●アウトローの祭 今宵もビルとビルの間に挟まれた薄暗い空間が怒声に罵声、軽快な打撃音や湿った破砕音で満たされている。この手の騒動は小さければリンチ、大きければ集団抗争と言った形であり、多対一で展開されている現状は前者であることが明確である。 本来であれば。 「気合いがさぁ、足りねんだよォッ!」 その声音は少年から大人のそれへと変化したばかりの若々しさを感じさせる、ともすれば陰惨な結末になりかねない空気からかけ離れたものであった。 声の主は叫ぶと同時に腕を振りかぶり、勢い任せに素人丸出しの拳を振り回す。 轟。 と、響く風切り音は尋常のものではなく、振り回した先に居た少年達はその音が単なるハッタリではないことを身を以て証明した。殴られた者達は運が良くて放物線を描き、運が悪ければ暴走する車の如く直線の慣性でビル壁へ突き刺さるのだ。 「な、ん、なんだよお前はぁ!」 頭を下品な金色に染め上げた集団側の少年が、怒りと恐怖に侵された感情を隠せない叫びと共に背後から鉄パイプで殴りかかる。 ごきり、と、くぐもった打撃音。直撃だ。 後頭部へ硬質な凶器で一撃、ともすれば殺傷しかねない危険な攻撃であった。 本来であれば。 「だせェな」 殴られた少年は打たれた衝撃で頭を僅かに下にした。 それだけだった。 「男だったらンな軟派な得物じゃなくてェ」 真後ろを目標に下半身を捻り。 「拳でェッ!」 その反動で引っ張られる上半身の勢いのまま。 「勝負すんだよォォッ!」 竜巻のような勢いで、背後の金髪へ殴りかかった。 金髪は悲鳴を上げることすらできずに、今日一番の飛距離で己の行動の対価を支払うこととなった。 その後も蹂躙する個、蹂躙される集、という不自然極まりない形で惨劇は続くこととなる。 捕食者に位置する少年の頭には、まるで大砲のようなリーゼントヘアーが夜中でありながら光り、輝いていた。 ●特別天然記念物級夜露死苦 「と、言うのが未来の顛末です」 そう映像を締めくくったのは、『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)。ここはアーク本部のブリーフィングルームで、先の光景は近い未来に起こるであろう予見の絵である。 「常識で考えれば、十数人の集団を個人が素手で打倒する、なんていうことはあり得ませんし、かといって彼はフィクサードでもありません……彼の頭を見て下さい」 圧倒的な力を奮った少年の髪、それはもうン十年は前の代物であろう長大なリーゼントに象られていた。しかも淡く発光している。 「アーティファクトです……カツラ型の」 蹂躙、虐殺とも見える暴力の発現であったが、虐殺者の姿がどうにも緊張感を削いでいる。あと台詞も。 「少年は所沢雄三。 今年高校入学したばかりの16歳で、どうやらイジメの被害者のようで……相手は学内の不良グループのようですね」 所沢少年は漫画好きで内向的ながらも決して根暗といわけではなく、寧ろ善良な学生であったが、イジメという天災の前には被害者の善悪など関係無い。そして、所沢少年は事実をぶち撒けるより我慢の道を選んでしまった 尋常の神経であれば長く耐えられるものでもない。日に日に好きだった漫画へ没頭していき、興味の先が不良漫画へ到達した矢先、アーティファクト『オールドヘッド』に出会ってしまった。 「『オールドヘッド』の効果は精神の強化です。 度胸が付くとか勇気が湧くという暗示の類なのですが……ただの暗示ではないんです」 『オールドヘッド』は精神を強靭にするが、それは全体を厚くするようなものではなく、思考の先鋭化と言うべきものであり、装着者の願望や妄想を真であるように錯覚させ、それに応じて肉体を変質させる。 「最初からリーゼントのカツラだったわけではなく、不良漫画に感化されている時期に出会ってしまったが故の形となったのですね。 