●半額弁当を狩る者、その名を――。 人間社会を構築する、需要と供給のバランス。 その間に生まれたかすかな、ずれ。 そんな僅かな世界を縄張りとし、小さく、しかし誰よりも誇らしく生きる者達がいた。 今日もまた、『その時刻』が訪れる。 ●半額の名が押される刻。『それ』が戦場に代わる印。 男はバイクをとめ、駐車場のアスファルトに足を下した。 夜の帳が降り、人もまばらな街の中、その店はまだ煌々と灯りを放っていた。 小さな焼き鳥屋が店じまいを始めているのを横目に、男は単調な足取りで進む。 看板にはスーパー『せんどう』と書かれている。 目をつぶり、自動ドアの前に立つ。 彼を歓迎するようにドアが開き、地元農家との契約によって並べられた新鮮な旬野菜が出迎えてくれる。 優しげな、しかし獰猛な目でそれらを眺めつつ、男はもう第二自動ドアの前で僅かに立ち止まった。 ドアが開くと同時に、店内BGMが耳に流れ込んでくる。 そして果物や野菜の香りも。 しかし男が最も敏感に感じ取ったのは、周囲からのビリリとしたプレッシャーだった。 警戒であり、または殺気であり、または好奇心や、冒険心のそれにも似ているが、やはり名前は付けられない。プレッシャー、なのだ。 男はゆっくりと納豆や豆腐のエリアを歩いていく。魚や肉のエリアもだ。 その間に、無数の視線を直接感じた。その内のいくつかを見返してやれば、知った顔が幾つかある。 彼らは皆リベリスタであったり、フィクサードであったが……この場ではその分類は相応しいとされていない。 彼らは今この時に限り、同じ目的を持った獣であり、同じ獲物を狙い合う狩人なのだ。『手加減が要らない』とだけ、思っていればよい。 そうして彼は、お惣菜、お握りのエリアを通過。 胸いっぱいに空気を吸い込めば、腹が自然と鳴った。 そして漸く彼は、弁当エリアに辿りついた。 ワゴンの上に並ぶ、三つの弁当を見下ろす。 その瞬間、彼の全身から強い覇気が漏れ出した。 トン、とフロアタイルを鳴らして男は立ち止まった。 男は目の前にあるマックスコーヒーのボトルを鋭いまなざしで見つめながら、低い声で呟く。 「今日は随分、歓迎されてるみたいだな」 「お前みたいな奴がいればな。だが今日はまだいい方さ。明日になれば、名うての狩人たちがそこら中から集まって来るだろう――」 「例の弁当が出る日だからな」 「……やはり、知ってたか」 「当然だろ?」 男はにやりと笑う。 その時だ。 バフンという音をたて、スタッフルームの扉が開いた。 その場にいる全員の意識が研ぎ澄まされていくのを肌で感じる。 店員は一礼をしてから、お惣菜やおにぎりを並べ直していく。 プレッシャーがより一層高まる。 まるげ弓の弦を引くように。 じりじりと高まる。 そして、店員は弁当に一つずつ、シールを張り付けて行った。 半額のシールだ。 その間、誰一人として動かない。 今動いてはいけない。 それが、この狭い世界で生きる狩人たちが暗黙の内に定めあったルールだからだ。 これを損なえば、誇り無き者、価値無き者として排斥される。無論、あの壮絶なる『勝利の一味』を味わうこともできない。 善も悪も、今この場においては意味が無いのだ。 「…………………………………………」 無数の沈黙が迸る中、携帯レジスタのピッという音だけが響く。 そして全てのシールが張られ、店員は静々と戻って行く。 スタッフルームへのドアを開き、一礼――。 そして静かにドアの向こうへ消え――。 ドアが閉まる――。 そのフッとした僅かな音が――。 鳴った――。 瞬間――! その場にいた全員が一斉に飛出した。 男はドリンク棚から飛び出し、まずは背後から追いすがって来たスキンヘッドの男に裏拳。