下記よりログインしてください。
ログインID(メールアドレス)

パスワード
















リンクについて
二次創作/画像・文章の
二次使用について
BNE利用規約
課金利用規約
お問い合わせ

ツイッターでも情報公開中です。
follow Chocolop_PBW at http://twitter.com






<バイデン襲来>Isaac the Inferno

●Inferno
 異境の地ラ・ル・カーナ。
 フュリエとバイデン、二つの種族の境界域にアークが築いた橋頭堡。この小さな砦を巡る戦いは、いよいよ佳境を迎えていた。

         吼え猛る声。
         次に地響き。防壁を揺らす衝撃。

 憤怒と渇きの荒野を越えてきたバイデン達は、族長らしき魁偉なる戦士の指揮のもと、引き連れてきた巨獣をけしかけ、外壁へと攻撃を繰り返している。
 外壁に体当たりを仕掛ける巨獣あり、長い首を伸ばして雲梯の様にバイデンを渡らせる巨獣あり。族長自身は、こちらも超巨大なトリケラトプス――グレイト・バイデンを破城槌代わりに、正面突破を図っているようだ。
 リベリスタ達も良く守っているものの、既に外壁を乗り越え侵入してきたバイデンも多い。迎え撃つ銃火が、夜闇の中、そこかしこで火花を散らしていた。
 そんな最中のことである。
「……何だ……?」
 きっかけは、頭上から聞こえた、ばさり、という音。
 激戦地の一つ、橋頭堡の中庭で戦っていたリベリスタが、その音を耳にして夜空を見上げ――戦闘中だというのにも関わらず絶句する。

         頭上には、煌々と輝く三つの月。
         その月の一つが、欠けていく。

 いや――。
「鳥……違う、あれはドラゴンか!」
 楕円の月を悠々と横切るのは、くっきりとしたシルエット。

 ラ・ル・カーナの空を支配する翼竜と、それらに跨った騎手――バイデンの影が。

●Isaac Ferno
『見つけたのは、確かベルゼドの手の者だったか。犀乗りの連中の手柄だな』
 翼竜の背の上に仁王立ちし、彼は翼の下をねめつける。眼下には、『外』の連中が築いた要塞がその姿を現していた。
『この時を待っていたのだ。奴らと戦い、汚名を雪ぐこの時を』
 イザーク・フェルノ。
 かつてリベリスタ達と交戦した、バイデンの青年。
 ボトムチャンネルの住人達と比べれば、隆々たる肉体と、赤銅の肌、そして不自然なまでに発達した拳が目を引いた。だが、その顔つきには何処か幼さを残している。
『しかし、奴らは強いのだろう。見慣れぬ得物を持ち、底知れぬ術を使い、果ては短い間にこのような要塞を造り上げるとは』
『臆したかゲオルギィ! バイデンは怯まない。バイデンは死を畏れない!』
 平行して飛ぶ翼竜、ゲオルギィと呼ばれたやや年嵩の戦士は、瞬時に激高したイザークに苦笑を漏らした。なるほど、怒りと戦いとを両手に携えて生きるバイデンらしい反応ではあるが――それにしても、この若者は少々直情に過ぎる。
『我らバイデンとて、思慮を巡らせてはならんという法はないのだよ。――ああ、そんな顔をするな』
 憤怒の余り、歯噛みせんばかりに自分を睨みつける青年に、ゲオルギィは肩を竦める。俺も血が湧き立っているのに違いはないのだ、と続ける彼は、しかしイザークに本懐を遂げさせてやりたいとも思うのだ。
『つまらぬ邪魔をされたくない、というだけだ。イザークよ、お前は戦って勝ち、自らがバイデンの戦士であると証さねばならんのだからな』
『言うまでもない』
 言い捨てて、イザークは高度を下げていた翼竜から飛び降りた。ずん、と踏みしめたのは、この要塞で最も大きな建物の屋上。ゲオルギィ達も次々と着地する。足裏から伝わる、堅く、冷たい感触。
『岩を切り出したのか……いや、違うな』
 彼らは知る由もなかったが、それは橋頭堡の兵舎の屋上。防衛に出払っているとはいえ、鉄筋コンクリートの階下には、まだ幾人ものリベリスタが残っていた。
 戦いを求める彼らには、なるほど最適なリングに違いない。
『まあいい。――戦士達よ、戦だ! 血と肉と、雄叫びと悲鳴に満ち溢れた戦争だ!』
 おおお、と吼え猛る。びりびりと夜の空気を振るわせる――それは戦いを求める血が叫ばせた、尽きせぬ闘志の迸り。

 その時。
「……! ここにもバイデンか!」
 物音を聞きつけて駆け上がり、階段室から飛び出したのは、大剣を担いだ『月下銀狼』夜月 霧也(nBNE000007)だ。その後ろに、何名かのリベリスタが続く。
『来たか、『外』の者どもよ』
 言葉が通じているのか、通じていないのか。そんなことには躊躇せず、イザークは巨獣の骨を削り出した槍の穂先を向ける。
『俺はイザーク。バイデンの戦士、イザーク・フェルノ! さあ、構えるがいい!』
 雪辱に燃える若武者。その翡翠の瞳が、爛、と輝いた。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:弓月可染  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年07月30日(月)00:09
 弓月可染です。
 全体依頼参戦。難易度的にはVery Hardに近いとお考え下さい。
 以下詳細。

●Danger!!
 このシナリオはフェイトの残量に拠らない死亡判定の可能性があります。

●成功条件
 イザーク率いる強襲部隊の撃破。生死は問いません。
 屋上から階下に雪崩れ込まれたら失敗です。

●イザーク・フェルノ
 バイデンの若武者。自他共に認める若い世代のリーダー格です。
 性格は直情にして勇猛。また、戦士としての実力は族長も認める折り紙つきです。
 大槍を振るって戦います。EX等の存在は不明。投擲用手斧も所持しています。
 イザークに限らず、彼らは非常にタフで、自己回復能力を持つ事が報告されています。また、『タワー・オブ・バベル』が無い限り、言葉は通じません。

●ゲオルギィ
 熟練の戦士。若い世代で構成された強襲部隊のお目付け役として同行しています。当然ながら相当の実力です。
 やや細身。取り回しのいい片手剣と、巨獣の甲羅を削った盾を装備しています。

●バイデンの戦士
 イザーク・ゲオルギィ以外に七名。総計で九名になります。
 イザークと同世代の若いバイデン達です。ただし、敵地のど真ん中に降下する、などという強行作戦に参加するだけあり、いずれもかなりの実力です。
 簡単に蹴散らせる雑魚ではない、と明言しておきます。装備は大剣、棍棒、大きな革袋など様々です。

