と笑ってくれた気配がした。
 お前の見た夢は外れないね、と。優しく頭を撫でられた気がした。

 変えられないものを視るのは辛いだろう。
 時に残酷で不条理で、陰惨なものを見続けるのは辛いだろう。
 目を瞑っても無駄。耳を塞いで心を閉じても無駄。
 ねえ、とっても辛いだろう? そんな、声が、した。

 辛いなら、止めても良いんだよ。
 辛いなら、逃げても良いんだよ。
 ずうっと此処に居たら良い。俺とお前の二人だけだよ。怖い事なんて、ひとつも無いよ。
 ほら、もう一歩。早く此処に――

 ――また、同じ夢を見た。
 跳ね起きて、一息。フォーチュナは張り付いた髪を掻き上げた。
 もう、うんざりだ。
 もうありもしないものも。ぬるま湯の様な甘言も。繰り返し繰り返し。一度魅入られれば離れられないとでも言うのだろうか。
 外は、明るかった。
 ほら早く、と。もう二度と聞けない筈の声が、まだ、聞こえる気が、した。


「……今日の『運命』。って言うか、大事になる前に始末をお願いする話ね、今回の場合」
 疲れの滲む顔。手元の端末に視線を落として、『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は淡々と話を始めた。
「アーティファクトを、壊して欲しい。識別名『溶けぬ微睡み』。見た目は透き通った水の入った小瓶。でもまぁ、並大抵の攻撃じゃ割れない。
 これ、なんかちょっと特殊なアーティファクトみたいでね。……自立型、とまでは行かないんだけど、ある程度一貫した目的の下、動いてんのよ」
 力の貯蓄。端的に言ってしまえばそれで済むのだが。
 微かに言い淀んで。フォーチュナは溜息と共に、再度口を開いた。
「……革醒者を、養分にしてるの。取り込んで、その力を溜め続ける。これはそういうモノ。まぁ、当然世界には悪影響だし……もし、フィクサードの手に落ちたら、どうなるかなんて分かるでしょ?
 だから、始末して貰う。……攻撃をしてくる『敵』は居ない。邪魔も入らないでしょう。一般人への影響も無い。表向き、凄く簡単な内容ね。
 ――でも、『敵』は存在するわ。強いて言うなら、……あんたらの、心や記憶の中に」
 どう言う事だ、と尋ねる声。寝不足なのだろうか、少しだけ青い顔が、リベリスタを見渡す。
「大事な人は居る? それとも居た、かしら。……形なんてなんだって良い。親友でも恋人でも、家族でも。……あんたらに大切な何かが一度でも存在したなら、それが『敵』。
 攻撃なんてして来ないわ。酷い言葉を投げかけても来ない。ただ、只管に甘いの。優しくて、あんたらの望む言葉を紡いでくれる。抱き締めてくれるかもしれないし、叱ってくれるかもしれない。
 ずっと一緒に居よう、って言うの。辛い事は全て投げて。此処に二人きりで、ずっと一緒に、って。……まあ、あんたらが同じかは分からないけど」
 視線が、落ちる。纏めた資料を見詰めて。
 軽い音と共にそれをリベリスタに差し出したフォーチュナは、緩やかに首を振る。
「まぁ、要するに強烈な幻覚作用を持ってんのよ。序でに、一度魅入られれば、壊すまでずうっとそれが追ってくる。
 予知しただけのあたしがこれだけ参ってるんだから、現場で相対するあんたらは相当大変かもね。……本物にしか、見えないと思う。触れるだろうし。
 ……嗚呼、それでね。幻覚から脱出する方法って、ふたつしかないの」
 立ち上がる。目線はもう、合わせなかった。
「――『敵』を殺す事。もしくは、幻覚から目覚める事が出来た人間が、アーティファクトを壊す事。あたしは手伝えない。あんたらに、任せ切りで、申し訳無いと思ってる。……じゃ、後宜しく」
 戦えないって、こう言う時ずるいのね。そんな一言と共に、その背がブリーフィングルームの外に消えた。
 
 


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:麻子  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年08月28日(火)22:55
力一杯心情して見ましょう。
お世話になっております。麻子です。
以下詳細。

