● だいぶ、遅くなってしまった。 街灯が点いてはいるが、誰もいない暗い道が怖い事に変わりはない。 足を更に早めようとした、その時だった。 がと、がと、がと。 上から音が聞こえた。 何だろう、鳥が屋根の上を歩く様な、けれどそれよりももっと大きい音。重い音。 私の歩く音に合わせる様に続く。 がと、がと、がとがとがとがとがと。 見上げる。 傍にあるのは屋根ばかり、そんな幾つもの屋根を飛び越して来るものがいるのだろうか? 何か寒気を感じて小走りになる。 音がついて来る。 がとがとがとがとがとがとがとがと。 固いヒールで叩く様な音。 けれど自分のものではない、前後から聞こえて来る訳でもない、上だ! スーパーの長い屋根、ちらりと向けたその場所に、何かが過った気がした。 あり得ない。 仮にヒールだとして、あんなデコボコの屋根の上を、あんなスピードで歩け……走れるはずがない。 そもそも幾ら住宅街だと言っても、家と家との間には当然間隔がある。 何故、あの足音は絶えず鳴っているのか。 何故。考えるよりも本能が危険を察して身構える。 がとがとがとがとがとがとがとがががががががががごがが。 完全に走り出した私の上で、その音も早くなる。 もう少しだ、もう少し、あの角を曲がれば、 がとん。 角を曲がると同時に、音が絶えた。 振り切ったと思った瞬間、目の真っ黒な女が、真っ赤な口を耳まで広げて、手の届く距離で笑って――。 ● 「こんにちは、皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンです。秘密の言葉、いいですよね。それを知っていれば大丈夫、或いは魔法の言葉、つまり呪い言なのかも知れません。ああ、依頼の話ですよ」 ひらり手を上げた『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)はリベリスタに向き直る。 「今回皆さんに向かって頂くのは、『がとがとさん』というE・フォースです。とある街の子供たちの間で噂になっているその怪談が、現実となりました」 映し出されるのは、不鮮明な画像。 髪が長くて、眼窩が真っ黒で、口が耳まで避けて、爪の、いや、指の長い女。 どこか心の奥底の不安を掻き立てるその姿。 マスクのない口裂け女みたいだな、と誰かが言えば、そうですね、とフォーチュナは一つ笑った。 「口裂け女はポマードとかべっこう飴をあげれば逃げられますよね。このがとがとさんも同じで、 『がとがとさん、がとがとさん、お先にどうぞ』と、立ち止まって三回唱えれば逃げられるそうです」 がとがとさんは暗くなった帰り道に現れる。 一人で道を歩いていると、上からがとがと音がする。 歩けば歩き、止まれば止まり、がとがとがとがと着いて来る。 その音を聞いていると、自然と不安になってくる。 何かがいる。ついてくる。 逃げなきゃいけない。 走り出したら、がとがとさんは追いかける。 「がとがとさんが何故追いかけてくるのか、というのは噂によって曖昧です。一番多いのは、『通り魔に殺されて目を抉られた女性が犯人を捜している』というのですね。だから、逃げたら『犯人だ』と復讐される、……勿論、そんな案件はこの辺りで発生していません」 だから噂。 噂から発生したE・フォース。 がとがとさんは、本当になった。 「最初は出現するのは信じている子供達の前だけでした。もっとも、子供達はこの噂と対処法を知っていますから、襲われる事はなかったのですが――力を付けたE・フォースが出現するのは子供達の前だけではなくなった。今回襲われるのは、仕事帰りの女性です」 子供達の間で流行っている噂を、彼女は知らない。 がとがとさんを知らない。 がとがとさんに見逃して貰う方法を知らない。 だから追いかけられて、殺される。 「その前に、この噂から出た化け物を殺して下さい。出現エリアは絞り込みました。誰か囮を立てて、がとがとさんを出現させて倒して下さい。……言う程簡単な事はないですね。がとがとさんは単独ですが、能力自体は高いです」 だから十分に気を付けて、と言ってから、ギロチンは肩を竦めた。 ああ、でも。 「もし、どうしても危ない時はこう言えば良いんです」 がとがとさん、がとがとさん、おさきにどうぞ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月31日(火)23:19 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●がとがとさんって、知ってる? がとがとさんはね、殺された女の人。 