● 時計は深夜の一時近くを指している。 英語の予習を忘れていたのに気付いたのは寝る直前。 明日は確実に当たる上に英語は一限目、諦めて寝る事もできなかった。 だが、もう終わり。これで眠れる。 喉が乾いたから水でも飲んでから寝よう、と思って階段を下りていく。 半ばで一度折り返して、見えるのは廊下。そこに、誰か立っていた。 母親だろうか。長い髪と長い黒い服。 まだ起きているのか、と言われるかとひやりとしたが、違う。 誰だ、あれは。いや、『何だ』。 顔のない女だ。 表情を肌色で塗りつぶされたモナ・リザというのが、一番近いだろうか。 しかし顔の表面はのっぺりしているのではなく、不快に盛り上がっている。 目鼻立ちも何もなく、ただパイの上の部分の様に盛り上がった肉が、そこにある。 ひっ、と喉から声が漏れた。しっかり見れば母親と体型がまるで違う。 人、人なのだろうか、分からない、けれど人だとしても、全く知らない人間が家にいる。 自分を見ているのかも分からない。目がないから。 ようやく硬直が解けて走り出すと同時、後ろからも階段を駆け上がる音が聞こえた。 階段はそんなに長くない。 パニックを起こしかけながらも一気に駆け上がり、両親の部屋の扉へと手を掛ける。 おかあさんおとうさん助け、 扉を開いて、固まった。 首を変な形に曲げて目を見開いて倒れる両親と、中心には、女。 先程階下で見たのと、自分の後ろから追いかけて来る女と、まるで同じ。 顔がない。盛り上がった肉だけがあった。肉。皺の入った皮膚、生々しい肉の塊。本来そこに存在する目が鼻が口が、何もない。若さを失った肌のような、空恐ろしい肉がそこにある。 悲鳴を上げようとした喉に、手が掛かる。 ぐげっと呻きながら視線だけで背後を見やれば、そこにも同じ女。 ゆらゆらと、自分の部屋からも、女が出てくる。 三人の顔のない女の、存在しない視線を感じながら――ごりっと骨の折れる音を最後に、意識は永久の闇へ落ちて行った。 ● 「さてこんにちは、皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンです。本来安心できるはずの家で怪異と出会うのは嫌ですよね、憩いの場所くらい欲しいものです。はい、つまりそういう事です」 軽く肩を竦めて、『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)はそう語り始める。 「今回皆さんにお相手して頂くのは、『みつこさん』と呼ばれるE・フォースです。……はい、近頃連続でぼくが見ている子供の噂から発生したE・フォースのお仲間の様子です」 みつこさんはみつごなんだ。 みつごだからみつこさん。 みつこさんはみつごだからさんにんいる。 「長い黒髪、黒い服、そして顔はない。彼女が出現するのは、二階建て以上の夜の一軒家です。他の家族が寝ている中、一人で階段を下りていくと、階段の下にいる――中々に限定的なシチュエーションですが、二階建ての家ならそう珍しいものでもありません」 子供達の噂では、彼女達は家を探している。 みつこさんと会ってきちんと挨拶をする礼儀正しい家ならば、みつこさんは別の家へ。 けれど挨拶ができなければ、みつこさんはその家の人間を殺してそこに住む。 「……もしかしたらもっとちゃんとしたストーリーがあったのかも知れませんが、噂は怖い部分だけが先行して広まる傾向がありますからね。不条理な部分が強化されて伝わったのでしょう」 子供達は噂を知っている。 だから万一出会ってしまった時の方法を知っている。 「挨拶は簡単です。『みつこさん、みつこさん、おやすみなさい』……これだけで襲われる事は回避できます」 けれど、その夜出会った彼女は知らない。 高校生の彼女は、家の中にいる女を即座に不審者と認識し、逃げ出してしまう。 だから家ごと、皆殺し。 「幸い、出現エリアに時村系列のハウスメーカーが所持する住宅展示場がありまして。