●「嫌です」 戦略司令室に一人の少女が立ち尽くしている。 小さな足でリノニウムの床を踏みしめて、少女のか細い手はきつく握り締められていた。震えている。 静謐を湛えるエメラルドの瞳を伏せて、『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)は唇を結んだ。 そこへ至る以上は複雑ではあったが、アークのリベリスタであれば誰もが知る所でもある。彼等が初の屈辱的な敗退を余儀なくされたのは記憶に新しい。 異世界ラ・ル・カーナに築きあげた橋頭堡は堕ち、命を削る激戦の中で何人もの仲間を異郷の地に置き去りにせざるを得なかった。全力で戦った結果ではある。姿が見えぬ仲間とて決して見捨てたわけではない、その場の戦術や状況を優先せざるを得なかっただけだ。 これまでアークは、いや世界中のリベリスタ達は、世界の為に自分の命さえも秤にかけねばならぬ世界に生きている。世界を背負うが故に、たとえそれが幾多の死線を潜り抜け命を預けあっている仲間でさえも例外はないのである。 だがしかし、各々の心境がそれを許すだろうか。こんな状況に誰が黙っていられるだろうか。 アークの戦略司令室は敗戦を経ていくつかの作戦立案を行った。攻めるべきか、あるいは水際で迎え撃つべきか、はたまた防衛に徹するか、と。 仮に防衛を重視するならば、地の利はアークにある。しかし連れ去られた仲間の安全性は日増しに不確実さを増していくだろう。 とはいえ総攻撃を行う場合、一度真正面から戦って敗退しているという険しい現実が横たわっている。同じことをして今度は勝てるという保障はどこにもない。 それでもリベリスタ達は即座に進撃することを選んだ。それも圧倒的な支持によってである。不利など承知している。そう思わせる状況があったというだけだ。 力で奪われたものは、力で取り返す。なるほど単純な理屈だ。リベリスタ達にはそれを押し通す気迫があった。 そこでアークの戦略司令室は一計を講じる事になった。 戦場へフォーチュナを投入することである。勿論フォーチュナの戦闘能力は皆無であり余りに危険が大きい。さらには彼等が情報戦の中核を担っている以上、戦場に送り出すのは、一般的に述べて適した配置とは言えない。 第一『万華鏡』が扱えぬ以上、異界に出撃させたとて、予知能力の最高のスペックを発揮することは出来ない。むしろ大きく劣ると言ってもいいだろう。 重大な二つの課題をクリアする条件はただ一つ。かの塔の魔女に借りを作ること―― こうして魔女はラ・ル・カーナでの作戦従事を承諾することになった。 こうして―― 「絶対に嫌です」 瞳を濡らし、強い怒りに満ちたエスターテは断固として譲らなかった。何をといえば、塔の魔女に借りを作ること等ではなかった。 次々に彼女の目が届かぬ異界へと旅立つリベリスタには、敗退したリベリスタ達には、そして異界に置き去りにされたリベリスタ達は、何度も彼女が死地へと送り出してきた仲間だった。 剣を持たぬ彼女は、己を前線へと向かうリベリスタ達の『目』なのだと思ってきた。ずっと一心同体なのだと考えている。過酷な予知に足が震えても、手に汗が滲んでも、その想いは揺るがない。 なのに万華鏡はラ・ル・カーナを見通すことが出来ない。それが歯がゆかったのだ。悔しかったのだ。だからこうして願い出た。 「ラ・ル・カーナへ、行かせて下さい……っ!」 危険など百も承知である。そんなもの、これまでに何度見てきたというのだろう。この状況に黙っていられなかったのは、彼女等アークのフォーチュナ達も同様であったのだ。 エスターテ自身、安全な場所に位置する負い目もあったのかもしれない。それでも彼女をここに立たせたものは、それだけではなかった。己はアークの一員であるという小さな自負があったからだ。 所詮は未熟な少女の危険な願いだった。何度嘆願し、何度拒絶されたろうか。だがそれでも戦略司令室は苦笑混じりにエスターテの出撃を承認するに至った。 最悪の結末は、彼女等の出撃によって戦闘能力を持つリベリスタの足が引っ張られることだ。