夜道で襲われて、目玉を取られて胸を刺されて殺された。 けど、犯人がまだ捕まってないから、がとがとさんは探してる。 よく見えるように屋根の上に立って、夜道をずっと見回してる。 屋根の上から靴音が聞こえても、逃げ出しちゃいけない。 逃げたらがとがとさんは『犯人』だと思って殺しに来る。 だから、がとがとさんに会った時は落ち着いてこう言うんだ。 『がとがとさん、がとがとさん、お先にどうぞ』 そうすれば、助かるから。 ●屋根上の追走 昼の天候に恵まれなかった分、過ぎる風は多少湿ってはいるが涼しい。 半袖だと些か肌寒ささえ覚えるかも知れない、そんな深夜。 「がっとがっとさん♪ がっとがっとさんっ♪ がっとがとあるくがっとがっとさむぐ」 「はい、しー。……ね、みんな一緒だからだいじょうぶ」 「む。しー!」 少し落ち着かない様子で自作の歌を口ずさむテテロ ミミルノ(BNE003881)の唇の前に軽く指を立てて、『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)が笑う。 遠くに小さな明かりの点った部屋は幾つか見えるものの、住宅街はその殆どが眠りに落ちていた。 新興住宅街なのだろうか、並ぶ家先には子供用の自転車や三輪車が置いてある場所も多い。 ふんわりとした雰囲気を纏うニニギアに、ミミルノもこくこく頷いて了解したとばかりに手を上げた。 『……え、えと、みんなちゃんといます?』 だが、その歌が聞こえなくなったのが逆に不安になったのだろう。 皆から離れて歩く『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)が幻想纏いを通じて小さな呟きを送った。 がとがとさんに狙われる為に、彼女は一人、時折肩を擦りながら歩いている。 『いえ、おばけなんて、ぜんぜんこわくないですけどね』 あはは、と漏れるのは若干の空笑い。そうだ。怖くない。何かぞくぞくするのはこの気温のせいだ。多分。 「お一人、通りがかった人には近くのコンビニで暇潰しして貰う事にしました」 駐車場の灯りを消したスーパーの駐車場にすいっと現れた『下策士』門真 螢衣(BNE001036)は、そう皆に囁く。 普段はヒールを愛用する彼女だが、今宵ばかりは紛らわしいと極力音の立たない靴を履いていた。 夜道に響くヒールの音。何かデジャヴ的なというか親近感というか心当たりというかを覚えるが、大丈夫、この世には高いヒールを履いてる女性(たまに男性)は沢山いるのだ。だから自分もどこかでそんな噂の発生源になってたりしないかと考える必要はないのだ。多分。 「オレがとがとさん知ってる! 近所の小学生と超怖いって話してた☆」 「小学生は噂を知ってるからいいかも知れないけどな……分かってない人の前に出ちゃ駄目だろ」 眼帯代わりのベルトを弄りながら『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)が見える方の片目を瞑れば、『孤独嬢』プレインフェザー・オッフェンバッハ・ベルジュラック(BNE003341)が肩を竦めた。 がとがとさんを避ける呪文。子供の間に内緒話のように広がるそれを、大人は知らない。 知ったとして、聞き流すだけの他愛もない話。 それが本当に出るのだとしたら――それはもう、リベリスタにとっては『怖い話』ではない。 よくある一つの化け物に過ぎない。 「夏休みの怪談で終われば良かったのにね☆ そうしたら夏の間怖い怖いって言って貰えたのに」 「それか、どうせ実体化するならもっと夢のある噂なら良かったのに」 腕を組み替えながら、ラケシア・プリムローズ(BNE003965)が自販機の光の影となった色濃い闇で一つ呟いた。 こんな、恐怖の対象となる噂ではなくもう少し人が幸せになるような。 小さな嘆息に、『Halcyon』日下部・あいしゃ(BNE003958)は、その澄んだ青い目を細める。 「皆を笑顔にできないお化けなんて、いらないの」 怖がったとして、いつかは笑顔でそんな事もあったと言えるような。 風に揺れるビニールに怯えて逃げ出して、後で恐る恐る正体を確かめて笑い出すような。 そんな、愛される『怪談』でなければならない。 