力の方向性も(パラパラ)それに準じたものになります……偏見かもしれませんけど」 理屈の分からない打撃力と非常識なタフネス、どちらも『オールドヘッド』により強化された勝利を疑わない精神が支えるものである。 「どちらも侮れないものですが元が一般人ですから、勝利することは難しくありません……ですが、問題もあります」 一つ『オールドヘッド』は肉体変質の補助はするが、その本質は精神への干渉であり、無茶をすればするほど後々の反動が所沢少年の肉体を蝕むだろうということ。それはこちらからの攻撃も同様である。 「難しいかも知れませんが、理想は少年を説得して『オールドヘッド』を譲渡してもらうことです。 とはいえ難しいことには変わりありませんから、戦闘になっても少年の肉体になるべく負担をかけないよう戦闘力を奪うのが望ましいですね」 最悪『オールドヘッド』さえなんとかできればいいが、所沢少年にとって最悪の事態も起こりうる。 「もう一つ、所沢少年は匿名ですが自分を苛めた少年グループを報復に呼び出してしまっているので、時間をかけ過ぎては彼らと鉢合わせしてしまうでしょう。 短期決着がベストです」 折れないタフネスを相手の短期戦、しかも不必要に傷付けてはいけない……前提条件は厳しい。 が、突破口はある。 「少年は不良漫画のイメージを増大させた精神を元に肉体を強化していますが、逆に言えばそのイメージ……所謂お約束を崩せれば、強固な変身願望を瓦解させることも可能でしょう」 強化が薄まればちょっとした攻撃で意識を奪うことも可能となるだろう。しかし、具体的に何をどうすればいいのか。 「えーとですね(パラパラ)不良漫画が元ですから、制服とかジャージ、不良を連想させる服装で挑むと拙いかもしれないですね。 寧ろギャグマンガみたいなノリがいいんじゃないでしょうか……全身タイツとか、如何にも王子様な貴族服とか、少女漫画の出会いなんか演出しても楽しいかもしれませんね!」 どうにも妙な方向に話が向かっているが、所沢少年を無事に済ませたい場合は『空気の演出』が重要となるだろう。 「時間も遅いですし、所沢少年の待つ路地裏には件の少年グループ以外は近寄らないので安心してください。 それでは皆さん、よろしくお願いします」 一礼する彼女の手には、ある種の漫画達。 今日もまた、ある世界への誤解がひとつ広まったのであった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年08月15日(水)00:04 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●ダイナミックな生きざまを 「うううううぅぅぅ――らあああっ!!」 時は夕暮れアスファルト上。 ただの人間が振った拳はたちまち空を穿ち、大気を巨大な渦と化した。 『Unlucky Seven』七斜 菜々那(BNE003412)は自らの身体からわずか二十センチほどを通過した拳を横目に見て、てんてんとステップを踏んだ。 所沢少年の脇をすりぬけるようにスキップをして、片足でターン。 スカートの端を摘み上げる。 「うふぅふー……じろじろみちゃヤなのー」 「ちぃっ、調子の狂う女だぜ」 所沢少年は唾を地面に吐き捨てると、再びファイティングポーズをとった。 煌めくリーゼントとがっしりとした体格。一見屈強なだけの一般人だが、頭部に接着・半融合したアーティファクト『オールドヘッド』によって今や並のリベリスタを凌ぐパワーを手に入れていた。 「その玩具、ナナにくれたらイイ事してあても、いいよー?」 「興味無ぇな。用があるなら拳できやがれ!」 「それもそれで、イイ事だよねぇ」 菜々那はとろんとした笑顔を浮かべると、身体を大きく前屈みにした。 直後、アスファルトが焦げる程のスピードでダッシュ。所沢少年の眼球を狙ってショーテル(歪曲刀)を振り込んだ。掠め切ることにかけては一流の刀剣である。少年の眼球が左右同時に潰されると誰もが思ったその時、少年はリーゼントヘッドをハンマーのように振りおろし、菜々那のショーテルを叩き落とした。 