●プテラドラ
 大きな翼を広げた竜のような巨獣。翼を広げた場合の幅は六メートルにも達します。鋭い爪とくちばしを具えています。乗騎として飼われているようです。
 屋上からは攻撃の届かない上空を旋回しています。基本的に、ちょっかいをかけない限り、プテラドラが自発的に攻撃に参加することはありません。

●戦場
 兵舎屋上。長方形で、戦うのに十分な広さがあり、また、周囲の照明でほの明るく照らされています。
 片方の端に階段室兼給水塔があります。柵が設置されており、ノックバックなどでも転落することはありません。
 初期配置は、バイデンのうち七人(イザーク・ゲオルギィを含む)が階段室を中心に半円を描くように立っており、あとの二人は階段室の上に着陸しています。
 リベリスタ側は霧也を含む五人までが最初から階段室の外に出ていて構いません。あとの六人は階段からのスタートなので、最初は押し合いへし合いします。
 階段室に入ったままでいることも可能ですが、視界に大きなペナルティを受けるので、そのままで戦闘は難しいでしょう。あまり有利には使えません。

●夜月 霧也
 何も指示がなくてもそれなりに動きますが、妥当である限り、皆さんの指示があれば従います。
 相談で【霧也指示確定】とつけて発言された『最初の』発言を参照しますので、何かあればお願いします。

●拠点情報
 ラ・ル・カーナ橋頭堡には各種設備が用意されています。
 詳しくは特設コーポレーション『ラ・ル・カーナ橋頭堡』の説明を参照して下さい。
 今シナリオの判定には『ラ・ル・カーナ橋頭堡』の各種設備の存在や特殊効果が影響します。
 シナリオの内容に応じて利用出来そうな設備やロケーション等をプレイングに生かしても構いません。

●重要な備考
『<バイデン襲来>』はその全てのシナリオの成否状況により総合的な勝敗判定が行われます。
 勝敗判定の結果により『ラ・ル・カーナ橋頭堡』がダメージを受ける可能性や、陥落し消滅する可能性があります。

 正面から闇雲にぶつかるだけでは、勝利は覚束ないでしょう。彼我の戦力を正しく把握した上で、最善に最善を積み重ね、勝利をもぎ取ってください。
 台詞やキャラクターらしさを示すプレイングも忘れずに。
 それでは、皆さんの渾身のプレイングをお待ちしています。
参加NPC
夜月 霧也 (nBNE000007)
 


■メイン参加者 10人■
スターサジタリー
不動峰 杏樹(BNE000062)
ホーリーメイガス
カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)
デュランダル
源兵島 こじり(BNE000630)
デュランダル
新城・拓真(BNE000644)
覇界闘士
設楽 悠里(BNE001610)
プロアデプト
酒呑 ”L” 雷慈慟(BNE002371)
ソードミラージュ
ルカルカ・アンダーテイカー(BNE002495)
ホーリーメイガス
ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)
スターサジタリー
桜田 京子(BNE003066)
ダークナイト
スペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654)


 みっつの月が照らすせかい。ひとつはバイデン、ひとつはフュリエ。

 ――ならば残り一つはなんでしょう?


『来たか、『外の者』どもよ』
 物音に反応し、階段を駆け上がって兵舎の屋上に飛び出したリベリスタ達を待ち受けていたのは、上空より降下したバイデンの一団だった。
『俺はイザーク。バイデンの戦士、イザーク・フェルノ! さあ、構えるがいい!』
 今にも突きかからんとする若き戦士。だが、そういきり立つな、という抑えた声が彼に冷や水をかける。
『怖気づいたかゲオルギィ!』
『馬鹿にするなよイザーク。一人で突っ込むなというだけだ』
 ゲオルギィと呼ばれたその精悍な男がすらりと剣を抜くのと同時に、他のバイデンもまた、めいめいの得物を振りかざす。等しくその瞳は戦いの予感に燃え、その赤銅の肌は滾る血に火照っていた。
『戦いに心が踊っているのは、お前だけではないのだからな』
 交わされたのは異界の言語。それを習得できるほどには、リベリスタ達はラ・ル・カーナに長く滞在してはいない。
 彼らのやり取りを理解できたのは、唯一人。音の響きに乗せられた意志と意味を、概念として理解し、操る。それは神代、天に届けと築かれた塔が雷に崩れる前、人々に与えられていた感覚。『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)だけが、その能力を具えていた。
「――イザーク。ゲオルギィ」
 だが、能力があるということが、常に幸せとは限るまい。
 確かにパーティにとっては、『耳』、そして『通訳』の存在は戦況を左右するものだろう。しかし、それはカルナにとっては大いなる呪いでもある。
(闘争を求めることを否定はしません……ですが)
 命を奪い合うということ。
 顔のない『敵』ならば、あるいは使命という名の下に感情を抑えることができるのかもしれない。あるいは、相手を『悪』と決め付けられるのであれば。
 だが、彼女は対峙する者の名を知ってしまった。
 バイデンの若武者は、いま、イザークという名の、顔のある存在となったのだ。
「本当に、その戦わなければならないのですか……!」
「それでも、必要なことなんだよ」
 そっと肩に置かれた手。僅かの間に交わされる体温。振り向いた視線に小さく頷きを返し、『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)は先に外に出た同僚達の後を追う。
「だから、僕達は守るために戦うんだ」
 それは、純粋なる戦士だからこその共感、なのかもしれない。カルナの視界を占める恋人の背は、彼女の手が届かないほどに遠く――けれど、決して冷たくはなかったのだ。

