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滲む月光と夜想曲

●月の音色
 夏は疾うに訪れていると云うのに、寒さすら感じる夜だった。
 夜な夜な、誰も居ないはずの屋敷から弱々しく響くピアノの音色。その正体を確かめるため、少年はたった一人で真夜中の冒険に出かけた。

 裂けたフェンスの間を潜り、朽ちかけた屋敷の窓から中を覗く。
 その部屋の隅には古びたグランドピアノが置かれており、鍵盤の蓋が開かれたままになっていた。射し込む月の光が鍵盤を照らしている。遠目からも埃が積もっているらしき盤には使われた形跡は見えない。
(「何だ、やっぱり噂に過ぎなかったのか。つまんないな」)
 拍子抜けした少年は息を吐き、ピアノから視線を逸らす。
 だが――次の瞬間、屋敷の中から幽かな音色が響きはじめた。
「……っ!?」
 確かに、先程までは誰も居なかったはずだ。しかし視線を戻した今、髪の長い女がピアノの前に座っており、鍵盤を爪弾いていた。その周囲には不可思議な蝶が舞っており、音色に合わせるように翅をはためかせている。
 突然のことに驚いて目を見開いた少年。その気配に気付いたのか、女が窓辺を振り返った。
 二人の視線が重なった瞬間、月が雲に隠れて光が消える。
 鳴り止むピアノの音色、響く絶叫。やがて、雲の影からふたたび月が見えはじめた。射し込む淡い月光が照らし出したもの、それは――亡骸と成り果てた少年の姿だった。

●響く蝶律
「流れていたのはクロード・ドビュッシーの『月の光』だった」
 アークのとある一室にて。『サウンドスケープ』 斑鳩・タスク(nBNE000232)は万華鏡から得た未来の光景を語り、そこに響いていた音色の題名を告げた。そして彼は、皆にも馴染み深いんじゃないかな、と用意した音楽機器のスイッチを押した。
 やさしく静かなピアノの旋律が流れる中、タスクは語る。
「皆に倒して欲しいのは、廃墟に現れるE・フォース。姿形は髪の長い女性。彼女……いや、『それ』は夜になると、廃墟の広間に置かれているピアノの前で演奏を始める」
 それが今、この場に流れている音楽だ。
 何ともお誂え向きに、廃墟のひび割れた天井からは月光が射し込んでいる。そんな場所でE・フォースが何のために、どうしてピアノを演奏するかまでは解らない。
 だが、その存在をいつまでも放置しておいてはいけないことだけは確かだ。
「敵は演奏を邪魔する者を攻撃するようだね。ピアノの旋律も本物じゃなく、何か魔力的な力が音となって響いているだけみたいだ」
 戦いとなれば、女性は演奏を止めてしまう。
 その周囲には配下らしき幻の巨大蝶が舞い、女と共に此方を排除しようと襲い掛かってくるだろう。フェーズも随分と進んでいるらしく、上手く対応しなければ苦戦を強いられる。
「それと……皆が向かう時間に前後して少年が屋敷に向かうんだ。彼は屋敷の内部には入ったりはしないけれど、近くをうろつかれると厄介だからね。どうにかして遠ざけるか、追い払うかしておいてよ」
 面倒かもしれないけど、と付け加えたタスクは其処で話を締め括る。
 朽ち果てた場所に木霊する、心寂しい旋律。
 はたして『それ』は何を語り、何を紡ごうとしているのだろうか。その真意が知れることは無いかもしれない。それでも、どうか向かって欲しいと告げた少年は、リベリスタ達を見送った。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:犬塚ひなこ  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年07月23日(月)23:31
●舞台
 時間は真夜中。今は誰も住んでいない廃墟のお屋敷。
 屋敷への侵入は容易。ピアノが置かれた広間はがらんとしており、戦闘にも支障ありません。

●E・フォース
ピアノの女
 長い黒髪を持つ女性の姿をしたE・フォース。
 言葉は喋らず、かすかな笑みを浮かべながら攻撃的な魔力を振るいます。能力は『魔曲・四重奏』『葬操曲・黒』に似た力を使う様子。WPも高めです。

幻想蝶×3
 女性の周囲を舞っている半透明の蝶。
 『翅の旋律(神近単/鈍化)』『吸血(物近単/自分回復)』の力で女性に近付こうとする相手をブロックする傾向にあるようです。

