●忘れ去られた時間 ――獣臭い匂いがあたりに充満している。 ともすれば、視認できるんじゃないかとさえ錯覚しそうになるほど、濃密で強烈な匂い。 べき。べき。と。 その濃密な匂いに紛れるように、何か硬いものを喰い破るような音が響く。 一心不乱に。ひたすらに。 べきべき。べきべき。べきべき。 それは卵だった。 月の光を浴びて、大きく育った卵だった。 そこは既に廃棄された飼育小屋だった。 忘れ去られた場所で、何年、何十年と放置されていた卵が、今ようやく羽化の時を迎えたのだ。 べきべき。べきべき。ばきん。 卵の最後の抵抗が喰い破られ、そしてついに―― 「くけぇーーっ!」 産まれたばかりの鶏が、その生を喜ぶように高く大きく産声をあげる。 それを見届ける月は静かに輝く。 その誕生を祝うことなく。 その呪いを拒絶することもなく。 その儚く湛えた光で、ただただ鶏を照らし続ける。 ●楽しい時間 「ちょっと待って」 「……?」 話し終えたところで待ったの手が入り、『リンク・カレイド』真白・イヴ(nBNE000001)が可愛らしく首を傾げる。 「なんで卵の中から鶏が出てくるの?」 「……?」 「いや、そこで更に不思議そうな顔をしないで!?」 可愛いけどもっ! 「あぁ、鶏が先か卵か先かっていう話?」 「そういう哲学的な話でもなくてっ!」 どんな納得の仕方っ!? 「……七不思議とかトレビア的な話?だったらこの卵は1メートルくらいの大きさしかなかったのに、出てきた鶏は2メートルくらいあるわ。不思議不思議」 「でかっ!?」 「卵がこれだけでかいんだもの。中に鶏がいてもおかしくないわよね」 「そう……か?」 「あとこの鶏、月の光を浴びて育ったせいか、全身が金色に輝いているわ」 「月の光は金色じゃないっ!?」 「あとぶさかわ」 「やっぱりそこに行き着くのっ!?」 「最近のマイブーム」 ぶい、と人差し指と中指を立ててVマーク。 「あぁもうかわいいなぁこんちきしょー!」 「あ、それと骨っぽい1メートルくらいの鶏も2羽くらい小屋の中にいるからついでにやっつけてきて」 「それもやっぱりぶさかわ?」 「……あなた、骨に何を求めているの?」 「蔑まれたっ!?」 「……楽しい」 「弄ばれたっ!? うわぁんっ!?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:葉月 司 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年06月04日(土)21:23 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●月夜に浮かぶその姿は…… 「忘れ去られた廃村。月の光を浴びて金色に輝く羽……そしてぶさかわ。素敵ですわ~」 草木も眠る丑三つ時。人々から忘れ去られた、かつて村だった場所を一望できる位置に立ち、ほぅっと息をつきながら『特異点』アイシア・レヴィナス(BNE002307)が夢心地気味にぶさかわの姿を想像する。 「……ぶさかわ。極一部で流行ってるのかな?」 突っ込みたい気もするけど突っ込んだら負けな気がする。『正義の味方を目指す者』祭雅・疾風(BNE001656)は力強く「気のせいだ!」と自らを納得させることにした。 「とりあえず、鶏小屋っぽい所は2、3ヶ所ってところね」 「よし、それじゃあそろそろ行くとすっか!」 『隠れブサカワらばー』アンナ・クロストン(BNE001816)がおおよその位置を指さし、土森・美峰(BNE002404)がぱんと拳を鳴らしたのを合図にリベリスタ達は走り出す。 風を切る音に紛れ、『Digital Lion』英・正宗(BNE000423)が「まぁ、こんな考察してても仕方はないんだが」と前置きをしつつ呟く。 「今回の鳥は、卵の段階でエリューションだった……のかな」 「もしそうだとしたら、だから鶏になって出てきたのかもしれないわね」 鶏がひよこで生まれてくる主な理由は、卵だけじゃ成鳥になる栄養が確保できないから。 ならその栄養を月の光が補ってやれば? そうすれば、もしかしたら鶏で生まれてくることもあるかもしれない。 