● 切望していた。 しあわせなおわりを。 生きていたくなかった。 死ぬのは怖かった。 こうなってしまったら、生きていたって迷惑なのに。 死のうとしても、この世に存在する死に方は自然に反すれば殆ど全てが他人に迷惑をかけてしまう。 生きていたって。死んだって。 私の存在は邪魔で迷惑で不自然で不必要でなのにどうする事も、出来ないのだ。 理不尽だ。私が望んでこうなった訳ではないのに。 私はただ。人並に、平凡な人生を送って、そうして終われればそれで、よかったのに。 絶望していた。 もう戻らない日常に。 人知れず死のうと何度も試した。手首を切った。薬を飲んだ。崖から、飛び降りた。 けれど。常人ならきっと死ぬだろうと信じて試したそれらが与えてくれたのは凄まじい激痛と、死ねないという絶望だけ。 怖くなった。もう何も出来なかった。自分が気持ち悪かった。嗚呼もう戻れないのだと漸く、思った。 帰る場所も行く場所もない。絶望と共に人生を終わらせることさえ赦されない。 嗚呼、もう。 こんな地獄から抜け出せるのなら、なんだって、構わないから、。 一体の異形と、1人の異能者。 貴方は手を出してもいいし、出さなくてもいい。 ● 「……今日の『運命』ね。資料はそこ。どーぞ宜しく」 淡々と。珍しく確りと眼鏡をかけて、『導唄』月隠・響希はリベリスタを出迎えた。 誰とも目線を合わせないまま。彼女の予知は始まる。 「現場は、人気の無い廃墟。屋根とかない。遮蔽物は無い事も無いけど……隠れる、とかはお勧めしない感じの所かな。 で。そこにはエリューション・ゴーレムが3体と、まだ革醒したばかりのフェイト所有者が1人居る。 まずエリューションから。フェーズ2が1、後はフェーズ1。此処、元々レストランだったらしくて……食器棚、机、包丁が居るわ。 フェーズ2、食器棚は耐久が高い。攻撃は、中に仕舞われている皿や、グラスを無差別に投げ付ける事。 あ、中身無くならないからね。そのグラスとか皿ぶつけられると、流血の呪いを受ける。次、机は攻撃をしない。庇うしか出来ない。 防御が高いみたいだけど、まぁそんなに脅威じゃないかも。包丁は……宙を飛んでる。あんたらの飛行状態と一緒だけど、それで行動に制限を受けることが無いわ。 攻撃は切るのみ。こっちも流血の呪いつきね」 此処まで良い? 首が傾く。頷いたリベリスタを確認してから、フォーチュナは細く、溜息を漏らした。 「エリューションを倒せば、この依頼は終わる。だから、今から話すフェイト所有者の処遇に関しては、完全にあんた達に任せるから。 ……石坂・彩乃。18歳。ビーストハーフ×ナイトクリーク。戦闘能力は皆無と思って良い。 彼女は、エリューションと対峙してる。勿論、倒そうなんて思ってない。死ぬ為だけに、彼女は其処に、立っているの」 淡々と。読み上げられた一言に空気が凍る。 どうして、と漏れた声にいろの見えない瞳を向けて。フォーチュナは再度、口を開いた。 「絶望しているの。彼女が革醒して、もう1年が経とうとしてる。彼女はもう何も持ってない。学校は辞めた。友達は居ない。 親は彼女をおかしな子だと、拒絶して居る。彼女には誰も居ない。だから、彼女は死にたがっている。 ……でもね。運命の寵愛、って奴はそれを許さないのよ。世間一般の死にたがりが試す自殺方法なんて、殆ど試してる。でも、死ねない。 そりゃあそうよね。あたし達、一般じゃないもの。手首切った位じゃ死なないし、飛び降りた位じゃ死なないわ。でも、『死ぬほど』痛いけど」 その声は、酷く冷たい。資料だけを見詰めて。話し続けるフォーチュナは足を組みなおす。 「これ位かしらね。兎に角、お願いしたいのはエリューションの排除のみ。後は、どうなったって構わないわ。 ――あんたたちは、思った事があるかしらね。自分が化け物かもしれない、と。もう、『日常』には戻れないのだと。 それとも、こんな事があったのかしら。親に、兄弟に、友達に、普通ではないと疎まれたような事が。 アークに居るんだもの、あんたらの心はきっと、負けなかったんだろうけど。……そんなアークのリベリスタは、何を選ぶのかしら」 話はそれだけ。それじゃあ宜しく。それだけ付け加えるように言って。