●蜘蛛の狩場 銃声。指先に拳銃を引っ掛けたままだらんと下がる腕。力を失った身体は椅子の背もたれに抱きしめられて。いわゆる拳銃自殺。 「――前準備はこれで完了ですね」 引き金を引かせた気糸を引き戻し、肩と脇から余分な袖を垂らしたスーツ姿の仮面の男――ナビゲーターは嘲笑った。取り出した携帯で社長に報告を入れる。 「名義上の社長の死体も用意しました。研究所の切り捨てはほぼ完了ですよ」 ――研究成果の回収を忘れるなよ―― 一言で切れた携帯に「労いくらい欲しいですねぇ」と舌を出し、ナビゲーターは最上階より階段を下りはじめた。 人里離れた山奥の4階建ての建物。製薬会社に偽装されたこの建物は企業の研究所の一つであり、前回アークに捕獲された感応研究部所長、細川幽子の使っていたものだ。 場所はすでにアークに伝わっているだろう。アークに企業の研究の情報を与えぬよう、破棄は時間との勝負になる。これもまた企業の営業の仕事であった。 1階のエントランスに降りたナビゲーターを3人の男女が迎えた。それぞれスーツを着込んでおり、彼らもまた営業なのであろう。蜘蛛の仮面すらお揃いであった。 「研究員はすでに全員殺害し、地下の研究所に放り込んであります」 ――証拠隠滅の爆破準備も整っていますと一人が答えた。 製薬会社で爆発事故。作業中の研究員は死亡し、後で怪しげな研究の痕跡(当然偽装した、あるいは企業に届かない程度のもの)が見つかる。逮捕を恐れた社長は自殺し終焉。 筋書きに問題はない。すでに対処はできており、元より幽子程度から漏れる情報では企業には届かない。 後は研究所を爆破し、各階の機密情報をまとめてBOXを回収するだけだ。 「僕は地下の爆破をするので、BOXは君達子蜘蛛衆にお任せしますよ」 子蜘蛛と呼ばれた彼らはナビゲーターの部下なのだろう。蜘蛛の仮面までつけているところを見ると、その忠誠心が伺える…… 「アー、ところでナビっち。このダッサイ仮面別につけなくていーッスよね? 恥ずいんスよね、ダサいし」 パキンと。金髪を逆立てた10代後半の若者があっさり仮面を外し割ってしまった。 「何をするか篤志! 醜悪で隠匿にも向かぬ、製作者の過剰な自意識が垣間見えども、腐っても上司の命令ならば仕方なかろう! こんな恥な物をつけていては死ねぬという覚悟はつくのだぞ! 耐えろ!」 パーン! と。興奮の余り自身の仮面を握りしめ叩き割ったのは先程受け答えしていた屈強な大男だ。 こいつら殺してやろうか……一瞬指先を動かしかけたがなんとか耐える。悪気はないんだ。バカだから。こいつらバカだから。 「繁っちも割ってるしー。アカ子ちゃんもそれ外したら? スーツに仮面とかダサイッスよ?」 「アカ子じゃない、紅子だ」 篤志の言葉に、生真面目に直立不動で仮面をつけたまま女が答える。その様子に少し気を持ち直して、ナビゲーターが指示を出す。 「今回、必ずアークは来ます。任務はBOXに機密を集め屋上のヘリに積むこと。回収員の護衛を優先しなさい」 子蜘蛛達の後ろには回収役の部下が9人いた。それぞれが空のBOXを抱え、機密を集め脱出することになる。 「任務の重要性はアーティファクトの貸与からもわかるでしょ。アークに遅れを取らないようにという社長の意思。失敗は許されませんからね」 社長という言葉に全員が表情を引き締めた。僕舐められてるなぁ……と実感しつつ、まぁ無理もない。あの社長を怖くない人間なんていないよねと嘯く。 貸与されたアーティファクトの使用感はすでに始末した研究員達で試したのであろう。全員が自信のこもった目で上階へと向かう。 「足の遅い繁っちは4階でいいスよー」 「ではおべには3階だな」 「おべにじゃない、紅子だ」 ……仲いいなあいつら。なんだか殺したくなったけどまぁいいや。ナビゲーターもまた、貸与された蜘蛛を象ったナイフを指でなぞる。 「期待してますよ。篤志、繁、ベニー」 ――さてさて。退屈な日常はもう勘弁。楽しく有意義な一日になるといいですね……相手は、僕を飽きさせない人がいいなぁ。