●偽りの音、再び 夕暮れが闇に染まる宵、街角のライブハウス内で爆音が鳴り渡った。 「来たキタ、来たぜェ――! オレ様の演奏と歌を披露する、このときが!」 エレクトリックギターを奏でる鮮やかな金髪の青年の名はギース。彼は普通の人間のようにも見えるが、異世界から来たアザーバイドである。 轟く音色は荒々しく破壊音波となって会場内に木霊してゆく。それは到底音楽と呼べるものではなく、ただの不協和音だ。それに加え会場内の人々が突然、苦しみながら倒れ出した。 彼の奏でる音はこの世界の人間には耐えられぬ破壊の魔力を持っている。 以前、リベリスタ達が討ち漏らしたギースが何故にライブハウスで演奏を披露するに至っているのか。その疑問の答えは、彼の背後で黄色い声をあげている少女が握っていた。 「素敵ですわ、ギース様。もっともっと素晴らしい音を響かせてくださいまし!」 「おうよ、薔薇子! オレに付いて来れるのはお前くらいだからな。望むなら幾らでもヤってやんぜ!」 阿鼻叫喚の音色の最中に居ても、薔薇子と呼ばれた娘は平然としている。むしろ彼女は、ベースギターを一緒に奏でることでギースと共に不協和音を紡いでいた。 已む事のない破壊音楽は人々を更に苦しめていく。 そして、集った者がすべて息絶えるまで――偽りの音色は響き続けるのだ。 ●調式想音 「……厄介な事になる前に、アザーバイドとフィクサードを止めて欲しい」 アークの一室にて、『サウンドスケープ』 斑鳩・タスク(nBNE000232)は万華鏡から視得た未来を語る。 先の光景の中に視えたのは、一部のリベリスタと対峙したことのあるアザーバイド・ギースの姿。以前の事件のあと、暫し姿を眩ませていた彼だったが、なんと今度はライブハウスに現れたのだ。 「多分、ギースと一緒にいる薔薇子というフィクサードが手回ししたんだろうね。例のライブハウス前に『期待の新星、ギース&ローズ!』という旨のゴテゴテしたポスターが貼ってあった。しかも入場無料でドリンク代もナシ。少しでも興味があったら、音楽好きの人は引っかかるはずだ」 ライブハウスの手配やポスターの作成も自分で手掛けたのだろうか。 手の込んだことをするフィクサードだが、どうやら薔薇子は心底ギースを敬愛しているらしい。その証拠が、彼の破壊音の影響を受けていないことだ。どういった経緯で二人が出会ったかまではわからないが、ギースは薔薇子を仲間として認めたのだろう。 「ライブまでの時間はまだあるけれど、奴らは既に会場入りしているから止めるなら今しかないよ」 現場は裏路地の奥にあり、内部への侵入も容易。 リベリスタ達が到着するころ、二人は誰も居ない会場でリハーサルを行っているはずだ。ライブをやめろと告げて素直に聞くような輩ではないので、おそらくは力尽くで止めることになる。 「ギースの力は破壊の音楽、薔薇子はスターサジタリーのようだね。それに加えて、音符型の配下達も出て来るから気を付けて欲しい」 ライブハウス内での彼らの力は、以前より更に威力を増している。 用心しなければ返り討ちに遭うこともあるので、仲間同士の連携も重要になるだろう。 「それともうひとつ。彼が通ってきたディメンションホールなんだけどさ……既に閉じているみたいなんだ。だからもう、ギースを還す方法は無い」 それゆえに完膚なきまでに倒して、終わらせて欲しいとタスクは告げた。 ただ、ギースを好いているらしい薔薇子がどんな抵抗をみせるかは分からない。彼女の扱いは皆に任せるよ、と告げた少年はそこで話を締め括った。 相対するのは歪んだ音楽。その演奏を止め、世界の崩壊を阻む為に。 戦地となる場所に赴くリベリスタ達の背を見送った後、少年は静かに瞳を伏せた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:犬塚ひなこ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月17日(火)21:55 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●ライブハウスにて 唄う、謳う、世界の底で。