● 可愛い子が欲しい。人間誰しも理想はあるだろう? 触れるとさらりとして、指先からこぼれ落ちる長い黒髪。 優しげな瞳は常に笑みを湛え、その声音は可憐で、鈴の様。 自分の理想を叶えることなんてできない。其れが世の常だ。 自身への願望、周囲の人間関係への願望、願えば願うほど理想は深まり高まる。 男は理想の少女像があった。 優しげな少女が名前を呼ぶだけで幸せであった。 大人しく、それでいて気遣いのできる、何処か照れたように俯きがちの視線で静かに名前を呼ぶ。 そんな、少女。――嗚呼、なんと可愛らしいのだ。 何処にもそんな少女はいない、理想にぴったりと当てはまる少女はいない。 まるで数万ものパズルの海からピースを捜す様な感覚。手探りの中、探し出しても見つからない。 ならばそうだ、作ればいい。最初から『彼女』を作り出せばいいのだ。 ● 「自身の理想は甘いけれど、それでも口どけはなめらかではなくて喉に絡むのよね」 何処か緊張した面立ちの『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は資料をリベリスタへと手渡す。 表題に飾られた名前はフィクサードでも主流と言われる七派のうちの一つ『三尋木』であった。 「三尋木のフィクサードのお相手をお願いしたいわ。食中りまでは行かなくても吐き出したい気持ち。 フィクサードの名前は城戸・空木。彼と、その護衛役5人のフィクサードへの対応をお願いしたいの。 ……この依頼と似たようなものをね、響希お姉さまも予知したみたい」 嫌いな食べ物を口にした様な表情から一転、敬愛する先輩の名前を出した時、ほんの少し安堵した様な表情を見せる。正直言って、世恋にとってこの三尋木の行う行動は信じられないものだったのだ。 資料を捲くる指先が、ふるり、と震える。 「年齢にして3から5歳程度の子供を一般家庭誘拐し、城戸の理想の少女を作ろうとしているのよ」 其れはまるで何処かの古典文学の様。幼い少女を自分の理想のままに育て妻へと向かえる――だなんて、物語の中だから、古き日本だからこそ許されたこと。 「三尋木って頭がいいの。だから、子供たち全員を上手い事手に入れてきた。 ……両親は彼女らを捜しているけれど、勿論ね、もう二度と会えないわ。 病気だと、事情があると子供達に優しく説明して、教育する。覚醒した子供だってその中には勿論居る。 様々よ?人って、其々が違うからこそ面白くて、其々が違うからこそ不協和音が生じるのだから」 それを『理想』という名の鳥かごの中に閉じ込めて、その中で綺麗に鳴く小鳥を作り上げる。 信じられない、と桃色の瞳に珍しく怒りを湛えた彼女へと一人のリベリスタが問うた。 「――育たなかった子供は?」 「勿論、用無しは売り払う。子供が好きなパトロンなんて沢山居るの。理想通りならば籠の中、そうで無いなら値札をつけて籠から出してしまうのよ」 淡々とした声のまま、フォーチュナは続ける。そこに感情はないとでも言う様に。 「直ぐに城戸の隠れ家にある地下室に向かってフィクサードへ対応してほしいの。 あ、そこまでのルートやらは私が確保したから資料通り、従ってね。 少女達を無事に確保し、奪還してきてほしいの。……あと、ごめんね、子供達の居場所はフィクサードから聞きだしてね」 戦場情報よ、と差し出した資料には広さも光源も準備は必要ないと記載してある。フィクサードの居場所は分かれど、子供達の居場所は分からなかったようで赤いペンで聞きだす様に、とつけたしてある。 「城戸はビーストハーフのソードミラージュ。後はホーリーメイガス、ダークナイト、覇界闘士とデュランダルが2人。全員強いわ、油断はしないでね……」 さあ、目を開けて、悪い夢を醒まして頂戴。フォーチュナはお願いね、と頭を下げた。 「――そうだ、蝉って空を目指して殻を置いていくのよ」 少女のままじゃいられないってことね、だなんてフォーチュナは寂しげに笑った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月27日(金)22:53 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 足音がする。