● 小さなビニール袋を開き、中に入った水ごと金魚達を解放する。 祭りも終わって明かりも消えかけた夏の夜、暗がりの中へ放り出された真っ赤な粒たちの行き着く先は、 ――――道脇にある溜池の中。 ちゃぽん、ちゃぽん、と次々に水が跳ねる音。 投げ込まれた弾みで命を落とし、水面にその身を浮かべる哀れな粒もいれば、弱々しくも池の中を漂い続ける粒もいる。 然し、此処は金魚が生息するのにまったく適していない汚れた池。この粒も、いずれは他の仲間と同様に力尽きてしまうだろう。 小さな命達を未知の世界へ散らしたのは、皮肉にも金魚柄の浴衣を着込んだ少女であった。 賑わう夏祭りの流れに乗って、金魚すくいで遊んだのがそもそもの間違いだったと、特に心を痛める様子も無く彼女は後悔する。 持ち帰って飼育するにも色んな準備がいるし、金魚すくい以上に費用がかかる。 ――この粒達を飼う義理なんて無い。お祭りの遊びの為に生まれた金魚だしね。 処理に困っていた時に、見つけたのがこの溜池だった。 此処には、さっきの粒達だけでなく、沢山の金魚が浮き上がっていたのだ。 ひい、ふう、みい……とても指だけでは数え切れない。数十匹はいる。 これ程の数からすると、きっと金魚すくいの露天商も売れ残った金魚達をこの溜池へ全部捨てたのだろう。 すくわれなかった金魚達がいったいどうなるのか、少し気にはなっていたが、まさかこれが実態だとは。おお怖い、と他人事を装う。 誰かに見つかってしまう前に早く帰路についてしまおうと、少女は踵を返して自宅へと足を、運ぼうとした。 ぴちぴち、と寂れたあぜ道に響くのは、魚が跳ね返る音。 それは一つだけでなく――音同士はどんどんと重なってゆき、遂には合唱のように盛大なものとなってゆく。 違和感を覚えるほど、少女も馬鹿ではない。 ――なんで? あんなに弱ってた金魚達が、どうしてこんなにも生き生きと……。 思考を巡り終える前に、彼女の意識は完全に途絶えてしまう。 夜道の中央へ倒れ込んだその身体には、痛々しい穴がいくつも刻み込まれていた。 その穴はまるで銃創のように貫通されており――――浴衣から溢れてしまうまで、金魚の柄は鮮やかな赤を増してゆくのだった。 ● 「命も簡単に捨てられてしまうのが、現実」 映像をぼんやりと見つめながら、『リンク・カレイド』真白 イヴ(nBNE000001)はいつものように淡々とした口調で前置きする。 彼女の小さな手に握られているのは、金魚すくいに使う簡素な網――『ポイ』である。 水にふやけ、紙が破れて使い物にならなくなったそれを、イヴはブリーフィングルームに設置されているゴミ箱へ捨てた。 今なら金魚『すくい』なんて綺麗事に聞こえる、と呟いた後、話を続ける。 「皆に討伐してもらいたいのは、金魚のエリューション。E・ビーストとE・アンデッドの二種類いる」 しいて言うならば、生き残ったビーストの金魚達の方が強さは大きいのだという。 奴等の能力は回復の他に、銃弾のような単身突撃、自分達を捨てた人間達への恨みを力にして厄介な状態異常を起こす、遠距離攻撃も備えている。 基本的にアンデッド達の後方へビースト達が配置しているのだという。 「ビーストは3匹、アンデッドは全部で40匹……というより、正確には8体。5匹の死骸同士がくっついて、丸く固まってるの」 エリューションの力を得ても、小さな命一つだけでは弱いまま。 球体状となったその姿は醜いが、アンデッド達は一匹一匹で攻撃せずに5匹で息を合わせて行動してくる。 奴等が元の5匹に戻るのは、攻撃の際のみ。 「さっきの映像の通り、金魚達は銃弾のような突撃を仕掛けるよ。とても単純だけど、侮り過ぎない方が良い」 戦闘場所となる溜池の前のあぜ道へは、今から行けば周辺の封鎖も可能であろう。 一般人への被害はリベリスタとして絶対に許す訳にはいかない――この悲劇を生み出したのは、心無い人間達が原因ではあるが。 無表情の裏で、イヴはふと想う。 目の前にはそう、リベリスタ。生きるモノ、生きていたモノを消去する使命を背負う者達。 ――いまこの場に集まってくれた彼等にとって、『命』とはいったい何なのだろう、と。 