●タガタメ あいつは今私の前に立っている。 私は今あいつの後ろで『守られて』いる。 何から。 危険、邪悪、猥褻、強欲、現実。 いつから。 いつからそうしていたんだろう。 あの頃、あいつは隣にいた。 いつしか、あいつは私に背中を見せるようになった。 あいつの背中を頼もしいと思うにつれ、あいつの背中は遠くなった。 今、あいつは確かに私の手の届くところにいるのに、私はあいつに触れる事すらままならない。 私はあいつに触れる事を諦めてしまった。 あいつが私に心を寄せなくなってしまったから。 そうして私は『守られる』ことに甘んじている。 それにもう、慣れてしまった。慣らされてしまった。 あいつは私から離れてしまった。 私はあいつに近づけなくなった。 だのにその距離感を愛している。それでいいと思っている。 ひょっとすると私はもう諦めているのかもしれない。 あいつと一緒にいる事を、あいつに『守られる』ことで。 あいつは決して自分の想いに背く事はない。 あいつは決して私の前から姿を消す事はない。 あいつは決して、私の想いに目を向ける事はない。 ●ワガタメ 「エリューションの討伐をお願いする」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は矢継ぎ早に目的を告げた。それからさっくりと概要を述べる。 「三橋美優という女性を『守っている』エリューションがいる。それを倒して欲しい」 「守っている、とは?」 リベリスタが問うと、イヴは間髪を入れずに答えた。 「文字通り。理由はわからない。三橋美優とどういう関係かも定かでない。でも、エリューションだから、倒すの」 エリューションは戦闘時、盾を構えて応戦する。防御以外の行動を行わないが、エリューションの意志によって複数種類の特殊な効果が発揮される。また、エリューションには配下のゴーレムがいる。主に攻撃を行うのはこのゴーレムになるだろうとイヴは言う。 「エリューションたちと三橋美優がいるのは、廃校になった小学校の体育館みたいね。遮蔽も少ないし結構広いから、戦闘に支障は出ないと思う。三橋美優はかなり衰弱してみるみたいだけど、戦っている間に死んでしまう事はないと思う。とはいえ、彼女を助けたいのなら早いにこした事はないだろうね。 何よりもまずはエリューションを倒す事に集中して欲しい。エリューションを倒さない事には、何も始まらない」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:天夜 薄 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月16日(月)23:53 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● エリューションに守られている女性。三橋美優。 彼女は何から守られているのだろう。『戦士』水無瀬・佳恋(BNE003740)は思案を巡らせる。 思い当たるのは、佳恋のようなリベリスタ、であろうか。 けれども、リベリスタが彼女を攻撃する理由などない。 もし美優が覚醒していないのなら、という話ではあるが。 或いは、そう。 エリューションが、美優を革醒させるために、自分と同じにするために、守っているのだとしたら。 そんな皮肉な話かもしれない。けれども、そんな推察は無意味な事だ。 彼女の瞳に映るは自らの得物。アークの『剣』である佳恋は、ただエリューションを討ち、神秘を秘匿しながらも神秘と関わりのない人間を助ける。それが現在の彼女の存在意義なのだ。 ともあれ、守るだけの相手と油断する事なく戦おう。彼女は静かに決意する。 「状況がよくわからないな」 『正義の味方を目指す者』祭雅・疾風(BNE001656)は千里眼を駆使しながら、美優とエリューションが存在する場所へと急行する。 現在はともかく、どういった経緯で美優がエリューションに守られているのか。その理由は。疾風はそれが掴めていない。ともかくまずは、美優に降り掛かっている危険を排除する事が、先決であろうと疾風は考える。 