 最初に火花が散ったのは、リベリスタ達の正面ではなく、意外にも頭上だった。
「戦うことでしか判り合えないの? それも素敵なことね」
 夜空には三つの月。月の光零れる中を、『シュレディンガーの羊』ルカルカ・アンダーテイカー(BNE002495)が駆け抜ける。吸い付くように壁を走り、給水塔のその上へ。
「お月さまは案外恥ずかしがりや。今夜はルカたちがせかいのひとみしり」
 自分達を、イザークというあのバイデンは『外の者』と呼んだらしい。
 全くその通りなのだろう。突然変異のバイデンと先住民のフュリエの争い。他の世界の物事に首を突っ込み、割って入った自分達こそ、ある意味では部外者だ。
「ふふん、でもいいの。気持ちよく暴れましょう」
 階段室の上に降り立った二人の戦士、その間を駆け抜けたかと思うと、反射的に振り下ろされた太い腕を横にステップして掻い潜る。
『――!』
「おっと、他所見は命取りだ」
 その時、ルカルカに意識を向けたバイデンに、横合いから声がかけられた。次の瞬間、彼の左腕を刃の感触が捉え――その傷口から流し込まれた破壊のエネルギーが、戦士を塔の下へと叩き落す。
「悪いが加減は無しだ。俺の全力を受けろ、バイデン!」
 窓から飛び出して壁を駆け上がった、『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)。直刀に近い、反りのない刀を構え直し、彼はルカルカと二人で残ったバイデンを挟み込む。
「リベリスタ、新城拓真……参る」
 言葉は伝わるまい。だが、その響きが意図するものは明確で、その雄弁さにバイデンはニヤリと笑みを見せた。
「ルカも、ピンクは淫乱だってこと、教えてあげる」
「ちょっと他人を巻き込まないでー!?」
 思わず階下で絶叫する『さくらふぶき』桜田 京子(BNE003066)。ある時から、黒かった髪は少しずつ色を変えていた。今となってはほぼ完全に桜色。つまり、ルカルカの戯言の誤爆を食らう格好である。
(……リラックスしろってことかな)
 おそらく、いや確実に、ルカルカは深いことなど何も考えていないだろうが――それでも、肩の力が抜けたことは自分でもはっきり判る。だから、京子はほんの少し、頭上で戦う少女に感謝した。
「私は桜田京子、リベリスタ。向かってくるのなら受けて立ちます」
 その名乗りと同様に、彼女の視線は気負わず、けれど凜として前を向く。視線の先では、『生還者』酒呑 雷慈慟(BNE002371)が赤銅の戦士を引き受けていた。
「教えてやろう。守るべきモノがある戦士の胆を」
 右手を翳せば、僅かに体表から浮いている九枚のプレートが瞬時に集まって盾となり、バイデンの戦士の棍棒をいなす。
「教えてやろう。守るべきモノがある戦士の力を」
 彼が全身に纏う膨大なエネルギーは、いまや奔流と化して渦を巻いていた。ぼさぼさの髪に三白眼。だがその見かけを裏切る精緻なる思考が、左手の魔道書の力を借りて燃え上がる。
「往くぞ! 上手く利用しろよ」
 声にしたのはただそれだけ。無論、バイデンは彼の言葉を理解できなかったから、傍受の危険はない。それでも一言に留めたのは、ただそれだけで仲間達が最善の動きをしてくれる筈だと確信していたからに他ならない。
「我々には守るモノがある……!」
 次の瞬間、そのエネルギーが物理的な衝撃に変わり、爆ぜる。轟、と爆風が吹き荒れ、至近距離で直撃を受けた二体のバイデンを弾き飛ばした。
 包囲陣に生じる綻び。その間隙へと『月下銀狼』夜月 霧也(nBNE000007)が楔のように割り込んで、突破口を押し広げる。
「霧也くん、カルナを頼む!」
 一声くれて、バイデンの只中に踊り入る悠里。すっかりと馴染んだ手甲に刻んだ二語は昔のまま。けれど、高い壁に立ち向かう姿に、もはや臆病の影はない。
「手加減できる相手じゃないからね。全力でやらせてもらう!」
 奇しくも頭上で親友が切ったものと同じ啖呵。だが、後に続いた『毒絶彼女』源兵島 こじり(BNE000630)は、それを聞いて鼻を鳴らした。
「嫌ね、部屋で観戦と洒落込んでいたのに。頭の上で暴れられたら、出ないわけにはいかないじゃない」
 悠里とも長い付き合いになるが、彼女に言わせれば『随分と暑苦しくなった』というものらしい。まあ良いでしょう、と一人ごち、霧也に斬りかかったバイデンの戦士へと黒き凶器を叩きつけた。
『――!』
「こちとら両手なのに、片手で受けるだなんて……、酷い馬鹿力」
 こじりの振り下ろした鬼神の刃が、バイデンの骨剣にがっしと受け止められる。その重量が齎すインパクトは決して並大抵ではなかったけれど、それでも受けきってしまった異形の腕に、彼女は舌を巻くばかり。
 だが、それで怯むこじりではない。細身の身体を被せるように体重を乗せ、フィジカルに優れた豪腕の戦士と五分に渡り合う。
「良いじゃない。趣味じゃないけれど、相手になるわ」

 ――私はデュランダル、不滅の刃。

「退かないのであれば、力で貫き通すだけ――」


「理不尽な暴力を絵にすると、きっとこんな感じなんだろうな」
 シスター服を隠すのは、剣十字を描いた長衣。『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)の目にはっきりと宿る、怒り。嫌悪。
「それは壊すだけの力か?」
 元来、聖職者としては珍しく、彼女は戦いを厭わない。
 恐れない。傷つくことを。傷つけることを。
 だがそれは誰かを守るため。誰かを救うため。そのために振るう力を求める彼女は、やはり聖職者なのだろう。
 その杏樹が、怒りに震えていた。
「死を恐れず、ただ蹂躙する。そんな力に何の意味がある」
 両腕で抱え込んだ巨大なボウガン。その照準を、高く異界の夜空に向ける。引鉄。放ったのは、太いクォーレルではなく――魔力の炎。
「――私は筋の通らない奴と暴力が、理不尽な神様の次に嫌いなんだ」
 降り注ぐは炎の雨。天空より降り注ぐ燃え盛る矢が、バイデン達を射抜く。
 いや、業火の嵐は一度きりではない。再び飛来する災厄は、京子のリボルバー、彼女の運命すら抱いた得物から齎されたものだ。
 突き刺さる矢。肉の焼ける、独特の臭い。
 だが。
「流石、ってところかな」
 平静を装ってみせる京子。確かに二人の矢はバイデン達に手痛いダメージを強いていた。しかし彼女が目にしたのは、少しずつその面積を減らしていく、爛れた肌。
「自己再生。ちょっと洒落にならないよね」
 もとよりタフな彼らが回復能力を得ているのだ。如何に強力な攻撃とはいえ、つるべ撃ちに射込まなければ、その効力も掻き消えてしまう。
『――!』
 焼かれながらも何事かを叫んだバイデンの大棍棒が、力任せに――この形容がここまで恐ろしい意味を持っていたことがあろうか――振り下ろされ、雷慈慟を打つ。
「ぬ……うっ」
「堪えなさい。早速両手を上げるほど根性なしじゃないでしょう?」
 思わず呻き声を漏らした雷慈慟に、辛辣な一言。『嗜虐の殺戮天使』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)は、しかし自らの言葉ほど冷たくはなく、彼の身に鎧とも言うべき神気の層を纏わせる。
「ふふ、それにしても面白いじゃない」
 圧倒的な暴力渦巻くこの戦場で、それでも血の色の瞳は笑みを湛えていた。愉快げな色を隠せないそれは、死闘を希う嗜虐に満ちて。
「いいわ、叩き潰してあげる――蛮族よ、痛みの悦びを知りなさい」
「……っ」
 その一種禍々しいまでの殺意に、知らず『Manque』スペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654)は身震いを覚えていた。
 怖い。
 恐らくこの場の十一人の中で、彼女は唯一『畏れ』を抱いていた。圧倒的なまでの破壊を撒き散らす赤銅の肌。それを迎え討つティアリアの血の瞳。
「――なんて、対照的な色」
 それは自らが纏う、か細く柔らかな蒼。静かに震える弱虫の、蒼。
 けれど。

