●死の淵に 男は床に伏していた。10の時に刀を初めて手に取り早70年。 70年の歳月、男はひたすら剣の道に生きた。だが、どれだけ技を研磨しても、もはやそれを行使するほどの体力は体に残されていなかった。 それでも、息子や孫に自分の技を伝えることはできた。後は子孫たちがこの技を更なる高みへと研磨してくれるだろう。 そう信じ、残された僅かな寿命をのんびりと過ごそうと思った時、その声は聞こえた。 「父さん! 見つけましたよ!」 やっとこさ動く首を動かし、息子の声に振り向くと、其処には刀を手にした息子の姿が映っていた。 「父さんが探していた、霧雨。何とか探せました」 それは昔一目だけ見かけ、今までずっと追い求めていた無名の刀だった。 息子に体を起こされ、手に取り半ばまで刀身を抜く。 もはや芸術のような丁子を主調とした乱刃の刃紋、武骨な拵えではあったが、それを打ち消さんばかりの芸術性がその刀身にはあった。 その刃紋は不思議なモノだった。見ていると段々と力が沸いて来るような……試しに立ち上がってみれば、今までの病弱な足腰が嘘のようだった。 そして、頭の中に声が響く。 「父さ……」 息子の声は最後まで紡がれる事はなかった。 半ば抜いた状態からの抜刀の一閃。息子だったモノの頭がどさりと落ちる。 「宗次よ、いかなる時でも油断はするなと言ってあったろうが」 男の声が部屋に無駄に木霊する。真っ赤に、真っ赤に染まった部屋に。 そして、頭に声がまた響く。 「ヒトヲキレ。サスレバオマエニエイエンノチカラヲアタエヨウ」 男は血払いをするとゆっくりと刀を鞘に納め、歩き出す。 今までの己の技。試す為の木偶がまだこの家にはいるのから。 ●後手に 「今度の敵はアーティファクトよ」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の小さな、それでいてハッキリと通る声がブリーフィングルームに響く。 「刀のアーティファクト……昔から妖刀と呼ばれる類の物ね。回収よりも破壊優先でいいわ。回収するにも危ない物だから。事件は事態は今言った通りね」 「つまり、その爺さんの家に行って事件が起きる前にアーティファクトを破壊すればいいんだな?」 リベリスタの一人がそう質問すると、イヴにしては珍しく僅かに表情に陰が差す。 声をかけたリベリスタが疑問の表情を浮かべると、イヴはゆっくりと……努めて無表情に語る。 「残念だけど……今からどれだけ急いでも、此処の家族が惨殺されるのは防げない……時間が足りないの」 「そんな!」 まだ何か言いたげなリベリスタの顔を見、そしてイヴは続ける。 「だから、このお爺さんがさらなる被害を生みだす前に止めて……本来、こんな事を望んでいないと思うから」 静まり返った場を見て、言い難そうに……それでもハッキリとイヴは続ける。 「それと、アーティファクトを手放せば、無理やり活力を与えられて動いていたお爺さんも……だからお願い」 そしてイヴは顔を上げる。 「このお爺さんを止めてあげて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:タカノ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年06月14日(火)21:41 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●誰が為の剣 やや日も落ちた夕暮れ。青い空が徐々に茜色に染まろうとしている中、八つの影が走り抜けて行く。『犬娘咆哮中』尾上・芽衣(BNE000171)は走りながら思う。それはブリーフィングルームで今回の話を聞いた時の事だった。 (そんな! 事件が起こるのが解っているのに止められないなんて!) 内容を思い出し、ぎゅっと唇を噛む。それでも、これ以上の被害は止めないとならないのだから。 誰もが言葉は無かった。だが、何も思わないわけではない。 (剣の道に生きた者が剣に操られるとは実に皮肉じゃのう……) 走りながら長めの金色のポニーテールが揺れる。