● 『ラ・ル・カーナ橋頭堡』の防衛戦に敗れたリベリスタ達。バイデン達の威圧に屈した彼等はボトム・チャンネルまでの撤退を余儀なくされたが、仲間を囚われた彼等は黙ってそれで引き下がる程、大人しい者達では無かった。戦略司令室の判断を早期に大きく動かしたのはリベリスタ達の熱烈な意見――それは即座にラ・ル・カーナに進撃するべしという強硬論であった。 ボトム・チャンネルにおける防衛戦と比べると、不利な攻撃は否めない。バイデンに確実に勝てる要素は出ていないのだ。そこで、『戦略司令室長』時村・沙織(nBNE000500)時村沙織は一つの『追加戦力』の投下を決断する。 アークの通称の1つ、『神の目』の所以――フォーチュナ――の投入だ。 『万華鏡』によるバックアップの無いラ・ル・カーナにおいてアークのフォーチュナの能力は限定的なものに留まる。しかも、彼らに戦闘力は無い。最も危険に晒してはならない存在を最前線に投入するのはある意味でのギャンブルである。 『フォーチュナは戦闘能力を持たないが故に最前線に投入し難い』。しかし、『戦闘力のあるフォーチュナが居たならば』。そして、そのフォーチュナが『万華鏡に頼らずとも高精度の予知を可能とするならば』。全ての問題はクリアされるのだ。 そこで、沙織は本来ならば避けたい『借り』を代価として、『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア(nBNE001000)に作戦従事を了承させる。 そして黙っていられないのはアークのフォーチュナ達も一緒だった。苦笑いする沙織も、もう止めない。フォーチュナ達は己が『微力』を振り絞り、危険も厭わずに異世界の地を踏みしめる。 フォーチュナの力を受けて、果敢にバイデンと戦うリベリスタ達。 だが、『神の目』を通しても1つだけ、見通せなかったことがあった。 如何なる生き物よりも、戦いを識る生命体、バイデン。 その、本当の恐ろしさを……。 ● バイデン陣地の中枢、バイデンの王プリンスは、部下からの報告を耳にして口元を歪める。フュリエがその表情を目にしたら、バイデンの王が怒りを必死に噛み殺しているように思うだろう。 だが、実際は違う。 バイデンの王プリンス・バイデンは、本当の強敵と出会えた時、その喜びを表現する時、このような顔をする。彼にしてみれば、とびっきりの笑顔をしているつもりなのだ。並みのバイデンを含めて、大抵のものは怒った肉食獣を連想するだろう、猛々しい表情ではあるが。 その表情を横で見ながら、バイデンの戦士イェーグは、それこそ怒りを抑えるのに必死だった。 イェーグの怒りは自身に向けてのもの。 異世界の戦士『リベリスタ』に敗北を喫した己の未熟。 そして、敗北を喫したにも関わらず、生き残ったという恥。 いずれも、獣共の牙に身を投じたくなる程の汚点だ。弟分であるゲルンは、戦いの中に散ったというのに、自分はこの有様。情けないにも程と言うものがある。 恥を雪ぐにはリベリスタとの戦いに勝利するしかないと考えていた。だが、プリンスはイェーグの出撃を許さず、陣地に残るように命じてきた。これはプリンスから、自分への罰なのだ。無様を晒した自分は、全てのバイデンが望む極上の戦いに、指をくわえて待っていろというのだろう。 ならばいっそ、とイェーグの中で何かが囁く。 この場でプリンスに挑むか? プリンスに勝てるかは分からない。バイデンに稀有なイェーグの理性は、一方的に殺される公算の方が圧倒的に高いだろうと告げる。だが、ここで戦いが終わるのを、手をこまねいて待つよりも遥かにマシというものだ。 そして、イェーグの全身の筋肉が、戦いに向けて膨張しようとした時だった。 「どうも、『リベリスタ』の動きが良過ぎるのが気にかかる」 突然、プリンスがイェーグに声を掛けてくる。その言葉にイェーグは思わず動きを止めてしまう。 「フフ、連中とて必死……奮戦に疑問は無いがな。しかし、妙なのはあの部隊だ。後方で待機したまま全く動く気配が無い。他部隊の支援を行っている様子も見られない。妙だとは思わんか? 少なくとも前の戦いに『ああいう連中』が見えなかったのは確かだ」 「ハ、確かに。先日の戦い、ルフォグルスで偵察を行った際にも、ああした動きはありませんでした」 「これは勘だがな。あれが今回『リベリスタ』達の切り札になっているのかも知れん。突いてみる価値はあるのではないかな!? 勇敢なバイデンの戦士達よ!」 最後の言葉はその場にいた、バイデンの戦士総てに告げたもの。 そして、プリンスの目がイェーグに告げる。 行って来い、と。 行って、思うが儘に戦って来いと。 「オォォォォォォォォォォォォォォォ!」 快哉の叫びを上げると、イェーグは自分の得物を取りに駆け出そうとする。 それをプリンスは楽しげに制止する。 「俺を殺そうとした時の気魄、悪くなかったぞ。それで良い。『三竜』も連れて行け! ルフォグルスでは力不足。そして、お前なら奴らを使いこなせるはずだ!」 プリンスの言葉が一つ一つ、心に響く。 王はイェーグに罰を与えていたのではなかった。 おそらく前回以上の戦力を投入してくるだろう、『リベリスタ』。その新たな力にぶつけるべき戦力として温存をしていたのだ。それは、すなわち自分を信頼してくれているということ。 ならば、自分がするべきは全力で信頼に答えること。 この戦いでなら、命果てようとも悔いは無い。 