 ――すーちゃん、行こう。

 スペードは知っている。彼女が胸に抱くべき、もう一つの赤を。
「この戦場に、私は不似合いな色なのでしょう……きっと」
 それでも。
 怖くないといえば嘘になる。けれど、何度でも言おう、彼女は知っているのだ。
「決して退きません。自分には、負けられませんから」
 肩を並べ、歩いていくための道標を。

「思い出すな、あの戦いを」
 既に給水塔のバイデンは叩き落されていた。攻勢に加わって敵陣に深く斬りこみ、ほとんど背中合わせになって得物を振るう拓真の呟きに、悠里は苦い記憶を拾い出す。
「忘れたことはないよ、あの時の悔しさ」
 かつての廃工場の戦い。彼ら二人と杏樹はカルナを守るために戦い――そして、守りきれなかったのだ。
「でも今日は違う。今度はここにいる全員を守ってみせる!」
 今の拓真は、そして悠里は、あの頃からは見違えるほどに成長している。何よりも大きな差は、彼らが『自分を信じる』ことが出来るようになっていたということだろう。
「ああ、もう二度とあんな結果は御免だからな」
 左手に握るオートマティック。魔力で保護された銃身すら赤熱して灼けるほどに銃弾を吐き出せば、バイデン達の荒れた肌に小さな血の華が咲く。
「この手が望む物は必ず掴み取る。己の道程を征く為に!」
 あえて決意を口にする拓真。掴み取る。必ず掴み取ってみせる。例え敵がどれほど強大であろうとも――。
「童貞が雁首揃えて道程とか言うのは、最近の流行なのかしら」
「ちょ、僕は違うって!」
 例によって例の如く混ぜ返すこじり。それに反応してしまったのは拓真ではなく悠里で、後でゆっくりお話を聞かせてくださいね、という背後の声に彼は冷たい汗を流す。
「ルカ、こういう時どう言えばいいか知ってるわ。フフフ、楽しくなってきましたよ」
「まったく、君達には判らないかもしれないけど、恋人の前では格好つけたいものなんだよ……!」
 戯言の余裕も有らばこそ。友が抑えてくれると信じ、悠里は単身斬り込んだ。狙うはスペードと対峙している敵将イザーク、恐らくこの場で最強の存在であろう巨人へと、彼は立ち向かう。
「ああ、君たちは強いよ。だけど――」
 確かな手応え。白く輝く拳が突き入れられ、ぐ、と肉を抉る。
「だけど、僕達の方が強い! 見せてやるよ、守る強さってものを!」
『――』
 手応えあり。だがイザークは怯む様子を見せず、懐に入った悠里を槍の柄で打ち、弾き飛ばした。代わりにカバーに入るのは、鉈とも思しき得物を手にしたこじり。
「蝋の翼で太陽を目指す勇者。羽ばたくことのできない雛鳥。お互い少しは成長したのかしらね、霧也くん」
 過剰なほどに出口の守りを気にしていた彼女らだが、純粋戦士たるバイデンは、隙を突いて突破するという選択肢を放棄したようにしか見えない。それは、正しくバイデンという種の性質を現しているのだろう。
「蝋の羽根は、鉄になったかしら――私も巣立ちくらいはしたつもりよ」
「なら、証すがいい」
 だからこそ、こじりは霧也に守りを託し、混沌の中に身を投じた。赤銅の若武者の前に立ち塞がるスレンダーな身体を、弓のようにしなやかに引いて。
「ただ力を奮う場所を求めるなんて、子供みたいな真似してるんじゃないわよ!」
 ぐん、と解き放つ。それはただ力任せというだけではない、全身に漲らせた闘気を爆ぜるほどに燃やしつくし、懐に飛び込んで振り切った捨て身の一撃。
『――!』
 それは自己再生能力の持ち主といえど、無視出来ない傷なのだろう。自らを鼓舞するように、イザークは薄明るい夜空に吼えた。