「……粗末に扱って良い『命』って、存在するのかな」 最後に彼女が紡いだとても小さな独り言は、天才的フォーチュナ『リンク・カレイド』でなく一人の少女『真白 イヴ』としてのものだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:明合ナオタロウ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月31日(火)23:16 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「華やかりし夏の祭りも、過ぎ行くその影では……という所ですか」 夏夜に揺蕩う涼風が、銀糸の髪をふわりと揺らす。戦場となるあぜ道への到着はそろそろ、近い。 其処へ向かう八人のリベリスタの一人、『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)の端整なその顔に含まれている感情は、憂い。 金魚すくい。夏祭りでよく見かけることはあっても、世話はできないものだと思っていたが――実態を目の前にして、彼女は何とも言えなかったのだ。 (……例えどんなに小さなものでも、粗末にしていい命など存在しない) 『red fang』レン・カークランド(BNE002194)が想うは、これから討伐すべき小さな命達の存在。 平等に命は在るはず。それでも、彼は命達と対峙しなければならない。 今までと同様にこれからも。自らが選択した道を、歩み続けるからこそ。 「命とは等価値であり、そして平等である――とは、また綺麗な言葉なのだがな」 実際には違うのだと呟き、周辺に強結界を張り巡らせるのは『閃拳』義桜 葛葉(BNE003637)。 知らずうちに命の価値を決め、他者を切り捨てる。それが人間なのだと彼は言う。 自然の摂理、弱肉強食。然し、野生の獣には無い理性……そう、『心』が備わっている者ならば、簡単には切り捨てる事などできないだろう。 力無き弱者であった小さな命――金魚達は、強者による利己的な力によって捨てられてしまったけれど。 (命あるものを、安易に扱って良いものではないでしょう) 感情を抑え込む仮面の裏で、『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179)は言葉無く考える。 それはほんの気まぐれ。邪魔で捨ててしまった事が起因する――けれど。ただ要らないからといって命を捨ててしまう事が、人として良いものなのだろうか。 印を結び、守護結界を展開させた。リベリスタ達の防御力が高まってゆく、そんな中。 「小さい命なら粗末にしても構わん言う人は、いずれおっきな命に粗末にされそになったら文句言えんわな」 どこか怪しげでゆるい、『ビートキャスター』桜咲・珠緒(BNE002928)の関西弁の中にも、憤慨の感情が孕んでいる。 だが、粗末に扱われた小さな命達も今はエリューション。 建前としてはどんなものでも、人が襲われてしまうのならば、自分達で討伐しなければならないのは勿論、彼女も承知していた。 (にしても特にあれや。網のポイて、いかにも捨てそうな名前やん。ポイするんは破れた網だけで充分やろ) そう溜め息を吐いたその時、リベリスタ達の足が止まる。 彼等が立つあぜ道の脇には、黒々と濁った溜池。モニターによる映像では、大量に浮かんでいた赤い粒。 それ等はもう、此処には無い。何故なら、既にもう―――― ぴち、ぴち、と。 背後から、水が滴る音。最初こそは静かだったそれは、段々と、雨だれのように夜道に響いてゆく。 彼らがすぐさま振り向けば、一、二、三……事前に得た情報どおり、3匹の金魚と、小さな金魚達が固まって出来た11体の死骸達が現れていた。 光を反射しない無機質な黒目の先には、その場に居る人間達。 彼等の感情など分からない。然れど、自分達を捨てた人間への恨みがあるからこそ、姿を見せたのだろう。 そっと地面に転がるのは、『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)がスイッチを入れた懐中電灯。 珠緒が所有していたスクーターのライトと重なり、光が――異形となった金魚達を、照らし出す。 ● 「金魚だって生き物なのに。今、楽にしてあげるから」 トーンを落とした静かな言葉を送り、リリィ・アルトリューゼ・シェフィールド(BNE003631)は金魚達を見据える。 