『煉獄夜叉』神狩・陣兵衛(BNE002153)は、そう思いながらもその目には憐れみの心は見えない。そこにあるのは決意の意思。道を踏み外した凶剣などに負ける気は無いと。 『不迷の白』八幡 雪(BNE002098)も思う事が無いわけではない。 (優れた技を果たして生涯にどれほど研鑽出来るか。それに悩むは武芸に生きる以上当然の事) されど向けるべき相手を違えてはただの凶剣。そこで一度考えを切り、後ろに目を向ける。メンバーの中でやや体力の劣る『箱庭のクロー バー』月杜・とら (BNE002285)が遅れがちだが、そのとらを気づかうようにラキ・レヴィナス(BNE000216)と『誰が為の力』新城・拓真 (BNE000644)が付いているので問題は無いだろう。しばらく後方のメンバーを眺めていた雪だが、ふと自嘲の笑みがこぼれ向き直す。ど うであれ、自 分のやるべき事は決まっているのだから。 八つの影が静まり返った屋敷の中に入り込む。本来ならば何人もの人間が生活しているだろう大きな屋敷。だが、今人の気配はほとんど無い。目指すは庭にある小さな道場。微かな明かりが洩れる其処に踏み込めば、先頭にいた『百獣百魔の王』降魔 刃紅郎(BNE002093)の足元にボールが転がって来る。 ごろん。 ごろん。 ひっ! と、誰かの息を飲む声が聞こえる。その時、『臆病強靭』設楽 悠里(BNE001610)は初めて知った。 人間の頭って、ボールぐらいの大きさなんだと。 ●刃の真価 「ほう……できそうじゃな」 老人が血払いをした刀を再び鞘に戻し、侵入者たちを見据える。八人もの相手にしても、尚その瞳に宿るは歓喜。 リベリスタ達すら飲みこもうとするほどの威圧感。だが、同時にその程度で怯むリベリスタ達でも無い。 「今際の際まで研鑽され続けた武芸。振るうならば木偶ではなく武芸者相手であるべきでは?」 一歩、雪が前に出て声をかければ老人は喉の奥からくっくっくっと笑う。 「鈍刀はへし折り、鋳流して釘にでも変えてくれる」 同じく前に歩み刃紅郎が剣を抜く。リベリスタ達が次々と武器を構えるが、老人は臆することなく僅かに重心を落す。 「カカカカカカカッ!」 突然奇声を上げる老人に何人かが訝しげに見つめるが、老人の笑いは止まらない。 「いいぞ! いいぞ! 我が剣技の集大成、やっと全てを出し切る舞台が来たと言うわけじゃな!」 老人の瞳に宿るのは狂気と言う名の歓喜。もはや語るべき言葉も無いだろう。 「八幡流刀術伝承、八幡雪。立ち会いの礼儀として名乗っておく。参る」 名乗ると同時に雪が動く。常人を遥かに凌駕するスピードで近づき無数の刃が老人を襲う。 だが、老人が抜刀した刀は雪の本命の一撃を容易く見切りあっさりと払いのける。 「……小刀を防御に使い、長刀で一撃必殺を狙う流派か……ならば攻め手は不得手であろうて」 言うが同時に老人の蹴りが雪の腹部にめり込み、吹き飛ばす。 「貴様ッ!」 刃紅郎の筋力で振るう強力な一撃。そのまま押し切ろうとするが、居合によって僅かに横に弾かれただけであっさりと軌道をずらされてしまう。 「よい一撃じゃ。しかしながら、まだ粗い」 ラッシュで畳みかけようとした所に初撃を弾かれ体勢を崩した所に、鞘の先端で鳩尾を的確に撃ち抜く。さしもの刃紅郎もこれには堪えたかその場でたたらを踏んでしまう。 「は、相手にとって不足はねぇ、きっちりと剣士としての最期を迎えさせてやるぜ!」 刃紅郎の背後から老人の左側面に素早く躍り出たラキが吠える。 狙いは鞘。居合を主軸に扱うのならば鞘を狙えば……それは間違いの無い正論。そう、誰にでも解るほどの。 基本、居合は右半身から左腰に納めた刀を真横に抜き放つのを基本とする。ならば、側面に回り鞘を狙うのは……居合の間合いに正面から向かうのと同義語である。 「阿呆が」 しゃらん。 何か音がした。ラキがそう知覚した時、すでに胸元を斬り裂かれた後だった。 「ラキッ!」 斬られたラキを見、後方で集中をしていた拓真が大きく踏み込み振りかぶる。だが、その一撃も僅かに届かない。老人は紙一重の体捌きでそれ を避け口を開く。 