「だが……ぶさかわはそれでは説明がつかないっっっ!!!」 ――カッ! 「おーけー。少し落ち着こうか、アンナ」 「ごめんなさい、少し取り乱したわ」 こほんと咳払いをし、何事もなかったかのように冷静さを取り戻すアンナ。しかし微妙に輝いた瞳の色は隠し切れていないのはご愛敬。 「前回がペンギン。今回は鶏……やっぱりクチバシのある生き物は可愛いよね!……うん、食べちゃいたいくらい可愛い」 眠気覚ましのガムを噛みつつ、じゅるりと涎が出てきそうになるのを必死で抑える『傷顔』真咲・菫(BNE002278)。 親子丼……なんて呟きがこぼれ、リベリスタ達の胃をなんとなく刺激する。 「あー……まぁともかく、鶏だ。空でも飛ばれて手出しできなくなるよりはマシだとでも、思っておくべきか」 前のペンギンが飛んだしなぁ。と益体もないことを考え胃の要求を黙殺しつつ、まずは一件目の鶏小屋。 「金の鶏……美味しそうですね」 ぎゅるるぅ~、と。ここにも胃が主張する迷える子羊……もとい『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)が中をのぞき込み、その姿を確認する。 「ぉ、一件目から当たりかえ?」 その後ろからひょっこりと首を伸ばす『巻戻りし運命』レイライン・エレアニック(BNE002137)が今度はどんなぶさかわかとわくわくした表情でのぞき込むと…… 「でかぁーっ!!」 自らの体躯の倍はあろうかというぶさかわに思わず胸がときめく。 「あの声を思い切り聞いてみたい気もするんじゃが、いやでも魅了じゃしのぅ……」 うんうんと暫く悩んだ後、 「よし、包帯の切れ端を丸めて、耳栓代わりに使ってみようかのぅ」 もしかしたら微かに聞こえるかもしれないという、淡い期待を込めた妥協案で落ちついたようだ。 「それじゃあ、念のために結界を張っておくぜ」 「ですね。廃村にわざわざ訪れる人はそういないとは思いますが迷い込まれても困るしね」 美峰と疾風が手早く結界を張り準備は万端。 「では……行くぞ変身!」 疾風のその言葉と共にリベリスタ達が突撃を開始する。 月のカーテンが下りる舞台。獣臭い小屋の中はにわかに騒がしさを増していく。 ●やっぱりぶさかわはちょっとデブくて顔がぶしゃっと潰れてるべきだよね! まず真っ先に動いたのはレイラインだった。 自身の武器でもある速さを更に加速させ、互いの背中を追いかけるようにくるくると回っていた二羽の骨鶏の前へと踊りでる。 その空気の僅かな揺らぎを感じてか。月の光を一身に浴びていたぶさかわ金鶏はゆっくりと振り向き―― 「ぶさ?」 鳴いた。しかももの凄く眠たそうに。 「鳴い……ぇ、それが鳴き声!?」 色々と台無しだ! 今まで突っ込むまいと我慢していた疾風の心の叫び。 「あら……ぶさかわいい鳴き声って、コケッコッコーやクックドゥーではないのですね?」 「そういう問題……か?」 「うむ。まぁ、こういうのは――こまけぇことは良いんだよで済ますべきでしょう」 アイシアのやや天然の入った台詞に正宗が首を傾げ、アラストールが漢前に言い切る。 それよりも、と周囲を見回すと金鶏の鳴き声にずきゅーんと来た人間がちらほらと。 「これは予定変更でブレイクフィアーでしょうか?」 特に回復の要のアンナがふるふると震えているし。 「ふ……ふふ。まさか初っぱなからいきなり鳴いてくるとはね……! でも大丈夫、私は冷製……もとい冷静だ。よしやるわよ!」 体内の魔力をぐるんぐるんと回しつつカッと目を見開き戦場を凝視する。 「皆、何か楽しそうじゃのう?」 約一名、目の前の骨鶏に集中していてい聞き逃したレイラインの前。一羽の骨鶏が慌てたようにばさばさと動き始める。 声帯を持たぬ代わりに、全身をしならせてからからと音を鳴らして自らの骨を周囲に飛び散らかす。 「ぶさ鳥……かわ……うま……あた」 だが慌てすぎた代償か、それは骨の一欠片が菫の頭頂部にこつんと当たり魅了を解いてしまった以外に効果を発揮せず不発に終わる。 「……なんとなく、骨鶏がしょげて見えるのは私の気のせいでしょうか。いや、気のせいだ。気にするな……!」 