●少女の歌声 切欠は、酷い眩暈を覚えて倒れたことからだった。 何日も学校を休み、家で療養していた或る日、少女は自分の身体の異変に気付いた。 脚は枯れ枝のように細くささくれ立ち始め、腕は獣の爪のように鋭く変貌していった。硬く尖った指先で頬に触れてみると、肌の血管が醜く浮き出ている事が分かった。気付けば瞳の色も濁り、自分の顔が自分ではないように見えた。 ――嗚呼、自分はもうヒトではないのだ。 そう理解した少女は誰にも言わず、ひっそりと家を出ることにした。もちろん行くあてなどなく、人目を避けるようにして山奥へと身を潜めた。 家族は心配しているだろうか。学校の友達は元気だろうか。 やりたいことがたくさんあったはずだった。好きな人だっていた。けれど、こんな身体になった自分はもう、あの場所に居てはいけない。そんな気がした。 しかし、醜い身体になっても声だけは元のままだった。 だから少女は歌う。楽しかったあの頃を思い返すように。二度と戻れぬ日々を慈しむように。 そして、この世界への絶望を声にして――謳い、謡い、唄い続ける。 ●木々のざわめき 「誰もいないはずの山から歌声が聞こえる。そんな噂が立っていてさ」 そう遠くない未来、不審に思った敷地の管理者が山に入り、無惨な死体となって発見される。 万華鏡から得た情報を語り、『サウンドスケープ』 斑鳩・タスク(nBNE000232)は、その事件を引き起こすのは一体のノーフェイスだと告げた。 「彼女……その少女は一度は革醒したんだけれど、フェイトを得られなかった」 それゆえにノーフェイスと化し、身体は醜い化け物へと変貌した。 幸いにして現在、事件を起こす前の少女は誰も傷付けてはいない。今は人の入らぬ例の山でひっそりと人目を避けるように彷徨っている。 だが、少女は世界の崩壊を引き起こす存在と成り、人を見れば襲い掛かるようになってしまった。 「残念だけど彼女を救う手立てはない。戦って、息の根を止めてくれ」 タスクは絞り出すような声でそう告げると、少女の居る場所を伝えてゆく。 山の小路を外れて暫し歩いた場所に、一本の夜合樹が生えている。昼間は山を歩き回っている少女だが、夜の間はその樹の傍で休んでいることが多いようだ。 少女にはまだ僅かに人間らしい知性や感覚も残っているが、戦いは避けられない。 誰かに姿を見られたと知ると配下とした化けコウモリを遣わせ、自らの力を振るうだろう。 情けを掛けることは出来ない。しかし、己の身に起きたことが何なのかも知らない彼女に、何か言葉をかけてやることくらいは許されるかもしれない。 「辛い戦いになるとは思う。けれど、俺の仕事は――君達を送り出すことだから」 すべての判断は皆に任せるよ、と語ったタスクは静かに瞳を伏せ、リベリスタ達を見送った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:犬塚ひなこ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月03日(月)22:38 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●真夜中の声 昏い闇に沈む山あいに夜風が吹き抜け、幾許かの葉が散った。 夏の終わりともなれば、そこかしこから秋の訪れを報せる虫の鳴き声が聞こえてくる。その中に幽かに交じっているのは、少女のものらしき小さな声だ。紡がれる歌が聞こえる方向に意識を向け、『糾える縄』禍原 福松(BNE003517)は奥歯を噛み締めた。 今、起こっている出来事は、彼女にとっては非現実で無情なことだ。 しかし、リベリスタたる自分達にとっては“ありきたり”なことである。思う所が無い訳ではないが、仕事は仕事だと首を振った福松は同道の仲間達と共に先に進んだ。 ――運命とは、残酷なもの。 