立ち上がったフォーチュナの顔色は、冴えなかった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月17日(火)22:06 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 嗚呼、これで終われるのだ、と思った。 目の前には化け物。自分と同じ、世界から爪弾きにされたモノ。敵意が、此方に向くのを感じる。 漸く。漸くこれで終わりだ。最後だ。もう、思い悩む事も無い。目を、伏せた。 「……こんにちは、彩乃さん」 聞えたのは、まだ幼さの残る声。続いて溢れた光に目を見開いた少女の目の前に滑り込んでいたのは、『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)だった。 その刃が、此方に向かってきて居た包丁を阻む。ごめんなさい、と、小さな声が聞こえた。 このエリューションは全て、自分達で倒す。それが、何を意味するのか等、言われなくても分かっていた。 けれどそれでも、舞姫はこの少女に死んで欲しくなかった。ただの我侭。そんなのは知っていた。それでも、どうしても。 「もうほんの少しだけ、時間をください。……お願いです」 返答は聞かない。聞けなかった。刀を構え直した舞姫に続くのは、『蒙昧主義のケファ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)。 完全な集中領域へと思考を引き上げて。装飾の欠けた刃を握る彼の紺色は、常の如く揺らぎを見せない。 自己に対する選択と決断は、何時だって尊いものだ。金の睫が、微かに震える。 「――例えそれが良いものでも、悪いものでも」 選んだ、と言う事自体が価値だ。だから、エレオノーラは答えを与えない。出した答えを、否定しない。 ちらりと、呆然と自分達を見る少女を振り返って。彼は何時も通り、軽やかに敵陣に切り込んでいく。 「始めましょう、生きる為の戦いを」 絶望を味わい続けた、1年だったのだろう。唱えた力有る言葉が、体内の魔力を高めていく。 その気持ちが分かるから。『白月抱き微睡む白猫』二階堂 杏子(BNE000447)はそっと、溜息を漏らした。 自分も、姉がいなければ同じ道を辿っただろう。けれど、分かっても、生きていて欲しいと思った。 「とても自分勝手な言い分ですけれどね」 そんな彼女の横では、『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)が無言で射撃を行っていた。 死にたがりの少女。この少女は、既に死んでいるに等しかった。 心が、死んでしまえば。人はそこで死ぬ。結唯は表情も動かさずに、思考のみを巡らせる。 関わる気は無い。興味も無い。目の前の敵にのみ、集中する。その彼女の視線の先で。包丁が、その刃を煌かせた。 きん、と響いたのは硬い音。漆黒のガントレットを、飛んで来た刃に噛ませて『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)が口角を吊り上げる。 「パニックホラーは嫌いじゃねぇけど、ムービー以外ではゴメンだね」 返しとばかりに、その拳が振るったのは不可視の殺意。包丁の動きが鈍ったのを確認しながら、瀬恋は軽く肩を竦めて見せる。 全く、実に贅沢な奴だ。離れただけで、失った訳ではないのに。機会は残されているのに。自分にとっては、彩乃が生きようと死のうと知った事ではないけれど。 言いたい事くらいは、言わせて貰おう。 「ま、みんな言いてぇ事があるらしいから死ぬのはちぃっと待てよ」 どうせ死ぬなら、今死んでも1時間後に死んでも一緒だろ。反論しようとしたのだろう、口を開きかけた少女がぐ、と押し黙る。 食器が、飛んでくる。鋭利なそれは確かに体力を削るが、綿密に作戦を整えたリベリスタにとって、脅威と呼ぶには少々甘い。 「怖いけど、ここで倒さなきゃ……!」 『かまきり少女』蛹原・あいり(BNE003455)の放った暗黒のオーラが包丁を蝕む。 まるで、アークに来る前の自分の様だ、と。締め付けられる様に痛む胸が、苦しかった。