「『この程度の傷がどうした』、ですか……。あくまでも、戦い続けることが誇りなのですね」
 バイデンの言葉を理解するカルナが、聞き留めた言葉を短く訳し、かぶりを振る。一縷の望みを抱いていた彼女だが、言葉を交わすにもまずは勝たねばならない、という現実を思い知らされるばかりだった。
「ならば、少しでも早く決着がつきますよう。主よ、御身に従う子羊への恩寵をどうか――」
 典雅なる詠唱によって現世に顕現したのは、やわらかくリベリスタ達を包む、人ならざる存在の息吹。
 だが、高位存在の恩寵すら、リベリスタ達を癒しきるには至っていない。積み重なっていく傷。双方まだ一人の脱落者も出さない状態で、最初に不利を悟ったのは、やはり戦場を俯瞰する後衛陣だった。
「これだけ撃っても、まだなの……!?」
 四回。それが、切り札たる火の雨の使用回数だ。出し惜しみなくカードをばら撒いて、けれど唯の一人も倒れていないというタフさに京子は舌を巻く。
 拓真達が敵を食い止めてくれている間の、杏樹と二人、全体攻撃による速攻。並のエリューションならば、二重に降り注ぐ火の矢だけで粗方が消し飛んでいただろう。だが、もちろんバイデン達は並ではない。
 そして、前衛達よりもバイデンの戦士の方が多い、という状況が深刻さを加速させていた。ブロックに忙殺され、攻撃を集中させるという余裕が失われていたのだ。
「臆病者は失せろ! 真の戦士以外はこの場に立つ資格はない!」
 カルナの通訳を借りながら、右腕を大きく横に振り、まるで追い払うような仕草をしてみせる悠里。それは、前衛のバランスを変えるための一世一代の演技。果たして、若いバイデンが二人、いきり立って彼に殺到する。
「少し時間を稼ぐ。カルナに傷でもつけたら承知しないぞ!」
「……少し黙っていろ」
 そんなリスクを重ねてさえ、後衛すら、もはや安全とは言いがたい。聞こえてきた悠里の叫び声に舌打ち一つ、守備に回っていた霧也は先手を打って、迫る剛剣の戦士へと斬りかかった。
「滅びるがいい……!」
 風を切って一閃、だが手応えは浅い。
『――!』
 そして報復は苛烈に。風切り音というにはあまりにも豪快な――ぶぉん、と空気を圧する音を立て振り下ろされたバイデンの大剣が、まともに肩に食い込んだ。
「く――!」
「やせ我慢も過ぎれば迷惑よ。痛いなら痛いと言いなさい」
 それとも痛いのが好きなのかしら、と唇を曲げるティアリア。触れた掌から光が溢れ出し、霧也の身体を包んで敵意への守りと変わる。
「それにしても、どうしようもない乱戦ね。これは、わたくしも無理のしどころかしら」
 鎖付きの鉄球に、堅牢なる鎧。彼女自身は決して殴りあう素養など備えてはいなかったが、それでも幾分かは耐えてみせると――そう考えてしまうのは、『先生』らしく丸くなった証拠だろうか。
「ふふふっ、さあ……わたくしを倒してこの先に進んでごらんなさい?」
 蟲惑の笑みは挑発的。サディスティックなプリンセスが立ち塞がるその後ろから、京子の拳銃が火を吹いた。
「何度だってあったよ、避けて通れない、苦しい戦いは」
 避ける暇さえない抜き撃ち。機械の如き極限の集中力と思考を動きに反映させる反射神経が、彼女に獲物を逃すことを許さない。
「けれど、勇気を振り絞って、覚悟をして、立ち向かってきたんだ!」
 目を逸らさない京子。肉を抉り、大穴を開けて貫く銃弾。戦いの高揚で痛覚を忘れたかのような鬼神も、これには苦痛に顔を歪める。
 そして、リベリスタはチャンスを逃さない。
「守ると約束したからな。悪いけど、火傷程度じゃ済まさない」
 階段室の壁に背を預け、自分の身長ほどもある弓銃を構える杏樹。既に矢はセットされ、弦は歯車で引き絞られている。
「全ての子羊と狩人に安らぎと安寧を――Amen」
 引き絞られた弦を解き放つ。ただ一瞬、殺意が宙を駆ける。突き立つクォーレル。
『――!!』
 絶叫。吐血。口から溢れた肌よりも赤いものには構いもせず、手負いのバイデンは巨大なる剣を再び振りかぶる。
 切り伏せられるのは霧也か、ティアリアか、それともその背後の自分ごとか――覚悟。恐怖。
 いずれにせよ、目は逸らすまい。杏樹の瞳が焔のように力強く輝く。
 だが。
「――君達はただ総力を挙げてくれれば良い」
 バイデンの動きが止まる。その背に突き刺さるオーラ。迷彩服を着込んだ雷慈慟の指から一直線に伸びた気の糸が、バイデンの臓腑を貫いていた。
「戦いは手段に過ぎん。目的は別にある」
 ブロックに参加し、狙撃を行い、溢れんばかりの気力を仲間に分け与えすらした。ほとんど乱戦に陥った前衛の中で、常に後方にも気を配っていた彼だから、後衛で起こっていた異変に真っ先に気づいたのだろう。
「正々堂々など言わぬ。這いつくばってでも戦い、優秀な者を生かす。ソレが自分の戦い方だ」
 背を撃ったことを引け目には思うまい。何故ならばそれが戦闘だからだ。何故ならばそれが闘争だからだ。
「仲間と共に生還することが、自分の戦争だからだ。……そういうモノだ!」
 味方を危地に曝すような、ちっぽけなプライドに用はない。それが、ゲリラとして戦い抜いた雷慈慟が心に抱く、一片の真理だった。
『――』
 止めを刺されたバイデンが、ゆっくりと倒れる。血だまりが広がっていく。

 同じ頃。
「――なんて、強い人」
 目まぐるしく相手が変わる――戦線の構築を放棄した以上、そう動かなければ集中攻撃を食らってしまうだろう――戦場で、スペードも、また端正な美貌にいくつもの傷を負っていた。
 今目の前に立つのは、細身の剣と甲羅の盾を構えた熟練の戦士。
「ゲオルギィさん、きっと私の力は、長き戦いで磨かれた貴方には届かないのでしょうね」
 既に運命の加護など、何処かに置き去りにしていた。幼く儚げな容姿とは裏腹に、剣士として相当な実力を持つスペード。その彼女ですらついて行くのは容易ではない。
『――』
 ぐわらり、と少しこけた頬を歪めるゲオルギィ。彼が何を言ったのか、ふと知りたくなった彼女だが、さりとてカルナに通訳を頼むわけにもいくまい。
「……ごめんなさい、私の力は付け焼刃のようなものですから。きっと、貴方には物足りないでしょうね」

 ――なりそこない。

 彼女が抱く想いの織をただ一言で表すならば、つまりはそういうことなのだろう。
 人として普通の幸せを掴むことが出来なかったなりそこない。
 長らく運命の寵愛を得ることも出来なかったなりそこない。
 眩しい友人のように生きることも出来ないなりそこない。
 護り抜くことも出来ない、なりそこない。

 嗚呼。
 それでも、だ。
 それでも、護りたいと願うこと、それだけは嘘ではないのだ。
「届かないならば、せめて磨き上げた私の『弱さ』こそを刻みましょう」
 蒼橙二色の瞳が揺れる。怖い。相手の力は圧倒的。それでも、逃げない。顔を背けない。
 それは奇跡でもなんでもない、泥濘でもがくような悪あがき。傷だらけの身体は悲鳴を上げ続けていた。恥も外聞もなく逃げ切れば、味方の支援が飛んでくると知っていた。
 けれど。
「この場は、私が引き受けます。それが私の誇りですから――!」
 気力一つで斬り込んだ。血華が舞い、次いでどくん、と何かが身体に流れ込んでくる感覚。それは、血の一滴すら逃さない、ヴァンパイアの作法。
 そして。
『――!』
 ゲオルギィの刃がスペードを下す。
 だが、一歩たりとも退くことのなかったリベリスタを、誰がなりそこないと嗤うだろうか――。

 バイデンとリベリスタ、二人の脱落は、混沌とした戦場を加速させた。
 そして、それからしばらく。
 天秤が傾きを深めようとする中、次にベクトルを加えたのは、羊の角持つトリックスター。
「強き者、バイデンの戦士イザーク。あなたと一騎討ちを望む戦士がいます」
 通訳たるカルナの張り上げた声と共に、ルカルカは殊更ゆっくりと進み出る。