革醒者となり、リベリスタとして、運命の恩寵を得ることができなかった存在を倒さなければならない。そんな自分達と彼女の境遇の違いを思い、『おとなこども』石動 麻衣(BNE003692)は件の夜合樹が佇む場所へと踏み込んだ。 樹に背を預けた『それ』の声色は、年頃の少女そのものだ。しかし、薄い月の光に照らされた彼女の姿は見るに堪えぬほどの異形と化していた。それでも怯むことなく、歩み出た『プリムラの花』ラケシア・プリムローズ(BNE003965)は真っ直ぐな視線を向けて口を開く。 「お上手ね。だけど、とても悲しい歌に聞こえるわ」 「……っ、誰!?」 次の瞬間、それまで響き続けていた歌の代わりに驚きの声があがった。 動揺と困惑を見せる少女の様子には構わず、『夢幻の住人』日下禰・真名(BNE000050)は己が纏う爪甲に嵌め込まれた紅玉を撫ぜる。 「う、ふふふふ、こんな真夜中に綺麗な歌ね、そこだけは褒めてあげる」 彼女にとって、これはノーフェイスを殺すだけの仕事。ありふれた不幸に感想なんて飽き飽きしているとばかりに、真名は虚ろな瞳を標的に向けた。こちらから滲む戦意を感じ取ったのか、少女は身構える。 だが、先ずは自分自身に何が起こっているのかを理解して欲しい。そう願う、『不屈』神谷 要(BNE002861)は自分達には現状を説明する義務があると感じていた。 「既に人ならざる身である事は貴方が一番理解しているかと思います」 でも──私も同じですから、と髪をかきあげた要は機械化した片目を見せた。 「いや、そんなこと聞きたくない!」 しかし最後まで言葉を聞くことなく、少女は頭を振った。それと同時に暗闇から何体もの蝙蝠が姿を現し、こちらを威嚇しはじめる。 少女の言葉は重々しく、苦しげな感情が込められているように思えた。 いっそ、心の奥底まで何もかもが変質しきったならば苦もなかったろうに、と独り言ちた『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)は、武器を構えた。同じくして、『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)も身構え、舞い飛ぶ蝙蝠達の奥に控える少女を見据える。 「哀れだな顔無し。絶望も愛おしさも全て無意味だ」 どうあっても戦いは避けられぬのだから、同情すら意味がないとも言えるかもしれない。思うことはそれぞれ胸に秘め、リベリスタ達は『敵』である彼女達と相対することを改めて心に決める。 不意に夜風が吹き抜け、木々がざわめいた。 「こんばんは、あいしゃなの。貴女の日常を奪いに来た幻なの」 葉が擦れあう音に耳を澄ませた『Halcyon』日下部・あいしゃ(BNE003958)は、空色の瞳を緩めて告げる。 慈悲と無慈悲が交ざり合い、相反する最中――戦いは夜合樹の下で巡りはじめた。 ●黒の翼と異形少女 緊迫した空気が流れる中、何よりも疾く動いたのはユーヌだ。 羽をはばたかせる蝙蝠を見据えた彼女は、敵全体に向けて魔力の籠った言の葉を投げ掛ける。その瞬間、半数の蝙蝠達の意識がユーヌへと向けられた。 だが、彼女の前にはしっかりと要が陣取っており、一筋縄では抜けられぬようになっている。 「ふむ、神谷のお陰で集中しやすいな。張り切って囮を勤めるとしよう」 ユーヌからの言葉と視線を受け、頷きを返した要は向かい来る蝙蝠の一撃を受け止めた。掲げた剣からわずかな震動が伝わるが、耐えられぬほどではない。だが、其処で異形の少女が動く。 「私の姿を見られたからには、貴方達を生かして帰すことは出来ない!」 年頃の少女として、己の醜い姿を見られたことは何にも勝る屈辱なのだろう。要は狙いが自分に向けられていることを察しながら、何処か悲しげに首を振った。 「私達は、貴方を、討ちに来ました……覚悟を」 赤い双眸に少女を映しながら、要はそっと告げる。