●悲哀のメロディ綴るオルゴール 壊してしまった 殺してしまった 誰よりも大切な人を 誰よりも慈しんでくれた人を だって僕を見る目が一瞬恐怖に染まるから だって僕に触れる手が一瞬恐怖で震えるから あぁ、どうして? どうしてこんな異能に目覚めてしまったんだろう? 「十七歳の少年がフィクサードになったの。 ビーストハーフで、お姉さんを殺してしまったのが直接の原因。 仲のいい姉弟だったけれど少年がビーストハーフになってからお姉さんが一瞬だけ怖がるそぶりを見せてしまったのね。 二人に親はいなくて、お姉さんが弟を育てていた。 そのお姉さんに恐怖を感じられることに耐え切れなくて、衝動的にナイフで刺し殺してしまったの。 お姉さんを殺害した後はただぼんやりと壊れたオルゴール……お姉さんが大切にしていた、弟さんが子供の頃亡くなった母親の形見だそうよ。それと自分が殺した人の死体を見てる。 今は茫然自失としているから他に被害報告はないけれどこのままいけば自分を見る人全てを殺す殺人鬼になるかもしれない。 そうなる前に止めて、出来る事なら改心させてあげて欲しい。 罪は罪だけれど、このままでは哀しすぎると思わない?」 『リンク・カレイド』真白 イヴ(nBNE000001)は左右で違う色の目を伏せた。 「少年は心を閉ざしてしまっている上に最初は自分を誰かが殺しにくると思っているから接近するときは注意して。 一応生死は問わない。 説得を試みてもいいし最初から戦闘に入ってもいい。 貴方達が一番救いになると思う方法で、彼を解放してあげてほしい」 壊れたオルゴールが慣らす音色は『子守唄』だったみたい、とイヴは独り言のように付け加えた。 壊れたオルゴール。 殺してしまった実の姉。 変わってしまった自分。 迷子になってしまった彼を導く子守唄を、もう一度奏でて欲しい。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:秋月雅哉 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年08月17日(金)21:54 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●オルゴールが奏でるのは悲哀の音色 「うぅ……姉さん、姉さん……ごめん。ごめん」 血しぶきがどす黒い模様になったカーテンと床。 二十代前半だろうか。 動かない女性の傍らに突っ伏して何度も姉を呼び、謝る高校生くらいの少年。 「怖かったんだ……捨てられるの、怖かったんだ」 ガラスの破片がきらきら光る。 壊れたオルゴールだ。 「リベリスタとは、大を救う為に小を殺せということだと、最前線に立つ仲間たちから教わりました。 そして同時に、リベリスタとは小を救う為に大に挑む者であると、今までの闘いで知りました。 今回の仕事には、ベテランも新人も、様々な仲間が揃っています。 その中で、私の役割は……」 番町・J・ゑる夢が窓の外で呟く。 そしてバールで窓を叩き割ると少年のいる部屋に入っていった。 「!?誰だ!?」 ナイフを構えて事切れた、自分が殺した姉を守るように目をぎらつかせる少年。 彼の視界に写ったのはバールの女子ジェイソンを思わせる姿。 彼女はテーブルの上に着地する。 テーブルがぎしり、と軋んだ。 同時にドアが開けられ、他のメンバーが入ってくる。 「ち、近づくな!!」 パニックに陥りながらナイフを振り回す少年。 「スタァアアップ!!? どうどうどう! やめて! 血は嫌いだっての!」 勢い良く叫んだのは血が嫌いなヴァンパイア、『Gloria』霧島 俊介(BNE000082)だ。 「~♪ ~♪」 壊れたオルゴールがかつて奏でていたという子守唄をインコの声で『夢に見る鳥』カイ・ル・リース(BNE002059)が奏でる。 