このまま、絶望と共に最後を迎えて欲しくは無い。 だから怖いけれど。出来る限りの事をしなくては。変質した手を、押さえる。その瞳に迷いは無かった。 ● 元々、数に勝る戦闘。戦況は明らかにリベリスタ優位だった。 練り上げた魔力が生み出す、真紅の月。『red fang』レン・カークランド(BNE002194)が告げた凶兆に、声を上げる事の叶わぬ敵が震える。 死にたい、と。思った事ならあった。違う。あの時自分は生きていなかった。 必要とされなくなって。生きている意味も、自分の事も分からなくなった。ただ、息をしているだけだった。 それでも。自分は今、生きていて良かった、と、思っている。だからこそ、それを、彩乃にも分かって欲しい。 そんな彼の横、空ろな瞳で戦場を眺める彩乃へと、無差別に放られた、鋭利な魔力秘める食器が降りかからんとする。 彼女は、避けない。その瞳が、迫る脅威を見上げる―― どさり、と。背中に感じるのは、硬い土の感触。痛みは無かった。ぽたぽた、自分の物ではない血液が、頬を伝う。降り掛かる食器全てを、自分の代わりに被って。 迷い無くその命を救った男、鳳珠郡 志雄(BNE003917)に、どろりと濁っていた瞳が、漸く僅かに揺らぐ。 「なんで、……なんで、怪我、して……」 理解出来ない、と。その瞳は言う。絶望だった。絶望。諦め。もう何にも持っていない、と。 志雄の心に、怒りが燃える。全て失った? 笑わせるな。 「お前にはまだ、命が残ってんだろうが!!」 全てなんて失っていない。その命が、自分自身が残っているだろう。その拳が、胸を叩く。 お前の気持ちなんて分からない。俺はお前じゃない。けれど、女が不幸なまま死ぬところなど見たくなかった。 真摯な言葉に、涙が浮かぶ。苦しい、とその瞳は言っていた。 「私が、私の命が残っていて、何があるの? ……何も無いじゃないの……っ」 ぼろぼろと、涙が落ちていく。 そんな彼女を護りながら、リベリスタは戦闘を進めていく。読み通り、庇い続けた机と、集中攻撃を受けた包丁は、既に動かぬ無機物に成り果てていた。 そして。残る棚も、もう既に傷だらけの扉を開閉し、限界を訴えていた。 「さぁ、奏でましょう。四光の旋律を……」 練り上げた魔力が、4色の煌きに変わる。強烈に敵を焼き払った一撃に、ついに、棚もその動きをぴたりと、止めた。 静けさが、戻る。志雄の後ろでリベリスタを見渡した彩乃は、力が抜けた様に座り込んで、口を開く。 「ねぇ、話って、何?」 淡々と。感情の欠けた声に臆する事無く。最初に口を開いたのは、レンだった。 「死すら失った事に、意味があると思わないか?」 その言葉に返るのは、思わないわ、と言う冷たい否定。それでも言葉を止めるつもりなど無かった。 何もかも失った訳じゃない。死ねないなら、迷惑をかけてでも生きれば良い。 辛い事も、苦しい事もあるだろう。けれど、良い事だってあった筈だ。 その言葉は、何処までも真っ直ぐだ。真摯だ。けれどだからこそ、彩乃の表情が歪む。それでも未だ何も言わない彼女へ、レンは言葉を続ける。 遠い日。何も無かった自分にも、声をかけてくれた人が居た。手を差し伸べてくれた人が居た。それは間違いなく希望で、光だった。 だから、自分は此処にいる。 「俺にも、できることを見つけたから。この異形の力で、守ることもできると知ったから。……彩乃、俺はお前に生きて欲しい」 今度は、自分が手を差し伸べたい。そう願った。だからこそ、彼は言う。アークに来ないか、と。 それほどの強い意志があるのなら、共に戦おう、と。 そんな彼に続くように、あいりも、声をかける。自分が力に目覚めた時。呪いだと思った。誰にも見られたくないと、逃げ惑った。 お陰でたくさん失った。けれど、真実を知った。人間として、生きていけると、知ったのだ。 「あなたにも今沢山の選択肢があります。このまま命を絶つか、フィクサードとして、或いはリベリスタとして歩むか……少し、考えてみませんか」 私は、出来ればあなたが私達の所へ来て、お友達になってくれる事を望みます。そう、添える。 その言葉は、優しく、暖かい。けれど、それは乗り越えた者の言葉だ。事実を受け止め、戦う事を選んだ者の。 