● 迷って、迷って迷って。 迷った末に夜が明けた頃、やっと見つけたのは、古い家屋のようだった。 「すいません、どなたか――」 ――この朽ちた家、この山奥に、住んでる人などいるわけがない。僕は自分の言葉に失笑する。 昨日までは普通の学生だったんだ。ただ、好きになった子がやばかった。 ああ、僕、なんて人を見る目がなかったんだろう。 付き合って下さい、なんて言っちゃったんだろう。 ひとしきり大笑いされた後、バッカジャネーノ、なんて言われた時にやっと、彼女の清楚な外見から勝手に持ってたイメージが壊れたんだ。いや、その辺りは僕の自業自得だ。自分の持った幻想に恋をするなんて情けないことをした罰なんだ。 ――夜中、部屋のドアがガンガンと叩かれて、彼女のカレシを自称する人にボコボコに殴られた。 そのまま意識を失って、車に揺られている時に目が覚めた。何をされるかわからなくって、気を失ったふりをしていたら、誰もすれ違わないような山奥で、車道の脇に投げ捨てられた。 ああ、夏休みなのが災いした。僕は自分の隣の部屋が、昨日は誰も居なかったことを知っている。お盆が終わってあいつが帰ってくる頃まで、僕が居ないことに気がつく奴がいるとはちょっと、思いにくい。安い下宿だ、防犯カメラなんて洒落の効いたものもない。 じっとしていても意味が無いから、車道に戻ろうと思ったんだけど、崖ってほどじゃないけど急な斜面は、草を手がかりにしても草のほうが抜けてしまうような状態で、僕の足では登れそうもなく。 遭難した時には山頂に迎え、なんて言葉を聞いたことが歩きはしたけど、まだ頭上高く見える山を登りきれる気はしなくって、とりあえず沢を見つけようと思ったんだ。そして僕は道から外れた山の中を、ひたすら降りて降りて歩いてきた。 ――だから、この家屋があることも不自然だった。 もしかしたら、捨てられた集落の名残なのかな、なんて思って、でもそれなら一軒だけってのも妙な話なのに、その時の僕にはそんなこと、まるで思いつきもしなかった。 「――いらっしゃい、ます……か?」 言葉はそこで途切れた。 そこにあったのは、古い家屋の中、なんて光景ではなかった。 子供の頃に絵本でみたような、ああ、そうだ、赤ずきんちゃんとかに出てきそうな雰囲気の室内。 その中で、クマのような、黒い人の形をした何かが、少女の服を着て踊っている。 彼らは僕に気がつくと――まるで知らない人を見るような、いや、違う、これは、僕を振った彼女が僕を蔑んだ時の目だ、新しい、だけど興味のないオモチャを見つけたような――それでいて、面白いことが起こると期待しているような、 「オキャクサマネ」 「オキャクサマダワ」 「コンバンワ、アタシタチノ バンゴハン!」 ● 「――迷い家、とかいう話があるけど。これはだいぶ違う」 やるせない、といった風情で首を振り、『リンク・カレイド』真白 イヴ(nBNE000001)はため息を吐いた。 「この家屋そのものが、アザーバイド――」 イヴの指がコンソールを滑る。画面に映し出されたのは3体の、ひどく猫背をした、クマかネコが人のふりをしているような姿の存在。3体が3体とも、童話に出てくる少女が着ていそうな服装だった。 大きなポケットのついた、フリルのエプロン。質素だけどふんわりしたスカートに、くるぶし丈の紐ブーツ。 「頭に巻いたバンダナから、順に青頭巾、白頭巾、赤頭巾と呼ぶことにした。この3体の、結界みたいなものだから、気をつけて。中に入らないと彼女たちを見つけられないけど、中にいる間、彼女たちの有利に事が運ぶようになってる」 中にいる限りの凶運。彼女たちに敵意を向ければ凍りづけに、結界内の物を壊せば石になる。 イヴはそう続けると、もう一度コンソールに触れた。 今度映しだされたのは、一人の冴えない青年の姿。 「そして彼。――急げば、あなたたちの目の前で扉を開けようとしている位の時間になると思うけど――残念ながら、彼はもう亡くなっている。 投げ捨てられたのは、死体遺棄――エリューションアンデッド。フェーズ1」 もういちど、やるせなさそうに首を振り、イヴはリベリスタたちの顔を見た。 