●繋がり ブリーフィングルームに集まった面々は嫌悪感を露わにした。一様に表情は硬く、伏し目がちになる。 万華鏡は、ごく近い未来を映し出していた。画面には激しい乱れがあった。それでも凄惨な行為を緩和するまでには至らない。 右脳を露出させた男が少年に馬乗りになって拳を奮う。奇怪な声を上げて何発も顔面に叩き込む。守るにはあまりに細い腕だった。 涼しげな渓流には似つかわしくない暴力が吹き荒れる。通り風では収まらず、少年の命の火が消えるまで続いた。 「……や、やめ、てよ……お父さ、ん……」 目を逸らしていても、その微かな声は一同の耳にも届いた。 「わかったとは思うけれど、今回はノーフェイスが相手よ」 少し疲れた顔で、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が言った。 誰の声も返っては来ない。険しい顔付きで押し黙る。リベリスタとしてする事、それは一つしかなかった。 イヴは静かに言葉を紡ぐ。 「……父子家庭で生活が苦しかった。最近になって会社をリストラされた父親は過去に楽しんだ山に息子を連れていった。 レジャーではなくて、無理心中が目的。でも、最愛の息子を手に掛けられなかった。絶対に掛けさせない」 イヴは、それとわかる深呼吸をした。 「もう時間がない。急いで現場に急行して。少年の前で父親を斃して」 最後の言葉に数人が驚きの表情を見せた。 「少年に父親の死を納得させて欲しい。そうしないと恨みが募って、少年は未来でフィクサードになるかもしれない」 リベリスタは運命の分岐点に立たされた。 そして少年も、また――。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒羽カラス | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年08月10日(金)23:29 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●風の如く 左右から押し寄せる緑の中を八人の風が駆け抜ける。 先頭をいくのは『無軌道の戦鬼(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)であった。複雑な足場の渓流は彼女にすれば平地と変わらない。自分の意志のように見事な直線を貫いた。 二番手は岩から岩に跳び移る。勢いでハンチングハットが脱げそうになり、慌てて手で押さえた。覗いた耳はウサギを思わせた。『淋しがり屋の三月兎』神薙・綾兎(BNE000964)は時に後方に目をやる。 最後尾にはチームの目と頭脳が控えていた。 『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)は遠くまで見通す。厚みのない岩の先まで透視して得た情報を即座に頭脳に伝えた。 『水底乃蒼石』汐崎・沙希(BNE001579)は微笑んだまま、心の声で個々に情報を送った。受け取った側も声には出さず、それらしい挙動で返した。 「もうすぐだよ!」 興奮した声で涼子は叫んだ。 天乃は緩やかに速度を落とし、距離を測る動きを見せた。代わって綾兎が突進した。 「危ないよ?」 突然に声を掛けられた少年はビクッと肩を震わせた。少し赤くなった目で綾兎を見上げる。少年の半袖から見える腕には細かい切り傷があった。右膝の皮が剥けて血が滲んでいる。幸いなことに打撲の傷は見当たらなかった。 綾兎は少年に背を向けて迫る猛威に備えた。隣には天乃が警戒した様子で構えていた。 敵との距離は目測で十五メートル。水の抵抗を受けながら左足の力を頼りに近づいてくる。露出した右脳には赤黒く変色した血が付着している。とは言え、白っぽい部分は隠し切れていなかった。落下の衝撃のせいなのか。右目は、やや外側を向いていて表情に乏しい。 「……あんたも父親ならしっかりしなよ。躊躇ったんなら死なせたくなかったんでしょ?」 (少年に話が聞こえてしまいます。だから、それ以上は――) 頭の中に沙希の声が響いた。綾兎は唇の端を少し噛んで頷く。 敵は徐々に間合いを詰めてくる。歯を剥き出しにして低い唸り声を上げた。横殴りの一撃を綾兎は短剣で受け流す。 「防御は私に任せて」 全身を淡い光に包まれた『不屈』神谷 要(BNE002861)が隣に並んだ。