●塔の魔女 『あ、聞こえますかー? アークの忠実な味方、アシュレイちゃんですよー!』 幻想纏いから流れ出る、底抜けに調子のいい声。 それは『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア (nBNE001000)が寄越した、退くことの出来ぬ死闘への招待状だった。 『いいですかー? 今からそこをモーモーさんが通過します。百頭くらい』 ●Re:La-lu-carna 陥落した橋頭堡を奪還し、囚われた仲間達を助けるべく、リベリスタ達は再びラ・ル・カーナの地に脚を踏み入れた。 ここは憤怒と嘆きの荒野。 リベリスタとバイデンが、再び刃を交える死地。 陣を敷くリベリスタ達へと、赤銅の戦士達はその牙を剥く。 フォーチュナ達が予見したバイデンの遊撃部隊を食い止めるべく、左翼に配置された迎撃部隊の一角。 「……流石に、全部を相手にするには無理があるな」 溜息をつき、通信機代わりのアクセス・ファンタズムを仕舞い込む『月下銀狼』夜月 霧也(nBNE000007)。普段から笑みを見せることのないその横顔は、しかし常よりも厳しさを増していた。 「聞こえていたと思うが、あと少しでここに巨獣が突っ込んでくる。おおよそ百頭。はっきり言って、この人数でどうにかできる相手じゃない」 アシュレイが齎したのは、リベリスタ達の陣をこじ開ける破城槌の情報。 破城槌と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、先の戦いで橋頭堡の外壁を崩した、大巨獣グレイト・バイデンだろう。 だが、此度のそれは、群体をもって敵陣を蹴散らす角――猛牛の群れだった。 「もちろん、今から逃げ出せば、俺達が蹂躙されるのは避けられる。だが、そんなことは出来るはずがない。今更言うまでもないことだがな」 霧也の言葉に真剣な面持ちで頷きを返すリベリスタ達。 巨獣の進路の先には、バイデンのプレッシャーを必死で受け止める味方の本隊。そしてその向こうには、自らの身の危険を顧みずに参戦してくれた、フォーチュナ達が居るのだから。 つまりは、ここを通すわけにはいかないということで。 ――どうにかしてください☆ お気楽な調子で宣うアシュレイには、流石の霧也も戦場の緊張を忘れて脱力したものだ。 「向こうも余裕はないが、一人応援を送ってくれる。『アシュレイちゃん太鼓判の増援ですよ☆』……らしい」 とはいえ、百頭を前に一人増えたところで、焼け石に水としか思えないのは当然だ。だが、それを問われた彼は、緩く首を振ってみせた。 「猛牛をどうにかするのは第一段階に過ぎない。本命は、そいつらに『乗っている』奴らだな」 霧也は告げる。 その巨獣に跨り、群れを導いて突撃を仕掛けてくるのは、あのバイデンの若武者、イザーク・フェルノだと――。 地の果てに、砂埃が舞い上がる。 ●the Warrior 「『外の戦士』よ。『リベリスタ』よ。俺は嬉しいぞ」 激しく上下左右に揺れる巨獣の背にも苦労なく跨り、戦士イザークは荒野を駆ける。 彼は精神の高揚を隠せない。 彼は満面の笑みを隠せない。 「こうも早く、再び戦うことができるとはな――『アークの戦士』よ!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月可染 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年08月22日(水)23:57 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● ねぇ、知ってる? ルカは墓守。カタコンベに一人佇む、冷たい世界の番人。 この子たちを、まだ連れて行くわけにはいかないの。 だから。 だから、この悦びはルカだけのもの。 肉を貫く手応えも、肌を灼く痛みさえも。 また、あの高揚を。 命と命を奪い合う――そんな戦いを。 ● 荒野を疾走するトラックの荷台が、ずん、と弾んだ。 「痛っ!?」 「まったく、だから言ったじゃないか、揺れるぞって」 笑いを噛み殺した声に、その発生源である格子越しの運転席を涙目で睨みつける『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)。噛んじゃった、と出した舌には血が滲んでいて、その仕草が周りの者にまで含み笑いを伝播させる。 「だって、せっかく渋くてかっこいいおじ様が来てくれたんですから!」 「だとしても、ちょっと気を抜きすぎね」 一言で荷台の上を氷点下にまで冷却する『嗜虐の殺戮天使』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)。はーい先生、とおどけた少女に、溜息を一つついて絶対瀬零度の淑女は問う。 「それにしても、移動用のトラックなんて、よく乗ってきていたものね。今回に限って」 「……守備担当地域まで、歩くのが面倒だったからな」 むっつりと答えた『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)は、常の軽さと落ち着きを同居させた調子よりも、随分と落ち込んだ様子である。 「まあ、勝てるならばそれでいい」 先には備え付けのブルーシートでタイヤを隠す作業を率先して行った彼だったが、そこはそれ、というものである。 