無理矢理体勢を崩された菜々那に膝蹴りを叩き込み、よろめいた所へ更に顔面へのパンチを繰り出す。 「うふぅふー……こうじゃないと、楽しくないよねえ?」 仰向けに倒れる菜々那。 所沢少年が露わになった太腿に一瞬目を奪われた、その時。 「ビッグ・ちゃーんす! そのズラ貰ったぜ!」 じっと機会を伺って集中していた『輝く蜜色の毛並』虎 牙緑(BNE002333)が飛び掛り、巨大な剣をゴルフクラブのようなスイングで叩き込んだ。 狙い違わず所沢少年の顎……を通り越したリーゼント部分に命中。一瞬少年の首から上が無くなったかのようにゴキンと首が後ろ向きに折れ曲がった。 が、一秒足らずで元の位置にゴキンと戻す。 「良い打撃くれてんじゃねえか……」 「あ、やばい無理矢理剥がすの無理だこれ」 願望を真として錯覚させる作用。それに伴って肉体を変化させる作用。 これによって所沢少年とオールドヘッドは一体のものとなっていた。 「おまけに変なキグルミきやがって、調子狂うんだよ!」 振り上げ体勢から戻したばかりの牙緑に鋭い蹴りを叩き込む所沢少年。 意識にブレが生じたためかダメージはそこまで重くなかったが、続けて繰り出されるラリアットに牙緑は思わず仰向けに転倒した。 追撃に繰り出されるスタンピングを両手で受け止める牙緑。 「オマエの得意なことを沢山頑張って、何十年後に充実した姿を見せつけて自慢してやれよ! 殴るよりずっと気分がいいぞ!」 「その姿で言われても説得力がねえんだよ!」 サッカーボールのように蹴飛ばされ、牙緑はきりもみしながら電柱に激突。身体が半分に折れたかと思うような衝撃に悶絶した。 「こ、こうなったら直接取り押さえて」 「何言ってんだい、ソレが通じるなら最初から殴り倒した方が早いよ!」 『三高平の肝っ玉母さん』丸田 富子(BNE001946)が牙緑の前に割り込み、フライパンを大仰な構えで振り上げる。 「あのパワーじゃ、組み付くそばから弾き返されるのがオチってもんさ。ちょっと時間稼ぐから、その間に寿々貴ちゃんに回復してもらいな!」 そう言いながらも魔曲・四重奏を乱射。 所沢少年は降り注ぐ魔導ミサイルの群を気合で跳ね除けながら富子へと突撃してきた。 「どいつもこいつもヘンテコな恰好しやがって、ナメてんのか! 俺に指図しようなんて十年早え、そんなんじゃ、そんなんじゃ自分ひとりだって守れやしねえ!」 そばに停めてあった自転車をふん掴むと、遠心力をかけてぶん投げてくる。 富子は飛来する自転車(常識的に考えてそうそう目撃できるものではない)に薙ぎ倒されて地面を転がった。 「くっ、手ごわいねえ……!」 「下がって居ろ」 『猛る熱風』土器 朋彦(BNE002029)がゆっくりと間に割り込み、傷だらけの学帽を親指で上げて見せた。 25歳になる朋彦は今、古くて傷だらけの学生服に身を包んでいる。 しかし何十年も着こんできたかのように、服は彼に馴染んでいた。 「少年、一言だけ聞く」 帽子の下から双眸が覗く。 「本気か?」 「少なくとも、群れて取り押さえなきゃならないお前ら程じゃないぜ」 拳を構える所沢少年に、朋彦は一歩一歩、大地が鳴るかのような足取りで近づいていく。 「一人で暴れるだけが戦いじゃない……孤独な戦いが、いつまで続けられると思っているんだ?」 「どういう意味だ」 朋彦の眉が僅かに下がる。 「僕だって、この服が似合う頃は孤独な戦士のつもりだった。それが虚勢だと気付くのに、そう時間がかからなかったけどね」 彼の過去について深く触れる必要はないが、あえて語るとすれば、自慢の剛腕ですら守れないものがあり、それが自分の大切なものだったという話である。 「強さとは腕力じゃない。優しさだけでもない。強さとは――」 少年と朋彦が互いの射程範囲へと踏み込む。 朋彦の拳でリアクティブシールドコアが鈍く光り、無数の小型防壁が集中。ナックルの形を形成した。 