『は、バイデンの戦士か。『外の者』にしては、断れぬ言い方を知っている』
『――イザーク』
 窘めるゲオルギィを五月蝿げに振り切って、イザークもまた前に進み出る。バイデンの戦士。その称号は若者の自尊心をくすぐる、この上なく甘美な餌だった。
『止めてくれるなよ。確かにあれも、ひとかどの戦士らしい』
 脚を活かして一瞬と留まらずに位置を変え、変幻自在に攻め立てる。それはイザークの好みではなかったし、彼に出来る戦い方でもないが、だからこそ、その実力を認めるにやぶさかではないのだろう。
『イザーク・フェルノ、行くぞッ!』
「ルカ、羊、ソミラ。ルカが勝ったらお嫁さんにしてあげる」
 次の瞬間。
 さらに一段ギアの上がった速度で、一息にルカルカが距離を詰める。
 手を変え品を変える変幻自在の剣技が持ち味の彼女、しかし小回りは利けどリーチの短いナイフでは、どうしても間合いを縮め、懐に飛び込む必要があった。
「もしルカに勝てたら、お嫁さんになってあげる。どっちにしても楽しみよ」
 魔力を帯びたナイフが、基地の照明を浴びて輝いた。それは光の飛沫。犠牲者の精神を絡め取る幻惑の刃が、無数に突き立てられる。
『――!』
 期待はしていなかったが、イザークの強き精神は魅了の光を寄せ付けない。紅蓮の戦士が何事かを叫ぶ。もう、彼女の耳にカルナの通訳は届いていなかった。
「戦うことの方が、言葉よりよっぽど雄弁だと思うわ」
 力強く伸びる剛槍が、しどけなく露になった腹を狙う。だが、咄嗟に振った少女のマントが、殆ど奇跡的に穂先を包み込み、いなした。
「ふふん、チェックメイト――!?」
 勝利を掴んだかと思ったのもつかの間。獲物を掴むイザークの二の腕が、ぐ、と膨れ、盛り上がった。そのまま力任せに横殴りに振り払う。軽量級の哀しさか、身体ごと持って行かれ、たまらずマントを手放すルカルカ。
 ナイフが幾度も閃く。
 骨槍が急所を食い破らんと踊る。
 何度目かに飛び込んだ少女の即頭部を、横薙ぎに振り払った槍の柄が強かに打つ。脳震盪。暗転する視界。意識が遠くなり――そして、引き戻す。
「こんなステキな月の夜、デートのお誘いを断るなんてできないのよ」
『認めよう、この身を焦がす高揚を!』
 運命はトリックスターに今しばらくの猶予を与えた。通じない言葉。けれど、何を言わんとしているか、互いの表情は、血塗れの得物は雄弁に物語る。

「ルカルカさん……!」
 十字を戴く権杖を握り締めたカルナの手は、もとより白い肌が血流を妨げられ、完全に色を失っていた。
 理屈では判っている。だが、感情は往々にして理性とは一致しないのだ。
 先手を取って釘を刺すティアリア。なんであれ、一騎打ちは始まってしまった。それ故に、彼女の冷徹な思考の大部分は、この状況を如何に利用するかに向けられていたが。
「でも……!」
「知っているわ。わたくし達リベリスタは、個がそこまで強いわけではないということくらい」
 だからこそ、協力し合い助け合って強敵に立ち向かう。それはティアリア先生に言われるまでもなく、誰もが理解していることだろう。
 でもね、と。
 彼女は微笑んだ。それは敵と味方の血に塗れた戦場には、不似合いなほど艶やかで。
「勇猛と野蛮は違うのよ。ルカルカは自分の信じるものの為に戦っているわ」
 邪魔をしたら、あっちが怒るわよ。それは冷徹になりきれない、贅肉とも呼ぶべきものなのだろう。それが心地良いのが、彼女には少し意外だった。
「私も邪魔はしない。手は出さないよ」
 京子が自分に同調したことも、ティアリアにはまた意外ではあったのだが――まあいいわ、と肩を竦めて。
「今夜はこんなにも風が気持ちよくて、良い気分よ。……ふふ、癒し手と思って油断したら、痛い目を見せてあげる」
 敵手に足止めされた霧也を横目に、階段室へと迫るバイデン。前に出たティアリアの握った鎖の先端の鉄球が、戦士の顔面へと突き刺さった。折れ飛ぶ牙。
『やるじゃあないか』
 鼻の骨は折れているだろう。悪相を歪め、血に染めて、それでも戦鬼は愉快げに相好を崩す。
『――ああ、楽しいなぁ!』

 視界の外から瞬速で詰め、ヒット&アウェイを繰り返すルカルカ。
 問答無用のパワーで、小細工を正面から踏み潰すイザーク。
「ルカ、戦うのが好き。……強い人も好きよ」
 姿勢を低く低くして、地を這うようなダッシュ。短いナイフの輝きに闘志を漲らせ、彼女はイザークの顎を狙い、跳ね上げるように斬りつけた。
『浅い!』
「うん、それも予想済み」
 斬りつけた傷は浅い。けれどここまでは、幻惑の剣技の一段目。
 逆手に持ち変え、抉り取るように振り下ろす。狙うは左手の筋。ざくり突き立った刃は、一時的にせよ彼を追い詰める。
『俺はバイデンだ! バイデンは怯まない!』
 飛び退って彼の間合い。鋭く衝く。片手というハンデを信じさせない、風を捲く堂々たる槍先が、ルカルカの肩を貫いて。
 続く数合。
 いつ果てるともなく続く二人の戦場舞踏。
 だが。
「……ルカ知ってる。戦うことでしか判り合えないってことは、戦えば判り合えるってこと」
『愉快だったぞ、『外の戦士』』
 ついに、オーガの牙が羊の肉を捉え、噛み砕く。
 槍を大きく振り払えば、穂先からすっぽぬけた少女の軽い身体が、小さく床に跳ねて転がって。

『……プリンスも壁を越えたか』
 夜を震わす、何度目かの振動。そして、一際大きな轟音。
 グレイト・バイデンが、この拠点の周囲に巡らされた外壁を突き崩した音。
 意識を失った少女は、もはやその音を聞いていなかった。