三尋木のフィクサード、城戸・空木の隠れ家へ訪れる招かれざる客――彼の『理想』を壊しに来る彼の望まぬ『現実』の足音。 「少女達は要求を演じるだけの人形」 ただ望まれたことのみを演じる操り人形。かつての自身の姿が、ちらりと脳裏をよぎった。息苦しささえも覚える世界。操り人形の糸は切れた。救い出してくれる人が居た、だから自分がいる。 操り人形だった自分の様な人生を、人とも言えぬその余生を歩ませたくないと、そう思う。 透視でじっと周囲を見まわした『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)はゴスロリドレスの裾を握りしめる。愛おしい神父から召された高価なドレス。ふわりとレェスが彼女の動きと共に揺れる。ゆらゆらと心も揺れ動く。簡単に分かる場所に居ないと思うけれど、念の為。救いたい。早く、早く。 人格とは何か。決して作りだされるものではない。途方もない年月の中で、その人が生きていく中で、数多の交わりを経て生み出されるもの、其れが此処の性質であり人格である。 「1つの型へ無理やり嵌めこんだ所で、理想へは届かないでしょうに」 なんて、哀れなのか。『蛇巫の血統』三輪 大和(BNE002273)の黒い瞳を彩るまつ毛が震える。意志を持つ影が彼女の背後に付き従う。変幻自在に姿を変える其れは、彼女の想い浮かべる影。大和の髪で白と桃の交わる桜の花飾りが揺れた。 「ふむ、理想、理想か」 理想の少女――その言葉は少女である『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)の胸にも重く圧し掛かる。彼女は少女であるけれど、作られた少女なんて、理想で塗り固められた少女なんて気色の悪い存在であると思う。 人の想いで塗り固められた少女の姿。虚像でしかないソレ。何て、気色が悪いのか。そんなモノに為り下がる前に連れ去られた幼い少女達を助け出そうと思う。親の傍に居られない事は哀し過ぎる。脳裏によぎるのは血の繋がらない家族の事。大好きな養父。大好きな兄。 「……助け、だそう」 理想など、遠い。 「なんていう紫の上」 思わず笑ってしまう様な古典的な行為。『Gloria』霧島 俊介(BNE000082)は花染と名の付いた愛しい人を護ろうとした騎士の刀を握りしめる。 理想、主義、概念、沢山の歪んだ思い。そんなものを押し付けるなど正気の沙汰ではない。可愛い子供達にただしされる等、認めるわけにいかない。 「私も決して認めるわけにはいきません」 夢を見る、唯それだけなら少女である『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)だって理解できる。 理想を夢見るのは少女だと相場が決まっているけれど、その夢を現実に変えてはいけない。夢は夢のままであるから綺麗なものであると言える。理想とは、甘い夢だ。その夢を追い求めて誰かの幸せを犠牲にしてしまう。誰かの不幸せの上で出来あがったものを手に入れる。そんなもの、認められるわけがない。 「……さあ、戦場を奏でましょう」 任務開始。籠の鍵をぎぃと開ける。小鳥たちが明日へと羽ばたく為。もがれた翼を与える為に。少女は前を向く。 ● 暗がりの階段を進む。重たい扉を開くのは『蒙昧主義のケファ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)の幼い少女の指先。外見はまだ年若い少女のソレ。ただし、彼女――否、彼の内面は少女のソレとは大きくかけ離れた形をしている。触れられたくないと思う。その身も、心も。 「どうも、御機嫌よう。誘拐犯達」 浮かべる笑顔は優しげではあるものの、その紺色の瞳には理不尽な行いへの怒りが満ち溢れている。勝手な理想の押しつけ、自身の為だと勝手にその心の形を変えてしまう。 ――そんなのって、生きる価値すらないじゃない。安定と理想が欲しいなら、予測の侭育てたいなら作りもので紛い物の少女を準備してしまえばいい。 ぐっと、 螺旋暴君【鮮血旋渦】を握りしめた『逆襲者』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)の指先が震える。 