● うだるような暑さのその日、旅行に出かけたとある八人家族は道に迷った。 とても単純な道だったはずだ。しかし、迷ってしまった。 だが一家は運が良かった。迷った先に、ひとつの旅館を見つけたのだ。 訪ねれば、一人の女将が出てきて、どうぞどうぞと言う。 「最近はお客様もぱったりで。気兼ねせずにどうぞ、どうぞ。――ところで、全員ご家族でしょうか?」 すう、と線のように目を細めて、女将は訊ねる。 父親が、ええ、と答えて妻と子を紹介した。すると女将はよかった、と微笑む。 「うちは八人様しかお通ししない特別な部屋がございまして。今はそこしか準備ができておりませんもので。――それに、家族水入らずが一番でございます」 家族は揃って、大部屋へと案内された。<五の間>であった。隣には<三の間>と<六の間>がある。 四、はやはり不吉な気がしますでしょう、と女将は笑った。 「ああでもお客様、決して<四の間>は探されてはいけませんよ。ありませんけども」 女将はまた、線のように目を細めた。 「見つけてしまったら、大変ですので」 ● 「最近、暑いね」 「まったくだ」 仕事の話だと呼ばれたはずのブリーフィングルームで『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が唐突に振った雑談に、リベリスタが思わず即答してしまうくらいには、夏の主張が激しい日のことだ。 暑いと言ったにも関わらず、相変わらずの涼しげな表情で、こくりとイヴは頷く。 「涼みたくない?」 「……仕事の話、なんだよな?」 「そう。でも、ついでにきっと涼める。――今回の仕事は、アーティファクト『ゆめかずら』の回収、または破壊」 そこまで危険なものでもないけれど、それは確かにアーティファクトだから、放置はできない。そう言って、イヴはモニターを付けた。 モニターには、どうにも影が多くて少し見づらい写真が出されている。そこにあるのは丸い、古代に使われていたような豪奢な飾りの付いた鏡だった。 「『ゆめかずら』は常に何かの中……建物とかの中にあって、するとその建物はまるで透明になったみたいに見えなくなってしまうの」 「俺たちリベリスタにも見えない?」 「見えない。――だけど、見ることができる条件がある」 「条件?」 頷いて、まったくの真顔で少女は言った。 「八人家族で行くの」 「……、……はっ?」 「今『ゆめかずら』は、この街から少し離れた場所のとある古い旅館にある。そこに、八人家族で泊まるの」 「いや、いやいや。待て待て待て」 「八人家族で行くと、何でか見えるんだって。ちょっと一泊して、探して来て欲しい」 「泊まるのか!?」 イヴはきょとりと首を傾げる。 「旅館だし……ちゃんと経営してるらしいよ。大丈夫、八人ならどういう面子でも構わない。 でも、お父さんとお母さん役と、あとは全部きょうだいっていうことで、通さないとだめ」 絶対そういうことにしないと、旅館の女将さんに追い返されるんだって。 あっさり言って、イヴはモニターを切り替える。 「それと、終わるまで、ばれちゃだめ。あと、きっと旅館のものを持っていくのも壊すのも怒られると思うから、できるだけこっそりね」 今度は鬱蒼とした竹林がそこに映った。しかしやはり、これにも黒い影がかかっていて実に見えにくい。 この竹林の奥にある、とイヴが示す。 「ちょっと影があるけど、気にしないでね。その場所で撮ると、だいたいこうなっちゃうんだって」 「……え」 それってなんだか不穏じゃないか。一瞬、そんな空気が場を支配する。 だがそれを気に留めた様子もなく、イヴは続けた。 「そこね、幽霊がいるんだって」 ポルターガイストとか。 ラップ音とか。 窓に人影とか。 つまり幽霊とか。 「肝試し、できるね」 してきていいよ、暑いから。 そんなふうに言う少女に、思わずリベリスタ達はもう一度訊いた。 「泊まるのか!?」 「夜じゃないと、『ゆめかずら』は見つからないんだって。……それに、旅館だし」 そんなやり取りをしながら、イヴはぷつりとモニターを切った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:野茂野 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月29日(日)22:07 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 幽霊が出る旅館と言えばそれらしい雰囲気を想像するもので、さてそれが裏切られた場合、反応はおそらく二つに分けられる。 