●うち捨てられた社 森の奥にひっそりとある人に忘れられた小さな社は人通りも少なくひっそりとしている。かつては崇められていたであろう神の存在も、地元の人間でもそれを知る者はすでになく、そのまま朽ちて行くものと思われていたが最近ある事件が起った。若い娘がその森に一歩足を踏み入れるとそのまま帰って来なくなるという事例が続出しているのである。 ある夜とある少女は急いで家に帰るため、普段は通らない森で近道しようと考えた。木が茂り、昼でも薄暗い森である。しかし少女は大丈夫だと決め込んでしまった。そうやって不慣れな場所入り、少女はかえって迷ってしまった。自分のミスで時間が過ぎていくことに腹を立てながら進んでいると、傍らに今にも崩れそうな小さな社があった。少女はそれを思わず、乱暴に蹴ってしまった。少し気が晴れたような気がして元の道に戻ろうとするが、どうやっても見覚えのある場所、先ほど蹴り上げた社の場所へ来てしまう。少女が気味の悪さに思わず後ずさると、どこからか声が聞こえてきた。 「――なぜ、おまえは」 「憎い憎い憎い」 「なぜわたしではないの」 「ああ、ならば奪ってやればいい」 長い黒髪に白装束姿の女が少女を捉えようと襲い掛かる。少女は逃げようとしたが先回りされてしまった。眼前に広がる悪意を剥き出しにした表情に、少女はガタガタと震えだした。白い顔は少女を見降ろすとあるものに目をつけた。 「これはなあに?」 飾りがついたヘアピンを、白装束はぐいと引っ張る。 「この綺麗なものはなあに? わたしはこんなもの知らないわ」 次に少女の前髪を乱暴に横にやり、顔を露わにさせる。生気が感じられないほど冷たい指が、薄化粧していた少女の顔が引きつった。 「この紅はなあに? わたしは一度もこんなものつけさせてもらえなかった……」 少女を捉えた女は耳元で囁いた。 「ちょうだい、あなたの持っている物全部」 その言葉を囁かれた少女は、いつの間にか闇に呑まれていった。 ●祟り神 「今回相手をしてもらうのは怨念そのものになるわ」 淡々とした口調の中にもどこか気の毒さをにじませつつ『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は眉を顰めながら被害の状況を説明した。 「事件が起ったのはとある村の近くにある森よ。そこにある小さな今にも崩れかけそうな社を中心とした場所ね。狙われるのは決まって若い娘。おそらくこの集落では昔生贄の習慣があったのだと思うわ」 被害があった場所はとある郊外の村だ。かつては農作しか産業がない閉鎖された環境だったので、口に出すのが憚られる風習があっても不思議ではないだろうとイヴは語る。 「信仰が必要とされなくなった今、この社を中心とした様々な思いがエリューション化し人を食い物にしていると思うの。こうなればもう神ではないわね。いわゆる祟り神というやつに近いかも」 イヴが言うには少しずつ蓄積された思いが具現化すると非常にやっかいらしい。 「捧げられた祈りや呪いまで消えてしまうわけではないわ。その思念が神を作ることにもなる。実体があるかないかが存在の根底に影響しないことはあなた達だって承知のはずよ」 時代はそうやって輪廻してきた。昔集落の為に犠牲にされた少女達が、今日の少女たちに不幸をもたらしている。 「被害があった村には生贄の習慣があったと言ったでしょう。生贄は神にささげられるもの。その供物は穢れない少女が一番だから相当な数が犠牲になったのでしょうね。今回の敵は非常に強い恨みと嘆きそのもの。一番綺麗な時代を謳歌することなく奪われた娘達の未練。それが不幸にも覚醒因子と結びついてしまった。その遥か昔からの因縁が、今を生きる少女達に襲いかかっている。やるせない話だわ」 自分で呟いた言葉に、イブは痛ましい表情を見せた。そして思い直すように頭を振りリベリスタ達を眺める。 「同情するのは、やっぱりお門違いかしらね。説得できるかもしれないと思うのはあなた達の勝手だけれどちゃんと考えないと被害を拡大させるだけよ。