この乾いた心を震わせる、企業の道具であることを忘れられるほどの恋焦がれるモノを渇望して…… パリーン。音に目線を上げれば、床に叩きつけられ仮面が割れている。床に投げ捨てたポーズで紅子がこちらを見ていた。 「ベニーじゃない、紅子だ」 ●蜘蛛を狩る 「以上のように、事は急を要しマース。だからこそ皆さんに事前に周辺の探索を行なってもらっていたのデースけどネ」 緊急には微妙に思えないバカっぽさだったが……それには通信機を通して『廃テンション↑↑Girl』ロイヤー・東谷山(nBNE000227)がノンノンと否定する。 「これらのトークを、元同僚やら顔見知りをジェノサイドした直後にしてるんデースよ。殺伐慣れしてるってことデース」 とにかく、機密を奪えれば企業に繋がるチャンスなのだ。今後に繋げるためにも失敗はできない。 「皆さんが到着した時、すでに事は全て起きています。研究員の生き残りは存在しませんし、ナビゲーターによって爆弾も起動していマース」 エントランス突入後約3分。たったそれだけの後に爆発は起こってしまうのだ。建物を吹き飛ばす目的ではなく、地下の研究室の掃除が目的なら崩れる心配はないのだが。 「その頃には機密をBOXに詰め終わって敵も脱出を始めるでショー。役割の分担が鍵になりマース」 回収BOXの半分以上、あるいは爆発を阻止して地下の研究室そのもの。これらを確保できれば企業を追うことができるだろう。 しかしそれは――後者は特に簡単ではない。ナビゲーターの実力は何度かの交戦ですでに知れている。 ナビゲーターや子蜘蛛達の位置をはじめ、予知やそれまでの経験でわかったことをまとめた資料はすでに受け取っている。 「子蜘蛛の部下は強化アーティファクトをつけただけの一般人デース。ケド、子蜘蛛達はアーティファクトの力もあって一人で相手するのは難しいでショー」 だからといってナビゲーターを初め、敵をフリーにするわけにもいかない。彼らは手が開けば他の場所の援護に向かうだろう。そして、合流をさせてしまえば勝ち目は薄くなるのだ。 「目的は撃破ではありまセーン。目的さえ達成できればいいのデース。向こうも爆破後は急ぎ撤収を優先するようデースしネ」 何も戦いだけが時間を稼ぐ方法ではないだろう。特に、ナビゲーターのようなタイプならばあるいは……それでも最も危険な任務で間違い無いだろうが。 「時間が勝負です。グッドなヴィクトリーを期待してマースよMiss.Mr.リベリスタ」 ロイヤーの応援を受け通信機を切る。目的の建物は間近だ―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:BRN-D | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月21日(土)22:50 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●蜘蛛の巣に飛び込むこと ――その建物は塔の如く。蜘蛛が糸吐き獲物を待つ―― 祈りがリベリスタ達に神秘の翼を授けると、『回復狂』メアリ・ラングストン(BNE000075)は仲間達と共に翼を開いた。 「緊急を要する事態じゃな! さあ屋上と一階からの同時攻略じゃ!」 正面入口へと向かう組に手を振り、メアリは空を目指す―― 入り口から突入してきたリベリスタを一瞥し、ナビゲーターは口元に愉悦を浮かべた。彼が心から待ち望んでいた姿を見つけて―― 少女は一瞬だけ視線を向け、階段をかけ登っていく。自分は後回しということか。 冗談じゃない。渇望してやまないものが目の前にあるのだ。退屈な日々を、道具としての日常を忘れさせるものが―― 「そこ動いていいの? 仲間が地下を抑えようと突入して来るかもしれないよ?」 足を止め、そんな男に声をかけたのは『静かなる古典帝国女帝』フィオレット・フィオレティーニ(BNE002204)。くすりと笑い言い放つ。 「歯車なんていくらでも替わりはいるんだしさ。