●開かれた奈落 それは、落雷の音に似ていたかもしれない。 轟音が響き渡り、大地が揺れた。 いや、空間そのものが揺れたのだ。 歪み、避けたと言った方が正解に近いのかも知れない。 現れた黒い霧のような、その場所だけ夜の闇が訪れたような……先の見通せない何かを、以前見た者もいるだろう。 けれど、今回現れたそれは、以前の比ではなかった。 巨大な……左右の幅は数十mはあろうかというその暗闇の中から、炎が噴き出す。 続いて現れたのは、紅い鱗に包まれた……何かだった。 爬虫類のようではありながら、そういった生き物的な何かを超越したような雰囲気を、それは発していた。 開かれた黒い奈落が狭く見えてしまうほどに、その存在は大きかった。 口に生えている牙の一本が、人の背丈ほどの長さがあった。 その牙が無数に生える口から、全身から、熱気が、炎が噴き上がる。 その姿に、竜、ドラゴン……そんな言葉を連想する者もいるだろう。 それはフレイムタイラントと呼称された、アザーバイドだった。 闇の中から現れた巨大な一対の前足が大地を踏みしめると、一瞬で草木が燃え尽き、大地が渇き砕ける。 そのまま前進し、奈落から自身の全てを解放しようとした竜は……闇によって、封印によってそれを妨げられた。 それでも、竜の動きは止まらない。 空気を震わす咆哮を発し全身に力を篭めれば、再び空間が裂けるような轟音が響き始めた。 すぐに何かが如何なるという事はないだろう。 だが……封印という物がどのようなものなのか分からない者であっても、その光景を見た者には推測が可能だった。 この存在は、このまま行けば……自身を封じる何かを、破壊するのでは……と。 ●炎帝竜・フレイムタイラント 「フレイムタイラント。そう呼称されるアザーバイドです」 マルガレーテ・マクスウェル(nBNE000216)は緊張した面持ちでそう言って、スクリーンに表示された赤い鱗を持つ存在に視線を向けた。 以前封印が緩み出現した際にアークのリベリスタたちによって封印の狭間へと追いやられた存在。 それが再び、姿を現すという未来が観測されたのである。 「充分なダメージを与えれば、封印が力を取り戻しアザーバイドを封印し直す事が可能だと前回の戦いでも判明しています」 だが、フレイムタイラントは前回よりも力を増しているようである。 崩界によって封印が力を減じたのか……どちらにしろ、全ては推論でしかない。 ともかく、以前出現した時とは似た別の存在だと考えた方が良さそうだ。 「生命力は、並のエリューションやアザーバイドとは比べものになりません。鱗の方も硬いのに弾性もあって……物理神秘共に高い防御力を持ち、回避能力も高くなっているみたいです」 口内や瞳は変わらず防御力は低いようだが、牙等は強靭で折る事は難しく、瞳が潰されても魔法的な何かで周囲を確認できるのか、視界が悪くなる様子もない。 それに、欠損した箇所は回復する。 「前の戦いで傷付いた頭部と右腕部には傷が残っているみたいですが、この世界に現れるのと同時に再生が始まるみたいです」 封印内では再生能力が失われるか大きく減じられるかしているのだろう。 「巨体に相応しい攻撃力や防御力を持っていますが、決して鈍重ではありません」 様々な面で高い能力を持つのに加え、ほとんどの状態異常を無効化する能力を持っている。 「加えて炎によって自身の受けたダメージを回復する能力も持っています」 ただ、その能力故か氷系の異常を受けると、動きは封じられはしないもののダメージは受けてしまうようである。 「攻撃の方は、牙と鉤爪による物理的な攻撃と、炎による神秘系の全体攻撃になります」 3回の攻撃を行ってくるが、どの攻撃を何度行ってくるかは分からない。 「鉤爪と牙の攻撃は、どちらも一度に複数を狙えるみたいです」 どちらの攻撃も強力ではあるが、鉤爪の方がやや攻撃範囲が広く、牙の方が攻撃力が高いようである。 加えて、どちらの攻撃も直撃を受けると強力な炎で身を焼かれる事になる。 