●昼下がりの教室で。 そこは田舎の小さな小学校の一教室だった。 古めかしい木造の校舎は平屋建てで、すべてが一階に存在している。 夏休みを迎えた教室に人影はない。 教壇に教卓、黒板が前後に付いたその教室には……14組の机とイスが並んでいた。 出入口は廊下側に、前と後ろの2ヶ所。 そして窓側に1ヶ所。 窓側の外にはコンクリートの段がつき、木製の渡り板と靴箱が置かれている。 靴箱には、いくつかの運動靴が忘れたように、ほっぽらかされていて。 教室の壁には、子供たちの描いた習字や風景画が、ぎっちりと詰め合うようにして貼り付けられていた。 誰もいない教室に響くのは、外から聞こえてくる騒々しいほどの虫たちの鳴声のみである。 そんな教室内に。 ……靄のような、おぼろげな塊が3つ。 音もなく、静かに……漂っていた。 ●思い出が生まれる場所 「E・フォースのようです。フェーズ1の」 マルガレーテ・マクスウェル(nBNE000216)はそう説明した。 実体があるのか分からない気体のような存在のエリューションは、その学校の一教室に出現し、そこから動く気配はない。 もっとも近付けば襲ってくる以上、やはり早期に倒す必要があるだろう。 「攻撃の方は近付いて生命力を吸い取るような攻撃のみです」 神秘系の攻撃で対象は単体。防御力を無視して力を吸い取るようである。 威力の方は決して高くないが、それによって自身の受けたダメージを回復するようだ。 その数は、3体。 「皆さんでしたら、問題なく倒せると思います」 ちなみに周辺の人払いなども行われている。 「引火性のガスが発生した、みたいな説明で封鎖してますので、一般人が近付く事はありません」 戦いの結果、教室内が荒れ果てても爆発が起こった等で誤魔化す事は容易だ。 その辺りの工作はアーク職員が行ってくれる。 「……あの……」 しばらく迷った後、思い切ってという感じでフォーチュナの少女は口を開いた。 「もし、可能でしたら……で、良いのですが……」 教室内をできるだけ壊さないように配慮して頂けないでしょうか? 「危険な任務に赴く皆さんに、こんなことをお願いするのは……酷いと思いますけど……」 子供たちにとって、そこは大切な場所だと思うから。 「すみません、変なこと言って。あくまで任務が第一ですので」 どうか、お気を付けて。 マルガレーテはそう言って、リベリスタたちを送りだした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:メロス | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年08月11日(土)22:51 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●昔と、今と、未来 「出来るだけ物を壊さずに済ませたいものですね」 雪白 桐(BNE000185)は能力によって音による確認を行いながら、微かに表情を動かした。 親しいものであれば、それが苦笑いだと気付いた事だろう。 ここに居る学生にしたら、壊れたら休み長くなるのに~とかいうかもしれない……そう思ったのだ。 「学校に居る時の学生はそんな感じですよね」 話をしながら、そんな感想をもらす。 得てして……そういうものなのかも知れない。 振り返れば眩しい日々の本当の輝きは……その時には、気付けないものなのだ。 自分は果して如何だっただろうか? 何処か考え込むような表情で応えてから『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)は、マルガレーテに聞いた学校についての話を思い出した。 と言っても、重大な話という訳ではない。 エリューションが現れた小学校は児童の数が減少し、合併の話が出ているという話である。 都会じゃなければよく聞く話ですよねとフォーチュナの少女は言っていた。 「もしかしたら、そういった事への想いもエリューション化した思念の中に含まれているかも知れませんけど……」 自分のは、只の我儘です。 命を懸けて戦う皆さんに、感傷的な理由で無理をお願いして御免なさい。 そういって申し訳なさそうにするマルガレーテに、荒らさずに戦う方が良いでしょうから気になさらずにと微笑んで。 カルナは今、此処にいる。 