彼がのけ反ったのを確認するまでも無く急カーブ。ターンの間に別の棚から飛び出してきた金髪の少女に足払いをかけた。金髪少女はそれをジャンプでかわし、空中でコンパクトに回転。しかし男はそれを先読みしたかのように足首を掴み、後ろ側へ放り投げた。別の狩人ともつれ合って転がる金髪少女。 男は無視してダッシュをかける。 弁当エリア付近は凄まじい激戦区だ。既に混戦状態になり、弱い者や欲張ったものが脱落している。速攻戦を望む者はこの配置を好むが、男はどちらかと言えば持久戦型だった。助走をつけてジャンプ。混戦の中に飛び込んで行く。 巨漢にまず飛び蹴りを食わらせる。一発KOだ。ぐらりと倒れかけた彼を踏み台にして更に飛ぼうと試みるが、横からモヒカン男がドロップキックを仕掛けてきた。なんて高さのキックだ! 男は目を剥きつつ腕でガード。男が倒れなかったせいでモヒカンは無様にフロアに横たわることになる。それを蹴飛ばして女子高生が乱入してきた。鋭いパンチの連打を浴びせてくる。全て掌で受け止める。 後ろからスキンヘッドと金髪が同時に跳び蹴りを繰り出してきた。 咄嗟に屈んでかわす。女子高生の方は回避が遅れ側頭部にヒット。その場で気絶した。 先刻かわしたキックのお陰で道が開けた。男はすかさず弁当のワゴンへ走る。 逃がすまいと追いかけてくるスキンヘッド。 併走しながら強烈なパンチを撃ち合う。拳と拳が正面からぶつかり合い、凄まじい音を立てる。 しかしこの戦いの目的は相手を倒すことではない。 男は目的を弁当へとシフト。力強く手を伸ばす。 その手を横から払われる。 強引に払い返し、更に伸ばす。 そのやり取りが数度続き、一瞬の隙をついてフェイント混じりのハイキックを叩き込んだ。スキンへっとがぐらりとよろめき、ワゴンの前で転倒。 男は素早く、しかし優しく、壊れやすい宝物を掬い上げるかのように。 半額弁当を、ゲットしたのだった。 「今日も楽しめたぜ。明日……また会おうな」 嵐のように駆け、ぶつかったが最後恐ろしいまでの力で意識を奪う。白いスーツの男。 人は彼を――『ホワイトアウト』と呼んだ。 ●誇りある争奪戦 アイワ・ナビ子(nBNE000228)はどんぶりにかけていたサランラップを外した。 まるでマリアベールを上げた花嫁のように、ほんのりと色づいたスープ。 立ち昇る湯気に紛れ、尾行をくすぐる鶏がらの香り。 それは、チキンラーメンという神の創造物である。 「い、いただきまぁーッす!」 箸でわしっと掴み上げ、一気にすする。 その瞬間、口いっぱいに凄絶に広がる鶏の風味と塩味。 疲労を感じていた身体を一瞬で癒し、これからの限られた時を、暖かで美しく、そしてどこか儚い夢の時間へと変える合図であった。 「んっ、ン~ッ!」 喉をゴクンと鳴らし、上を向いて震える。 ナビ子は今、食を全力で堪能していた。 さて。 今ここにあなたを含めた数名のアーク・リベリスタが集められていると言うことは、それ相応のコトが起きている、もしくは起きると考えてよいのだろう。 そしてそれは確かで、明日あるスーパーで出される半額弁当が革醒するという予知がされていた。その旨も、皆にしっかりと伝わっている。 だが、彼等を最も引きつけたのは、実を言えばソレではなかった。 「明日、このスーパーで半額弁当が三つだけ出ます」 ナビ子が言った言葉の意味を、一部のリベリスタだけが正確に理解した。 いや、この言い方は語弊があるだろう。 狩人としての感覚が先に立った、と言った方が良い。 「一つは、『夏バテがどうした、お前のガッツはそんなものか!? コレでも食べて元気を出せよそして明日を生き魂を輝かせるのだ! ザ・豪華焼肉弁当!』