憎い、憎い。憎悪する、そのフィクサードと言う存在に。何が理想だ、唯の妄想狂いではないのか。理想を求めて現実の女を口説く事が出来なかった唯の弱虫だろう。理想と言う空想。求めるのは理想を込めた操り人形との愛情表現。そんな『大人の人形遊び』がしたいならば、本物のお人形と遊べばいい。 ぎっ、と奥歯を噛み締める。脳裏によぎるのは自身の過去。売られる、其れがどんな気持であるのか―― 「キサはクリエイター……」 少女とは何か、『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)は呟く、笑う。少女とは大輪の花ではない、蕾。女ではない、少女。その存在はひと時のもの。存在しなければ作ればいい、想像する、創造する、クリエイト。クリエイターとしては甚く共感できる言葉。うそつきは、大嫌いだけど、と口の中で呟く。 カタタタタ、まるで楽器の様に音を奏でるのは彼女の愛用するキーボード。眩い閃光弾が投擲される。其れに合わせ、ミリィも杖を振るい閃光を放つ。カルラの背からその顔を出したミリィの表情は悲痛そのもの。 ――理想通りの少女。何時までも、子供のままではいられないから。そう、『子供』ではいられない。 閃光の後、城戸らフィクサードの前で微笑むのは黒髪の一人の少女。キャラメイキングは十八番だと、クリエイターは笑う。 ばちり、とその視線がかち合う。優しげな微笑を浮かべていた少女は恥ずかしげに視線を逸らしてから、はにかむ。優しげ手、大人しげで、淡い微笑みの似合う少女。 普段の綺沙羅からは想像のつかないソレ。理想の少女――とまでは行かないが、その想い浮かべた事のある少女の姿に城戸がぽかんと口を開いた。 「こんにちは、貴方にあいにきました、城戸さん」 続いたのは儚げな雰囲気を醸し出した雷音。城戸の理想だと、事前に聞き及んだ黒髪の少女達。 狙うのはリーディング。雷音はそっと、一歩踏み出す。貴方の理想とは少し遠いかもしれませんが……少女は少し笑って言う。 「貴方は、どんな少女を愛してくれますか?」 儚げな少女は動力を纏わせた剣を周囲に浮遊させる。展開される刀儀陣。彼女に目を奪われていた城戸らも戦闘態勢に入る。 「――♪」 ふと、城戸らの鼓膜を擽るのは静かに降る夏の雨の様な歌声。聖歌が響く。何の力もないと知っている、何の意味もないと分かっている。歌う事が好きだと、そう思う。だから、歌ってる時が一番優しい表情をできると思う。 「……城戸さん」 「あ、ああ」 城戸の尻尾が緩やかに揺れる。少女理想論者。理想の完成とまではいかなくとも、浮かべた事のある少女らの姿に彼は気を取られる。 手にしたチェーンソー剣がエレオノーラのKOSMOSとぶつかる。デュランダルの男の攻撃に彼は微笑んだ。その、優しげな顔に浮かべるのは残酷なまでの冷笑。 「子供達の居場所を素直に話せば、少しは優しくお相手できるかもね?」 ――なんて嘘。 その笑みにデュランダルは笑う。さあ、何処に居るのだろうね、と。嘲るかのような、勝利を確信したかのような笑み。その嘲りを背後で見つめた大和が優しげに、ただ、微笑んだ。 「貴方達に破滅を予告してあげましょう」 そのカードは道化。意味は破滅。狙うホーリーメイガスへと訪れる破滅の予告。大和の黒い瞳は慈悲を湛えていた。 彼らのしてきた行為は許せるものではない、何時か訪れる筈の破滅を今、その手で訪れさせる。台本通りの舞台などない。舞台の幕引きは何時も唐突だ。 「破滅は、果たしてどちらに訪れるかな、お嬢さん」 「間違いなく、其方に」 先ずは聞きたい事を聞いてからですよ、城戸さん。優しげな口調で彼女は言う。 理想を求めたならばその理想に届かなかった時に訪れるものなど一つだけしかない。ただ、破滅へと自ら近づく自殺志願者の様な、そんな行動。 ――理想通りに鳴かない小鳥は舌を切って殺してしまえばいい。其れが罷り通る彼らの世界。 「理想通りに為らなければ、売り払う?」 ミリィは仲間達へと守りと効率動作を与える。バックサポーターとなっている少女はずり落ちそうになるベレー帽を被りなおす。指先が震える。誰かを支える能力があっても、この身に宿した力は怖かった。 まだ幼い少女。