出遭ったものは理不尽、出逢ったのは偶然。 爆ぜる音と響き合う音。そこに思慕を抱いたことすら、彼と彼女の運命だというのならば――きっと、世界はやさしく出来てなどいない。 開演前のステージの上、闖入者を訝しげに睨み付ける青年と少女。その姿を見据え返し、『シュレディンガーの羊』ルカルカ・アンダーテイカー(BNE002495)は静かに言い放つ。 「おひさしぶりね、こんどは止めに来たわ」 過去に取り逃がしたアザーバイド、ギースに抱くのは複雑な心境だ。 異世界への穴が閉じた今、彼を送還することは出来ない。倒すという選択肢しか選び取れない事に歯痒さを覚えながら、『red fang』レン・カークランド(BNE002194)もステージ上の彼へと語り掛ける。 「ギース、まだこの世界で音楽を奏でていたのか」 「あ? 誰かと思ったらお前らか。どうした、オレ様の音楽に惚れてまた聞きに来たのか?」 「では、ギース様……この方たちが以前に言っていた奴らですのね」 不敵に笑む青年と、その背後で身構える少女。 敵意を見せる薔薇子はおそらく、過去の出来事を聞き及んでいるのだろう。アルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)はそう判断し、守りの意志を仲間全体へと施した。共有した力が自身を包みこんでいく事を感じ、『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)は一瞬だけ瞳を閉じる。 「この事態はボク達が引き起こしたことでもある。ならばせめて、ボクに出来る事をしよう」 「帰してあげられないのが残念だけど……その音楽ごと、止めて見せるわ」 来栖・小夜香(BNE000038)は結界を周囲に張り巡らせ、戦いへの想いを紡ぐ。そうしてリベリスタ達は身構え、敵となる二人へと視線を向けた。 こちらの敵意を感じ取ったのか、ギースが音符型の配下を呼び起こす。薔薇子もこちらの意志に気付いているらしく、己の力を高めながら憎々しげな視線を向け返してきた。 「ギース様、こいつらは私達の邪魔をする心算ですわ!」 「仕方ねぇな、リハーサル代わりに一曲ヤるか。いっくぜェ、全員痺れさせてやる!」 瞬間、ライブハウス内に爆音が響く。 その衝撃を初めて聞いた『局地戦支援用狐巫女型ドジっ娘』神谷 小夜(BNE001462)は、耳を塞ぎたくなるような感慨を抱きながら、負けじと翼の加護を仲間達に施した。 「これが、人が死ぬほどの不協和音……。ですが、屈したりなどしません」 世界の敵となるアザーバイド。そして、彼に加担するフィクサード。 幾ら音楽を愛しているのだと知っていても、それらとは決して相容れぬもの。リベリスタ達は決意を新たに抱き、始まる戦いへの意志を強くした。 ●響き渡る音 音楽は好きだ。それがたとえノイズでしかなくとも、声が嗄れていたとしても、誰かにとっては騒音に過ぎなくても、別の誰かにとっては心に響くものであるかもしれない。 ――きっと、薔薇子にとってのギースはそういうものなのだろう。 浮かんだ思いは言葉にせず、『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)は戦いが巡りはじめたステージに駆け上った。涼子が狙うのは、最前に出ていたギースと並列するように現れた音符だ。 鋭い一撃が幻想の身を傷付け、その体勢をわずかに揺らがせる。 そんな中で、『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)は奥歯を噛み締めていた。 あのとき、決めたはずだった。次にアザーバイドと合間見える事があるならば、必ず息の根を止めると。すべての感情を押し殺して、この世界から粉微塵も残さず消し飛ばそう、と。 「なのに、なのになんで、てめぇの横に誰かが居んだよぉ!」 杏は叫びと共に魔陣を展開させ、ギースと薔薇子を睨み付けた。 その間にもライブハウス内は爆音が鳴り渡る。ルカルカは音色とも呼べぬそれに眉を顰め、耳をぴるぴると震わせながら音の濁流の源へと身を滑り込ませた。 「ルカは大きい音、にがてよ」 言い放つと同時に光の飛沫が舞い、行く手を阻む音符を穿つ。