「綺麗だね、良かった……もっとボロボロな廃墟みたいのだったらどうしようかと思ってたよ」 「なーんだ。ちょっと残念だなあ。……おっとっと! 父上、母上っ早くー!」 ぱたぱたとはしゃいだ足取りで先に部屋に入り込んだ『子供達』――椎名 真(BNE003832) と『紺碧』月野木・晴(BNE003873)は振り返って入って来る『家族』を促す。 「おにーちゃん、まってまって~」 「走っちゃだめなのですよ、みんなちゃんと女将さんにご挨拶したですか?」 「ボクはしたよ、ね、パパ」 「私も……した」 続々と似ていないきょうだいが揃う。元気に駆けて行こうとした末の妹のテテロ ミミルノ(BNE003881)を姉らしくたしなめるのが長女の『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)で、それに黒髪と金髪の似ていない弟妹が続く。『ナルシス天使』平等 愛(BNE003951)と『無軌道の戦鬼(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)である。一方は弟妹どちらに分類するべきか悩ましいところだが、この突飛な家族の中では些細なことだ。 八人用の部屋として案内されたその部屋は、それにしても広かった。畳張りの和風の部屋で、大きな机に飾り窓、掛け軸に細かな置物などまで、綺麗に配置されている。 「あらあら、あまりはしゃぎすぎてはいけませんわよ。あなた、入りましょう」 「はい。子供達は相変わらず元気ですね。……それにしても良いんですか、突然来たのに、こんな良い部屋を頂いて」 どれだけの複雑な事情が合わせ技を決めればこの面子の母となれるのか訝しい母、ナターリャ・ヴェジェルニコフ(BNE003972)に促されて、遠慮がちに父親たる『視感視眼』首藤・存人(BNE003547)はここまで案内してくれた女将を振り返った。 女将は目を細めた笑顔を崩さないままに、ええ、と頷く。 「先にも言った通り、ここはお客様のような八人様専用のお部屋ですので。なかなかこの部屋をお使いになられる方もおられないのです」 それではごゆっくり、と女将は一礼する。顔を上げるといまだはしゃいだふうに動き回っている子供達とそれを見守る両親を見て、もう一言だけ残して行った。 「――仲の良いご家族で、ようございますね」 家族は、女将が出て行ってしばらくするまで変わらず和気藹々とはしゃいだ声をあげていたが、ふとそれをやめて、各々が肩の力を抜くように息をついた。 「……案外あっさり入ることができましたね」 「ドキドキだったの~、おかみさんずっとわらってて、ちょっとこわかったの」 存人とミミルノの言葉に、真が頷く。 「それにしたって俺達、奇抜な『家族』ですよね」 奇抜なこの自称家族はもちろんのこと、ニセモノだ。夫や妻でもなければ、養子でもましてや血の繋がったきょうだいというわけもない。ただ一つ共通するのは、彼らは全員この場でやるべき仕事を持った、リベリスタであるという点だった。 「追及されないのでしたら、自ら墓穴を掘ることもありませんわ。差し当たっての問題はまず、アーティファクトがどこにあるか」 「ナターリャちゃんの言う通りだね。ボクはまず明るいうちに旅館の中を見て回るべきだと思うな」 愛の提案に否は返らなかった。本格的な探索は夜となるが、まだ時刻は夕暮れだ。季節柄、日が落ちるまでには十分時間がある。そあらが記憶を辿るように口元に指をあてながら言った。 「夕食は七時って言っていたのです。二時間もあれば、回り切れそうなのです」 「あっご飯、楽しみだよね! ね、真兄!」 相変わらずはしゃいだ様子で笑う晴に、思わず真も笑ってしまう。 「そうだね、仕事だけど、ちょっと楽しみ。時間余ったら遊ぼうか、晴」 「あーっミミも、ミミもっ」 ぴょんぴょんと飛んで主張するミミルノを見ながら、天乃がふと提案した。 「女子は、時間あったら、温泉……いかない?」 「おお、それは良い提案だと思うのです」 せっかくの機会を楽しみ尽くすとばかり、ニセモノ家族一行は楽しげに会話を繰り広げた。 