「炎による攻撃は、戦場一帯に爆炎を発生させる攻撃と、口から放つ炎のブレスの2種類があるようです」 爆炎による攻撃は周辺一帯にダメージを与えるのに加え、防具が守りの力を融解或いは破壊する事で防御力を下げる効果もあるようだ。 また、牙や爪と同じように消えぬ炎で包む効果もある。 「炎のブレスの方は2種類になります。一方は以前にも使用した青い炎のブレスになります」 此方は遠距離までの対象を含む全体にダメージを与え、炎で包む効果がある。 「以前戦った時よりも威力の方は上昇しています。充分に御注意下さい」 そう言ってからフォーチュナは、もう一方の炎についても説明する。 「……色は白に近い感じでしょうか? 蒼炎と比べても極めて強力です。耐久力に劣る人だと、一撃で倒される危険があるくらいに」 射程も長い上、他の攻撃とは比べものにならない強力な炎が、消えずに犠牲者を包みこむという。 「ただ、炎のブレスを使用するには力を蓄える必要があるみたいですから……予測はある程度可能だと思います」 とはいえ敵は複数回の行動を行えるのだから、力を蓄積させながら他の行動も行ってくるだろう。 戦いながら対処を行わなければならない。 幸いと言うべきか、一度に使用できるブレスは1種類のようである。 力を蓄えている時は、他のブレスを使用してくる事は無いだろう。 「あと……それでも倒し切れない強敵と判断した場合、フレイムタイラントは現時点で行える最も強力と思われる手段で、皆さんを攻撃してきます」 マルガレーテは表情を一層固くすると、炎帝竜の攻撃について説明し始めた。 『始原の混沌の炎』と呼ばれるそのブレスは、世界のありとあらゆる混沌が溶け込んでいると伝えられている。 その為、混ざり合う不純によって炎そのものの力は他のブレスと同等かやや弱い程度なのだそうだ。 「ですが……溶け込んだ世界の不浄が浴びた者を侵し、死に至らしめるのだそうです……」 ありとあらゆる異常が直撃を受けたものを襲うのだそうである。 この炎の洗礼を受け生き延びた者を絶対者と呼ぶようになった等という伝承が存在するほどに危険な、究極の、汚れた万色の炎。 「ただ、現状の炎帝竜はこの炎を完全には使いこなせない様です」 使用する為にある程度の時をかけて力を蓄積させる必要があり、しかも使用によって自身もダメージを受けるようだ。 また、使用するその時……フレイムタイラントの全ての力が、一瞬ではあるが大きく下がるらしい。 とはいえ裏を返せば、それだけ強力な、危険な力だという事だ。 説明を終えるとマルガレーテは、集まっていたリベリスタを見回した。 そして、黙って話を聞いていた一人の少女に声をかけた。 ●竜に抗する炎の守り 「初めまして、ヤミィと申します。リベリスタの皆さんにはいつもお世話になってます」 疲労を滲ませてはいるものの張りのある声でそう言って、少女は大きな……少し無骨さのある宝石のような何かを、デスクの上にそっと置いた。 ルビーを感じさせる赤色の宝石は、それがただの石で無いことを証明するかのように、内に燃える炎のような何かを映している。 「以前、フレイムタイラントの力の干渉を受けたE・エレメントの残滓を、幾人かの方の協力を得て回収できまして……」 それを使用して、フレイムタイラントの攻撃を少しですが防ぐアイテムを開発したんですと少女は説明した。 「理論構築の方は真白博士に手伝ってもら……半分以上やってもらう事になっちゃいましたけど……」 ちょっと失敗もありましたが協力してくれた皆さんのお陰でサンプルも沢山ありまして、何とかモノにできました。 ヤミィはそう言ってから、アイテムについて説明をし始めた。 『紅蓮の防砦』と命名したそれは、リベリスタたちのエリューションエネルギーを注ぎ込む事で活性化し、リベリスタたちに力を付与するという仕組みになっている。 