「若い太刀筋じゃな。その程度でどうにかなると思われていたのはのう」 簡単に拓真の攻撃を回避し、侮蔑の表情で二人を見つめる老人。そんな中、道場に優しい歌声が響き渡る。 後方で仲間を歌で癒しながら、とらは思う。 戦う理由は色々だが、本来武器は人を害する為に作られる。 それを求めた時点で、人は何かを犠牲にするのではないか、と。 「ただ、一つ間違いがあるとすれば……」 道具は人に使われる為にある。 道具が人を使うのでは無い。 正直、他の面々が言う剣の道とかは解らない。それでも、やっぱり間違ってるのは解る。 だから、こうやって仲間を癒す。それが、とらの戦い方なのだから。 「同じく剣に生きる者として、歪んだ道は断ち斬らせてもらう」 とらの歌声がまだ響く中、陣兵衛が踏み込む。 狙いを定めた連撃が老人を捉えたかに見えたが、紙一重で初撃をかわす。 「歪んだ道、とな?」 老人は問う。 「人道すら外れた修羅の剣が、歪んでいないとでも思うてか」 陣兵衛は言葉と共に剣を振るって答える。 「なるほどのう……やはり若い、のう」 「何っ!」 言うが先に老人の剣閃。素早く抜かれた刀が陣兵衛の剣の横腹を叩き、その軌道と姿勢を大きく崩す。 だが、老人は反撃をせずに代わりに口を開く。 「剣を極める為に道や道場での礼節を重視すると言うのなら、近所の童共と一緒に竹刀でも振るっておればいいじゃろう。ワシの求めているのは未だに頂きが見えぬ剣の術よ。術を極めるのに道など不要であろう」 例えるなら剣道と剣術は違うモノ。老人はそう言い切ると、もはや興味も失せたと言いたげに視線を外す。まだ見えぬ頂きを見るかのように。 ●刃の交錯 「あたれぇぇぇぇぇっ!」 芽衣の叫び声と共に振るわれた足から風の刃が吹き乱れる。僅かの動きで老人はかわそうとするが、見切り違えたのかその一撃は老人の右半身を捉える。いくつもの裂傷が広がるが、当然それだけで倒れるわけがない。 そして、思う。自分も武道を嗜む者として、先ほどの老人の言葉には考える事はある。 それでも間違いは無い、そう思う。何しろ武道と字で表すほどだ。自分の道はきっと間違って無いのだと言える。 「設楽悠里、行きます!」 踏み込んだ悠里の右手のガントレットに氷の力が宿る。流れる水のような足運び、懐に飛び込みガントレットを振るう。その動きに惑わされたか、老人の刀がガントレットを弾こうとしたが、僅かにタイミングが合わない。悠里の一撃がクリーンヒットすれば、そこから広がる氷の枷。 そこに振るわれる無数の刃。音も無く間合いに入った雪は刃を振るいながら思う。 剣術と剣道は確かに違う。それは武道と武術の差と同じ物だろう。技のみを追求し、更なる高みを求める剣術と、心身ともに鍛え己を高める剣道では似て異なる物であろう。だが、これだけは言える。 「どうであれ、武芸者としては一つの極みと言ったところか」 無数の刃の中、本命の一撃が老人の腹部を捉え、真っ赤な血が道場の床に滴り落ちる。 苦悶の表情を浮かべた老人が後ろに飛びのきながら、刀を正眼に構える。すると、刀身から真っ赤な霧が噴き出し道場内を覆って行く。 視界が真っ赤に染まった中、音も無く振り下ろされた刃。だが、刃紅郎はそれを苦もなく受け止める。 「斯様なまやかしが我に通じるか!」 受け止めた刀を押し返し、そのまま一撃をくれようとするが、老人はまた霧の中へと消えてしまう。 その時起こる一筋の旋風。芽衣の放った風を纏った蹴りが霧を引き裂き、老人の姿を道場にさらけ出す。 「あ、見えた!」 本人もまさかこれで霧が晴れるとは思っていなかったのだろう。偶然とは言え、大収穫と言える。 「ぬうっ!」 姿を現した老人は近くで荒い息を吐くラキに狙いを定め、一気に踏み込む。正眼の構えから上段に振りかぶる一撃に対し、ラキは静かに刀を納め目を瞑る。 「臆したかっ!」 老人が吠える。だがラキは意に介さず、ただ、今までの老人の動きを思い出す。重心の落し方、腕の動き、筋肉の力の入り方……。 そして目を開ける。 「あんたの技……オレが引き継いでやるぜっ!」 一閃。 