そこの住宅の一つで、条件をクリアしみつこさんを出現させて下さい」 時刻は日付を過ぎてから。 一度目で都合よく出て来るとは限らないが、繰り返せば必ず現れる。 階段を降りる者は同じでなくても良い。だが他の者は階段以外で待機していなければならない。 「三人のみつこさんに個体名はありません。全て等しく『みつこさん』です。……力が大変強く、また上記の条件から戦いは必然的に屋内で行わざるを得ません。距離を取って、という戦い方は難しいかと」 戦場は自然、狭い場所で敵味方入り乱れての乱戦となるだろう。 安全圏は存在しない、と考えた方がいい。 また、体力が高い敵が三体。短期戦は厳しいが、長期戦にもつれ込めばジリ貧の危険性もある。 厄介です、と首を振ってから、ギロチンは顔を上げた。 でも、と。 「もし、危ない時はこう言えば良いんです」 みつこさん、みつこさん、おやすみなさい。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年08月11日(土)22:59 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●みつこさんって、知ってる? みつこさんはね、みつごなんだ。みつごのみつこさん。 みつこさんは家を探してる。皆で住む家を探してる。 気に入った家を見つけると、夜にこっそり現れる。 みつこさんは夜しか現れない。だけど気をつけて。 みつこさんに会った時、ちゃんと挨拶できないと殺される。 ちゃんと挨拶できる家ならば、みつこさんはそっと違う家に行く。 けれどそうでないならば、みつこさんは皆殺しにしてその家に住む。 だから挨拶を忘れちゃいけないよ。みつこさんに会ったらこう言えばいい。 『みつこさん、みつこさん、お休みなさい』 そうすれば、助かるから。 ●みつこさん 窓から外を覗けば、近くの家は全て明かりが落ちている。 幾つかの住宅が集まった形の展示場に、彼ら以外に人はいない。 「涼むにしては不快な相手ね。ああ、踏んで怪我しないように気を付けて」 ブリーフィングルームの不鮮明な画像。『薄明』東雲 未明(BNE000340)は首を振った。 血塗れの女なら、恨めしげにこちらを見つめる顔なら、或いは涼しくもなっただろうか。 だが、今回の敵にはそれもない。異様な肉を顔に乗せた異形。どこか不快感を煽るその姿。 きらきら光るガラスの破片を撒きながら、未明は口を閉じる。 「はーいっ。ミーノもこのはなしはきいたことあるのっ……」 手を挙げて、『おかしけいさぽーとじょし!』テテロ ミーノ(BNE000011)が眉を寄せた。 階段を下りた先にいる、顔のない女。へし折られる骨。感情が見えない不安。 それらを避けるための魔法の呪文は、今回使えない。 使ってしまえば、リベリスタがここに立っている意味がなくなってしまう。だから、怖くとも。 「まほーのじゅもんはだめでも……ミーノがんばるっ」 「その意気だ。でもオレ霊感とかないし、おばけも見た事ないし、初恐怖体験だな」 ちょっと楽しみだ、『輝く蜜色の毛並』虎 牙緑(BNE002333)が笑う。 例えそれが討伐可能な対象だとしても、恐怖談として語られるものと相対する事はそこまで多くない。少々の興味と好奇心。ある意味では若者らしいそれに後押しされ、牙緑の月の目は細められた。 「けれど、最近多いようですね、この手のE・フォース」 幻想纏いから聞こえる会話に繋げた、『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)の言葉はその通り。 まさかギロチンさんが流してるんじゃ、と悪戯っぽく言えば、室内と廊下から小さな笑いが返った。 けれど、実際問題として噂から派生したエリューションが多いのは事実である。 夏だから、怪談の季節だから、それで済む話ならばまだ良いのだが、誰かが流しているのではないか、という疑念も湧く所。ともかく今は『みつこさん』の相手が先だと手元の聖書に目線を落とす。 