黙っていた彩乃が、手を握り締める。どろりと濁った絶望色。瞳が、二人を睨み据える。 「リベリスタか、フィクサードか、死ぬか、って。何処が救いなの? ねぇ、教えてよ、何で」 化け物として戦わなきゃいけないの? その言葉は冷たい。投げつけた相手の心の痛みを、一つも省みていない。 それでも、その言葉は止まらなかった。 「戦わなきゃいけないの? 怖いのに。嫌なのに。化け物になっちゃったのに。今度は人殺しにでもなれって言うの?」 言葉に、詰まった。 リベリスタの行いは、決して綺麗なものばかりではない。石を投げられてでも、世界に仇なす者を排除し続ける。 多くを救い、同時に多くを切り捨てる。それが、役目だ。それが、アークのリベリスタ、なのだ。 再び、静寂。言葉を探すリベリスタの中で、一人だけ。武器を仕舞っていなかった漆黒が、前に進み出た。 ● ちゃり、と、手につけた武器が音を立てる。 死にたがり。ならば、きっちり止めを刺してやろう。そう、冷ややかな目で彩乃を見据えた結唯に、場の空気が変わる。 行動は早かった。彩乃の前に立ちはだかる者、結唯に武器を向ける者。突然の光景に、彩乃の目が見張られる。 「遅かれ早かれ人は死ぬ。ならば問題はない筈だ……こいつは死にたがっていたのだから」 それでも止めるのか、と。その瞳が問う。その問いにも、リベリスタは誰も動かなかった。 武器を、下ろす。緊張を緩めぬリベリスタに、背を向けて。結唯は用は済んだ、と言いたげに歩き出す。 「……なぜ見ず知らずの奴が私を止めたのだろうな?」 一瞥。再び背を向けて。結唯は思う。がらんどうなら、其処に新しく詰め込む事が出来る。 新たに、己を作る事が出来るのだ。それは、見ようによっては、とても幸せな事ではないだろうか。一から、生まれ変われるのだから。 まぁ、それも自分には関係のない事だ。呆然とした彩乃の視線を背に、結唯は一足先にその場を立ち去った。 「……あなたが絶望に至った苦しみを、わたしは否定しません」 そっと。目の前に屈んで、舞姫は言葉を探す様に、話し始めた。 同じ痛みに苛まれた。だから、否定なんかできっこなかった。辛かった。そんな言葉では、足りないくらいに、辛かったのだ。 いろんなものをなくした。身体も、心も、友達も。それはもう戻って来なくて。けれど、痛みも飲み込んで、舞姫は今此処にいる。 だからこそ。救えないのだ、と知っていた。苦しみを消す事なんて出来ない。抱えたものを消す事など、代わる事など、出来やしない。 けれど。 「同じ痛みを分かち合うことなら、できます」 頑張れ、なんて言わない。迷惑なんかじゃない。 ただ、生きて欲しい。それは、酷な願いかもしれないけれど。未だ終わらせて欲しくはなかった。 舞姫は、願う。 「あなたの時間を、もう少しだけ、わたしにください」 それでもあなたが終わりを望むなら。そのときは、わたしがあなたを終わらせるから。 だからどうか。もう一度だけ。希望を。可能性を。信じて欲しい。戻る訳ではないけれど。どうか。 切実な声音に、彩乃の瞳が揺れる。どうしたらいいの、と。漏れた声に、杏子は優しく、微笑んで見せた。 生きる事は苦痛、それはやはり杏子も、よく知っていた。けれど。 「――でも、貴方に生きて欲しいと思う人も居るのですわ」 ふわふわ、揺れる猫の尻尾。自分も同じだ、と言うような彼の仕草に、彩乃の表情がほんの少しだけ、明るくなる。 生きろ、と、言う言葉。死にたい、と願う自分。せめぎあう感情に、少しだけ、迷いが生まれる。 自分も、共に生きてみたいと思う一人だと杏子が言えば、何にも知らない他人でしょ、と突っぱねたものの。 その心持は、随分変わり始めているようだった。 彩乃の事は聞いている、と。少し屈んで目線を合わせたエレオノーラは、優しく、語りかけた。 当たり前の日常を失った事も、理不尽で辛いのだろうけれど。今の彼女を苛む痛みは、それだけに留まらない。 「今まで愛してくれた人が貴女を拒絶した事が、悲しいのでしょう?」 受け入れる人が居るのなら、それは今までと同じ、日常だ。何が変質しようと、それを、拒否されないのなら。 驚いた様に見開かれた瞳。こくり、と縦に振られた頭に目を細めれば、エレオノーラは言葉を続けた。 