同じように気になった、ラケシア・プリムローズ(BNE003965)とメリア・ノスワルト(BNE003979)が任務に支障がない範囲で収集した情報も、同じようなものだった。 今の生徒たちが卒業すれば児童数は更に減る。 校舎の方もまだ十年そこらは持つだろうが……児童数を考えれば、新しい校舎を建てるという訳にもいかない。 幾人もの大人たちが、懐かしげに……すこし寂しげに語ってくれた、学び舎の未来。 (まあ、知ったからと言って何が出来る訳でもないけれど……) それでもせめて、戦い方には充分に注意して。 「……古めかしい校舎だな、歴史を感じさせる建物は嫌いではないが」 呟き、校舎を見回しながら……メリアは思った。 叶うなら、彼らを救ってやりたい。 (この身はまだまだ未熟で、己の思う事すら出来ぬ事が多い身ではあるが……) 全力を、尽くそう。 「騎士は困っている者を見捨てないのだから」 ●よく似た、別の風景 「ま、教師としては守らないわけにはいかないでしょ」 『自堕落教師』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)は呟いた。 (机に椅子、教壇に教卓、黒板なんてものはもちろんだけど) 壁に貼られたプリント、生徒たちの授業道具。 (戦闘後、何一つ変わらない状態を再現出来る用に) 「知らない学校の知らない教室だとしてもね」 それが、教師である自分の為すべきことだ。 「件の教室は此処かな?」 能力を利用して確認を行った『正義の味方を目指す者』祭雅・疾風(BNE001656)は、そっと……教室の扉に手をかける。 「討伐には然程苦労しない相手ですね」 事前に確認していたデータを思い返しながら、源 カイ(BNE000446)は呟いた。 油断する気はないが、周囲へと気を配りながらでも充分に、互角以上に戦える相手であるように思う。 (それではマルガレーテさんの要望にお応えして損壊は控える事にしましょう) 「それにしても、小学校の教室ですか……」 呟いて……青年は、微かに首を振った。 浮かびそうになった何かを、かき消すように。 今は考えるべきではない事だ。 そう自分に言い聞かせ、カイは気を引き締める。 学び舎は卒業をすれば縁が限りなく遠く。 それでいて心に残る幾多の思い出は、振りかえれば何時も其処に在る。 去来せし己が道の軌跡。 「壊さぬ事を願うは必然、戦場に気を配れずして無頼が務まろうものか」 否。 我が行動にて証明を行うだけの事。 『我道邁進』古賀・源一郎(BNE002735)は唯、一言のみを形とし……想いを、誓いを、内へと宿し。 教室内へと、歩を進めた。 ●机と椅子と、E・フォース 誰もいない筈の教室に、霧か煙のような……灰色っぽい何かが浮かんでいた。 思念が実体化したとされるエリューション。 E・フォースと呼ばれる存在である。 「……あれがそうなのか。と、言っている間に来るか?」 メリアの呟きをまるで聞き付けでもしたかのように、その何かはふわりと……向きを変えるように動くと、リベリスタたちに向かって滑るように移動し始めた。 だが、それに先んじるように8人も行動を開始する。 「相手は私ですよ?」 そう言いながら桐は一体のE・フォースの前に立ち塞がるように移動し、自身のリミッターを解除した。 3体のエリューションを3人が抑える間に、残りの者が机など巻き込まれ易い物を退避させ、戦い易いスペースを作る。 その後で反撃に転じる。 それがリベリスタたちの今回の作戦である。 「E・フォースが三体か。行くぞ!」 疾風もアクセス・ファンタズムを起動させ装備を纏うと、低く飛びながら1体へと接近した。 イスや机などを退避させる前は、それらよりやや上程度の低空飛行を行う事で教室内の備品を傷付けないようにするというのが彼の配慮である。 (子供達の思い出は出来れば傷つけたくは無いからね) 流れる水のように構えを取りながら、疾風もまた灰色の存在と対峙した。 源一郎もE・フォースの一体の許へと向かうと、その前に壁のように立ちはだかった。 「暫し我と戯れて貰おう」 しっかりと守りの構えを取り、敵の動きを注視する。 防御を重視して敵の動きを阻止し、皆の作業が完了するまで凌ぐというのが彼の心算だ。 「はい、みんなー。まずは戦うための前準備をしましょう」 配置を記憶しつつソラは皆へと呼び掛けた。 「テキパキ動きましょうね。時間を無駄にしない!」 ほら、椅子と机もそれぞれ重ねて邪魔にならないように。 