、もう一つは『スーパーデラックスギャラクティカミックスフライ弁当』……」 名前の時点でどうかしている。 だが、これらがただの弁当ではないのは確かだ。 絶対に美味いだろう。 だが次に囁かれた言葉に、一同は瞠目した。 「三つ目、月桂冠――『初夏限定三色夏祭り弁当』」 知っている者は知っている。 この弁当は当スーパーのお惣菜担当者が日ごろの感謝をこめて作るサービス弁当であり、あまりの美味さと安さで半額の刻まで残ることはないと言われているからだ。 だが、残る。 そして月桂冠……つまり、担当者が『この弁当は特別に美味い』と太鼓判を押す弁当になるのだ。 そして同時に、コレが張られた瞬間、弁当は革醒するとも言われている。 革醒したから何だ。獲得し、食ってしまえばいいだけのこと。問題はそこではない。 それだけの弁当が出ているなら、相当熾烈な争奪戦が生まれると、狩人の勘が告げるのだ。 「熾烈な争奪戦になるでしょうね。『ホワイトアウト』という二つ名持ちも来るそうですし……でも、皆さんだって、負けてないでしょう?」 流し目でも送るようにあなたを見るナビ子。 この時だけ、ナビ子はどこまでも真剣だった。 「私が行けないのが残念ですよ。後は……任せましたからね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月21日(土)22:37 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●狼たちの夜 夜のスーパー西洋鎧が彷徨っていたら、それは『さまようよろい』鎧 盾(BNE003210)だと思って間違いない。 今宵、スーパーせんどう某店でもまた、彼はゆっくりと彷徨っていた。 「半額弁当争奪戦か、懐かしい」 「……」 無言で横を歩く『名無し』氏名 姓(BNE002967)の視線に、盾は瞬きに近い動きをした。姓は今日は女性的な恰好をしている。 「『これ』に何を見出すかは人によるだろうが、私は金だ。時間が経っても美味しさを維持することを目的とした惣菜弁当に勝者の優越と達成感。飢餓からの解放感。それらを含めて三百円程度だ。コストパフォーマンスを真に考えるならこれ程実益を備えた狩りもない。定食屋では到底味わえぬ感覚だ。分かるか?」 「イマイチ、ってとこかな」 姓は言いながら、カートにビール缶を箱ごと積み込んだ。 「何をしている?」 「ん、工作。こんだけデカいものぶつけたら流石に痛いだろ?」 「…………」 盾は無言で視線を別へ移した。 「ふっふーん、洗濯バサミにコショウにねこじゃらしに……これでOK! 開幕直後にコショウばら撒けば目くらましになるし、猫じゃらしも武器になるよね」 見れば、『三高平高等部の爆弾娘』蓮見 渚(BNE003890)が何やら準備を重ねていた。小声なので他へは聞えていない。 「アークの皆には腕っぷしじゃ勝てないからね、多少せこい手使っても勝たなくちゃ。神は非力なりにできることをって言ってる! 私は正義! アイム・ジャスティス!」 くっふふーと含み笑いをする渚。 盾はそれらを見渡したうえで、無言のまま通り過ぎた。 話は変わるが。 ある港町では、特定の魚が網にかからなくなったら漁を控えるべきだという風習があるのを知っているか。 「『アイアンタートル』か……」 「知ってる人がいるとは、意外ですね」 『鉄壁の艶乙女』大石・きなこ(BNE001812)は、見知らぬ狩人と背中わせに会話していた。 「今日は海が荒れそうだ。知ってるか、三高平の主婦が『サメジマのおばあちゃんを最近見ない』と言ったそうだ」 「…………」 この言葉の意味を正確に理解できる人間は少ない。 