ラキの鞘から放たれた剣閃は、寸分も違わず老人の刀を捉え、横に弾き体勢を大きく崩させる。 「なんじゃとっ!?」 「拓真!」 ラキの言葉に答える代わりに振り下ろされる拓真の剣。体勢を崩された老人にそれをかわす術はなく、そのまま道場の壁まで吹き飛ばされてしまう。 さらに立ち上がろうとした所に、とらが放った魔力の光が老人を捉える。それでも……老人は立っていた。 「お主らを侮っていたのは認めよう……さればこそ……」 老人がゆっくりと起き上がり左半身のとんぼの構えを取り、強力な殺気を放つ。 そして、老人の体がぶれる。 「来るぞ!」 拓真が叫ぶ。神速の踏み込みで雪の前に現れた老人は、ただ、その速度のまま刀を振り下ろす。 辛うじて拓真の声で動きに反応できた雪は左に構えた剣で受け流そうと試みるが……そんな物など最初から無かったかのように弾き飛ばし、雪の体を袈裟に斬りつける。 「雪くん!」 とらが慌てて回復の準備をしようとする。だが、あの一撃はとてもじゃないが、耐えられるものではない。ゆっくりと倒れて行く雪。だが、倒れる直前に老人の刀を掴み、その体を支える。 「我が武芸、未だ貴方に届かず……ならばせめてこの身に刻みつける」 「くっ!」 老人が何とか雪を振り払おうとするが、刀の鍔に近い部分を思いっきり握っているため、中々振りほどく事ができない。そして、それを黙って見過ごすわけがない。 「真に研ぎ澄まされた刃とは、技の巧みさでは無く己の意志の強さ也、我が信念を込めた一撃でお主の矜持諸共砕いてみせようぞ!」 陣兵衛の刃に乗る信念。老人は雪を振りほどきその攻撃を受けるが……受け流すのが間に合わず、正面から陣兵衛の剣を受け、ビシリッと嫌な音が道場に響く。 そして、真っ二つに折れた刀と共に老人は壁の端まで吹き飛ばされ、そのまま動かなくなったのだった。 ●剣鬼の終焉 「ワシは……一体……」 老人が僅かに体を起こし、言葉を漏らすが二の句はあふれ出る血に邪魔され思うように出せない。 「おじいちゃん!」 急いでとらや芽衣が駆け寄るが、すでに老人の焦点は合っていない。 「ふ……何故お主らが先にそっちにいるのじゃ……すぐ行くからそう急かすで……な……い」 差し出した手が、だらんと重力に従って下に落ちる。最後に老人が何を見たのか……それは誰にも解らない。ただ、老人の顔はとても満足そうに微笑んでいた。 「悔しいなぁ……事件が起こるのが解ってても未然に防げないなんて……」 尻尾を見るまでも無く落ち込む芽衣。その時、ふと頭を温かい何かが撫でる。 悠里は芽衣の頭を空いた手で撫でながら。 「それでも……戦うしかないからね。うん、お疲れ様だよ」 そして、折れた刀を見つめ一人思う。 (こんなものがあるから!) 戦いは終わった。そこで緊張の糸が途切れたのか、ラキと拓真は同時に道場に大の字に寝っ転がり、お互いに向き直す。 「っ……もう動けないな」 「たく……お互い頑張り過ぎだろ」 怪我押しての依頼ではあったが、それでも二人にはこの老人は放ってはおけない存在だった。それは、一般市民に被害が出るのもあったが。 「なあ、あのじいさん満足してくれると思うか?」 「何を今更」 ラキのぼやきに拓真は寝ながら答える。 「あのじいさんの技……いや、想いを引き継ぐんじゃないのか?」 「はっ」 と、二人で笑う。 だが、拓真は影で思う。自分は祖父から技を受け継ぐ事はなかった。もしかして、自分の祖父も……そこで考えを止める。何しろ今は休みたい。 倒れたまま起き上がらない……もはや一生起きる事の無いそれを見降ろし、陣兵衛は思う。 「失ったものは戻らない、が……お主の目指した道は儂が受け継ごう。これもまた、武人故の宿命じゃ」 そして、刃紅郎を初めとして皆が道場をそっと後にし、最後に出ようとした雪はふと足を止める。 深々と一礼をし、そして雪も最後に道場を後にしたのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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