● ずっとずっと欲しかったカメラをやっと手に入れた。 クラスメイトのみんな、カフェの美味しそうな料理、お隣さんの犬、道端に咲くただの花。 目に映るものすべてを、一瞬の想い出を、ひとつひとつ大切にフィルムに収める。 上手な写真は撮れないけれど、わたしの撮った写真を見て笑ってくれるのが、嬉しかった。 ある日、クラスメイトのひとりが、塾の帰りに乱暴されたらしい。 外を歩くのが怖いよ、と。ベッドの上でうずくまりながら、クラスメイトは泣いていた。 ある日、お隣さんの犬は、散歩の途中で車に轢かれてしまったらしい。 数日前まであんなに元気だったのに、と。わたしの撮った写真を見て、お隣さんは泣いていた。 ある日、よく行くカフェで。ある日、キャンプにいった山で。ある日、子どもたちが遊ぶ公園で。 泣いていた。 泣いていた。 泣いていた。 ● ブリーフィングルームの机の上に、ずらりと並ぶ写真をリベリスタたちが覗き込む。 猫や犬などの動物、花や木に、笑顔を見せる人々。美味しそうな料理まで。 ジャンルを問わずに撮られた写真。何てこと無い、『ただの日常』の風景。 テクニックのことは分からないが、それらはひどく眩しく見えた。 写真を見るリベリスタたちに、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が声を掛ける。 「現像された写真に写るものを、不幸にするアーティファクトが見つかった」 リベリスタたちが顔を上げるより早く、イヴは机の上の写真の上に、写真を重ねていく。 「これがこうなって、こうなって、………こうなった」 イヴのひどく重たい言葉と共に並べられた写真には、先ほどの眩しさは無い。 それは『ただの日常』とはかけ離れた、『凄惨な事件現場』に変っていた。 「アーティファクト、『ファントム・オブ・スキュラ』。羽付かめこっていう女の子が持ってる。 彼女が、アーティファクトを使っている自覚は無いから、きっとこれからも使い続ける。 回収でも破壊でもいい。……でも、カメラは彼女の宝物。そう簡単には渡してくれないよ」 すこし可哀そうなことをするけれど、これ以上被害者が増える前に、と。イヴが呟く。 資料をリベリスタたちに手渡すと、それからと言葉を続けた。 「かめこ自身も、公園に写真を撮りに行った帰り道、Eビーストたちに襲われる。 狂暴化した犬と猫が二匹づつ、巨大化した兎が一羽。どちらも、彼女が写真に撮ったみたい」 ただの一般人であるかめこが、Eビーストに抗う術もない。 かめこが倒れれば、アーティファクトが誰かの手に渡らない限り、不幸な写真は増えないだろう。 だが、そんな結末をリベリスタたちは許さない。 夏の最後の想い出を彼女の最後にしないために、リベリスタたちは立ち上がる。 「Eビーストたちも、しっかり倒してきて。……皆なら、きっと出来るから」 きゅうと、イヴの小さな手に握られたうさぎの顔は、すこし歪んでいた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:あまのいろは | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月08日(土)23:00 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 「写真を撮られると魂が抜けるって話を思い出すな」 道を塞ぐ準備をしながら、『足らずの』晦 烏(BNE002858)がぽつりと漏らす。 あながち迷信でも無かったのかもしれないな、と。ごちる烏に掛けられる声。 「こちらも準備、終わりましたよっ!」 長いポニーテールを揺らしながら、『スワローテイル』ユリア・T・アマランス(BNE000798)が駆けてきた。 「本人は良かれと思って写した被写体に不幸が降りかかる。そんなのはあんまりだよね」 四条・理央(BNE000319)の視線の先には、裏道へと入っていく人影。 おさげ髪に丸眼鏡。手にはカメラを抱えている。 間違いなく、カメラ型アーティファクト『ファントム・オブ・スキュラ』の持ち主、羽付かめこである。 「ご祖母堂にもよく聞いた、よくあるこの世界の神秘のイタズラだ。運命の女神は残酷で気まぐれだ」 悲しげに言う理央の言葉に、『ジーニアス』神葬 陸駆(BNE004022) が返す。 何故、それを手にしたのが、何も知らぬ彼女だったのだろうか。 それは陸駆の言うように、運命の女神さまとやらの気紛れなのだろう。 だが、今。リベリスタが為すべきことはひとつ、はっきりと分かっているのだから。 「……だから、不幸の連鎖はここで断ち切ろう」 ひとりの少女に降り掛かる不幸を払う為、リベリスタたちは動き出す。 今日写真を撮ったのは、向日葵。夏の最後の想い出。 