ある者はこう述べる。半額が刻まれるスーパーに、『tyoubabaa』鮫島 ジョーズ子(BNE002625)が現れる前兆であると。 人食い鮫の前兆である、と。 レトルト食品棚と乾物棚を挟んで、『レッツゴー!インヤンマスター』九曜 計都(BNE003026)と『ナイトオブファンタズマ』蓬莱 惟(BNE003468)、そして『委員長』五十鈴・清美(BNE003605)は向き合っていた。 何かを語ろうかと思ったが、いうべき言葉など出て来はしない。 もう話すべきことなどないとばかりに目をつぶると、スタッフルームの開く音がした。 「始まる……」 シールが貼られる瞬間を横目に、二人はゆっくりと身構えた。 ――そして。 ●半額が刻まれる時 初老の店員が一礼し、スタッフルームの向こうへ消えていく。 ゆっくりと締まるドア。 最後のパタンという音が鳴った、その瞬間。 「ええい今だっ!」 コショウ瓶の蓋を親指で押し開ける渚。それもコショウの中身を一瞬でばらまくと言う非情な開け方である。 瞬間、誰かが渚の手首をがしりと掴み取った。 その上で蓋に指を突っ込みコショウを封殺する。 「わっ!? 何するの!」 「それはこっちのセリフだ! テメェはスーパーという高尚な場にコショウをばら撒くつもりだったのか! 一体誰が掃除をすると思ってる。どころか、周辺の商品が一斉に廃棄処分にされんだぞ! それがどれほどの悲しみか、お前に分かるか!」 「えっ……」 そんなつもりじゃ、という隙は与えられなかった。手首を釣り上げた状態で腹に拳をめり込まれ、その場に放り捨てられる。 「誇りを捨てた狩人に用はない。そこまでして弁当が欲しいなら、三割引きの内に買え。厳しいことを言って悪かった……だが、ここはお前の来るべき場所じゃあないぜ」 苦しげに顔を上げる渚が見たのは、悲しみに目を伏せ、既に別集団に先を越された『ホワイトアウト』の姿だった。 弁当ワゴンの前には既に乱戦状態ができていた。 盾は乱戦が和らぐのを待とうと、やや離れた場所で様子を伺っていた……が、激しい海風を感じて振り返った。 無論ここはスーパーである。海風など吹く筈はない。 「……これは!」 二つの怪物が、海鮮コーナーから襲来するのが見えた。 一人は両手にカゴを構え、襲い掛かる狩人を近づく傍から弾き返す鉄壁の女、きなこ。 もう一人は空のカートをゆっくりと押す老婆、ジョーズ子。 二人の発している覇気が並ではない。 特にジョーズ子だ。 「ふざけんじゃないよ、あたしがババアだからって弁当を食わせないつもりかい、ふざけんじゃないよ……」 ギラギラと光る目。 絶え間なく口から漏れる呟き。 彼女の前に立ちふさがろうものなら、一瞬で食い散らかされるという恐怖が沸き上がってきた。 「『人食い鮫』だ!」 「奴め、何日も飯を抜いてるぞ。あの噂はそう言うことだったのか!」 次々と蹴散らされ、悲鳴を上げる狩人たち。 幸か不幸か彼女達はゆっくりと、そして確実に弁当コーナーへ近づいている。 彼女達が到達する前にケリを付けなければアウトだろう。 「……やむをえん!」 盾はそう悟って、乱戦状態の激戦区へと飛び込んで行った。 同刻、姓は外周コースをまっすぐに走っていた。 先刻からスイーツやツマミ類が半額になっているぞと囁きかけているのだが、相手は全く聞く耳を持っていなかった。弁当への渇望がブレてパワーダウンを起こす者も居たが、それで退けられるのは意思の弱い狩人だけだ。 姓は小さく舌打ちすると、百円玉を取り出して投げ捨てる。 小銭独特の落下音が鳴った。 半額弁当を狙う者の多くは貧困に悩んでいる。反射的に意識をブレさせる狩人たち。 「っしゃ、今のうち……」 周囲の意識が後ろへ向いた所で加速をかけようとする姓。 