共に戦場を駆け抜けてきた愛車がスクラップになると確定しているならば、気が滅入るのも責められないことだろう。 「ボスに頼んだら補償してくれるんじゃない……かなぁ?」 自分で言っておいて首を傾げる『ピンクの害獣』ウーニャ・タランテラ(BNE000010)の言葉は、何の慰めにもなってはいないようだった。 「しかしまぁ……あのおっぱい姉ちゃんも突然無茶を言ってくれるもんだ」 ジョージ・オルソン。 アシュレイが寄越した援軍、背に翼を持つこの男は、アークのリベリスタの中でも音に聞こえた運転の名手である。 「このクラスのデカブツをオフロードで全力疾走させるなんざ、こんなことでもなきゃ絶対にやりたくないね」 こんなこと。 時折現れる段差や岩を緩やかに避けながら、平台二トントラックを全力疾走させる理由。 モオオォォォォ――! トラックの後方から聞こえる唸り声。視線を転じれば、猛り狂いながらトラックを追ってくる、数え切れぬ巨大な牛の群れ。 そんな状況で、普段と変わらぬ軽口を叩いている余裕こそ、流石というべきか。 「ついつい、現実逃避しちゃいましたけれど……」 セラフィーナが身体を固くさせる。 その牛の群れの中にちらほらと見える赤い肌の人影は、もう見慣れたバイデンの姿。 そして。 「イザーク・フェルノ……!」 立ち上がり、荷台の上に仁王立ちになる『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)。その険しい目が映すのは、橋頭堡で死闘を繰り広げたバイデンの若武者。 戦って敗れ、仲間を奪われた異界の戦士。 「おおおおおおっ……!」 跳ねる車上で千堂ばりのバランスを保ち、伸ばした腕の先、握り締めた傷だらけの拳銃の引鉄を引く。二度、三度――無数に響く銃声。マシンガンばりに吐き出された銃弾が、猛牛の硬い肌を貫いた。 「それじゃあ、せいぜい引っ掻き回すとしようか」 喜平が鉄塊じみた巨大な『銃』を振るい、それに続いて車上から攻撃が浴びせられる。 元々は、猛牛に『敵』と認識させ、リベリスタ自身を囮にするためのトリック。だが、その苛烈さは、もはやポーズで済むレベルではなくなっていた。 「これだけ数が多いのは初めてだ。……まあ、撃てば当たるだろう」 さすがに荷台に腰を落ち着け、身体を固定する『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)。立てた膝を支柱にして構える大弓――漆黒の翼を広げた女神は、その弦に鉄のクォーレルではなく、魔力を凝縮した矢を番えている。 「生きながらのバーベキューは可哀想だが――文句はバイデンに言ってくれ」 空に向けて不可視の矢を放つ。次の瞬間、天から降り注いだのは、無数に数を増やし、その全てが炎で包まれた呪矢だった。 もちろん、猛牛の群れは、バイデンはその程度で怯みはしないが――。 「ごめんね。本当は、あなた達と戦いたくなかったの――だけど」 アークの誇る害獣ウーニャが右手を掲げれば、血のように紅い球体がじわりと宙に現れる。それは呪詛の結晶、体内の循環から解き放たれた魔力の可視化。 「だってこんなにおいしそうなんだもの」 ぬらりとした輝きを放つ魔力球が、ゆっくりと舞い上がり――。 「みーんな、バーベキューにな~れ!」 爆ぜる。 一瞬の閃光。それは不運招くルナティック・レッド。全身に少なからぬ火傷を負ったキングブルには、その赤い光が孕む呪詛は一層苦痛となって肉を苛む。 だが、猛牛は唯走るだけであっても、跨るバイデンはそうではない。 「小癪なっ」 ぶん、と投じられたのは、投擲に特化した狩猟用の手斧。風切り音が唸り、一瞬の後に破砕音が響く。荷台側面のガードが、その一撃で吹き飛んでいた。 「……ちっ、コンディションが悪すぎるな」 思わず舌打ち一つ。精密射撃には絶対の自信を持つ『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)でも、激しく揺れる車上で、高速で飛来する手斧を撃ち落すのは至難の業らしい。 相変わらずの破壊力を誇るバイデンの投擲。彼らがタイヤの概念を知らなかったのは、リベリスタにとっては幸運だったろう。 「ならば大元を叩くまでだ」 構えた相棒は、古式ゆかしい火縄銃。火皿の口薬に引火した火は、やがて篭められた銃弾に達し――。 「雑賀衆の鉄砲、古臭いなどと侮るなよ――でなければ」 引鉄を引く。破裂音。一瞬の後、一人のバイデンが腕を押さえるのが見えた。 「その身をもって知れ、それは過ちだと」 「ふぅん、たつはるも中々やるわね。むっつりスケベの癖に」 ファインプレーを素直に褒めず、混ぜっ返す『シュレディンガーの羊』ルカルカ・アンダーテイカー(BNE002495)。む、むっつりスケベとは何だ、と口ごもる龍治に、更なる追撃がかけられる。 「だいたい、バイデンって鉄砲のこと知らなかったから、古いも新しいもないんじゃないかしら」 ピンチのときこそ笑ってみせる、それがリベリスタの心意気ではあるが――。 「……黙っていろ淫乱ピンク」 むすっと黙り込んだ龍治。ティアリアが含み笑いしつつ、ピンク繋がりで巻き込まれたウーニャのフォローに入る。 「該当者は二名。どっちもシリアスは向かないから、誤爆の心配をしなくていいわね」 フォローしていなかった。 