戦場に出向くには、幼すぎて、怖がりな性分もあり、足を踏み出す事すら恐ろしかった。戦える。仲間達がいるから。自身だってきっとこの神秘の所為で理想通りの子供で無かったかもしれない、其れでも。 「少女は……私達は、貴方の欲望の為に歌う小鳥ではありません!」 少女の放つ真空刃。狙うのはホーリーメイガス、ただ一人。彼が癒しを謳うたびに、彼女は傷つける。許せない。子供のままで居られないから、大人になる。何時までも、子供のままで居られない――背伸びした少女の声。 「小鳥たちが、明日へ羽ばたけるように」 それが、彼女の願い。 ぎゅっと、胸元で手を組む。クリエイターの作りだすのは優しげで、儚げで大人しく気遣いのできる少女。 「お願いです……子供達を親御様のもとへ帰してあげて下さい……」 心苦しいですが、思考を読ませてくださいと少女はリーディングを試し見る。共に居る雷音は綺沙羅を見つめて小さく頷いた。その挙動をじっと観察する。不自然にその上を通る事を避けている部分がある。 少女が、ちらりとアンジェリカへと視線を送る。透視。奥見えるは、望んだもの。 「……隠し階段!」 「彼女達は、僕の理想の紫の上は渡さない!」 城戸から放たれるその攻撃。キトン・ハニー――愛しい子猫とその名を冠したExスキル。ぐっと奥歯を噛み締めて、俊介はその攻撃を耐える。痛みなどない、脳をぐちゃぐちゃに掻き回すかのような理想の結晶。 「ばっかじゃねーの」 くす、と笑う。振るうは花染。騎士の剣。放つは魔力の矢。自身と同じ回復を狙うフィクサードの身体を床へと倒す。もうその役目はおしまいだ、と俊介は笑う。 「綺麗事を並べると十人十色だ」 皆違うからこそ、皆良い。それでも理想を願うなら、この広い世界で探せばいい。完成された大人の女を手に入れればいい。作るだなんて、無駄で、蝋でその動きを阻害し塗り固めた人形なんて、炎に当てれば溶けて消えてしまう。 太陽の暖かさに溶かされた蝋の下、居るのは理想からかけ離れた少女像。決めた線路は途切れている。難しい。 「それでも理想のアリスを作るなら、お人形さん相手にしな」 其れが紫の上だろうと、なんだろうと、人の命をもてあそぶなんて、許せるはずがない。今まで何人を理想で固めた蝋の下、殺したのか、潰したのか―― 「俺が、その分、ぶん殴ってやる」 城戸は笑う。嗚呼、君は理想の人がそこに居るからそう言えるのだ、と。 理想、誰しも抱く。それは誰だって一緒だ。 同じだ、臓器を売ろうとした連中と。刻まれた、心を。ズタズタに。 「全員挽肉にしてやりてェ……」 そうもいかない、下衆を潰そうと、そう思う、それよりも先に自身と同じような目にあう子供達を減らさなければならない。自身は、フィクサードではない、リベリスタだ。 「カルラ、君の気持ちはわかる、だから冷静に」 「嗚呼、大丈夫だ」 やる事がある。皮肉でしかない、こんなにも殺したくて堪らない相手を殴る事が出来ないだなんて。普段ならば殴る、黒き騎士の名前を冠しているけれど、攻撃を与える。嗚呼、こんなにも騎士の様な動きをするだなんて、なんて、皮肉。 パリンッ――酷い音をさせ、照明が破壊される。どよめくフィクサードらへと降り注ぐのは涙雨。氷の、少女の気持ちを込めた雨。 理想から遠くたって、愛せれば、それでいい。愛することで少女はまた、変化する。蝉がその殻から抜け、空へと飛び出す様に。 「理想は、見つけるもんだ!」 浮かぶ優しげな恋人の微笑。手を伸ばして、名前を呼んでくれる愛おしい年上の恋人。 仲間へと歌うのは癒しの歌。理解できない、思考できない、考え切れない、思いきれない。理想は、遠い。 「貴方は少女に理想を求めているみたいだけど、その貴方は彼女達の理想の存在であると胸を張って言えるの?」 紫の上は光源氏を愛したけれど、貴方は愛される存在なのか。 アンジェリカは思う。操り人形は、もう嫌だから、そんなものに、成り下がるだなんて、許せない。 「少なくともここでボク達に倒される貴方がそんな存在だなんて」 ボクは思えない。自分に出来ない事を他人に求めるのは間違っているのではない、その言葉に城戸が頭を抱える。 脳裏に浮かぶのは愛おしい黒髪の女。一晩でも愛してくれやしないかと遠くから見つめていた、自身の藤壺。 