と、その時。 「甘いッッッ!!」 菓子棚を一足で飛び越え、計都が声を上げた。 思わず振り向く姓。 「これはワールドイズマイン! 自殺行為か!?」 「見ろ、視ろ、アタシを観ろ! 猛者どもよ、アタシはここにるぞ!」 ダンッ、と両足でタイルに着地。 彼女の発するオーラが、否応にも注目を集めていた。 右サイドから飛び蹴りを放ってくるスキンヘッド。左からは回し蹴りを繰り出すサラリーマン。 計都は顔のすぐ横でスキンヘッドの足首を掴み取ると、そのままサラリーマンへと投げ落とす。もつれ合って転がる二人。 一回転してからダッシュ。そこへ惟が並んだ。 「これは狩人である前に騎士であり、騎士でないこれはこれにあらず。故に、正々堂々挑ませてもらう!」 惟の裏拳を屈んでかわす計都。 コンパクトに回し蹴り。惟はその場で前転。 すると、別の狩人の肩を踏んで清美が宙へと舞い上がった。 高い位置から弁当を目視。 「目標補足、行きます!」 間違ってもワゴンに直接飛び乗るなどということはしない。 ワゴン前の乱戦状態を上から踏みつけるのがベストだ。 「させるかあっ!」 清美のフリーフォールキックが狩人を踏みつけたその瞬間、計都が清美の足首を掴み取った。 視界急転。前九十度に傾いた清美はそのまま後方集団へと叩きつけられる。 ピッと額で印を切る計都。 「至高の弁当を作りりパートのおばちゃんに感謝を。全ての食材に感謝を……さあかかって来い!」 様々な思惑が絡み合い、もつれあい、ぶつかり合い。 乱戦は今、最高潮に達した。 乱戦に乱戦を重ね、数々の狩人たちが倒れていく。 そんな戦いも、『アイアンタートル』と『人食い鮫』の到達によって強制的な終わりを迎えつつあった。 「ぐっ……ぬう……!」 両手を突出し、屈強に押し付けられる二つのカゴを、盾は両手で押し返していた。 「初夏限定三色夏祭り弁当。存在は知っていながらもまだ食べたことの無い弁当です……今宵は、私が頂きますよ!」 「ぐうっ……!」 今手を離して弁当ワゴンへ向かえば、確実に後ろから踏み潰される。 どうする。 どうすればいい。 「ええい……策など不要!」 盾は一瞬わざと腕の力を抜くと、反動でバランスを崩したきなこに前蹴りを入れた。 素早く反転。そしてダッシュ。 弁当を睨みつけ、想いを馳せた。 「初夏限定三色夏祭り弁当……いかなる弁当だ!」 夏の旬食材と言えば鮎や鱒、オクラや茄子が挙げられる。だがこれは初夏限定弁当。微妙に時期がズレるのだ。しかも見た目は地味な色の赤黄茶の三色弁当。旬の食材弁当とは趣が異なる。なら何だ。食べたい。食べて確かめたい――! 手を伸ばす盾。 途端、彼の視界は上から被さるプラスチック網に遮れらた。 一方、戦闘集団から大きく離れた所に姓がいた。 「これはあくまで任務。アーク・リベリスタの誰かが弁当をゲットすれば勝ちだ。一番の強敵になるのはてめえだ白スーツ!」 姓は予め設置しておいた重荷物つきのカートを蹴飛ばした。 弁当ワゴンに向かって突っ込んで行く重カート。 無論、そんなものがワゴンに激突すれば転倒必至。弁当は全てダメになってしまうだろう。 「テメェ、何しやがる!」 『ホワイトアウト』は素早く踵を返してカートを受け止める。 「かかったな。あんたのバイク、さっき鳥がうんこしてたぜ」 「下品な注意反らしはやめろ。誇りは無いのかテメェ!」 「言ってなよ!」 充分に助走を付けてジャンプ。 カートごしに跳び蹴りを食らわせればフィニッシュだ。 邪魔者の『ホワイトアウト』も片付く。 そう思った。 姓の視界に。 鮫のヒレが。 「ふざけんじゃないよ」 重カートに、横から別のカートがぶつかった。 