首を一回、二回と振って気を落ち着かせ、疾風がゆらりと水に揺れる木の葉のような動きでもう一体の骨鶏の前へと立つ。 こちらの骨鶏はしょげ返るもう一方とは違い、そのくちばしを使って正確に疾風の急所を狙って突いてくる。 「疾風さん、横を失礼しますわね~」 そのおっとりとした口調とは裏腹の動きで横をすり抜け、アイシアがオーラを纏った連撃を骨鶏へと叩き込む。 「あら、この感触……」 「ん? どうしたのじゃ?」 「いえ、これは……ふふ、多分叩けばわかると思いますわ」 「………?」 意味深な会話が繰り広げられる中、この戦場で最も警戒しなければならない敵の足を止めるべく、アラストールと正宗がその身に世界からの祝福を宿し立ちふさがる。 「アラストール、準備はいいか?」 「うむ。――本日の食糧調達戦開始」 「頼もしいな。では……どうにか耐え切るが、なるべく早く頼むぞ」 二人体格差はあれど、その背中はやたら大きく漢前だった。 「了解。でも、そんなに心配しなくっていいのよ? ――私達が耐え切らせてみせるから」 ね? とアンナが視線を横にずらした先。美峰が俯いたままぶつぶつと「見世物……金稼ぎ……」と呟いている。 「あれ。なんだか嫌な予感……」 ふと不安に駆られその表情をのぞき込めば美峰の目の焦点が合っていない。 「ぶさかわ、倒すのもったいない!」 「密かに魅了されてたのね……!?」 振り降ろされる小太刀をぎりぎりのところではじき、美峰との距離を取るアンナ。 「やっぱり皆楽しそうじゃのう……」 何となく取り残された感を覚えつつ、無数の残像と共に先ほどアイシアがダメージを負わせた骨鶏をバールのようなもので殴りつける。 「むっ!? これは……」 「……先ほどのアイシアさんといい、レイラインさんといい、一体どうしたんですか?」 驚愕の表情を浮かべるレイラインと、にこにこ顔のアイシア。その二人に促されるように疾風も炎を纏わせた一撃で骨鶏に叩き込む。 「これは……!?」 ――それは、例えるなら指の間接をぽきぽきと鳴らすような感覚。または梱包材をぷちぷちと潰すような感触。つまり何が言いたいかというと。 「ちょっと気持ちいいですわよね」 「うむ、病みつきなのじゃ!」 「えぇ、これは予想外の手応えです……!」 殴り心地抜群! そんな三人の反応に、甚だ不本意だと言わんばかりに羽を震わせる骨鶏。 もう一羽もそれに同調するように羽ばたき、視界が二度骨一色で埋め尽くされる。 尖った破片が皮膚を裂き、太い骨が打撲を与える。 「骨……いやでも流石にこのまま食べるのは喉に刺さりそうだね」 その姿を想像したのか、菫が眉をひそめながら太骨をはじき光弾を骨鶏へと放つ。 骨鶏の体にぽきぽきと軽快な音を立てて着弾する光弾。 そして金鶏から、その光に勝るとも劣らぬ金色の輝きを放つそれが、ついに満を持して射出される! 「なんの、この程度の攻撃……!」 自身もハイディフェンサーの光輝くオーラに包まれた正宗がラージシールドをぶつけその勢いを殺す。 ――と。 『ばぁん!』 その爆発は、あたかも生卵を電子レンジで温めたがごとく。金の卵は勢いよく破裂し、中から生じた熱と衝撃波が正宗を襲う。 だがその想定外の攻撃方法に僅かに怯むも、正宗は膝は地につくことなく持ちこたえる。 「吐き出した卵は回収不可、と。残念です」 なら残る希望は産んだ卵。 アラストールの一閃が卵を産め、さぁ産めとばかりに金鶏を攻め立てる。 「美峰さん……も、そろそろ魅了が解けそうだし、ここは回復一手かしら」 先ほどの骨鶏の攻撃で正気を取り戻しつつあるのを確認し、アンナは魅了よりも傷の回復を優先させる。 「――♪」 天使の福音をもたらす詠唱はリベリスタ達を癒し、次の手へと備えさせる。 「おろ? あ、あぁ……! アンナ、さっきは攻撃しちまってすまねぇ!」 「大丈夫よ、怪我もなかったし。今はそれよりも先に……」 「あぁ、そうだな……!」 ぱん! と柏手を打ち、印を結んで守護結界を展開させる美峰。 初撃の魅了で大分予定が狂ってしまったが、ここからが本番だと前を見据える。 前衛ではぽきぽきと小気味いい立てながらも未だ倒れぬ骨鶏が骨をばらまき、ぶさかわっとした体型の癖に意外と俊敏に攻撃を避ける金鶏がアラストールと正宗を相手に爆発卵を吐き続けている。 