●導入 梅雨明けの勢い冷めやらず、盛夏へとシフトし始めた昨今。 衛生状態が刻一刻と悪化するのは、三高平とて例外ではなかった。尤も、エリューションの発生が抑止される同市内では余りそれらしい被害は無いのだが、世界全体を考えるにそれは稀有な例だ。 衛生状態の悪化が、ソレにともなってエリューションを増産するのは当然といえば当然で。 三高平は、今年も『三高平防疫強化施策』――通称されるところの『三防強』へと乗り出すこととなるのである。 ●数多群がる ときに。 某国の山林では、大量の嬰児の遺体が見つかったという話は記憶にあたらしいことと思う。 敢えて述べておけば、「嬰児(えいじ)」とは「みどりご」とも呼び、三歳以下の子供を指す。これは大宝律令に由来するが――委細については割愛する。 問題は、捨てられる命などかの国に限らず起こっていることで、それが嬰児のみの話ではないこと、更に述べるならば、捨てる神あればなんとやら、ということなのだろうか。 ずるずると森を這う根が、前後不覚になった老人の手を掴み、足を掴み、頭を掴み。 鈍い音が響く。 ●人面疽 「……夏ですねえ」 「おい待て、いつから『防疫強化施策』でこんなとんでもない出来事を観測するようになった」 「基本としては変わらないと思いますよ? 土壌汚染からくる革醒現象の誘発ですから、土壌改良もやって頂きますので」 通称されるところの『三防強』に絡んだ依頼、ということで集められたリベリスタ達は、『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)が用意した映像――数多の顔を貼り付けたような樹皮を持つ大樹……の、E・ビーストが老人を襲う現場の映像を見せられていた。当然、一部伏せてあったが。 「E・ビーストフェーズ2、『百疽樹』。まあ、ご覧のとおり。動きますしグロいですし面倒です。あらゆるところに付いている顔面の跡は、この森周辺に捨てられた遺体やら何やらを土壌が取り込んだ結果、なのでしょう。戦闘終了後、土壌改良の作業も兼ねるので多少余力は残して欲しいところですが、手を抜けるかというと疑問ですね」 「随分とオーバーワークだな……何とかならなかったのか?」 「人手不足ですからねー……詳しくは資料を用意しましたので、どうぞ」 「いつになく投げやりじゃないか」 「気分の良い物じゃないでしょう? 『捨てられた老人が命を落とした』、という過去は」 やれやれと首を振る彼の言葉のどこまでが本意なのか、リベリスタには、分からない。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年08月13日(月)22:26 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●深き業を毒ある肥とす 鬱蒼と茂る森の中を、怪しい鳥の声が反響する。それに呼応するように漂う気配は、確かにこの森が相応の毒を貯めこんできたことを思わせるものだった。 「心が痛むわね……望まれない命なんて、あってはいけないのに」 その理由が人の、殊に望まれぬ命が生み出した歪みであると聞いて、『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)の表情はすぐれない。 それもそうだろう。望まれなければ捨てられる、というのが常だとしても、人すらもそれに列する必要がどこにあったというのか。 「不要になったら人でも捨てるのね、人間という生き物は」 「生んだなら最後まで責任持てっつーの……気にいらねぇ」 皮肉を隠そうとしないリリィ・アルトリューゼ・シェフィールド(BNE003631)の言葉を聞いてか否か、素直な怒りを吐露するのは『デンジャラス・ラビット』ヘキサ・ティリテス(BNE003891)。 純粋に、気に入るかどうかを判断基準とする以上は、そうする相手も、結果として生まれたエリューションも彼には等しく「気に食わない」のだろう。