●成功条件
『溶けぬ微睡み』の破壊

●場所
どこかの空き地です。
時間は夜。ほかの事は一切気にしないで良いです。

●アーティファクト『溶けぬ微睡み』
水の入った小瓶型アーティファクト。
この小瓶を中心に半径10mに入れば、幻覚に落ちます。
(リプレイ描写は落ちた後からです)
現れるのは、『貴方の大切な誰か』です。
幻覚から脱出する為には『大切な誰か』を殺さなければなりません。
また、アーティファクトを壊す為には、幻覚を脱したリベリスタが半数は居なくてはなりません。
アーティファクトを壊せば、幻覚も消えます

加えて。
脱出が不可能である場合は、『フェイトを-2消費する(戦闘不能になる)』事で幻覚から目覚める事が出来ます。該当者は、アーティファクトを壊す事が出来ません。
アーティファクトを破壊しなければ依頼は失敗です。

●特殊条件
今回のプレイングでは
『大切な誰か』と『貴方の望む甘い言葉』、そして『その二つを如何するのか(対抗プレイング)』この3つを明記して下さい。
それを元に、判定します。対抗するしないはご自由に。
無いと、描写が極端に減ると思われます。
ステータスシートもきっちり見ます。判定に影響は出ませんが、何かあればどうぞ。

『大切な誰か』に関してはご自由に。特に制限は御座いません。過去の人でもPCでもNPCでも。
但し、麻子的に如何なんだろう? と言うものはマスタリングします。ご了承を。


以上です。
もしご縁ありましたら、宜しくお願い致します。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
★MVP
デュランダル
梶・リュクターン・五月(BNE000267)
マグメイガス
二階堂 杏子(BNE000447)
クロスイージス
ヘクス・ピヨン(BNE002689)
スターサジタリー
アイリ・クレンス(BNE003000)
ナイトクリーク
椎名 影時(BNE003088)
クリミナルスタア
遠野 結唯(BNE003604)
ナイトクリーク
鳳 黎子(BNE003921)
ソードミラージュ
メリア・ノスワルト(BNE003979)


 それは、紙一重の世界だ。
『白月抱き微睡む白猫』二階堂 杏子(BNE000447)は、目の前に現れた真白き幻に微笑を浮かべながら思う。
 人は人を大切に思うからこそ、少しの間違いで奈落へ落ちていく。
「こんな辛い世界なんてもう良いじゃありませんか」
 杏子の望むままに、愛しげに此方を見て。もう全部投げ出して共に逃げようと、その手が此方に伸ばされる。
 別に、構わなかった。大切な誰かが敵であろうと。
 そんなちっぽけな括りに収まるつもりなど、毛頭無いのだから。その手を取って抱き締める。
「辛い世界を共に捨て逃げる……貴方とならそれも悪くありませんね」
 背に回った腕を感じながら、杏子は微笑を崩さない。
 ずっと共に有ろう。囁いて。けれど、と言葉を繋ぐ。
「全てを投げ出して逃げるより、こうすれば確実に解決ですわ」
 その手が、動く。抱き締めたまま。
「――敵でも構わないのに、如何して私に攻撃するんですか?」
 不意に。腕の中から放たれた言葉に、手が止まる。杏子が思う様にこれは幻影だ。
 けれど、だからこそ。杏子の心を見透かす様に彼女は囁くのだ。
「私は、そんなに簡単に殺せる相手でしたか? 大切では無いのですか?」
 触れるのだ、同じ声。同じ匂い。同じ体温。優しげな面差しが、悲しげに歪む。
「先に逝って下さい、例え生まれ変わっても貴方と共に有ります……」
「私を殺せるのが貴方だけなら、貴方を殺せるのも私だけです。……如何して離れる必要が?」
 言葉は止まらない。胸を撃ち抜く筈の魔力の矢は、微かに震えた手によって逸れて、肩口を深く抉る。
 視界が紅く染まった。暖かな優しい手が、自分の手を確り掴む。
 共に居なくては駄目。そんな囁きを振り切る様に、杏子は運命を差し出した。