幾度かの攻防。 出だしこそ躓いていた骨鶏だったが、徐々に調子を取り戻し、戦局はほぼ伯仲……否、ややリベリスタ達に分が悪い戦いが続く。それを終始紡がれ続けるアンナの歌と、美峰の傷癒術が補いぎりぎりの均衡を保たせていた。 「骨鶏、もうやめるのじゃ……お主のばら撒ける骨はもう殆ど残っとらんぞ!」 だがその均衡も、一体が崩れればたやすく傾く。 レイラインが痛ましい姿となった骨鶏に「もう楽になってもいいのじゃ」とバールもどきを振り降ろし、 「これでフィニッシュですわー」 アイシアがバスタードソードをバッドのように振り抜き、一体目がからからと音を立てて崩れ落ち、ようやく沈黙する。 一体が崩れればスターライトシュートで二体を狙っていた菫がピアッシングシュートに切り替え、美峰も攻撃に加わるようになり加速度的に骨鶏へのダメージが蓄積しはじめる。 「……骨鶏、やっぱり出血しない」 わずかな不満と、残念そうな菫の呟き。 「まぁまぁ。代わりにこれで……とどめです!」 そして間もなく、二体目も疾風の業炎撃の炎に包まれ、香ばしい匂いを立てながら沈んでいく。 「……どうやら、あちらの方は片がついたようだな」 隣に立つアラストールへ「まだ行けそうか?」と視線を投げかける正宗。 「美味しそうな匂いが」 交差させた光を金鶏へ撃ち込みながら、僅かに視線を自らのお腹付近にやるアラストールに正宗は苦笑しつつ、 「さて、こっちも反撃開始だ。倍返しでも済まさん、覚悟してもらうぞ」 金鶏に宣戦布告する。 その瞳に脅えたか、金鶏はついに卵を産み落とし自身の回復に努めようとする。 「させんのじゃ!」 そのタイミングを読み切ったレイラインが壁を蹴り、高速で卵の奪取を図ろうとする。 ――が、その手がもう少しで卵にかかろうという瞬間、ひょいっと金鶏の羽が手のように卵を掴み空中へと放り投げてしまう。 そして唖然とするリベリスタ達を余所に金鶏はその自慢のくちばしでもって卵を突きまくる! 「あ、あ……!」 げぷぅっという満足そうな吐息。そして、見事なまでのどや顔。 「ず、ずるっこなのじゃ……!」 「あはははっ! これは一本取られた……! というかもう突っ込みの言葉も出てこないわ……!」 「これがエリューションの神秘なのですわねー」 「頭が痛くなってきた……」 抗議する者、笑う者、感心する者、眉間をおさえる者。 三者三様の反応を見せた後、アラストールが朗らかな表情で皆を促す。 「さぁ、このやるせなさを思い切りぶつけようではないか!」 「「おうっ!」」 吹っ切れたリベリスタ達に怖いものはもうない! 「む、胸がきゅんきゅんする?!」 ある時は金鶏のぶさかわ声に翻弄され。 「よし、念願の卵をゲットじゃー!」 またある時はどや顔を阻止してみたり。 「眠い……」 「寝るなー!寝たら死ぬぞっ!」 延々卵を貪り続ける金鶏と睡魔の前に挫折しそうになったりと。 様々な紆余曲折を経て、ついに金鶏はその最後を迎える。 「安心なさい。貴方の卵は……私達が責任を持って処理しましょう」 その言葉が伝わったかどうかは定かではないが、金鶏は最後に安らかなどや顔を浮かべてその短い生涯の幕を閉じた。 ●皆、美味しく焼けましたっ! 結局。骨鶏の出汁に金鶏を捌いて食べる案はぶさかわ保護の観点から見送られ、卵のみの調理となってしまったが、真夜中の試食会は無事に執り行われた。 戦闘中になんとか確保できた二つの卵。ダチョウの卵ほどもあるそれは話し合いの結果、スクランブルエッグと目玉焼きにすることが決定した。 「せめて卵だけでも持って帰って……とも思ったが、これはこれでありだよなっ!」 「空腹ゲージまっくすで、美味しそう」 あたたかい匂いが辺りに充満し、胃袋を刺激する。 皆に取り分けた皿が回ったのを確認して、では大地の恵みに感謝しつつ―― 「「いただきます!」」 ――金鶏の卵は、栄養満点な味がした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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