●七月二日 山道を降りながら景を見た 『俳座』巡 三四郎は中間管理職だった。 多忙な日常から離れ、長めの休暇をとって訪れた温泉村は、陸の孤島といえた。 「ほ、これは美しい。ああ一句よいだろうね」 底抜けな青空が、ガードレールの向こう側に広がっていた。 絵筆でぼかしたような雲が揺らぎ。夏ヒバリの声がする。 斜面に段々とする田畑。 絨毯の様に敷き詰められた木々の色。葉葉の音。 「……ヒバリ、夏ヒバリが良い」 句想を巡らせながら歩みを進めると、木々に隠れるようにして、建造物のようなものがチラチラ見えた。 洋館らしい。 「夏は胆練りに限るね、君」 連れはいない。 「一人でした」 三四郎は後ろ頭を掻きながら、逗留を決した。 ●七月二十三日 学生三人を連れて洋館へゆく 「不思議な事件だね。一族郎党で集団首吊りかい」 夕暮れ時。 洋館の近辺は、陽光を遮る木々で薄暗い。 青臭さとどろ臭さが混ざった臭いがする。 三四郎は逗留するうちに、地元の学生達と交流を深めていた。 三人の男子学生は、それぞれ棒切れ、サバイバルナイフ、懐中電灯を携えている。 「以来、気味悪がって誰もいないのさ」 「ますます興味深いね、君」 三四郎が、壁の触感を確かめるように手でなぞる。 洋館の外観は、バロック調のグロテスクな装飾を簡素にしたようなもので、年季を感じさせる朽ちかけの壁が、不安をかきたてるものだった。窓らしきところは、蔦の格子にふさがれている。肝練りはこうでなくては。 「近づくなって言われているんだけどな!」 ナイフの学生が蔦を切り払い、続いて棒を持った学生が得物を振るうと、ガラスはあっけなく砕け散った。 難なく侵入すると、長い廊下だった。黴くさい。埃臭い。 先には広間があり、学生達は菓子や飲み物の類を広げて舌鼓を打った。 三四郎は注意をしたが、諦めて止めにした。 「あれ? なんだ?」 広間の一角。 学生の一人が、何の変哲も無い壁から生えたドアノブを発見した。 「壁紙で扉を隠している感じだね、君」 三四郎が窓から顔を出して外観を見ると、部屋一つ分出っ張っている。 好奇心に駆られたナイフの学生が、壁を切り裂いて壁紙を剥がすと、重々しい鉄製のドアが目の当たりになる。 このとき、三四郎の鼻腔を腐ったような悪臭がくすぐった。 「よっしゃ、開けるぜ!」 キィ……と、きしむおとがした次に、ざらざらと白いものが雪崩の様に出てきた。 ポップコーンの出来損ないのような粒と、濁った灰色の破片が、ナイフの学生の足首までを埋める。悪臭が奥からむわりと出てきて、広間に漂った。 三四郎の足元に、白い粒の一つが転がる。 「これは……歯かね?」 見ればドアの裏面に、びっしりと札のようなものが貼られていた。 「何かやばい! 逃げよう!」 学生二人が半狂乱となるが、ナイフの学生は微動だにしなかった。視線は一点を凝視している。 ドアの向こうは暗闇だ。何があるかは全く見えない。一体、何かがみえているのか。 「お、おい?」 光源を持った学生が、ナイフの学生へと近寄る。 「……あ、――ア』 ナイフの学生は、半開きの口からは恐怖ともつかない声をあげていた。 ナイフの光沢が線を描いた。 光源を持った学生の腹部が切り裂かれ、腹からゆっくりとソーセージの如きものがこぼれ出る。 「う、ウワアアアアアア!?!!!」 『――――』 悲鳴に応じる様に、ナイフの学生が猿のように動いた。 手に持ったサバイバルナイフを上に下に、忙しく動かしたかと思うと、光源を持った学生は動かなくなる。 ナイフの学生が頭を下げ、じゅるじゅると音を立てる。 棒を持った学生が後ずさりながら窓へと行くときに、ぱきりと床が軋んだ。