尤もな話である。 「捨て子か、俺にとっては他人事ではないんだよな」 樹皮の瘤がどのような意味合いを持ったものなのか、を考える傍らで、『系譜を継ぐ者』ハーケイン・ハーデンベルグ(BNE003488)は思索する。 国こそ違えど、人間など言語と理性という皮さえ剥いでしまえば大体の本質は獣と同じといって遜色なかろう。 そう考えてしまえば、彼は幸運だったのだ。森の中で果てる憂き目を見ること無く、ここに至ったことは……或いは、幸福。 「……Gとかその辺相手にするのかと思いきやとんでもないものが出てきたな」 パティシエとしての側面を持ち、衛生管理に関しては一家言ある『灼熱ビーチサイドバニーマニア』如月・達哉(BNE001662)をして、森の中の雰囲気の異質さは言葉を尽くすまでもなかったことは明らかである。 何時の時代だって起こりうる不幸が、ただ目の前で語られただけだ。それが人であれ動物であれソレ以外であれ、彼にとっては等しく、対処するべきものでしか無い。 自分にとって深く関わりのないものに、ひたすらに冷静に正面から見据えなければならない、ということを彼はよく理解していた。 「色々な物が捨てられる森と聞くと富士の樹海が思い浮かびますが。他にもあるものなのですね」 「何時の時代にも、金と食糧の問題はあるもんだよ」 棄てられた者達はもとより、本質的な被害者を語るのであればこの森、ひいてはこれから殲滅する相手である樹木もまた被害者なのだろう、と雪白 桐(BNE000185)は思索を巡らせる。 その言葉に冷静に、しかし苛立ちを隠さずに達哉は返す。正面から見たからこそ、それはより面倒で腹立たしいものなのだ、と。 「……気配が近付いてるな。感情らしいものが多すぎて何とも言えんが、おそらく敵さんだ。気を緩めるなよ」 僅かに変化した空気を肌で感じとり、『闇狩人』四門 零二(BNE001044)が言葉を紡ぐ。その身体から漏出する戦意は確かに、遠からず接触する相手に対しての緊張感で満ちていることは違いなく。 冷静に戦う、ペースを崩さず、絶対に倒すと、深く呼吸した腹の底に諸々の感情を押し込めた。 「……排除を開始する……」 他者よりもワンテンポ早く、『宵闇の黒狼』三条院・詩姫(BNE000292)が一歩踏み出す。 木陰から現れた瘤の多い樹――百疽樹にそのブラックコードが届く前に、その幹の全てが口を開いた。 ●苛む業に唾を吐く 悲鳴や泣き声とは、その声のベクトルは違いすぎた。 人間に当てはめれば「泣く」ためのトーンでありながら、その声に宿った感情は確かに歓喜だった。生まれて間もないわけではないエリューションが、斯くも歓喜に満ちた声を上げたのは何故か。 奪われたはずの平常を思わずして、無心に歓喜に震えるのはなぜか。その声の前に、足に込めた力が揺らいだリベリスタをよそに、影が飛び出す。 「走って!」 産声をかわし、最速の勢いそのままに木の枝を蹴って加速する。 「跳んで!」 まるでそれが当たり前のように、樹木を壁に見立てて跳躍。 「蹴ッ飛ばすッ!!」 ヘキサの蹴りが、詩姫を照準していた枝の数本を纏めて蹴り砕く。着地し、振り返りざまに見せる彼の表情は無邪気でありながら不敵で、芯の強さを感じさせるソレだ。 それと前後する形で、桐がヘキサと対になる位置へ踏み込む。不用意に近い位置で固まらないように、且つ確実な一撃を叩き込める位置を想定して戦わねばならぬ状況は、決して容易な敵ではないことを再認識するには十分だ。 「……人の闇が産み落としたものならばこそ……オレ達の手で片をつける……!」 引き絞られた魔力剣を、勢いそのままに百疽樹へと叩きつける零二。 連撃の体勢を取ろうと構えるが、その動きを見通す間も与えず、百疽樹は枝を鋭く、後衛へ放り込む。狙いは、リリィ。 魔曲の準備体制に入ったはいいが、真正面から産声にさらされ動きを鈍らされていた彼女に、それを避ける余地はない。高い貫通力が却って幸いしたか、彼女の被ったダメージは想定よりは、少なくも思える。 