●少年
 未来視で視得た犠牲者の少年。肝試し感覚で屋敷を訪れます。
 何らかの対処をしないと巻き添えをくらって死す可能性がありますので、ご注意ください。事前に驚かせて追い払うなり、来てしまった場合に庇うなり、対処は皆様にお任せします。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
スターサジタリー
ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)
ソードミラージュ
★MVP
仁科 孝平(BNE000933)
スターサジタリー
リーゼロット・グランシール(BNE001266)
ソードミラージュ
武蔵・吾郎(BNE002461)
クリミナルスタア
晦 烏(BNE002858)
クロスイージス
日野原 M 祥子(BNE003389)
ダークナイト
安羅上・廻斗(BNE003739)
デュランダル
水無瀬・佳恋(BNE003740)


 夜に響く音色が静寂を彩ってゆく。
 静かに、やさしく、奏でられたピアノの旋律は何処か物悲しくも聞こえた。虫の声さえ聞こえぬ夜、見上げる空には月が浮かび、耳に届くのは幽かな音のみ。
「優しくも切ない音色……」
 『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)は音色に耳を澄ませ、ふとした呟きを零す。本当はこのまま独奏会を堪能していたいのだけど、そうも行かない。
「まったくだ、これから巻き起こす喧騒が少々バカらしくなってくるわな」
 密やかな声で同意を示した『足らずの』晦 烏(BNE002858)も、紫煙をくゆらせながら月の光の旋律を聞いた。先程、『仁狼』武蔵・吾郎(BNE002461)が脅かしたことによって逃げて行った少年を思い返しながら、烏は戦いへの決意を胸に秘める。
 月夜に出歩く悪い子は俺が喰っちまうぞ、と告げた時の少年の顔は恐怖に引きつっていた。
 くたびれたコートを脱ぎ棄て、その光景を思い出した吾郎は苦笑いを浮かべる。流石に脅かしすぎただろうかと思う心もあったが、それが彼の身の安全に繋がるのだ。
 廃墟の中から響き続けている演奏は、徐々に佳境に入りかけている。
 往くか、と吾郎が目線で告げると、『戦士』水無瀬・佳恋(BNE003740)が頷きを返す。そうして、幽かに紡がれていた演奏が終わりを告げた時――リベリスタ達は廃墟屋敷に足を踏み入れた。
「さて、戦闘を開始しましょうか」
 佳恋は身構え、仲間達と共に例の広間の中へと突入する。
 ただ、古びたピアノだけが置かれた場所。そこに佇む女も漸く此方に気付いたらしく、虚ろな瞳をリベリスタ達に向けた。その視線を受け、安羅上・廻斗(BNE003739)は携えた鞘から剣を抜き放つ。
「今の曲が貴様への葬送曲だ。さあ……始めるぞ」
 幽霊じみた相手に思うことはあれど、やるべきことは目の前の超常を滅ぼすことのみ。女の周囲に巨大な蝶が現れる様を見遣り、廻斗は己の身に戦気を漲らせた。
 虚ろながらも、感じるのは射抜くような敵意。
 彼女は何かピアノに執着でもあるのだろうか。ふとした思いが過ぎるが、『銃火の猟犬』リーゼロット・グランシール(BNE001266)は首を振って考えを振り払う。
「まぁ、知る術もありませんし、知っても仕方のない事ですから……すべき事は何時も通りに」
 猟犬の牙たるライフルを構え、リーゼロットは神経を研ぎ澄ませた。
 翅をはばたかせる蝶を見据えた『宵闇に紛れる狩人』仁科 孝平(BNE000933)は、未だ耳に残るピアノの音色を思い返す。自分達がすべきことは、あれを最後の演奏にさせること。それが己の役割だと切に感じ、彼は身構えた。
「敵意を向けるならそれまで。あなたには力尽くで消えてもらうわよ」
 『蜂蜜色の満月』日野原 M 祥子(BNE003389)も戦闘態勢に入る女と蝶たちに視線を向け、自分の決意を口にする。そのとき、霜月ノ盾を構えた祥子の元に、天井からの月光が射し込んだ。薄い光を反射した盾の煌めきは冷たく、しなやかに――。
 これから巡る戦いのはじまりを表すかのように、静かな色を宿していた。


