● 初夏に差し掛かったばかりといえど暑さは日に日に増していく。 まだ抜けきらぬ梅雨のせいもあり、じめじめとした湿気た空気が頬を撫でた。 月は雲に隠れてしまい、明りと言えばぽつりとある街灯のみ。尤も、そこまで暗くないのだから視界は十分に確保できているけれどそんな暗がりの中に居ると「幽霊が出そうだよね」と一人、つい笑ってしまう。少女の握りしめた携帯電話のストラップがちゃり、と音を立てた。 ――ちりん。 「……え?」 周囲に人影はない、誰もいない。彼女はぎゅっと携帯電話を握りしめる。 恐る恐ると言った様子で少女は俯きがちになった視線をゆっくりと上げ―― ● 「ホラーはいけないと思うの! とても駄目だと! や、これ幽霊じゃないのよ! E・フォースだから!」 何故か一人で慌てていた『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は泣き出しそうな顔でブリーフィングルームへと集まったリベリスタ達へと告げた。 もう人が寝静まった後の街角。ちりん、ちりんとゆっくりと聞こえるその音はよくある心霊現象の様だ。 「頼みたいのは幽霊退治――じゃなくてE・フォース退治。簡単でしょ?」 青ざめた顔のまま幼い外見をしたフォーチュナは言う。話しを聞く限り夏によくある幽霊話だが風情もへったくれもなく残念ながら予想通りのE・フォース。 「E・フォース、識別名は鈴鳴り少女。決して幽霊だとか、 猫が首に鈴付けて歩いてるとか、何処かの誰かがちりんちりんって訳じゃないわ。敵なの」 E・フォースよ、と彼女は強調する。怖いのか、と静かに問うたリベリスタにフォーチュナは資料を投げ捨て顔を赤くして更に声を荒げた。 「や! 敵だしね! 倒して! 倒さなきゃ! ……こほん。彼女は都市伝説になりたいの。だから道端に歩いている少女を狙ってくるわ」 都市伝説って犠牲者がつきものでしょ?いや、少女を狙うフィクサードとか何か危ない人系じゃなくてE・フォースだからと更に強調。何故強調したのか分からないが彼女にとっては其れは大切な事らしい。 「彼女に殺された被害者は皆E・アンデッドになってる。よくある怖い話、みたいなね。 E・アンデッドの数は7体。私の予知じゃ今夜また、現れるみたいだけど… 津田楓という高校生が犠牲者になるかもしれないの」 出来れば助けてやってほしい、と世恋は告げる。 偶々その道に入り、偶々出会ったしまったが為に殺されてしまうのは余りにもひどすぎる。 「余談だけど鈴鳴り少女の正体は『都市伝説になりたかったこども』なの。夏になりたい、こども。 ……遊び相手でも、欲しかったのかしら」 夏の風物詩、心霊体験。ホラーで肝を冷やして涼しくしようというソレ。 幽霊になりたいと、都市伝説になりたいと願った人々がいたのだろう。その思念の集まりがこの『鈴なり少女』を作り出したのではないか、と世恋は語る。 「実際被害者が出てるし、驚かすだけならまだしも、ね? あと怖いし」 「最後のが本音だろ」 さあ、目を開けて、悪い夢を醒ましてきてくれないかしら。 フォーチュナは何故か片手によく分からない札を握りしめて笑った。 「あ、と、帰ってきて暇なら、ちょ、ちょっとだけお話ししようね ……皆にメールしたけど、忙しそうだから、暇ならでいいのよ! 怖いのダメ、絶対」 どうやらこのフォーチュナは怖がりの様だった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月15日(日)22:51 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● じんわりと汗が滲む。良くある心霊番組の再現VTRの様な、そんな静まりかえった夜。 ――チリンチリン…… 「鈴の、音……?」 住宅街の一角で『Manque』スペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654)が怯えた様に周囲を見回す。 小さく聞こえるその音に肩を震わせて周囲を見回す。