「トラックは守ります!」 ゴン、と。 飛来した手斧を盾で叩き落した音。『鉄壁の艶乙女』大石・きなこ(BNE001812)狙撃隊に変わって前面に出た彼女は、文字通り身体で攻撃を防いでいた。 「これでも、硬さには自信があるんです」 プレートアーマーを着込み、多少の衝撃をものともせずにトラックを庇うきなこ。彼女を、ホーリーメイガスだと難なく見抜く者はいるだろうか。 「流石ね。遅い硬いエロい。ルカもエロいけど。エロスだけど」 「エロいって何ですか!?」 ほとんど絶叫するきなこを、ルカルカさんの言うことですから……と宥める『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)。 「あまり本気で取り合わなくても、と思いますが」 「は、はっきり言いますね……」 手を当て、気力を分け与えていたセラフィーナが、苦笑いしながらカルナへと目を向ける。だが、意外にも、その横顔に笑いの成分は残っていなかった。 「――まずは、勝たねば何も為せないのですから」 故に今為すべきを、とカルナは諭す。その姿は聖職者然として、杏樹などは、なんだか差をつけられたな、と拗ねてみせたものだ。 もっとも実のところ、程よく肩の力が抜けていたメンバーの中で、唯一彼女だけはリラックス出来ていなかったという側面もあるのだが。 「ヘイお嬢さん方、そろそろ崖が近づいてきたぜ。準備はいいな?」 「飛ぶ準備は出来ている」 運転席のジョージの確認に、短く答える『月下銀狼』夜月 霧也(nBNE000007)。きなこが定期的にリフレッシュしてくれた甲斐あって、フライエンジェ以外の背中にも、仮初の翼が出現している。 それ以外にも、めいめいが自分の力を――ある者は身体のギアを意識して切り替え、ある者は闘気を身に纏い、またある者は身体を循環する魔力を増幅することで――引き出していた。 「オッケィ、そんじゃ――いくぜっ!」 次の瞬間、浮遊感が彼らを襲う。 落ちて行く。谷底へと。 「翼に意識を集めて、羽ばたかせてください!」 飛行することに慣れていないメンバーへと、カルナがアドバイスを送る。その通りに件名に背中に意識を送る一同。 やがて、一人、二人と翼をはためかせ、宙に舞い上がり――。 彼らは、キングブルの群れがトラックを追って崖へと跳び、レミングよろしく次々と垂直方向に突撃していくのを目の当たりにするのであった。 そして。 盛大に蹴立てられた砂埃が薄れ、互いの姿が見えるようになった頃。 「……谷に落ちてくれれば楽だったが、そうもいかないか」 喜平の左目が、すぅ、と細まる。 そこには、キングブルから飛び降りた九人のバイデン達。 「俺は嬉しいぞ、『リベリスタ』。だからこそ、わざわざこんな所まで追いかけてきてやったのだ」 奇妙に膨らんだ拳を振り上げ、イザークが吼える。 「さあ、死闘を始めよう――『アークの戦士』よ!」 ● 次の瞬間。 桃色の風が荒野を吹きぬけ、イザークを包んだ。 「うっす、おらルカルカ。お話できるようになったわね、イザーク」 「――お前か!」 誰よりも速く舞い降りたルカルカが、のっけから最高速に達した脚でイザークの懐に入り込んだ。 静止する一瞬。触れるほどに近づく唇。絡む視線。絡む死線。 「再戦、受けるでしょ? それともオトモダチの牛がいないと不安?」 「よく言った!」 破顔一笑。槍の柄で殴りつけようとする若武者、だがその動きを制するかのように、ルカルカのナイフが目にも留まらぬ速さで突き入れられる。幾度も、幾度も。 「ルカね、あのときより強くなったわ。イザークと戦うために」 いくつかの突きは柄に弾かれ、しかし完全には防ぎきる事ができず、魔力を帯びた短刀は赤銅の肌を切り裂いていく。 「イザーク!」 「お前の相手はここだ!」 助けに入ろうとするゲオルギィ。だが、この壮年の戦士の行く手を、白き翼を広げた黒衣の剣士が阻んだ。 咄嗟に掲げた盾が、反りの浅い打ち刀を受け止めて耳障りな音を立てる。 「リベリスタ、新城拓真。……戦おう、バイデンの戦士よ!」 膨れ上がる闘気。一瞬にして張りつめたそれが、一点に収束し――開放される。再び振り下ろした刃は甲羅の盾すら弾き飛ばし、ゲオルギィの胸を斬って爆ぜ裂いた。 「やるではないか、リベリスタ!」 「俺の全力を以て――お前達を、この場で倒す!」 ニヤリ、と口角を上げるゲオルギィ。食い殺さんばかりの視線を叩きつける拓真。張りつめた空気。戦場の熱気。それらが、この熟練の戦士から、イザークの救援に赴くという選択肢を棄てさせる。 「長旅ご苦労さん、バイデン諸君」 二人に殺到する他のバイデン達。だが血と鋼鉄の円舞に身を投じたのは、彼らだけではない。喜平がその得物を振り下ろしたのは、イザークへと加勢しようとした棍棒の戦士だ。 「色々と掻き回して悪かった、ここからは小細工無しの真っ向勝負だ」 イザークへと集中攻撃を仕掛ける心算だった喜平だが、道を阻まれた以上はしょうがない。鉄骨と紛う長大な散弾銃を『振りかぶる』のは、機械の右手と生身の左手。 そして、『振りかぶった』以上は、『振り下ろす』必要がある。 「そらよ、っと!」 それは、例えば狙撃手たる龍治に言わせれば、ほとんど銃器への冒涜と言ってもいいほどの行為。 確かに、接近戦に持ち込まれた場合、銃床で殴りつけるのは緊急避難としては有効だ。