「貴女はこの屋敷の人? それとも……その埃を被ったピアノそのものかしら?」
 ピアノの前の女に問い掛け、ミュゼーヌは銃の引鉄に手をかけた。無論、女は薄く笑むのみで答えは帰って来ない。次の瞬間、解き放たれた銃弾が女を護る蝶達に向かう。蝶に対して飛翔するのは蜂のような襲撃だ。弾丸は敵の羽を貫き、鋭い衝撃を与えた。
 そこに続き、孝平が敵に向けて駆ける。
「犠牲者を出させるわけにはいきませんからね」
 言うと同時に風の如き衝撃を走らせ、孝平は一番手近な蝶を切り裂いた。
 だが、蝶とて反撃に移り、失った力を奪い返す為に孝平へと飛び掛かった。口器が血を吸い取るべく伸ばされ、鋭い痛みが彼を襲う。しかし、未だ倒れる程度ではない。何とか痛みに耐えた孝平の傍を擦り抜け、廻斗が剣を振り上げた。
「ちらちらと邪魔だ……散れ!」
 赤く染まった刃が空気ごと蝶を裂き、片翅を破く。大きく傾ぐ敵を視界の端に捉えた廻斗はその奥に控える女を見据えた。彼女は己の死神たる存在に成り得るだろうか。ふと浮かんだ思いに自ら首を振り、廻斗は刃を斬り返す。
 そのとき、女が動いた。伸ばされた掌の先、魔力の鎖が前に出たリベリスタ達を包み込むように迸る。吾郎達の身を穿とうと唸る鎖は、鋭い痛みを与えていった。
 しかし、吾郎は怯むことなく往く手を阻む蝶に剣を向ける。
「あの音色は綺麗だった。だが、それは容赦する理由にはならないんでな」
 彼が呼び掛けるのは女への言葉。幻影を纏う刃は敵達を見る間に裂いてゆき、徐々にその力を削り取っていく。吾郎はそこに機を見出し、チャンスだとばかりに合図の眼差しを送った。その気配に気付き、烏は標的に狙いを定めようと指先を向ける。
 咥えた煙草から灰が落ち、烏の双眸がすっと細められた。刹那、眩い閃光が放たれる。
「悪いが終わりにさせてもらう」
 烏の告げた言葉同時に蝶は力を失い、一体目の敵が地に落ちた。
 残りの蝶達がこちらを屠らんとしてに佳恋に飛び掛かってきたが、祥子はすかさず天使の歌を発動させる。戦いの前に施した癒しの力があるとはいえ、それすら足りない。それゆえに回復の機は一瞬の油断すら出来なかった。
 前に立つ者達を補助するのが自分の役目なのだと律し、祥子は佳恋に呼び掛ける。
「大丈夫、あたしが支えるから!」
「ええ、お願いします。その分だけ、私は全力で参ります」
 佳恋は全身の力を集わせ、白羽の剣に込めた。ひらりと舞う蝶にしかと狙いを定め、斬り放った一閃は多大な衝撃を与える。しかし、蝶の翅が響かせた不思議な旋律がこちらの力を削っていった。
 一体を倒したとはいえ、絶えず紡がれる女の力もリベリスタを押していく。
 それでも、リーゼロットが信念を曲げることはない。銃口を向け、引鉄に掛ける指先に力を込める。彼女が思い、貫こうとする意思はいつもただひとつ。
「アークの敵を撃ち抜き、アークの為に――」
「さぁ、リーゼさん。蜂達による蝶狩りと行きましょう!」
 リーゼロットが紡いだ言の葉に続き、ミュゼーヌが放った銃弾が宙を舞う。そして、鋭い軌跡を残して撃ち放たれた一撃は二体目の蝶の翅を穿った。
 天井から射し込んでいた月はいつしか雲に隠れ、薄闇が辺りを包む。
 光の途切れた部屋の中、虚ろに笑む女は何を思うのだろうか。その答えすら見つからぬまま、互いに目配せを交わし合ったリベリスタ達は、残る女と蝶を見据えた。