「判っているのです。判っているのです、でも――」
 苦しげに呟くカルナ。ルカルカが助けを望まないだろうことなど、判っていた。
 最強の敵を釘付けにする、一騎討ちという舞台を守るため。そして何より、彼女自身のプライドのために。だから、最後まで助けなかった。助けることが出来なかった。
「その先が、命の奪い合いである必要はあるのでしょうか……」
 胸に揺れるは銀十字。嗾けたのは自分だ。揺れる。揺れる。それでも、傷つく仲間を前にして懊悩の中に沈んだままではいられない。再び紡ぐ詠唱は、意外なほどに落ち着いていた。
「導いてくださいとは願いません。けれど、私達が選び取るための力を――!」
 つれない神も、真摯な祈りには力を貸す。ほとんど立てこもる階段室から身を乗り出すようにしてカルナが戦場に届けた息吹は、崩れそうな戦線をいまひとたび立て直す。
 ティアリアは既に倒れ、階段室に運び込まれていた。彼女を仕留めたのが革袋から取り出した投石であることを思えば、カルナの振る舞いは危険ですらあったが。
「舐められる訳にもいかないでしょう? なら、歩みを止めないことね」
 第一、アレにレディーファーストなんて常識はなさそうだし――乱戦の中で下がっていたこじりがそう付け加えたのは、慣れぬ冗句だろうか。そんな不器用なエールを受け、カルナはその背に小さく礼を返す。
「どうか少しでも見出してください。今とは異なる戦いの目的を」
 それだけはバイデンにも伝わる言葉で祈る。いつか、彼らの耳にも届く、と信じたかった。
「話の通らない相手なら、力ずくで判らせてやる」
 出入り口の脇、壁に背を預けたままの杏樹が、文字通り矢継ぎ早に――速射には向かぬ機械弓ではあるが――太い矢を撃ち込んでいた。
 ――あの時もそうだった。
 祈りを捧げるもう一人のシスターを、杏樹は時折救い難いとも思う。艱難辛苦を与えたまえ、などというメンタリティは彼女にはない。信仰によって行動の全てを律することもない。
 それ故に。
「理不尽な神様。私は貴方が嫌いだよ。いつかぶん殴ってやりたいって、いつも思ってる」
 最後衛に近い彼女すら、無傷ではなかった。投石、トマホーク、そして後衛まで容赦なく雪崩れ込む赤い疾風。
 失敗を許さない射手の視線が、正確に獲物を射抜く。かすかな音すら聴き逃さない耳が、風が乱れる音すら精緻に捉える。
「でも貴方の次に、私はこんな壊すだけの力が嫌いなんだ。だから――今は貴方に祈らせてくれ」
 Amen.
 かくあらせたまえ。
 囁くようにお決まりの文句を唱え、相棒たる女神を構え直した。双翼が大きく広げられる。弦に番えた矢が、翼の羽ばたきと同時に宙を駆ける。
「みんなで帰るために、ここは一歩も譲らない。それが私の意地だ」
 突き立った場所は喉笛。もんどり打って倒れる戦士に、彼女はひとつ頷いて。
 ――手が届く限り、私は諦めない。
 視界には、霧也を下した新手のバイデンが、自分を目掛けて突っ込んでくるのが見えていた。

「ち、面目が立たぬことこの上ないな」
 雷慈慟の気糸は、何度あの巨獣の甲羅に阻まれただろうか。バイデンの知恵者、熟練の剣士。ゲオルギィの卒のない動きに、彼は心中舌を巻く。本来なら二人掛りの心算だった拓真は、他のバイデンを止めることで精一杯になっていた。
 目の前の相手が『特別』でないことは、もう判っている。認めよう。このバイデンの部隊は、紛うことなき最精鋭。リベリスタ達がこれまでに戦ったバイデンのデータと比べても、それは明らかだった。
「だがな、退くわけにはいかんのだ、我々は」
 戦場の全体を把握することに努めた雷慈慟だ。撤収という単語が脳裏を掠めなかったといえば、嘘になる。七対七。この戦場に話を限れば、もはや趨勢は明らかだった。
「……退くわけには、いかんのだ」
 しかし、撤収は出来ない。この橋頭堡のいたるところで繰り広げられている迎撃戦。早期に戦線が崩壊し、この精鋭部隊が兵舎の外に解き放たれてしまったら――もはや、勝ち目はあるまい。
「防御に回せば攻撃がしにくくなるはずだ。遠慮せず食らえ」
 だから、愚直なまでに繰り返した。幾度目かの気糸。右足目掛けて伸びるそれは、ついにゲオルギィを捉え、神経に引っ掻くような衝撃を齎して。
『こ……のっ!』
 翳した右手の先に展開するリアクティブシールドが、戦士の剣を食い止める。もっとも、徐々に押されているようには見えはしたが――。
「ここは任せてもらおう。諸君らは教えてやれ」
 守るべきモノの為。
 掴むべきモノの為。
 戦う我々の強さを!
「もちろんだ」
 仲間が任せろと言ったのだ。ならば、拓真は否とは言わない。雷慈慟が仲間であり、そして一人の戦士であるが故に。
「神秘探究同盟、第八位・正義の座の名において――」
 ゲオルギィでも、ましてやイザークでもないバイデン。しかし、目の前の敵は、間違いなく自分よりも強い歴戦の強者だ。そして、救い難いことに、彼もまた強者との戦いを求め、興奮を感じているのだ。
「お前達をを止めてみせる!」
 死線。
 ひりつくような戦場の感覚。ぬるまった夜の空気を引き裂いて、黒衣の剣士が奔る。
 拓真が放つ剣戟は、己の全てを賭けた一閃。
 気合の声と共に全身に纏った闘気が爆発的なエネルギーとなり、打ち刀を通してバイデンへと注ぎ込む。
 ――だが、まだ足りない。
 倒すには至らない。
「一度でダメならば、何度でも繰り出すまでだ……!」
 もう一度。
 もう一度、身体よ動け。
「おおおおおっ!」
 振り下ろされる大斧を愛刀で弾いた。意外なほど軽い、鈴のような音。だが、拓真の刃は止まらない。流れるような剣筋をなぞり、敵のがら空きの胴に叩き込まれる。
『――!』
 血煙。大きく開いた傷口に、しかしバイデンは、まだだ、と誇示するように得物を振りかぶる。しかし、リベリスタはそんな隙を見逃さない。
「どんな時だって。もう駄目だ、なんて言わないよ――絶対に」
 京子の掌で重みを増す、黒光りするリボルバー。じとりと汗が滲んでいた。もしかしたら、小さく震えていたかもしれない。
 今夜、多くの戦いで、多くの命が消える。それは疑いようもない未来視。
 けれど、全ての恐れと弱音を、今は飲み込んで。
「確定した未来なんてない。でも、もしそんなものがあるというなら」
 ――私が変わる、自分で変えてみせる!
 弾丸に込めるは京子の覚悟。勇気。そして、強い意志。運命すら喰らえとの決意を胸に、人差し指が引鉄を引く。
「私の銃声(うんめい)を、この戦場で誰よりも大きく響かせる!」
 解き放たれた魔弾は、手負いのバイデンへと吸い込まれ――心の臓を穿ち、大輪の血の華を咲かせた。