見た目の可愛らしさとは裏腹に鉄壁の守りを誇る。 「……ちょっと待ってよ。たくさんで何するつもり? お父さんは悪いことなんかしてないでしょ」 少年の泣きそうな訴えに一同の顔が曇った。 周囲を気にすることなく、敵は言葉にならない叫び声を上げた。左右の腕をがむしゃらに振るう。要は守りの要を体現した。打撃の威力を吸収するかのように微動だにしないで立っていた。 「なんで? お父さん、やめてよ。ひどいことしないで」 悲痛な声に要の表情が苦しげに歪んだ。心の痛みまでは受け止められなかった。 しかし、敵は容赦ない。相手の事情を考えずに左拳を振り上げ、止まった。力みが小刻みな震えとなって目に映る。 「少しばかり動きを封じさせてもらったよ。これで説得の時間が稼げたかな」 『名無し』氏名 姓(BNE002967)は気負いのない声で言った。 ●分岐点 少年は大粒の涙を零す。口を強く結んで泣いていた。手のひらは拭った涙でびしょ濡れになった。 「どうしちゃったんだよ。しっかりしてよ。山登りを楽しむんでしょ? これからもいっしょに来るんじゃないの。ねえ、お父さん答えてよ」 涙声で少年が前に踏み出そうとした。『むしろぴよこが本体?』アウラール・オーバル(BNE001406)は両肩に手を置いて押し止める。 「近づいちゃダメだ! お父さんは、もう元のお父さんじゃない。残念だが誰にも、どうにも出来ない。俺達は君を助けにきた」 アウラールは少年の目を見て言い放った。 「なんだよ、それ。わけわかんないよ。ぼくじゃなくてお父さんを助けてよ」 「アンタ、わがまま言ってんじゃないよ! ここにいたら危ないんだ。もっと後ろに下がってな」 涼子は鋭い眼光を飛ばして叫んだ。 その言葉を証明するかのように雄叫びが上がる。敵の動きが戻って前衛に拳の連打を見舞った。歯茎を剥き出しにして口角の泡を撒き散らす。傍目には完全な狂人と化していた。 沙希は後方にいて傷ついた者に癒しの風を送る。 一方的な暴力を目の当たりにして少年の身体が震えた。側にいたアウラールは耳元に口を寄せる。 「よく見てくれ。あんな怪我をして、普通の人間が動けると思うか?」 少年は何も答えなかった。ただただ、寒そうに身体を丸めて震えていた。アウラールが横から抱き締めて後方に下がる。抵抗することなく、少年は動きに従った。 「ぼくにはわからない。でも、お父さんに大変なこと、起きているのはわかる」 言葉は途切れた。少年の唇が戦慄く。 「……お父さん、もう、ダメなの? もう、優しいお父さんに……戻れないの?」 紡ぐ言葉は祈り。純粋でいて悲しい願い。耳にした者の心の奥底にまで響いた。 姓は荒れ狂う敵に視線を定めた。 「ねえ、お父さん。貴方は生きるのが辛かったんだよね。そんな辛いところに息子を残し、苦しい思いをさせたくないんだよね。 だけど、あの子の人生は彼が選ぶべきだ。彼にはまだ生きる意味を見出す為の未来がある。どうか、あの子の未来を信じてあげて」 敵の猛攻は止まらない。すでに意識は失われ、闘争本能だけの存在に成り果てたのか。一方的な暴力に身を任せていた。 「貴方が此処に何をしに来たのかは『知って』います。ですが貴方はあの子に対しては最後の最後で踏み止まったのでしょう? ならば、その最期の思いをもう一度思い出して下さい!」 暴力の渦中にいた要が想いを吐き出した。しかし、状況が好転する兆しさえ、窺うことは出来なかった。 「お父さん? 本当に、お父さんなの?」 少年の言葉が揺らぐ。異常な状況を感じ取って胸中で激しく揺らいで見えた。 一同の目が沙希に集まった。当の本人は力なく顔を左右に振った。万策尽き果てたということなのだろうか。 その時だった。運命は能天気に向こうからやって来た。 「せくしーなミミちゃんがやっつけるー」 近くでソワソワしていた『くまびすはこぶしけいっ!!』テテロ ミミルノ(BNE003881)が無防備で敵の前に出た。しかも、苔むした岩に足を取られて派手に素っ転んだ。 敵の格好の標的となった。馬乗りで拳の連打を浴びせる。 「ヤアァァズズゥゥゥヒィィィゴオオオオオオォォォォォ!」 誰かの名前を叫びながら豪雨のような拳がミミルノの全身に降り注ぐ。背格好や年齢で少年と間違えているのかもしれない。 「あんなの、あんなの、ぼくのお父さんじゃない!」 少年のあらんばかりの叫びは鬨の声となり、本格的な開戦を告げた。 ●撃破 綾兎は深紅の刃に持ち替えて敵の全身を切り刻んだ。 「何か伝える事、ある? もしあるなら、それは俺が責任もって伝えるよ」 厳しい攻めに反して問いかけは優しいものであった。 「さあ、踊ろう? じゃないと、ここは……通して、あげない」 天乃は無表情のまま、敵に接近した。左右の連打を避けて死の一撃を食らわす。 敵は一歩、後退した。体重の乗った左足に姓がピンポイントの攻撃を命中させた。 鼓膜を震わす獣の咆哮。敵は直線的な動きで姓に向かってきた。本人は気だるげに横へと退く。代わりに涼子が収まって、しっかりとした足場を確保した。 「アンタはあの子の父親なんだから、最期くらいはちゃんと言葉を残しなよ」 腰を落とした涼子は拳を握り締めて、跳んだ。凄まじい一撃が顔面を見事に捉えた。敵は水面を転がるように滑って突き出た岩にぶち当たり、緩やかな回転で宙を舞う。落下地点に大きな水飛沫が上がった。 清流の涼しげな音が一帯を占めた。カッコウの鳴き声が遠くから聞こえる。 激しい水音をさせて敵が立ち上がった。全身が不規則に震えている。何事かを呟くと背筋を伸ばした状態で真後ろに倒れた。 再び静けさが戻る。少年の途切れ途切れの泣き声がやけに大きく聞こえた。 足音を忍ばせて天乃が少年の前に立つ。 「悔いの無いように、選んだのなら……別に、復讐しにきたって、構わない。 その時は、やろう? どれほど強くなったのか……楽しみに、してる」 側にいたアウラールは少年にアークの施設を大まかに語った。反応は鈍く、突っ立った姿勢で浅く前後に揺れている。 「君と同じような子が大勢いるから、友達になれるはずだよ。 ……俺の事を恨んでもいい。先の事は、大人になったら君が決めたらいい」 一同の目に促されて涼子が頭を掻きながら大股でやって来た。 「これからは、何かを手伝ってやることもできるから」 横を向いた状態の早口で済ませて、さっさと引き返す。 沙希は少年を見つめて何も語らなかった。心の声も控えて、ひたすらに優しい眼差しを送って傍らに寄り添う。 姓は少年の前で中腰になった。 「恨むなら私達だけにして」 端的でいて一番、伝えたいことでもある。姓は満足した顔で隣を見やる。どうぞ、と手を動かした。 待っていたかのように綾兎がゆっくりと歩み出た。大きく息を吸って、そして吐いた。 「靖彦君、お父さんの最期の言葉を伝えるよ」 「お父さんの?」 少年は泣き腫らした目で綾兎と向き合った。 「靖彦、生きなさい。この人たちのいる世界で、強く生きていきなさい」 少年の表情が一気に崩れた。堤防が決壊したような涙を流して泣いた。 傍らにいた沙希が無言で少年の頭を抱え込む。泣き声は全ての音を掻き消した。貰い泣きした何人かは空を見上げた。 青い空には一点の曇りもなかった。 ●最後に 少年はリベリスタの働きでアークの施設の入所が決まった。関わった何人かは見送りの役を買って出た。施設内を回り、簡単な口頭の説明を受けて時間となった。 茜色に染まる門へと歩いてゆく背中に少年が声を掛ける。 「あの、さ。まだ言ってなかったと、思うんだけど」 振り返った者達は、にこやかな顔で言葉を待った。 「あの、ね。その、なんて言ったらいいのかな」 「早くしろ」 涼子が焦れたように言った。 「わ、わかったよ。ちょっと待ってくれてもいいじゃないか」 周囲が涼子をなだめると、荒い鼻息で腕組みをして収まった。 「今度のことは、本当に……ありがとう!」 踵を返した少年は、振り返らずに施設内に駆け込んだ。 「……わかってんだよ、そんなことは」 (彼の様子に安心しました。今日は来て良かったです) 着物姿の沙希が目を細めた。 要は少し遅れて歩いていた。俯いて何かを考えているかのようだった。 (要さん、どうかしましたか?) 「見た目は全く似ていないのですが、弟のことを思い出して……。今回は助けることができて、とても嬉しくて」 話に加わる素振りを見せなかった天乃が独り言のように呟いた。 「私も、ね。未来は誰にも、わからない……かな。だから、これから、がとても楽しみ」 不穏な空気を覚えつつ、一同は苦笑いで済ませた。 運命の分岐点に立った者達はそれぞれの道に帰っていった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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