 敵が紡いだ魔の旋律は猛威を振るい、リベリスタの身を蝕んでゆく。
 受けた呪縛の力が攻撃の手を阻み、廻斗は歯噛みした。そして、迫り来る蝶が弱り切った彼を狙って翅をはばたかせる。すかさず祥子が癒しの風を呼び起こすが、蝶の一撃はそれを上回るものだった。
 激しい痛みが廻斗の身体を駆け巡り、思わず膝をつきそうになる。
 しかし彼は床に突き立てた剣で己を支え、肉体の痛みと苦しみを凌駕して運命を引き寄せた。
「足りない……この程度では死ぬには足りん!」
 己に死を与えるならば更なる苦痛を、と痛苦を振り払った廻斗はしかと体勢を立て直す。
 そのフォローに回るようにして孝平が駆け、はばたく蝶の背後に回り込んだ。振り下ろされた刃は疾風のごとく、敵の身を幾重もの斬撃で翻弄する。
 そんな間にも女からの四重奏が放たれるが、その四色の魔光を受け止めたのは吾郎だ。
「……やれ、今の内だ!」
「ええ、この機を逃したりなどしません」
 敵を屠れ、という意思を込めて吾郎が向けた言葉に頷きを返し、孝平は二度目の斬撃を蝶に喰らわせた。鱗粉を散らした翅が震え、その身は見る間に伏してゆく。奏でられようとしていた幽かな翅の旋律は満足な音にもならぬまま、静かに消えていった。
 その最期を終わりまで見届けることなく、ミュゼーヌはただ一人残った女を見つめる。
 暗い広間の中、佇み続けるその姿は何処か物悲しい。
「貴女の奏でる旋律はこの世界を歪ませる。それは阻止しないといけないの」
 答えてくれないと分かっていても、ミュゼーヌは呼び掛けずにはいられなかった。これは世界を護る使命を帯びた自分達と、ただ歪みの旋律を奏でるだけの彼女との戦いだ。
 言葉と意思が交せぬ以上、決着を付けるのは力での衝突だけ。そのことをリーゼロットも分かっているのか、銃を握る手に力を込めた。
「……自分達は貴方を屠る。それだけです」
 そして、放たれた二人の銃使いの一撃は女の身を打ち抜く。
 一瞬、その体勢が揺らいだ気がした。しかし彼女は痛みなど感じていないかのように指先を振り上げ、更なる魔力の音色を奏でる。身体の奥にまで響かせるような激しい魔曲が生み出す鎖は変わらず、リベリスタ達を貫いていった。
 その衝撃は烏の身にも届き、鈍くも重い痛みが身を駆け巡る。
 一度は射程外に逃れようと考えたが部屋はそれほど広くはない。戦場の外に逃げ出すわけにもいかず、烏は衝撃を耐えてみせた。幽かな火を宿す煙草は既に短くなりはじめている。彼は紫煙を吐き出しながら、二四式・改を構えた。
 撃ち放たれた銃弾が空を切り、女の髪を掠める。
 そこに生まれた一瞬の隙を突き、佳恋は女との距離を一気に詰めた。怪談めいた姿をしている彼女の瞳が佳恋の姿を映し、緩められる。そこに何かを思わなかったわけではないが、彼女は怯まずに剣を掲げた。
「いかに曲や見た目が美しくとも、エリューションは滅ぼさねばなりませんから……」
 纏わせた雷の力が佳恋の身を迸り、確かな力となって刃に威力を宿す。
 己の身を走る痛みもあるが、彼女はそれにすら耐えて剣を振り下ろした。激しい音を立てて弾ける雷撃は女の身を激しく打ち、感電させてゆく。
 祥子は奮闘する仲間の姿をしかと見つめながら、誰も倒れぬようにと力を揮う。
 紡ぐ詠唱はさきほど演奏されていたピアノの音色にも負けないほどに優しく、緩やかに――癒しの力となって福音を響かせた。