いずれにせよ、一般人の保護が最優先よ。すべてあなた達に任せるわ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:あじさい | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年08月22日(水)22:25 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●嘆きの少女 いつの出来事かは覚えていないけれども、それでも鮮やかに迫ってくる。日照りの田んぼに今にも飢え死にしそうな農民達の枯れ木のような身体。わたしはそれを見ていた。誰かが手を掴む。もうこれしかない。許してくれ。啜り泣く声が聞こえて、何をされるのか分からないままに川の傍まで連れていかれた。日照り続きでも、未だ底が見えない深い川だった。 思わず身体を引こうとしても、掴まれて動けない。誰かの叫び声が聞こえた。 「すまない、村の為だ」 そう一言だけ告げられて、私は背中を強く押された。助けを求めて伸ばした手をとってくれる人はいなかった。ただ、呟いた声が聞こえた。 「恐ろしくはない。お前は神様の供物になるのだから。なにもおそれることはない」 そんな言葉は慰めにも何もならなかった。川に呑まれて沈んでいくわたしを支配したのは恐怖だった。 ―― こわい、こわい。 ―― どうしてわたしなの。 脳裏に今まで過ごした記憶が濁流のように流れ込む。 貧しい村に生まれたばかりに何も楽しいことなんてなかった。綺麗な着物もおいしいものも食べられなかった。まだ恋だって知らないのに。そこまで考えて私には、何もなかったことに気付いた。 ―― どうしてわたしには何もないのかしら。 そんなことを考えて、わたしの意識は途絶えた。 次に目覚めた時、すっかり周りの風景は様変わりしていた。わたしが知っているものは何一つなかった。時々社の前を通り過ぎる同じ年頃くらいの女の子は、きらびやかに着飾っていた。服はどこか奇妙だったけれども、それでも綺麗だった。わたしは暫くそれをじっと見つめた。通り過ぎる同じ年頃の女の子はずっと見詰めていた。 幸せそうなその子達を妬ましく思った。わたしは何も持っていなかったのに、あの子たちはすべてを持っている。それがひどく妬ましかった。 ある日迷い込んだ少女が苛立っていた。もしかしたら道を見失ったのかもしれない。彼女が頭を振るたびに髪飾りが煌めく。それをずっと見ていると、唐突に社を蹴られた。先ほどまで抑えていた憤りはもう誤魔化しがきかなかった。村の為に犠牲になった自分を無下に扱われた。そのことが許せなかった。 ―― そうだ、何もないのならばうばえばいい。どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのかしら。 そう決意するとあとは簡単だった。先ほどの少女が社の前を通ると、その決意を実行するだけだった。手のうちに入った髪かざりは綺麗だった。 闇に身を隠した。そして誰かが来るのを待ち続ける。早く誰か来ないかしら。 ●少女の夢 あらかじめ結界を張り、リベリスタ達は社がある森の入口付近で待機していた。そろそろ日が落ちて、辺りも暗くなってくる。 『破壊の魔女』シェリー・D・モーガン(BNE003862)はラケシア・プリムローズ(BNE003965)が提げている鞄を見て呟いた。 「大きな鞄だな……。一体どれだけ持って来たんだ?」 ラケシアはシェリーの問いに笑う。 「そうね、恋を知らない女の子を素敵なレディに変身させられるだけのものは入っているわ」 傍で聞いていた『極黒の翼』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)は少し驚いたようだ。 「じゃあ服を何着かと化粧道具も一式? かさばるでしょ」 人のやり取りを見ていた雪待 辜月(BNE003382)が感嘆の声をあげる。 