ちょうど一つ分のスペースを横移動するカート。 跳び蹴りを入れようとした姓の細い足が空を踏む。 「私が老人だからって半額弁当を食わせないつもりかい、だったらいいよ」 一瞬何が起こったのか分からなかった。 ギラついた老婆の目が姓のボディをねっとりと品定めしたかと思うと、太腿を掴み地面に叩きつけたのだ。 そして気づけば、ジョーズ子が姓のマウントポジションをとっていた。 「アンタを喰ってやろうか!」 「なっ――!」 姓が最後に視たのは、大きく開いた鮫の顎だった。 次々と繰り広げられる乱戦。 その中を、復活した渚が突撃してきた。 「神があの弁当をゲットしろと言っている! くらえジャスティスクラアアアアッシュ!」 ジャンプと共に繰り出されるラリアット。 清美はそれを両腕ガード。 「おなかが空いて気が立ってる私に襲ってくるなんて、命知らずですねえ!」 「レベルは一緒だよ、これなら勝てる! ジャスティスぱんち、ぱーんち!」 固めた拳を連続で叩き込んでくる渚。 清美はその拳を正面から殴り返した。 ぱん、ぱん、ぱんと破裂音が響き、両者の指関節が砕けていく音がした。 「いっつ、ならジャスティス足払い!」 拳を下げ、小柄な体格を生かして足を払いに行く渚。 清美は思わずバランスを崩して転倒……かと思われたが、床に片手をついてバランス維持。低姿勢のまま突き上げるようなパンチを繰り出した。渚の顎にヒット。 起き上がろうとした渚はスリップ転倒した。 地面に横たえた側頭部に、清美は全力の肘を叩き込む。 「月桂冠は、五十鈴清美が頂きます!」 清美はそして、弁当ワゴンへと走り出した。 ●飢えよ、求めよ、そして勝ち取るのだ。 「騎士の誉は己のものにあらず」 手刀を作った腕をクロスする惟。計都のハイキックを弧月の軌道で打ち払うと、逆側の手刀を相手の首へと繰り出す。 防御が間に合わずモロにくらう計都。よろけた所に惟の華麗な回し蹴りが叩き込まれた。 今度ばかりはガードが間に合い、計都は腕で受け止める。 そこへ、横合いから強烈なパンチが叩き込まれた。 狙いは惟だ。派手に身体が上下反転し、ワゴンの脇を抜けて揚げ物コーナーの下へと叩きつけられる。 計都の眼鏡がきらりと光った。 「来たか、『ホワイトアウト』!」 「スーパーじゃ見ねえ顔だな――って、お前は!」 互いの視線が交わり、両者コンマ一秒だけ動きを止める。 「まあいいか」 この場では同じ狩人。 同じ弁当を求め、戦う相手に過ぎない。 それ以外の繋がりなど、必要ないのだ。 地位も。 所属も。 言葉すらも必要ない。 「うおおおらああっ!」 大きく振りかぶる『ホワイトアウト』。 大きく振りかぶる計都。 両者全力のパンチが正面から激突し、衝撃波が背中を突き抜けて走った。 骨が軋み拳が潰れる。 しかし動き止まず空いた腕でのクロスカウンターがぶつかり合う。 仰け反る二人。 しかし二人の視線は弁当にこそあった。 タイルを踏み、手を伸ばす。 全く同時に伸ばされた二人の手は――。 ●初夏限定三色夏祭り弁当 夜の公園は、蝉の鳴き声が心地よく響いていた。 「もう少しだったのにぃー!」 カップ麺を前に地団太を踏む渚。 きなこはそんな彼女の頭を撫でてやった。 「渚さんにはまだ早かったのかもしれませんね」 「むぅー……」 頬を膨らませる渚。 きなこは困ったように笑うとカップ麺の蓋を開けた。 その横で、同じように赤い狐印の蓋をあける清美。 ダシの効いた至福の香りが鼻孔をくすぐる。 「んー……これです……」 「美味そうだな。どれ、私も……」 盾はそう呟くと、弁当の蓋をぱこっと外した。 ゆらりと上がる湯気。 彼の弁当は『スーパーデラックスギャラクティカミックスフライ弁当』だった。 