●きっかけは転がっている 或いは、そんな出来事はどの家庭でも起こりうるもので、口さがない者達の俎上に上るには十分すぎる話題だった。 熊井 朝生(くまい ともお)とその妻、みえ子の間に起きた出来事だってそう、一般社会では珍しくもなかったのだ。 子供が出来ない。不妊というものは或いは喜んで受け入れられ、或いは忌避感を持って迎えられるものだ。 無論、朝生が際立って男性機能に欠落しているわけでも、みえ子の側に非があるわけでもない。だから、より際立って異常だったのだ。 両者の何れもに問題がない、という状況下での不妊は、それに伴うプレッシャーも決して少なくはないだろう。 ――必然。彼らのどちらが先かなどという言葉を挟む間もなく、物理的な不和は早々に訪れた。 「……おや、おや。酷い顔をしておいでだ。貴方の悩みは顔に貼り付いているそれで間違いありませんかな?」 そんな、不和を知ってか知らずか現れた存在が、『彼』がもたらした悪意が、正常か異常かを判断出来ない程度には、朝生も、そしてみえ子も。 消耗しきって憔悴しきって、どうにもならない所まで来ていたのだろう、と。 みえ子が手にしたのは一粒の丸薬である。 子を成すことに対し、強く作用すると『その男』が告げた秘薬と呼ばれる類のもの。 朝生が手にしたのは、一振りのナイフ。 常識が通じない不妊を、しかし神秘的手段で誰も傷つけず解決できる、という触れ込みを持つ、常人なら決して手にしないであろう禍々しいもの。 結果などとうに見えていただろうに。 疑うというよりは好奇心が先に立った彼らを、しかし誰も、責めることなど出来ず。 ――故に『それ』は産声を上げる。 「義に正しく和に忠実であろうとする……つくづく、度し難い生き物ですね、『夫婦』という生き物は」 そんな男の声など、聞こえたかどうか。 ●止まぬ、産声 「いや……それにしてもひどい。こんな悪徳を時間をかけて育てるとは。しかも、根底にあるのはアーティファクトやフィクサード以前に彼らの心の持ちようだというのだから、人間というものは本当に度し難い生き物ですよね。僕が言えたことじゃあありませんが」 「……で、今回は『誰を』殺せばいいんだ」 「はは、荒んでますね。嫌いじゃないですが、好感は持てませんね僕」 スクリーンに映された顛末を前にして殺気を滾らせるリベリスタに、しかし『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)の反応は冷静だった。 リベリスタとて、「誰でもいいから殺させろ」という意味で言ったわけではあるまい。この胸くそ悪い経緯を引き出したフィクサードを殺せるのか、という意味だったのだろう。 額面通りに受け取った夜倉の反応は、推して知るべし。 「残念ながら、今回の討伐対象はフィクサードではありません。この夫婦、いえ。正確には『落とし子』というべきでしょうか。彼らの行為の結果として現出したノーフェイスの討伐となります」 「……いや、この夫婦って不妊」 「ええ、不妊症の治療をしていたようですね。何でこの二人が子供を成せなかったのかは、専門家でも終ぞわからなかったようですが。……まあ、それはさておき。この夫婦それぞれに、個別に取り入ったフィクサードが居まして。朝生氏には何の変哲も無い――『アーティファクトの』ナイフを。みえ子夫人にはアーティファクト化した薬品、通称『増生剤』と呼ばれるものを提供したようです」 「で、なんでいきなり子供が生まれるんだよ。色々とおかしいだろ」 「ええ、まあ……この『増生剤』というやつが厄介でして。どうやら、不妊治療薬の一種を模して作られた物のようですが、死に瀕した人間に対して強力な革醒を促すものらしいです。……で、『アーティファクト』を、『革醒効果の強い薬品を投与された人間』に突き立てたら、どうなるか。想像に難くないのではないでしょうか?」 何故、そんな選択肢を選んだのだ。 何故、そんなもので子供が生まれると思ったのだ。 何故、そんなものに手を出すことが出来たのだ。 それらの『何故』は、フィクサード一人が介入することであっさりと成立するではないか。 「記憶操作か……!?」 「いえ、あれは直近の記憶でしょう。人間の常識までは変えられない。……考えられるとすれば、人の常識や認識を操作する何らかの手段を持っている、ということですね。どちらにせよ。