インコの頭部と筋肉質な身体の彼を見て少年は驚いたように一度ナイフを取り落とし、我に返って再び構えた。 「この曲であっていたカ?」 「俺にも兄がいる。 闇の中から俺を見つけてくれた兄だ。血は繋がっていないが絆は本物だ。 その兄を失う、しかも自分の手で、となるとぞっとする。 ただ赤と黒の世界でずっと見られている気分になる。 誰もいないはずなのに押しつぶされそうになる」 静かに語りかけるのは『red fang』レン・カークランド(BNE002194)だ。 自分の立場に立ったことを仮定しての言葉にきっと少年がレンを睨み付ける。 「来るな!!」 「異端、ねぇ? 異形になっても、俺様ちゃんたちは世界には愛されているんだけどね。 欲しかったのはお姉さんの愛、だったんだろうけどね」 『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)がにやりと笑う。 「さてと、まずは自己紹介からだね。ボクの名前は平等・愛。オカマバーの店長してるんだよ。もちろんオカマ。 好きなものは男子。君も好き。はい、そこ、引かない。 っと、説明に戻すね? ボクはフライエンジェって言う種類の覚醒者になるのかな? カイパパと違って鳥の翼が背中に生えてるんだよ。 あ、もちろん飛べるよ? 飛ぶとこみたい? スカートの中覗く? やーん」 畳み掛けるように言葉をつむいだのは『ナルシス天使』平等 愛 (BNE003951) そろそろ引き篭もっていた少年がパニックを起こしてもおかしくない濃さである。 「みとらたちはアークっていう組織からお兄さんを助けるために来たのだ。 だから……ちょっと戸惑うかも知んないけど、ちょっとだけみとらたちの話を聞いて欲しいのだ……」 『じぇのさいどたいがー』滝沢 美虎(BNE003973)がまっすぐに少年を見つめる。 「嘘だ、僕を殺しに来たんだろう!?」 狼を思わせるシャープな耳が警戒にピンと立つ。 薄茶色の髪から覗くのは不審の色が濃いこげ茶の眼差し。 自分の犯した罪と八人もの珍客に肌は青ざめて見えるほどだった。 「で、君はどうするの? このあと俺様ちゃんたちを殺す? 殺して逃げて、お姉さんのいないこの世界ですべてを殺す? いいね、殺人鬼だ。恐怖が美学(アイデンティティ)の殺人鬼なんて俺様ちゃんの好みだ。 いいよ、君が殺人鬼になるまで、君を殺さない。 教えてあげるよ? 人を殺すのは簡単だ」 葬識が無造作に距離をつめる。 こめかみ、頸動脈、心臓を順番にゆっくりと指していく。 そして少年の手をとった。 「頸動脈は割りと深いところにあるからね? 狙うなら一撃で一気にナイフを滑りこませるんだ。 殺し損なうなんて殺人鬼としては未熟だ、やってごらんよ」 掴まれた少年の手は震えている。 「迷いだらけだ。まだ、戻れるよ。世界から逸脱するのは早い」 葬識が手を離した。 「知ってる? この人達君を救いたいんだって。俺様ちゃんなんか殺人鬼の仲間ができて殺せるって心踊ってるのにね。 少しは声をきいてあげたら? 君を傷つけるつもりはないって」 「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい!!!!」 ナイフを片手に少年がめちゃくちゃに暴れる。 多くの者がその、容易によけられる攻撃をあえて受けた。 「ぁ……」 肉を裂く感触に少年が唇をかみ締める。 姉を刺したときの感覚が甦ったのかもしれない。 大嫌いな血を見て俊介はくらくらしつつ怪我をした仲間を天使の歌で回復させた。 これが少年を導く新しい子守唄になるという願いも籠めて。 少年が暴れ疲れたころあいを見計らって今度は愛が。 「名前を教えてくれるかな? 名前で呼びたいんだよ。教えてもらえたら以後その名前にちゃんづけで呼ぶよ。 