ペンネを工夫した湿気対策がされた弁当内。 さっくりと仕上げられたエビや肉のフライが、ご飯と一緒にぎっしりと詰まっている。もはやフライの方が多いくらいだ。 迷わずエビのフライからかぶりつく。 衣は薄く脂分も少ない。 しかしパン粉を粗めにすることでプリッとした食感を最大限に発揮していた。 そんな光景を横目にお握りをかじる姓。 「まあ譲るよ今回は。感謝の気持ちを最高に味わうなら出来立てだろ普通」 「ヒッヒッヒ、あんたにゃこの感覚は分かんないだろうねえ。うめえー!」 『夏バテがどうした、お前のガッツはそんなものか!? コレでも食べて元気を出せよそして明日を生き魂を輝かせるのだ! ザ・豪華焼肉弁当!』を鬼のような形相でガツガツ食らうジョーズ子。 この弁当の何が豪華かって、わざと分厚く切られた牛肉がじっくりと焼かれ、肉汁と甘辛のたれがご飯にしっかりしみこむように作られている所だ。 これは時間が経ったことで旨味が浸透し、弁当の価値が高まる例に当たる。 「……」 「なんだいそんな目で見て。私がナンパしてやろうかい? 熟れきった魅力を堪能してみるかいィ?」 「ジェットストリームお断りだよ」 皆とは若干離れた野外木製テーブル。 惟、計都、そして『ホワイトアウト』が向かい合って座っていた。 いや、呼び名はもう変えていいだろう。 「何やってんスか『ホワイトマン』」 「世界一高尚な争奪戦に決まってんだろうが。お、三分経った」 カップヌードルのカレー味にお惣菜のチーズ天ぷらを入れるという暴挙を目の前で見せつける『ホワイトマン』。 惟はもそもそとパンをかじりながら呟いた。 「お前とは縁があるようだな……これは」 『ホワイトアウト、一体何者なんだ……』とか思ったら激烈に知り合いだった。 「まあいい。騎士道に曰く『求むる者には惜しみなく与えること』だ」 「ふむ、そして……」 かぱっと弁当の蓋をあける計都。 無論、『初夏限定三色夏祭り弁当』である。 盾がそそそっと弁当片手に近寄ってくる。 計都はそれを無視して、いきなり大口で頬張った。 「…………むっ!?」 目を大きく開く。 想像できるだろうか。 三色弁当とはよく、卵・そぼろ・野菜で構成される。 しかしこれは黄・茶・薄紅という取り合わせなのだ。 計都が頬張ったのは薄紅部分。 「鮭とばだ……細かいしゃけほぐしの中にしょっぱい鮭とばが混ぜ込んであるぞ!」 「何!?」 盾は身を乗り出した。 不敵に笑う『ホワイトマン』。 「すげえだろ。それだけじゃないぜ、他を食べてみな」 言われたまま卵に箸をつける。 しょっぱすぎる程の鮭エリアに比べてこっちはほんのり甘いスクランブルエッグだ。 陰と陽。 塩分と糖分。 この二つで既に世界が完成している。 ならこのそぼろ的なエリアは必要か? そう思って頬張ってみた計都は、脳に電撃を受けたようにびくっとした。 分かるか。 そぼろはなんと、牛ひき肉のそぼろだったのだ。 本来油っぽくどっしりとした牛ひき肉。 しかし塩分と糖分を他の二つによって薄く感じ、完全世界であるタマゴとシャケの間に牛肉という世界樹を生み出したのだ。 これがうまくないわけがない。 夏場に欲しい味、そしてエネルギーがぎっしり詰まった弁当なのだ! 計都はとりつかれたように、それぞれを順番に喰らって行く。 すべてなくなるまでそう長い時間はかからなかった。 満腹感と満足感。 そして充実感。 今宵も、狩人たちは満たされてゆく。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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