結果としてみえ子夫人は革醒、朝生氏を取り込み『落とし子』と化した。……どうです?」 「悪趣味だな、お前は」 「はは、違いない。――しかし」 「『他家不和合』ってのは人間でも起こるのでしょうか」、と呟いた夜倉の目が、決して冗談めいていなかったのは間違いではないだろう。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月31日(火)00:06 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●許されざるは人の業 人と人の関係とは繊細で綿密で、且つ偶然性に満ちたものである。 本来ならば交わるべきではなかった関係、交わるべきではなかった人種同士の出会いというものは必然、不幸への呼び水に過ぎないのかもしれない。 運命を持つ者が幸不幸を左右できると思い上がることが、そもそもの間違いなのだろうが……語るべくもない事実であることは違いない。 「不妊か。哀れには思うが……やっぱり子どもは欲しい、て思うもんなんやろ」 事件の概要を聞き、『浄化の炎』ロータス・エーデルハイト(BNE003957)は複雑な想いを抱く。不妊というものは原因をひとつに絞れるものではないし、部外者には分からぬ苦しみがあるのだろうが……形はどうあれ、子を求めるというのは親の性であるという程度には、理解はあるのだ。 「出来ない物は出来ないんですから、諦めて養子を取るなり何なりした方が良かったと思うんですけど」 結婚自体他人同士なのだから、と山田 茅根(BNE002977)は嘯くが、実際のところ、それを肯定できるか否かに関しては本人たちの心の持ちようであることは間違いあるまい。 他人同士の交わりであるからこそ、一つにまとめた子という形を望むのが夫婦という共同体なのであるが、それはさておき……彼の『対処』はとても単純、且つ強烈なものであった。 曰く、近隣住宅の扉をワイヤーで縛り付ける、という……事後処理と言い訳に非常に労を要しそうなものである。だが、或いは効率的であるとも言えるので、こればかりは成否をつけることはできないのかもしれない。 「夫婦だなんて妬ましい……と言いたいところだけど、何処にでも問題はあるものね」 或いは彼らが幸せだったなら、妬む瀬もあったろうに、と『以心断心嫉妬心』蛇目 愛美(BNE003231)は想わざるを得ない。 それがさらなる不幸を呼んだとあれば、彼らを妬むことも出来はしない。ただ、哀れには思うが……厄介な話である。 そんな中、粛々と人払いの準備をすすめる『白詰草の花冠』月杜・とら(BNE002285)の表情に変化はない。寧ろ、激情を隠しているようですらある。 (……つい先日親に捨てられた子の最期を見たばかりだっていうのに、世の中はままならないものよね) 不幸が当たり前でも、感情が摩耗しても、どこかで引くべき線引きというものはある。それが感情的なものであるならば、より強く。恨むべくはエリューションではなく、その背景にある悪意であるのだ。 「きっと、きっと、ご夫婦がお子様が中々と授かれなかったのも、追い詰められたのも、フィクサード様が一枚噛んでるんだとまおは思います」 不幸や不和が理由なく、前触れ無く起きることなど在り得ない。必ずどこかに原因があり、本人たちには罪を感じるところが無いはずなのだ、と『もそもそ』荒苦那・まお(BNE003202)は思う。だから、きっとフィクサードが何か、何処かで手を下したに違いないと思っている。 (いえ、思ってもいいですか?) 或いは、そう想わなければこの二人の不幸に自分がどう折り合いをつければいいのかわからない、とも言うか。拙いながら、心の置き場所を自分で探る彼女は健気であり、悲しくもある。 ……どうあってももう、救われないという一点において。 「こんな悪夢に、誰一人巻き込んではいけない」 『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)が放った言葉は簡潔なものだった。既に巻き込まれた人々の悲劇は如何ともし難いとしても、これから巻き込まれるであろう人々は限りなくゼロに近づける事はできる。 家の中から聞こえる、何かを引きずるような湿った音がこれから襲い掛かる者であることを考えれば、その脅威は決して生易しいものではないことは明らかだ。 