体育館の扉を開き、リベリスタは中に入る。灯りは僅かな月明かりしかない。暗く、空気が湿っていた。数人のリベリスタの持つ懐中電灯の光が体育館内を動き回り、やがてそれはある一点に収束していった。それが照らし出したのは講壇を背にした一枚の盾と、それを掲げている黒い影であった。美優はエリューションの視覚に隠れ、講壇に力なくもたれ掛かっていた。エリューションの周囲にはそれの操る四つのゴーレムが、動くことなく落ちていた。 光がエリューションの姿を露にすると同時に、エリューションもまたリベリスタの姿に気付く。それが数秒の間にリベリスタ全員を見定めると、やがて四つのゴーレムはフォースの意志に従うように行動を始めた。フォースの周囲を飛び回るゴーレムはやがてゆっくりと空中に静止し、一気に飛び出した。 「衰弱して彼女が危うい。変身!」 疾風はエリューションの敵意を確認すると、素早く戦闘装備を身につける。 「ずいぶんと変わったエリューションだな」 『侠気の盾』祭 義弘(BNE000763)はエリューションに向け接近しながら思わず漏らす。それでなくとも、人間の女性を『守っている』のだから、尚更だ。どういう事情があるかは定かではないが、このままでは美優の命にも関わるだろう。早急に助けねばなるまい。 「今回の敵は何やら厄介みたいじゃのぅ」 『不誉れの弓』那須野・与市(BNE002759)が独り言のように言う。彼女の言うように『守護者』と呼ばれるエリューションの特性はやや特殊である。ただ守るだけの壁のようにも思えるが、その時々でどのような攻撃が通るかどうかも変化する。対応を決めるのは、まずエリューションの現在の状態を見極めてからが肝要だ。 義弘は少し接近してから、守護者に向けて十字の光を放つ。それはゴーレムたちの間をすり抜け、光の粒を散らしながら守護者に衝突した。 光が完全に消滅しようかという頃、義弘の体に痛みが走る。守護者に当たった光の一部がそれによって跳ね返され、義弘の元に届いていた。 その状況から、リベリスタは守護者の状態が何であるかを理解する。義弘が伝達するより先に、佳恋が動いていた。佳恋はゴーレムの合間を縫い、得物を振り回しながら接近した。激しい烈風が守護者を襲う。けれども守護者は微動だにせず、佳恋の体には僅かな痛みが跳ね返った。 「どんな想いがあるか知らないが、守る対象が亡くなっては意味がないだろう?」 『破壊の魔女』シェリー・D・モーガン(BNE003862)は体内の魔力を活性化させつつ、言った。 「彼女の事をよく見てやれ。今にも亡くなってしまいそうじゃないか」 シェリーは語りかける。けれども、守護者は彼女の言葉に僅か程の反応さえ示さない。ただひたすらに、彼女を得体の知れぬ何かから守り続けるだけであった。シェリーは一抹の気持ち悪さを覚えるが、彼女の言葉を投げ続ける。 「悪いが、なんであれエリューションならば、妾は破壊するまでだ」 ● 『まだ本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)は思う。 なぜ守るのか。 それは君が後ろに居るからさ、なんて、クサい事は言わない。 なぜなら面倒くさいからだ。 守るという事がそう言う事なのか、も考え直さない。 なぜなら面倒くさいからだ。 目の前に剣が飛んでくるのが見える。小梢はいつもどおりやれる事をやるだけだ。 今日も、本気は出さないけれど。 いつも肩に力を入れっぱなしだと、本当に守りたい者だって守れないから、これくらいがちょうどいい、と小梢は思っている。 守っているつもりで、ただそのつもりになっていただけの事だって、あるのだから。 あと。 「それとカレーが食べたい」 「貴方は誰です?」 小梢の呟きの向こうで、『スウィートデス』鳳 黎子(BNE003921)は問いかける。彼女から放たれた気糸が守護者を縛り付ける。言葉は微塵も返ってこない。盾の後ろに隠れた黒々しいオーラが僅かな興味を黎子に向けるだけだった。 