そろそろ立場が危ないんじゃないの? サラリーマンって大変だねえ」 手を振り2階へと上がっていくフィオレットの背を見つめナビゲーターは苦笑した。挑発だろうが、彼女の言葉はほぼ事実だ。自分の立場はよく知っている――社長の容赦の無さも。 思考を妨げたのは、階段で立ち止まった少年――『リベリスタ見習い』高橋 禅次郎(BNE003527)と目があったから。 男に向け、禅次郎ははっきりと中指を立ててから2階へと消えていった。 (――クソガキが) 呟き、ナビゲーターは持ち場を離れゆっくりと歩き出す。リベリスタを追い、2階へと…… 『いいのかお? そっから先にいっちゃうお』 姿なく届く音無き声――テレパスか。 その声にナビゲーターは嘲る笑いで答えた。 「1階から突入したのは4人でしたが……屋上へと登る翼の音も4つでしたね。貴女、そのうちの一人でしょう?」 『――っ』 声の主は沈黙する。自分のように千里を見通す目ではない。音を拾う力か。 営業は戦闘力だけではない。状況を読み取るのは必須能力ですよとそう呟いて。 「貴女方の動きは全て察知できる。最短で地下に潜るすべもね。出し抜けるとお思いですか?」 『――やってみなくちゃわからないお』 屋上で一人声に出し――『おっ♪おっ♪お~♪』ガッツリ・モウケール(BNE003224)は強気に不敵に笑みを見せた。 ●蜘蛛の巣で足掻くこと 「4人? へぇ、俺っちとガチでやろうってゆーの」 2階に上がったリベリスタを見やり、子蜘蛛のリーダー格篤志が手甲をカチ鳴らした。 その言葉に答えず、指先を素早く動かして。 気糸が壁を薙ぎ、複雑に執拗に篤志の身体を取り巻いた。 「やるぅ。かわせないねこりゃ」 楽しげに笑うと手甲で身を守り直撃を避ける。事前に精神効率を高め、かわせない気糸を操る『不機嫌な振り子時計』柚木 キリエ(BNE002649)はその様子を面白くもなさそうに観察していた。 実力はある。企業の商品である手甲はその守りを、動きを更に向上させている。強敵だ。 「――でも、届かないわけじゃない」 気糸を引き戻し、キリエは再びチャンスを待つ。 お返しとばかりに手甲から放たれた衝撃波がキリエの身体を吹き飛ばし、フィオレットの身をも穿った。痛みに顔をしかめて、それでも前衛へとフィオレットは走る。 企業が引き起こすアーティファクト事件。先日は悲しい歌姫を利用して――彼女の魂を救えなかった痛みが、フィオレットの心を今も締め付ける。 繰り返す痛みと不幸の連鎖。広がり捕らえる蜘蛛の糸。胸の痛みに歯を食いしばって―― 「――もう負けない! 企業は徹底的に邪魔して叩き潰すよ!」 彼女は悪だ。そしてそれは必要悪であり、悪に対する悪。そのために静かなる古典帝国はあるのだ。 裏社会のセーフティネットとして彼女はここにある。 (入り口を抑えているか――) 部下は機密をBOXに詰め込んでいるのだろう。全身を耳としてその音を拾い集めながら、禅次郎は一つしか無い道を封鎖する篤志を睨む。 篤志がいる限り部下には手を出せない。それが目的ならば仕方ないことだろう。 禅次郎の身体を闇が包み込む。闇の鎧をその身に纏い、対峙するは―― 「来いよチンピラ。抑えさせてもらうぞ」 銃剣を構え、呪いの言葉を刀身に刻んで。 「大慌てで企業に繋がる糸を回収か? チョット待ったさせて貰おうか!」 屋上から突入した組の先陣を切り、『さすらいの遊び人』ブレス・ダブルクロス(BNE003169)が愛用する機関銃Crimson roarを手に4階へと躍り込む。 獲物を探す銃身は立ち塞がる大男へと向けられ。企業の商品の大鎧を着こみ、盾と剣を持つその姿はまさにクロスイージスの王道。 「古臭いんだよ!」 「古くから残るスタンスはそれだけ洗練されたものなのだ!」 ブレスの激しい一撃を繁はその盾で受け流し――死闘が始まる。 『紅子が上がってきてるお!』 「なんじゃ、予想より速いではないか!」 ガッツリのテレパスが仲間に情報を伝え、メアリが慌てて立ち位置を変える。全ての仲間に回復を届けるのが役目ならば、空間を見渡す位置取りが重要になるのだ。 