銃剣というオプションもある。 だが、渾身の力を篭めて、銃身で殴りつける――これはありえないはずなのだ。銃身の僅かな歪みは直進すべき銃弾の行く先を捻じ曲げ、致命的なまでに命中率を落としてしまうのだから。 しかし、彼の相棒――墓標にも例えられる巨銃は、そんな心配を笑い飛ばす。それはまさしく鈍器にして鉄塊。硬質の圧力が、バイデンの肩を砕く。 そして、反撃もまた。 「ハッ、いいねぇ。けどな、教えてやるよ――」 戦士が握り締めるのは、巨獣の肋骨と思しき一本の骨。革を巻いただけでほとんど加工もされていないそれは、原始的だからこそ、その破壊力を偽らない。 「棍棒って奴は、こうやって使うモンだっ!」 ぶぉん、と。 何の技巧も無く、力任せに叩きつける。研究開発室謹製のバトルスーツは確かに一定のダメージを吸収したが、その衝撃は軽々と新商品の限界点を突き抜けて。 「……右腕でなければ、持って行かれていたな」 咄嗟にかばった機械の腕。喜平の全身を駆け巡る衝撃。後方に控えるカルナが、その光景に息を呑んだ。 だが、目を奪われたのは一瞬、すぐに彼女は自らの役目を思い出す。 「主よ。いずこの天の下にも御身の子は祈り捧げたり――」 十字を象った権杖を高く掲げ、翼の聖女は尊き存在に希う。 彼女の聖典は異端の書。そして何よりも、その揺るぎない意思。彼女の信仰を理解することは、あるいは彼女以外の誰にも出来ないことかもしれないが。 「神と聖霊と子の三位において、敬虔なる子羊は願う」 瞬間、カルナを中心に柔らかな風が渦を巻く。渦はやがて一つの方向に流れを変え、土埃舞う戦場を駆け抜ける。 「癒しの手よ、在れ」 喜平を包む清浄なる風。痛みが失せていくのを感じ、有り難い、と彼は片手を上げる。 正面衝突。 まさにリベリスタとバイデンとの戦いは、その一言に尽きる状況となっていた。 「く……うっ!」 骨の大剣を鋼鉄の鎧で受け止めたきなこ。もちろん、中世さながらなのは見かけだけであり、その鎧にはアークの技術の精髄が注ぎ込まれているのだが――。 バイデンの膂力は、科学技術を軽々と凌駕する。 「なかなかしぶといな、リベリスタ!」 「ええ、それが取り得ですから」 だがそれは強がりだ。堅牢足る防御を誇る彼女とて、前衛を張る機会がそう多くあるわけでない。もちろん、それが悪いというわけではない。きなこの鎧は、そんじょそこらの剣士よりもよほど厚いのだ。 だが、なんと言っても、彼女の本職はあくまでも癒し手だ。それは、『有効な攻め手を持たない』という点において、端的に現れていた。 額に流れる汗。――もし、このバイデンが自分への興味を失い、他のバイデンに加勢してしまったら。 「けれど、バイデンの剣もその程度ですか」 慣れない挑発さえしてみせる。何だと、とバイデンの戦士が鋭い視線で彼女をねめつけた、まさにその時。 「剣だけが力だなどと、言ってくれるなよ」 ドン、と。 きなこへと意識を向けた、バイデンの僅かな隙。その僅かなチャンスを見切ったかのような銃声が戦場を圧した。 いや、『見切ったかのような』、ではない。 龍治は正しく『見切った』のだ。照準を合わせることすらせずに無造作に引いた引鉄。長筒から吐き出された魔弾が、巨人の右肩を穿つ。 「力こそ至上と考えるお前達の目には、こいつは軟弱に映るかもしれんがな」 「ハッ、見くびってくれるな」 血を流しながら、バイデンはいっそ愉快げに笑って見せる。お前は、見知らぬ武器や術を使う敵に出会った時、卑怯だと詰りながら負けるのか――そう言われれば、その通りだな、としか龍治は答える術を持たない。 「これも力だ。さあ、死合うとしよう」 「おう、そこを動くなよ、アークの戦士よ!」 勇壮に吼え、龍治へと詰め寄ろうとするバイデン。だが、その間には完全武装の乙女が立ちはだかっていた。 「後方へ向かうと言うなら、まずは私を倒してからにしなさい!」 「そうか、俺は二度も戦えるのか……!」 喜色を含んだ声。再び得物を振り上げた赤銅の戦士は、だがしかし、初めてその顔を苦痛に歪めた。背中に突き立つのは一枚のカード。 「売った喧嘩は買い戻すのよ……ってね」 それは側面からウーニャが投じたカード。魔力で編まれたそれが示すものは『破滅』、塔の魔女ばりの占いの結果は、敵の背で派手に爆ぜた。 「悪いけど、私は戦士じゃなくて、通りすがりのただの女の子なの」 手の内にオリジナルの『道化師』のカードを隠し、今風の『女の子』はすらりとした脚をむき出しにして見せ付ける。 「戦士ではない、だと? ならば何のために戦う」 「そんなの決まってるじゃない」 額を飾る黒曜石のビンディよりも、なお深く吸い込むような瞳。ウーニャの挑戦的な視線が、バイデンを見据えて。 「私達は、友達のためなら戦士じゃなくても戦うの」 そう言い切った。 だが意外にも、バイデンはその言葉にすら機嫌よく反応を返す。 「だがお前は戦士だろうよ。これほどの戦いぶりを見せる事が出来るならば」 「くっ……! ぶん、と振り下ろした得物が軽々ときなこを弾き飛ばす。 彼女のみならず、進路を塞ぐべくカバーに動いたウーニャ、そしてその後背の龍治も、バイデンのパワーの脅威に冷たいものを感じていた。 ● 「一度舐めた辛酸を二度も三度も味わうのは、もう懲り懲りよ?」 敗北の経験。 それが、手段を問わない大胆さをティアリアに選ばせる。 