「話だけなら夏らしい怪談なんだがな」 未明と同じくガラス片を撒く三芳・琥珀(BNE003280)はそう溜息。 展示用なだけあって綺麗なままのフローリングに、傷の原因となりそうなものを撒くのは少々申し訳ないが、みつこさんを放置すれば家や物ではなく人が死傷する事態となる。優先度を考えれば致し方ないだろう。 椅子に座るカルナの前に立つ形となりながら、準備が整うのを待つ。 「ですが、言葉には力がある。……噂から発生したというE・フォースを見ると、それを実感しますね」 言霊、呪い、『蛇巫の血統』三輪 大和(BNE002273)はそれらを思った。 人々の口に上る度、具体的に曖昧に、姿形を変える噂。存在しないはずの存在は、いつしか実在のものよりも鮮明に語られる。多くが知っているけれども、存在しない存在。 顔のない女は、その一つ。 「しかし怪談が実体化した相手となれば……私も三高平にその名を轟かす予定の怪人。縄張り争いに負けはしませんぞ?」 布団からひょいと顔を上げた『スイカ魔道』百舌鳥 九十九(BNE001407)の顔、というか頭はスイカである。何を言っているか分からないとしてもスイカである。まあともかくスイカだ。 仮面の怪しい人として既に割と広く三高平に知られている気もする彼だが、夏の怪談の座をみつこさんに奪われて堪るか、という心意気。夏の怪談の主役はこのスイカ魔道である。 「邪魔なみつこさん達には消えて頂きましょうか」 くっくっくっ。 笑う九十九に、琥珀がぼそりと呟いた。 「……下手をすれば九十九の方が迫力あるんじゃないか」 ● 『閃拳』義桜 葛葉(BNE003637)は階段を下りる。 幾度も幾度も、現れるまで。 曲がり角、壁からくるりと振り向いて、一階廊下へ向かう道。 上って下りて、上って下りて。 「……出ないな」 この程度の動きで体力がどうという事はないが、警戒し続けながらの昇降が招くのは精神の方の磨耗。 ましてやこの間に別の所に出現したら、という懸念も浮かぶ。 そんな時、幻想纏いから響いたのは、九十九の声。 『あれですな。皆さん、もっと『寝てる』感じを出しては?』 みつこさんは、他の家族が寝ている中、一人で階段を下りる者の前に現れる。 布団からひょこり指を出して提案した九十九自身も、耳と勘はフルで動かしているが、『寝ている』体裁は保っていた。 出現を待ち構える、という事自体は変わらないにしても、起きて万全に準備を整えているこの状況はみつこさんの出現条件に些か合わないのかも知れない。 顔を見合わせたリベリスタは、掛けうる限りの付与を施し、横にはならないまでも布を被り、息を殺す。 目を閉じれば、広がるのは暗闇。 「行く」 幾度目か。葛葉の声に、未明は頷いた。 彼の目は暗闇を見通す。明かりは極限まで絞られているが何も問題はない。 一段、二段、三段……。 折り返し。 「曲がるぞ」 三百六十度。踊り場というほどに広くはないが、少し幅のある段に足をかけて葛葉が曲がる。 そこに見えるのは、変わらぬ廊下。 「……い、」 また駄目か、と呼びかけるべく一瞬だけ視線を逸らした葛葉の視界に、肌色。 じゃり、と聞こえた音に、優れた聴覚を持つミーノと牙緑、九十九が出現を悟った。 葛葉が目を戻したそこに居たのは。 肉。 ああ。何だろう、これは。 グロテスクな血管が走っている訳でもない。 目を逸らしたくなるような傷口がある訳ではない。 けれどその肉は、どこまでも不愉快だ。 膝の肉のような皺が、乾いたようなその皮膚が、ぐにゃぐにゃと視界に迫ってくる。 「……っ」 仲間に知らせるべく再び上を見上げた。 そこにも、顔のない顔があった。 不出来なコラージュの女が、手を伸ばす。 ● 「かいだんにふたりかんじるのっ! くずはがはさまれてるのっ!」 熱でその存在を感じ取ったミーノが叫ぶ。 残る一体の場所は――。 じゃり、と踏む音がする。その裸足の甲を、カルナは視界に収めた。見てはいけない。 その足を消したのは、琥珀の靴。 目を伏せながら彼女の前に立ちはだかった彼は、ミーノに答えるように叫んだ。 