隅っこに寄せてスペースの確保。これで攻撃に巻き込むこともないでしょ? そんな風に指示を出すその姿は、さすが先生をしているだけあって堂に入っているというべきか。 ちなみに今回は、自分も手伝って机を運ぶ。 (いつもならこんな作業は全て生徒に任せちゃうんだけど) 「今回だけよ!」 普通の学校生活ではこんなことやる気はないが、今回は非常事態ということで。 (教室を荒らさずに済むのであればそれに越したことはやはりないでしょうし) カルナも3人がエリューションを抑えている間に物を壊さずに交戦できる場所を確保するため、イスや机を皆と協力して移動させていく。 カイも席順を確認しながら両方を抱えて手早く運び、メリアも戦いの場を整える為の移動を手伝った。 ラケシアは先ず防御の為の効率動作を共有するネットワークを構築した上で、中央にスペースを作成する為にイスや机を教室の端へと移動させていく。 教室は極力傷付けない方針で。 幸いE・フォースたちは対峙した3人へと攻撃を仕掛けるのみで、教室内を片付ける者たちの方へと向かおうとはしなかった。 音だけ聞けば、一部を除けば。 生徒たちが掃除をする前のような風景が……しばしの間、展開する。 カルナは抑えに回った3人の様子を見つつ幾つか机とイスを運ぶのを手伝うと、後を皆に任せ抑え役の者たちへと合流した。 攻撃を受ける3人の回復を行う為である。 そのまま問題なく時は過ぎ、リベリスタたちは戦う為の準備を完了した。 ●こころ、くばり 「待ち侘びたか、此処からは容赦無く参る」 片付けが完了した事を確認した源一郎は、周りに被害を出さぬようにと注意しつつ攻勢に転じた。 只、単純な拳の一撃に、細心の配慮を籠めて。 攻撃が空振りしても周囲を壊さぬようにと注意して。 壁や天井、机等は無論の事、足元にも気を配る。 (踏み込みが強ければ床に何らかの影響を及ぼす事も有ろう) 壊さぬという意志を強く抱きながら、源一郎は形なきエリューションに拳を振るう。 「さぁ、待たせたな……何時までもこの場所に縛られる事は無い」 無事に机を動かし終えたメリアも、武器を構えながら戦闘へと加わった。 「何か鬱憤が溜まっているならぶつけて来い!」 残像が生まれるほどの高速機動に校舎の床が軋むような音を立てる。 彼女が武器として選んでいたのはナイフだった。 机等が片付けられ、ある程度開けた空間であるならば、周囲を傷つける可能性は低い堅実な選択と言える。 「騎士の剣捌きを教えてやる、遠慮は要らないぞ?」 傷付いた様子のエリューションに向かって声を掛けながら、彼女は小さな刃を機敏に振るう。 ラケシアは皆の様子を、戦況を確認しながら、自身の行動を考えていた。 無限機関によるエネルギー生産や錬気を行える者がいる事に加え、皆が攻撃に注意しているためか消耗している者は今のところいない。 回復も手が足りている様子である。 ならば、牽制を行っていくべきか? 定期的なネットワークの再構築、維持にも注意しなければならない。 危険な戦場と言う訳ではないが、彼女は油断なく注意深く、状況の観察を続行する。 「深い意味はないけど、私が立つべき場所だし」 片付けを終えたソラは、教壇に陣取って戦闘を行っていた。 もしかしたらそれが彼女の矜持なのかも知れない。 自覚はないのかも知れないけれど、彼女もまた確かな想いを持ってこの場所へと立っているのだから。 (派手に暴れて教室を傷つけるわけには行かないのよね) 一体ずつ確実に落としていきましょうと彼女は魔方陣を展開し、作成した魔力弾をE・フォースの一体へと直撃させた。 ●夏休みの、教室で 皆の様子を確認しながらカルナは詠唱によって癒しの福音を周囲へと響かせた。 幸いというべきかE・フォースの攻撃は強力なものではない。 タイミングを計ってマナコントロールを再使用し周囲の力を取り込んでも、味方は余裕を持って攻撃を耐えられる状態が維持できていた。 変幻自在の意志持つ影を創りだしたカイも、自身を援護させながらの攻撃を実行していく。 全身から発した気の糸でエリューションたちを幾重にも締め上げることで、その動きを封じ込む。 「確かに手応えが薄いですがこういう相手が初めてってわけでもないですしね」 桐は突き攻撃を主体に、E・フォースたちを攻撃していた。 剣を振るう事によって周囲を傷付けないようにと配慮しての行動である。 もっとも、攻撃そのものは決して手加減してのものではない。 