前に踏み出したホーリーメイガスはきなこだけではなかった。バイデンの戦士との対峙。手にした鎖付きの鉄球は禍々しく、敵手の握る斧と比べても遜色がない。 「かといって、そうそう無茶したいわけではないのだけど、ね」 身体に輝く護りのオーラを纏わせた彼女は、ひたすら耐えることに終始している。例え鉄球を通してでも精気を吸ってみせるのがヴァンパイアの作法だが、この場では焼け石に水だろう。 意外と何でも器用にこなす彼女も、流石にバイデンをねじ伏せるほどの格闘の心得はない。 「ふん、やられてばかりか? 腰抜けが!」 「勝手に言ってなさいな」 次の瞬間。 轟、と彼女の周囲を突風が捲いた。 それは癒しの風。それは護りの風。だが、ティアリアの齎したものは、カルナのそれほどにはおとなしくはない。 「高次存在とやらが何様かなんて知らないわ。力を貸しなさい、使ってあげるから」 高慢に、傲慢に言い放つ淑女は、しかしその内に、祈り捧げる壊れやすい本質をも併せ持ってはいるのだが――果たして、力の源泉はどちらの『彼女』に力を貸したのか。 「ティアリアさん、次は私が」 「ええ、頼むわね、カルナ」 背後から聞こえたのは本物の聖女――そう呼べば本人は嫌がるだろうが――の声。体内を巡る魔力を活性化させていても、燃費は際立って悪いのだ。この調子では身体と気力とどちらが早いかしら、とティアリアは溜息をつく。 「大丈夫です、その分私が頑張ってみせますよ!」 ぎりぎりの戦場では、最後の最後に物を言うのは幸運であり戦意である。幸運の女神の髪を引っ張り、弱気になる心に鞭を入れるようなセラフィーナの鮮やかなエールが、澱んだ戦場の空気を切り裂いた。 「そこの貴方と貴方、勝負です。二人掛りで構いませんよ。――貴方達は弱そうですから」 「何を言ってやがる」 僅かに身体を浮かべた有翼の騎士は、どこか甘やかな声でバイデン達へと呼びかける。しかし、目論見通りには事は進まない。一つには、彼女の容姿がフュリエによく似ていることにも原因があるだろう。 だが、彼らの目は次の挑発で変わる。 「貴方達は目の前の敵を見過ごそうと言うのですか! 今この瞬間、戦いがあるというのに!」 「ふん……」 戦い。 それはバイデンにとって何物にも換えがたいもの。 戦いから逃げたと言われれば、彼らはそれ以上語る言葉を持たない。鼻を鳴らし、棍棒と長剣を振りかざした二人が、セラフィーナへと殺到する。 「獣を気にせずに戦えます。勝負です!」 彼女が振るうのは、柳もかくやという細身の刃。けれど、バイデンの剣を受け止め、火花を散らしても、刃こぼれ一つ入る事はない。 夜明けを齎す霊剣は、鬼の血を吸ってその力を増している。 ましてや、この刀に篭められた思いは、ただ一人分だけではないのだから――。 「今度は私から行きますよ!」 繰り出した斬撃は十と三。輝ける剣捌きはほとんど芸術的なまでの美しさを見せ、鋼鉄と血の臭いに飢えたバイデンの長剣をも鈍らせた。 だが。 「大口を叩いた割には、随分お粗末だな!」 「ああっ!」 横合いから彼女を捉えた棍棒の一撃が、瞬時なれど彼女の意識を狩り飛ばす。ホワイトアウト。だがセラフィーナもまた経験を詰んだリベリスタだ。追撃の可能性に思い至り、無理やりに意識を引き戻す。 「……来なさい!」 「行くぞ……何っ!?」 次の瞬間。 天から降り注ぐ、無数の炎。思わず顔を庇うバイデン。 「遠くからで悪いな。私もお相手願おうか」 杏樹が抱く女神の翼が、異界の空を狙っていた。さらにもう一射。魔王たる火神とも例えられる業火が再び飛来し、魔力の鏃を核にした火弾となってバイデン達を射抜く。 「お前達の強さはよく知っている。手加減はしないよ」 黒く染まったカソックは、少女の姿をしたシスターが纏うには奇妙ではあった。修道服の上に羽織った長衣には、聖痕とも思しき剣十字の刺繍。 各所を強化した重装甲は、信仰の一つの姿か、彼女自身の投影か。 ――仲間を失うのは、もう二度とゴメンだ。 敗北し、仲間を連れ去られたのは記憶に新しい。解放されたのはバイデンの気まぐれに過ぎないことくらい、説明されなくても判っている。 この一戦は絶対に負けるわけにはいかない。その決意もまた、然り。 「雪辱戦だ。覚悟を決めるぞ」 硬質の呟きに溢れる杏樹の決意を、誰が疑うだろう。 バイデンの圧力を受け止める、喜平、拓真、セラフィーナ、霧也、ルカルカ。 脚を使って牽制を続けるウーニャ。 さらには、きなこやティアリアまでがブロックに参加する状況。全てが『前衛』であるバイデン相手に、戦線の構築を図るのは並大抵の労力ではない。 だからこそ、『守られる』後衛たちは理解していた。誰かが倒れる前に、一人でも多く敵を打ち倒す――これは、いわばスピード勝負の一種なのだと。 『聞こえるか、不動峰』 『聞こえている、雑賀』 それは、異常なほどに研ぎ澄まされた聴覚を持つ二人だからこそ成り立った会話。戦場音楽が奏でられる中、呟きを拾うような会話は続く。 『ゲオルギィといったか……あの盾のバイデンが司令塔だ。イザークはアンダーテイカーとの戦いに夢中だな』 『私もそう思う。やるか』 銃とクロスボウ、相棒は違えど狙撃手としての立ち位置は変わらない。同じ景色が見えているからこそ素早く纏まった相談に、龍治は心地よさすら感じていた。 ――俺自身に、バイデン共を打ち倒す為の大義は無い。 それは龍治自身が理解していること。