見つけたのは月明かりで銀を増したふわりとした髪の少女――『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)の青ざめた表情であった。 「これはE・フォース、これはE・フォース……だから怖くない」 ぶつぶつと呟き、幽霊なんかこわくないと口にしてから頭を振る。幽霊ではないE・フォースなのだ。そう、だから怖くない。だが、頭の中では幽霊というイメージが離れずに自分に言い聞かす様に耐えず繰り返す。 怖くない、怖くない。怖くなんて、ない。 「まあ、ホラー映画や怪談で怖がれるのは、幸せな証拠さ」 怯える少女の顔を見ながら『逆襲者』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)は笑う。世の中にはえげつなくて、汚くて理解する事も出来ない様な本当に恐ろしいものが蔓延っている。 ドロドロとした気色悪い人間の感情や、彼の怨むフィクサードであったりだとか。言葉では言い表せないほどに沢山の恐ろしいもの。 「そんな怖がるなよ。さぁ、今日もその一部を吹き飛ばすぜ」 「ああ、そうしよう。しかし、鈴の音か……」 ふむ、と口元に手を当てたリオン・リーベン(BNE003779)は首を傾げる。鈴の音は聞き方によれば気分を向上させる物ではないか、と言う。だが見渡したこの街路。ぽつりぽつりと照らす明かりが有るだけで、恐怖を煽るものでしかない事を再確認し、小さくため息をついた。 「か細く聞こえるからダメなんだとは思うがね」 例えば目の前で全力で振られたらどうだろうか、煽られる恐怖心すらない。まあ、簡単に言ってしまえば――か細くなるのが駄目なんだと思うがね。全く、其の通りである。 リオンの言葉を聞いた『闘争アップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)はくすくすと笑みを漏らした。 「幽霊の正体が枯れ尾花じゃなくって、人に害為すエリューションなんだよね」 倒さなくちゃ、ね。幽霊であれば、都市伝説であれば、それが、正体のないミエナイモノであれば面白い。伝説は諸説があれど真実を隠す伝説のままだから面白いのだ。 そう、それは人に害を為さぬものであればいい。伝説は恐怖心を擽り、人々の心をゆらゆらと揺さぶるだけで有ればいい。 「最初はさ、誰かを怖がらせようとしたホラだったってことでしょ?」 伝説になりたいとか、都市伝説に憧れるとか。その言葉に義衛郎も小さく頷いた。きっと、其の通りだ、と。 明るい金のツインテールを夏の湿った風に揺らした『食堂の看板娘』衛守 凪沙(BNE001545)は何処か拗ねたように呟く。ホラ吹きなら良かったんだけど。 怖がらせたいという気持ちだけなら良い。其れが人に害をなして、その命をとってしまうだなんて、許せるわけがない。 「せめて、楓ちゃんは助けるんだ」 そう決めた。彼女は暗視ゴーグルで覆った視界で考える。名前もない誰かにとられた大切な命のことを。 その気持ちは『正義の味方を目指す者』祭雅・疾風(BNE001656)も同じだった。 正義の味方を目指す青年だからこそ思う。見過ごせない事件だと。夏だから、都市伝説や怪談話はつきものだと思うけれど、それでも誰かを傷つけるものを見過ごせないのがヒーローと言うものだろう。 ――チリンチリン…… 「――ひっ」 今、ちりんちりん、と聞こえましたよね。スペードがぎゅっと両の拳を固める。 おびえた表情の少女の肩をぽん、と叩きため息をついた『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)は宣言する。 「任務を開始する」 都市伝説になりたいと願った風変りなエリューションから一般人の少女を救出し普通の日常に返す事、其れこそが彼の任務。 ――チリンチリン もう一度鈴の音が響いた。 ● 「……え?」 ――チリン…… がしゃん、と音を立てて握りしめていた携帯電話が手から滑り落ちる。なんだろう、あの恐ろしいものは。なんだろう、あの、何処からともなく近づいてくる少女は。 へたりこんだ津田楓の目の前には赤い着物の少女が笑っている。