「品物そのものは活性化によって無くなってしまうので1回きりになりますが、戦いの間は充分に持つと思います」 力がリベリスタたちに付与される事によって、フレイムタイラントの攻撃に対して一定の防御力を得る事ができる。 加えて、炎系の異常に対しての全般的な耐性能力を得る事ができるようだ。 また、その耐性は付与を受ける者の持つ能力によって変化を起こすらしい。 「元々炎に対する耐性を持っている方に力が加わった場合、相乗作用(智親仮説)によってアイテムの効果が変化して付与されます」 炎に耐えるのではなく、その力を吸収する事で負傷を回復するという力が一時的にそのリベリスタに付与されるらしい。 「以上がこのアイテム、紅蓮の防砦の効果になります」 ヤミィはそう言って説明を終えると、少し悔しそうな顔をした。 「本当は、攻撃に関しても補助になるような品を開発したのですが……」 合わせようとすると、どうしても力が干渉し合い効果が消えてしまうんですと申し訳なさそうに言って、少女は皆を見回した。 「宜しければ、皆さんの任務のお役に立てて下さい」 アイテムを劣化させない為に彼女も近くまでは同行するが、安全な場所まで退避するし万一に備えて数人護衛も居るそうなので気にする必要はなさそうである。 「……極めて危険な相手ですが、だからこそ……この世界に存在させる訳にはいきません」 皆さんの力を合わせれば、きっと炎帝竜を再封印できると思います。 少し青ざめた表情を引き締めてフォーチュナの少女は皆を見回すと、口にした。 「どうかお気を付けて」 御武運、お祈りしております。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:メロス | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月20日(木)23:13 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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●防砦達の開戦 「よぉし! ドラゴン退治だー」 『すもーる くらっしゃー』羽柴 壱也(BNE002639)は仲間たちと共に、自身の力を紅蓮の防砦へと注ぎ込んだ。 11人の力を受けて宝石のようだった物体は赤色に淡く輝く霧のような存在へと変化し、リベリスタたちの内へと浸透していく。 「成程、実に頼もしいものだ」 短く呟くと『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)は能力を使用し、狙撃手としての感覚を研ぎ澄ました。 同じように『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)も戦闘態勢を整え意識を集中する。 「ヤミィさんに感謝だな。今度挨拶がてらお礼に行かないと」 戦勝報告に、ね。 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)は龍治の言葉に頷きながら口にした。 快が持つ炎への耐性に反応した紅蓮の防砦は効果を変化させ、彼の内に炎を自身の力へと変換する組織を一時的に構築していく。 快は更に能力を使用し、攻撃に対しての完全な防御態勢を整えた。 (アークの誇る守護神さんが守ってくれるとは、頼もしいものですねえ) 『ブラックアッシュ』鳳 黎子(BNE003921)は彼へと感謝を胸の内で述べながら、戦いへと意識を向けた。 護りに専念してくれる者がいる以上、自分の為すべき事は、ひとつだけ。 拡がる闇を確認しながら、リベリスタたちは着々と戦いの準備を進めていく。 仲間たちの回避能力を少しでも高めようと、『ナイトビジョン』秋月・瞳(BNE001876)は味方に翼の加護を施した。 そして消耗した力を少しでも回復させようと無限機関を稼働させ続けながら自身の気を練り力を蓄積させていく。 (しかし多種多様なアザーバイドがやって来るが、そんなにこのチャンネルは魅力的なのか?) 「このアザーバイドも元の世界でも上位の存在であるようだが一体何を求めてこの世界へ来たのやら」 彼女が空間の裂け目に視線を向けながら呟いた時だった。 落雷のような音と共に更に空間が裂け……巨大な、紅い鱗を纏ったアザーバイドが姿を現す。 神話や伝説に語られる……ドラゴンと呼ぶに相応しい存在。 炎帝竜・フレイムタイラント。 「久しぶりだねフレイムタイラント! 前に封印してあげたはずなのに、もう出てきちゃったの?」 またおねんねさせてあげるよ! わたしと遊ぼうか! リミッターを解除した壱也が臆することなく変わらぬ様子で、炎帝竜へと呼びかける。 (残暑なお厳しい中こんな敵とは……なかなかハードなの) 「なんて、軽口叩いてる場合じゃないね……」 『なのなのお嬢様なの』ルーメリア・ブラン・リュミエール(BNE001611)は呟きながらアザーバイドを見上げた。 (前回出てきた時は知らないんだけど……やっぱ大きい、威圧感半端ないの……) 「がんばって、みんなを支えないと……炎になんか、飲まれないよ……!」 魔力を活性化させながら体内で循環させ、彼女は回復態勢を整えていく。 来栖・小夜香(BNE000038)も周囲から力を取り込むことで自身の魔力を増大させた。 (なんともでっかいお客さんだな) 「んじゃま、気合入れていきますか」 軽く体を動かしながら、『イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)が口にする。 (以前押し戻した時より更に強力になっていますね) 『斬人斬魔』蜂須賀 冴(BNE002536)もアザーバイドの威容を見上げながら呟いた。 「いずれ撃たねばならない敵ですが、今は封印を」 全身に破壊の闘気を漲らせ、戦闘態勢を整える。 「炎帝竜、随分大層な名前だな」 『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)も臆することなく対峙する者の一人だった。 強力な個体だが、不死身ではない。 (わざわざこれだけ人員を割くんだ封印出来なきゃ嘘だろう) 「ただでかいだけのトカゲ風情が、人間を舐めるなよ」 挑発するように、挑むように、青年は巨大な存在へと鋭い視線を向ける。 「おおものだ」 『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)は炎帝竜を見上げながら、単発銃を握り締めた。 幾つか想いが湧き上がる。が、 (そりゃ、わたしはかんぺきじゃないけど) 「敵も同じなら、賭けるだけだ」 やるべきは……変わらない。その筈だ。 「物語の竜は最後に倒されるためにいるようなものです」 (まあ、現実はそう簡単ではないでしょうが……) それでもと黎子は頭をふった。 自分の為に身を張る仲間がいるのだ。 ならば、為すべき事に専念するのが礼儀。 「鳳黎子の竜退治、始めますか」 すべてを呑み込んで、彼女もアザーバイドを見上げながら口にする。 「お出ましだな」 (初めて目にするが……何と言う姿だ) 龍治は瞳にその全てを映しながら、呟いた。 その威容に美しさすら感じる……が。今はそれを、呑み込んで。 代々受け継がれていた古式の銃を構え……一頭の狼は、宣言した。 「さあ、狩りを始めよう」 ●炎帝竜の力 前衛たちを薙ぎ払うように炎を纏った巨大な腕が振るわれた。 自分たちと、対峙するように位置を取ったもう一方の班にそれぞれ左右の腕が振るわれ、直後に爆炎が一帯に炸裂する。 背の低い草に覆われていた平地は一瞬で焦げた地肌が露わな荒地へと変わった。 だが、彼ら彼女らの身を包んだ炎の多くは対象を害しはしなかった。 12人は怯む様子もなく、直ちに攻撃を開始する。 