「そんなものじゃない!」 「うるせええええっ!」 二人の拳が正面から激突。 しかし反動を殺し合い、鍔迫り合いのように拳が拮抗した。 「今から打ち砕くのは君の心の臆病さ。そして力に頼る心根だ!」 「俺が誰に頼ってるってんだ、お前に、何が」 「分かるさ。憎んだ相手を叩きのめしてその先に何が残る!」 「俺が頂点に立つだけだろうが! お前らだってそうしてるんだろう!」 「頂点に立って終わりか!? この先何十年も、お前は戦わなくちゃならないんだぞ!」 「何十年……?」 「そうだ、戦い続けるための心はどこにある。そのキラキラした鬘の中か? 違うぞ、力は、強さは――」 朋彦の魔導防壁がみるみる破裂し、ついには素手の拳一つとなった。衝撃が身体に直接伝わり、仰け反る朋彦。 「お前の中に、もうある!」 しかし気合で踏みとどまり、少年の頬にパンチを繰り出した。 殆ど素手だ。さほどのダメージではない。 しかし少年は両目を大きく開いていた。まるで父親に頬を叩かれた子供のような顔である。 「う――五月蠅ぇぇぇえ!」 歯を食いしばり、朋彦を殴り飛ばす少年。 「ぐおっ!」 思わず吹き飛ばされた朋彦はしかし、鳳珠郡 志雄(BNE003917)にキャッチされる。 ぐったりした朋彦を足元に下すと。 志雄は胸ポケットから櫛を抜き出した。 「人ってのは、突然デカい力がつくと勘違いしちまうもんさ。自分は特別で、なんでもできるって錯覚しちまう。でもな」 前髪を抑え、ぐいっと櫛で押し上げた。 髪型を綺麗にオールバックに整えると、ずれかけたサングラスを櫛を持った手で戻した。 「力に甘えたヤツが、漢なんて言えんのか?」 「ゴタゴタ言うな、これは俺の力だ! 俺が使って何が悪い!」 「それが勘違いだってんだよ!」 ダッシュからの強烈なパンチを繰り出す所沢少年。 対して志雄はジャンプからの豪快な踵落としを繰り出した。足からは炎が吹き出し、少年の側頭部を薙ぎ倒す。 「ソレを自分で誇れんのか! アーティファクト(偽物のプライド)で神秘力(借物のパワー)振るって、それで漢らしくだと? 笑わせんなガキがぁ!」 仰向けに倒れた少年をスタンピング。直後に寝転がった状態からの足払いをかけられ、志雄は転倒。殆ど同時に起き上がったが、少年のパンチの方が志雄より僅かに早かった。 吹き飛ばされ、アスファルトをバウンドし、ブロック塀に背中から叩きつけられる志雄。 「どうだオッサン! そんだけ吹いても、結局は殴られんじゃねえか! どんだけ正しくても、殴られたら『ごめんなさい』って言わされるんだろうが! そんなモンに縋って、何が守れるってんだよ!」 「……男だったらな」 志雄が崩れたブロックの山から這い上がり、肩の埃を払い落とす。 とっくに体力は底をついていたが、フェイト(根性)が彼を立ち上がらせた。 「男だったら、そんなモンに頼ってやり返すんじゃねえ。お前を殴った奴は『遊び』で殴ってんだ。お前がもし死ぬ気で殴れるってんなら、負ける訳がねえんだよ」 「死ぬ気で……」 「死ぬ気でだ。お前、ちゃんと相手のこと殴ったのか? 痛いからイヤだ、殴られるからイヤだ、しかたない、しょうがない、明日やればいい……そんな野郎が、玩具で粋がってんな。ダセェんだよ!」 「お前に分かるかよ、俺の気持ちが、分かるかよ!」 二人が地面を蹴り、空中へと躍り出る。 所沢少年の拳は豪快に志雄の腹を抉ったが、同時に志雄の拳は少年の顔面に叩き込まれていた。 もつれ合って地面に激突する二人。 志雄はそのまま起き上がらず、立ち上がったのは少年だけだったが、彼の眼にはどこか迷いが生まれていた。 「お前は、『素手相手に得物はダサい』……そう言ったな」 事の成り行きを見守っていた『オッサン』四門 零二(BNE001044)が、手にしていた武器をその場に捨てた。 「その通り。男の矜持が泣くというものだ」 「五月蠅え、俺に説教するんじゃ――」 顔面へと繰り出される所沢少年の拳。 