『さっき目があったお。紅子も見通す目を持ってるお!』 この時点で少女はすでに動いている。階段を駆け下り迎え撃つ位置へ。敵が銃を扱うならば、仲間の支援を受けつつ敵の銃が仲間を一掃できない場所が最上の選択。 (何でもかんでも使い捨てるのは現代の悪しき因習。――勿体ない) 企業の機密の奪取。それは彼女にとって大きな意味だ。かつて垣間見た深淵に繋がる糸ならば。 (必ず達成する。その為なら――無茶もする!) 紅子はすでにこちらに気づき、銃を構えて飛び出す。けれど、少女もまたその感情を読み取って。 視線の交差。動作は同時に。 紅子の持つ強力な銃剣が少女――『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)の頬に鮮血を走らせ―― 綺沙羅の放つ閃光弾が眩く輝き、紅子からその動きを奪い取った。 来る――糸を張り、巣を広げ、蜘蛛が――来る! その瞬間彼女は飛び出した。彼女は知っている。それが自分の役目であることを。 壁を蹴って。天に足つけて。子蜘蛛に背を向けて彼女は走った。 篤志の怒号と共に迫る衝撃は――来ない。フィオレットが身を持って引き受けた為だ。 「行って! ナビは任せたよ!」 フィオレットの応援を背に足場を強く蹴る。階段をショートカットした先、その眼前に蜘蛛が映った。 愛しげに。口元をほころばせてナビゲーターが足を止めた。瑞々しい躍動。縛られぬ自由な命。自分が欲して欲して仕方がない、届かぬものを持った―― 視線を断ち切るようにナイフを一振りする。その切っ先を男に突きつけて。 「御機嫌よう蜘蛛の輩よ。イーちゃんが糸を手繰ってアンタの巣を狩りに来てやったですよ?」 ナビゲーターに待ち望まれた狼の少女。名を『獣の唄』双海 唯々(BNE002186)という。 ●蜘蛛を喰らうこと 空間を狭しと駆けまわり唯々がナイフを振るう。それを受けたナイフは企業の品。八枚重ねた刃が理不尽に動く、蜘蛛の手を象った危険なアーティファクトだ。 「こうして顔を合わせるのは三度目ですかね。まったく、変な因縁が出来たモノですよ」 斬り合い言葉をかわす唯々の身体はすでに幾筋も血を流し。対するナビゲーターは傷一つ負っていない。 ――勢い任せの攻撃。技量は自分と比べれば未熟も未熟。それでも。いや、それ故か。若さも躍動も未完成ゆえのもの。その白い未知の部分が自分を惹きつける。 「……考え事とは余裕ですし! てーか、イーちゃんばっかで不公平です。ソッチも何か言えばイイと思うですよ?」 唯々の言葉に微笑んで。彼女の言葉は心地よい。生きていることを感じさせるそれだ。 「躍動もさえずりも好きですが……僕の巣の中で足掻く君を見てみたいですね」 「まっぴら御免ですし!」 放つ糸を刃が切り裂く。 獣の魅力は自由に駆け回るそれだろう。蜘蛛の巣にあることはその魅力を失うことだ。――それでも望んでしまうのは自分の歪み故か。 背徳感に唇を歪ませて――ナビゲーターはこの『逢瀬』を楽しんでいた。 だから。 天井を駆け抜けたそれへの対処が遅れた。身体を縛るそれにも。 自分のものではない気糸が身を穿つ。 唯々同様空間を自在に使い、ナビゲーターの後方を奪ったキリエはそのチャンスをものにした。 「……協力攻撃ってやつかな」 「――って事で、観念して遊んでいくがイイと思うです」 不意打ち上等挟み撃ち当然。足を止めさせることが目的ならば。 暇を与えない程の連携で縛り付けるのだ! 「頼りにしておるぞ二人共!」 メアリが癒しを紡ぎ、それを頼りにブレスと綺沙羅がそれぞれの敵と対峙する。 「容易くかわされるほど鈍い攻撃はださねーっての!」 守りを固め、精度の低い攻撃ならば軽く受け流す繁だが、ブレスは狙いを一度も外してはいない。だが。 (ちっ、思いの外かてぇ) まともに当てても傷は浅く、完全な備えが逆にブレスの腕を傷つける。 その隙を狙い、振り回された剣の鉄槌は―― 「遅ぇよウスノロ!」 ブレスが弾く。戦いは決定打のないまま膠着していた。 こちらも同様に動きがない。けれど事態は少し違って。 