名前を呼ぶ、佐伯。佐伯。同じ目的の、理想信者。 「貴方、子供好きではないのね」 好きなら親から引き離さないものね。エレオノーラはただ、笑った。 ご覧になって、貴方が理想を求めている間に貴方を護る者はもう居ないのね、と。 「聞きたい事が、たくさんあります。ねえ、今まで子供達を誰に売ったのです?」 膝をついた城戸へと大和は問い掛ける。どういう経路で?その子供達は、どうなった、と。 彼は小さく笑う、さあ、知らない。三尋木のツテを使って、良いパトロンの所へ、と。 ――ぱしん。 頬を払うのは理想の『紫』を演じたクリエイター。 「最低だね」 嘘ばかり囀る舌を切り落とされたくなければ、さあ、全てを教えてもらおうか、彼女は言う。 地下室の壁際に並んだ資料。添えられたリスト、幼い少女達のデータ。 「隠し場所は――」 「そこ、だよ」 指差された地下に続く隠された扉。カルラが走る。走る。救いたい、救わねば。言葉のやり取りは自身に出来ないから、そう睨みつけていた城戸の横面を殴りつける。 「どうせ、佐伯の元にも向かっているのだろう。ああ、佐伯、僕の藤壺」 男は、笑う。なれもしない光源氏の慣れの果て。 移ろい移ろう。白い花。雪の様なその花の名前をした男。夏を見ることなく、静かに移ろい、そして沈む。 ● 奥の扉を、懸命に叩く。拳が、使い物に為らなくても良いとすら思うほどに。早く、助けてやらねば。 「鍵、あったぞ!」 城戸から鍵を奪い取った俊介が声を上げる。 鍵を受け取ったミリィが走る。開いた先、隠し階段のもっと奥。鉄の扉を開く。重いその扉は理想の紫の上を捕えた鳥籠。 「いた……! 大丈夫ですかっ」 扉を開いたミリィの瞳が潤む。外の物音に泣き出しそうに顔を歪めた少女へとカルラは手を伸ばす。 「外へ出よう」 手を差し伸べる、その手にそっと一人の少女が縋るように捕まった。泣きじゃくる少女の背をなでる。 ――救えた。きっと、自分も、救われる、そんな気がする。 自己満足でも良い。なんだって良い。救われた、そんな気がする。 「大丈夫だったか? さ、家に帰ろう」 笑って接する俊介は少女の頭を撫でる。怖い思いをさせたから、機嫌を損ねないように、優しく。 もう怖がることはないよ。君達の大好きな両親のもとに返してあげる、自分が恋人や友達が大好きなように、きっとこの子供達も親が大好きなのだろうと、そう思う。 大丈夫だよ、と子供が怯えた目のままで言う。拙いその言葉にエレオノーラは困ったように笑った。 寂しくない、大丈夫だよ。 「誰に大丈夫だって言われても、親って言うのは心配しちゃうものなの」 だって、家族なんだもの。だから、もう無理しなくていいよと頭を撫でつける。少女の指先がエレオノーラの手に触れる。 「おねえ、ちゃん」 本当は違うけれどと笑って見せる。けれど安心してくれるなら、とその手をぎゅっと握りしめる。小さな掌を包み込んで、離さない様に。 広がったマイナスイオン。少女は優しくまだ幼い子供を抱きしめる。優しく、まるで親が子にする様な、そんな手つきで。 「怖くなかったかな? お母さん達のもとに帰ろう」 ここは君達の居る場所じゃない。過去、自身の両親が殺されたその場面が浮かぶ。その時に手を取ってくれた愛しい養父の笑顔が浮かぶ。子供が腕の中で泣きじゃくる。無力だと、そう思う自分でも救えるものがある。 「それじゃ、帰りましょうか」 立ち上がった大和はご両親が心配していますから、と少女の頭を撫でる。迎えに来てあげたよ、だから安心してくださいね、と。少女が小さく笑った、有難う、お姉ちゃん。今度、一緒に遊びましょう、と。 携帯電話にそっと打ち込んだ文字は、彼女の願いと、その想い。 ――少女は幸せであるべきだ。一人の、人のエゴで壊されるものではない。 気高く、美しくそして強い空蝉。か弱く、ただ理想となった若紫が紫の上になっていくよりも。 「キサは、空蝉が好き」 その誇り高さと、強さを想って。少女は、そこに殻を残し、大人に変わっていく。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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