君はいま沢山やつ当たりして落ち着いてきたと思うから聞くね? これからどうしたいかな? お姉さんがいないから死にたい? 命捨てたい? 捨てるならボクが貰うけど? 一生ボクのオカマバーで働いてもらう方向で……あはは、冗談。 罪を償いたいなら一回アークに来てよ。 ボクには償える方法がわからないけど、方法を知ってる人を知ってるよ」 「僕、は……」 オカマバーに永久就職、で一瞬少年の顔が別の恐怖に染まった。 愛が少年の手をとる。 少年の身体がビクリ、と震えた。 「みとらたちと一緒にアークへ来て欲しいのだ。 アークは、お兄さんと同じ力に目覚めた人たちが作った組織なのだ。 だから、きっとお兄さんの力になれるぞ! それで……これからのことをしっかり話したいのだ」 「お前達に僕のことなんてわかるわけない!!」 「お兄さんの気持ちは確かにわからないけど、お兄さんに何があったのか、みとらは全部知ってるぞ? みとらがお兄さんの立場だったら、悲しくて、辛くて、どうしたら良いかわからないっていう気持ちになるから……だから、お兄さんのことを助けたい、何とかしたいと思ったから、みとらたちはここにやってきたのだ!」 少年の目がゆれる。 まだ彼には迷いがある。 「俺も異能だ。 普通から異能になれば驚かれ、恐怖されるのは当たり前だ。 でも姉が、ただ恐怖だけを感じたと思うか? お前が逆なら、どう言う? お前を殺してしまったと姉が嘆いていたら、それを悔やんで自分の命までも奪おうとしていたら? 俺なら止める。 大事だからこそ、生きていて欲しい。 自分を見失わないで真っ直ぐにと。ただそれだけを願う。 忘れろとは言わないけど、姉といた記憶が全てそれで消されてしまうのは悲しい。 姉が笑っていた記憶さえも消えてしまうのは、姉がいなくなってしまうのと同じ。 二度失わないために、お前が姉を笑わせてやらないと。 他に誰ができる? きっと姉はお前の笑顔を待っていると思う。 すぐには無理だろう。 けれどいつかきっと、また同じ顔で笑ってやって欲しい」 俺はお前を救うことを決して諦めない、とレンが締めくくる。 「この通り君のような存在は他にもたくさんいるのダ。 幻視使えバ、普通の人間のように装って普通の生活を送れる事を伝えるのダ。 その能力に気付かないのカ、お姉さんも能力者だったのか分からないガ、超幻視も学べば良いのダ。 だガ犯してしまった罪は償わないといけないのダ。 リベリスタとして生きるならアークへ、一般人として償いたいなラ警察へ同行するのダ」 お姉さんをこのままにしてはおけないだろウ? 早く葬ってあげるのダ。 一緒に行こウ。 カイの言葉に少年は視線を落とす。 自分を愛し、自分が愛し、自分が殺した、たった一人の家族を。 「罪を重ねた身であるからこそ、アークに連なる意味がある。私はそう思います。 だって、後悔したひとは、それだけ優しくなれるから。 私は、私たちは、いつでも貴方を待ってますよ」 「優しく……?」 「えぇ、貴方の目は、哀しいけれど。 お姉さんを見る目は、痛いくらい優しいから。 まだやり直せますよ」 ゑる夢の言葉に少年の目から涙が零れ落ち、ナイフが手から滑り落ちる。 「お前はそんなに家族が好きなんだな。 なら、俺と家族になろう。 俺も見た目は真っ赤で異端。 神秘は嫌いだし、戦闘は怖いし、人死ぬし。 境遇なんて何度も呪った。 見た目は異端同士仲良くしよう。 大丈夫、中身はおまえだ。なんも変っちゃいねーよ。 怖かっただけ。 寂しかっただけ。 悲しかっただけ。 不安だっただけ。 な、そうだろ? 人で居るか、鬼になるか、選べ。 お前の人生だ。 けれど……罪は罪だ。 どんな理由があれ、人を殺めれば罪人なんだ。 それを償わないとな。 姉を思うんだったら……姉の分まで人生楽しく生きろよな。 それがきっと、最大の姉への償いになるはずだから。 生きろ」 家族になろう、という言葉に少年は俊介を大きく見開いた目で見る。 