全身の闘気を爆発させ、エリューションの回復能力を阻害するだけの破壊力の籠められた刺突が、E・フォースへと炸裂する。 (こういう相手は根気よく叩き続けること、ですね) 周りに気を付けつつ攻撃を繰り返し、エリューションの攻撃によって傷ついても自らの超再生能力によってそれを軽減し……桐は戦闘を続けていく。 疾風も出来るだけ教室に被害が出ないようにするために、手加減が効くようにとスキルを使用しない攻撃を主な手段として戦闘を行っていた。 通常の物理的な攻撃はもちろん、神秘能力を伴った打撃も実際に使用し、どちらが効果的かを確認する。 物理攻撃はやや効き難い印象はあったものの、彼自身の物理攻撃能力を考えると、神秘攻撃よりも効果はあるように判断できた。 疾風はそのまま[響]による打撃を主な攻撃手段としてE・フォースを攻撃していく。 回復に関して考慮はしていたものの、仲間たちの癒しによって自身が使用する必要はなかった。 彼はそのままエリューションと対峙し、攻撃に専念し続ける。 E・フォースとリベリスタたちの戦いは、多少の激しさはあるものの……どこか不思議な静けさを抱いたまま続いていった。 教室に充分配慮してはいても、或いはだからこそ、リベリスタたちに油断は無かった。 攻撃しながら力を奪うとはいってもエリューションたちの力は強力なものではないし、それらを封じるように戦っている者もいる。 そのまま戦いは続き……最初に消滅したのは、桐と対峙していた1体だった。 強力な一撃を受けたエリューションは、吹き飛ばされるように体を周囲に拡散させ……そのまま、消え失せる。 他の2体も差はあまりなかった。 リベリスタたちの攻撃を受けたE・フォースたちは、かき消されるようにして消滅していく。 そんな存在たちに、メリアは小さく……声を掛けて…… 教室は、何事もなかったかのように静けさを取り戻した。 僅かに戦いの痕跡を残した学び舎の中で、8人は静かに息を吐く。 そんな8人の耳に、けたたましいセミ達の鳴き声が……日常を主張するかのように飛び込んできた。 ●そして、続く日々 「ほら、みんな頑張ってーあ、それそこじゃないわよ」 戦いの終わった教室に、ソラの声が響く。 教卓に腰掛けた彼女は能力によって記憶していた机の配置を皆へ伝え指示を出していた。 「もう敵はいないから、私が頑張る必要ない!」 力仕事は皆に任せる。 「サボってるわけじゃないのよ」 教師としてこの場の監督をするという大事な仕事をしている……というのが本人の弁である。 彼女の言葉を聞きながら、皆が教室内を出来るだけ元通りに戻していく。 ラケシアやカイは机やイスを並べ直し、メリアは掃除用具を借りてきて教室内を掃除する。 「来た時より美しく、でしたよね」 皆と一緒に掃除をしながら、桐は記憶を手繰り寄せ呟いた。 出来るだけ元通りに教室を戻し一息つくと、用意してきた飲み物を皆へと差し出す。 「皆さんお疲れ様でした」 礼を言って受け取ったカイは軽く喉を潤すと……机を撫で、席の一つに腰をおろしてみた。 「ハハッ、やっぱり座高が合わないや」 浮かんでくるのは、いくつも光景。 (ナイトメア・ダウンで生き残ったあの日から、僕の日常は大きく変わった……) 怪我が治っても、神秘の秘匿の為……それ以前に手足を失い心の傷が癒えていない自分が奇異の眼差しに晒されないように。そんな配慮もあったのだろう。 学校に通う事は、許されなかった。 もしアレに……ナイトメア・ダウンに遭遇していなかったら……普通に学校に通って、普通に青春を謳歌していたのだろうか? (現在を後悔する訳じゃない) けれど、決して取り戻せない日常が……幼い頃の自分が、次々と浮かび上がってきて…… 「学び舎には良き思い出だけとは限らぬ、我とて同じ事」 誰に言うでもなく、源一郎は呟いた。 振り返れば、何かと絡まれる事の多い日々であったようにも思う。 (然し、必ずや良き事案が誰しも在った筈) 遠く過ぎ去った過去と成りし時、思い出す事と思う。 「何時か巣立つ時迄、充実した時を過ごす事を」 そう、願って。 「彼らの行く道に光あらん事を」 メリアも教室に、其処に通うであろう生徒たちへと呼び掛けるように呟いて。 リベリスタたちは帰路へと着いた。 染まり始めた夕暮れの中……日常を取り戻した校舎に、見送られて。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|