●通路にて アーク本部の通路の壁に貼り紙があった。ブリーフィングルームに急ぐ人々は目にすると、ほぼ例外なく優しい微笑を浮かべた。小さな子供が一生懸命に書きました、とアピールするかのような手書きで、拙い文字ながらも配色には目を引くものがあった。 見出しは水色で大きく、『夏は海です』と書かれていた。人によっては山かもしれない。渓谷に出かけて水遊びも考えられる。しかし、その企画者には海しか眼中にないらしい。言い切った一文に強い想いが込められていた。詳しい日程は下記に続く。 『○月△日です。午後十二時に○○駅に集まって』 指定された日に現地で集合と読み取れる。 『矢印の通りに来て。 着いた浜辺から泳いで。 小島でごはん。 また泳いで。 駅に戻ってお疲れさまでした』 ぶつ切りの文章なのに意味は理解できる。人間の脳は偉大であった。 一つ問題があるとすれば、貼り紙の内容を真に受ける人がいるかどうか――。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒羽カラス | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月21日(土)22:36 |
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■メイン参加者 21人■ | |||||
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●寂れた駅に 底抜けに青い空に白い雲。上空では両翼を広げたトンビが旋回しながら飛んでいた。遠くの方ではセミが鳴いている。 木造の駅舎に人はいなかった。駅員もいない無人駅。そこに白を基調にした一両の電車がやってきた。ぎこちなく止まってドアが開くと、ぞろぞろと乗客が降りてくる。保護者のような人物を含んでいたが大半は若い。十人以上の集団で金髪や銀髪の髪の色からも分かる通り、国際色は豊かであった。 改札に置かれた缶に次々と切符を入れていく。全員が出揃ったところに一台の自転車が横手から走り込んできた。今回の企画にトライアスロンを取り入れている人達がいた。その一人、快であった。二番手に涼しい顔の天乃が並んだ。やや遅れて夏栖斗と竜一の二人が自転車で並走して現れた。汗だくである。互いに争ったのか、太ももには白っぽい靴底の跡が付いていた。 「とらいあすとん!」 テテロは子供らしい笑顔で叫んだ。 残りの参加者は、あと一人。待ち切れない様子のモノマが真っ先に駆け出した。鷲祐が後を追い掛ける。エリスはデジカメを片手にひっそりと撮影に励んだ。チャイカは請け負った荷物を持って自前の翼で空をゆく。集団は砂山が崩れるかのように徐々に道案内の矢印の方向へと流れていった。 「銀輪部隊の出撃だーっ!」 勇ましい声を上げてベルカが登場した。足の回転程に自転車は速くなかった。巫女服をモチーフにした水着に着替えた御龍が労わるような目を向けた。 横に伸びた集団は白茶けた土蔵が建ち並ぶ石段を進む。道は入り組んでいる為、分岐には決まって手書きの矢印が貼り付けてあった。道幅はとても狭く、追い抜くことは相当に難しい。決戦の場は海に持ち越された。 風に磯の匂いが混じる。石段は下って前方が明るくなってきた。思い思いに喜びの声が上がる。自然に足の動きが速まった。 「貸し切り状態だ!」 防波堤の切れ間の先で誰かが声を上げた。僅かな間に集団が流れ込んだ。 待望の海があった。少し遠くに目指す小島が見える。左右は切り立った崖がうねるように広がりを見せていた。入り江なので波はとても穏やかだった。少し粗い砂浜で各々が準備に入る。 その中、鷲祐は服を着た状態で波打ち際に立った。