「ここから先は通さないよアカ子。……おべにだっけ? ベニー?」 「紅子だ」 未だ焼きついた光が動きを制限し。足の止まった紅子を挑発しながら、綺沙羅は無数の符で容赦なく削っていく。 余裕があるわけではない。強力なアーティファクトの一撃は深い傷を残していた。動き出せばいつ崩れるかわからぬ優勢。だからこその猛攻。 「……お前、綺沙羅か」 「知られてたって嬉しくないけど?」 守りを固めながら呟く紅子にばっさりと。 「ナビゲーターがお前を切り刻むと息巻いてた。せいぜい気をつければいい」 「……どうも」 今回ナビゲーターと会うことはないだろう。けれどどうやら恨みを買っているらしい。 ――相変わらず割に合わない仕事だけど。キサには出し惜しみしそうにないし、いつか技を盗む機会もあるかもね―― 『部下達が機密をまとめ終わったようだお』 各戦況をその目で捉え、ガッツリが仲間へと告げていく。バラバラに戦っているからこそ、状況の把握は必要だ。 上階が膠着していることを知り、キリエと唯々は顔を見合わせた。 階を下にいくほど敵が強くリベリスタの疲弊は激しい。すでに二人共運命を消耗しており……下の階の仲間が上に援護に行ける可能性は低いだろう。 けれど、子蜘蛛や部下が全て上に向かうなら――対処しきれず突破されるかもしれない。 ならば。 ――賭けに出る価値はある! 二人は同時に走った。重力に逆らえる二人はそれぞれ左右の壁を駆けてナビゲーターをすり抜ける。 その様子にナビゲーターはくすりと笑い。 「床をすり抜けれる僕の方が速いですよ――」 振り返りながら呟いた時、ナビゲーターはキリエの姿を見失っていた。 キリエが消えたわけではない――視界を覆い眼前に迫った唯々の為だ。 突破はフェイント。それは予想し得なかった行動。ナビゲーターが気糸を繰り出すよりも速く―― 唯々の気糸が首に絡む。断ち切らんとする腕に刃を突き立て、落ちたナイフを奪い取り――狼の少女は微笑んだ。 「今更バイバイなんてつれねー事は言わせねーですよ、うむ」 その顔を見てナビゲーターも笑い出した。嗚呼、社長の言葉より、彼女の言葉の方が価値がある―― さあ、踊ろう狼の少女! 「何してんだよナビっち!」 慌てたのは篤志だ。爆破が阻止されれば全て水の泡。そんなことさせるかと慌てて追えば、横からのタックルがそれを阻止した。 「行かせないよ。徹底的に企業を邪魔してやるって決めたんだから!」 フィオレットが決死の覚悟を見せつけて。一手の遅れは致命的だ。怒りのまま拳をフィオレットに叩きつければ尚更に。 壁に激突しフィオレットが地に沈んだ。けれど、もはや篤志に追う気力はない。それどころか―― 「くれてやる……全部持っていけ!」 その隙は致命的だった。幾度の交戦で傷ついた禅次郎、その痛みを力として放つおぞましい呪いが篤志の身体を穿ち蝕んだ。黒く黒く黒く―― 絶叫。激しい攻防に篤志も十分傷ついていた。 ――やったか? その瞬間篤志は脇目もふらず階段を駆け登った。任務どころではない危険水準に入った証明でもある。 その逃げ足っぷりに舌打ちして、禅次郎は視線を動かす。篤志が去ったなら、そこには…… 三人の男が声を漏らした。脱出のタイミングを失った哀れな部下達。 禅次郎は彼らにゆっくりと銃を向けた。 「理解した上でここにいるのだろう? ならば、容赦はしない」 『今お仲間の一人が死亡したお』 ガッツリのテレパスは仲間に対してだけではない、子蜘蛛の部下にも映像と共に伝えられていた。敵から伝わる情報は混乱を招いて。 すぐにガッツリは降伏勧告を行う。他の仲間がすでに降伏したとの虚偽も混じえて――疑心暗鬼こそが目的ならば。 そしてガッツリは一つの情報を得た。それは……恐怖に取り付かれた彼らが降伏しようとしない事実。 身につけた強化アーティファクトの感応力もあるのだろうが、彼らの恐怖は目の前の死に対してではなく…… (社長に、とはおみそれするお) 格上との戦いで傷は深い。もはや戦闘はこなせそうにない。 ならばこそ。 キリエは踏み入った地下室でそれを探す。 