互いの利点を殺しあうことになれば、目もあてられない。 それでも一度負けている以上は、あの時の状況を上回らなければならないのは必然である。 この案はこれまで以上に精密な戦術こそ余儀なくされるとはいえ、前回の状況を覆すに足る材料ではあったのだ。 ならば後は、研ぎ澄まされた刃の一撃で敵の息の根を確実に止める為に、突き進むしかない。 ●「一緒に……勝ちましょう」 リベリスタ達がここへ来る前に、リンクチャネルの程近く、陣の後方に控えるエスターテはそう言っていた。 今から僅か数分前に、彼女がリベリスタに託したのはいくらかの予言だった。 万華鏡の力を使えぬエスターテが拾い集めることが出来た情報はたかだか近未来の断片的な予知に過ぎず、情報の分析も満足に出来る状況でもない。 そんな微力であっても、ゼロよりはよほどマシであるのは事実だった。 果敢な総攻撃を選択し、異界へと足を踏み入れたリベリスタの耳に咆哮が聞こえる。遠く控えるバイデンの軍勢が鬨の声をあげているのだ。 リベリスタとの交戦で槍をへし折られ、強力な巨獣グラスワームさえも失った部隊の将だ。やはり配下の数は多い。その上新たな副将と奇妙な巨獣を連れている。 うねうねと蠢く蛇のような生き物だ。 バイデン達の目的は、再び異界に足を踏み入れたリベリスタを返り討ちにすることだ。 そして予言を得たリベリスタは知っている。眼前の『失蛇将』はリベリスタ本隊の横腹を抉りぬく算段なのだと。 エスターテは最悪の未来想定として、その戦術は功を奏して大きな戦果を挙げることになるのだと告げた。だからリベリスタ達はここに居る。 目標の一つは敵の戦術を挫くことにある。リベリスタ達がここにこうして立っているだけで、敵の攻撃タイミングは大きく狂うことになるだろう。 もう一つはここで敵を確実に撃破することだ。この戦いを制するのみならず、後の展開を有利にする事にも繋がる重要な役目を持つはずだ。 バイデン達が身内の犠牲を厭わず、戦闘に対してムキになる性格であることはリベリスタとの交戦記録で知れていた。彼等独特の矜持であろう。 ならば殺す気で戦うしかない。この戦いこそがアークの地力であり総力である。 二度の敗北など、リベリスタの矜持が決して許しはしないから。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年08月15日(水)22:50 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●Storm Veil 時折全てを覆い隠すように砂塵が舞うだけの荒野。 険しい岩肌に囲まれ朽ちた木々の名を知る者は居ない。 異界ラ・ル・カーナ――全ては未知のヴェールに覆われている。 「ここに関わろうとしたのは俺達だ」 述べる『赤い墓堀』ランディ・益母(BNE001403)の髪を撫でるのは荒々しく空虚な風だった。 八名のリベリスタ達は、今正にリベリスタ本隊へと向けて攻め入らんとする後背に居た。まるで気づかれる様子がないのは、これを見通したフォーチュナの予知所以か、それともバイデン達の奢りだろうか。 そも、バイデン達の挙動は得心行かぬ事ばかりだ。ラ・ル・カーナ橋頭堡への唐突な侵略、フュリエを追う訳、死すら恐れぬ振る舞い、捉えたリベリスタを突然開放する等、数え上げれば枚挙に暇はなかった。 どれもこれもバイデンによるバイデンの為の都合であり、仮に人が戦で得んとする何らかを目的とするならば余りに効率が悪く、不合理極まる行為を次々にやってのける。計り知れぬと切り捨ててしまえばそれまでなのかもしれない。馬鹿にされているような気さえすることもあるから。 「関わった以上はそれに対する筋ってモンがある」 彼等の特性を考えればボトムチャンネルへの侵攻、それに伴うフィクサードの動きや崩壊度の加速を憂慮するならば、捨て置く訳にもいかない。 それに。 