エウリスの要請検討にも、バイデンへの対応協議にも、彼はついぞ顔を出していない。 アークとして決まったことであれば、従うまで。それは確かに名分の立つ話ではあったが、しかし大義と称するには、そこまでの思い入れが無かったのも事実なのだ。 だが、胸の奥でふつふつと燃えるものがある。 それは、橋頭堡を巡る戦いで前の戦で見た、愚直な迄に強者を求める姿。 (ただ、その行く末を見てみたい) その思いだけが彼を突き動かす。それは、結局のところバイデンと戦うということ。戦うことで理解するということ。 だからこそ、同じ地平に杏樹がいることが、こんなにもありがたいのだ。 微動だにせず狙いを定め――その時を待つ。 一方、ゲオルギィを抑える拓真は、流れる汗を抑えきれずにいた。 「ゲオルギィよ、俺はお前達に会えた事に感謝している」 荒い息。ゲオルギィの戦い方は一撃で仕留めに来るような激しいものではなかったが、精緻に、ちくちくと体力を削られるのは、それよりも厄介だ。 強い。 奴らは、強い。 それは今回を待つまでも無く、橋頭堡の戦いで既に思い知っていたこと。 だからこそ。 「自分がどれだけ弱く、世界が広い事を教えてくれたからだ」 「がっかりさせてくれるなよ、『アークの戦士』」 対するゲオルギィは白けた顔を見せる。見たことのない鋼鉄の刃を振るう男。自分と渡り合う目の前の戦士を、ひとかどのものだ、と認める気持ちすらあったのだ。 「興ざめだな、自分は弱いなどと腑抜けられては」 「韜晦しているつもりはない。だが――」 愛刀を正眼に構える。 「俺は強くなる。誰よりも、だ」 一足一刀の間合い。あえて右足から踏み込んだ。飛び掛るようにして距離を詰め、伸ばした右腕をしならせるように振り下ろし、叩き付ける。 「祖父の剣を継いだ者として、その責務を果たす!」 二刀が一刀に変わろうとも、その精髄は失うまい。 「……未来を、俺達が切り拓くんだ!」 防御を棄てた一閃が、ゲオルギィの肩から腰までを斬り下ろし。 「今だ!」 「悪足掻きで終わらせはしない!」 杏樹の放ったクォーレルが腹に突き立つ。そして龍治の筒より火薬の匂いと共に撃ち出された魔弾がゲオルギィの額を正確に穿って。 「イザー……ク」 一瞬の後、スイカのように爆ぜさせた。 「いい戦いだった――全く、心地良いまでに強く、潔い」 そう龍治は一人ごちる。例え、その心中に一抹の喪失感を覚えていたとしても。 だが、リベリスタに傾いた天秤は、再びバイデンの側へと揺り戻る。 ● 「私にとって、暴力を好むバイデンは『嫌いな敵』でした」 エリューション。フィクサード。あるいは――大切なものを奪った、岡山の『鬼』のように。 必死に――文字通り必死に、二人のバイデンを相手取るセラフィーナ。既に運命の加護は脱ぎ捨てた。 彼女が踊るのは、浮き上がったと思えば地表ぎりぎりを滑るように飛び、棍棒と剣とを避け続ける終わり無き輪舞。そんな薄皮一枚のひりつくような勝負なのだ。 「けれど今は違います、バイデン!」 地を叩く棍棒を避け、形見の刃で剣を受け止める――鍔迫り合い。 まずい。 まずい。 足を止めてはいけない、その危機感のままに真横に『飛ぶ』。横殴りに空間を抉り取った棍棒のプレッシャーが、ポニーテールの尻尾を掠めた。 髪が引っ張られ、揺れる感触。だが、その圧力に、悪意は微塵も感じられない。 ――やっぱりだ。 捕らえられた者達のレポートを読んで以来、胸の奥で消えずに燻っていた思い。彼らにあるのは、敵意でも悪意でもなく――ただ純粋なる闘志。 「貴方達は、私の『好敵手』です。決着をつけましょう!」 疲労も目立ってきた。もう何度も繰り出すことは出来ないだろう、光のシャワーの如き剣技。だが心を奪うまでには至らず、バイデンを鋭く突いて傷つけるのみ。 そして。 「ああっ……!」 戦士の剣が彼女を捉え、ばさりと斬り捨てた。たまらず上空へと逃げたセラフィーナ。 しかし、それは狩猟者の前に身を晒す雌鹿のように、あまりにも無防備な姿で。 「これで、終わりだっ!」 しゅる、と風を切って飛来した手斧が彼女を直撃し、その意識を刈り取った。 潤沢な回復力で持久戦へと推移していたこの戦い。だが、一人で二人の戦士を抑え続けたセラフィーナが力尽きたことで、戦況は急激に動いた。 霧也もまた倒れ、バイデンの一人を倒すことで一矢を報いるも、前衛の戦線に加わる圧力に耐え切れなくなってきたのだ。 「ばーか、どこ狙ってるの? 相手はこっちよ」 あえて一人にターゲットを定めず、戦場を駆け回ってバイデンを掻き乱すウーニャ。 獅子のように果敢に斬り込み、また気まぐれな猫のように矛先を変えるその様は、害獣の二つ名に相応しい。特に、彼女が操る気の糸は、バイデンを縛り上げ、その勢いを少なからず削いでいた。 「それにしても、もうちょっと女の子の扱い方くらい、覚えたほうがいいんじゃない?」 乱暴に振り回された得物を紙一重で避け、エキゾチックな微笑と共にぴしゃりと言い放つ。 バイデンに男女の別がないことは承知の上。それでもあえて挑発的な態度に出たのは、前衛にかかるプレッシャーを少しでも引き受けるためだ。 「それじゃ、もうちょっと行くよっ。紅き月よ照らせ、滴る血のように――」 またもウーニャの頭上に現れる、呪力の赤い『月』。 三つの月に見守られる世界に生まれた四つ目の月、不吉の象徴たる紅光は、真昼の空に燦々と輝いて常命の者の足掻きを嘲笑う。 