● ボールはともだち! ぼく、小林! 毎日毎日ボールを蹴ってるよ。ぼくとボールはともだちなんだ! えっ、なに? ともだちを蹴るなんて酷い奴だって? お前、ともだちと喧嘩もしないのかよ! ぼくは毎日が喧嘩だよ! じゃあともだちじゃ無いだろうって? お前らにぼくとボールの友情なんてわからないだろ! ぴちゃり、べしゃり。湿った重い音がする。 小さな足が、もう一回ボールを蹴る。ぐしゃり。 観客は居ない。ほらパスだ、受け取ってよ! てん、てんと転がったボールが、仲間へと渡る。ぐしゃり。 ぶつかり合う鈍い音。飛んで来た。受け止めた。 もう一回蹴ろうとして、けれど、ボールがパンクしたことに気がついた。 嗚呼もう、使えないなぁ。ぐしゃり。地面に落とす。転がったともだちが、奇妙な笑い声を上げた。 てん、てん、と。ともだちが、ボールという名のひしゃげた生首が、集まってくる。 「……次のともだち、探しに行かないとなぁ」 歩き出した。血と脳髄でぐしゃぐしゃになった靴が、淀んだ靴跡を残していった。 ● 「……ええと。まぁ、今日の『運命』ね。どーぞよろしく」 寝覚めは最悪だったのだろう。若干青ざめた顔で、『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は話を始めた。 「エリューション・フォース。識別名『小林』。フェーズは2。彼には友達が居なかった。サッカー少年だったみたいね。 で、……まぁ、理由は分からないけど、亡くなったの。けど、彼の、サッカーへの執着は、そのまま消える事を良しとしなかった」 纏めた資料が、差し出される。 「友達が欲しかった。でも、ボールしかともだちが居なかった。そんな彼の妄執は、その両方を求めて彷徨ってる。 彼は、同じ年頃の少年の首を跳ねて、それをボールにする。蹴って、蹴って、蹴り続けて、駄目になったボールも友達として従えて。 また、次のボールを捜しに行くの。友達になってくれなかった恨みとか、寂しさとか、そんなのがあったのかも知れないけど、もう分からない。 言葉は通じない。狂ってる。残っているのは妄執だけ。……だから、終わらせて欲しい。倒して来て」 そうっと、溜息が漏れる。 恐らくは、生首が蹴り続けられる様を見たのだろう。青ざめ、気分悪そうな表情のまま、フォーチュナは話を続ける。 「……敵は、『小林』と、既にボールにされた生首4つ。あと、現在のボール。 生首4つは、喰らいつく、体当たりみたいな物理攻撃と、その腐った体液を撒き散らす事で、麻痺、虚脱の呪いをかけてくる。 で、『小林』の方は……無理矢理首をもごうとしてくる事で、致命と流血の呪いを与えてきたり、ボールを蹴りつけたりしてくる。 蹴りつける攻撃は、貫通性がある。腐った体液を撒き散らすボールがぶつかってくるから、麻痺、虚脱の呪いがかかるかもね」 詳細はこっちの資料。先程差し出した紙の束を指差して。フォーチュナは立ち上がる。 「因みに、あんたらが倒さないと、次のボールが増えるから。……どーぞ、宜しく」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年08月04日(土)22:40 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 壁に向かって、ボールを蹴る。蹴る。延々とそれを続ける少年を想像して。『デンジャラス・ラビット』ヘキサ・ティリテス(BNE003891)はぐ、と唇を噛んだ。 真っ先に駆け出した彼が向かうのは、ぼうっと佇む小林少年の下。深紅の脚甲が煌く。キックオフだ。叩き込んだ蹴りの勢いをしなやかな脚で殺して。 小林を見据え直した少年は、自分の胸を叩く。今から自分はお前のボールで、お前は自分の、ボールだ。 「『ヘキサ』、覚えとけよ……今からオマエのダチになる名前だッ!」 きっと一度も楽しいサッカーを出来なかっただろう彼が、せめて、思い切りボールを蹴り『合う』事が出来る様に。 そんな優しい願いを秘めた少年を目の前にしても、小林の表情は変わらなかった。 