しかし零二はそれを、片手でがしりと受け止めた。 「君が今被っているものは何だ」 「オッサン、何言って……」 「得物(借り物の力)を振るっている君は、漢と言えるのか?」 「やめろ、オッサン……やめろ!」 所沢少年は頭を抑え、何かを振り払うように後じさりした。 「男なら」 逃がさぬとばかりに大きく一歩を踏み出す零二。 少年の歩幅と長身の零二とでは大きな差があったが、それ以上に彼の一歩は大海を跨ぐかのような圧力があった。 アスファルトを靴底が叩き、大地が鳴る。 「弱くても、小さくても、ハダカの自分で立ち向かえ!」 零二の拳が、何も握られていない素の拳が少年の頬に炸裂した。 ダメージなど軽微なものだ。 今すぐ零二を殴り飛ばしてやればいい。 物理的にはそうだ。 その筈なのだ。 だが少年の両目からは、なぜか涙が流れていた。 血は一滴も流れていない。肉体変化によって骨格どころか血液まで制御されているのだ。 ただ涙が、頬を伝って顎から落ちている。 「そろそろ分かってきたろう、少年」 『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)が腕組みをして口を開いた。 「力で人を圧する。それでは、お前さんが嫌っていた不良グループと何も違いはない。力に頼れば、更なる力に圧され、いつしか悪のレッテルを貼られる」 オーウェンは右手の人差指と親指の爪を擦りあわせて、ほんの僅かに目を伏せた。 「泥棒を懲らしめんと鍬を持てば、それを懲らしめんと剣を持つ者が現れる。剣を奪って討ち倒しても、十本の剣が追ってくる。社会というのはそういうものさ。『道具に頼るな』『素手で来い』なるほど道理だが、お前さんとて、その鬘に頼っているのではないかい?」 「違う、俺は、鬘なんて……」 首を振る少年。彼の中で願望が、意識が変わりつつあるのだ。 『息抜きの合間に人生を』文珠四郎 寿々貴(BNE003936)が微笑みと苦笑の中間にあるような、左右非対称の顔をした。 「少年、周りがかなわないような力で好きに暴れて、どんな気持ちだった?」 「五月蠅え、お前なんかに、何が……何がわかるってんだ!」 顔を歪めながらもアーティファクトのパワーで急接近し、少年は寿々貴の襟首を掴み上げる。 「気に入らないかい? 殴って黙らせるかい? 殴って『ごめんなさい』って言わせるかい?」 「…………っ!」 振り上げた拳が寿々貴の眼前10センチで停止した。 「いいよ。すずきさんはなまっちょろいし、腕なんてからっきしだからね、楽勝だよ? けど――」 ふっ、と寿々貴の顔から表情が消えた。 「その瞬間、きみは二度と硬派なんて名乗れない」 「俺は……」 「やめてよ、キミの気持ちなんて分からないし、助けてなんてあげない。キミがどんなふうに弱くて、どんなに理不尽に苛められたとしても、助けなんて無いんだよ。すずきさんがじゃない、誰も助けたりなんてしないさ」 いしか拘束は弱くなっていた。少年に背を向けて、寿々貴は襟元を整える。 「うちが貧乏で困っても、誰かがお金をくれてワーイやったーなんて展開にはならなかった。当たり前だね、人は基本、『自分のことで精いっぱい』なんだ。たまたま他人の人生と自分の人生が重なった時だけ、通りすがりに動かしていく、それがたまたま助けになったり、迷惑になったりするだけさ。キミが苛められたのだって、そうやって通りすがりに迷惑を受けただけなんだよ。違うと思うかい?」 「………………」 少年は頭を掻きむしり、そしてついには、頭に乗っていた『オールドヘッド』を脱いで足元へ捨てた。 「俺は……俺は違う」 最後の呟きに、寿々貴は横目で振り向いた。 「今回は『たまたま』だ。キミのお願い次第では、頑張らなくもないよ」 ●オールドヘッド 少し余分な話をしてしまうことを許してほしい。 