「フレイムタイラント、さて何処まで通じるかね……」 癒し手たちを守るように後衛に位置を取った櫻霞は、集中力を極限まで高め、あらゆる可能性を想定した戦術方針を作成していく。 小夜香は詠唱によって福音を響かせ、味方の回復を開始した。 紅蓮の防砦によってダメージが軽減されていても、炎帝竜の攻撃は充分な威力を持っている。 遠距離を主体としたもう一方のチームへと接近させないように。 快は黎子を庇いながら、竜と対峙するように前衛に位置を取る。 最後衛に位置した龍治は、火縄銃の狙いを竜の瞳に定めた。 放たれた弾丸は狙い過たず、アザーバイドの眼球を直撃する。 「これだけ大きな的だと外し様が無いだろう」 精確な狙いで的を射抜いた弾丸は、本来以上の力で竜の瞳を傷付けた。 できるだけ嫌がる部位を狙うように、敵が自分を無視できぬように。 適度に距離を取り牙ではなく爪の攻撃を誘うように。他の前衛からやや位置を取っていた涼子は、早撃ちで竜の頭部、傷付いた位置を狙い撃つ。 冴も前衛で敵と対峙しながらオーラを雷気へと変え斬撃を放った。 ルーメリアは適度に離れた位置を取りながら、癒し手同士で声を掛け合う。 素早く状況を確認すると、彼女は高位存在へと呼びかけ、強力な癒しの息吹を具現化させた。 それよりやや前に位置を取った木蓮は、魔力を籠め貫通力を増大させた銃弾でアザーバイドを攻撃する。 「また会ったねフレイムタイラント! 今回も心行くまで戦って、封印しちゃうぞ」 壱也も自身の武器へと注ぎ込んだオーラを雷へと変換し、強烈な斬撃を叩き込んだ。 「これ以上は出てこさせないんだからね」 彼女も前衛で、奈落から逃れようとする炎帝竜と対峙するように位置を取る。 回復が足りていると判断した瞳は無限機関と錬気によって消耗を癒しつつ、熱感知の能力を使用して竜の様子を観察する。 「不運も悪運も今回ばかりは捻じ伏せてあげます」 出現させた無数のカードの中から一枚を選び取ると、黎子はその力をアザーバイドへと注ぎ込んだ。 他の事など、何ひとつ考える必要は無い。 今は唯、僅かでも何でも攻撃し、負傷を蓄積させていく。 それだけだ。 ●灼熱の戦場 爆発に続くように竜の顎から、青白い炎が噴き出される。 防御態勢を崩された後に行われるその攻撃は強力だった。 それでも、アリステアを含む3人の癒し手たちによってチームは一人の離脱者も出さずに戦いを続けていく。 「これだけ図体がでかいと良い的だな、外しはしない必ず当てる」 前衛たちの攻撃に重ねるようにして櫻霞が気の糸で攻撃を行い、涼子は爆炎の狙いを散らすように攻撃を行える範囲で左右へと移動する。 耐え続けるリベリスタたちに業を煮やしたのか、フレイムタイラントは青白い炎を放った後、息を大きく吸い込むような動きを取った。 その動きを見逃すような者は、12人の中に一人としていない。 攻撃しながら、庇いながら……幾人かは行動を継続しつつ警戒し、幾人かは即座に行動に移った。 何としても発動を見極めたい。 龍治は素早くブレスの射程外へと退避すると、竜の挙動に集中した。 瞳も自身の状態が万全に近いのを確認すると、防御の態勢を取りながら竜の状態を観察する。 炎というよりは光そのものとでも呼ぶべき白い何かが、竜の口の中へと収束していく。 正視できないほどの輝きと、離れていても身を炙る熱気を持つそれが……二呼吸ほどの間を置いて、解き放たれた。 その一瞬前、櫻霞は吐き捨てるように呟いた。 「はっ、俺が護り手とはな……似合わないにも程がある」 櫻霞が、快が、涼子が、木蓮が、癒し手たちと黎子を庇う。 その者たち諸共……圧倒的な熱量が戦場一帯を満たし、ありとあらゆる存在を蒸発させようとする。 大地すら焼き尽くしかねないその炎が治まった後……庇われた者以外のリベリスタたちは……射程外に位置した龍治以外は、文字通り満身創痍だった。 それでも、倒れた者は一人もいない。 そして傷付いた者たちを癒すべく即座に聖神の息吹が、天使の歌が、戦場を満たした。 