実際に襲い始めたら、それは害でしかない。 「だからがとがとさんは、いらない」 ●がとがとさん がっ。 最初に聞こえたのは、屋根を石で打つような音。 幻想纏いから微かに聞こえる仲間の会話に耳を傾けながらも周囲に注意を払っていた舞姫は、その音を捉えて息を呑んだ。彼女の耳は、些細な音も逃さない。 気付かないふりで、足を動かし続ける。何気なく、普通の帰り道のように。 がっ、がと、がと、がと、がとがとがと。 重い音。 誰かが歩く音。 違う。これは実際にヒールが屋根を叩いている音ではない。舞姫の耳は差異を聞き分ける。『がとがとさんが歩くから』この音は鳴るのだ。だから、途切れない。 がとがとがとがとがと。 仲間にこの音は聞こえているだろうか。一度立ち止まる。止んだ。歩く。がとがとがと。 がとがとさんの音はともかく、ひっ、と悲鳴に似た声を上げたのは間違いなく聞こえた事だろう。後は、スーパーまで誘き寄せるだけ。 目測で距離を測る。行けるか。どこで『彼女』は降りてくるのか。立ち止まったらか。角を曲がったらか。幸いスーパーまでは一直線。行けるはずだ。 すう、と息を吸って――舞姫は走り出す。 がとがとがとがとがとがとがとががががががっがっがっががががが。 頭上のはずが、脇を疾走されているような錯覚さえ覚える。 煩い程になる音。駐車場まであと何メートルだ。10m、5m、……。 がどんっ。 跳んだ。しかし前には現れない。移動に全力を注いでいた舞姫が咄嗟に振り返る。 そこには何もいない。 が。 「……っ!」 前に向き直ったそこで、真っ黒な眼窩の女が、裂けた口で笑っていた。 ●駐車場の攻防 咄嗟の防御が間に合わず鮮血を散らした舞姫の元に、一斉に駆け寄るリベリスタ。 「わあ!! がとがとさんだ! がとがとさんだ! がとがとさんだ!」 テンション高めに(ただし内緒話をするような声で)見詰める終はナイフを抜いた。黒い靴が駐車場のアスファルトを蹴り、踏み込んだ彼の刃はゴーグル越しの視界でがとがとさんを捉える。 「ファンです、サイン下さい☆」 『あ……う……』 本気か冗談か分からない彼の言葉にも、彼女の表情は動かない。半分裂けた舌を出し、呻く。 やっぱり駄目か、と子供っぽく笑った彼の視線の先、顔に飛んだ己の血を振り払い舞姫が黒曜を抜いた。 「がとがとさん、がとがとさん、ここから先は……一歩たりとも通しません!」 先に行けなど言いはしない。がとがとさんに先は、有り得ない。 「がとがとさん、こ、怖くないわよ……!」 舞姫が駐車場に駆け込んでくる時に聞こえた音。がとがとがとがとがっがっががが。この世ならざる音に背筋を寒くしながらも、ニニギアは杖ならぬ杓文字を振った。実際の所、怖がりな彼女ではあるが――この杓文字を渡した彼ならば眉一つ動かさず殴り飛ばすのだろう。 「私だって、でかしゃもじ持った羽人間よ。ぱたぱたさんよ」 どこか可愛い響きでそう見得を切ったニニギア……ぱたぱたさんは、次からの猛攻に耐えるべく己の魔力を身に張り巡らせた。 ぞわぞわと背筋に虫が這うような嫌な感覚がする。 自分には、これと対抗する力が備わっているのを理性では理解していても、心の奥底で何かが『嫌だ』とこの不快感に悲鳴を上げていた。 「……なんとなく、気持ち悪ィな」 舞姫の合図で意識を集中させていたプレインフェザーが、微かに眉を寄せる。 何かがざわめくのは、このがとがとさんの持つ力か。 長い爪でゆらゆら揺らめくその姿は、顔は、曖昧ではっきりしない。 それがまた気持ち悪い。明確に認識できないという事は、こんな嫌悪を伴うのか。 伸びた糸が、目のない女を刺し貫いた。 「みんな、いっくよぉ~!」 最早それは、感覚のレベル。ミミルノは己の広げた視界で戦場を捉えながら、各自の立ち位置に適していると思われる場所を指し示す。 攻撃役としては有効ではなくとも、他の事でなら役に立てる。一人で戦っているのではないのだから。だから。もっと役に立ちたい。ぎゅっと拳を握った少女は、口の裂けた女を睨む。 「おん・ころころせんだり・まとげいに・そわか」 まじないを唱えながら、螢衣が舞姫に駆け寄ってその背に符を張り付けた。 一度鈍く光り、役目を終えた符はひらりと落ちる途中で消える。 振り返らず頷いた舞姫の背を指先で軽く叩き、彼女はニニギアと呼吸を合わせるべく視線を交わらせた。 真っ赤なハイヒール。不愉快な音を立てるハイヒール。 