死ぬには、良い日だ。 ● 「あんた達、ここにいたのか。良かった」 フォーチュナの護衛として最後方にいたリベリスタ達の元へ、『運命嫌いのフォーチュナ』高城・守生(nBNE000219)が愛用のタブレットPCを抱えたまま息せき切って駆けつけてくる。元々、身体がそんなに強くないこともあってか、呼吸は静まらない。だが、それ以上に何かに対する焦りが見受けられた。 「緊急事態だ。バイデンがまっすぐここに攻めてくる。あんたらには、ここでやって来るバイデンを迎え撃って欲しい」 守生の言葉にざわつくリベリスタ達。もちろん、フォーチュナが脅威に晒されることを想定していなかったわけではない。しかし、ここまで早い段階でそれが発生するなど、誰も想定していなかった。 「言いたいことは分かる。情報が漏れている可能性は低いし、バイデンの偵察部隊も見受けられない。……十分想定していたつもりなんだが、予想以上だったよ。奴らの戦闘における頭の回転って奴はな」 吐き捨てるように言う守生。 前回と違い、バイデン側の戦闘に対して効率的な対処と迎撃、攻撃を繰り出してくるリベリスタ。 リベリスタ側の陣の後方で動かずに固まったままの部隊の存在。 おそらくはそこから、何かしらの重要なものがいることに気付いたのだろう。もちろん、支援部隊だっているのだから、フォーチュナ班が特に際立って動いていないわけではない。 しかし、直感でリベリスタの生命線があると判断し、こともあろうにそこに戦力を投入しようというのだ。正直、ボトムチャンネルの常識で測れば、正気の沙汰とは言えない行動である。 「とりあえず、手短に説明を済ませるぞ」 なんとか呼吸を整えると、敵戦力について簡単な説明を行う守生。 戦力的にはバイデンが1体、巨獣が3体だが、その戦闘力は推して知るべしだ。 「だがな、ここを通したら、アーク側はやばいことになる。逆に、バイデンの性質上、ここに戦うのに十分な戦力があれば、戦いを優先させるだろう。だから……ここの守りは頼む」 そして、説明を終えた守生は、他のフォーチュナと合流するべく場を去ろうとして、上空を見上げて止まる。守生の様子を見たリベリスタ達も上空を見上げる。 すると、そこには空に浮かぶ3匹の竜。 その内、1匹。赤い竜の背中には一振りの剣を構えるバイデンが乗っていた。 ● 「闘争の風、か……」 赤竜の背で、イェーグは顔に風を感じていた。臆病なルフォグルスと違い、これらの3匹の竜ならば、使役を呪具に頼る必要は無い。逆に力で言うことを聞かせなくてはいけないため、使役出来るバイデンは数えるほどしかいないわけだが。 バイデンとしては端正に整った顔に、憂いの表情が浮かぶ。たしかに、自分もそれを久しく感じていなかったのかも知れない。先の戦いで『リベリスタ』に指摘された言葉は、正に正鵠を射ている。むしろ、冷静になってみれば、まずはその事実にこそ感謝するべきだった。 そして、バイデンにとって感謝を示す手段など1つしかない。 そうこうしている内に、『リベリスタ』達の陣地が見えてきた。さすがは、三竜。予想以上の速さだ。 眼下には11人の『リベリスタ』の姿が見える。彼らの切り札が何かは分からないが、まずはあそこから攻めさせていただくとしよう。 「行くぞ、『リベリスタ』! 我こそはバイデンの戦士、イェーグ! 我が友ゲルン、そして数多の死した同胞達よ! お前達に、『リベリスタ』の血肉を捧げよう!」 イェーグは雄叫びを上げると、3匹の竜を、大地に向けて駆るのだった。 ● 全身が痛む。 巨獣が降りてきた際の衝撃で吹っ飛ばされたようだ。しかも、どうやら足が折れている。 まったく、あいつらは立っているって言うのに、情けねぇ。 正直、そういう戦う力が持てなかった自分が気に入らない。あいつらは命を、文字通りの自分の運命を削って戦っているというのに、俺にはそれを安全な場所から応援することしか出来ないからだ。 もちろん、俺だって命は惜しい。 ただ、運命に与えられた力のせいで、戦いに行けないことが嫌なのだ。 ラ・ル・カーナに来た理由、それは仲間を救いたいという想いでも、世界を護る正義感なんかでもない。ただ、自分も一緒の戦場に立ちたかったのだ。そんな小さい意地を満足させるためだけにここにいる。 ま、これも因果応報って奴だな。 周りのフォーチュナが立派な想いで来ているのに、そんな根性だからこうなる。 だから、ここで俺が変な意地見せて、他のちゃんとしたフォーチュナをやらせる訳には行かない。奥地のおっさんだって、こっちには来ているんだ。だったら、俺に出来ることはせめて。あいつらの戦いの邪魔にならないようにすることだけだ。 「俺のことは気にするな! あんた達に任せる! 戦えないあいつらの命は、あんたらに懸っているんだ!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:KSK | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年08月20日(月)23:13 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 10人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● えーっと、それで何だっけ? バイデンの実力者、ねぇ。 