ぶつぶつと、足元のボールのみを見詰めている少年をちらりと見遣って。『残念な』山田・珍粘(BNE002078)もとい、那由他は生首を押さえに回る。 「今晩は、一人ぼっちの小林君」 友達と言えば、自分と後ろの『敬虔なる学徒』イーゼリット・イシュター(BNE001996)の様な関係の事だよね。と、後ろを振り向いてみる。 さっと目を逸らされた気がする。気のせいだろうか。うん、多分気のせいだ。 「あ、照れてるんですね。照れなくても良いのにー、ふふふー」 そんな笑い声を耳にしながら、イーゼリットは魔本を確り抱きしめ直す。好意が重いのは気のせいだろうか。 とりあえず首を振った。真っ直ぐ、敵を見据える。 「ねえ、友達って何だと思う?」 返らない問いを投げかける。一緒に居れば友達なのか。それとも、契約みたいなものなのか。イーゼリットには分からないそれ。 けれど、少年自身は既に、その答えを見つけているようだった。 「貴方達の友情なんて私にはさっぱり分からないし、羨ましくもないけど」 呟く。そんな彼女の前では、『第28話:あつはなつい』宮部・香夏子(BNE003035)が己のギアを引き上げ生首と対峙していた。 偉い人は言っていた。ボールは友達だ。ならば、今この目の前にあるこれ、も…… 「……ぎゃー! 思わず反射的に蹴ってしまいました……」 てへぺろっ。そんな効果音が付きそうな表情だが、いたって大真面目である。生首の目が、ぎろり、と此方を見上げる。 ガチャガチャに割れた歯が、腐り切った頭が、リベリスタへと突っ込んでくる。かわすもの、凌ぐもの、その中で、不意に。 戦場を駆け抜けたのは、ありふれた白と黒のサッカーボール。少年へと一直線に飛んだそれに、濁った瞳が其方を向いた。 「……よぉ。俺は葛木猛、サッカーやろうぜ……!」 『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)は言う。人は何時死ぬか、なんて事は分からないものだが、生前の未練ゆえに現世に留まり続けるだなんて、自分だったら嫌だ。 やりたい事をやってから、笑って死にたい。そう、思う。けれど、死んでしまえば本当なら、それはもう叶わない事なのだ。 けれど。こうして機会が巡って来たのなら。 「気の済むまで、朝までだろうがなんだろうがよ! 親に叱られちまうくらいサッカーをやろう!」 悔いなんて無くして、安らかに眠るべきだ。そんな彼の言葉に、少年の口が漸く微かに動いた。 さっかー、したい。唇の動きに合わせるように。その脚が大きく振り被られる。鈍い破砕音。鮮血の帯を引いて飛ぶ首。シュート、だ。 「……そう、私はスーパー頑張らないゴールキーパー」 サッカーするには11人なのに足りないし。カレー食べたいし。やる気も本気も出さないけど。 飛んできた生首を確りと盾で受け止めて、『まだ本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)はぼうっと周囲を見渡す。 攻撃はしない。命中率が良くない自分は言うなれば、ゴールキーパーとして立ちはだかる。 それにしてもカレー食べたい。お腹空いてきたし、終わったら香夏子と一緒に食べに行こう。そんな、明らかに戦闘と関係の無い事を考えながらも、彼女の防御に崩れはなかった。 身に纏うのは、堅牢な鎧。崩れないゴールキーパーに、沢山のディフェンダー。ゲームは、始まったばかりだった。 ● 爆ぜる。描くのは蒼白い雷撃のライン。踏み込んだ。全力で叩き込む手が、足が、生首達を叩きのめす。 これが、猛の見せるシュート。小林の瞳が僅かに其方を見遣る。 「俺ぁよぉ、真面なダチなんざ言える奴も居なかったしこういう風にサッカーなんて殆どやったこたぁ無かった」 なかった、のだ。無償の愛を与えてくれる筈の親は、自分を見なかった。喧嘩ばかりした。殴って殴られて、痛みと傷ばかり増えた。得られたものなんて、殆どなかった。 小林もそうだったのだろうか。答えはもうわからない。変わってしまった彼は、きっとその答えをもう持っていない。 けれど。これだけは、言える。 「今のお前のやってるのはサッカーじゃねぇ…ンなサッカー、面白くねぇよ…!」 