「放っておいたら、彼を食べたことでこの世界の肉の味をしめたアザーバイドが、彼を探しに来た人を食べてしまうし、調子に乗って町まで出向く日も遠くない。今のうちに、全部」 なんとかするしかない。 イヴの言葉を受けて、リベリスタたちは頷いた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年08月17日(金)21:56 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 迷って、迷って迷って。 迷った末に夜が明けた頃。彼が見つけた家屋の扉に、手をかけようとした時だった。 「おう、あんた! 一体、こんなところで何してんだい?」 掛けられた声に、青年はぎくりと肩を跳ね上げ、おそるおそる振り返る。そこにいたのは、禿頭の大柄な男――『気焔万丈』ソウル・ゴッド・ローゼス(BNE000220)だった。その横には、少女がふたり――風見 七花(BNE003013)と、ルー・ガルー(BNE003931)。青年は目を見開いて、僅かに後ずさる。 青年は既に「一般人」ではない。ソウルの風貌やその金属の腕と、その横で『お座り』しているルーの様相に、驚いているようだった。 「ま、まさかまだ殴るつもり――そんな、僕、お金も何も持ってないですよ!」 自分を痛めつけた男の『上』だと思ったらしい青年――ああいった輩は往々にして、徒党を組んでいることが多いと想定したのだろう――の、慌てる姿を手で制し、ソウルは青年の言葉を遮るように声をかけた。 「ここは私有地だぜ、関係者以外立ち入り禁止ってやつなんだが……見たところ、悪戯しにきたわけじゃなく、迷子のようだな。……帰りたいんだろう? ついてきな」 彼の言葉を信用してよいものか、青年は考え込んだ様子だったが――小屋の管理人あたりの可能性もあると判断したのか、ソウルの後を追う。 僅かに首を傾げたルーが、七花を見上げ、動物がよくやるような仕草で、もう一度首を傾げた。 「ルー、ムズカシイコト、ワカンナイ。セットク、ホカノヒトニオマカセ」 青年の動向に注視し――例えば逃げる素振りを見せたなら道を塞ぐ、くらいのつもりでいた七花は、ぽつりと呟いた。 「彼に関して、事件性のある証拠が残っていればそれが然るべき場所に届くようにしたいところですが……」 そのE・アンデッドは丈夫だと、ブリーフィングで聞いたのを思い出す。 打撲跡などはあるが――これから傷跡が増える死体に、それを残しておくのは難しいように思えた。 「――つまり、お主は自称・カレシに殴られた時に死んでおるのじゃよ」 『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)は青年の手を、彼自身の胸に当てさせる。 彼が愕然とした表情を浮かべたのは、予想されていたよりも短い時間だった。 アザーバイドから引き離したE・アンデッドの青年に、彼の身に起こった事態の説明をする――これは本来リベリスタに必要な仕事、ではない。 「運の悪い人だねー。ちょっとは同情するけど……エリューションだし、排除するだけだよ」 ただ仕事を遂行するだけであれば、そう呟いて遠巻きに見ている山川 夏海(BNE002852)や『おとなこども』石動 麻衣(BNE003692)のように、個々の事情になど関わらず、興味を持たずにいれば良い。放っておけば青年の姿をした死体は、異世界からの来訪者によって影形なく処分されるはずだった。そこをアザーバイドの無防備を狙うための餌としても良かったし、問答無用に叩き斬っても良かった。万華鏡で見た限り、彼は放っておいても街に戻ることなく、通りすがりのリベリスタかフィクサードに倒されていたのだという。どうあってもどこかで消える、そういう星の下に生まれてきたのだというしかないような青年だったらしい。 ――不幸というものは、一人の肩に続けて落ちることもあるということでしかないのだが――。 それはともかく。 