「情報を与えて待つ彼らにも我慢の限界があった、と言う事ですか」 印を結びながら『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)は呟く。 アークはこの戦場にフォーチュナの投入を決意した。複雑な経緯と最終的なきっかけはともあれ、リベリスタがこの戦場で予知を利用しているのは、フォーチュナ達が暴発したからである。 なにぶん異界にアークが誇る神の目は及ばない。戦闘力を持たぬ彼等フォーチュナ達はリンクチャネルを潜り抜けて戦場にやってきた。今も本隊の後方に控えているはずとは言え、そこが戦場である以上危険は大きい。が。 「この戦いはそういうモンだ」 ランディが吐き捨てる。数々の不本意な成り行きへの苦渋は、泥沼の様相を示す戦況には相応しいかも知れないが、赤髪の偉丈夫には似合わぬ。あってはならぬと言うべきか。 そんなものは、ここで終わらせるのだから―― 各々の決意を秘め、足音を風にかき消し、岩肌を隠れ蓑にリベリスタ達が迫る。 唐突に巻き起こる鋼の暴風はバイデン達の至近から放たれ、彼等の肉体をずたずたに引き裂いた。突撃を開始せんとする僅か数秒前の出来事である。 辺りには何も無いように思える。リベリスタ達がどこから現れたのか。隠れる等ということはバイデン等にとって思考の外にある概念だ。どこから何が現れようと、叩き伏せるのみ。彼等にとってはそれだけでしかないはずだが。 「エスターテの男気に応えねえとな」 リベリスタ達はそれを許さない。『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)が念を唱えて印を切る。指先から放たれた数多の符が紋様を描き、巨獣すら巻き込みバイデン等に重くのしかかる。 驚きに満ちていたバイデン達の頬に戦への喜悦が浮かぶ。だが各々得物を握り締めようとするもまかりならぬ。続く怒号。戦槌隊を中心にランディの一撃で身体が言うことをきかないのだ。最も例え動いたとしてもこんなタイミングでは対処することなど出来ないのだが。 「来たかリベリスタ共ッ!」 咆哮混じりの言葉がリベリスタ達には理解出来た。文字通りの意味である。狂った世界樹の意思は何の因果か、この地とボトムチャンネルとの言語疎通を可能にしているらしいが、そんなこと今は関係ない。リベリスタは攻撃を止めない。バイデンの戦槌部隊へと向けて、紫月は凍れる刃を孕む豪雨を叩き付ける。 未だバイデンの戦列は整っていない。次手もランディとフツの技により、敵は大きく出遅れることになるだろう。 この機を逃すリベリスタ達ではない、バックアップを努める強力な癒し手である『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)と『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)さえも、各々の技をバイデンに向けて放つ。 どこかふわりとした印象のあるそあらは、当然殴り合いなど得手ではなく、それを専門とするリベリスタと比較すれば決して精度が高いわけではない。 「赤くて野蛮なのは全部やっつけるです――ッ!」 だが不得手と言えども駆け出しのレベルなど大きく超越している上、このタイミングと何よりの持ち味である絶大な魔力が合わされば話は違う。戦場に光が満ち溢れる。バイデン達の瞳を焼く。 それはニニギアとて同じこと。だが矢張り強大と言える魔力から放たれる聖なる矢がバイデン一人の胸に突き刺さる。地響きすら立てて崩れ落ちる。まずは一体。 そあらは言った。赤くて野蛮なのは全部敵だと、その言葉にランディは苦笑したろうか。もちろん共に戦場に立つ仲間、大切な友人の恋人など撃つつもりはない。日常的な軽口だ。決して余裕があるわけではない。だがそれを作り出す決意はある。 この戦場は己の意思のみならず、ここまで出てきたフォーチュナ達の為でもあると。この場へ彼女等と導いたエスターテを守る為にも頑張らなくてはならないのだから―― ●Blind Communications 『紅炎の瞳』飛鳥 零児(BNE003014)が巨大な剣を戦槌隊のバイデンへと向けて横凪に払う。 