夕日空はまだ明るい。 ● 夜がやって来た。とっぷりと暮れてしまえば、山奥の闇はなかなかに深い。月は細い三日月で、明るさを感じるには足りなかった。 だがこの晩にリベリスタ達がやることは変わらない。布団が並べて敷かれたその上に集まって、円形を作る。その中央に存人がパンフレットを開いた。 「まず昼間の探索の結果を軽く纏めましょう。これは天乃が取って来てくれたこの旅館のパンフレットです。――見回った限り、ここにある見取り図の図面以上の部屋は見つけられませんでした。ということで間違いありませんよね」 「うん、無かったねえ。俺、三と五の部屋の間に体当たりしてみたけど、ただの壁だったよ。ね、真兄」 「そうだね。突然晴が壁に体当たり始めたときは、ちょっとびっくりしたよね……ミミルノも真似しちゃうし」 思い出したように口元を緩める真に続いて、ナターリャが見取り図を指差した。 「ここは二階の<五の間>ですけれど、一階の<五の間>は無人でしたわ。間取りもこの部屋と変わりませんわよ」 「何もなかったし、他の部屋も全部無人だったよ。どこも綺麗に掃除されてたみたい」 共に見回っていた愛も頷く。その向かいから天乃がぴとりと風呂を指差した。 「みんなでお風呂、入りながら調べたけど。普通だった、よ。露天風呂……気持ちよかった」 「良いお湯だったのです。そしてご飯も美味しかったのです。将来さおりんと一緒にこういう旅館に来れたら幸せなのです」 そあらの満足げな意見まで出揃って、つまり、と存人は纏める。 「昼間はごく普通の旅館で、不審な点はなしということですね。何だか、夜にまとめて起こりそうな……いえ、考えるのはよしましょう。 他に――ああ、そうです。見て回った際に女将さんに会ったので、他に宿泊客がいないか聞いたんですが。……一階の<五の間>は、無人だったんですよね。何もなかった、と」 確認するように存人はナターリャ達を見て、肯定が返ると一旦そこで言葉を止める。 「……女将さん曰く。俺達の他に一組いるそうです。一階の<五の間>に、同じ八人家族で。今旅館からは出かけているそうですが、今晩この旅館から帰るんだとか」 ● 情報を交換し合ってから、ニセモノ家族は予定通りに二人ペア分かれて、夜の旅館の探索へ向かった。 夜とは言え、仮にも旅館だ。通路には照明が点けられている。天乃とそあらの二人は泊まっている二階の<五の間>から順番にもう一度部屋を調べていた。 天乃は壁や畳を叩き、あるいは耳をつけて音の不審な点や空気の流れを感じ取ろうとする。リベリスタの能力はこういう場面でも役に立つ。能力を駆使して一通り調べ、異常なしと確認してから、天乃は調べる傍らでしっかり手を握ったままのそあらを振り返った。 「……悠木、大丈夫?」 「だっ、大丈夫なのですまだ平気なのですこの部屋に何か変なところはあったです?」 句読点が見当たらない台詞を言いながら、そあらはぎゅうと手を握りっぱなしだ。先程まで平気そうにここで喋っていたにも関わらず、すっかり耳が垂れてしまっている。 (……最初からだっけ) 思わず自分で自分に突っ込んだところで、天乃は小さな音を聞いた。 ぺたり、ぺたり。裸足の足音だ。廊下からする。 「誰か来る」 短く言うと、そあらは息を呑んで、ぎゅうと目を瞑った。 ぺたり、ぺたり。 ぺた、ぺた。 ぺたり。 足音が止まった。――この部屋の前で。 「……聞こえた?」 近づけば普通に聞こえる音だ。そあらもこくこくと頷いて、二人はしばし緊張する。だがそれ以上に音がしない。 「開けるよ」 どちらにせよ、ここから一度は出なければならない。一言断って、天乃は勢いよくふすまを開けた。 そこには、誰もいない。そあらが悲鳴を飲み込む。 ぺたり。 また、足音がした。背後から。 (入って来た) 何が。それを深く考えることはしない。ただそう思った、瞬間に、ドン! と大きな音が天井からした。 「な、んなの……です?」 そあらの声を掻き消すほどに、天井から凄まじい音がした。まるでそれはたくさんの人が走っているような、そんな音だ。けれどもここは二階。上など、ありはしない。 音はだんだんと大きくなる。まるで追いかけるように、追いつくように。 「――出よう」 身が竦みそうになる音の中から逃げ出すように、二人は廊下にまろび出た。 明かりは、ない。 ● 「電気が消えた……?」 真は庭から一瞬で暗闇に沈んだ旅館を見た。