「あたしは、これを事件としてちゃんと扱ってもらえるように、発覚させたい」 『フェアリーライト』レイチェル・ウィン・スノウフィールド(BNE002411)が、静かな響きでそう口にする。 「出来れば迷わず成仏して欲しいのじゃが、その前に――」 瑠琵が、彼を苦しませることになった女のことを問いただす。「わらわとしても見過ごせぬ」、と。 「――厳密に言えば、ヤマが出張るような仕事ではないのだがの。なにせもう死んどる。 が……まあ、引導を渡してやるのがつとめか。ヤマの仕事は一つしかない」 聞くべきを聞き出すと、『必要悪』ヤマ・ヤガ(BNE003943)がやれやれ、といった様相で首を振る。 鼓動のないことを自覚した後の青年は素直であった。自分が再度殺されなければならないということも――恐怖は隠せないようだったが――納得したあたり、もしかしたらこれが夢であると思い込んでいるのかもしれなかった。だが、自分のことには素直であっても、青年は自業自得の概念を強く持ちすぎていたのか些か頑固で――女性の情報を聞き出すのには、少し骨が折れた。 「恨み言があるなら聞くぞ。それもヤマの仕事での」 「出来るだけ苦しまぬように眠らせてやりたいところだが……もう一度名を聞いておいてもいいか。俺が覚えておくためにもな」 「あなたに……倒れてもらわなきゃいけない。ごめんね……」 ヤマが、ソウルが、レイチェルが、声をかける。 ――血の気が引いた青い顔で、それでも覚悟を決めたらしい青年が頷き、ぐっと目を閉じる。 肩に力の入ったその姿に向けて、リベリスタたちは各々の技を向けた。 ● 「ルー、アザーバイド、ヨウシャシナイ。ゼンリョクデタオス!」 「えっ」 ルーが一声叫ぶやいなや家屋へ突入し、青年の亡骸を抱えたリベリスタたちが事態を把握した頃には彼らの耳に、破壊音――その後の静寂が届いていた。 「――マズい」 誰ともなく呟くと、リベリスタたちは慌てて蹴破られた扉へと駆け寄ると、中では既に石化したルーと、彼女を囲むようにしてぽかぽかと――実際にはそう軽いものではないのだろうが、擬音にすればそういう感じに見える――叩きつける3体の黒い少女がいた。 扉の側の人影に気がつくと、少女に似た何かは悲鳴のような声を上げ、新たな闖入者に向かい合う。 「――先ずはこいつからだ!」 手近なところにいた白頭巾を指し、ソウルが宣告する。 別の一体――赤頭巾――に目を向けた麻衣は、その背後にある椅子が破壊されていることに気がついた。赤頭巾が、ほかの二体と比べれば少し縮んでいることにも。 「やはり、インテリアを壊さないように注意することが重要ですね……」 ルーの何かを薙ぎ払うような姿勢とその指先で凍りついた爪を目にし、麻衣は周囲の魔力を取り込みつつも確信する。 インテリアを、ノックバックした『少女』をぶつけて破壊したところで、結局のところここは彼女たちの領域。不利になるのは外から来た『ゴハン』なのだ。 「ルー!」 石化した肌に亀裂が入っているのを見てレイチェルが、輝く光のオーラをルーの周囲に纏いつかせて鎧とする。光は異常を取り除く力もあるというが――今回はその効果は、現れなかったようだ。 七花が、頭上に呼び出した黒い大鎌でソウルが示した一体を切り裂く。大きく切り裂かれた白頭巾が勢いに負けて倒れこみ、がしゃん、という硬質な音が響いた。 「しまっ――」 自分たちが気をつけていても、その攻撃の余波までは防げない――砕けたアロマキャンドル、次いで目を見開いた表情のまま石化した七花にちらりと目をやり、ソウルが臍を噛む。 「こっちやるよ!」 青頭巾に対して飛び込むように接近し、運命を味方につけた夏海はその指先を突きつける。 ――至近距離からのフィンガーバレットによる、凄絶な早撃ち。 「部位狙いが容易って事は、他の余計なもの……インテリアに当たりにくいと思うんだよね」 その狙いが正しかったことを己の身を持って確認し、夏海は唇の端を上げた。 「だが、このままでは埒が明かぬのぅ」 符の子鬼を引き連れた瑠琵はそう呟くと――天元・七星公主を頭上へと向けた。 銃爪を引く――弾丸を憑代とした式が、部屋の全てに氷雨を叩きつける。 