絶大な精度と威力はバイデンを一瞬のうちに絶命させた。 いかに優れた肉体を誇り、こと持久力に人ならざる力を持つバイデンといえども、僅かな間にこうも打撃を与えられればもたない。こうして二体目。 ――ええ。皆で一緒に勝ちましょう、エスターテさん。 思い起こされるのは数分前の出来事だ。戦場に立つ非力なフォーチュナは『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)達を送り出すときのこと。 「バイデンの将、お相手願いましょう……!」 ランディが巻き起こした暴風に、未だ砂塵舞う戦場の中で、リセリアは敵将グリムロアに一気に肉薄する。 燦然と煌く光の奔流が哄笑を劈く。肉を引き裂く確実な手ごたえを感じるが、魅惑の呪いで心をかき乱すことは出来ていない。 だがそんなことは聞き及んでいること。彼女の目的はあくまで失蛇将の進軍を抑えることだ。その本分を果たすことが出来ればいい。 負けたままではいられない。その為にも『失蛇将』グリムロアとその一軍――此処で討ち果たしてみせる。 あと一箇所。どうしても抑えなければならない相手が居る。『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)の眼前に居る副将レヴラムだ。 副将は腕を振り上げ何事かを声高に叫ぶ。世界樹がもたらした繋がりの範疇の外にある獣の雄たけびだ。 それを遮るように銀の刃が風のように舞う。亘の技量は十分に一流の水準にあるが、敵とて強い。状況が厳しいことなど分かっている。 それでも、何を捨てても負けられない。想いと技量、タイミングの全てが重なれば―― 冴え渡る亘の銀光にレヴラムの魂が乱れる。更に、風が紡いだ幻影の一手。誰にも動けぬであろう刹那の間合いで亘は限界を超えた速度を引き出すことにさえ成功した。 初手は一先ず、リベリスタの勝利だろう。 現状リベリスタ達は巨獣をあえてスポイルしている。一種の賭けに近い。この判断がどのような結果をもたらすのかまでは、現時点では分からないのだが―― 奇襲を受けて、ようやく戦列を整えつつあるバイデン達だが、その半数以上がフツの結界により反応が大きく遅れている。 結局の所、バイデン達は配下の巨獣にすら命令を出すことが出来ず、続く第二波もリベリスタ達の手の内にあった。 「信頼する将の指示を貰い、どう戦う、集中攻撃で敵を潰す、巨獣の指揮を取る――」 目にもとまらぬ三手目。亘は窺い知れぬ熱情を隠した不敵な笑みを崩さない。 他の事を考えるならお好きにどうぞと嘯く。 「――ただ一瞬でも自分から意識を逸らしたその時貴方は無様に死ぬだけです。だから今は純粋な本能に従い戦いましょうよ!」 答えた怒号を押しつぶすように、光の飛沫が風に乗る。だが今度は浅い。 グリムロアの咆哮と共に繰り出される巨槍の一撃を、全身のギアを調律し終えたリセリアは紙一重でかわす。震える大気が鼓膜を揺らす。 よもやこの異世界にも音の伝播速度を越える炸裂があるのだろうかと、そんなことを考える余裕もなくリベリスタは次の手を放つのみ。 フツは再び束縛の結界を張り巡らせる。今度の影響はおおむね敵の半数超。ニニギアは神秘の術陣を身に纏い、ランディと紫月は敵陣に更なる打撃を叩き込む。 ここでは三体目を落としきることが出来なかった。 激戦の最中、血で血を洗う闘争の只中に完全なタイミングを狙うことは極めて難しい。絶妙なタイミングで何かを行いたくても、大抵の場合は後手になってしまう。 そんなことは分かっているのだが、零児にはあえてここで狙いたい策があった。 巨獣達を制御するレヴラムが今一度号令をかけようと腕を振り上げる。これを止めたいというわけだ。 折りしもこの時バイデン達は、フツが放った絡め取られ足並みが大きく乱れている。レヴラムとて逃れることは出来ていない。こんなチャンスは二度とは来ないだろう。 彼の命令がなくとも、凶暴な巨獣達は戦の気にあてられすぐに動き出すかもしれない。