 厳格で然程言葉が多くなかったが、時折優しい笑みを見せてくれた父。
 それとは逆に、良く笑っていた母。二人は何時も幸せそうだったのをメリア・ノスワルト(BNE003979)は覚えている。
「父上、母上……やはり、そうですか。貴方達が……」
 息を呑んだ。駆け出して、抱き締めたい。そんな心を必死に押さえ込む。
 けれど、そんな彼女の心など気にも留めずに。大好きな父は、母は言うのだ。
 剣を置いて、共に暮らそうと。優しい子なのだからと。例え剣を置いても、誰も責めはしない、と。
 手が震えた。心が震えた。息が詰まって苦しくて、それでもメリアは、必死に首を振る。
 本音を言えば、戦いたくなかったのかもしれない。けれど。それは、剣を握った時に覚悟したのだ。
「自身の子供の幸せを願わない親は居ない。これからはずっと一緒だ」
 甘い声が、流れ込んでくる。俯きかけて、それでも顔を上げた。言わなければならない。
 今一度。自分の、騎士としての誓いを。
「騎士とは、正しき祈りに応じる者! 乙女の祈りに! 救いたいと言う少年の願いに!」
 叫ぶ。心が痛くて、避けそうだった。それでも言葉は止まらない。自分は、彼らの為の騎士で在りたいのだ。
 何があっても諦めない彼らの為に剣を、振るうのだ。だから。
「私は先に進みます、ですから……見守っていて下さい、お父さん、お母さん……っ」
 きっと、酷い顔をしているだろう。それでも全てを伝えたと唇を噛んだ彼女へと。
「メリア、ほら泣かないで」
 続く言葉。甘く甘い耳触り。消えないのだ。殺さねば。心無い何かはその決意など気にも留めずに話し続ける。悪夢、だった。


 欲しいものがある。心から求めていて、けれど諦めているものがある。
 見知った、二つの顔。それを眼鏡越しに見つめて『絶対鉄壁のヘクス』ヘクス・ピヨン(BNE002689)は微かに溜息を漏らした。
 大切なルームメイト。特に妹の方は、依頼を共にする相棒だ。彼女が出てくるのは少し思うところもあるけれど。
「……ヘクスの中で大切になってしまっているのでしょうがないですね」
 漏らした言葉。そんな彼女を囲むように二人は寄ってきて手を、握る。
 温かかった。優しかった。心の中に、湧き上がるのは、積み重ねてきた『寂しい』の気持ち。
「ヘクス、甘えても良いんですよ?」
「ぬいぐるみあげるわ! 盾なんかよりこっちの方が似合うわよ」
 鉄鍍の盾扉。絶対鉄壁の象徴とも言うべき金銀の扉。その意味を本当ならこの二人は知らない筈だけれど。
 ヘクスが望むのは、それだった。幾ら滅私に努めようと、その心は普通の少女だ。無骨な盾より、ぬいぐるみを。寂しかった。甘え方なんて知らないけれど。
 本当は、甘えたかった。扉の奥に押し込めたけれど、本当は。
「女々しいですよね。無理やり扉といって誰かに入ってきて欲しいと願っているんですから」
 誰にも壊せない位に硬くなって閉ざした扉を、叩き壊して入ってきて欲しかった。
 現実に戻れたら。話がしたい。あの2人に恥ずかしいけれど、話したい、と思った。
 その心を見透かす様に。双子の少女は手を伸ばす。もう大丈夫だよ。有りの侭で良いんだよ、と。
 負けてはいけないと分かっていた。けれど、心は上手く言う事を聞かない。必死に口を開いた。
「ヘクスは帰ります。なので偽物は邪魔です。心苦しいですが消えて下さい」
 2人は絶対守りたい相手だ。だから、負けてはいけない。幻影なのだ。だから。だから。
 なんとかはっきり告げた言葉。けれど、そんな言葉に目の前の2人の表情は曇る。
「大丈夫ですよ、今は、甘えて良いんです」
「偽者じゃないわよ、守ってくれるんでしょう?」
 伸びる手は、離してくれない。甘い甘い囁きは、止まらない。