鈴の音を響かせながら近づいてくる少女。その様子は、一言で形容してしまえば良くある怪談。 だが、それは幽霊でない事は分かっていた。幼い鈴の音の少女――鈴鳴り少女の目の前に立ちはだかったウラジミールは背後をちらりと振り返る。 都市伝説には、恐ろしいものが必要でしょう、と誰かが言っていた気がする。例えば、悪い場所に誘い込むかのように背後から伸びる無数の手――まるでそんなふうに伸びあがったのは幽霊の手などではなくアンデットの、被害者の手であった。 へたりこんだ少女に駆け寄ったリオンはしゃがみこみ少女の顔を覗き込む。 「大丈夫か? もう大丈夫だ。動けるな?」 びくり、と肩を震わせた少女の様子にリオンは自分の目の前で両手を広げ、2人を庇う姿勢をとっているスペードを見つめた。 津田楓は驚きに満ち、恐怖を滲ませた瞳でリベリスタを見つめている。行き成り現れた『幽霊』に対して戦う人々。何かの番組の撮影にでも巻き込まれてしかったかのような感覚。彼女は神秘になど触れた事はない。ただ、その場に居合わせただけの少女なのだ。自ら動く事は出来ない。恐ろしいものは、恐ろしい。 背後の怯える少女の所にアンデッドがいかない様に糾華は一人の前に立つ。目の前の醜くなった屍はなりそこないの都市伝説の所為。為り損ないは為り損ない、そして彼女の鳴らす鈴も鳴り損ないでしかない。 「ここで終わらせてあげる」 何としても、生まれから誤ったのであれば葬り去る。無意味な続きはその願いを加速させ、絶望へ叩き込むだけだから。 蠢く者に義衛郎は声をかける。先ずは一般人の救出だ、とその助けになれる様に壁になった彼は固定した暗視ゴーグルの向こう側、赤茶色の瞳でじっと怪奇を、赤い着物の少女を見つめる。 「都市伝説になりたいの?」 ――ちりん 答えを与えるかの如く、鈴はなる。一般人の背に手を掛けて声をかけているリオンの声をその耳に捉えながら。鈴の音はまるで、何気なく降る雨の如く単純に鼓膜を擽るだけであった。何の意味も与えない、無機質な鈴の音。 「楓ちゃんには誰も通さないよ」 その音は何も響かない。流れる水の如く、攻防自在の動きを其の身に宿した凪沙の目はじっと犠牲者を見つめる。彼女の胸がずきりと痛む。淡い紫陽花の様な瞳が雨に濡れた様に潤んだ。 目の前にいるアンデッド。痛ましい、そう思う、可哀想だと、想う。ごめんね、守れなくて、そう、想う。息を浅く吐く。落ち着かせるように。怒りを振るうとその拳は何も守る事は出来ないから。 背後を確認した疾風は大丈夫か、と声を投げかける。蒼い少女のその後ろ、黒衣の青年は其れに答える様に頷いた。青年はヒーローである。アークフォン――所謂、スマートフォンを片手に癖となった台詞を口にする。 「鈴の音は止める、変身ッ!」 其れが彼の勝負の始まり。心霊の類が全てエリューションであるのか、否かは分からないが目の前に居るのが敵である事は理解できる。 大丈夫だ、と応えを与えたは良いが目の前の少女は当分動ける気配にない。リオンはその黒い髪を掻きあげて左目の赤紫の瞳でじっと少女を見る。 「……よし、俺の目を見ろ」 肩を震わせ反応した彼女と眼が合う。ばちり、とその視線がかち合うと少女はぼんやりとしたようにリオンを見つめた。魔眼。その催眠に楓は掛ったのだろう。震える足で立ち上がるのを支え、リオンは手を引いていく。 行くぞ、と逃げる先は仲間達が抑えたおかげで安全が広がっている、だが危険は何時迫るか分からない。彼は其の侭少女の手を引いて、本当の意味で安全だと思われる場所へと庇いながら歩きだす。 「悪い、頼んだ」 「ええ、お任せを」 弱虫である、と自負する少女は震える手で目の前のアンデッドへと誰もが感じる事のある夜の畏怖を与える。其れはまるで都市伝説を作り上げるかのような、暗く、恐ろしい闇。 想う、どうして鈴鳴り少女は都市伝説になりたかったのか、其れを願ったのか。彼女は優しげに暖かな焔と淡い水面の様な瞳を伏せった。 「夏の季節に、誰かに思い出してほしかったのかも、しれませんね」 きっと、そうだとは思う。だが、だからと言って優しさを与えるわけにはいかない。