存在を鮮やかに示す赤の双瞳は魔術師のもの。それでいて、疾き軽戦士の称号さえも会得するリリィは、素早く魔術を展開させた。 ――火葬にしてあげる。 放つはフレアバースト。召喚された魔の火焔は、一撃で二体のアンデッド金魚を襲う。 次いでリセリアが瞬時に動く。青みがかった片手半剣が生み出す、澱みなき無数の閃撃。蒼銀の軌跡は、一体のアンデッド金魚を的確に捉えた。 (……気が進まないからと、時間をかける意味はありません) 心の中で言い聞かせ、リセリアは刺突を繰り返す。飛び舞う煌めきの中、全力の技によって二度目の命を散らされた金魚は、一体からただの五匹へと戻り、地面へ崩れ落ちた―― ズキン、と。心が強く痛む。 目が潰れた金魚、ヒレが欠けた金魚。言葉が通じなくとも、彼女――『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)には分かる。彼等は今、辛くて、苦しいのだと。 然れど、雷音はこの惨状から決して目を逸らさない。何処までも真っ直ぐな眸のまま、彼女は想う。 ――ごめんなさい。ボクは倒す事でしか、君達を助ける方法が無い。 だけど、今度こそ。この小さな手ででも、出来る限りの命を救いたいから。 「君達を、救ってみせる」 決意の言葉と同時に、呪力の雨が降りしきる。金魚達全てを対象とした空の涙は凍結の術。数体ものアンデッド、一匹の金魚の身体が凍らされてゆく。 さらに金魚達へ与えられるのは、赤い月の呪い――レンのバッドムーンフォークロアだ。 どうか長く苦しまず、早く楽にしてやれるように。全身の力を解き放ち、少年は語りかける。 「誰もが皆、お前達を好きで捨てた訳では無い。事情があった人もいたと、俺は思う。……捨てられて悲しいのは、お前達はその人達が好きだったからだろう?」 少しでも愛した人がいたなら、その記憶までは忘れないでほしい――――恨みに溺れながら、逝ってほしくない。死にゆく小さな命達への、せめてもの願い。 動物会話を発動し、フツが代わりに彼の言葉を金魚達へ伝える。話したい者がいれば、能力で通訳すると決めていたのだ。 命はあっても、相手は高等な知能を持たない金魚。 彼等の意思は、人間よりも遥かに不明瞭で、それでいて単純。 ――ソレデモ、許セナイ。 フツの耳に届いた金魚の言葉。それと同時に生き続けたかったと嘆き恨む力が、前衛の京一へ、リセリアへ襲い掛かる。 知性的で無い動物は、嘘をつく術すら知らない。 この想いは、小さな命達なりの本心なのだろう。 (けど、オレ達に出来る事は――一つだ) 固まった死骸の金魚達へと接近し、妨害しながらリベリスタ達へと小さき翼を与える。恨みのままに、彼等を暴れさせる訳にはいかないからこそ。彼等は、立ちはだかるのだ。 然し、金魚達も黙ったままではない。アンデット金魚がそれぞれ分離され一体は五匹となり、銃弾のようにリベリスタ達へと迫る。 主に前衛に布陣した者へ与えられる、突撃によるダメージ。そんな中でも、両拳にクローを備えた青年は真っ直ぐに、白と青のコートを翻して突き進んでゆく。 「多数対応は出来ぬが事一点において、この拳は最大の武器となる!」 銃撃の痛みに耐えながら、強烈な一撃をアンデッド金魚に叩き込む葛葉。覇気はそのまま力となり、五身一体の死骸に重圧が伸し掛った。 「こっちの都合で結局殺すんやもんな。反撃にも、耐えるで!」 都合――リベリスタとしてでも、自分達が行なっている事はやはり討伐。彼等の命を、また散らすのだ。歌うように詠唱し、珠緒は己の魔力を活性化させる。 また散らしてしまうからこそ、せめてこの身の全力をもって、彼女は対峙する。 京一による捕縛の呪印が、一匹の金魚の動きを封じた。 突撃も、渇望も、恨みもぶつけられない金魚はただリベリスタ達を――『人間』達を睨みつける。 人の目では金魚の感情など分かり難い……そもそも、感情すら持ち合わせてないだろうと考える人間も、いるかもしれない。 それでも、革醒した金魚は睨んでいた。感情が見えないその黒き目で、小さくとも重い『憎しみ』を込めて。 ● 空の宵を反射する、濁りきった溜池はさらに黒を濃くしてゆく。 夏の風に紛れて響くのは、フツが呼び出した癒しの福音。水面が微かに揺れ、リベリスタ達の傷も音色と共に消えていった。 