 戦いは続き、そして収束していく。終息していく。
 三人目のバイデンを仕留めた、それはリベリスタ達の最後の反攻だった。後は、力尽きていくだけ。拓真が。雷慈慟が。そして。
「知ってる? 貴方達がしていたことは、『弱い者虐め』って言うのよ」
 肩で息をするこじりがこの期に及んでそう告げたのは、何も負け惜しみではない。バイデンは強い。それを認められないほど、彼女は狭量ではない。むしろ、逆だ。
 何故。
 何故フュリエと争うのか。
 それは、心優しきカルナや、吹き荒れる暴力に怒りを示す杏樹とは別の思い。得物を交わせば判る。バイデンの力の行く先は、例えばこの無骨な厚刃の元の持ち主、赤い鬼神にも似て――。
「……言葉は通じないのだったわね」
 まあいいわ、と息を吐く。想像していたよりもずっと陽性の存在であったことに戸惑いは隠せないが、さりとて態々負けてやる理由などないのだ。
(彼ならば、もっと暑苦しく言い募るのかもしれないけれど)
 何故だか負けた気がして、その思いは口に出さず――全身に漲らせた闘気を、黒刃へと意識して集中させていく。
「ただただ戦いを求めるだけの存在なんかに、負けていられないのよ」
『――!』
 バイデンが吼えた。構わずに一歩踏み込み、片手で扱うには重過ぎるそれを唐竹割りに振り下ろす。大剣を淡く輝かせるこじりの闘気が、光彩となって爆ぜる。
 それは、彼女の渾身の、会心の一撃。
「……太陽までは、後どれ程あるのかしらね」
 それでも届かないと、判ってしまう。突き刺さる剣と槍。意識を失う直前、仰向けに倒れた彼女が見たものは、異界の夜空に燦然として座す三つの月だった。
「悠里!」
 その声を聞いて、悠里はまだカルナが健在であると気づく。逃げて、とは言わなかった。自分に逃げるつもりはない。ならば、彼女が自分を置いて逃げることもないだろう。
(それくらいは、惚気させて貰ってもいいだろう?)
 もちろん、ごめん、とも言わない。それは、カルナの覚悟を否定するのと同じだ。なら、一分一秒でも長く、バイデン達をこの場に釘付けにすること。それが今やるべき全て。
「君たちは強いよ。だけど僕達の、守る強さってものを見せてやる!」
 気力ももはや尽きていたが、白い手甲で殴りつける度に精気を吸い上げ、かろうじて態勢は整えていた。おそらくこれが、正真正銘のラストカードになるだろう。
「悠里、階段まで下がるんだ」
 援護とばかりに彼の周囲に着弾したのは、杏樹の放った流星の光弾。次いで響いた銃声は、京子の拳銃だろうか。それは退路を確保するための弾幕。
 だが、彼は小さくかぶりを振った。半ば囲まれている――どうやら、バイデン達は彼を逃がすつもりはないらしい。
『――』
「……問おう。俺達は臆病者か」
 カルナが訳したイザークの問いに、彼ははっと息を呑んだ。嗚呼、雪辱に燃える彼らにとって、それはどれほどに看過出来ぬ侮辱と聞こえたのだろうか。
「……いや、違う。悪いことを言ったね」
 ゆっくりと首を振った。奇しくもルカルカが言った通り、拳を交えれば見えることもある。これは、その類だ。
「そして認めよう。僕は弱い。ヒーローになんかにはなれない」
 きっ、と悠里は前を向く。両手の手甲を打ち鳴らす。小さく、雷の火花が散った。
「けれど、『僕達』は勝つよ。必ず……!」
 それは、かつての臆病を克服した彼の、大いなる意地。
 全霊を込めた稲妻の拳が、イザークへと吸い込まれ――。


『戦いは終わりつつあるか』
 翼竜の背から見下ろし、イザークは残念そうに一人ごちる。グレイト・バイデンがこじ開けた防壁の割れ目から突入した者達。あるいは、他の方角から壁を乗り越えた者達。勝ったにせよ負けたにせよ、今から再降下して『愉しめる』場所はなさそうに思えた。
『まあいい。俺達は勝った。バイデンの戦士であると、自身の手で証したのだ』
 兵舎の屋上から飛び立った、未だ主を失っていない六匹の翼竜。
 高揚を隠せないバイデンの戦士の手には、闘争の中で力尽きた同胞の得物。
 そして。
『戦いはバイデンの全てだ。そしてバイデンに必要なのは『強敵』だ。もはやお前達を、『外の者』とは呼ぶまいよ』
 意識のない二人のリベリスタ。流れるような髪の蒼の少女と、海賊めいた衣装の青年。
 スペードと悠里もまた、イザークとゲオルギィの翼竜に乗せられていたのだ。

 ――『外の戦士』よ、お前達は、もっと俺達を愉しませてくれるのだろうな。

■シナリオ結果■
失敗
■あとがき■
 お疲れ様でした。

 素晴らしい気合を感じさせるプレイングでした。
 特に、誰一人撤退を考えないという覚悟には、最大級の加点をしています。オープニングにある通り、このシナリオは時系列的に撃退戦でも後半であり、また敵戦力も最精鋭です。つまり、早い段階で壊滅・撤退していた場合、場合によっては単なる一敗以上の結果になっていたかもしれません。皆さんが粘りに粘ったおかげで、時間を稼ぐことに成功したのです。

 失敗の理由を端的に言えば、『正面からぶつかっても勝てない』と明言されている相手に正面から挑んだからです。イザークとゲオルギィはバイデンとしてはかなり理知的な方ですが、それでも色々とやりようはあったでしょう。
 また、一騎討ちについては、バイデンの性格的に受けるだろうという推測は正しいです。ただ、そうやってイザークを釘付けにしている間に、他の人が何をするかという連携がなかったので、もったいなく感じました。
 戦術的には、ブロックについて、具体的に意識してプレイングに盛り込めると、もっと良くなるかなと思います。

 ご参加ありがとうございました。また、次の戦場でお会いしましょう。

====================

設楽 悠里(BNE001610)、スペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654)
は捕虜としてバイデンに拉致されました!