此処は任せろとその背で語るウラジミールはКАРАТЕЛЬを振るう。 「夏に、都市伝説に、なりたかったのか」 都市伝説に、想いを固めて夏のものになりたかった。どんな経緯でなったのか、どんな事があったのか、それは分からないが、まだ夏に傾きだした雨の季節との変わり目。本当ならもっと夏の深まる頃合いが良かったのではないか、彼はそう言う。 目の前で鈴を握りしめる少女を見つめながらも彼は、武器を振るった。 「おっと、後ろには通さないよ? 通行止めだっての! 回れ右!」 鮪斬と名付けた祖父母の蔵から出て来た半端な長さをした刀を振るう。楓を連れて離れているリオンにも、其れを庇うために居るスペードの所にも行かせはしない、と。目の前のアンデッドは彼へとその腕を振るう。 ――ちりん、ちりん。 鈴の音を振るった少女が放つのはまるで彼女の心を表す様な氷の涙雨。しとしと、其れでも激しく降り注ぐ。 その雨に襲われながらも可変式モーニングスター[響]を使用を使用した雷撃はアンデッド達の身へと与えられる。 「……ごめんなさい」 哀しげに眼を細めたスペードの放つ夜の畏怖は耐えずアンデッド達を蝕む、その心を、その体を。彼女らの腕から繰り出される攻撃は最後尾にいる彼女には届かない。まるで助けてとでも言うかのように伸ばされるその手を彼女はとってやれない。――救っては、やれない。 『戦況は――』 通信の向こうで聞こえるリオンの声に少女は応える。40m離れた先の彼は安全であることを確認し、仲間達のもとへと走る。追手が居ない。ならば、仲間の支援に回ろうと彼は走る。 ただ、倒す事に集中していたカルラは螺旋暴君【鮮血旋渦】を使用し暗黒を放つ。その暗闇はアンデッドの少女達を包み込む。今は、死ななければいい、気持ちを固める。 吼えろ暴君。踏み荒らせ戦騎。そして、蹂躙せよ、其れこそが彼のスタイルである。負けやしない、暴力で他者を抑え付け、蹂躙する者には。罪なき者を抑え付けるなど、其れは唯の『暴力』だ。 放つ連弾はアンデッドの体へと降り注ぐ。其れは弾丸の雨。まるで蝶が舞い踊るかのような糾華の攻撃はまだ幼さを残す少女たちへと与えられる。 「あなた達の身の上には同情してるけれど」 でも、手は抜かないから、せめてもの餞。あるべき場所へ―― 「そっち! 頼んだよ?」 迅速な撃破を目指す義衛郎が残像剣を使用しながら仲間へと声をかける。ふらふらと漂っているそのアンデッドがもはや残り少ない体力である事を見切っての声。その声に反応したのは凪沙であった。 「任せて! ……アンデッドに変えられた時に間に合わなくてごめんね」 彼女の放つ雷撃はアンデッドへと繰り出される、泣き出しそうなほどに歪んだ瞳。苦しいのはもう終わりだよ、と優しい雷はその両の手から繰り出される。 だから、痛くするよ、と凪沙はその拳に思いを込める。そんな姿、もう晒したくないよね、と殴りつける。 少女達が地面に伏せる。泣き出しそうな顔で凪沙は俯いた。 守るべきものを、火葬をしてあげれる訳ではないけれど、せめて燃やしつくす様に。拳を固めて、炎を揺らし。その脚を上げ、炎を与える。 アンデッド達は全員生温かい風にその身を晒し、アスファルトへと倒れ込んだ。 「……ごめんなさい」 救ってやれれば、よかった。そうは思うけれど――今は、出来ないから。 ――ちりん。 「待たせたな。同調開始、合わせるぞ」 彼は支援こそが意志。仲間の意志こそが彼の意志。防御を与えた青年はマントを揺らす。 都市伝説に、夏になりたい少女は口をパクパクとさせて鈴の音を響かせる。鼓膜を擽るその音は、ただ静かに、驚かすかのようにりん、りんと鳴る。 広がる風圧が頬を切る。溢れる血に構うことなく義衛郎は走りよる。 「さあ、後は君だけだね」 伝説は、伝説であるから良いんだ、義衛郎は剣を振るう。残った少女へと振るわれた幻影剣は幻惑の武技。その存在こそが幻。都市伝説へ振るった幻惑。 「皆、血を失いすぎると危険だ!」 叫ばれる声と共に与えられたのは癒し。武器を握りなおしたウラジミールは少女を見つめる。 野暮な問いかもしれないが、と彼は識別名『鈴鳴り少女』とつけられたエリューションへと一言、問うた。 