「……申し訳ありませんが、排除させていただきます」 『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)が、ゆっくりと顔を――どこが顔なのかは判然としないが――表したその悪意に視線を向ける。 追い詰められた彼らに同情こそすれ、逃すことはできないのだ。 「……成程、これが落とし子か。夫婦が望んだ子がこの様な形になるとは……」 呆れたようにその姿を見た『閃拳』義桜 葛葉(BNE003637)だったが、すぐにその思考を切替え、拳を固める。 こんな状態に追い込んだフィクサードを追う前に、目の前の事態から生き延び、追い縋る事しかできない自分を知っているからこそ、誓いを全うできるのだと知っているのだから。 ●或いは、歪なアンドロギュノス 「わたしの背中に隠れて、とらちゃん。絶対に、倒れないから!」 黒曜の名を冠した脇差を構え、舞姫はとらを自らの背に陣取らせる。 その攻撃の全てを、回避しきると暗に宣言するかのような言葉は、力強さに満ち満ちている。 「でぃーふぇんす! でぃーふぇんす! 行っけー! 行け行け! 行け行け舞姫☆ 押っせー! 押せ押せ! 押せ押せ舞姫☆ かっ飛ばせ~! ま・い・ひ・め☆」 「……って、ご近所迷惑だから、大声出しちゃダメだよ!?」 ……とらが実に「相変わらず」なのは場の空気を和らげる為なのかもしれないが、何というか、落ち着いて頂きたいものである。 多分何処からかタライが飛んでくる勢い。 だが、それでも舞姫は己の行動を全うし、全力を一撃のもとに叩きこむ。貫いた破壊力は高い。ぎゅるん、と裏返った目らしき器官の不気味さが、異常なまでに彼女に注ぐ視線が不気味ですら、ある。 「誕生おめでとう、ご愁傷様だけど」 眼帯を外し、準備を整えた愛美が相手が動き出すのを待たず、呪いの篭った一射を放つ。妬みからくる呪いの念かは定かではないが、現状の『落とし子』に対し、妬みよりは哀れみが先に立つだろうことは想像に難くない。 「この拳、我が障害を貫く光の矢とならん!」 最前線に立った葛葉の拳が、言葉通り、というか、その勢いに違わずして冷気を纏って叩きつけられる。空間すらも凍らせる勢いは、確実にその動きを一時ではあれど止め、反撃の機会を奪う。 (少しでも早く終わらせたいと、まおは思います) 影を従え、無言で気糸を叩きこむまおの表情は、表向きには何の感情も見せていないように見えた。だが、彼女の口元が硬いマスクに覆われているだけであり、その内側に蟠る感情は決して希薄ではない。寧ろ、この状況下にあるリベリスタの中では高い次元ですらある。 「まァ、恨みはないけれどもな。倒させてもらわなきゃアカン」 「残念なことです」 ロータスの構えた『イフリート』が速射で次々と銃弾を吐き出し、茅根が気糸を叩きこむ。 個々の精度は別としても、動きを止めたそれに集中砲火を浴びせる意味では十分すぎる物量で、回避の位置を着実に奪いつつある。 加えて、レイチェルの気糸が深々と『落とし子』を穿つ。凍りつき、反撃がままならずともその姿を補足したそれが、結果として彼女を追うように動くのも当然のこと。 「通りました、こちら側を開けてください」 彼女の声に反応し、葛葉、まお、舞姫の三人が距離を置き、『落とし子』を誘導せんとする。 出た場所へ、更に戻るように。 圧倒的な質量から不快な気をまき散らしながら、それはレイチェルを追うように、その家へと戻り始める。 生まれた場所で、それは死ぬのか。 ずるりと、レイチェルを追う『落とし子』がリビングへと入り込む。 戦闘を行うには十分なスペースかといえば、かなり厳しいのは間違いないが……逆に言えば、リビングに押し込めて距離を取りさえすれば優位に立つことも可能であることは間違いない。 不快な叫び声が、リビングいっぱいに響き渡る。凍りついた身の表面を融解させ、再びリベリスタ達を見据えた肉体から、数多の手が伸びる。 前衛の三人が咄嗟に前へ飛び出し、全力の攻撃を叩きつけようとするが、その巨体が彼らを押し潰そうとするのがわずかに早い。 舞姫が辛くも逃れたものの、葛葉とまおが被ったダメージは軽くはない。とらが聖神の息吹を向けるより早く、『落とし子』の身体から伸びる手が、後衛に向けて放たれる。 軽く撫で付けただけの手が彼らの運を奪い、肉体に悪意ある毒を流し込む。 