ナイフの学生が首の骨の稼働範囲を超えて振り向く。 その表情は穏やかだが、口元は何かを啜ったのか真っ赤だった。目は灰色に濁っている。 咀嚼音をちゃっくちゃと鳴らしてゆらりと立ち上がると、棒の学生は窓から飛び出そうとした。足がつかまれる。必死で蹴るが離す気配がない。 ぼきりと音が鳴り、悲鳴。 棒を持った学生は、うつぶせから体勢を横に変え、棒切れでナイフの学生の側頭部を打った。 無我夢中に、全力で叩く。 ナイフの学生の頭部は、原型を留めない程に崩れ、赤い液体に混じって、こまかな灰色の脂質が床に散った。 ぼきりと何かが折れる音が響けば、ナイフの学生の頭部は重みでぷらんと垂れた。 「あ……、ああ……」 『……キィ』 ナイフが、棒を持つ学生の口中に押し込まれた。 「ャアあアアああアごぼッごごぼ」 異形と化した学生は、啜るものを啜り、次に三四郎を見る。 「愚生はね。休暇中なんですよ、君」 ●万華鏡で観た者 「E・アンデッド三体と、E・フォースの撃破をお願い致します」 そこそこ精度の良い予知が下ると『運命オペレーター』天原 和泉(nBNE000024)の顔は曇る。 リベリスタ達が資料を眺めれば、任務は単純至極。無人の洋館に乗り込み、敵を倒せというものだった。 「問題は、E・アンデッドが次のフェーズに進むまで、時間が無い事です」 革醒してあまり時間を経ずに進むとなれば、特殊な個体か。しかし数が3つ。E・フォースの作用か。 いずれにせよ、閉ざされていた部屋の奥には、ロクでもない物があるのだろう。 「洋館の見取り図はあります。広間まで迷うことはありません」 場は薄暗い程度で、足元も特に問題は無いという。 残る懸念は―― 「巡 三四郎というフィクサードは調査中です。皆さんが駆けつけると、好機と見て逃げる様です」 一体、何がしたかったのか。 「ただ、特定の人に強く被害が出るアーティファクトを所持しています。条件までは観えませんでした」 使う場面を見れなかっただけの問題で、万華鏡が演算した一番の危険(メインディッシュ)はE・アンデッドとE・フォースか。 「フィクサードの対応はお任せしますが、最優先はE・アンデッドとE・フォースの撃破です。よろしくお願い致します」 和泉は頭を下げた後、頭痛止めを一錠飲み下した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:Celloskii | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月29日(日)22:08 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●辻の巡 -Work Around in...- 鬱蒼とした茂みの中を走っていた。 めぐり合わせたリベリスタ達の口数は少ない。 各々大小の差はあれど、不安の種の如きものを胸裏に抱え―― 「物部天獄……と、書くのでしょうか? 詳しい話を知っている訳ではありませんが」 『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)が宛てなく呟いた。 情報の氾濫するこの時代。得体のしれない怪談には事欠かない。 ミリィが真っ先に思いついた名は、怪談の一つに浮かび上がる、名伏しがたき者であった。 「たしか……日本の呪ったという人物の名前でしたか」 風見 七花(BNE003013)がミリィの呟きに応じる。 うす気味の悪い話だった覚えがある。 「E・フォースが使う技の名は、その由来を示すのでしょうか?」 少なかった口数は徐々に増えていく。 