 10年前。手に入れた力は隠せていて、自分は、魔法使いだと思っていた。
 6年前。あの男が街を焼いた時。自分はその力で逃げた。家族を。そして。
 今目の前に立つ、自分と良く似た妹を、見捨てて。
 死が怖かったのだ、と『スウィートデス』鳳 黎子(BNE003921)は思い返す。そんな耳に届くのは、優しい声。
 もう良いのだとそれは言う。二人で、無くしたものを少しずつ取り戻そうと。
「朱子……死んでしまったと思ってましたよう。臆病でだめな姉さんを……許してくれますか?」
 問う。答えなんか見えているのに。妹は笑う。何を言っているんだ、とでも言いたげに、優しく笑って。
「いいんだ……そんな事。生きていてくれてありがとう、姉さん」
 優しい言葉だった。もう居ない彼女がこんなにも優しく、嬉しそうに笑ってくれる。
 本当は。生きていることを去年には知っていた。直に会いに行く事だって出来た筈だった。
 けれど。きっと妹は自分を許してくれない。怖かった。会って、その恨みをぶつけられるのが。
 会っていれば何かが変わっていたかもしれなかったのに。6年前も、今回も、二度も勇気を出せなかったから、あの子を本当に失ってしまった。
 火が、消えないのだ。忘れたくても。もう逃げ出したくても。まるで許さないと、許させないとでも言う様に。
 記憶が。あの消せない炎がこの身を焼くのだ。自分の中のあの子は笑わない。あるのは燃え立つ様な痛みだけ。
 ひを、消さなくては。消せばきっと。きっと。もう一度笑ってくれる。自分に、笑いかけてくれるのだ。
 その為にも。手を伸ばした。細い首に、手をかける。大丈夫だ。二度見捨てたんだから、もう一度位。笑顔を見たいなら何だって出来る筈だ。
 だって、私はこの子の姉なんだから。
「私にはまだ…そっちに行く資格はないです」
 力を込めた。あっという間だった。ぐらり、と視界が揺らぐ。
 ――早く来てね。
 聞こえたのは、気のせいだったのだろうか。


 鏡写し。まだ心を保った。『人間だった』自分を目の前にしても『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)の無表情は崩れなかった。
 同じ顔。けれど、薄気味悪い微笑を浮かべて。それは嘯く。その心は壊れていない、と。
 革醒しても、人と変わり無い。ただ少し過ぎた力を持ってしまっただけだ。
「自分の心を壊さなくても、自分を幸せにしてもいいじゃない」
 並べ立てる言葉。首を振った。そんなのは欺瞞だ。生きる事は痛みを感じる事であり、己を確立する事だ。両方揃って初めて、意味を持つ。
 逆を言うなら。片方しかないのなら、人は生きながら死ねるのだ。それにそもそも革醒した時点で人間、だなんて言えないのだ。
 人はこんな力を持たない。持たざる者からすれば善悪全て化物に過ぎない。だから、
「人並みの幸せなど得られる筈がない。私は、化物なのだから」
 だから壊れた。それしかなかった。一度壊れた硝子細工はもう二度と元に戻らない。
 そう、自分は、望んで自分を殺したのだ。だから、もう一度。目の前の自分を殺そう。今度こそ、心の底から望んで、自分に死を与えよう。
 何時の間にか握った刃を。容赦無く身体の中心へと突き込んだ。
「これは不本意な死を与えた自分へのけじめだ」
 あの時既に戻れなくなったのだから。視界が、暗転する。