死んでまで独りきりでこんなことをし続けるなんて、あんまりだ。 猛を始めとしたリベリスタの攻撃、そして、香夏子が、イーゼリットが重ねる呪いは、確実に小林少年を、生首を不利な状況へと追い詰めていた。 しかし。呪いをかけて来るのはあちらも同じ。時折身を拘束し、急速にその機動力を奪う腐臭漂うそれに、小梢は微かに眉を寄せた。 嗚呼そうか。味方を蝕む呪いを使ってくる相手だった。 「これはいけないね、うーんいけないね」 てやー、という掛け声と共に。周囲に拡散するのは破邪の閃光(ぺかぺかぺー)。味方の脅威を打ち払いながら、彼女はやはり、だるそうに首を振った。 嗚呼やっぱり、今日も本気は出さないで置こう。 「こんなに潰れて……友達言う割りに扱いが酷いな」 表情ひとつ変えず。否、少しだけその面差しを曇らせながら。『系譜を継ぐ者』ハーケイン・ハーデンベルグ(BNE003488)は暗黒の煌きを込めた長剣を振るう。 動きを止める、生首。皮肉にも喧嘩用として使われていたと言われるそれに付いた血を払った彼は、微かな溜息を漏らす。 E・フォースとE・アンデッドが相手ならば、気兼ね無く叩き斬れる。そう割り切った筈の心を過ぎるのは、迷いと言うには淡すぎる何か。 ボール代わりの生首が、友達。生前の少年の思いが歪んでしまったのか。それとも少年が真に願った事なのだろうか。 答えは分からない。だがそれで良いのだ。真実を知った所で、為すべき事に変わりは無いのだから。 「ピンチ時にはちょっと本気を出してフォローに回る香夏子です」 回復手が居ない、という懸念点を補う様に。仲間へ横合いから攻撃を仕掛けてきていた生首に、香夏子は魔力を叩きつける。 フォローは大事。けれど、こう言う所で本気を出してしまうから本気出さない詐欺とか言われてしまうのだろうか。 それに比べて流石小梢、完全な本気ださなっぷり。嗚呼如何しよう、とその目が動く。けれど答えは決まっていた。やっぱり、フォローは大事です。 短く吐いた呼気。全身から、凄まじい闘気が吹き上がる。振り上げた剣を、そのまま勢い良く小林へ。辛うじて身をかわした少年はしかし、浅くない傷に微かにその顔を歪めた。 「友達ってそういうものじゃないだろ」 振り下ろした剣を引き戻して。『咆え猛る紅き牙』結城・宗一(BNE002873)は言葉を投げた。 そもそも、相手をこんな状態にしておいて、友達も何もあったものではない。友達、というのは、自分が本当に困っている時に助けてくれる仲間の事だ。 脳裏を過ぎる。見たくなかった幻覚の世界から、自分を引き戻した優しい手。宗一はそっと、首を振る。 「それに比べてお前のそれはどうだ。ただお前が蹴り飛ばして、満足してるだけだろ」 乱暴に扱ってるとか、毎日が喧嘩とか。そういう問題ではない。そんなの、友達ではない。 揺らがない瞳が真っ直ぐ見た。きっと言葉が届かない事は知っている。けれど、それでも、教えてやらずには居られなかった。 イーゼリットの鮮血が、宙を舞う。生み出された黒鎖が辺りを蹂躙すれば、またひとつ、ふたつと、ボールは力尽きていく。 「これが私のシュート。貴方に防げる?」 凄まじい勢いで全てを薙ぎ払った魔力の名残か。淡く紫に煌く瞳を細めて、イーゼリットは笑う。 友達とは、喧嘩をするんだったか。嗚呼それなら。 「Glu"ckwu"nsche. だって私達、友達になれたんでしょう?」 思わず漏れた、笑い声。傑作だ。彼が求める友達がそういうものなのだとしたら。彼を消す為に此処に来た自分達も、彼の友達になるのだから。 「大変、大変、あなたのお友達が居なくなってしまいますよ。また一人ぼっちになっちゃいますねー」 煽る様に投げかけられた那由他の言葉に、少年の顔が少しだけ、青ざめた気がした。 ● 展開は、余りに呆気無かった。各個撃破と全体攻撃を織り交ぜたリベリスタの戦略は、確実に、素早く生首を殲滅し終えていた。 残るは、少年のみ。けれど、その少年も既に、明らかな疲弊を見せていた。 結局のところ、少年は友達というものを知らなかったのだろう。終わりの見え始めた戦場で、宗一は一人、思う。 