「本隊に手出しはさせない。でも、みんなも絶対、全員無事で帰るんだから」 彼女が握るジョーカーのカードが齎すのは、素晴らしいツキと過酷なる運命。ああ、それこそが、今のウーニャには最も必要なものに思われた。 「気をつけなさい。ここで倒れても、抱き上げて運んでくれる甲斐性はなさそうよ」 「うう、やっぱりデートの誘い方くらいは特訓してあげないと駄目かなぁ」 いつしか背中合わせになっていたティアリアに、軽口で返すウーニャ。互いに、その口調ほどの余裕はなかったが――。 「何をごちゃごちゃ言ってやがる」 赤銅の肌の戦士の斧が、唸りをあげてティアリアを襲う。身を翻して避けるも、避けきれるものではなく左肩を掠めた。 抉られた肉。流れ出る血が衣装を染め、対照的に元より色白の肌を蒼白へと変えていく。 「こ……の」 殺戮の天使にとって、ただ殴られっぱなしというこの状況が面白かろうはずはない。だが耐えた。耐え続けた。 一分でも、一秒でも長く立ち続け、バイデンを釘付けにすること――それが、勝利へと繋がる道と信じて。 「『リベリスタ』とやらも腰抜けだな。守るばかりか」 「まさか。こんなところで死ぬなんてもったいないでしょう?」 貴方達よりも、強い敵が。 貴方達よりも、楽しい戦いが。 「ねぇ、もっともっと素晴らしい快楽が、待っているというのに!」 「ハ、嬉しいね!」 横殴りに振るわれた斧頭をバックステップで避けながら、ティアリアは距離を取る。短い文句と共に捧げられる祈り。巻き起こる涼風が撫でたかと思えば、彼女の肩の傷が瞬時に塞がっていく。 「……まるで、滅びに向かう定めの種族ね」 世界樹より生まれ出た戦闘民族。 より強い敵を、より激しい戦いを求め続け――そしていつかは、敗れて滅ぶのだろう。あるいは、最強の存在となり、自分達同士で争いを始めるか。 (哀れなものね、死を恐れないということは) その思いが、誰も死なせないという決意へと変わる。 「もう一度言うわ。ルカに負けたらルカのお嫁さんになりなさい」 ルカが負けたらお嫁さんになってあげるわ、と続けるルカルカの言葉を、対するイザークは正確には理解していなかった。 だが、判らないなりに、彼女が戦いを楽しんでいることくらいは知っている。 「言うだけはあって速いな、だが、これなら!」 ぐん、と伸びる突きは距離感を失わせるほどに速い。かろうじてマントを絡め、穂先をずらして槍のレンジの内側に潜り込む。 「ふふん、そんなにルカはちょろくないのよ」 そのままナイフを抉るように突き入れた。すぶ、と埋め込まれるような感触。手に伝わる、肉を割り進む感触。 「……それだけか?」 「――っ!」 次の瞬間。 ルカルカの腹を、凄まじいまでのインパクトが襲う。 それは拳。バイデン特有の、異常発達した巨大な拳。 「か……はっ」 小柄な身体ごと吹き飛ばされ、転がされる少女。 その常識外のバランス感覚で、一度はイザークの槍の柄に乗るなどという曲芸すら見せたルカルカ。だからこそ、トップスピードに乗る彼女が唯一見せた隙、攻撃をヒットさせたその瞬間を、イザークは見逃さなかった。 そして、追撃。 「貰った!」 「ルカルカさん!」 きなこの叫び声。だが祈りは間に合わない。若武者の槍がルカルカを捉え、大地へと縫い留める。それが、決め手。 「……やっぱり、イザーク……貴方は素敵」 「――滾る戦いだった、『戦士』よ」 ルカルカの視界が暗転する。 薄れる意識の中で見たものは、ラ・ル・カーナの三つの月。 ● ルカルカに続き、ティアリアが、そしてバイデンと相打ちに拓真が倒れた。残り七人。対する敵は、六人。 「ここが踏ん張りどころですよ!」 きなこが殊更明るく声を張り上げる。 多数のリベリスタを動員し、守るべきフォーチュナまでが戦塵に身を曝すこの大作戦。その中でも有数の部隊を相手取る、この一戦。 「まだまだ。一度や二度やられたくらいじゃ、へこたれたりしませんよ」 「ならば何度でも叩き潰すまで!」 何度も膝をつき、そしてまた立ち上がる。 三つ編みを揺らしながら、まさしく『壁』となって立ちはだかるきなこ。鎧の厚さだけではない。受身の技術でも、鍛えた体力でもない。 「私達は、負けられないんです」 戦場に『良き敗者』は存在しない。何があろうとも、負けることなど許されないと判っていた。 「何度でも立ち上がりましょう。私は、守るためにここにいるんです」 鎧の内に忍ばせたバイブルが、歓喜に震えたかのように共鳴する。 それは神聖なる盟約。 十字を切って跪くよりもなお敬虔なる、心優しい戦士の誓約。 祈りは届く。 清らかなる存在が僅かな時間戦場に齎した、福音の歌が満ちる世界。 きなこを中心にして、癒しの輪が広がっていく。 「例え喰らいついてでも、必ず守ってみせます」 「私はしぶといぞ。喰らいついてでも、お前らを止めてやる」 それはほぼ同時に発せられた、二つの覚悟。 瞳をてらりと輝かせ、杏樹は何かを吐き出す。チャームポイントの八重歯は、ぬめりとした赤いもので覆われていた。 「いや、比喩でなく喰らいついたが――な」 吐き出したのは肉片。バイデンの二の腕を噛み千切った杏樹は、美味くはなかったぞ、と嘯いて。 「見せてやるよ、ヴァンパイアの底意地を」 だからこそ、滅多には見せない『血を吸う行為』ですら、なりふり構わずに活用してみせるのだ。 