龍治は皆へと自分が見た者を伝えながら再び前進し、冴は完治には程遠い傷を意に介さず攻撃を続行する。 「わたしの全力を食らうといいよ!」 癒しの力と自身の再生能力で身体を回復させながら、壱也は武器に雷気を籠めた。 カードの引きを失敗した黎子はそのまま次のガートの群を創りだす。 耐え抜き、更に攻撃を続けるリベリスタたちを見つめる炎帝竜の瞳には、明らかに違う色が浮かび始めていた。 全員が戦いながら……予感していた。 自分たちが警戒していた時が、訪れようとしている事を。 ●始原の混沌 「封印を解いてどこにいくの? 貴方はどこから来たかの? 元の世界へは帰らないの?」 貴方を完全に消滅させるには……? (なんて、教えてくれるわけないよね) ルーメリアの呼び掛けに竜は唯、咆哮を以て応じる。 龍治の攻撃を受け溶岩のような液体を撒き散らしながら破壊された巨大な眼球が、高速で再生されていく。 そして再び、息を大きく吸い込むような動きと共に、フレイムタイラントは力を蓄え始めた。 牙の間から見え隠れする炎の色を見て、リベリスタたちはそれが……先刻のブレスとは異なるものだと気付く。 「みんな、おっきいのくるよ!」 ルーメリアの言葉に皆がそれぞれの形で同意を示した。 アザーバイドはリベリスタたちが、現在の自分にとって危険な存在だと認識したのである。 力を蓄積させながらも炎帝竜は、鉤爪や牙でリベリスタたちへの攻撃を続けていく。 その攻撃は、前衛たちが多い防砦班の者たちへと集中する事となった。 特に前衛たちへの攻撃は熾烈を極めた。 鉤爪だけではなく牙での攻撃が加わったことで、前衛たちへのダメージが増大したのである。 彼ら彼女らを癒す為に、癒し手たちは全員で回復に専念しなければならなかった。 声を掛け合い消耗を抑える余裕は、ない。 癒しの息吹が、福音が皆を癒し、牙の直撃を受けた者は大天使の吐息によって支えられた。 3人の奮闘で防砦達は持ち堪えながら攻撃を続けていく。 基本は原初の炎の時と同じだった。 違いは判別が出来た為、退避する者もギリギリまで攻撃を行えた点である。 精神的にも物理的にも空気が張り詰めていく数十秒が経過し、竜の顎からとめどなく色の変わる炎が洩れだした。 「仲間の盾となる。クロスイージスの本懐だ!」 快が叫びながら相棒を庇う。 櫻霞が、冴が、木蓮が、仲間たちを、庇う。 「……必殺じゃないなら、後は自分に賭けるだけさ」 涼子は直撃を恐れず、真っ向から攻撃を仕掛けた。 「攻撃は最大の防御ってね!!」 壱也もハイバランサーや付与された翼を利用して、竜の頭部へと駆け昇る。 (一度やってみたかったんだよね、封印の儀式って感じ!) 武器に纏わせたオーラが、雷撃へと変化する。 「RPGではね、ドラゴンは封印されるか、討伐されるのが役目なんだよっ!」 壱也の、そして涼子の一撃が、力の多くをブレスへと向けていた炎帝竜を傷付けた。 だが、その直後……戦場一帯を万色の炎が包み込んだ。 炎はひと時も留まらず次々と変色し、鎔かし込んでいた不浄を解放することでリベリスタたちを侵食していく。 炎の力だけは防げたものの、毒が、雷が、呪いが、不幸が、ありとあらゆる混沌が直撃を受けた者を蝕んだ。 石化し、精神さえも汚染され……それでも直撃前に可能な限り回復を受けていた事もあって、直撃を受けた全員が耐え切る事に成功する。 だが、続いた牙の洗礼には……前衛たちの殆んどが耐え切れなかった。 4人が直撃を受け、壱也、冴、涼子の3人が岩と化した身を砕かれる。 快だけは残骸の様になりながらも、かろうじて攻撃を堪え抜いた。 もっとも、砕かれた3人もそのまま倒れはしなかった。 涼子は身を砕かれる痛みすら利用して強引に意識を繋ぎ止め体を動かし、壱也と冴は運命の加護で動きを取り戻す。 「相棒が作った勝利への道を無駄にするかよ!」 身を呈して機会を生みだした快に一瞬だけ視線を向け、夏栖斗が炎を吐き終えた直後の炎帝竜へと破壊の気を叩き込んだ。 