その言葉には自分自身に戦いを納得させるかのような響きを孕んでいるようだ。 少女の鉤爪が迫り、要に一撃が加えられようとする。 しかし、その行動は間に割り込んだ鉅によって防がれた。鋭い爪の斬撃を受けた彼の身体からわずかな血が散る。赤の軌跡を眼にした少女の口元は歪み、嗜虐的な感情が垣間見えた。 鉅は短く息を吐き、魔力の気糸を紡ぎはじめる。 彼女は運命に愛されはしなかったというが、趣味の悪い運命には付きまとわれたようだ。哀れにも思える姿を間近で見つめながら、鉅は小さく呟く。 「……まあ俺には関係のない事か」 同時に糸が少女を縛り上げ、その身体が一瞬だけ操り人形のようにぎしりと軋んだ。 それでもノーフェイスは未だ自由に動けるだけの力を秘めている。流石は異形と化しただけはあるか、と複雑な思いを抱いた福松は暗視で闇を見据え、黄金の銃の引鉄を引いた。 「問題無い。見える範囲の敵なら同時に打ち抜いてみせるさ」 刹那に弾け飛んだ銃弾は蝙蝠に真正面から衝突し、一体目の敵を地に落とす。 数は多いが、蝙蝠達は文字通りの雑魚だ。このまま押し切っていけると判断した福松は更なる攻撃に向けて身構え、戦場をしっかりと瞳に映した。 羽音が夜風と混じり合う中、真名は淡々と、それでいて流れるような動作で蝙蝠を相手取る。 「見、え、て、る、わ」 くすくすと虚ろに笑み、九麗爪朱を掲げた真名の斬撃が敵を貫く。 鋭い力を秘めた一撃は蝙蝠を勢いのままに吹き飛ばし、その身は背後の樹に叩き付けられた。ゆらりと其方を見遣った真名は標的が力を失った事を確認すると、次なる獲物に目を向ける。 目まぐるしく戦いが巡ってゆく中、麻衣はふと思う。 果たして自分が彼女と同様にノーフェイスと化した場合、どう行動するのだろう。少女のように身を隠すのか。それとも、もっと別の選択肢を選び取るのだろうか。蝙蝠に向けて魔法の矢を打ち放ちながらも、麻衣は裡に燻ぶる思いを消しきれなかった。 「……ですが、今は今、未来は未来」 唇を噛み締めた麻衣は、そう割り切って行動しなければならないのだと己に言い聞かせる。自分はそう考えるしか出来ないのだから、と意を決した彼女は更なる魔力を紡いでいった。 そうして立ち回るリベリスタ達の手によって、蝙蝠が次々と伏してゆく。 「謳い続ける事が出来るのは貴女の存在証明。でも、あいしゃは貴女から唄と翼を奪うの」 掌打で敵を穿ちながら、あいしゃは異形少女へと言葉を向けた。 世界は理不尽で理由のつかないもの。かつて、実の母に刃を突き付けられた過去をひそかに思い出しながら、あいしゃは更なる一撃で蝙蝠を穿っていく。 ヒトならざるものとなった少女の表情は窺い知れないが、纏う雰囲気には徐々に焦りが見えはじめている。それに比例するように、少女からの攻撃は激しくなっていくが、回復手にまわるラケシアが仲間の受けた傷をすかさず癒した。 「ねえ、良ければ違った歌も聞かせて貰えないかしら?」 癒しの歌を紡ぐ最中、ラケシアが少女に呼び掛けたが、少女は力いっぱい首を振って拒否の意思を示した。ラケシアとて、叶うならば彼女が置かれている状況を教えてあげたいと願っている。 しかし、少女は薄々気付いているのだとも感じた。 それゆえに事実を知ることのが怖いのだろう。ならば、拒絶を見せるのも当たり前だ。誰しも、己が世界の敵となっていることなど認めたくはないはずなのだから。 ●憎悪と苦しみ 心なしか、夜合樹のざわめきが激しくなる。 だが、少女の心の揺らぎなど気に留めることも無く、真名は爪を振るい続けた。その間に彼女が言葉代わりに口ずさむのは先程に少女が歌っていた唄だ。それは歌詞のおぼつかぬ幽かな鼻歌に過ぎないが、真名は構わず紡ぎ続ける。 そして、敵へと強く踏み込んだ真名は渾身の一撃を蝙蝠に叩き込んだ。 地面に力無く落ちた蝙蝠は、これで数えて九体目となる。