どっちかって言うと、俺は巨獣とファイトする方が好きだから、そんなには詳しく無い方だけど。 ま、アンタらもプリンスは見ただろ? アレがバイデンの王。最も長く生きて、未だに敗北を知らねぇバイデンだ。あのグレイト・バイデンだって、プリンスには従う。あの獣共も分かるんだよ、プリンスの強さって奴は。 プリンスって言えば、イゾルデも外しちゃならねぇ。プリンスの傍にいる奴らはいずれもプリンスの選んだ精鋭。グワラン、クウラ、ピルロウ、スナーフ、ドドー。どいつもこいつもかなり強いぜ。 後はバル・カランとか『蛇将』グリムロアなんかも有名だな。あぁ、大鎌を振り回すオッサンと、グラスワームを従える槍使いだ。 やっぱ年寄り連中は強ぇよ。でも、イザーク――ほら、お前らの世界。こっちって言えばいいのか? ま、良いや。とにかく来た奴な――アイツは別格だな。同い年連中の中でも一際強ぇ。アイツの槍の鋭さには敵わなかったからな。 (ここからしばらく具体性を欠いた『強さ』の説明が続く。少なくとも『ゲルン』は説明下手であるようだ。そして、質問者が別の質問を行おうとした時に、『ゲルン』の表情が変わった) そう言えば……イェーグの兄貴がちゃんと戦った所を見たことねぇな。いつも遠慮してるけど、まともに戦えば俺より強いはずなんだよな。 なぁ、アンタはどう思う? 以上の文章は、特務機関『アーク』がアザーバイド『バイデン』の捕虜(個体名『ゲルン』)に対して尋問を行った際の記録の一部を抜粋したものである。 ● 「イェェェェェェェェェェェェグッ!!!」 守生からここに向かってくるバイデンの名を聞いた時から、胸は疼いていた。 だから、間近にバイデン達が迫ってきた時には、もう『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)は飛び出していた。全身の状態を極限まで研ぎ澄まし、1つの刃となる。 相手も阻もうとはしない。 むしろ、その挑戦を喜んで受け入れた。 「久しいな、異世界の戦士。いや、リベリスタか」 「今更、『異世界の戦士』だの『リベリスタ』じゃ燃えないでしょう? 自分はアークの戦士、天風亘。覚えておいて下さい!」 「覚えたぞ、『アマカゼワタル』! この間の借りを返させてもらう!」 亘のナイフを受け止めた瞬間、2人は笑みを交し合う。 しかし、それもほんの一瞬のこと。 すぐさま、戦いは始まった。アークとバイデン、その意地と誇りを賭けた戦いが。 ● 「「「ギャオォォォォォォォ!」」」 三竜の咆哮がアークの陣地に轟く。 リベリスタ達は直観した。こいつらは並みの巨獣とは格が違う。単に大きいだけの話ではない。「竜」という姿にふさわしい力を秘めている。そのことが分かったのだ。 しかし、その程度のことで怯むようなリベリスタはいない。後方にいる仲間を護るため、一層の闘志を燃やして立ち向かおうとする。 七布施・三千(BNE000346)は静かに立って、目の前の三竜の様子を伺っていた。目の前の竜達から感じる気配はただ、怒り。それはバイデン達よりもより純粋な憤怒の念だ。あまりにも強力な思念に飲み込まれそうになってしまう。 しかし、それに負けない仲間達の思念も、三千は感じ取っていた。 この異世界で共に戦おうとする、剣無きリベリスタ。 そして、剣無き仲間を護ろうとするリベリスタ。 これらの思念を感じる限り、破壊だけを望む猛獣などに負けたりはしない。 「守って、みせます」 強い決意を秘めた瞳で、三千は自分の数倍もある竜達を見据える。 そんなリベリスタ達の姿を見て、守生は自分の役目が終わったことを確信した。普段、ブリーフィングルームから送り出しているだけでは、決して見られなかったリベリスタ達の表情だ。普段、同じ三高平市に住んでいるリベリスタ達が、あれ程までに戦場では姿を変える等とは思わなかった。 アレは敵わない。 こっちは竜の声だけで体が動かなくなっているというのに。 でも、これで満足出来た気がする。最後にあの連中のあんな顔を見られたのなら、足の痛みも安いものだ。曲がりなりにも同じ戦場に立てたのなら、ここで死ぬのも案外悪くないのかも知れない。そんなことを守生が思った時だった。 「え? これは……?」 優しい風が戦場を駆け抜ける。 風の中心にいるのはエリス・トワイニング(BNE002382)。 竜の丸太のような尻尾がぶつかれば吹き飛んでしまいそうな、金髪の少女だ。 風の正体は彼女が呼び込んだ癒しの息吹。 「何でこのタイミングで!?」 守生が叫ぶのも無理は無い。まだ、竜達の攻撃は始まっておらず、リベリスタ達に怪我らしい怪我は無い。このタイミングで回復を行うなど、あり得ない。戦場における癒し手不足が嘆かれるアークで有数の癒し手である彼女が行うにしては、あまりにおかしなミスだ。 そこで守生は気付いた。 足が、動く。 エリスが「聖神の息吹」を使用したのは、守生の足を治すためだ。 「何でそんなことするんだよ!」 「……こと」 「え?」 エリスの言葉はいつも片言で、ぽそぽそ喋るために聞き取りづらい。 そこで、エリスは怒る守生に対して、またぽそぽそと答えた。 「皆の……傷を……癒し……誰一人……として……倒れる……ことの……無いよう……にすることが……エリスの……するべき……こと」 いつものようにぼうっとした表情のエリス。だが、裏腹に言葉の内側には強い意志を感じる。 