デジタルカメラと違ってすぐに見ることは出来ないけれど、現像するまでのワクワク感がいいのだ。 明日には現像しに行こう、かめこは心のなかで呟いて、楽しそうに笑った。 「こんにちは。素敵なカメラをお持ちですね。私はスペードと申します」 「はい!?……あ。ええ、と。は、羽付です」 人が居るとは思わなかった。ひとりで笑っていたのを見られただろうか。驚いたような、バツが悪そうな顔をしているかめこに、『Manque』スペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654) 挨拶をする。 「良かった。まだEビーストは現れていないみたいだね」 駆けつけたのは、『正義の味方を目指す者』祭雅・疾風(BNE001656) 。かめことEビーストがまだ接触していないことを確認すると、僅かに表情を緩ませた。 私もカメラ好きなんですよ、とデジタルカメラを掲げてスペードがやわらかく笑む。 一度は失いかけた『なんでもないただの日常』。 だからこそ、彼女はその幸せな景色を守りたいと強く思う。 「最近流れる、被写体が『不幸を呼ぶカメラ』の噂はご存じですか?」 「知りません。都市伝説か、何かですか?」 かめこは首を振ると、自身のカメラをそっと見つめた。 不幸。近頃わたしの周りで、誰かが必ず泣いている気がする。 黒いボディにするりと指先を滑らせて、彼女は思案する。 「かめこさんの、それ。その『不幸を呼ぶカメラ』なんだよ。心当たりがあるんじゃないかな」 その言葉にはっと顔を上げて、疾風の顔を見た。 「……そんな、そんなことは」 そんなことは無い、と言い切りたいのに、言い切れない。かめこは俯いて、黙り込んでしまった。 「不躾だが、羽付かめこ。にわかには信じれないだろうが、貴様のそのカメラは撮ったものを不幸にさせるものだ。 最近貴様の周りで不幸が起きたクラスメイトはいなかったか?其奴の笑顔を写し取らなかったか?」 「……その、ええと」 陸駆の言葉に戸惑いつつも、思い出す。泣いていた。 事故に遭って、不審火で、強盗が入って、不審者に、それからそれから、それから。 数え出せばきりが無い。ああ、そうか。そうなのか。すべてすべて、これのせいなのか。 ほんとうに?ただの偶然じゃ、ないのかしら。あれもこれもそれも、すべてすべて。 「君には罪は無い。救えるのならば救うそれだけだ、是が非でも君を守ってみせる」 『あるかも知れなかった可能性』エルヴィン・シュレディンガー(BNE003922) がそっとかめこの横に立ち、口を噤んだかめこの背を支えた。 「………来るわよ」 その様子を遠巻きに眺めていた『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234) が仲間たちに告げる。 ゆったりと。だが、確かに鋭い爪と牙をぎらつかせて。四匹と一羽の獣たちが姿を現す。 「下手に動くと危ない。後、カメラは使わないで」 ユリアにかめこを託した疾風はE・ビーストたちを見据え、幻想纏いを起動する。 「不幸はここで断ち切る! 変身!」 疾風の言葉に呼応するように、獣たちは牙を剥き、吠えた。 ● 「羽付かめこには髪の毛一筋でさえも触れさせないのだ、僕は天才だからな」 陸駆が猫の前に躍り出て、不敵に笑う。行く手を阻まれた猫は不機嫌そうにみゃあごと鳴いた。 「……な、なにあれ」 「かめこちゃんを狙ってる化け物。でも、大丈夫。ボク等が君を守ってあげるから」 そっと。落ち着かせるようにかめこに声を掛けた理央が、翼の加護を展開する。 リベリスタたちの背に小さな翼が生え、身体がふわりと浮きあがった。 犬が吠え、疾風の腕に食らいついた。鈍る動きに顔を歪ませながらも、なんとか振り払う。 ゆらりと昇る紫煙の中から現れた烏の持つ銃口が鈍く光った。 猫二匹を狙い撃つのは難しいと判断した烏が、神気閃光を放つ。猫と犬を一匹ずつ、兎をも巻き込んで焼いていく。 作戦の通りにE・ビーストへのブロックも、かめこを庇うことにも成功した。 すべて、順調に思えた。この時までは。 凛と。燃えるような赤い瞳が、攻撃対象に狙いを定める。 すらすらと慣れた詠唱の言葉を唱えて恵梨花が狙ったのはE・ビーストでは無く、かめこが大事そうに抱えるカメラ。 「え!? 恵梨香さ……っ!!」 考えるより先に、身体が動いた。カメラに向かって放たれた攻撃を、ユリアが代わりに受け止める。 「……き」 アーティファクトを壊す為に放った攻撃。手加減されていないその威力は、リベリスタでもかすり傷と言うわけにはいかない。かめこを庇ったユリアが地に伏せた。 「きゃああああああ!! どうして、ど、どうして! な、なな、なんで! いや!!! だれかっ!!!」 恐怖。混乱。一瞬にして冷静さを失ったかめこが、震える声で高い悲鳴を絞り出した。 いくら理央の展開した強結界の力を持ってしても、このまま騒がれたら誰かが来るかもしれない。 