残りはもう一体のみだが、未だ囮となって敵を引き付けるユーヌを守るべく、壁代わりとして立ち回る要は懸命に体当たりを受け続けた。 「……未だ、耐えられます」 痛みが身を縛り、散った血が銀糸の髪を濡らしたが、要は怯んだりなどしない。少女から撃ち放たれる呪力を受けた仲間を案じ、彼女も負けじと邪気を退ける光を生み出した。 一瞬、淡い光が仲間と少女を照らす。その光で自分の姿が露わになるのを恐れたのか、ノーフェイスは悲鳴めいた金切り声をあげた。それは、同時に鉅が解き放った気糸から与えられた痛みに対してのものだったかもしれない。 だが、鉅にはそれだけの悲鳴だとは思えなかった。ブロックを行う自分から彼女の意識が逸れぬよう、意を決した鉅は敢えて非情な言葉を吐いてみせる。 「その声、格好に不釣合いだな。声も姿に合わせたらどうだ?」 「そん、な――」 濁った瞳が見開かれ、少女は悲しみに満ちた呟きを零す。そして次の瞬間、酷いことを言わないで、と怒りに満ちた一撃を鉅へと振るった。結果、ノーフェイスの狙いは彼にだけ向け続けられることなる。 一撃は重く、鉅は思わず膝をついてしまう。 流石に危機を感じた矢先、すぐさま麻衣が天使の詠唱をはじめる。仲間が倒れぬように、と生み出された癒しの微風はしっかりと仲間の背を支え、何とか持ちこたえさせた。 そして、構えを取ったあいしゃが残る一体の蝙蝠に狙いを定める。 福松やラケシア達が蓄積させた衝撃を受けたそれは、既に力を失いかけている。斬風の蹴りから作り出されたカマイタチは一気に蝙蝠の身を貫き、すべての翼が地に落ちた。 「ねえ、貴女は傷つけたくなかったのね。友達を、家族を。一人、其処から離れた貴女は偉いね」 あいしゃは少女に向き直り、心からの思いを告げる。 世界は辛く悲しいことばかり。その姿が自分だなんて認めたくないよね、と呼び掛けた言の葉に、異形の少女は怯んだ様子を見せた。 動揺を隠せぬノーフェイスの姿を見つめ、ラケシアも言い表せぬ思いを抱く。 防御の力を揮い、仲間に更なる守りを与えたラケシアはそのまま言葉を紡げないでいた。 何故、彼女はこんなに残酷な運命に囚われたのだろう。考えても答えなど出るはずなどなく、戦いは無情にも続いていく。 「嫌だよ、こんなのおかしいよ……! どうして、どうして私だけ……!!」 異形の濁った瞳から涙の粒が溢れ、叫び声がこだまする。 思わず苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、福松は舌打ちをした。 「お前は悪くないさ、誰が悪いというのも無い。それでも、恨むならオレを恨め」 そういったことには慣れている、と何処か褪めた声色で呟いた福松は、幼さを残す瞳の裏に何を隠したのだろうか。それすら見せぬまま少年は照準を定め、狙う銃口の奥から慈悲という名の銃弾を打ち放ち、ひたすら攻撃を続けた。 少女の身を穿つ痛みは、福松の言葉通りにそのまま恨みと憎しみへと転じてゆく。 「そうだ、恨みも嘆きも怨嗟も衝動のまま好きに吐き出せ」 甲高い叫びをあげながら次々と鉤爪での斬撃を振るい続ける少女を視線で捉え、ユーヌは凛と言い放った。赤の他人になら八つ当たりも楽だろう、と続けたユーヌは淡々と不吉を呼ぶ影を具現化する。 かの少女は、醜悪と言うには内面が真っ当すぎる。其処に何かを思わないわけではなかったが、ユーヌは静かに瞳を緩める。どちらにせよ、情けをかける道理はないのだ、と――。 ●夜の唄 恐るべき力を秘めたノーフェイスとて、囲まれてしまえば打つ手も少なくなる。 荒く息を吐く少女は既に息も絶え絶えであり、あと僅かでその命が尽きるだろうことは明白だった。それでも戦い続けるのは何故か。その答えはきっと、少女自身にも分からなかっただろう。 絶望を唄う彼女が身を寄せたのが、ネムノキの下というのはあまりにも皮肉過ぎる。避けられぬ悲劇の終わりに胸を痛めながらも、ラケシアは懸命に癒しを施し続けた。 