だが、返す刀で放った魔曲の旋律にぶれが生まれれば、それは十分な拘束力を産まず、虚しく響いて抜けるのみだ。 「――さあ、お祈りを致しましょう」 その戦況を見ても、自らを苛む感触を手にしても、『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)が銃を構える動作も、冷静さもいささかも衰えはしなかった。寧ろ、それを受けたからこそ悲哀を受け止め、呪いをして相手を制することをためらわぬようにもとれる。 呪いの弾丸は、或いは苦しみを長引かせぬ為の祈りの弾丸でもあったのだろうか。 「ワオ、ちょっとしたホラーだワ!」 改めて百疽樹の惨状を目にし、艶蕗 伊丹(BNE003976)は感嘆とも驚愕ともつかぬ声を上げた。彼女にとっては、新鮮な世界はそれだけで刺激物だ。 だからこそ、その状況に抗わない――ためらわない声が、歌となって癒しを運ぶ。 「独りでに歩くようになるとは、余程人が恋しかったのだろうかな? 良いだろう、存分に相手してやろう」 ややあって、ハーケインの一撃が深々と叩きつけられ、百疽樹の勢いを大きく削ぎ落とす。 一撃の威力は、高い。だが、その一撃に込められた感情の奥の深さは、叩き込んだ彼自身が誰よりも強く認識しているに違いない。 道を違えたもの、道を真っ直ぐ歩めた自分。その違いがあるのなら、自分は正しく生きたものとして道を示さねばならない。 人恋しさを覚えたこの存在に、ここにあることの大切さを力を以って叩きこまねばならない、と強く、感じているから。 「全く、人のエゴでこんなものが生まれるんだから因果なものだよな……!」 伊丹の様子から戦況の優位を把握した達哉は、素早く気糸を練り上げ、百疽樹に叩きつける。 僅かに軌道が逸れはしたが、狙いとしてはほぼ正確にヒットしたそれが瘤の一つを穿ち、森の中へと消えて行く。 無数の瘤が、潰れた位置を中心に躍動する。 まるで血がめぐるように脈動し、それぞれの瘤が笑った、様な気がした。 「顔を減らせば、威力も落ちるでしょう……?」 思い切り振り上げられた桐の「まんぼう君」が瘤に向けて振り下ろされ、内側に大きく潰される。 続けざまに叩き込まれるリベリスタ達の猛攻が、或いは貫き、或いは砕き、百疽樹の表面積を僅かずつながら削っていく。 だが、悲鳴も、産声も、枝の勢いも衰えず。 リベリスタ側の消耗も、じわりじわりと真綿で首を絞めるように、削り、すり減らしていく。 戦況が激化する中、最初に崩れ落ちたのは詩姫だった。 おそらくは限りなく必然に近い偶然、一歩の踏み込みの遅れが彼女を枝葉に晒し、吹き飛ばしたのだ。 支援に回ろうとする決意すら一蹴された彼女と入れ替わるように踏み込んだのは、中衛として立ち回っていたミュゼーヌだ。 「無理をしないで……っていうのも、遅かったかしらね」 結果的に無理をさせてしまったか、と辛さを滲ませる声を零し、間合いに踏み込んだ彼女は、鋼鉄の足を振り上げ、優美な軌道から一撃を叩きこむ。 流麗であり優美であり、鮮烈に横合いから叩きこまれたその一撃は、百疽樹の幹の芯に通じ、その動きを鈍らせる。 「……荒治療よ、我慢して!」 二発、三発と蹴りこまれるその動作は、見るものに漠然としたイメージすら与えるにふさわしい。 兎角、叩きこまれた威力が並大抵でないことだけは、明らかだ。 「人が人を捨てるだなんて、傲慢甚だしいわ……!」 リリィの声には、怒りと同等のレベルでの焦りがあった。 動きを止め、封殺する。出来る事なら一切行動させずに無傷で倒しきる。 それを可能とする、してみせると口にしたのは、たしかに彼女だった。 だから、速度に任せ、勢いを身に纏い、自分を追い詰めて状況に望んだはずだった。 ――もう、何度魔曲を放ったことか。 魔力が途絶える気配はない。何発撃ったところで、それを奏で続ける自負はある。だが、何度となく浄化された筈の運の束縛か、はたまた自分を追い詰めた彼女自信の内面的束縛か。 決定的な一撃が、一度たりとも与えられなかったのだ。 