「癒し手……としての……誇りに……かけて……回復する……のみ」 これが癒し手としてのエリスの矜持だ。 その言葉を聞いて、守生は気付かされる。エリスの能力も、それ程戦闘的とは言えない。強敵を相手にした時に、十二分に回復役を行うことは出来ても、敵を倒すのに十分な攻撃力は持っていない。むしろ、ある意味では仲間に守られる立場にある。 しかし、それでもエリスは自分の力が不足しているなどとは思わない。自分の力がそういうものならば、それを十全に活かし切ろうと思っているからだ。だから、巨大な竜を相手にしても、エリスは戦える。 エリスはその幼い外見――と言っても、守生より年上であるわけだが――に似合わず、歴戦のリベリスタ。既にいくつもの戦いを経験し、その多くを勝利に導いてきている。 「そういうことだ、モリゾー。だったら、君がこの戦場でするべきことは分かるな」 蛇の刻印が入ったナイフを構えて赤竜の前に立ち塞がり、敵を牽制していた『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)が、守生に問いかける。いや、口調こそ問いかけているが、既に答えは決まっている。そして、守生が答えないのを見ると、快は力強く告げる。 「この戦場でのお前の仕事は、生き残ることだ!」 優しさと厳しさを備えた男の言葉。 守生の気持ちは受け止めた。だが、勝利のためにどうすれば良いのか。そこに関しても譲るつもりはない。そんな力強い言葉だ。 「で、でも……痛て!」 言い返そうとした守生の前に立った『ピンポイント』廬原・碧衣(BNE002820)は、反論の暇も与えずにデコピンを放つ。綺麗にクリーンヒットし、彼はたまらず頭を押さえる。 「私達は仲間を見捨てたりはしない、というのは今更だろう? お前達が視るだけで辛いものを目にしている事は知っている。それでも尚予知を続けてくれるからこそ、私達も戦えるんだ」 碧衣は普段、あまり強い感情を見せたりはしない。今もそうだ。 しかし、その落ち着いた言葉は、逆に力強さを伴っている。 それを前にしては、守生も黙らざるを得ない。 「だからこれ以上くだらない事は言うな。全員で戻るんだよ」 真摯な瞳。それは何よりも雄弁だった。 「……分かった」 碧衣の言葉に頷くと、守生は陣地後方に進もうとする。折れた足が治ったわけでもないが、回復スキルのお陰でなんとか歩ける程度にはなっている。その姿にリベリスタ達は、安心して竜達へと向き直る。これで後顧の憂いは断った。後は戦うだけだ。 竜に立ち向かうリベリスタ達に、守生は様々な思いを込めていつもの言葉を叫ぶ。 「あんた達に任せる! 無事に帰って来いよ!」 ● 「1人逃げたか……可能ならば追いかけたい所だが、そうさせてくれそうにないな」 リベリスタの1人が逃げて行くのを横目に、イェーグは亘の刃を受け流しつつ状況を分析する。この場にいるリベリスタ達の闘気は並々ならないものを感じる。悔しい話だが、目の前にいる戦士達を放置して、逃げた1人を追いかける余裕などは無い。もちろん、最初に怪我を負っていた時点で、戦闘力が低いとは見切ったが、あの後の対応を見ると、何かしらの重要な役割――それこそ、プリンスの言う『切り札』に関わりがあるなど――があるようにも思えるのだ。 そこまで考えて、イェーグはシンプルな結論に達した。 目の前の戦士達が手強くて追えないなら、倒してから追えば良い。 「竜共! 様子見は終わりだ! 攻撃を開始する!」 「「「ギャオォォォォォォォ!」」」 イェーグの言葉に3匹の竜は三様の咆哮を上げる。彼らもいい加減、その獣性を存分に発揮したかったのだろう。イェーグ自身も、自身の顔に血化粧を施し元々高い戦意を、狂気の域にまで高める。 しかし、リベリスタ達もバイデンの動きを一方的に待つような甘い真似をするはずも無かった。 「お任せあれ、高城殿。その信頼に応えてみせよう」 「な、いつの間に!?」 イェーグの足元で影が変幻自在の動きをして惑わす。並みの相手であれば気配を察知出来る程に彼も鍛えている。だが、相手は数百年にも渡る忍びの家系の血を引くもの。くわえて、かのプリンス・バイデンを相手にしてさえ気配を直前まで気取られなかった男、『影なる刃』黒部・幸成(BNE002032)だ。並みの相手の気配を察知できる程度では、まだまだ甘い。 「今のタイミングで気付くとは、どうやら生粋の戦士とお見受けする」 「貴公もその動き、只者ではないのと観る」 幸成は本来であれば高めの身長を屈めて、間合いを測る。自分の体を小さく見せて、相手の攻撃をかわしやすくするための構えだ。 「生粋の戦士に対しては、最大限の力を惜しみなく発揮することで応えよう」 一気に距離を詰めて、幸成もイェーグへの攻撃を開始する。 その一方で、攻撃を開始した竜達とリベリスタ達の戦いも始まろうとしていた。 『花護竜』ジース・ホワイト(BNE002417)は睥睨する赤竜に対して、ハルバードを構える。 「たしかに強そうな相手だな、だけどよ」 大きく息を吸い込むと、逆に自身よりも巨大な竜を威圧せんばかりの勢いで叫ぶ。 「このハルバードは護る為にある! 普段は戦いに出ないフォーチュナのみんなが頑張っているんだ! 俺は仲間を殺させねぇ! 俺達が絶対護る!」 脳裏に浮かぶのは今まで自分が戦いに出ようとする時、心配そうに、あるいは信頼の笑みで送り出してくれたフォーチュナの面々。 