「あまり苦しめたくは無いけれど……四重奏、受けて」 増幅された魔力を解放し、リリィが四色の魔曲を撃ち続ける。僅かであったアンデッド金魚の命はここで途切れ、無残に地面へと堕ちてゆく。 ――可哀想な金魚たち。そう、リリィは思わず呟いた。本当はこんな風に……遊び道具として生まれてきた命では無いはずなのに、と。 「うちのとっておきの曲、奏でたる。届くなら、どうか聴いてや」 ジャラン、と響くギター音。己の口から『弱音』は出ないが、『強音』はこの手で紡げる。 珠緒の得物である楽器が奏でるは葬送曲――否、荒れ狂う雷を生み出し、金魚達を激しく貫いた。 現状、束縛され身動きが取れぬ金魚は二匹。行動が可能な一匹が、最も傷ついているアンデッド金魚へ渇望の水を送る。 「最後まで、俺達の手で……送ってやる」 金魚達が生きたがっていた事、そして生きていた事を、忘れない為にも。 レンが放った道化のカードは一体のアンデッド金魚へと命中。予告の破滅は現実となり、死骸は消えること無く残されたまま息絶えた。 「長引かせる訳にはいきません。……片をつけましょう」 戦いの中でリセリアが発した言葉は、冷静なものだった。何度も突き立てられる神速な刺撃に敗れる金魚の群体。 これで、アンデッドは全て殲滅された。 「残るはビーストのみか。その動き、封じさせてもらう!」 凍てる氷の冷気に反し、葛葉の声は熱く勇ましい。合わせて撃ち込まれた氷結の拳だったが、負けじと金魚も攻撃を防ぎ、耐え凌がれた。 間が入る事無く、行動出来る一匹の金魚が反撃として嘆きを喚ぶ。その攻撃はレン、そして金魚を呪縛し続ける京一へと飛ぶが、体が痺れることは無かった。 それを確かめ、好機とばかりに京一が行動出来る残り一匹の金魚を呪縛に追い込む。 これで三匹――彼等が攻撃できない今、リベリスタ達が一気に撃ち落とす事が可能となった。 「僕は違う。君たちを蔑むろになど、絶対にしない」 動かない金魚へ向けて、雷音は手を伸ばす。彼女の腕は細く、全ての命を助けるにはあまりにも短いかもしれない。 だが、目の前の金魚へは届くと信じて――――注いだ氷雨は冷たくも優しく、二匹の金魚を天へと導いた。 そして、最後の一匹にフツが捧げるのは、一羽の符術。鴉に射ち抜かれた金魚は、虚しく音を立てて地に伏する。 溢れ出る赤い液体は、彼等が生きていた印であり、其処に確かな命が在った証。 そう――人と同様に、金魚にも流れているのだ。鮮やかであった身体より深き色の血潮が。 ● 55匹の死骸――新たに、3匹の死が生まれた。合わせて散った全ては、58匹。 確りと数をかぞえたリベリスタ達は全員、彼等を埋葬することを決めていた。 「うちもスコップ持ってきた! さ、しっかり深い穴掘るで。猫とかに掘り返されたらたまらんし」 気合を入れ、珠緒はあぜ道の片隅に穴を掘ってゆく。深く、深く。金魚達が荒らされず、静かに眠りにつけるよう。 彼女と同じく、スコップを準備していた葛葉も穴掘りを始める。その傍らで、空いた穴の中へ慎重に金魚達を入れるリリィ。土を被せながら、いつもは鋭いその目に慈愛を秘めて、小さく声を掛けた。 「安らかに眠ってね」 今度は遊び道具としてではなく、育ててくれる人の所へ生まれて来れるようにと願って。 金魚すくいなどという娯楽が嫌いである彼女にとって、この命達を粗末に扱われた事が腹立たしかったのだろうか。 築かれた文明の一面は残酷か、はたまた無情か。だとしても、これはどうなのかとも思うけれど――土の中へ金魚達を葬りながら、リセリアは考えを巡らせる。 レンは事前に用意していたタオルで金魚達を丁寧に包んでから、地中へと埋めていった。多数の傷が付いてしまっているが、柔らかな布に覆われた彼等はまるで眠っているようにも見える。 線香に火を灯し、手を合わせる。召されてゆく命達へ、祈りを捧げて。 「安らかに。次に生まれてくるときは、満足するまで愛してもらえますように」 人間からの愛を得られず、これからも生き続けたいという願いをリベリスタ達は叶えられなかった。 (けれど――次の生を祝福することはできる) 最後の穴を閉じ、雷音も黙祷を送る。静寂の中、念仏を唱え終えたフツは墓前に座り、交霊術を使って亡き金魚達に話しかけた。 「なあ、何かオレ達に言いたい事はあるかい」 自分達人間への恨み言でも、何でも良いのだと彼は言う。 