 エリューションたる女の力も、あと僅か。
 この場に居る誰もがそう感じており、最後に向けて己の全力を尽くそうと決めた。いつの間にか雲隠れの月がふたたび姿を表し、月光が部屋に射し込んでいる。
 その光がピアノを照らす様は不思議と美しく思えた。
 まるで、近付く最期を彩るかのような光の筋。その煌めきを見た孝平は思わずはっとしてしまうが、此処で戦いの手を止めるわけにはいかない。眼鏡の奥の双眸で女を見据え、孝平は幻惑の力を刃に宿した。
「この月の光と共に、散って頂きます」
 静かな言葉と共に切り払われた斬撃が女の身を穿ち、その身を揺らがせる。
 相手も負けじと更なる旋律を紡いだが、それすらもう弱々しく聞こえた気がした。リーゼロットは感情と感慨を押し殺し、これで最後になるであろう一撃に向けて引鉄を引く。
 音の無い軌跡は女の虚ろな瞳を狙い打ち、ひといきにその眸を貫いた。
 身を散らされ、空洞のように空いた穴は何かを見つめるかのように虚空に向けられている。
「貴方は……月夜にピアノを弾いて誰かを待っていたの?」
 最後になるのだから、と祥子は問いかけてみた。相変わらず女は答えようとせず、鍵盤に触れたまま歪んだ笑みを湛えていた。もし、そうならば何てロマンチックだったのだろう。祥子は浮かんだ思いを裡に秘め、更なる癒しの力を周囲に解き放った。
 天使の息が傷付いた自分の身体を癒していく事を感じながら、吾郎は身構える。
 其処には思いがあったはずだ。それを自分達が伺い知ることは出来ないが、思いを巡らせることだけは出来る。そうして息を吸い、床を蹴りあげた彼は高く、天井近くまで跳躍した。
「ピアノの続きはあの世で頼む」
 言葉の奥に僅かな謝罪の意思を込め、吾郎が撃ち放った一撃が女の力を大きく削り取る。
 次の一手こそが終わりを飾るものになるのだろうと感じ、廻斗は剣の柄を握る掌に力を込めた。暗黒の魔力が彼の身を包み、その瞳が月光を映して妖しく煌めく。
「その魂ごと滅してやる、エリューション」
 たとえ相手がどのような者であっても、滅ぼすと決めたのだ。
 静かに言い放たれた言の葉が紡がれ終わったと同時に、廻斗の解き放った斬撃の力は女の身を精神ごと切り裂いた。鋭い衝撃を受けたその身体はまるで霧のように消えはじめ、そして――はじめから其処に何もなかったかの如く、消滅した。

 跡形もなく消え去った女がいた場所に、月光が落ちる。
 満ちる静寂の中、滲んだ光景を見つめるミュゼーヌはわずかに瞳を伏せ、小さく呟いた。
「貴女というピアニストがいた事、私は忘れないわ……月の光に抱かれ眠りなさい」
 それが世界を歪ませる存在だったとしても、戦いの前に聞いた旋律は確かな音色として優しく奏でられていた気がした。だからこそ、忘れないと誓う。ミュゼーヌの言葉を聞いた佳恋も共感を覚えたのか、倣って瞳を閉じた。
 祥子も静かな空気に身を浸しながら、少年に被害が及ばなくて良かったと胸を撫で下ろした。リーゼロットと孝平も、誰も欠けることなく無事に任務を果たせたことを確認し、仲間達の姿を見遣る。
 そんな中、烏は古びたピアノに歩み寄ると、盤に手を伸ばした。
「何が未練だったのかは判らんが……ピアノ、か」
 葬送の曲でも弾いてやろうかと思い至った彼だが、触れた鍵盤は音を紡がない。指先に残った感触を確かめるように何度か瞬いた烏は、代わりに火の消えかけた煙草を手に取った。
 音を奏でることのないピアノを見遣り、廻斗はふと首を傾げる。あの曲を聴いた時、何か不思議な感覚を覚えた気がした。だが、それはきっと気のせいだろう。彼はすぐさま浮かんだ考えを振り払い、この場を去ろうと踵を返した。
 その後、『真夜中にピアノを奏でていたのは屈強な狼男だった』という噂が広まりはじめることになるのは、また別の話。
 だが、その噂すらやがて消え去るだろう。
 かの廃墟にはもう何も残ってはいない。思いの欠片も、音色の残響も――。
 それらはすべて、月の光の旋律を聴いたリベリスタ達の記憶の中だけに収められたのだから。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
お疲れ様でした。
個人的に月の光はクラシックの中でも特に好きな曲目です。皆様が彼女の音色を聞き届けて下さったことは意外でしたが、最後の曲ということで実に良い選択だったと思います。

ご参加、どうもありがとうございました。