そして、ジースが淡い想いを抱くフォーチュナの少女。 ジースはちらっと自分が握るハルバードに目をやる。そこには小さな花を護る竜の姿が刻まれている。力無いものを踏み躙っても良いという理屈は無い。小さく力無いものだからこそ、守らなくてはいけないのだ。だから、同じ竜であっても、破壊することしか知らない獣などに敗れるわけにはいかない。 「来いよ! ドラゴン野郎! 花護竜の底力みせてやる!」 叫びと共に、ジースの全身に闘気が満ちていく。 戦士であれば、その闘気が竜の姿をしているのを見ることが出来ただろう。 「本当なら、戦闘に加わるべきでないフォーチュナさん達や、アシュレイちゃんまで出向いて下さっているんです……!」 『リベリスタの国のアリス』アリス・ショコラ・ヴィクトリカ(BNE000128)もジースの後ろで鉤のような形をした剣を抜く。 アリスは普段からアシュレイと親交がある。そのアシュレイも、陣地後方に入るのだ。大事な人がいるから、そのために命を懸ける。だから、少女は巨竜に対して、蟷螂の斧としか思えない剣を向ける。 そして、剣に向かって祈りを込める。 愛する友人達の顔を思い浮かべて。 ハート形の装飾を施された剣は、銀色に輝く。 真っ向から戦って勝てるような相手とは思っていない。だけど、ここで負けられないという強さだけなら、自分達の方が勝っているとそう信じて。 「みんなで必ず無事にお護りし、バイデンとの戦いに勝ちましょう……!」 アリスの叫びとほぼタイミングを同じくして、天に光が走る。 その光はラ・ル・カーナの空よりも強く、戦場を白く染め上げる。その強い光が自然のものということはありえない。『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)の投げた神秘の閃光弾だ。 再戦を期して、そして巡り会えなかった相手への一方通行の手紙。 これが自己満足なのは理解している。 (だけど……バイデンって次の約束が出来ない人種だよね。次は無いかもしれない) バイデンの戦いはボトムチャンネルの常識で考えると、あまりにリスキーなものだ。ひたすらに前進あるのみ。その前進の際にも、死ぬことを望んでいるのではないかと思うほどに、危険な策を好む。 もちろん、綺沙羅もそれがただの無謀で無いことは知っている。一層の危険に挑むことこそ彼らの誇りであり、それゆえに彼らは実力を超えた力を見せる。しかし、それによりバイデンの戦いに命の保証が無いのも事実。 (だから、全力で倒す……!) もうあんな屈辱はいらない。ここでケリをつける。 そんな綺沙羅の殺気をイェーグは目聡く見つける。2人のリベリスタを相手にしながら、彼にひるむ様子は無い。 「ほう、その瞳。なにやら強い想いを秘めてこの場に来たようだな」 「うん、相手は違えどキサにとってもリベンジマッチ。2度も敗北してなるものか」 イェーグに答えると、綺沙羅は再び神秘の閃光弾を準備する。 そこでさらに、イェーグの前に1人進み出る。 亘のように勢いよく飛び込むでもなく。 幸成のように隙を伺ってでもなく。 堂々と、凛然と。 『ナイトオブファンタズマ』蓬莱・惟(BNE003468)は暗黒を身に纏い姿を現わした。 「バイデンの戦士イェーグよ、良い知らせと悪い知らせがある」 あくまでも騎士としての礼節を崩さずに。 「貴殿の友である戦士ゲルンだが、幸運にも生きていたのを我々が捕らえた」 「……砦の中に死体すら見つからなかったのはそういうことか」 妙に納得した様子のイェーグ。おそらくは戦いの後で、戻ってこない弟分のことを探したのだろう。死を気に病まないのと、死者に敬意を払うことは矛盾しない。そして、死体すら見つけられなかったから無念が募る。 「残念な事に今日の戦いを『次の闘争』の機会とする事が叶わなかった、なにぶん急な話でな」 「いや、重ね重ねの厚意、感謝する」 言ってからイェーグは改めて剣を構え直す。 「ならばここに来れなかったゲルンの分まで、剣を振るわせていただく。バイデンの戦士として」 「これは戦士ではない、騎士だ。故の強さと誇りを見せよう」 互いに言葉も出し尽くしたし、覚悟も見せ合った。 もはやこの先、交わす言葉は必要ない。 必要なのは、目の前の敵を倒そうとする意志だけだ。 ● 亘の手の中の刃が鋭く銀色に閃く。 幸成の手から放たれたオーラの爆弾が火を噴く。 イェーグは自分の体すら巻き込みながら、剣を振るう。 惟の呪いを帯びた刃が襲い掛かる。 「集中攻撃が卑怯とは言うまいな」 「数に勝る相手だろうが、潰してこそのバイデンよ」 獣達の指揮を取るものから倒すという選択を取ったリベリスタ達。それに対して、イェーグも退かずに戦っていた。元より、バイデンとて巨獣相手に集団で蹂躙する戦法を取る時もある。何より、戦いに関する工夫であればバイデンにとって卑怯と言えるものなど何一つない。 もっとも、亘に若干の引け目が無いとは言わない。数でかかるを卑怯とは思わないが、可能なら自分1人で決着をつけたかったという願いはある。 「どうした、アマカゼワタル。お前の本気はどうした? 数のことなら気にするな。俺は元より、前の戦いで死んだ友、そしてこの戦場に来られなかったゲルンの分も戦っている。むしろ、数ならば俺の方が勝っているぞ!」 前に戦った時の意趣返しなのだろうイェーグの言葉。