 大切な人は沢山居る。その小さな腕では抱え切れない程に。
 その中でも、たった一人。もう居ない剣の師と相対して、『刃の猫』梶・リュクターン・五月(BNE000267)は真っ直ぐに、その瞳を見上げた。
「師よ、オレは貴方に囚われているのだろうか」
 気丈で優しく、時に厳しい人。親愛なるひと。傍に居ていい、共に居よう。そう笑う顔は何も変わっていない。
 進むべき道を、共に歩もうと長く滑らかな黒髪を撫でてくれるのだ。
 少しだけ瞳が揺れた。飲み込む。守るべき、大切な人が居るのだ。沢山の幸せをくれる人が。守る事に貪欲にしてくれたのは、貴方だった。
 だからこそ。五月は師を一閃すると心に決めていた。零れる紫色。瞳と同じいろ。師のくれた剣で、大切なその人自身を。
 それが自分が自分である理由なのだ。それをくれたのはこの人だけれど。進まなくてはいけない。超えなくてはいけない。
 誰が為に振るう力を、刃を与えてくれた師を越えなくては、この足はずっと何処にもゆけやしない。
 甘言は聞き飽きた。それでも足は鈍るけれど。自分が足を止めた事で、好きな人が不幸せになってしまうなら。
 守らない訳にはいかなかった。しあわせを教えてくれた彼らなのだから。師が、与えてくれた、自分が自分である理由を守る為に。
 座る彼の手を取った。その大きな身体を抱き締めた。精一杯。きつくきつく。御免なさい、有難う、そんな気持ちを強く込めて。
 ただ、問う。
「――貴方はオレを愛してくれましたか」
 答えはどちらでも良かった。けれど、その大きな手が、確りと握り返してくれる。抱き締めてくれる。
 愛しているよ、と聞こえた気がした。大切な人だった。師を思って、師の剣を振るっていた。この言葉は自分が望んだものなのかもしれないけれど。
 もう聞く事の出来ない声を、温度を、確りと心に刻んだ。服を、握り締めた。
 望まれ続ける限り。
 その指を離すつもりなんて無い。
 幾らでも。何人でも。何時まででも。その小さな手では無理だと言われても。手を伸ばし続ける。掴み続ける。
 けれど。
 この、大きな手は。温かな指先は。
 どれだけ望まれようと、繋いでいてはいけないものなのだと、もう分かっていた。
 そっと、身体を離した。まだ繋がったままの手を。指先を。ゆっくり解いて、その手を、刀にかけた。
 この刀は。この力は。誰が為に振るうものだ。振るい続けて来たものだ。
 それはもうずっと変わらない。五月が五月である限り。その全ては、何かを守って守って、守り抜く為のものだ。
 けれど今は自分の為。五月は、五月の為に、この剣を振るう。
 引き抜いた。透ける紫は何時もの様に冴えた煌きを放っていて。握る手に、力を込めた。
 そう、これは自分の為だ。
「貴方を壊さない為に、幻の貴方を壊す」
 小さな手には余りに不似合いな刃が、音も立てずに振り抜かれる。紅い色が見えた。倒れる身体が見えた。
 良い太刀筋だ、と。声がした気がした。そうっと息を吐いて、刀を収める。
 帰ったら、思い出話をしよう、と思った。帰りを待っているであろう予見者と。大好きな師と自分の、優しい日々の話を。
「有難う、」
 もう一度会わせてくれて。それは声になっただろうか。視界が、溶けていく。


 目を、開けた。流れ落ちる滑らかな黒髪。優しい黒目。
 嗚呼、やっぱり。
「母さん、久しぶり」
 ――貴女だ。まるで、自分が成長したような姿に『Lost Ray』椎名 影時(BNE003088)は静かに溜息を漏らした。
 否。笑いたかったのかもしれない。捨てられて、独りになって。もう得られないと理解しても。それでも。
 家族が、恋しいのだ。焦がれる。手を伸ばしても伸ばしても掴めないのに。興味が無いと目を背けていたのにこの様だ。嗚呼本当に、笑えてしまう。
 けれど。嘲笑の代わりに漏れるのは、震えた吐息。微笑みと一緒に伸ばされた手。
「おかえり、影時。……疲れたでしょう」
 抱き寄せられる。望んだ言葉だった。望んだ、あたたかさだった。
 おかえり、と笑う顔を。鋏は人に向けてはいけない、と怒る声を。おやすみなさい、と、包んでくれるぬくもりを。
 求めていた。求めている。無償の愛を。帰る場所を。どれだけ目を閉じても。『私』が悲鳴を上げる。
 当たり前の日常。優しい腕。それが本当は好きで、求めていて。
 どれだけ無関心の奥に全てを押し込んでも、つい、甘えてしまいそうで。
 嗚呼、本当に。永遠に此処で、囚われても良いとさえ、思った。己を抱き締める腕に、そっと触れる。
 あたたかくて、やわらかくて。折れてしまいそうなのに、その力は強くて。それは、母親の力なのだろうか。
 幸せで嬉しくて、なのに、影時の心はじくじくと痛む。
 だってこれは、幻想だ。知っている。抗いたく無い程に優しいこの腕は、本当は存在しないもの。
 『僕』はそれを知っていて。けれど『私』はそれを拒む。
 つうっ、と、頬を伝ったのは、なんだろうか。
「お母さん。ねえ、なんで私を捨てたの?」
 濡れた黒が、きらきら。零れ落ちる涙と一緒に、淡く煌く。心が軋んでいた。本当の『私』が泣いている。
 答えなんか要らなかった。怒ってもいないし、謝って欲しいなんて思っても居ない。
 優しい腕が、そうっと髪を撫でた。
「……ごめんね、影時。これからはずっと一緒よ」
 溜息が、漏れた。本当の母親に、こんな事は怖くてとても聞けないけれど。
 これで漸く、吹っ切る事が出来そうだった。
 何時の間にか、頬を伝ったものは乾いていた。ぐ、と手を握り締める。
 大丈夫。この幻想に対抗出来る。揺らぎの無くなった瞳が同じ色を見上げた。弱い自分は、もうとうの昔に捨てたのだ。だから、
「一目見れて嬉しかった。でも僕。今、やらないといけないことあるから」
 例え二度とこの声が、言葉が聴けなくなっても。
 愛が、ぬくもりが、貰えなくなったとしても。それでも。
 それでも。
 ――僕は、リベリスタの使命を全うする。
 それは痛い程の覚悟だった。まだ幼い筈の少女には、余りに不似合いな。
 鋏を握り締めた。手に馴染んだ、人に向けてはいけないのよと、母が怒ってくれる、それ。
 もう、躊躇わなかった。
 振り被って。
 暗転。