その冷気は『少女』たちには痛み以外の効果を及ぼさなかったが、部屋の装飾には大きな打撃を与えていく。シャンデリアが砕け、鏡を粉々にし、食器を叩き割り、机をなぎ倒し――。 「こうすれば石化するのはわらわだけで済――」 呵々大笑する瑠琵がそのまま石化し、動きを止める。 氷の雨がやんだ後には破壊しつくされた部屋が残り、赤頭巾は一瞬泣きそうな表情を浮かべて、 「ヒドイ……」 と、こぼした。 「オキャクサマオキャクサマオキャクサマ!」 「ナンテコトナンテコトナンテコト!」 「ユルサナイユルサナイユルサナイ!」 3体の頭巾たち――気を取りなおした赤頭巾も含め――が、踊るような動作で一斉にリベリスタたちに飛びかかる。白頭巾はソウルに、青頭巾は夏海に、そして赤頭巾が未だ石化の解けぬルーに。彼女たちの振り被った掌が、尖った――アイスピック状のものに変化し、振り下ろされる。彼女たちのクスクスと嗤う声がかすかに響く。 ヤマは不快そうに目を細める。破砕されたとはいえ、多すぎるインテリアは大小も問わず、視界を邪魔するには充分だ。入り口付近で相手取ることは諦め、立ち入った室内で精密かつ執拗な気糸を3体に向けて放つ。糸は辛うじて残ったインテリアも壊れた残骸も正に針の穴を通すようにすり抜けて、ヤマの敵のみを貫いてみせる。 尖った掌に氷漬けにされたソウルが、しかし凍氷を溶かさんばかりの気迫がその目から溢れ出る。 (――ファンシーな格好が愛くるしいもんだな。遠慮すんな、俺も手厚く遊んでやるよ!) ● 「まるでホラー映画のようなものです。食人アザーバイドなんて最悪に近い部類の存在ですね。 自分の飢えを満たすために動く、その前に倒さないと、一般人がどんなに犠牲になるか分かりません」 ここで倒さなければ。そう口にする麻衣が放った邪気祓いの光が、リベリスタたちを包み込む。 身動きの取れないソウルやルー、七花、瑠琵の硬直が解かれ、みなに取り憑いた、運を穢そうとする冷気がかき消えていく。麻衣同様、精神を穢すものや冷気への耐性を用意しているものは少なくないが――耐性は、その影響を受けなくなるだけのことにすぎない。たとえ炎に強い体を持とうとも、炎の中にある石を拾うには手を焼く覚悟がいるように。背筋を走るぞわりとした感覚は、慣れてしまえるものではない。 「ルータチ、石化、ヒキョ……ウ?」 「もう暴れても問題無さそうだよ」 開口一番唸り声を上げたルーが周囲に散乱するインテリアの残骸に首を傾げ、癒しの微風を呼びかけたレイチェルがゴーサインを出す。 「マヨイガの物を持ちかえれば幸福になるらしいですが……!」 七花が再度、マグスメッシスを白頭巾に振るう。今度は遠慮も躊躇も、一切ない。 「――ココの物は持ちかえっても不幸しかもたらさない気がします」 無論、彼女に持ち帰る気など、ない。先程と同様に派手によろめいて、さらに体を縮めた――それが彼女らの「傷」なのだろう――白頭巾を、赤頭巾が、口に手のひらを当てるような仕草で覗きこむ。アラアラ、マアマア。ダイジョウブ? ダイジョウブ? そう聞こえなくもない音を、頭巾たちが発する。ぱっと見は心配しているようにも見えるのに――その様は、動けなくなるのを今か今かと待つハイエナに酷似していた。 倒れていた白頭巾の頭部が、殴られたように激しく揺れる。たて続けにもう一度。凝視していた先を夏海のバウンティショットで撃たれ、赤頭巾が慌てて飛び退く。かなり小さくなった白頭巾が、壊れた人形の様なぎこちなく不気味な動きで起き上がろうとして――氷の雨に、また床へと沈められる。 「ここまでやれば、もう壊れる物もないのぅ?」 にやりとした笑みを浮かべながら、再度石化する瑠琵。二度の氷雨の前に、壊し残したものなど一切ない。徹底した破壊――それが彼女の出した最適解、この結界への対処法。 白頭巾の姿が、ぱつり、と消える。 いくらか小さくなった赤頭巾がそれを見て首をかしげ、たと思うとその首がごろりと落ちた。 ――否。体を棄てて、頭だけの形に再形成をしただけだ。 