「へえ、ちょっとでも楽しんでくれればいいですね』 ヘキサ・ティリテス(BNE003891)は雪待と『三高平のモーセ』毛瀬・小五郎(BNE003953)のラケシアと同じくらい大きな荷物をみて興味が湧いたようだ。 「なあ、二人は何持ってきたの?」 雪待は少し鞄を開けてヘキサに見せた。 「私はレジャーシートとティーセットとお菓子ですかね」 「まるでピクニックだな……」 少し脱力したかのように呟くヘキサを毛瀬が肩を叩く。 「まあまあ、ワシはばーさんが若いころに着とった振り袖を持って来たんじゃ。娘さん気に行ってくれるかのぅ」 『正義の味方を目指す者』祭雅・疾風(BNE001656)と『足らずの』晦 烏(BNE002858) は説得に積極的なグループを、一歩引いて眺めていた。互いに小さな声で相談を交わす。 「晦さんはどう思う。おとなしくこちらの話を聞いてくれると思うかい?」 「さあ、どうだろうね。祭雅君はどうだい」 祭雅は少し痛ましそうな顔をしたが、それでも信念を口にした。 「確かに同情してしまいそうな話ではありますね。けれども私の使命はか弱い人々を守ることですから。いざとなれば容赦はしませんよ」 「ふむ、おじさんも同意見だ」 晦は愛煙しているたばこに火をつけながら同意した。 「まだ年頃の女の子らしさが残っていれば、こちらの話も分かってくれるかもしれませんね。それが一番ですから」 祭雅は晦が調達した桃が入ったビニール袋に目を落とした。 太陽が地平線の彼方へと沈み、夜へと移り変わっていく。リベリスタ達は懐中電灯を携えて、森の中へと進んで行った。暗い森の奥へと進むと、目的の社がある。今回のターゲットはすでに姿を見せていた。 「―― また来たわね」 白装束はゆるりとこちらを振り返る。空気が張り詰める中、毛瀬が声を上げた。敵意を感じさせない毛瀬の顔に、白装束の動きが止まる。 「そんなに殺気立ちなさんな、娘さん。少しワシらと話をせんかのぅ」 「そうそう、お菓子もありますよ!」 雪待が素早く鞄から色とりどりの和菓子を見せて気を引いた。長い前髪から瞳が覗く。どうやら興味を持ったらしい。 「わあ、おいしそう……」 呟いた口調から殺気が緩んだのを感じ取り、ラケシアが近づく。 「よかったら差上げるわ」 「え? いいの?」 すっかり毒気が抜けたようだ。今なら説得に応じてくれるかもしれない。その雰囲気を察した者から次々に持ち寄ったものを目の前に広げていく。生前見ることもなかった贅沢な品やきらびやかな品に少女はたちまち目を奪われた。 「さあ遠慮することはない! どれが着たいのだ?」 シェリーが問うと少女は目移りした。どうやら迷っているようだ。 「全部着せてあげればいいんじゃない」 フランシスカがそう口を挟み、取りあえず手当たり次第に試すことになった。その間、男性は少し離れた場所で待機することになった。 ヘキサと雪待と毛瀬はどうやらうまく行きそうだと互いに言い合った。祭雅と晦も戦わずに済むならばそれに越したことはない。安堵の感情が全体に漂い始めていた。 暫く発って女性陣に呼ばれると、そこにいたのは不気味な少女ではなかった。ラケシアの腕前によって長い髪は綺麗に梳かれ垢ぬけた化粧を施され、ドレスを身にまとっていた。 「うわあ、女の子って変わるもんなんだな」 ヘキサの呟きに雪待は賛同する。 「本当ですね、お綺麗ですよ」 「そうだろう!」 シェリーはなぜか誇らしげに胸を反らしながら言った。 少し照れくさそうにしている少女は、生前経験できなかった楽しみを知ったように晴れやかな顔をしていた。 「やはり年頃の娘さんは、かわいらしいものじゃて」 そう毛瀬が言うと、祭雅と晦も頷いた。 雪待がレジャーシートを引き、お茶会の準備を始める。 「さあ、おいしいものでも食べながら話しましょうか」 見る間に用意を整え、お菓子を皿に盛っていく。 「さあどうぞ」 雪待はにっこりと笑って少女にお菓子を差し出す。しかしうつむいてなかなか受け取ろうとしない。 ラケシアは何か悟ったように口元に手を当てた。その姿を見て周囲も何か納得したようだ。 