「こちらには一体、叶うならば誘導してくれ!」 「っと、さすがに音だけってのはなかなか……スリルがあるな!」 牙緑が抜いた刃は、未明でもミーノでもない音が聞こえた場所へと振り下ろされる。 手応えは浅い。が、声が聞こえなかった所を見ると仲間を切った訳ではない。 薄目を開けた。 顔のない女が、ゆらゆらと手を伸ばしている。 「……ああ、アンタがみつこさんね。こんばんは、暇なら遊んで行こうぜ」 葛葉は見る。 みつこさんと名付けられた異形が、己に手を伸ばすのを。 咄嗟に翳した腕が、握られる。みしみしと嫌な音がする。 「成程、随分と手間のかかる手合いの様だ」 走る不快感を他所に投げ、拳を握った。この位置ならば、上階へと押し上げられるだろう。 渾身の力をこめた一撃は、肉を引き千切られるような痛みと共にみつこさんを押し飛ばす。 「大丈夫? 下のは私が飛ばすわ」 未明の声。顔を上げる。息を呑んだ。 顔のない顔が、そこに。 視線を動かす。 「……くずは?」 問いかけるミーノの声。そこにあるのは無邪気な少女の顔ではなく、顔のない顔。肉。 「おい」 牙緑の声。肉だけの顔が、どこからか声を発している。 ああ。 誰も彼も、顔がないじゃないか。 肉の塊が、誰も彼も葛葉を『見て』いた。 気配を感じる、空気の温度が変わった。 手が伸び、己の首を掴まんとするのを大和は感じ――。 「とあー」 場違いな程に落ち着いた声に、思わず目を開いた。 そこにいたのは、顔のない女ではなくスイカ頭。 「くっくっくっ、怪人は一人だけで良いのですよ」 がしゃりと構えるショットガン、掛け布団を振り払ったみつこさんに九十九はそう嘯いた。 目を閉じて集中せよ。彼は射手だ。獲物を逃さぬ狩人だ。噂話の怪人が哀れな被害者を捕らえるように、彼の銃口も逃がさない。 「こんばんは、みつこさん。今夜はこの家がお気に召したの?」 手すりを蹴って、吹き抜けを落ち、未明は階下に現れたみつこさんの背後へと。 嗚呼、嫌だ。 彼女の家も二階建て。 しばらくは階段を下りる度に、みつこさんを思い出すのだろう。 一人で下りる、その時に。 階段を曲がったその先に。 ぼんやりと立つ、黒い服の、顔のない女を。 その空想を振り払うように、彼女は剣を抜き払った。 不愉快に罅割れた肉の顔が、がくりと面を上げて、逆さまに皆を『見る』。 ● さ、後ろに。 そんな声を聞いて、カルナは九十九の背面へと入り込む。 彼女は部屋の回復の要、簡単に落とされては困るのだ。 比較的広いとはいえ、一般家庭の洋室に詰まった五人は各々が酷く近い。前と後ろの区別もないに等しい。 磔刑の聖女の護りを手に、カルナはその姿を見詰めた。 ああ、やはり、何かの間違いのような姿がそこにいる。 盛り上がった肉。その顔に視線を奪われた一瞬の隙に、彼女の前に立っていた琥珀が、ごぐり、と――肉を緩衝材に、骨が触れ合う音だ。鈍い音を立てて弾き飛ばされた。 「……は」 だん、とフローリングを蹴って立ち上がる。その瞬間、彼女を絡め取ったのは無数の糸。 「研ぎ澄ました私の一撃を、どうぞ存分に」 大和による凝縮された命中精度の糸は、みつこさんの動きを確かに止めた。 ナイフの柄を握り締め、力を入れた拳で琥珀はその顔を殴り飛ばす。 「みつこさん、みつこさん、もうお家探しは必要ない」 ぐねぐねと不快にうねる女に、大和が静かに言い放った。 「貴女達が眠る場所は、この家なのだから!」 「『みつこさん』の噂は、もう終わりですぞ」 九十九の銃弾が、その額を撃つ。 流れる血、いや、流れた気がしたのは気のせいだったか。 顔がない。九十九のように意図的に顔を隠す仮面ではなく、元からない顔。 噂話が元になった彼女たちに、具体的な顔かたちは存在しないのか。作られた個人、確固としたパーソナリティを持たない彼女。 「それにしても、顔がないとは面妖ですな」 「……それは突っ込みどころなの」 零れてきた九十九の声に呟きながら、未明は葛葉の隣へ並ぶ。 