「オキャクサマヒドイワヒドイワオキャクサマッタラオキャクサマッタラウフフフフフ」 用を成さなくなった服の上をぴょんぴょんと跳ねるように飛び回りながら、一回り大きくなった赤頭巾の頭――粘土で作った人形を想像すればよいだろうか。その体を形作っていた粘土も全て頭に付け足し、こねなおしたような状態――が、髪に見えなくもない細い糸を放つ。 青頭巾も、エプロンから糸巻きのようなものを取り出し、その糸を放り投げてきた。 糸が、戦場を縦横無尽に舞う。 「ウフフフフ」 「アラアラアラアラ、クスクスクスクス」 糸巻きをくるくると回す青頭巾、その傍に飛び込む影があった。 「ゼンゼンキカナイ、モット、キアイイレル。デナイト、ルー、ヒトツモコタエナイ!」 絡みつく糸に囚われることのない野生児の氷爪が、オーラの輝きを放ちながら青の頭巾に食い込んだ。 爪に切られた糸がふつり、と消えて行く中に、新たな糸が幾筋か飛び交う。 「――すまぬなあ。ヤマの仕事は一つしかないのだ」 必要悪を名乗る彼女の、ピンポイント・スペシャリティ。その糸に速度を奪われた赤頭巾に、パイルバンカーがごり、と押し付けられる。――雷気を放ちながら撃ち出された杭が、頭巾を引き裂いて黒い物体を地面に縫い止める轟音。 「オキャキャキャキャクキャキャ、キャ――」 二体目が動かなくなり、ぱん、と弾けるように消えた。 「俺の目の前で、誰も倒れさせたりは、しねえぜ!」 今しがた赤頭巾に止めを刺したソウルが吼えて、最後の一体――夏海の前に立つ、青頭巾を睨む。 最後に残った一体は、自分の不利を悟っていたようだった。 黒い顔の中央にぞろりと小さな牙歯が並ぶ丸い穴が開き、体も球体に近い形へと変貌し、形の変化に耐え切れず服がびり、と破れ落ちる。 「バンゴハン! バンゴハン! クワレロクワレロ!」 「その姿が本性、でしょうか」 麻衣が、瑠琵の石化と悪意の冷気を祓いながら呟く。球体の中に、捉えることに特化した犬歯、磨り潰すことを得意とする臼歯だけが大量に生えた穴だけ。いっそ小さければ黒マリモといっても差し支えのない姿に、青い頭巾だけがいまだ残っているのを忌々しげに見ながら、レイチェルは浄化の鎧をソウルに与え、凍傷にも似た怪我を癒す。 ――リベリスタの、まるで崩せそうもない布陣を前に、それでもアザーバイドは最期まで牙を向いていた。 ● 「この遺体は、責任もって家に帰してやらねえとな」 家屋――アザーバイドが全て倒れた後に結界は消え、外観通りの、草刈りの為の資材が放置された廃屋となっていた――を後にし、リベリスタたちは再び青年の死体を囲んでいた。 ソウルが青年を抱えあげようとするのを、レイチェルが腕を掴んで首を振り、制止する。 「ここに変死体があることだけ、警察に伝えて――上手くいくかは分からないけど」 携帯ならば圏外だろう山奥ではあるが、幻想纏いの通信に問題はない。アークを介して警察へ通報することも、難しくはないだろう。事件にするためには――何があったのかをきちんと追求するためには、ここで遺体を置いていく必要がありそうだった。 「ゲートは見つからなかったんだけど、もしかしたらあのアザーバイドたちが来たの、最近のことじゃなかったのかもね」 「――名前も違うようです。その方の鞄ではないようですね」 周囲を見て回っていた夏海が汚れた鞄を手に戻り、七花がその鞄を検める。 青年のことは別にしても、失踪者の確認などであれば――警察の方が得意だろう。 「つまらん女にコケて命まで落とした挙句、唯一残された亡骸すら喰われる運命だったとは、のぅ」 青年が落とされたのであろう道路のある方を見上げる瑠琵の言葉は文字通りの響きではなく、どこか哀切の響きがあった。 夜が白む頃に訪れた山奥で、陽光を迎えた蝉たちが激しく騒ぎ立て始めた。 暴行で傷んだ死体は、警察によってその日の夕方に発見されることになるだろう。 <了> |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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