「今日もド腐れフィクサード共のお陰で、とらはこっち側に居られます!」 とらが声を張り、癒しの波長を送り込むことで戦場を支えるが、応じるように放たれる『落とし子』の声がたたえる響きは、とらの言葉を否定するようなようにも感じられた。 「貴方達が望んだ子供は、コンナモノではないでしょう?」 「お二人はどうしてお子様が欲しかったのですか?」 だからこそ、フィクサードから授かった悪夢を肯定しようとするその本質がレイチェルには分からない。望んだのとは異なる結果であったはず、なのにだ。 だからこそ、まおは純粋にその姿に何故と問う。子供と共に歩みたかったはずの未来が、傷つけあうことでしか生まれない存在を望んだのか、と。 「この身は既に咎人なり、此処で討ち果たしてくれよう!」 重圧の下から拳を打ち上げ、葛葉が立ち上がりながら叫ぶ。失ったものがあり、胸に抱えた咎があり、故に、歪んだ理想を打ち砕くに足る拳がある。 「……オレの事なら幾ら恨んでくれても構わんけどな。恨むな、とは言わんよ」 咆哮が轟く。それが屋外であれば、周囲を巻き込むこともあり得たかもしれないが……生前の(或いは平常だった頃の)彼らの不和がそれを不自然ではないものとして扱うに過ぎない騒乱に変えてしまった。 恨んでくれれば、と。ロータスが小さく告げ、イフリートの引き金を引くのを躊躇したタイミングで、それは起きた。 『落とし子』の内側から、手が伸びる。体表のソレではない。内側から、半透明の、魂が抜きでたような手が、ロータスへ向けて伸び上がる。 撫で付け、或いは貫き、抉る。実態のない、肉体を傷つけない一撃だが――彼は、動けない。指先一本に至るまで感覚を支配され、引き金に意味を持たせるべき気力を根こそぎ奪われ、立つことすらも難しい、状態。 肉体よりも深い部分を辱める触肢は、彼に戦うことすらも、恨まれることすらも許さなかった。 ――嗚呼、妬ましい。周囲を巻き込まないために万策尽くしてここまで築き上げたというのに、好き勝手に騒ぎ、好き勝手に暴れるその姿が妬ましい。 夫婦で築き上げたものをその手で崩すだなんて、なんて傲慢、なんて下賎。その贅沢が妬ましい。 大きな弓を引き絞る愛美の視線は苛立ちに染まっている。撃ち放たれた矢は呪い。何度当てたか、呪ったか。それすらも乗り越えるなど、なんてタフなのだと、妬ましくなる。 「ご本人達自身の魂だなんて、馬鹿馬鹿しいにも程があります。今更死霊が増えて、止まる道理なんて」 ない、と言外に告げつつ、茅根が気糸を練り上げ、叩きつける。無意味な一撃ではなかった。深々と突き通った一撃が、硬質の音を反響させる。 「何が悪かったという訳じゃない、あえて言うなら運が悪かった、ですから」 「あんなにも望まれたはずなのに、祝福されない子……それでも」 レイチェルと舞姫の言葉が、終わらせようとシンクロする。 茅根が穿った位置へ、更に気糸を突き通し、脇差を引き絞った姿勢から、渾身の連撃が突き立てられる。 脇差を握る手ごと、抉るようにその手を突込み、血の色と肉の感触が舞姫の指先に触れる。 ――ずるり、と引きずり出されたのは、何の変哲もないナイフ一本。 ただそれだけだ。『落とし子』の形は劇的には変わらないし、決定打ですらあろうはずもない。だが、十分だった。 音もなく崩れるそれが抜け落ちたコトだけで、リベリスタたちの溜飲を下げるには十分すぎた。 よろめいたその巨体の脇を、壁を蹴ってまおが肉薄する。触れるような優しさで、心中の怒りを込めた爆弾を、添えて。 伸びてきた透明の手を、避ける事無く立ち尽くした、その眼前で。 「こんな結末なんて、まおは嫌いです」 吐き捨てるような彼女のつぶやきにあわせて、肉体が、死霊の残滓が、爆発四散し、溶けて、消える。 血が沢山流れたから、汚れなかった者など居なかった。 うっすらとその手招きを受けたから、戦いに快を感じた者など居なかった。 残された肉と肉と肉と血、夫婦であったことなど窺い知れぬ惨状を笑い飛ばせる者など居なかった。 故に。 倒れこむようにしてその死にすら祈りを捧げるロータスの姿は、何よりも。 そう、何よりも『妬ましかった』、のかもしれない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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