「……家族……」 「そうだ。家族だ。 ……嫌か?」 皆が自分に手を差し伸べている。 その目には恐怖も嫌悪もない。 あたたかく、慈しむ光だけがあった。 「……本当に……償えるの?」 幼い迷子のような頼りない目で辺りを見回し、小さく呟いた。 「貴方がそれを望むなら」 「吾輩たちは全力で視方ヲするのダ」 「死んだらそれまで。償いたいなら命奪った業背負って生きろ」 「意外と世界は優しいものだよ」 「やり直しが効かないことなんて本当の意味ではないと思うぜ」 説得を任せていた『ヤクザの用心棒』藤倉 隆明(BNE003933)が初めて口を開く。 「やり直したいと思ったら、いつでもやり直せるんだよ」 「お兄さんは一人じゃないのだ」 美虎の台詞に少年は泣き笑いの表情になる。 「やっと笑ったな。名前は?」 「……晴斗」 「いい名前じゃないか。名前の通り、晴れ渡った空の太陽みたいに笑える日が来るよ」 「……有難う」 「お姉さんを弔って、その後はどうしますか?」 「アークに行きます」 「歓迎します。ようこそ」 ゑる夢がマスクを外し微笑む。 「……これから宜しくお願いします」 狼のビーストハーフになったことで大きく変わった少年の人生は、或いはこれから始まる。 彼を絶望から救い上げた八人と、これから出会うアークの人たちに導かれて。 葬識はオルゴールの破片を丁寧に拾い集めた。 もし直ったら、彼に贈ろうと決めて。 「お姉さんの遺品だもんね」 晴斗はその行動に気付かずアークへ行く支度を始めている。 自分の起こした悲劇を、償うために――……。 「僕にはずっと姉さんしかいないと思ってた。 だから姉さんが僕を怖がるのが……僕が怖くなって捨てるのが怖かった。 姉さんの目に恐怖が浮かぶのが、そんな自分になってしまったのが哀しかった。 発作的に殺してしまって、もうおしまいだって思った。 姉さんのいない世界で生きているのが辛かった。 夢だったらいいって何度も思った。 …でも、ちゃんと向き合うよ。 ちゃんとお葬式をあげて、罪を償って、今度は誰かを助けるためにこの力を使いたいから」 「その意気だ」 「……お休み、姉さん」 冷たい頬に触れ、額と額をあわせ、晴斗は呟く。 壊れたオルゴールがつむぐ悲哀のメロディは鳴り止んだ。 これから先、彼のオルゴールがどんなメロディをつむぐのかは彼次第だ。 ゑる夢が割った窓から優しい風が吹いた。 背景が透けて見える女性が静かに笑う。 声帯を持たない声で彼女は弟の名を呼んだ。 『晴斗……大事な私の弟。傷つけてごめんなさい。 大好きよ。元気でね』 女性の姿が蛍に変わって窓から飛び立つ。 彼女をこの地にとどまらせていた思いも晴斗が救われたことによって昇華されたのだろう。 女性の姿が消え、蛍が飛び立った後、女性が最後に残したその声が聞こえたように晴斗が立ち止まる。 「晴斗?」 つられたように皆が立ち止まった。 「……姉さんの声がした。大好きだって、元気でねって……。 それに……姉さんの気配が、したんだ」 「ほら、大事にされてるじゃないの。きっと見守ってくれてたのよ」 「……うん。行ってきます、姉さん。これからは自分の足で立って歩くよ。 いつまでも姉さんに頼ってちゃ、姉さんがゆっくり休めないもんね」 そして晴斗は歩き出す。 今度は振り返らずに。 一歩一歩、自分の足で。 まだ彼を照らす光は小さいけれど。 まだその足跡は短いけれど。 これから光は大きく、足跡は長くなっていくのだろう。 一つの高いハードルを越えたのだから。 葬識が拾い集めたオルゴールの破片が、カチャリと鳴った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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