覚悟はしたはずだった。対策も整えたはずだった。ならば、彼女に過ちがあるとすれば――それらが、同等の道を往くリベリスタ達と比べ、明確に『劣っていた』ことなのだろう。 速度や、精度や、その他のファクターではなく、純粋に、『覚悟が足りない』。それを彼女が自覚するより早く、カウンター気味に放たれた枝によって、崩れ落ちる。 「ウサギの足は幸せを招くってな、一発喰らっとけって!」 跳躍の勢いを足に乗せ、ヘキサは百疽樹を蹴り倒す。 常に強気で、自らの足を信じて叩き込み続ける彼の言葉は、全くの偽りではない。 自らがウサギのビーストハーフであるのなら、そして、兎の足が幸運を呼ぶのなら、この一撃が、不幸にも形を変えた者達の『次』に幸運を示せるのではないかと思っている。 否、そう願いたいという気持ちがどこかにあったのだ。だから、拳ではなく足で、相手を制圧せんと尽くすのだろう。それが、出来る事だと知っているから。 零二と桐との一撃が、前後からほぼ同時に放たれる。 或いは、そこで死んでいった者に対して次へとつながる祈りを一撃に込める。 或いは、その地から育まれれる植物に不幸が連鎖せぬよう、と祈りを込めた一撃が放たれる。 形は違う、そうだろう。目指すべきベクトルが個々人で異なるのは当然の道理だ。だが、彼らに共通して存在する意思は、確かに『次へ繋がる命のための一撃』なのだ。 だから、声を張り上げずとも、両者は各々の感情に刹那の共感を得て、理解する。 リリが汚された運を、崩された状況を浄化で一蹴し、そこに追いつくように伊丹の歌が響き渡る。 勢いのままに、一切の妥協無く精神力を使い続けるリベリスタへ向けては、達哉のインスタントチャージが的確に飛び、一切の打ち止めを許さない。 三者三様の行動なれど、それが攻撃ではなく援護であっても、彼らの意思は確かに前衛が引き継ぎ、確実に叩きこんでくれると信じているから、戦える。耐えられる。そこにあることが、出来るのだ。 ハーケインの胸を、枝が強かに貫く。激戦の余波で弱りつつあった彼にとって、本来なら耐え切れる一撃ではなかった。運命を削り取られても遜色なかった。 「――まだだ、全て受け止めて……やる……!」 咆哮とともに枝を引きぬいたハーケインの目は、一瞬たりとも死ななかった。 運命よりも更に前、自らの一挙一動に与えられた『演出』が、彼の意地を拾い上げたのだ。それを成し遂げたのは何よりも、共感と訣別。 一際大きい産声が、昏い森を裂いて響く。 産声は何よりも幸福で幸運な生の喜びを運ぶ声。だからその声は、きっと、次の生に繋ぐ声でも、あったのかもしれない。 ●事後談、という三防強 アークの別働隊がたどり着くよりも早く、達哉は地面にph測定器を突き刺していた。 神秘的な理屈よりも先に、先ず土壌を正しく改良するための手順を策定させるためである。 一方、命を失った百疽樹を徹底的に砕く桐は、それらを糧にするために全力だった。流れ落ちる汗を拭いもせず、何度も叩きつけて崩し続けている。 零二やハーケイン等、男性陣が次々と土壌改良用の資材を下ろす中、リリは死体が残されてないかを探し、回収に携わる。 折に触れ、祈りを捧げる姿は確かにその死を悼む者としての姿勢が強くかいま見えた。 「メチャクチャあっちィ……倒れそ……な、なんの! まだまだ余裕だぜ!」 ふらふらとした動作で、今にも倒れそうな表情をするヘキサだが、それでもカラ元気を振りまく程度の根性はあるようで、一種独特の微笑ましさすらあった。 全てが終わったのは、戦闘終了から相当な時間が過ぎた後だった。 帰路に就くリベリスタ達の中、零二は別働隊からパンと水を拝借し、近くの木の根に据えて、小さく手を合わせた。 「此処に……希望が芽吹いてくれるように、ね」 小さい声で、未来へ、祈る。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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