朋彦が張った強結界によって、本来ここを訪れる筈だった不良少年たちが踵を返して帰ることになり、『いざ邪魔をしに来るなら実力行使(非殺傷的なものを指す)も辞さない』という構えだった富子たちの出番はなくなっていたのだが、戦闘中に朋彦がリタイアしたことで結界が消失。時間を大幅に遅れさせる形で件の不良少年たちが現場へと訪れることになったのだが……。 「アンタたち! ここを通りたきゃアタシを倒してからにするんだね!」 ここぞとばかりに出前バイクで迎え撃った富子に、不良少年たちはまず唖然とした。 更にどれだけ睨みを効かせてもびくともしないことに愕然とし、こうなれば仕方ないと鉄パイプで殴りかかっても平気な顔で呵呵大笑したことに悄然とした。 更に閃光手榴弾をお手玉するオーウェンや、危ない目をした菜々那が乱入してきたことで一同は全力で帰る準備をし始めた。無理もない話である。 果たし状を出してきたのが誰だか分からない上、門番のように登場したおばちゃんが鬼神の如く(見た目も含めて)強かった挙句、人外魔境のような人間たちが押し寄せたと来れば誰だって逃げる。 そんな彼等のもとへ、零二がのっそりと現れて言った。 「逃げなくていい。用事があるのはオレ達じゃない。キミも知ってる人間だ」 「……それって」 「所沢少年だ。折角だから、皆で見に来るといい」 夜である。 外套の瞬きの下で、人が人を殴る音が響いていた。 ごきりばきりという、関節や骨が折れたり砕けたりする音だ。 びちゃりどしりという、血が漏れ出て肉が押し潰される音だ。 それは、ただの人間がただの人間を殴り続ける音だった。 やがて音がやみ、所沢少年が崩れ落ちるように倒れる。 顔は鼻血だらけで、身体中が汗でぐっしょりと濡れている。 肌の見える部分は痣だらけで、ほっそりとした弱々しい体型と相まってひどいものだったが……。 「はぁ……はぁ……もう、だめだ」 対する不良少年のリーダーもまた、全身は汗まみれで額からはうっすらと血を流し、へとへとになって尻もちをついた。 「良い喧嘩だったぞ」 零二は所沢少年に肩を貸し、ゆっくりと立たせる。 牙緑も不良少年を立たせてやり、肩をぽんぽんと叩いた。余計なことだが、キグルミは抜いでいる。 「お前らは全力で殴り合った。お互いの気持ちも、立場も、実力も分かった。これでもう『ダチ』だ」 零二にそう言われ、黙って拳を突き出す不良少年。 所沢少年もまた、ふらふらと拳を突き出した。 こつんとぶつかる二人の拳を見て、オーウェンは漸く目を瞑った。 「いっそフラバンで黙らせても良かったんだがね……」 「それじゃあ恰好がつかないでしょう。力で屈服させるのは男じゃないって、言った手前もあるし」 地面にどっかりと腰を下ろす朋彦。 菜々那がつまらなそうに小石を蹴った。 「別にあのまま殺し合いでもよかったんだよ」 「フィクサードじゃあるまいし」 寿々貴が頭の後ろで手を組んで、ぼんやりと笑った。 一方の所沢少年は、富子や牙緑に傷の治療を受けて悶絶していた。 「このくらいで暴れるんじゃないよっ、男の子だろう?」 「いやでも、酒直接ぶっかけるのってアリなのか!? イジメじゃないのか!?」 「嫌だったらコンビニ行ってマキロン買ってきな!」 「歩けるように見えるのかよ!」 ボロボロのわりには威勢よく吼える少年の手元に、名刺サイズの紙が落ちてきた。 見上げると、志雄が手櫛で髪をかきあげている。 「何かあれば連絡してこい。ケンカの仕方も度胸の付け方も教えてやる」 「いや、いいよ」 紙を突き返してくる少年に、志雄は眉を上げた。 「俺には、ダチがいるから」 「……そうか」 志雄は胸のポケットに紙を押し込み、街灯を見上げた。 明滅する街灯の向こうで、月がぼんやりと浮かんでいる。 少年が同じような気持ちで突きを見上げる日は、きっとそう遠くない。 根拠はないが、そう思えた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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