『おとなこども』石動 麻衣(BNE003692)が二人の話に、浮かんだ疑問を口にした。 名が不明瞭なことも気がかりだった。 奥にいるモノは自身の名すら忘れてしまったのか。 それとも全く得体のしれない何かなのか。 「もし、それに順ずる類の物だとしたら、そう長くは放置しておけませんね」 ミリィの言葉に、二人は頷いた。 茂みを抜けると、大きな扉が現れた。 「今回は黄泉ヶ辻関連か……奴らの行動ははっきりとした情報が解らない事が多い」 南京錠が見られる。『閃拳』義桜 葛葉(BNE003637)がクローを構えてこれを砕く。 開く扉。蝶番の軋む音が耳に響く。 跳ね返ってくるカビの臭い。埃の粉っぽさが口中に混じる。 玄関――エントランス。真正面に重厚な扉がある。 左右には小さいドア。床は砂と埃で灰色をしていた。 「邪法の匂がするねぇ」 『赤錆烏』岩境 小烏(BNE002782)が毒づくように言った。 小烏は、フィクサードが持つ箱について考えていた。 「気味が悪い。腹の底が痛くなるような感じだよ」 「厄介な物が存在するらしいな」 葛葉の呟きに被さるように『どたどたどた――』と物音がした。 始まっているのだろうか。 既に洋館の構造は頭に入っている。迷うこともない。 エントランス真正面の重厚な扉を蹴破り、廊下を走る。 奥にはもう一枚重そうな扉がある。 「将来がある学生がグールにか」 最後尾に居た『浄化の炎』ロータス・エーデルハイト(BNE003957)は、煙草を一本取り出した。 「胸クソ悪い事件やな。巡っつーフィクサードのせい、とは言い切れんけども」 フィルターを噛む。噛みながら着火して紫煙をくゆらせると、次に得物――漆黒の十字架型兵装を構えた。 奥の扉めがけて砲弾を放つ。 ロータスが奥の扉を吹き飛ばすと同時に、リベリスタ達は雪崩込んだ。 「やれやれ、次は君たちですか」 フィクサード――巡 三四郎がリベリスタ達の方を向き、シャッポに手をやる。 目つきは穏便ではない。 三四郎の近くでは、学生だった異形の二体が氷漬けになっていた。 もう片手で魔氷拳を放てば、三体目も静止した。 「よう兄さん、こんな田舎に来てまで仕事かい? 熱心だねぇ」 小烏が声をかけた。 「如月博士から聞いてません? 休暇中だって」 三四郎の言葉がどうも要領を得なかった。何か誤解があるらしい。 「如月……?」 『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)のみ、如月という名が脳裏を掠めたが、思い出せなかった。 「アタシはね、フィクサードだからって問答無用で捕まえてやろうとか、倒してしまおうなんて思ってないわ」 『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)が声をあげた。 「は? 裏野部では無い?」 三四郎が頓狂な声を出した。 「アナタは直接的には無関係で休暇中なんでしょ? アタシらも、こいつらを倒すのが今回のお仕事なのよ」 「成程、これは僥倖。アークの皆さんですか」 途端、ぽんっと扇子を取り出し、飄々とした調子になる。 「僥倖……?」 七花は、粛々と異形を狙ってチェインライトニングの準備をした。 三四郎の不可解な言葉を反芻しながら、電光を放つ。 異形が氷漬けになっている事は、こちらにとっても僥倖だった。 「おおこわい。ええ、仰るとおり休暇中なんですよ」 「こんな場所に妙な箱抱えた奴が来てて、それで休暇中とか信じられるかぃ」 小烏は警戒の念を強める。 「ほ、驚きましたねえ。全体、アークの『目』ってのは。