「死にたくなければ、運命を掴みなさいな、掴めたなら生きられるわよ?」 反面、真名は戯れに少女へと眼差しを向ける。 彼女の攻撃には容赦はなく、加減すらない。だが、不可能の逆転があるならそれはそれで見物だと感じる意志が、振るいあげる爪に込められている。 今、何を言ったとしても、自分達は彼女の命を終わらせに来たのだ。悪役を買って出るくらい今更何とも思わない。憎悪に満ちた眼差しを受けながら、鉅は少女を見つめ返した。 「それでいい。自分の運命を呪いながら終わるより、まだいいだろう」 痛みすら受け入れ、鉅は気糸を叩き込む。呪縛の力が漸く少女を縛り上げ、その動きは見る間に止められてしまった。 これが本当の最期の機だと感じ取り、要は刃を構え直す。 手にした剣が鮮烈に煌めき、ノーフェイスと要の姿を映し出す。輝きを纏った刃に破邪の力を込め、一気に駆けた要は真っ直ぐに少女へと双眸を向けた。 「これで終わりにしましょう。その苦しみも、痛みも――」 刹那、振り上げられた一閃がすべてを断ち切るように降ろされる。そうして煌めきを映し続ける剣が淡い光を失った時、戦いは終わりを迎えた。 其処で、運命が決したのだと麻衣は感じた。 夜合樹に凭れかかるようにして崩れ落ちた少女は、もう立ち上がる事すら出来ないだろう。未だ辛うじて残っているらしき意識も、消え去っていくに違いない。 「これも運命、です。……受け容れてください」 麻衣は傍に駆け寄り、朦朧とした彼女へと出来る限り優しい声を掛ける。 「良かったの。私ね、もう戻れないって知ってたの……ごめん、なさい……」 おそらく、途中から少女も自分が生き残れぬことを本能的に感じていたのだろう。憎しみは自然と消え去り、不思議と穏やかな雰囲気を纏っていた。きっと最後に告げた謝罪は、リベリスタ達を傷付けてしまったことに対してのものだろう。 福松は構わないと首を振り、最後にひとつだけ、と願いを口にする。 「オレは禍原福松、覚えておいてくれ。そしてお前を人間として覚える為に、名前を教えてくれないか」 「福、松ね……。私は……私の名前は、壱花……」 イチカと名乗った少女の手に飴を握らせ、福松は告げられた名を胸の内で反芻した。 彼と同じように近寄ったあいしゃも屈み込み、壱花の瞼にそっと指先を伸ばす。そして、子供を寝かしつけるかのような優しい言の葉を耳元で囁いた。 「次に目を開けたら貴女は普段通りなの。あいしゃの目を見て、あいしゃの目の中の貴女を見て。ほら、貴女は……壱花は、何時も通りの可愛い子」 濁った瞳を真正面から見つめたあいしゃは淡く微笑んで見せる。 その笑顔に安堵を覚えたのか、壱花は少しずつ、ゆっくりと瞼を閉じていった。 「そう……ね、明日もきっといつも通り。学校に行って、友達と遊んで、それから――」 其処で少女の言葉は途切れ、ひとつの命が潰えた。 運命に見放され、異形と化した少女は最後の最期まで、自分で在り続けた。それだけは確かなことだと頷き、ラケシアはそっと瞳を閉じる。 「お休みなさい、歌の上手なお嬢さん」 せめて、あちらでは歓喜の歌を奏でられるように。 ラケシアは物言わぬ亡骸と成り果てた壱花を見下ろして祈る。そして、彼女に倣ったユーヌも有るか分からぬ来世を願って、瞳を細めた。真名が葬送歌を口ずさむ中、あいしゃや麻衣をはじめとした者達も、静かに逝った少女へと自分達なりの鎮魂の詩を捧げる。 花をあげよう、貴女に似合う優しい花。 ねむの木の下で、静かにお眠り。 真夜中に響く歌声に続き、夜合樹が幽かに風に揺れる。 葉が重なりあい、奏でる音はまるで――夜に響いていたあの唄のようにも感じられた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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