モノマが背後から跳躍して肩に乗る。 「黒腕神牙ッ!」 肩車の体勢でモノマが叫ぶ。 「神速合体ッ!」 鷲祐が真顔で応じる。 否応なく周囲の動きは止まり、二人に視線が集中した。 「……伊達にアークの神速の二つ名を受けているわけではない。――行くぞモノマッ!」 「行け、鷲祐! 神速を見せろ!」 モノマの両足を両腕に抱え込んだ鷲祐は身体を小刻みに震わせた。爆発的な力で跳び出して海面を蹴った。二回、三回と跳躍して四十メートル辺りで力尽きた。 砂浜で見守っていた人々は、なんとも言えない表情を浮かべた。瞬く間に集まった視線は散り散りになった。 シェリーは麦わら帽子を逆さまにして砂浜に置いた。脱いだパーカーを畳んで中に収める。続いてワンピースを足元にするりと落とす。ホワイトチョコ色の水着姿になった。胸には『乙女の双丘』と達筆な文字で書かれていた。竜一は悲しそうな顔で顔を左右に振った。 「翔太、今日は真剣勝負だ。手加減は無用」 優希は翔太に言い放った。赤い髪は闘志に燃えているかのようだった。 「おう、手加減なんてしないさ。勝負だぞ、優希!」 二人だけの競泳大会が始まろうとしていた。水着になった両雄は準備運動に余念がない。 「うおおおおお!」 優希の雄叫びが開始の合図となった。並走した二人は波飛沫を上げて海面に頭から飛び込んだ。その勇猛さに当てられたかのように続々と海に駆け込んでいく。サポート役は物と人を引き受けて一斉に空に飛び立った。 それぞれの負けられない戦いが始まった。 ●海戦勃発 「必殺、シベリア泳法をとくと見よっ!」 頭に弁当箱を乗せたベルカは犬のビーストハーフらしく、犬かきに精を出した。次々と追い抜かれて他の者との差が広がっていく。 ランディは群を抜いて速かった。上空からはニニギアが黄色い声援を送っていた。両手に提げた大風呂敷が興奮の度合いで大きく揺れる。一瞬、バランスが崩れたかのように見えた。丸く膨らんだ荷物は、ゆっくりと回りながら海面に落ちていった。 「ニニの荷物があぁぁー!」 ランディは右方向に直角に曲がり、落下地点に急いだ。ニニギアは低空で飛びながら小分けにされたビニール袋を拾い上げている。落ちた衝撃で荷物の結び目が解けてしまったのだ。 「大丈夫だから、私にかまわず泳いで。ほら、抜かれちゃうよー」 泣きそうな顔で笑うニニギアにランディは態度で答えた。黙々と拾い集める姿を目の当たりにして、ニニギアは親愛の情を込めた笑顔となった。 仲睦まじい二人の様子に浮き輪に掴まったエリスが近づいた。機会を窺ってシャッターを切った。デジカメが大活躍の日であった。 小さなドラマがあれば独り舞台もある。亘は両手を広げて海面を走っていた。正しくは翼で飛んでいた。足の動きで疾走しているように見えるのだった。 「あぁ、最高です。身体も心も……夏を感じます!」 太陽光と潮風を全身に受けて亘は感極まった表情を浮かべた。 同様に海面を快走するのは天乃であった。ツインテールをなびかせて忍術由来の力を存分に発揮した。 泳ぐ者も負けてはいない。快は力強いクロールを披露した。 大きな差はないものの、夏栖斗と竜一が似たような位置にいた。自転車の小競り合いで余計な体力を消耗したせいかもしれない。上空には雷音の姿があった。甲斐甲斐しく荷物を運んでいた。 夏栖斗は泳ぐ速度を上げて雷音の真下に着けた。 「おーい、雷音! パンツみえてるぞー!」 「ばっ、ばかもの! スパッツを履いているにきまっているだろう! びっくりするではないか!」 雷音は片手でスカートを押さえて怒鳴り返した。少し涙目になっている。竜一の食い入るような視線は容赦がなかった。 隙を衝いて夏栖斗は全力の泳ぎで引き離しに掛かった。未だに勝負の行方は見えて来ない。 