 背中に回る腕。優しく銀糸を梳かれて、感じるのは懐かしい彼の香り。
 涙が零れそうだ、と『硝子色の幻想』アイリ・クレンス(BNE003000)は思った。
「ずっと一緒に居ような、アイリ」
 その声は優しかった。もう叶わない事だから。そんな些細な言葉だけでもうずっと、この夢に溺れて居たくなった。
 彼の前では、普通の女の子で居たかった。居たい。じゃれ合う様に抱き合って、キスをして、時々喧嘩をして。
 それでもやはり笑って居たい。ずっとずっと。歳を取ってそれでも同じ様に愛し合って。
 名前を呼んで。愛を囁き合って。手を離さないで。どんな時もずっとずっと、一緒に。
「大好きだよ、アイリ」
 私も同じ気持ちだと。大好きだ、と、告げるのが精一杯だった。
 初めて青いドレスを見せた時。お姫様か、と笑ってくれた顔を思い出す。その時と全く同じ優しい表情。
 そう、あの日も自分は女王だった。青色を纏って舞台の中央。
 けれど其処で彼は殺された。運命の理不尽から、アイリを守って。
 生きろ、と。微笑んだ顔は忘れない。忘れられない。その言葉は深い愛で、何より痛い刃だった。
 あの日あの時の侭生きている。自分の為に死んだあの人の言葉通りに。
 だからこそ、他愛無い夢だなんてアイリには思えなかった。
 立ち向かわなくてはいけない。如何するべきなのかも知っていた。それでも、出来なかった。
 愛した人なのだ。殺せない。殺せる訳が無かった。あの日目の前で失ったものを、今度は目の前で、自分の手で奪うなんて。
 抜け出す事も出来なかった。もう叶わないゆめ。ずっとこうしていたい。甘い夢を見続けたい。
 どんな結末だろうと、夢からは醒めなくてはいけないのだけれど。
 素敵な夢だからこそどうしようもなく辛かった。
 きつく、きつく抱き締める。アイリ、と呼ぶ声を記憶に焼き付ける。
 硝子が叩き割れる、音がした。
 ふわり、と。視界が白くなる。手の中のものが消えていくのを感じた。夢のおわり。
 涙が零れた気配がする。溺れてしまいたくなる思い出が過ぎ去った其処に残ったのは、何だったのだろうか。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
お疲れ様でした。

MVPは、最も心情が響いた貴女に。大変悩みました。その辺りはリプレイを見ていただければ幸いです。

「殺す」とはっきり明記しているか、心情に、「大切な人」である相手への対抗があるかどうかをもとに判定させて頂きました。
結果はこのような感じです。大切な人を如何するのか、という選択肢は沢山あると思いますが、それに対する心情は明確に必要だと思います。
その辺りも、リプレイに込めたつもりです。
フェイトは、脱出希望の方、脱出出来なかった共に削ってあります。

ご参加有難う御座いました。またご縁ありましたら、宜しくお願い致します。