倒れた前衛の穴埋め、回ってきた順番。空間すら斬らんばかりの刃から、殆ど転がるようにして逃れ――いつまで持たせられるかね、と冷徹な思考で考える。 「ちょこまかと避けやがて。もう一丁――!?」 だが、赤い戦士はその場で動きを止める。不自然なポーズ。それは、まるで不可視の糸を張り巡らせたような――。 「時間稼ぎだが、な」 振り返らずとも気づく。それは龍治が張り巡らせた、目に見えぬ気糸の罠。同僚が与えてくれた僅かな時間に心から感謝し、彼女は手にした巨大なボウガンを構えた。 鉄の矢は番えなくとも、女神の名の下に膨大な魔力が渦を巻いて流れ込む。 ゼロ距離。引鉄を引く。 「願わくば、全ての子羊と狩人に安らぎと安寧を――Amen」 咆哮する魔力。輝く一本の矢は、磔刑のように不可視の糸に絡め取られたバイデンの腹へと打ち込まれ、その臓腑を灼き尽くした。 戦いは終局へ向けて収斂を加速させる。 一人、また一人と。 敵が、味方が倒れていく。 「あんた、逃げてもいいんだぜ」 未だ健在のジョージが、ほとんど蒼白なまでに血の気の引いたカルナへと声をかけた。 それは、ある意味で酷く真摯な申し出だ。この男は、もう勝てないからお前だけでも逃げろ、と言っている。 きなこがついに力尽き、四人いたホーリーメイガスも、役に立つのはあと二人。それに、人数はまだリベリスタ側が多くとも、数少ない前衛を失えば、後は蹂躙されるのを待つばかりなのだから。 だが、彼女はゆっくりと首を振り――驚いたことに、遇えての微笑すら浮かべてみせた。 「ありがとうございます。けれど、私もまた、戦っていますから」 「そうか。……そうだな」 少女の答えに、格好悪いこと言っちまったな、と頭をかくジョージ。そんなことはありませんよ、とカルナは含み笑って。 ――ありがとうございました。 ぽつり、視線の先で槍を振り回すイザークへと呟いた。 何がどうであれ、彼女にとってはもう憎むべき敵ではなくなっていた。例えどんな意図があったとしても、彼らが仲間を、愛する人を殺めなかったのは事実だ。 「主よ」 だから彼女は再び韻律を追う。典礼詠唱。短いセンテンスを畳み掛けるように紡ぐ独特の詠法が、彼女の周囲のマナすら呼び込んで渦巻く魔力へと同化させる。 「人の子らに救いを。神の子らに救いを。三枚の銀貨に聖別の許しを――」 癒され。傷つき。血を流し。 カルナの愛はリベリスタを包み、皮肉にも戦いの終局へと疾走させる。 「ほら、よそ見しちゃ駄目だよ!」 生き残りのバイデンを翻弄していたかと思えば、今度はイザークへと飛び掛るウーニャ。だが手にした嗤う道化は囮だ。 此度の主役は、闘気を練り上げて細く縒った糸。 「甘いっ!」 イザークの全身を縛り上げた糸は僅かな隙を生んだが、すぐに力ずくで引きちぎられた。なんて化け物、と舌を巻くアークの害獣に、柄を短剣のように短く持ち替えた槍が叩き込まれる。 「喧嘩はね、最後まで立ってた奴が勝ちなの……たった、一人……でも」 骨槍で貫かれたまま、柄を抱くようにして倒れる少女。ちっ、と舌打ちするイザーク。それは、乱戦と化した戦場で、ついに彼が見せた隙。 背後に迫る男に見せた、致命的な隙。 「小細工無しと言ったな。すまん、あれは嘘だ」 髪は乱れ、どこかに眼帯は失せた。 喜平には――リベリスタには、とうにそんな余裕は無い。既に粗方の気力も尽きている。 だからこそ、チャンスは決して逃さない。 防御ではない。回避ではない。離脱でも後退でも建て直しでもない。 ただ、攻める。 強敵だからこそ、引いたら、臆したら、待っているのは喰われるだけの運命だ。 「行くぞバイデンの戦士。覚悟は出来ているか」 ロングコートを翻し、喜平が跳ぶ。 機械の身体が、全身を駆け巡る闘志が搾り出した気力。 振りかざした鈍器を、目に留まらぬほど鋭く縦横に打ち付けて。 「これが、最後だ!」 愛してやまない相棒の銘を思い出す。ああ、まさに今がその時だ。 仕留める事が出来なければやられるだけ。シンプルなウェスタン・ルール。 「「おおおおおおおおっ!」」 荒野に二匹の獣が吼え、そして――。 ● 赤黒く荒れた荒野の空。 意識を取り戻したルカルカがそんな空の次に見たのは、自分の傷を忘れたかのように、倒れ伏した仲間達を甲斐甲斐しく看護するきなこの姿だった。 「そっか。ルカ、また負けたのね」 転がっているバイデンの死体は六体。 巨獣はことごとく谷に落ち、イザーク隊はその大半を失った。イザーク自身は既に姿を消していたが、主戦線に影響を与えることはもう出来ないだろう。 だが、何よりも彼女を揺さぶったのは。 「――次も戦えってこと、なのかしら」 またも、止めを刺されず、見逃されたということ。 「きなこ、翼をちょうだい、悪いけど」 「え、あ、はい」 言われるがままに詠唱を始めるきなこ。やがて、少女達の背に白い翼が現れる。 「ルカ、行って来るわ。みんなは後から来て」 そう言い捨てて、ルカルカは主戦線の方角へと飛び立っていった。 彼女を駆り立てるのは、胸元に差し込んだアクセス・ファンタズム。 通信機が、フォーチュナ護衛部隊からのエマージェンシーをがなり立てていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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