それなのにボールは友達だなんていうから、ますます駄目になってしまうのだ。 「一緒にサッカーしようぜ、って話しかけるだけで良かったのによ」 生首としてその命を完全に終える事になった、この少年達とだって。共にサッカーを出来たかもしれなかったのに。 けれど。今となってはそれも、過ぎた事なのだ。さっさと終わらせよう。そう、剣を構える。 「首を差し出す事が友情の証というなら、俺と貴様は友達にはなれないな、永遠に」 暗黒色に光る長剣を、叩き込む。首は渡せない。喧嘩をすれば友達なのだとしても。相容れぬ彼の友達に、自分はなってはやれないのだ。 声無い悲鳴が、聞えた気がした。暴れるように。逃れたがるように。振り抜いた脚がボールを蹴る。それを、身体で受け止めて。 「ハッ、いい蹴り持ってんじゃねーか……! 今度はこっちの番だな!」 力一杯踏み込む。兎の跳躍力を込めて。ヘキサが、全力で振り抜いた脚が深紅の軌跡を描き出す。 少年の顎が跳ね上がった。全身全霊のシュートだ。同じ色に煌いた瞳が、確りと『友達』を見詰める。 呻き声が聞えた。那由他が、香夏子が、己の攻撃を重ねる。そして。 幾度目か。高圧の雷撃が、爆ぜる音。駆け込んだ。雷撃が、視界を蒼く染める。力一杯。これで最後。 全力で叩き込んだ掌が、仮初の少年の肉体に沈み込む。目が、見開かれた。 『……さっかーしたい、さっかー。さっかー。ともだちと、さっかー、したい』 声が聞える。もう半ば透けかけて。呻くだけのその姿が示すのは、戦闘の終わり。 死んだ瞳が、必死に何かを探していた。足が動いていた。けれど、もうその脚は、ボールを蹴る事が叶わない。 こうなる事は分かっていた。だからこそ。最後の一撃を叩き込んだ猛は、確りと少年と目を合わせる。 「……満足したかよ。さっさとまたこのグラウンドに帰って来い」 今度はちゃんと、人間として。言外に込めて。足元に転がったボールを拾う。もう半ば消えかけた少年の手に、半ば押し付ける様に、それを抱えさせた。 「そしたらさ、今度は22人メンバー集めてフルメンバーでやろう。待ってるぜ……ダチ公!」 僅かに。光を取り戻した瞳が、猛を見る。ともだち、と、その唇は確かに、動いた。 ヘキサが駆け寄る。約束した。友達になると。彼を満足させてやる事が出来たかどうかは、分からない。彼は狂っていたし、そのサッカーは余りに血に塗れていた。 でも、もし。少しでも満足していてくれたなら。この時間もきっと、無駄ではなかったのだろう。 「……オレの名前、忘れんなよな」 ぼそり、と呟いた。少年は答えない。けれど。本当に、少しだけ。笑みの形に歪んだ唇を残して。 その姿は溶ける様に、夜の空気の中へと消えていった。 てん、てん、と。支えの無くなったボールが転がる。 見るに耐えないだろう、と生首を丁寧に宗一が埋葬してやれば、那由他もまた、そっと、転がったサッカーボールを供えて、手を合わせる。 「さようなら、小林くん。二度と会うこともないでしょう」 誰も居なくなった其処へと。イーゼリットは言葉を投げた。彼が何を思い、最期を迎えたのか、なんて事は、誰にも分からない。 けれど、きっと。再びこんな歪んだ形で現れる事は、ないだろうから。 少しだけ、重い空気が落ちている。その横で。夏ばて、食欲不振など全く気にならないと言った様子の香夏子が、小梢を誘い、カレーを食べに夜の街へと消えていく。 そんな彼女らを横目に見送って。ハーケインもまた、そっと踵を返す。 表情は変わらない。何時もの煙草を取り出して。オイルライターの蓋を開けた。漂う煙。深く吸い込んで、一服。 「……ほんと、孤独は寂しいよな」 たったひとりぼっち。ボールを蹴り続けた彼を思った。寂しさは人を歪めてしまう。神秘の悪戯は時に、その歪んでしまった末路を取り返しの付かないものに変えてしまう。 靴音が響いた。寂しさをボールで埋め続けた少年は、もう何処にも居なかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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