「汝は何に為りたかったのだね」 何に、どれに、何時に――少女は首を振る。夏に為りたいと思う。この蒸し暑い夏に、それに溶けて消えてしまえば、誰かを背後でひっそりと見つめる霞む蜃気楼の様なものに、なりたい。 心には響かぬ音色がりんりんと、静かになる。 ちりん――糾華の目の前で鈴が鳴る。蝶が舞う。花弁の如く散り往く命を連れゆく様に蝶は舞う。 「貴女の都市伝説への道はこれで終わり」 常夜蝶と名付けた現と夢を分ける刃は少女へと死の刻印を刻み込む。意地でも都市伝説になりたいというならば、亡霊になりたいというならば、その心をも切り刻んでしまえばいい。 「こんばんは、私はスペードです」 ちりん――鈴鳴り少女は忘れられるのが、怖かったのではないか、と少女は手を差し伸べる。 蜃気楼になりたい夏のこどもに微笑んで、安心して休んで、と。 「お友達に、なりましょう」 彼女の放つ夜の畏怖は優しげで、それでいて心をざわめかせるそんな夜。夏が来れば何時でも思い出してあげるから、だから、安心して――おやすみなさい。 「ねえ、私はね。諦めは、悪い方なのよ」 貴女とお揃いかもね、と笑った彼女の耳にはもう澄んだ鈴の音は聞こえない。 ただ、そこにあったのは錆び切って音のならない小さな鈴。 ● 土を踏みしめて、リオンは楓へと歩み寄る。 「大丈夫か?」 瞬きを繰り返し、おばけが、おばけが、と繰り返す少女に彼は手を貸す。 「所で、この携帯電話やストラップは?」 「あ、これ、お守り……」 何かあったらすぐ連絡できるから、と怯えた眼をウラジミールに向けた楓に彼は頷く。最近の少女達は携帯電話に頼り過ぎている気もするが――其れはまあ、別の話だろう。 何事もなければよかった、と彼は少女に帰り道を訪ねた。明るい所まで、送っていこう、と。 「怖い思いをさせてすまなかったな」 「でも、余り遅くまで出歩かない様にね」 困った様に笑った義衛郎に楓は頷く。幽霊が出たと騒ぎ、夏の喧騒に紛れて幻覚を見ていたのね、と少女は笑った。 「さあ、此処まで来れば大丈夫だろう」 手を引いていたリオンは楓の背を押す。隣から顔を出した凪沙はお手製のシュークリームを少女へと手渡した。 「これ、良かったら食べていってよ」 有難う、と少女は微笑んだ。彼女からすれば馬鹿な妄想で怯えていた所を親切な人に助けてもらった、という気持ちなのだろう。少女の背を見送りながら一つ、供える。神も仏も信じてはいないけれど、もしもその気持ちが伝わるなら。犠牲者にせめてもの餞に。 「さて、と」 携帯電話をポケットの中から取り出した糾華はメールを打つ。相手は送り出した桃色の瞳をしたフォーチュナであった。 皆其れなりに怪我を負っているけれど、無事に終わった、と事後処理を終了した旨を打ちこんだ後、小さく笑う。これで鈴の音にはもう悩まされないわね、と。 それでも下らない事に怯えているのだろうから―― 「皆さん、よければ世恋さんとお話ししに行きましょう?」 お守りの中に鈴を入れたので、鈴鳴り少女さんもご一緒に、とスペードは笑う。 「そうだね、帰ってお茶でも持ってお話ししに行こうか」 怖がりのフォーチュナさんが待ってるでしょ、と義衛郎は笑う。幽霊話はしないでおこう、ダメなものはダメなのだから、と。 帰りついた先、泣き出しそうな顔で怖い、と声を漏らすであろう話し相手の欲しいフォーチュナの様子を思い浮かべてカルラはため息をつく。 「つか、あれそんな怖いか? 夏の夜にちりん、って。風鈴だろ。それこそ夏の風物詩ってもんじゃね?」 きっとそれを聞いたら世恋は拗ねたように怖いものは怖い、と言うだろう。その様子を想像し、肩をすくめたリオンは小さく口元に笑みを浮かべた。 「まったく、怖がりの相手が続くな……」 ちりん、と最後に一つ、溶ける様な音が聞こえた。 蜃気楼に溶けて消えた夏になりきれなかった、小さなこどもが笑う様に。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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