「同じ日常は二つと無いし、過去には戻れない」 自分は彩乃と違って革醒しなければ捨てられていたから、平穏な日常なんて、分からないけれど。 新しい日常、と言う奴は作れるのではないのだろうか。同じ、運命の寵愛を受けた者と一緒に。 三高平ならどんな姿も、どんな境遇も、異質な物にはならない筈だ。其処まで告げて。 エレオノーラは、再度、視線を合わせ直す。 「死ぬ事なんて何時でもできるわ。運命の寵愛はいつまでも続かない」 止めたいのなら、何時だって止められる。それが人生だ。命だ。怖がりさえしなければ、自分達だってすぐにあの世へいける。 でも、だからこそ。死ぬ前にもう少しだけ。新しい日常を、作ってみないか。そう、持ちかけて。 その上でそれでも、死を選びたいなら選べばいい、と。彼は言うのだ。 自分自身で決めた道ならば、否定しない。それは価値ある決断だ、と。返す言葉に詰まる。光の戻った瞳が不安に揺れて、膝を抱え込んだ。 「アンタ親に拒絶されたんだって? 羨ましい事だね」 半ば放り投げる様に。声をかけたのは、瀬恋だった。何が羨ましいの、と言う声に耳は貸さずに。瀬恋は表情も変えずに彩乃を見据えた。 だって、生きているじゃないか。自分の親は殺されたけれど。それに比べたら、歩み寄るチャンスがあるだけずっとマシだろう。 ぴくり、と肩が跳ねた。失った。けれど、その存在は、この世から消えては居ない。何時か。もしかしたら。その可能性は、0ではない。 「生きてたっていいことがあるとは限らねぇ。むしろこの腐れた世の中ってやつには悪いことの方がずっと多い」 それでも、死んでしまえは、負けを認めたようで癪じゃないか。そんな言葉に、彩乃の瞳が揺れる。 始めれば、終わらせる事ができるけれど。終わってしまったら始められない。生き死にだって同じだ。 ゆらゆら、瞳が揺れる。どうしよう、どうしたらいいの。怖いのに。もう嫌なのに。でも、だって。 少女の心は、揺れる。それを見て取ったのか、そうではないのか。志雄は一言、一緒に来い、と言う。 どうせ死ぬなら、生きても死んでも地獄なら、こっちの地獄をもう一年試しても良いだろう。そんな言葉に、少女は必死に首を振る。 「戦いたくなんか無い、やだ、怖いもん、神秘なんて、もう、見たくない……!」 怖いのだ。戻れなくなる。もう戻れないけれど。其方側に行ったら本当に、もう、『普通』では無くなってしまう。 そう、怯えて泣く少女の肩を掴んで。志雄は、もう一度。助けに来た、と告げた。 「マジの地獄なら助けられん。だがこっちの地獄でなら救ってやれるかも知れねえ」 手が届く。声が届く。それなら、自分が救ってやれるかもしれないのだ。 ぼろぼろ、と涙が零れ落ちていく。言葉が痛い。優しさが痛い。苦しい。縋り付いたら助かるのかも分からない。でも、本当は、助けて欲しくて。 「っ……他人じゃん、どうせ、面倒な時は助けてなんかくれない癖に、私の事なんて何にも、知らない癖に!」 助けて、と伸ばした手を、離される日が来るかもしれない。変質した自分を拒んだ、家族の様に。友人の様に。 今こうやって救おうと伸ばされた手が、常に共にある訳なんて無い。そんな、傷つきたくない彼女の拒絶ごと。志雄は背負ってやるつもりだった。 兄になってやろう。血の繋がりなんてちっぽけに思えるくらいに手を差し伸べ続けてやろう。それでも死にたい時は、自分が一緒に死んでやる。 必ず、一人にはさせないから。 「お前と一緒にくたばってやる、だから生きろ!!」 所詮は、口約束だ。確証なんて何処にも無い。けれど、それを信じさせるだけの想いが。今まで言い募られたリベリスタ達の言葉が。彩乃の心を動かす。 涙が、零れ落ちる。何も言えなかった。代わりに、何度も頷いた。 夜明けが、近い。少しずつ白む空の明かりは、希望への導になるのだろうか。 死にたがりの少女はその日、ほんの少しだけ前を向いて、新たな決断を下した。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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