思わず隣にいた父役の存人の腕を引く。灯りは今や、手元にある懐中電灯だけになっていた。 「お父さん。暗視で何か見えますか?」 「……いえ、特には何も。昼間見た時には、この辺りに外へ出る扉があったんですが」 奥へ進んで、存人は懐中電灯を照らして辺りを探る。そこに古びたドアが照らし出された。これだ、とノブを回して押す。昼間はこれで開いた。だが、開かない。今度は引いてみる。しかし、開かない。 「や、やだなお父さん、何して……」 「すみません、ちょっと向こう側に石でも投げてみてくれませんか」 ドアは庭と外側の仕切りになっている塀のようなそれに付いている。つまり上から乗り越えようと思えば、乗り越えられる形だ。そこに石を投げれば当然向こう側に落ちる。 そこまで考えて頭を過ぎった仮説を吹き飛ばすように頭を振って、真は言われた通りに足元から適当に石を拾って投げた。 音も無く、石がこちらに跳ね返る。 ころりと足元に落ちた石を見下ろして、真はぞっとした。 「まさか……」 「もしかしたら、出られなくなったかもしれません」 鈴を転がすような声がしたのは、その時だった。 「――どうかされましたか?」 隠れる暇も無い。振り返ればそこに女将が立っていた。ひ、と漏れかけた声を堪えて、真は存人の背中にくっつく。存人は驚いたふうだったものの、落ち着いた様子で返した。 「ああ……いえ、良い夜なので、少し散歩を」 「まあ、息子さんと仲が宜しいのですね」 「お蔭様で。そういえば、あの部屋は八人専用と聞きましたが、どうして八人なんです? 今時では、珍しいえすよね」 時間稼ぎがてら、気になっていたことを問うてみる。すると女将は笑ったままで、すいと真っ暗なままの旅館を振り返った。 「八人様が、ちょうど良いのでございます。――ああ、先客の八人様がお帰りになられましたよ」 ● 旅館内の明かりが消えたその時、既に晴とミミルノのペアは露天風呂の見回りを終えていた。 「おお、電気消えた? なんかそれっぽくなって来たね! ミミちゃん、平気?」 「は、はれちゃん、どこ? どこ?」 「こっちだよー」 楽しげに言いながらぱかっと晴が懐中電灯を点ける。自分の顎の下から上へ向かって、だ。 「ぴゃぁぁぁぁぁぁ」 途端にミミルノが悲鳴をあげた。ぐりんと方向転換するとパニックになったようにダッシュで駆け抜けて行ってしまう。 「あー、やっちゃった。ミミちゃーん!」 晴も続いて追いかけようとして、ふと足を止めた。音がした気がしたのだ、背後の露天風呂から。 だが先程見た時中は無人だった。今の今まで、入り口付近には晴とミミルノがいた。誰か通ればいくら暗くとも気付くはずだ。 水音がする。まるで誰かが風呂に入っているような水音が、ざばりざばりと響いている。 気のせいに留めるには明らかな音が繰り返し繰り返し響いて、やがてそれは大きなラップ音に変わった。 頭の上で、背後で、隣で、あらゆるところからばきんばきんと嫌に金属質な音がする。 「これは……予想以上、かも」 思わず懐中電灯を落として耳を押さえた。その行為は正解で、一際大きな、木々でも倒れるような音が鳴る。それを最後に、音はようやく止んだ。ほっとして、懐中電灯を拾おうと晴はしゃがみ込む。懐中電灯はぼんやりと闇を照らし出していて、そこに小さな素足が見えた。子供のものだ。 「ミミちゃん?」 ミミルノが戻って来たのかと晴は声をかけた。しかし応えはなく、その足は次に見ると、もうそこにない。 あれ、と晴が首を傾げた、そのすぐ後ろから声がした。 「ちょうだい」 知らない子供の声だった。その次に明かりが点いて、晴は誰も居ないそこにへたりと座り込む。 「なにこれ……」 子供が書いたようなつたない字で、廊下の壁一面に「ちょうだい」と書かれていた。 ● ナターリャと愛は一階の客間を調べていた。だが変化は認められない。その途中で明かりが消えて、二人は一旦廊下へ出ていた。 「透視しても何も見えませんし……ゆめかずらはどこにあるのかしら」 「四の間も見当たらないね。書いてある部屋番号も変化はないし、三にも五にも、どこかに繋がりそうな扉もない」 困ったな、と愛が考え込んだところで、どたばたと足音がした。何事かと一瞬構えた二人だったが、どうにもこの足音は普通のものだ。ついでに泣き声が伴っている。 「ぴゃぁぁぁぁー!」 「……ミミルノ?」 