ルカルカの一撃に合わせるように動いたレンはステージ上の敵すべてに照準を合わせた。 「お前の音楽は、この世界には合わない」 本当は伸び伸びと弾かせてやりたいとは思うが、そういうわけにもいかない。もっと音楽の合う世界で出会えれば良かっただろう。だが、これは仕方が無いことなのだ。そう自分に言い聞かせ、レンは赤い月の呪力を解き放った。 不吉の力に縛られる少女を見つめ、小夜はふとした疑問を口にする。 「彼女の奏でる音楽は何のためなのでしょうか……」 ギースは兎も角、薔薇子はどうして破壊の音に魅せられてしまったのか。問いかけてみてもきっと、この爆音の中では掻き消されてしまうだろう。展開した魔法陣から魔力の矢を放ち、小夜は緩く首を振った。 今はただ破壊の音色を止めるべく動くだけ。 周囲を見渡した小夜は激しくなりゆく戦いの動向を見守るべく、敵と味方の動きに気を配った。 そして、仲間への支援を終えたアルフォンソも攻撃へと加わる。神秘の閃光弾が目映い光を放ち、瞬時に音符の動きを止めた。 「今が好機です。お願いします――!」 冷静に機を判断したアルフォンソの呼び掛けに涼子が頷き、音符の背後へと回り込む。 涼子の素早い動きに敵は反応しきれず、大きく体勢を崩した。そして、力を失った音符は形を保てずに霧のように散りながら消えていく。 アンジェリカは残る音符へと攻撃を仕掛け、順調に戦いが進んでいることを感じる。そうして破滅の黒刃が音符の力を削り取っていく中、彼女は破壊音波を奏でるギースへと呼び掛けた。 「あなたの存在がこの世界にとって危険である以上、ボク達は貴方を殺す……!」 「殺すってか? それはまた随分と過激だが、出来るものならやってみろよ!」 挑発的な笑みを返す彼は歌を止め、更なる爆音を生み出す。 過激なのはどっちだよ、とアンジェリカが反論するが、衝撃はリベリスタ達を包み、多大な痛みを与えていった。だが、止めると決めたのだからこの場で誰かが倒れることはあってはならない。 「癒しよ、あれ」 すぐさま仲間の危機を察した小夜香が聖神の息吹を紡ぎ、癒しの力を発動させた。詠唱の歌声はやさしく周囲に広がり、ステージ上で奏でられるものとは正反対の音を奏でてゆく。歌が持つ別の一面を見せてあげる、と小夜香が向けた瞳はまっすぐにギース達を映した。 破壊を求める音と、癒しを与える歌。 リベリスタ、そしてフィクサードとアザーバイド。それぞれを対比してみればみるほどに、互いの存在と意志は交わらぬものなのだと思えた。 「てめぇは一匹狼が売りだって言ったよな。だったら其れを貫き通せよ。それとも何か? ポリシーとかアイディンティティとか無いってか? はっ、なさそうだもんね、アンタ」 杏はギースを睨み、嘗て自分の誘いがギースに受け入れられなかった事を思い返していた。 罵る言葉の中に衝動を秘め、彼女は魔術式を発動させようと身構える。その矢先、杏の言葉を聞き付けた薔薇子がくすりと笑った。 「あらあら、嫉妬ですの? ですが、ギース様を口汚く罵ることは赦しませんわ!」 言い放たれた言葉の後、業火を帯びた矢がリベリスタ達に降り注ぐ。 だが、杏も負けじと雷を紡ぎ、敵達へと荒れ狂う衝撃をもたらす。重なる二人の視線は敵意と嫌悪を宿し、激しい雷の如き火花を散らしているように見えた。 ●機転と交点 尚も戦いは続き、幾度もの攻防が繰り広げられる。 激昂した杏は更なる魔力を渦巻かせ、生意気な口を利く薔薇子を巻き込んでの衝撃をステージ上に轟かせた。沸々と湧き上がる感情に呼応するかのように、雷撃は鋭く迸る。それにより薔薇子の身体が傾ぎ、その息も荒くなりはじめた。 「てめぇも殺すぞ、クズが」 「杏さん、抑えてください。我々の目的はアザーバイドのはずです」 吐き捨てるように楽器を構えた杏の言動を聞き付けたアルフォンソは首を振り、彼女を制する。彼の言葉に頷いた杏は、わかってるわよ、と小声で答えると攻撃対象から薔薇子を外した。 リベリスタ達は少女の殺害までは考えていない。 それゆえに、この時点ですべての者が薔薇子に向かう攻撃の手を止めた。 ――だが、その気遣いこそが禍根を残すことになろうとは、誰が考えただろうか。