じゃ愚生の所属はバレてますかね」 三四郎が、顎に手をあてて首を傾げる。掲げた首を正すと、なにやら世間話をはじめた。 「いえね。チョット前、うちの元締めが大暴れしたでしょ。アークが遊んでくれたって話じゃないですか」 「……近寄るなよ。本当に用事がねぇんならさっさと帰えんな」 小烏の顔が一寸だけ険しくなる。 小烏は三四郎のアーティファクトの正体を察していた。奥のモノと同等あるいはもっと恐ろしい物。仲間を見れば"条件に当てはまる者"が半数を占める。近寄らせてはならない。 「とばっちり受けた裏野部の木っ端どもが五月蝿くてねえ。アレ以上規模が大きくなってたら、後始末で休暇が無くなってた訳ですよ。とかくアークに借りがあるんですね。個人的に」 「悠長な奴っちゃなぁ……世間話しに来たんと違うんやで。去るなら去ってもらうでええわ」 ロータスが胸クソの悪さを感じながら、氷漬けの異形に銃口を向けると、金属が擦れる音が広間に響いた。 ――キィ…… ――キィ…… 氷漬けになった異形達がパリパリと表面を砕きながら動き出す。 「来ます!」 麻衣がグリモアールを捲る。全員が得物を構える。 「じゃ、お任せしました。皆さんの顔、覚えましたよっと」 三四郎が窓から出る。 「おい、巡 三四郎。逃げるのは構わんが、奥のアレ、奴の正体の置き土産くらいはしていったらどうだ」 今まで沈黙を保っていた葛葉が吠える。 「恐怖ってのはね、得体のしれないモノが一番怖い訳ですよ。楽しい訳ですよ。説明したら愉快じゃないでしょ、君」 この場を愉快と言い切ってしまう辺りは、やはり黄泉ヶ辻か。 杏が最後に問いかける。 「学生がこうなった事に関しては、何か思うところは無いのかしら?」 「無いですねえ」 なんともフィクサードらしいものだった。 「無いなら良いわ、さっさと休暇の続きを謳歌して頂戴」 期待はしていなかったが、最早話す事など何もない。 「では、良き肝練りを、愉しき肝練りを。ヤアヤア、愚生、辻の巡の即興の寄席ですな! 存分、お楽しみください!」 『俳座』巡 三四郎はワハハハと笑い声をあげて姿を消した。 ●物部 天獄 -Curse Master- 七海は、三四郎に手を振っていた。 「さようなら。さようなら――。ま、ありますよね。自分だけは大丈夫感」 くるりと振り返り、次に七海は弓を構える。 「歯ねえ……骨まで焼けろ!」 プロストライカーを備えたインドラの矢が、異形達を焼く。 つい先程までマトモであった彼らの肉は生きており、焼けた脂肪がシタシタと溶け落ちる。 「お前サンらには罪はないんやろうけどなあ。放っておくワケにはいかんのや」 ロータスが神へ祈りAmenと唱えれば、鋭い弾丸が飛ぶ。 「任務開始。さぁ、戦場を奏でましょう」 ミリィが攻守の布陣を敷くと同時に、葛葉が躍り出る。 「汝らに罪は無し、されどこうなった以上は捨て置けん……義桜葛葉、推して参る!」 ぐじゅぐじゅとなった異形の一体に、戦気を乗せた魔氷拳を打つ。再び異形の一体が氷漬けになる。 「そら来い、この鴉が相手してやる」 小烏の周囲に刀が浮く。伴った式符・鴉が別の異形を貫けば、異形は小烏の方に向く。 ――キィ…… ――キィ…… 軋むおとが二つ鳴る。 音に呼応するように異形たちは、両の腕を宙に忙しくバタつかせ始めた。 溶けた脂肪をまき散らしながら、リベリスタ達にゆらゆらと近づく。 炎が消え、氷結が砕かれると、ぴたりと一瞬止まり。そして猿のように跳ねた。 ナイフを持った異形が、葛葉のクローに噛み付く。 上下逆さまに垂れた頭部が、眼下から見"下"ろしている。 関節を無視した動きで、ナイフが光る。 「むっ……!」 葛葉はこれをもう片手のクローで防ぐ。 