亘は口を歪めると、目の前の戦いに向けて、精神の全てを研ぎ澄ます。 「守生さんは覚悟と悔しさを全て自分達に託してくれた。その想いを力に変えて!」 鋭い刺突を放つ亘。 イェーグはそれを受けようとして気が付く。その殺気こそがフェイント。 そこに無数の刺突が襲い掛かる。これこそが先の戦いで、バイデンすら酔わせた亘の美技だ。 今度は精神を集中し惑わされまいとするイェーグ。しかし、それは幸成に言わせると別の隙を生む行為に過ぎない。 「生半可な攻撃は不要、ならば最大火力で畳み掛ける!」 いつの間にやらイェーグの背中で爆弾が死の秒読みを行っていた。 もう間に合わないことを悟ったイェーグは、自分の再生能力を頼りに、攻撃に走る。 リベリスタ達を薙ぎ払うべく振るわれるイェーグの刃。 幸成は空に飛んでそれを避けると、後方の仲間に呼びかける。 「今でござる!」 合図に合わせて死の爆弾が炎を上げる。 「私だって!」 ハイアンドロウの爆風に紛れて、魔毒の弾丸と真空の刃が飛び込んでくる。 アリスが集中により練り上げた魔毒はバイデンの肉体を蝕み、ジースの放った刃は盛大に血を噴き出させる。彼女も真っ当にぶつかっては、バイデンの戦士の防御を破れないことなど分かっている。だったら、今の自分に出来る全力をぶつけるしかない。 「どうやら、こうした攻撃は効いてくれるようだな」 惟の刃が禍々しい光を帯びる。 惟の剣は相手の呪いを糧とする。仲間の力があれば、より一層の力を増すということも出来ようか。 「認めよう、バイデンの強さ、そしてその誇りを」 目の前のバイデンはこれ程の手傷を負わされながら膝を屈しようとしない。バイデン故の闘争本能なのか、それともイェーグ個人の資質なのかまでは分からない。だが、惟は素直に称賛に値すると思ったのだ。 「だが、これもリベリスタとして、騎士として矜持を曲げるわけには行かないのだ」 惟は呪いを纏った刃を振り下ろす。 騎士として、リベリスタとして。 この戦いに負けるわけにはいかないのだから。 ● 新田快は思い出す。 無数の獣が跋扈する戦場で自分が倒れた時のことを。 「俺達が捕まったから、アークは不利な反攻を選んだ」 あの後でバイデンの剣士との戦いを経て、生きて帰ってくることは出来た。だが、責任感の強い彼にとって、現状は決して本意とは言えない 「なら、皆と守生達の意気に、勝利を以て報いるのが俺なりの『戦士』の道だ」 その想いが彼を戦場に立たせる。 目の前に聳える巨大な赤竜よりも、その道を貫けないことの方が、よっぽど恐ろしい。 そんな戦士の姿に竜達も不穏なものを感じたのであろう。 大きく息を吸い込む。 そこから吐き出されるのは、灼熱の炎、極寒の冷気、裁きの雷光だ。 さすがにその3つを同時に浴びてしまっては、アークでも最硬クラスのクロスイージスである快を以ってしても無事に済むとは言えないだろう。リベリスタ達は一瞬、快の体が消滅する姿を幻視する。 しかし、その姿は現実のものとはならなかった。 「グォォォォォォォォォォォォ!?」 蒼竜が悲鳴を上げる。自分に何が起こったのか理解できていないといった様子だ。 「ふむ……思ったよりも暴れるものだな」 よくよく目を凝らしてみると、蒼竜は十重二十重に縛り上げられている。先ほど、碧衣が張り巡らせておいた気糸の罠だ。しかも二重三重の罠が準備されており、絶大な力を誇る竜と言えど、そう簡単に抜け出せるものでもない。 「最低でも守生を逃げる位の時間は稼いでみせるよ」 これだけ万全の準備をした上でも、確実に効果を上げる等と言う甘い考えを、碧衣は持っていない。それでも、自分の作戦を信じて、自信に満ちた風を装おう。自分で信じることも出来ずに、こんな綱渡りの作戦を渡りきる自信は無い。 加えて、これだけで全てを防ぎきれる訳でも無い。 赤竜の炎と黄竜の雷が戦場を駆け抜ける。 「来るぞ!」 誰かが警鐘の声を上げる。 一斉に防御態勢を取るリベリスタ達。 防御行動は十分に間に合った。範囲を焼き尽くす攻撃を「躱す」のは難しい。しかし、「防ぐ」ことは出来る、はずだった。それによってダメージを無くすことが出来るはずだった、理屈の上では。 しかし、現実は違った。竜の息吹はその上でもリベリスタ達を焼き尽くしてきたのだ。正直な話、真っ向から三竜を相手にしていたらどうなっていたか分からない。そこでリベリスタ達は、何故これらの巨獣が先の戦いに投入されなかったのかを悟る。 三竜は飛び抜けて強い上に、ほとんど制御が効かない。 だから、初めて戦う『異世界の戦士』の砦には使い辛かったのだ。これらに蹂躙させては、橋頭堡も形を残していたか分からないし、『異世界の戦士』が想定よりも弱かった場合、無駄打ちだ。そして、これを投入してきたと言うことは、バイデン達が『リベリスタ』を倒すべき敵として認めた証左であり、本気の証だ。 「だけど、『認める』っていうのは気に入らねぇよな」 ジースは赤竜の進軍を阻みながら、ハルバードを振るいバイデンと戦う仲間の支援を行う。 バイデンの誇りは認めよう。 だが、自分にとっての力はあくまでも『護る』ためのもの。戦いのための戦いは、ジースの望むところではない。一刻も早くこの戦いにケリをつけて、大事な者たちの安否を確かめたい。そのためにも、今はひたすらにハルバードを振る、いや、自らの『誇り』で戦うだけだ。 そんなジースの背中を光が照らす。