徐々に押され掛けている戦況に気付いたギースが舌打ちをする。 奏でられ続ける暴音に耐えながらも、小夜は懸命に己の力を振るった。 「回復と支援はお任せください、ね」 私も力を尽くしますから、と淡い微笑みを浮かべた小夜が詠唱を紡ぐ。ふわりと肌を撫でてゆく天使の癒しは仲間達の後押しとなり、戦線を支えた。そこにアルフォンソの力も加わり、リベリスタ達の防御を更に強固なるものにする。 しかし次の瞬間、信じられないような言葉がギースから飛び出した。 「薔薇子、ここから逃げろ!」 何を言っているのだ、と僅かに目を見開いたレンがギース達へと視線を映す。驚いたのは薔薇子も同じらしく、彼女も突然のことに狼狽していた。 「ギース様!? どうしてですの、敵に背を向けるなど……!」 「うるせえ、良いからさっさと行け! オレ様の命令が聞けないってのか?」 きつい口調に気圧されたのか、薔薇子が一歩後ずさる。 それでも、いやいやと首を振る少女だったが、終にはギースの怒号に負けたらしい。彼女は息を切らせながらも身を翻し、逃走を計った。 「わかりましたわ……。でも、ギース様も後で必ずおいで下さいまし。約束ですわよ!」 「そうはさせないのよ」 無論、彼女を捕縛しようと決めていたルカルカ達が追おうと駆ける。 だが、残った音符とギースがその進路を遮るようにリベリスタ達を迎え撃った。弱った薔薇子への攻撃を止めたのが誤算だったのだろうか。ルカルカは音符へと光の刺突を加えて打ち倒し、面接の力を使ったアンジェリカが天井から追い縋るが、少女はあっという間にステージ裏へと姿を消してしまった。 「後を追うべきか……いや、今はお前の方が先か、ギース」 一瞬の逡巡を見せたレンだったが、すぐに自分達の目的を思い出す。 おそらく、逃げた薔薇子を追っても背後から爆音で攻撃されるのが関の山だろう。不利を悟り、少女を一番に逃がしたギースの行動に思う所が無かったわけではない。だが、レンは己の使命を果たすべく、アザーバイドへと向き直った。 少女が逃げ、音符達を倒した今、残る敵はギースのみ。 小夜香もまた複雑な思いを抱いていたが、戦いの手を止める事など出来なかった。 「福音よ、響け」 天使の歌を詠唱し、仲間を支える。それこそが今の自分が果たすべきことなのだと己を律し、小夜香は双眸をしかと敵へと向けた。 目の前の出来事に目を閉じず、耳すら塞がない。そう決めたのはアンジェリカも同じ。 「最後まで聞き届ける。貴方の歌を、貴方の思いを、貴方が倒れるその時まで……!」 「上等だ、嬢ちゃん。ならば聴かせてやるぜ、オレ様の全力の音と声をなッ!」 アンジェリカの声に笑みを浮かべたギースは、ただし倒れるのはお前らだ、と告げ返す。縦横無尽に駆ける少女が放つ黒の一撃を受け止め、アザーバイドは演奏を続ける。音は破壊音波だとしても、涼子はその姿に感慨を抱いた。 けれど、だからといってどうにもならない。 悲しくも感じられたが、自分達が彼と相対する運命はもう誰にも変えられない。 「悪いけど、あんたにとっての次のステージはない。だからここに入るはずだった観客五十人ぶんぐらいは、あばれてやるよ」 それが自分に出来るせめてもの手向け。 そう信じた涼子は中折れ式の単発銃を握り締め、敵の足元を狙った銃弾を打ち放った。 ●終曲と終幕 身を貫いた痛みに、アザーバイドから苦しみの声が漏れる。 狙えるはずだったのに喉や手元を撃たなかった涼子の思いに気が付いたのか、ギースは痛みを堪えながら何処か嬉しげに笑った。 「やるじゃねーか……。だが、オレ様はまだ演れる! 何処までも歌い続けてやんぜ!」 調子はずれな歌声が部屋に響き渡り、アルフォンソ達の身に衝撃を与える。 しかしアルフォンソも負けじと痛みを堪え、生じさせた真空刃を反撃として打ち返した。鋭い一撃はギースの身体を切り刻み、辺りに血が散る。たった一人、集中攻撃を受けることになった彼は既に相当な力を失っているだろう。 痛々しくも映る敵の姿を見据え、杏は抱いた思いを真にしようと意を決した。 「ま、最後だし? 冥土の土産にアイデンティティ持ってる奴のサウンドを聴かせてやるわ」 その身体が灰と消えるまで燃やし尽くす。そう決めていた。 