別の異形が、宙から腹部から垂れたソーセージの如きものをうねらせて、小烏を襲った。 ソーセージのごときものには懐中電灯が握られている。 触手のように動いて、小烏の頭部を殴打する。流れる血が視界を赤くする。 七花には、棒を持った異形が飛びかかった。 ナイフを持った異形に盛大抉られたのか、異形の喉の奥に"向こう側の景色"が見えた。 棒が振り下ろされる。七花は咄嗟に掌で受ける。ただの棒の一撃であるのに、マジックガントレットから嫌な音がして、腕が砕かれるような衝撃を覚えた。 「回復します」 麻衣のグリモアールが輝き、福音を告げると、全員に丹念な回復が施される。 麻衣は回復専念の腹積もりであった。――今はまだいい。 問題はこれらを撃破した後だと考えてギリギリまで距離をとる。 「辛気臭さをすっとばしてあげる」 杏は、弦楽器を模したナニカをかき鳴らす。 楽器としての役割は果たさない武器であったが、音色の代わりにチェインライトニングが迸った。 異形達の全身から、ぼすん、ぼすんと音が鳴る。 「彼ら――学生さんは自業自得でありますが……」 七花は、マジックガントレットの損傷が些事である事を確かめた後、眼前の異形の胸にそっと掌を当てた。 「家族の事を考えると、とても心苦しいものです」 杏に続きチェインライトニングを放つと、異形たちの身体が弓なりに反って、各所が弾けた。 : : : 各個撃破。 リベリスタ達は、前衛を据えながら各個撃破を念頭に置くという考えで一致していた。 異形達の攻撃の一発一発は重い。重い上に、肉を齧られれば回復もされてしまう。 丹念な麻衣の回復。七花が膝をつきそうになれば、ミリィが代わりに前へ出る。チェイスカッターを放つ。 異形の一体が倒れれば、ぐっと戦いは楽になる。 些事なし。 時間の問題であった。 些事なし。 ここまでは―― 歯の山の一部がカタカタと崩れた。 ころころ、ころころ転がった歯が、小烏の足元を小突いた。 普通ならば感じないであろう触感。 目をやる。 ぞわりと超直感が働く。 「鬼魅が悪いものがお出ましだ」 小烏が七花を庇う形で前に出ると、異形達から散った肉がぴちぴち飛び跳ね出した。 「うわ、ぐろっ!」 七海が一歩引く。 「来るか」 葛葉が最後の異形の頭部を吹き飛ばした。 ――キィ…… ――キィ…… ザラザラザラっと歯がひとりでに雪崩れてきた。 ひどい悪臭がむわりと鼻にまとわりつく。 『……ブベシ……ブベシ』 念仏とも呪詛ともつかない、しわがれた声が広間に響く。 『……ブベシ……ブベシ』 『日本滅ブベシ日本滅ブベシ日本滅ブベシ日本滅ブベシ日本滅ブベシ日本滅ブベシ日本滅ブベシ日本滅ブベシ日本滅ブベシ日本滅ブベシ日本滅ブベシ――』 凄まじい重圧が全員を襲った。 呪詛の中から少しずつ、少しずつキィと軋む音が耳鳴りのように大きくなる。 耳と目から血が垂れて伝う。 ミリィが膝をつく。 戦闘不能ではないが、全身の自由が無くなっていく。 まるで見えない巨大な剣山に押しつぶされながら、全身を抉られている様な激痛。圧迫感に内臓がこみ上げてくる。 「物部天獄……」 ミリィが呟きながら見上げれば、老人の顔が目の当たりになった。 無数の歯が形作る"老人の巨大な顔"。表情は苦悶と怨嗟に歪んでいる。 葛葉も、震える膝を両手で押さえつけて耐えていた。 更にもう一度、同じモノがのしかかる。 「……っ! これしき!」 葛葉は重圧の中をゆっくり動く。ゆっくりとE・フォースの元、拳を放つ体勢をとる。 ブリーフィングの際に与えれた断片的な情報。 もののべ――武士や民を治める者の名称と考えたが、どうやらただ人を呪い殺す物であるらしい。