竜がほんのわずかだけ怯む。 「……死ぬには良い日か。なら、もう一度戦いたいと思わせる事が出来たらキサ達の勝ちだよね」 感情を顔に出さず、竜達の動きを封じるべく動く綺沙羅。 たしかに、この場で力でバイデンを捻じ伏せれば、勝利と言うことは出来るだろう。だが、それでは何も変わらない。バイデン達は再戦を期して、再び襲い掛かってくるだろう……自分達がそうしたように。その中で再びフュリエにもまた被害は出るかも知れない。それでは、何も変わらない。永遠のいたちごっこが続くだけだ。フォーチュナの存在を知ったバイデンがどう動くかも全く分からない。 だから、バイデン達を変えなくてはいけない。 この戦いを本当の意味で終わらせるには、バイデン達の戦いに対する考えそのものを改めさせないといけない。今の所、どうすればそれが出来るか、などは分からない。しかし、そのためにも最低限、バイデンに打ち勝って、認めさせなくてはいけないのだ。 その一歩として、まずは目の前のバイデンに「もう一度戦いたい」と言わせてやる。 しかし、竜達にはそんな思惑は関係無い。ある意味で、バイデン以上に厄介な存在だ。 赤竜は炎を吐き、黄竜は咆哮を上げる。 炎はリベリスタ達を焼き、咆哮はリベリスタ達の自由を奪おうとする。 しかし、今度は途中で弾き返される。 「届かせません……!」 「再戦に……燃えている……人も……いるけれど……エリスは……エリスの……出来ることを……やるのみ……」 三千とエリス、2人の癒し手が呼び込む癒しの息吹が竜のブレスと激しくぶつかる。正直な話、敵の圧倒的な火力のせいで、回復以外の行動を行う余裕が全く無い。並みの精神力であれば、途中で心が折れてしまうような辛く長い戦い。 例えるなら、賽の河原で石を積む幼子。 いくら積んでも、鬼達は自分の努力を無に帰してしまう。それでも、積まなければ終わりは無いのだ。幼子なら諦めもしよう。 しかし、エリスの瞳にも三千の瞳にも、諦めは無い。 仲間を信じているから。 仲間だったら、必ずこの戦いを終わらせることが出来ると信じているから。 だったら、どんなにか細い路であっても、この路を進み切ってみせる。 そして、そこに三度、赤竜の炎が襲い掛かった。 ● ボンッ バイデンの足元で再び小規模の爆発が起きる。 前と見れば後ろ。 後ろと見れば上。 幸成の変幻自在の動きがイェーグを翻弄する。1対1なら相手に出来た、などとは言わない。それ程、幸成の動きは目まぐるしかった。 足元での爆発に、いよいよイェーグは膝をつく。 「我等が半身、冥界の女王よ。戦えぬ者が、守るべき者が後ろにいる、これに力を……」 幾重にも強化された呪いの刃がイェーグを貫く。 イェーグの意識が薄れていく。 その中でイェーグは悟った。 リベリスタ達の切り札は『バイデンの動きを読む何か』ではない。戦略的にそうしたものは存在するのかも知れない。しかし、目の前のリベリスタ達の強さはそれでは説明がつかない。自分がどのように動くのか、太刀筋の1つ1つまで知っているなどと言う動きではない。しかし、相対しているリベリスタ達の動きは、前回と質を違えている。 前の戦いの後、こんな噂を聞いた。『リベリスタ達は守るために戦う』と。最初は何を言っているのか理解出来なかった。だが、今なら理解できる。 獣にもそうしたものがいる。子供がいる時に襲うと、一部の獣は思いもしない戦闘力を見せてくる。 もちろん、獣と同じように考えるのは、失礼と言うものだ。しかし、似たような何かがあるのだろう。「守るために戦う」という概念には。 そして、どのような理由であろうとも、相手は強い。ならば、勝ちたいと思うのがバイデンだ。死力を尽くして、剣を握り直すと、イェーグは亘を見据える。亘も頷く。 「ワタル!」 「イェーグ!」 イェーグが放ったのは、自分を限界まで追い込むことによって放つ怒りの剣。極限まで威力を高めた刃は、風を切り裂きながら亘に襲い掛かる。 その圧倒的な威力を亘は体で受け止める。イェーグは確かな手応えを得た。 しかし、亘は笑みを崩さない。 イェーグは悔しそうな表情を浮かべる。そう言えば、前もそうだった。 「勝利の為の一撃を穿て!」 亘の放った一撃は、イェーグが防御に転じる前にバイデンの心臓を貫く。 生命力旺盛なバイデンと言えど、致命傷だった。 しかし、死を前にして、イェーグは妙に冷静だった。 「ハハ……また、俺の負けか」 敗北は不思議と悔しくない。来る前に抱いていた、自身への怒りなど、既に消え去っている。 「残念と言えば……ここで生き延びて、また、戦えないことか」 イェーグの中で、ここを生き延びることは「生き恥を晒す」ではなく、「またリベリスタ達と戦える」に変わっていた。何でこんなことを思うのか、自分でも分からない。 「お前達の強さの秘密、見抜いたぞ……。次は……勝つ……」 そうしてまた1人、戦いの人生を過ごしたバイデンの命が、『憤怒と嘆きの荒野』へと還って行った。 ● バイデンの戦士イェーグが倒れた一方で、鎖が無くなった三竜は猛威を振るっていた。 入念に張り巡らされた竜の動きを封じる策。 それすら、破れる時が来たのだ。 「竜達が……来ます!」 三千が叫ぶ。 今まで暴れることを禁じられていた蒼竜は喜び勇んで後衛のリベリスタ達の元へと雪崩れ込んでいく。リベリスタ達の盤石の牙城を踏み越えて、竜達の蹂躙が始まった。