組み上げた魔曲を解き放ち、杏は魔力を全力で差し向けた。その四重奏はさながら彼女の思いを具現化するが如く、敵の身を貫く。杏とギース、決して相容れなかった二人の音色が重なり、爆発的な音波がライブハウス内に響き渡った。 「貴方の音、すきじゃないのよ。こんな騒音、一秒でも長くきくなんてこりごりだわ」 その破壊音に耳を震わせ、ルカルカはギースに肉薄する。 倒す対象ではなかったとはいえ、少女を逃がした悔しさは未だ胸の裡にあった。けれど、以前に取り逃がした男は目の前に居る。光の飛沫で相手を打ち据えたルカルカは、彼自身の終曲が訪れている感じ取っていた。 「人を幸せにしない音楽は、もう終わりにしましょう」 小夜もまた、徐々に弱っていくギースへと呼び掛ける。指先を向け、真正面から撃ち放たれた小夜の魔矢が相手の胸を貫いた。そこにアンジェリカの放つ放つ一撃が加えられる。 衝撃で男の息が詰まり、もう歌すら唄えないだろう事が分かった。だが、ギースの腕は止まらない。 「……畜生、こんなことでライトリサイタルになるなんてな」 忌々しげに呟いたギースもきっと自分の死期を悟っているのだろう。それでも彼が最期の最後まで演奏の手は止めない心算なのだと解り、小夜香ははっと息を飲んだ。 まるですべての力を吐き出すように、鋭い爆音が襲い来る。 しかし、彼女も決して意志を曲げない。背の翼をはためかせ、十字架を握り締めた小夜香はこれで最後になるであろう癒しの力を紡ぎ出した。もう、こちらに負ける道理など何処にもない。 勝利を確信しつつも、レンは胸を衝くような感情を覚えていた。 「俺自身の胸に燻ぶる思いはあれど、終幕させねばなるまい」 考えていたのは姿を消した薔薇子のことと、目の前のギース自身のこと。 渦巻く思いを半ば無理やりに押し込めたレンは、伸ばした掌から気糸を解き放つ。絡み付く魔力は見る間にギースを縛り付けた。そして、次の瞬間――破壊の演奏がぴたりと止まった。 刹那の静けさの後、アザーバイドの身体が力無く崩れ落ちる。 血に塗れ、戦う力を失い、命を削り取られた彼だったが、その表情には不思議と明るい笑みが湛えられている。そのことに気付いたレンは、どうして、と問わずにはいられなかった。 「っはは、お前らとの時間も、なかなかに楽しかったから、な……」 死を前にしたギースは、聴いてくれてありがと、と素直な感情を涼子達に告げる。 言葉に出来るような思い見つからなかった。ただ、この感情を言い表すのならば悲しいとでもいうのだろうか。アルフォンソは死にゆく青年の姿を見下ろし、小夜香も異境で果てる事となった彼への思いを抱く。 「どうか、貴方に静かな眠りが訪れますように」 囁かれた祈りの言葉を聞きながら、ギースはゆっくりと口を開いた。その視線は何処にも向けておられず、宙を見つめる焦点も合っていない。だが、リベリスタ達は彼が紡ごうとしている事に耳を傾けた。 「悪いな薔薇子……約束、守れなく、て――」 そして、最期の言葉を遺したアザーバイドの姿は光の粒子となり、跡形もなく霧散する。 その場に残されたのは静寂と、傷だらけになったギターのみ。元よりすべてを消すと心に決めた杏だったが、そのギターだけは壊すことが出来なかった。 床に落ちたギターに触れたルカルカが、ほとんど千切れてしまった弦へと指先を伸ばす。 音は、鳴らない。不協和音も、鳴らない。 ルカルカはもう響かない音を思い出しながら、瞳を閉じて何かを思うレンの傍に付いた。 暫し誰も言葉を発する事が出来ず、沈黙が辺りに満ちる。そんな中、アンジェリカはギターを拾い上げ、物質に宿る記憶を読み取った。 そこに彼の音楽へ思いを感じた気がして、そっと俯いたアンジェリカが小さく呟く。 「さよなら、ボクと同じく歌を愛した人。その思い、絶対に忘れない」 きっと、歪んで間違った情熱だったとしても、抱く思いだけは似ていたはずだ。 ひとしずくの涙と共に零れた少女の言の葉は誰の耳にも届くことなく、虚空に消え去った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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