躊躇う必要はない。 「我が拳、受けるが良い!」 喀血した血に構いもせず放つ拳打。 老人が氷結する。 重圧が止まる。 「もののべてんごく……厄介ですね」 麻衣がふらふらと立つ。 様々な状態異常を受けないホーリーメイガスであろうと積み上げたものが、一つの成果を上げたと確信する。この場こういう時、この為に自分は在る、とグリモアールのページを捲れば―― 「ブレイクフィアー」 呪詛に満ちた広間に、破邪が広がった。 動ける。 ミリィは勝利を確信する。 放ったチェイスカッターが老人の顔を、真っ二つに切断する。 歯の塊であるのに、夥しい血が溢れてくる。 「……呪いが怖くて、ヘビーメタルクイーンなんてやってらんないわね」 ブレイクフィアーを受けて、杏が立ち上がる。 弦を爪弾けば、重金属音の如き四本の魔曲がE・フォースへ襲い掛かる。 魔で呪を滅す。 「……同感やなぁ。呪いが怖くて神父なんて出来んわ」 新しい煙草に火をやりながら、十字架型の重火器を向ける。 「やらせてもらうで」 ロータスの十字架からは、神罰の鉛玉が飛ぶ。 老人の顔の一部が爆ぜる。 「余の呪いを喰らえ!」 七海が呪いの矢を放つと、魔氷や流血、四重奏が苛烈となる。 奴は動けない。ここしかない。一斉攻撃が降り注ぐ。 「……攻撃力はありますが……体力は少ないようです。もうひと押しです」 「分かった」 七花のエネミースキャンの結果に小烏が応じた。 黒い羽が舞う。 「呪う相手はもういねぇよ。ここらが潮時だ、いい加減消えな!」 小烏の手から、鴉が発つ。 E・フォースの右目近くをくるくる回り、歯で形作られた右目を、全身で繰り抜いた。 ●静謐 -Ark- 倒したのか。 あっけない終わりに、各々警戒の念を抱きながら、各々で動き出した。 ロータスは、異形となった学生達の遺体を並べていた。 胸クソの悪い事件だったという想いを胸裏に、犠牲者に祈りを捧げる。 「来世では神の御加護がありますように――Amen」 七花も、彼らの形見を家族へと、遺体の側にいた。 アクセサリが何個か見つかる。 「……あとで家族に届けます」 「ああ」 ロータスは七花に応じながら、紫煙を吐き出した。 「……正直あまり見たくない感じがぷんぷんしているのですが」 ミリィが泣き言を呟いた。 「アークに連絡するにせよ確認は必要ですし……うぅ、でもやっぱり見たくは」 「単なる肝試しで、フィクサードが此処に来るとは思えんからなぁ」 小烏が、学生の一人が持っていた懐中電灯を手にして、つかつかと暗がりへ入っていく。 「何があるのだろうな」 葛葉も後に続く。 「ま、まってください!」 隠し部屋の中には、即身仏があった。 歯や爪が無数に散らばる部屋の中央に座して、襤褸の袈裟を纏い、日本刀で自らの喉を貫いている姿勢だった。 壁には、曼荼羅とも魔方陣ともつかない画が描かれている。 そして、その画を構成する線の一本一本が『日本滅ブベシ』と綴られていた。 サイレントメモリーを用いた調査、札を張った者については、チラチラと老人の顔が垣間見えた。 調査を終え、リベリスタ達は帰路につくことにした。 「巡 三四郎――アークが見過ごせない事件を起こした時は、また会う事になるでしょうね」 杏が調査の結果を第一報を本部に送り、リベリスタ達は洋館を出る。 ――キィ…… ふと、空耳が聞こえた。 全員が洋館を振り返ると、巨大な目が、窓からリベリスタ達をジッと―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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