その中、一つの勝敗が決した。優希が一番手で小島に上陸を果たしたのだ。数秒の差で翔太が続く。身体的な能力によるものではなかった。周囲の騒動に全く動じない、精神的な強さが表れた結果であった。 戦いの場は最終の小島に移ってゆく。 ●小島の時間 トライアスロンの参加者では天乃が首位に立った。海上と同じ速度を維持して反時計回りに走った。二番手の快は相手の背中を目で追って駆け出した。表情には余裕が見て取れる。自分の能力に自信を持っているようだった。 単純な百メートル走であれば、個々の能力の高さに比例した順位の公算が大きい。しかし、今回の種目は障害物競走であった。ほとんどが岩石で形成された小島の外周は決して走り易くはなかった。飛び出た岩と砂利が足首の捻挫を狙うかのように参加者を待ち構えている。 天乃は障害を物ともしない。優れたバランス感覚で駆け抜けた。後続はそうはいかない。足場の悪さに苦戦して徐々に速度を落としていった。それを超えると砂浜に戻り、一周となる。人々が自然と集まる場所なので最大の難所と言えた。自由に動き回る人物にも注意が必要だ。 エリスにデジカメを向けられると意識してポーズを取ってしまう。余計な行動は少なからず順位に響いた。 御龍は浜辺で釣りをしていた。通れる箇所が極端に制限されて渋滞を引き起こす。 足を痛めそうな場所には愛がいて、熱い視線を同性の男に注いだ。銛を持った者達は食料の現地調達に励んでいた。よそ見は即座に怪我に繋がる危険地帯だった。 それらの試練を乗り越えて周回を重ねた。すると別の悩みに突き当たる。十周の多さから正しい数が曖昧になるのだ。小難しい顔で走る者の数は着実に増えていった。 ゴールと決めた砂浜にはテテロが待機した。岩の一つに紐を結びつけて一位の者を祝福するつもりであった。走る者を指差しては大きな声で数字を言った。さらに混乱を深めた状況下で適当に紐を引っ張った。足を引っ掛けて転ぶ者が続出した。 砂浜に仰向けに寝転んだ。次々に真似をして息を整えていった。勝負の行方を気にしている者はいない。晴れやかな表情が物語っていた。 清水が流れる岩の前に全員が集まった。砂浜に車座となって自慢の逸品を披露した。 年長者の京一は皆に持参した弁当を勧めた。唐揚げにゆで卵。かなりの数のおにぎりに自然に手が伸びた。 「たくさん作ってきたから、遠慮なくなのだぞ」 雷音は大きな弁当箱を前に押し出した。定番のおにぎりと唐揚げの他に手の込んだ品々が収められていた。夏栖斗が横から手を伸ばすと、きっと睨まれた。海の件を謝りながらおにぎりを一口にした。膨らんだ兄の頬を見て雷音は苦笑した。用意した冷茶を、そっと差し出すのだった。 五段の重箱に現地の素材の焼き魚。軽めのサンドイッチ。大風呂敷に包まれた中身が大量に並べられた。全員が協力しても厳しい量であった。 頭の上で海鳥が鳴いた。チャイカは微かに頭を左右に振って唐揚げを口の中に放り込んだ。これ以上の食料は必要なかった。 鷲祐とモノマは隣り合って座った。自分達で獲った焼き魚の腹にかぶりつく。遠慮がちに双葉が声を掛けた。 「お姉ちゃんがいつもお世話になってます。羽柴双葉です。これからもお姉ちゃんの事よろしくお願いしますね……腐女子だけど」 モノマは食べながら手を上げて横を指差した。双葉は軽く頷いて座ると、先程よりは表情が柔らかくなった。 「いやー、いい汗かいた後の弁当は美味いなあ。水も美味しいしね」 快は清水を両手に溜めて口で啜った。 「清水で流しそうめん最高なのです」 ニニギアは用意した箱を手に持って立ち上がった。快は微妙な笑顔を見せた。 「流しそうめんか、なら一番前でしっかり待っとけ。俺がバンバン流すぜ!」 ランディは紙コップと割り箸をニニギアに渡した。 