「あいしゃはね、弱いけど幻には負けないの」 そんな二人の前に立ち、あいしゃはその細い脚を蹴り出し真空の刃を叩き込む。 「ねえ、がとがとさん。がとがとさんは何がしたいの」 『ああ……あ……うう……うふふ……』 少女の声に、噂の生み出した『お化け』は答えなかった。 「異形と怪談は違うの」 あいしゃの前で爪を振りかざす『がとがとさん』がどちらかなど、言うまでもない。 ミミルノの脇に立つラケシアは、己の培ってきた中で最良である防御行動を声ならぬ神秘の力で共有する。彼女とミミルノは、戦場を不便なく回す為の潤滑剤。 「せめて不自由なく戦って貰わなければね」 全ての動きは、仲間の為に。 ●がとがとさん あは、あは、ああ、うふふ、ああ、ううう、ぎああ。 呻き。 笑い。 押し殺した悲鳴。 そんな音を立てながら、がとがとさんは爪を振るう。 血を流さないがとがとさんの代わり、リベリスタの血が昼の雨で残った水溜りに滲んだ。 「い、いたくないもん、まだがんばれるもんっ……!」 気付いたら目前で振るわれていた爪。黒い眼窩を思い出しながら、ミミルノは強く頷いた。 深く抉られた胸がまだ痛い。けれど。 「ミミだってもっともっとみんなのたくにたちたいんだもんっ!!」 その心があれば、運命だって燃やしてみせる。 がとがとさんは縦横無尽。 舞姫がその動きに注意を払ってはいたが、瞬きの間に後衛を抉り次の瞬きで目前に帰ってくる彼女の動き――いや、技を捕らえるのは不可能に近い。 ががっ、がっがっがががが。 激しくヒールが鳴る。 「……っ、ヒールでそんなに走ったら、駐車場の側溝のあみあみの蓋に嵌ってこけるわよ」 理由の分からぬ不安感で手元を狂わせ、最大限の力を発揮出来ない仲間を癒すべく詠唱を唱えたニニギアが、真面目な顔で忠告する。嵌って足を取られて倒れそうになってあわあわしたり、靴が引っこ抜けて裸足で数歩たたらを踏んでみたり。周囲に誰もいなければいいけれど、それでもあのなんとも言えない感覚は――……いや、忘れよう。今はそんな事にダメージを受けたりしない。 「み、皆、全力で治すから、思い切り打ち倒してね!」 「回復はお任せ下さい。私達が絶やしません」 ニニギアの癒しの力は全員をその範囲に含め、更に傷の深い仲間には螢衣が駆け寄り治療を施す。消費の大きいそれも、ラケシアとプレインフェザーによるチャージを得て止む事がない。 「危なくなる前に言ってね、ニニギアさん」 「ありがとう」 戦場全体に目を配りながら声をかけるラケシアに、ニニギアは軽く笑んで頷いた。 「きゃー☆ がとがとさんマジ怖い」 込み上げて来る不安感に鈍りがちになる刃を握り直し、終は不敵に笑う。 怖い話は嫌いではない。が、一般人に被害を出すのは見逃せない。だから、刃を止めたりはしない。 「がとがとさん、がとがとさん、あなたはもう終わり」 光の飛沫に照らし出された舞姫が、胸を薙いで宣告する。 「心配すんなよ、『がとがとさん』」 プレインフェザーの糸が、爪を砕く。 「オマエが消えても、オマエの噂そのものが消える訳じゃねえ」 がとがとさんはね、殺された女の人。 目玉を取られて胸を刺されて殺された。 がとがとさんは、復讐の為に犯人を捜してる。 「誰かが覚えている限り、オマエは人の記憶に残り続ける」 だから、安心しな。 木漏れ日通る新緑の瞳が、笑うがとがとさんを見詰めた。 「お化けは幻だからよいの! だから、消えてなくなって」 あいしゃが拳を振り上げる。不浄を燃やす炎をそこに宿し、がとがとさんの腹に叩き込まれる。 うふふ、ああ……、あぐぐ、うう……ああ。 燃え行く彼女は、相変わらず、がつがつとヒールを鳴らし――。 「……さよなら、夏の一つの怪談さん」 炎が消えた後には、がとがとさんは何一つ残らなかった。 ●がとがとさんって、知ってる? 「――知ってるよ」 「知ってんのかよー」 「つうかタツヤは情報が古いんだよ、もうフクシューして消えたって噂」 「え、嘘」 「だって俺松山からそう聞いたもん」 「あ、オレも聞いた聞いた☆ いなくなっちゃったんだよね」 「そうそう。ほらー、終も知ってんじゃん」 「なんだよー、つまんねぇの。あ、じゃあさ、これは?」 「何なにー???」 「『からすさま』の話」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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