「え、なんですか」 一人だけ置いていかれたような心地がして慌てる雪待を見て、ラケシアが指摘する。 「このお嬢さん、照れているのよ。どうやら雪待さんのことを気にいったようね」 「え、ええ! 私ですか?」 ヘキサが少し不満そうな顔をしながら二人の顔を見比べる。シェリーは面白がりながら雪待に提案した。 「しばらく話してやればよい。まだ菓子も食べていないしな」 シェリーとフランシスカはレジャーシートに座り込む。他のメンバーや白装束の女もそれにならった。晦は持ってきた桃を広げた。 「さあ召し上がれ」 少女はきらびやかなお菓子と瑞々しい果物を口に含み実においしそうに食べた。 「今までこんなもの食べたことないわ……」 時折りそんなことを呟きながら、満足するまで食べ続けた。シェリーやフランシスカもそれに負けないくらい食べる。その時シェリーが持ってきたファッション誌を開き、少女にどのようなものが好みかなど話を聞いてやった。雑誌を覗きながら少女は喜んだ。たわいない話をして、失ったものを取り戻すかのように時間は過ぎる。笑い声が時々響いた。 これ以上ない打ち解けた雰囲気になったところで晦が本題を切り出す。 「お嬢さん、これで未練もなくなっただろ。いい加減成仏してくれないか」 少女は考え込んだ末、頷いた。 「そうね、本当はわかっていたの……。いけないことだって、わかってた。最後に一つお願いがあるのだけどいいかしら」 一同が耳をすませた先に待っていたのはあまりにもささやかな願いだった。 「最後にそこのおじいさんが持っていた振り袖を着てみたいの。生きているときには着られなかったから。羽織るだけでもいいの」 ラケシアは毛瀬を振り返る。 「毛瀬さん、いいわね?」 「もちろんですじゃ」 生前見ることさえかなわなかった華やかな振り袖を袖に通す。しばらく手触りを楽しんだ後、名残惜しそうに脱ごうとした。 「差上げますじゃ」 「え?」 「娘さんに着て貰えれば亡くなったばあさんも喜びますじゃろうて」 少女は泣きそうな顔でぎゅっと袖を握り締めた。その顔を見てヘキサが歩み寄り、下ろされたままの髪を結いあげバレッタをつけてやった。それを手鏡で映してやる。 「ほら、こんなにかわいいんだ。来世ではきっといい男が見つかるぜ! オレみたいなやつがな!」 ヘキサの冗談に少女は微笑む。祭雅が雪待の背中を押した。 「雪待さんも何か言ってあげたらどうですか?」 「ええ」 雪待は少女の細い身体をぎゅっと抱きしめた。苦しみを分かち合うように優しく。少女は頬笑み、目を閉じた。やがて腕に抱えていたものはどこかへ消えて、少女が身に着けていたバレッタと振り袖とドレスが闇の中で横たわっていた。 ●祈り 「逝っちゃたんだね……」 フランシスカは少女が残していった抜け殻を見詰めながら呟いた。 「本当はいい子だったのね、きっと……」 ラケシアは取り残された社を見つめた。 雪待は黙って朽ちそうな社の掃除を始めた。晦は念仏を唱え、ヘキサは少し涙ぐんでいた。 「オレはオマエのこと忘れないからな! ずっと覚えてるから!」 ラケシアもヘキサの言葉に頷く。 「覚えていましょう、みんなで」 ヘキサはバレッタの土を払い、社に置いた。 「それ、やるよ。どーせオマエ以上に似合うヤツなんて、いないだろーしさ」 祭雅は手を重ねた。シェリーは持ってきたアクセサリーとファッション雑誌を着飾る楽しみを知らなかった少女に捧げ、フランシスカは甘いものを供えた。 「もし生まれ変わったら、きっと幸せになれるじゃろうて……」 毛瀬は娘盛りを謳歌することができなかった少女の為に振り袖を捧げた。ラケシアも彼女が身につけたドレスを折りたたんで置いてやった。 リベリスタ達はそれぞれのやりかたで少女を悼んだ。綺麗に整えられた社に溢れるくらいの供え物を残して、その場所を後にした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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