崩れさろうとする堤防を止めるにしては、あまりにも戦場に余裕が無い。 「ギャァァァァァァァァス!」 氷の嵐と共に蒼竜は歓喜の咆哮を上げ、全てを氷点下の世界へと誘おうとする。 「ま……だ……倒れる……わけに……いかない」 全身を凍てつかせたまま、エリスは癒しの詠唱を止めようとしない。ここで仲間を倒させるわけにはいかない。 「苦しかったら俺の背中を見ろ!」 快の叫びが仲間達を鼓舞する。彼自身、赤竜の憤怒をその身に浴びてきたのだ。全身は爪で引き裂かれ、牙に砕かれ、燃やされた。まさに満身創痍。それでも倒れるわけにはいかない。自分達のために駆け付けてくれたフォーチュナ達が危ないのだ。今度は自分が守る番なのだ。 「そいつらを相手にする暇があるなら……キサと遊んで行け!」 綺沙羅の元から現れた無数の鳥が、竜達を啄んでいく。 そこへバイデンを倒したリベリスタ達が駆けつけてきたことで、ようやくリベリスタ達は体勢を立て直す。しかし、一度倒れた体勢を立て直すことは、極めて困難だった。1人、また1人と倒れていく。 「あのバイデンも、巨竜も……恐ろしく強力な敵です……」 アリスの目に涙が浮かぶ。数多くの戦いを生き抜いてきたリベリスタと言えども少女。精神の限界に達したのだろうか? 「でも、アシュレイちゃんにまでご負担をおかけする訳には……頑張らなきゃ……!」 否。それは違った。この状況にあっても、アリスの心は屈さなかった。強者にすがり付けば楽になるのかも知れない。だが、友人を傷つけるわけにはいかないと、弱い自分の想いを断ち切る。 「ウォォォォォォォォォォォォォ!!」 快が三竜にも劣らない咆哮を上げる。 ボロボロの体を押して、赤竜にしがみ付き、その動きを封じようとする。 運命に救いを求めても届かない。だったら、自分の力でこじ開けてやる。 絶対の壁となれなくても、ここで仲間を守ること位はやって見せる。 アリスが最後の力を振り絞って放った魔力の弾丸が、赤竜の頭部を揺らす。 「今だ、やれぇぇぇぇぇぇぇぇ!」 「承知!」 動きの止まった赤竜の背後を取った時、幸成はほんの一枚、竜の鱗が剥げている場所を見出す。その小さな隙間に1本の気糸を穿つ。 「ウォォォォォォォォン!」 その一撃がトドメとなる。 赤竜は最後に一声嘶くと、今までの猛攻からは想像もつかない程、あっさりと倒れる。 しかし、そこで油断をすることも出来ない。 今度は戦場を稲光がつんざく。 黄竜の放った雷光だ。それは本来仲間である赤竜の死体ですら焼き尽くす。 「こいつ……」 リベリスタ達には次第に力尽きるものが出てくる。戦う意志が尽きたわけでもない。命が尽きたわけでもない。ただ、長きに渡る戦いの中で、スキルを使う気力を使い果たしてしまったのだ。そして、それを回復している余裕など、何処にもない。 「それでも!」 リベリスタ達は諦めない。 この先に仲間がいるのだ。 だから、負けるわけにはいかない。 リベリスタ達は自分達の意志で世界を守ることを選んだ。だから、ここで逃げても詰る者はいない。 リベリスタ達はここで逃げても良いし、戦っても良い。 だから、戦うことを選んだ。 「……死ぬな。死ぬなよ」 ジースはがむしゃらにハルバードを振るいながら、呟いていた。 こんな時であるにも拘らず、いやこんな時だからこそ、浮かぶのはあの少女のことばかり。ある意味で、最もリベリスタらしい感情とも言える。 本当は側で護って居たかった。 だけど、信じるしかない。 この場に立つもの全てがそれを願っていた。仲間を信じて、自分の出来ることを精一杯、やり尽くす。 「この誇りのハルバードにかけて、モリゾーを、仲間を絶対護ってみせる!!!」 ジースの中で闘気が膨れ上がる。竜の表情が分かるものであれば、それを見た黄竜の顔の色が変わったと感じたのかも知れない。同じ竜であるが故に、相手の力を悟ったのだ。 目の前の竜が、自分をも超える龍へと変じたのを感じ取ったのだ。 ジースは膨れ上がった闘気の全てを握り締めたハルバード「Gazania」へと込める。 ジースを覆う魔術装甲に竜の羽の如く、一筋の青い閃光が突き抜ける。 「皆で一緒に……」 力強い踏み込みで、距離を取ろうとした黄竜との距離を一瞬にして詰める。 全身の筋肉や骨格を連動させて、ハルバードにさらなる力を乗せる。 「帰るんだ!!!」 振り抜かれたハルバードは、巨大な竜を命ごと吹き飛ばすのだった。 ● 「この辺が、限界かな」 碧衣は冷静に呟く。 目の前では、延々と動きを封じられ続けた蒼竜が自分を睨んでいるのが分かる。獣と言えど、何が原因で自分が動けなかったのか位は分かるようだ。理屈だけで言うと、これからも動きを封じ続けることは不可能ではないだろう。 だが、リベリスタ達の多くは既に力を使い果たしており、決定打はあり得ない。 しかも、結果として蒼竜は多くの余力を残している。 この状況を千日手と言うには、あまりにも分が悪い。 むしろ、ここは時間を稼ぎ切ったと考えるべきだろう。 碧衣が蒼竜を抑えている間に、リベリスタ達は倒れた仲間を担ぎ上げ、お互いに頷き合う。 フォーチュナを守る、時間を稼ぐ、ひとまずの目的は果たしたと言っても良い。 背後から蒼竜の悔しげな唸り声が聞えてくるが、聞こえない振りをして駆け抜ける。 仲間達が待つ場所に向かって。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|