ならば稼げる時間はせいぜい十秒かそこらであろうが、それだけの時間があれば、いかようにでもしてみせる。 零児の叫びと共に鉄塊が唸りをあげる。 ●My Bloody Lyrics こうして戦いは次なる局面を迎えた。 リベリスタ達の一方的な攻撃により戦槌隊は壊滅、順調な滑り出しかと思えたが、バイデンの肉体は強固であり再生能力とも相まってなかなか次を落とすことが出来ない。 広域を射程におさめる紫月も、恐らくバイデン達の再生能力を上回る打撃は確実に与えているはずなのだが…… ランディと零児により、倒すことが出来たバイデンはこれで三体。リベリスタの戦果としては漸く五体目の撃破に過ぎないとも言える。この時点では巨獣は辛うじて全て健在だ。 リセリアは直撃した二撃目にも膝を折らぬが、僅か一度でも下手を打てば一撃で落ちかねない際どさは拭えない。耐えしのぐしかない三撃目には全力の防衛を持って迎え撃つ。 零児が作った十秒の後、暴発した巨獣の突進にリベリスタ達の体力は大きくこそげ落とされていたが、そあらとニニギア二重の癒し手により、力の天秤は揺れ動きながらもリベリスタの優勢を崩さない。 どうにもならぬと思える場面でも手の広いフツがカバーすることが出来ていた。三名の癒しが合わさればリセリアはどうにか体勢を十割まで回復することが出来る。 ぎりぎりなのは副将を相手する亘も同じ、十二分な癒しとは言え、あちらが立てばこちらは立たぬ。絶妙な布陣展開は、そうであればこそ些細な揺れに崩壊しかねない危うさを孕んでいた。仮に奇襲の優位性が覆されれば、僅かな間隙に壊滅すらしかねない。長期戦に耐えられぬ構成でもないが、危険度が高いことに変わりはない。 氷雨を放ち続ける紫月は、早くも神秘の力を補強する術をどこで放つか視野に入れ始めている。未だ少しの猶予こそあるとは言え、常に消耗の激しい大技のみで戦わねばならぬ程の激戦であれば損耗の度合いも激し過ぎるからだ。 タイトロープでも多様な勝機を綿密に紡いで行くしかない。リベリスタは細い針穴をこじ開けるしかないのである。 瞬く間に数手が過ぎ去った頃、満身創痍のレヴラムは同じく矢張り傷深い巨獣の指令を下す。戦況は激動する。 今回のリベリスタのように、分散して戦えば範囲攻撃の被害を減らすことが出来る。だがそれは同時に陣の抜かれやすさも意味する。 どちらが良いのか。恐らくこの要素だけで判断するのであれば至上の答えはない。リベリスタ達がままならぬ状況に対して築き上げた答えは、戦槌隊の真っ先なる撃破であった。 個に威力を発揮する部隊を殲滅することでアドバンテージを維持するのだ。そこに産まれる強敵を少数で縛り付けねばならぬ危うさも、巨獣の自由な行動に対しても可能な限りの阻害をして、ここまでどうにか切り抜けることが出来ているならば―― 間抜けなドジョウ面の巨獣は、この直前に二匹が失われているが、ここからは組織立った行動が可能となればどうだろうか。 亘とリセリアに二体ずつの羽ドジョウが這い寄る。この策でレヴラムが狙う先は後衛の要、ニニギアとそあらだ。 ランディと零児は的確に槍隊の撃破をしているが、巨獣にまでは手が回らぬ。そちらに手を出すことは当然一考されているが、巨獣よりもバイデンのほうが脅威度が高いのは事実である。堅実な打撃力を誇る紫月と言えど、ドジョウの一掃にまだ数手は要する。ゆえにバイデン達の勝機はそこにあった。 残る巨獣はフツさえも抑え、レヴラムはニニギアに、二体の槍隊がそあらにそれぞれ走る。亘の歯噛み。間に合わない。一瞬の攻防。バイデン達は癒し手等の華奢な胸を貫き、口元から血が零れる。ランディの胸が怒りに灼熱する。 そあらは決意している。前で戦う皆も、今頃は別の戦場に立っているであろうエスターテも含め全員を連れ帰らねばならない。彼女にはその力があるから。勝利して、さおりんの元へ帰って―― 「倒れられないのです」 「ランディが戦場にいる限り――決して撤退はしないわッ!」 だから『全力でぶっとばしてきて』と、誰もが危険な戦場の只中で二人が運命を従え立ち上がる。