天へと昇りゆく前に、いつまででも彼等の言葉を受け止めるつもりであったのだ。 ――ヤハリ、人間ガ憎イ。 ――汚イ池ヘ捨テタ人間達ヲ、ゼッタイ許セナイ。 ――――ケド、 『コノ中』ハ、トテモ温カイ。 ぶつけられる数多の遺言に、耳を傾ける若き僧。 やがて最後の一匹まで声が止んだ時、フツは仲間が彼等へ送った言葉を代わりに伝える。 そして、オレからも一つ良いかい、と前置きし、金魚達へ語りかけた。 「もしかしたらあの溜池に、また金魚が捨てられるかもしれん。そんときゃ……捨てた人を許せとは言わないが、まずオレ達を呼んでくれよ」 ――オレ達は、絶対にお前さん達を忘れないから。 必死に生きたがった者達に対して、最後に送ったのはフツ自身も含めた、皆の想い。 それを聴いて彼等は安心したのか、それは分からなかったが――58もの魂は、この世から去っていった。 ただ一つ、 ――アリガトウ。 それは気配が完全に消えてしまう前、感情を偽る知性の無い小さな命達が残した、最後の言葉。 ● 「あとは……『彼女』ですね」 ぽつりと呟いた京一の言葉に偶然にも合わせ、宵闇の奥から下駄の音が木霊する。 『彼女』――金魚柄の浴衣を着た少女はリベリスタ達の存在に気づかぬまま、水が入った小さな袋を開く。 その中にふわふわと漂うように泳ぐのは、三匹の金魚。 放っておけば彼等は、あの溜池の中に放り込まれることとなるだろう。 「……待て、待て」 制止する葛葉の声でハッとなり、少女は振り返る。バツが悪そうな顔を、リベリスタ達へ向けた。 「なに? アンタ達」 「金魚を此処に捨てるのはいかんぞ、少女よ。確かにお金は君が出した物だし、所有権は君にあるのだろうが」 続く彼の言葉に、少女はぐぬぬと唸る。捨てるのはいけない、それは道徳的に正しい。 それでも普通に生きるこの娘にとって、金魚の小さな命など些細なものでしかないのだろう――と、その姿を見てリセリアは思う。 彼女のその予想は的中した。 「な、なによ! 喋りもしない魚の気持ちなんか知らないわ」 (見て気づけん人は、言われても分からんもんなんやな) やれやれ、と珠緒は呆れた。 神秘を知らぬ浴衣の少女は、金魚に感情があることを知らない――というより、信じようとしない。今から自分がする些細な悪行を、出来る限り正当化する為に。 「どんな小さなものにも命はある。その金魚も、一生懸命に今を生きてるんだ。粗末に扱ってはいけない」 「ええ、飼う気がないのに生き物を手に入れることが間違いなのよ。責任もって飼いなさい」 真剣な目で彼女を見据え、レンやリリィもぴしゃりと告げる。 ついには少女も黙り込んでしまったが、袋の口は閉めようとしない。 その時、ふわりと感じる和やかな涼気。マイナスインを漂わせながらも真摯に、雷音が話しかけた。 「ここに捨てたら命がどうなるか――君も分かっていると思う。飼えないのなら構わない。僕に譲ってほしい」 ただ説得する者が多い中で、彼女は浴衣の娘に願った。小さな命達を、少しでも救いたいのだ。 夏の夜に混ざった柔らかな空気は、金魚を手放そうとする少女の警戒や緊張を確かに解いた。 ――――後に残ったのは、罪悪感だけ。 ――バシャン、と。 その音は、殴られたように水面が弾けたように、この場に居る者達の耳に残る。 「なんなのよ……! もう、知らない!」 いきなりの正論に耐え切れず、ヤケになった少女が金魚を溜池へ放ったのだ。 「……!!」 逃げるように少女が去る中、すぐさま雷音は池へと飛び込む。 髪が、服が、濁水で汚れても気に留めない。 網を持った手を伸ばし、小さな赤を必死に探して容器へ慎重に入れてゆく。 数を確認した。一、二、三……これで、全部。激しく打ちつけられても、金魚の身体は水の中で動いていた。 安心し、翠の瞳から溢れ出るのは、温かな涙。――よかった。伸ばしたこの手は届いた。彼等を、救うことが出来たのだ。 ずぶ濡れで池から上がった雷音へ、タオルや上着をかけるリベリスタ達。 容器に入った小さな命達を大事に抱えながら、雷音は今回も養父へメールを送った。 ――我儘聞いてください。金魚を飼いたいです。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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