ぼふん、とナターリャにぶつかって止まったのは、どうやらミミルノだった。 「あれ、どうしたの? お風呂と大部屋見に行ったんじゃなかったっけ」 「でっででででっでたあああああ」 ぎゅうとしがみついて叫ぶものだから声はくぐもっていたが、出た、と言われればこの場所の評判上、思い浮かぶのはひとつだ。 「本当ですの?」 ナターリャが宥めようと聞き返したところで、ぱかりと明かりが点いた。それで動転していた気も治まったのか、おそるおそるミミルノが顔を上げる。 「……あれ? ママ、おねーちゃん」 「落ち着きまして?」 うん、とミミルノが何とか落ち着いたのを確認して、愛とナターリャは辺りを見渡す。 「それにしても何だったのかな、今の停で――」 言葉の途中で、愛がぴたりと動きを止める。そして慌てたような素振りで廊下を走ると、端まで行ってすぐに帰って来た。その表情は硬い。 「どうかしましたの?」 「……うん。あったよ、<四の間>」 見て、と愛は今まで入っていた<三の間>を指差す。そこに書かれていたのは、停電するまでは確かに<三の間>だったはずだ。だが今は確かに<四の間>と書かれている。 「それでは、ここが?」 「ううん。向こうを見て。――<二の間>も<四の間>になってる。それだけじゃない、一も六もそうだよ。ただ変わってないのは、<五の間>だけ」 そんな、とナターリャもミミルノも息を呑んだ。 <五の間>以外の全ての客間が、今や<四の間>に成り代わっていた。 ● ゆめかずらを見つけた、と連絡を入れて来たのは、そあらと天乃のペアからだった。 何でも心霊現象に見舞われ停電して、二階を調べるのを諦め、他の場所を探したらしい。 ゆめかずら――その鏡は、大部屋の真ん中にぽつねんと浮かんでいた。 連絡を受けて集まったリベリスタ達はそれを慎重に見詰める。 「ぶち壊すです?」 天乃にしがみついたままのそあらが訊ねた。壊すのは容易そうに見える。 「女将さんは?」 晴の問いには、真が答えた。 「わかんない。旅館の明かりが点いたと思ったら、もういなかったんだよ」 「……いない間に壊してしまったほうが、早そう」 最もな意見だ。その場で反対意見はない。そうと決まれば、各々が武器を取り出して構え、一斉にゆめかずら目がけて攻撃が飛んだ。 ばきん、と音がする。宙に浮かんでいたゆめかずらは攻撃を防げるわけもなく、砕け落ちた。 ここまで起こった現象を振り返ればどこかあっけなく、リベリスタ達の任務は達成された。 「壊したら女将さんが後ろに――とか」 冗談交じりに存人が呟いた言葉は、幸い現実とはならなかった。 それどころか、女将はその後、一度も姿を見せる事はなかった。 そして心霊現象もその後起こることはなく、晴が見たという廊下の文字も、綺麗に消え去って、<四の間>も消えうせていた。 リベリスタ達はやや落ち着かない心持ちながらも、大丈夫になった、ということにして、朝になるのを待って、旅館を後にしたのだった。 ● 壊された鏡を見て、女将は細い目だけで笑う。 これは残念なことだ。この鏡は、在るものを無く、亡いものを在るように見せてくれる、とても素晴らしい鏡だったのに。 壊したのは、と見れば、そこには夕方招き入れた一家がいた。似ていない家族。けれど役割を果たすには十分に人材が揃っていた。 ――この旅館には、八人家族しか通さない部屋が二つある。 ひとつは、外からやって来た、とても貴重な八人へ。 もうひとつは、還って来た、八人へ。 そして還って来た八人は、外から来た八人と共に帰るのだ。その身体を器として。 他の部屋は全て『予約』の客が詰め込まれている。 帰りたがる客は多い。だからいつも取りあいだ。 けれどもここではもう、できない。 鏡に力の半分を預けていた。それが壊されてしまった。だから女将にはもう客を器に入れてやることができない。 口惜しそうに今回帰る予定だった客が、うろうろと家族の周りを囲んでいる。 女将は諦めが良い。 ここがだめになったなら、新たな違う場所で力を蓄えるまでだ。 諦めきれない客は、未練がましくあの家族に付き纏うかもしれない。 けれどもそのうち、諦めるだろう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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