二人が盛り上がっている間に快は目立たないようにして離れ、車座の一角に戻った。 隣り合った者同士の会話は弾む。童心に戻った笑顔が、そこかしこで見られた。華やいだ雰囲気で食は進んだ。機を見計らって竜一がケーキを投入した。誕生日ケーキの話もあって祝福の声が飛び交った。雷音はハチミツ漬けのレモンの薄切りを側に添えた。 食後は本当の意味で自由な時間になった。 腹が満たされて眠気に襲われたのか。その場で横になる者がいた。 純粋に海水浴を楽しむ者がいた。 夏山が好みのベルカは小島の頂上を目指した。七メートルの頂には数分で到達した。 「……やっほー」 ベルカは気恥ずかしそうに小声で言った。 やがて時間は過ぎて太陽が西の彼方に落ちていく。自然に砂浜に人が集まった。全員が揃ったところでエリスはデジカメを掲げて見せた。 「出来るなら……参加者全員の……集合写真を」 誰一人として拒否する者はいなかった。エリスの片言の指示で二十人がファインダーに収まった。 「じゃあ……撮るから」 岩場の窪みにデジカメを置いてエリスは急いで皆に加わる。フラッシュが瞬いた後、撮り終った画像を確認して何度も頷いた。 優希は翔太と向き合った。 「帰路でも勝負。当然だろう?」 「もちろん受けて立つぜ!」 行きとは違って翔太が雄叫びを上げた。ほぼ同時に二人は猛然と海に駆け出した。 亘は翼を畳んで海に入っていった。伸びやかな背泳ぎは片時も空を忘れない、彼らしい泳ぎ方だった。 各自が小島を離れていく。最後の一人になった愛は上空から状態を確認して帰路に就いた。 ●終わってみれば 帰りは静かで気が散る要素はなく、翔太が勝利を物にした。納得の結果なのか。共に笑顔で握手を交わした。 石段を上りながら鷲祐は相棒に声を掛けた。 「……最近どうなんだ、壱也とは。うちの嫁は今、花嫁修行中だが……」 「ん? 最近かー、いつもどおりかな。うちはまだ身を固める気はねぇよ。大体、俺はまだ大学生だし、そーいうのは考えらんねーな」 少しおどけた調子でモノマが返した。 一人で帰っていた天乃は、ふと口にした。 「行きも、帰りも、走ってばかり。泳いでも、良かったのに、ね」 駅には相当の人数が集まっていた。やはり電車の本数は少ないままだった。 「それでは現地解散とします。みなさん、お疲れ様でした」 企画者に代わって京一が解散を告げた。 自転車の者達はベルを鳴らして逸早く帰っていく。残りは電車が来るのを待った。 エリスは携帯プリンターで集合写真を一枚だけ作り出した。駅舎の改札に近い壁に貼り付けた。写真の空の部分にメッセージを書き込んだ。『楽しい企画をありがとう』と。 「あの貼り紙の主は、きっとこんなふうに皆が楽しむのをみていたかったのだろうな」 写真を見詰めながら雷音は呟いた。 遠くから電車の走行音が聞こえてきた。薄くなった青い空に微かな月が見えている。星を気にしていたチャイカの目に留まった。 「あ、一番星ではなくて、一番月ですよー」 場は和やかな雰囲気に包まれた。 「真白さん、今日はお疲れ様でした」 ブリーフィングルームの声に送られたイヴが通路に出てきた。歩きながら背筋を伸ばす。腰を回すような動きの途中で、ぴたりと止まった。壁には一枚の貼り紙があった。 イヴは小走りで近づいた。なるほど、と手を叩く。 「すっかり忘れていた。回収しないと」 紙を下から巻いて筒状にした。頭を左右に振って確認。一方に定めてイヴはパタパタと走り出した。 ――イヴの色白の頬は少し赤らんでいた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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