押し上げられた二体のみつこさんは、廊下で蠢いていた。 「ぶれいくひゃー!」 ミーノの叫びと共に眩い光が暗い階段を照らし出し、瞬いた葛葉が軽く掌で己のこめかみを叩き、向き直る。 先程までの肉の顔の幻影はまだ消えないが、次は惑わされない。 「負ける心算は無い……義桜葛葉、推して参る!」 振り被られた拳に宿る冷気が、みつこさんへと叩き込まれた。 人形の如くがくがくと動いた異形は、ぐるりと回って片手で牙緑を強かに打ち据える。 ぎぎぎぎ、彼の体に引き摺られたガラス片がフローリングと擦れ合う音が耳に嫌に反響した。 牙緑はひゅうと息を吸う。叩かれた脇腹が鈍く痛んだ。酷い痣か、それともヒビか。 「馬鹿力だな」 一体は自分が食い止める。その覚悟を持って、持てる力を込めて巨大な剣を振るう。 殴り飛ばされた未明が、壁に打ち付けられるのが見えた。 みつこさんの体が、ゆらゆらと揺れる。 頭を締め付けられるような痛みの後、顔を上げた大和と琥珀が見たのは、蠢く肉の顔の群れ。 不愉快な皺が笑っている。 ああ、どれを殴れば、いいのだろう。 ● 「皆さん、気を強く持って……!」 カルナの呼ぶ高位存在の癒しが、肉の幻覚を拭い去る。 けれど、言い様のない不快感にざわめく胸を押さえられず、剣が拳が、味方を打った。 「みんなっ、すぐかいふくするからねっ……!」 ミーノの歌が、痛んだ体の傷を埋めても――みつこさんに殴られ、握られた場所に赤黒い痣ができて行く。 早く打ち払ったのは、一体に対し四人で当たった洋室のリベリスタ。 喉に手形を付けながら、咳き込む大和にカルナの風が舞い降りた。 廊下は、狭いその場所がリベリスタにとって良くも悪くも働く。 牙緑が立っていられた内はミーノにその手が伸びる事はなかったが、少女が混乱を解く為に聖なる光を呼んだその一瞬。回復を阻害されていた彼は、みつこさんにその喉を掴まれた。 「っが、は……!」 「やーりゅー!」 映像のようにへし折られる事こそなかったものの、掴まれた勢いのまま壁に叩きつけられた彼は、ずるずると床に落ちる。未明が、葛葉が、その援護に向かおうとするものの、既に距離を詰めたみつこさんとミーノの間に入り込めない。 「――そう簡単に」 やらせるものか、と葛葉の脚が真空の刃を放つ。 礼儀正しくない相手を襲うみつこさん。その前の不法侵入は棚上げのようだからいい身分だ。 打たれた頬が痛むが、そんな事は構っていられない。 「もうその顔は、見ていたくないわ」 手すりを蹴り、壁を蹴り、コートを翻す未明の刃がみつこさんの顔を裂いた。 傷が開く、肉がぱくりと口を開ける。無数の口が笑っている。けたけたけた。 未明の背を打とうとしたみつこさんの頭が、弾ける。 「はいはい、次はこちらですのぅ」 「……潰すぞ」 琥珀のリボルバーが、九十九のショットガンが、その頭を捕らえていた。 一人になっても、みつこさんはみつこさん。 かふっ、と打ち据えられて息を漏らしたミーノが、廊下に蹲って立ち上がらなくなる。 他の二人が倒された事など、気にしていないように、気付いてもいないように、みつこさんはただその腕を振り上げた。 肉の顔が、見る。 そこに感情などなく、意志すらもないように、罅割れた顔が、肉が。 「……そなたに安寧の場があらん事を」 凍る拳に、勝利への激情を込めて、葛葉が唱えた。 顔に叩き込まれた拳は、骨を砕く音を伝えてくる事もなく――ただただ、肉に減り込む感触を。 不気味に顔を凹ませたみつこさんは、叫ぶ事も、喚く事もなく、ゆらりと後ろに傾ぎ、そして消えた。 残っているのは、フローリングの傷と、壊れた家具と、破れた壁紙、リベリスタの血に荒い息。 深夜に相応しい静寂が、家に戻る。 一度大きく息を吐いて、大和が一つ、呟いた。 「……おやすみなさい、みつこさん」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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