「絶対者の力と浄化の力を持っていたという朱子がいたら、まるで恐ろしくもない攻撃だったのでしょうね」 無数のカードを創りだしながら、黎子は呟いた。 「私にはあの子のような何かを守れる鎧はありません、が……」 運命すら切り裂く刃が、ある! (再封印などと悠長な事は言いません) たった、一枚を選び、彼女はその力を竜へと向けた。 「その首切り落として……ここで息の根を止めます!!」 ●灰となっても 「まだまだ、この程度でへばってられるか」 櫻霞は不敵に言い放ちながら、方程式を再構築した。 射程内へと戻った龍治も狙撃を再開する。 「立て直す……お願い皆、がんばって……!」 ルーメリアは祈るようにして……最後の息吹を使い切った。 魔力を循環させているので数十秒もあれば、もう一度くらいは使えるかもしれない。 だが、小夜香と瞳で耐え切れるのか……2人とて限界に近付いているのである。 少女は2人と竜の間に入るように、庇うように位置を取る。 消耗し切った黎子は、限界を乗り越える事で運命の加護を以て戦う力を無理矢理に引き出し、最後の攻勢を続けていた。 消耗が限界に近付いた龍治も、能力を再度使用して狙撃力を高めた後、遠距離へと踏み込んでの射撃を開始する。 木蓮も攻撃に使用するスキルを変更した。 それすらも使い果たせば仲間の庇い役に徹する心算である。 「……其処だな、何度でも抉ってやる」 再生した竜の目を狙い、櫻霞が紡いだ気の糸を放つ。 何とか集めた力を揮って、ルーメリアは聖神の息吹で仲間たちを癒した。 それが彼女にできた最後の事だった。 防砦の加護なく、それでも小夜香や瞳を庇い続けた彼女が、荒れ果てた大地に崩れ落ちる。 (わたしにできることは攻撃あるのみ) 消耗した壱也はエネルギーを雷撃へと変換せず、ただ武器に集中させ斬撃を振るう。 リミッターを解除し傷付く身体を再生能力で無理矢理に治しながら彼女は戦い続けた。 連続で放たれた蒼炎に膝を付きかけた龍治は運命の加護で耐え抜き、振り絞った僅かな力を狙撃に費やす。 癒しの力だけではなかった。 あらゆる面において彼らは、彼女らは攻勢限界点に達していたのである。 今までの奮闘を考えれば呆気ないほどに……フレイムタイラントの攻撃を受け、前衛たちが倒れ始めた。 壱也が倒れ、黎子と冴が膝を折る。 前衛たちの減少によってアザーバイドはリベリスタたちを圧迫するように巨大な前足を踏み出した。 味方が限界に達したと判断した快は、行動を防衛から攻勢へと転換する。 紅蓮の防砦の力を信じ、青年はフレイムタイラントが炎を噴こうとした瞬間を狙って飛び込むと、輝きを宿した護り刀を突き立てた。 力の蓄積が間に合わない瞳は癒しの微風を快に送り、傷を癒したところで力尽きる。 重い傷を負いながらも表情を変えず攻撃を続けていた櫻霞も……ついに膝を折った。 再び遠距離へと踏み込んでいた龍治も、火縄銃を握りしめたまま崩れ落ちる。 動けるどころか生きているのすら不思議なほどの傷を受け、残骸の様にぼろぼろの身体になりながらも歯を食い縛り、運命の加護を得て戦い続けた涼子も……終に、限界を迎えた。 ほぼ同時に、炎を吸収し生命力へと変換しながら攻撃を続けていた快も……力尽きる。 12人はフレイムタイラントの攻撃によって戦線を離脱した。 だが、それによってもう一方、永遠の氷棺を使用した者達を持ち堪えさせる事に成功し、果敢な攻撃によって炎帝竜に大きな打撃を、癒し切れぬ負傷を与える事に成功したのである。 最後まで戦場に立っていた者はいなかったかも知れない。 だが、彼らは彼女らは……紛れもなく此の戦いの、勝者だった。 防砦達は全霊を懸け、竜を貫く穂先たちを守り抜くことに成功したのである。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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