労いも涙も勝ってから見せればいい。 バイデンの進撃は止まらない。彼等に言葉は通じても、心はどうだろうか。 「無粋ッ!!」 レヴラムの策はグリムロアとて十分に理解しているだろう。だがその前に、彼には捨て置けぬ存在が居た。 唸りを上げる巨槍から放たれた闘気の塊は物理的衝撃となり、彼を敵陣中心へと押し通す為のドジョウさえも巻き込みリセリアの命を削る。 「これほどの敵、剣を交えれる事は一剣士として嬉しく思います……」 ――負ける訳には行きません。 バイデンが見せた機転、それに対する怒りは果たして彼等に元々備わっていたものなのだろうか。 (……本当、鬼を思い出す) あの時と比べても劣らない、あるいはそれ以上の―― 既にリベリスタには後がないが、バイデン達も同じこと。耐え切るしかない。押し切るしかない。 ランディと零児が再びバイデンを沈める。零児とて歯がゆい思いがないわけではないが、どうしても敵将を討ち取らねばならないと決意している。敵将の撃破とバイデン部隊、巨獣の壊滅。全てが揃わなければこの戦いが終わるはずはない。 「お前ら、そんな細くて小さい連中を相手にしてて楽しいのかよ!」 レヴラムはなけなしの策を無碍にされたからか、それとも苦しい戦況を押し隠し余裕さえ見せるフツの嘯きにあてられたからか怒りに火を灯す。 「オレが相手になってやる。来いよ!」 巨大な斧がフツの胸を切り裂く。傷は深いが十秒は稼いだ。 「成程、随分と御強い様ですね。……それならば、次は私を壊せますか? 誇り高きバイデンの戦士よ。之は挑戦です」 常日頃からフォーチュナの方々は戦う場所は違えど共に戦う仲間だと思っています。勝ちます……その時は笑って迎えて下さいね―― 紫月が鈴の声を張る。耐えることが苦手だなどと言うつもりはない。勝つために、生き残るために使えるものは全て使うだけだ。再びレヴラムの一手。悲壮とすら映る決意は燃える運命と引き換えにレヴラムの浅はかな――されど強固な策を打ち崩す。 ●Pride & Honor 「良く保った!」 それから再び幾順かの流れをリベリスタは制し、敵は壊滅した。 勝つ為に、責任を果たす為に、ここまで戦って来た。だが後一体、最後の難関が待ち構えている。 「最近イイ子ちゃんになりすぎてたなァ……」 遂に崩れ落ちるリセリアを背に守るようにランディが立つ。額から流れる血が頬を覆えば、どこか眼前の闘鬼にも似て―― 「槍を折った俺のことは流石に覚えてるだろう」 「いかにも」 蛇将の怒号。槍や蛇と失った物も多いだろうが、結局あの勝負に負けたのは己だと、零児は唇をかみ締める。ランディが、亘が、共に立ちふさがる。 これが良手かどうかなんて、今そんなことは問題にならない。 「あんたが勝者で、俺は敗者としてリベンジする」 吹き荒れる哄笑。物理的な風圧を伴い、グリムロアが走る。 零児には耐え凌ぐ法もあったかもしれない。だがそれではダメだ。 正面から殴り合って勝ちたい――! グリムロアが槍を構え、血花を撒き散らす太古の戦車のようにリベリスタを押しつぶそうと迫る。亘の意識がひしゃげる。己の膝が地を抉る。 この間の撤退は彼の、全てのリベリスタの心情に反することだった。二度と『致し方なかった』等という方便を亘は許さない。 突撃するバイデンは止められない。止まらなくていい。勝てればそれでいい――! 「久々の全力全開で行くぜ、大将よ!」 ランディと零児が武器を振りかぶるより、グリムロアはほんの僅かに速い。速かった。事象を過去に変えたのは、猛烈な突進に踏みにじられながらも足の甲に薄刃を付き立てた亘だった。 巨大な斧と剣がグリムロアの両側から叩きつけられる。 突進の勢いさえ衰えぬまま、失蛇将の半身同士は永遠の別れを告げあった。 再び砂塵が吹き荒れた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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