爆発までの時間はあとどれくらい? 間に合うのか。もしこの地下で爆発に巻き込まれれば。 常人ならば恐怖で足も竦もう。焦りが冷静な判断を阻害しよう。 だがここにいるのはキリエだ。その足は止まらない。 キリエは命を惜しまない。自分の命が最大に有効活用できるならば、それは望むべきことであるから。 だから。 「やれることをやっていくよ。約束を果たすために」 気糸を振り回して。邪魔物を吹き飛ばした空間で、見つけた爆弾へと手を伸ばした。 ●糸を手繰ること 『爆弾が解除されたお!』 全ての者に伝えられた言葉は大きな意味を持って。 「馬鹿な!」 驚愕する繁に綺沙羅が告げる。 「ナビのあの性格じゃあ当然でしょ」 その綺沙羅はすでに肩で息をして。動き出した紅子の攻撃を一人で抑え続けた代償はその運命。 「急ぎ撤収する……倒せる邪魔者を消してから」 紅子の銃が綺沙羅のこめかみへと向けられて。 ――銃声。 ブレスの銃が紅子の腕を撃ち抜いて。 「俺を忘れてもらっちゃ困るぜ美人さん」 ウィンク一つ。余裕の笑顔を見せるブレスの背後から。 「お主こそワシを忘れるなよ!」 繁の鉄槌が振りかざされる。 その腕に絡みついた無数の符。綺沙羅は言葉の代わりに強い視線を向けた。 「まだまだやれるってか? よしサポートは任せたぜ」 得物を構えて、ブレスが再び躍りかかる。 それは最後の機会だった。繁がブレスに組み付いた、その一瞬に4階の入り口から三人の部下が一気に飛び出す。目指す屋上へ、邪魔する者は何もなく…… 「ひゃっはー! ピカピカの一年生派遣社員の諸君! BOX置いていけぇ~」 そこにメアリがいた。仲間を癒し、浄化しながら、部下の突破を阻止せんと心構えて。 激しい閃光が彼らを包み込むと全員がその場に崩れ落ちた。 4階の部下は全滅。2階は禅次郎が一掃し、残るは3階のみ。 下階から駆け上がる音に、メアリがほくそ笑み再び構える。 「妾がいる限り突破はさせんのじゃ!」 そして放つ意思の光……その中を突破して。 飛び出した篤志がメアリの身体に掴みかかる! 「――チィ! 簡単に倒せるとは思わんことじゃな!」 もみ合う二人の横を、3階の部下達が全力で駆け抜けていった。 屋上の扉を蹴り開けて。安心した男の手に突き刺さったダガー。 取り落としたBOXは機密をぶち撒け下階へと滑る。ダガーを構え、おっおっおっとガッツリが笑う。 「さあ観念するお」 強風を背に悠然と近づく。風に煽られて―― 「――っ!」 異変に気づきガッツリが身を低くする。 瞬間、音もなくヘリが通過して。 「無音ヘリかお……」 企業の兵器。これもアーティファクトか。 その時雪崩れ込むように子蜘蛛達が現れる。BOXを一つ抱えた繁と、後方を牽制する篤志と紅子。 (BOXは3つ持っていかれたか。許容範囲じゃな) もはやお互いに攻撃の意思はない。駆けつけたメアリ達は音もなく飛び去るヘリをずっと見つめていた。 「やれ、僕の完敗ですね」 目的の達成は完全に阻まれた。リベリスタの完勝だ。 「企業に戻れば……間違いなく僕は殺されますねぇ」 ナビゲーターが苦笑を見せる。連続するミスを社長が許すとは思えない。 もっとも、ここで終わるつもりはない。 上に上がる。蜘蛛の糸伝って、上に上に。それが僕の存在理由ならば。 「暗躍し、チャンスを伺うとしましょう」 しばらくはお別れですねと呟いて―― 血に塗れ意識を失った唯々の頬を手で拭った。血が拭われるとその綺麗な顔が目に止まり、連れていきたい衝動に駆られる。 もっとも企業にも戻れない身でそれは不可能だ。行動を制限される身ならば、身軽でなければ生きてもいけない。 立ち去ろうとしてふと、唯々がナイフをしっかりと握り締めているのが目に入った。 その様子に珍しい無邪気な笑いを見せ、男は建物を後にする―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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