「別にいいです、勝手に喋りますので」 守護者の周囲を動く黎子の側を、与市の放った魔弾がすり抜けて、守護者を撃った。 「意外と、当たるもんじゃな……」 当たらないと卑屈になっていても、彼女の狙いは、鋭い。 攻撃を放ち、隙の出来た彼女の元に槍が飛来する。槍先を向けて一直線に飛ぶそれに気付き、与市は守るように腕を出すが、その軌道を『絶対鉄壁のヘクス』ヘクス・ピヨン(BNE002689)が遮る。 「気に入りませんね……気に入りません」 ぶつぶつと繰り返し呟きながら。その言葉の矛先は、守護者ではなく美優に向いていた。 彼女は、何様のつもりなのか。ヘクスは気に入らない。前に立ってもらえるのが当たり前のように、そこにいる彼女の事が。 「前に出るにも勇気がいるんです。後ろに誰もいなければヘクスは前に出る気になれません」 ヘクスの後ろに作戦の要が、回復や攻撃の要が、依頼の目標が、ある。彼女の勇気の元はそこにある。勇気だけで前に出たいと思えるわけではない。けれども。終わった後にする相棒とのハイタッチ。それがヘクスに、もう一度その人の前に立ちたいと思わせる。 だから、守護者に平然と守られている美優が、気に入らない。気に入らないけれど、守護者は倒さなくてはならない。 「砕いて見せて下さい。ねじ伏せて見せて下さい。この絶対鉄壁を」 彼女は守る事で、彼女の主義を見せつける。 ● 疾風が攻撃を打下ろしたと同時、守護者の体が一瞬だけ明滅した。守護者に変化は見られなかったが、その兆候が現れたのは明確であった。 義弘は刀の軌道から身を逸らすと同時に光線を射出する。守護者は僅かな怯みさえ見せない。義弘は反射を予測し身構えるが、彼の身にそれは訪れなかった。 「手応えが、ないな」 「それなら、こっちです!」 佳恋は素早く近接し、その身の全ての力を長剣に込め、一思いに振るう。金属を叩く音がしたかと思うと、守護者の盾には鋭い傷が生じた。 それなのに。守護者は微かな反応も見せぬのだ。自分にどれだけ傷がつこうとも、ただ美優を守るだけで、その傷に報いようとはしないのだ。次の瞬間には、その傷は自然に消えていったのだけれど、それは守護者の盲目さとは、なんら関係のない事であった。 「攻撃してこないのかー。そうだよねー、攻撃めんどくさいもんねー」 小梢は挑発とも同情とも似た言葉を投げる。 「守る方が楽だもんねー」 自身もまた、今は守るだけであった。けれども小梢の守りは、守護者のそれと決して同じではない。 弓の放った矢がシェリーを狙う。ヘクスがすかさずそれを庇うと、矢は彼女の脇腹を綺麗に射抜いた。ヘクスは痛む傷跡を抑えるも、次に剣が自分に襲いかかるのを見るとすぐさま守りに徹した。 「ずっと守っているだけでは救ったことにはなりませんよう。たとえ相手が守られることを望んでいたとしても、です」 黎子は瞬く間に間合いを詰める。刻み付けられた刻印は激烈な痛みとなって守護者を襲った。 「守ろうとする限り彼女を衰弱させているなら皮肉としか言えない」 疾風が守護者と美優を交互に見て言う。間髪入れず放った雷撃は、ゴーレムを巻き込みながら守護者を捉え、焼いた。 槍が直線の軌道でシェリーを突きささんと飛ぶ。小梢にそれを庇ってもらったシェリーは、周囲のゴーレムに狙いを定めながら、守護者に問う。 「彼女が諦めてしまっている想いが何か、妾には分からないが、おぬしにならわかるのではないか?」 守護者の体が、攻撃以外で初めて、僅かに震えた。 「彼女の想いに応えることが、今のおぬしにできる最後のことかもしれんぞ」 守護者の体は痛みを、悔恨を、拒絶するように、嫌悪するように、震える。 黎子が、哀れむように静かに言う。 「……どんなに強くたって、ずっと守り続けるなんて不可能なんですから」 何度も、何度も、執拗に言葉を手渡す。守護者は拒絶した。手に取った瞬間に投げ捨てた。しかし告げられた言葉は確かにそこに存在し、守護者に影響力を持っていた。どれだけ逃げようと、守護者はそこから逃げる事が出来ない。蔓延る言葉の魔力から、目を背ける事が出来ない。逃げたくても。拒みたくても。 故に、美優を守り続けていたのだから。 ● 黎子は歯を食いしばりながらも倒れる事を拒絶し、守護者を攻撃し続けた。守らせ続ける事など、絶対に許すわけにはいかなかった。 カランと音を立てて刀がその動きを止めた。それを撃ち落とした与市の魔弾が静かに霧散する。 守護者の何度目かの明滅が発生する。その盾には幾度となく攻撃が打ち込まれ、既に傷だらけになっていた。それでもなお、守護者は美優を守るために、立ち続けている。 決して、美優を『救う』ことはないけれども。 義弘は明滅を見るとすぐに光線を打ち込む。執念こそが、勝利の鍵だと信じて。 「こちらも、救わなくてはならない。立ちはだかるなら、なぎ払うまでだ」 シェリーが放った雷撃は、彼女に向けて突撃を始めていた槍を撃ち落とした。代わりに剣がシェリーを狙うが、その攻撃は傷だらけの小梢によって阻まれた。 弓矢は少し遠くから疾風を狙っている。それを見て、黎子はすかさず守護者を狙い、構える。 「貴方もその方も望んでいないかもしれませんが……救わせてもらいますよ。私はリベリスタですからね」 黎子の周囲をカードが舞い散った。彼女の近くには守護者しかいない。選び取るはもちろん守護者の運命。刻まれた死の兆候は、しかし守護者の命を奪い取るには至らない。 ただ確かに守護者の体は、ぐらついていた。 疾風が展開した雷撃が守護者を貫き、義弘は大上段から強烈な一撃を守護者に食らわせた。 弓が与市を狙って矢を放ったが、次の瞬間には魔弾と雷に飲まれ、果てていた。 守護者が明滅すると同時に、義弘が十字の光を浴びせる。光の一部が彼に反射するのを見、佳恋は長剣を振り回した。 「……壁を打ち抜いて、決めます!」 激しい烈風が守護者を包む。嵐のような衝撃に守護者は打震えるが、それでもまだ守護者は立っていた。 守護者は体勢を懸命に立て直し、そして、気付く。自分の体を、雷が貫いた事に。 守護者の盾が二つに割れる。それは紛れもなく、『守りきれなかった』ことを示している。 ヘクスが守護者に駆け寄って、告げる。 「守護者としての一言です。守らせてくれた人にありがとうと言ってあげましょう。守護者としてです」 守護者はゆっくりと倒れる。目はどこにあるだろう。口はどこにあるだろう。器官がどこにあるかも定かでないそれは、果たしてヘクスの言葉に何を感じ、何をしたのだろう。 ただ何かをしたそうに体を微動させた事が、ヘクスには分かった。けれどもそれを果たさぬまま、守護者は光の粒と化して、消えた。 「何でこんな所にいたんだ?体調は大丈夫か?」 「ええ……大丈夫よ」 疾風が美優をゆっくり抱き起こす。彼女は衰弱していたが、言葉を交わす事には問題はないようだった。義弘はアークに連絡を取り、救急車を手配してもらっている。 「立てるかの?」 与市が問うと、険しい顔で美優は言った。 「……ちょっと、難しいかも」 話を割って、小梢が訊いた。 「カレー食べる?」 小梢は苦笑しながら、答えた。 「遠慮させて。辛いの、あまり好きじゃないの」 「そうところで、どうしてこうなっちゃったのかな。やっぱり、『守る』だけなら『楽』だからかな」 「……あの人はきっと、守る事に取り憑かれてただけ」 「アレに心当たりはあるのか」 エリューションを『あの人』と呼んだ美優に対し、シェリーは問うた。 「……うん」 「その人に連絡は?」 ヘクスは問う。美優は寂し気な顔をして答えた。 「取れないよ。だって死ぬのをちゃんと、目の前で見たんだもの」 「それなら……ありがとうと言ってあげてください」 曲がりなりにも、あなたを守ってくれたんですから。ヘクスの言葉に、美優は少しだけ俯いた後、やがて少しだけ頷いた。そして、エリューションが消えた跡を見て、言った。 「うん……ありがとう、晶」 義弘が連絡を止める。どうやら、要請は済んだようだ。 「長居は無用、ですね」 美優を送りつつ、リベリスタは帰路に着いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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