まだEビーストが現れ戦闘が始まったばかり。更に一般人が集まったら確実に戦闘に支障が出るだろう。 「……羽付さん。羽付さん、落ち着いて。僕は大丈夫、だから」 ユリアがその身に宿る運命を燃やし立ち上がると、かめこの顔を見て弱々しく笑んだ。かめこは、ひ、と小さな悲鳴を上げる。 「大丈夫。羽付さんが傷つくのは、嫌だから。……お願い、信じて」 かめこの手を取る。かめこは恐怖に見開かれた瞳から、ぼろぼろと大粒の涙を溢し震えるだけだった。 一度運命を燃やした身だ。二度目は無い。このままかめこを庇い続けることは難しいだろう。スペードがユリアの代わりに庇い役として入れ代わる。 崩れた陣形に響く衝撃。 リベリスタたちが簡易飛行を行っていた為ショック症状に苛まれる事は無かったのが、せめてもの救いだ。 傷ついた仲間の回復を担うのは理央。少し予定より早く回復をすることとなったが、この状況で一人でも欠けるわけにはいかない。 理央は澄んだ声で天使の歌を歌い上げた。特に傷の重いユリアの傷がみるみる癒えてゆく。 かめこは混乱した頭を必死に回転させて、状況を確認する。 この人たちは、わたしを助けにきてくれたらしい。 この化け物は、わたしが撮った写真のせいで生まれたらしい。 信じろというの。わたしに向かって攻撃をしてきた人たちのことを。 ここに居ろというの。こんなに恐ろしい人たちとともに。 あの化け物が倒れたら。倒れた時は。……わたしは、どうなってしまうの? ぎゅうとカメラを握る。 足は震えるけれど、でも。 かめこはリベリスタたちに背を向け、走り出した。 ● 鳴り止ま無い攻撃の音に、響く足音は掻き消される。 だが、リベリスタたちは皆、かめこのことを気にかけていた。逃げ出したかめこに気づかない筈が無い。 「羽付さん?!」 逃げ出したかめこを、ユリアが真っ先に追う。 「待って! 僕らは羽付さんを傷つけるつもりはありません!!」 もはや、どんな言葉もかめこの耳には届かない。かめこを動かす衝動は、リベリスタたちへの恐怖だけ。 守る、という言葉も。その笑顔も、優しさも。すべて恐ろしかった。信じられなかった。 リベリスタたちがかめこを引き留めようとする中、ひとり違う行動を取ったのは、恵梨香。 逃げ出すかめこに向かって恵梨香は迷わず攻撃の構えを取る。 任務遂行の障害になるのなら、かめこに手を下すことも厭わないと決めていた。かめこがカメラを持って逃げ出した今、かめこは『障害』でしか無いのだ。 「待ってください!!」 とっさに、スペードが恵梨香の前に立ち塞がる。 スペードは勿論、多くのリベリスタたちが彼女を守ると決めていた。傷つけたくは、無かった。 「情に流されて任務を失敗するわけにはいかない」 守りたいと思うリベリスタたちと同じように、恵梨香の意思も固かった。 そんなやりとりをしている間に、かめこは遠ざかっていく。 カメラはかめこが抱えていて狙いを定めることが出来ない。このままでは、逃げ切られてしまう。 どんな犠牲を払ってでも、任務は完遂する。例え、誰かに恨まれたとしても。 逃げ出したかめこを見据える赤い瞳は揺らがない。恵梨香が静かに唱える詠唱。それは、 「あ」 すべてを燃やし尽くす地獄の炎。 一瞬にして広がる炎がカメラを、かめこ諸共包み込む。 熱い、と。 助けて、と。 悲鳴も、断末魔のひとつも上げず、かめこの身体が燃えていく。 「かめこさんっ!!!」 スペードが駆け寄り、手を伸ばす。救いを求めるかめこの手が伸びる。 けれども。 伸ばした指先と指先が触れ合う前に、燃える指先が崩れ落ちた。 「――――――――……ああ」 スペードの顔が悲しみに歪む。倒れたかめこは、もう動かない。 「………羽付、かめこ」 非凡な一般人を助けるのは天才の使命だと、自負していた。 けれど。今、目の前には助けられなかった命が横たえていた。 いくら天才と言えど、十になったばかりの少年が受け止めるには重すぎる事実が、そこにあった。 その時、巨大化した兎の、ぴんと真っ直ぐ立った耳の影が、陸駆の上に伸びる。 僅か数秒の出来事であったが、兎が攻撃の準備をするには十分過ぎる時間だった。 「しまったのだ!」 気づいた時にはもう遅い。兎の足が陸駆の身体にめり込む。 「ぐっ……!!」 陸駆の身体が吹き飛ばされ、電柱に激突して動きを止める。 今がチャンスとばかりに、陸駆によってブロックされていた猫が戦場から逃げ出した。 勘の鋭い猫は勝ち目がないと感じ取っていたのだろう。 陸駆はすぐに運命を燃やし身体を起こすが、目にも止まらぬ速さで駆けていく。 「……ぐ。待つのだ」 「おっと、悪いけどおじさん逃がすつもりは無いぜ」 烏が構えた二四式・改の銃口が猫を捉える。打ち出されたアーリースナイプ。 銃弾は遠く遠く真っ直ぐに伸びて、普通の人では届かない距離にいる猫を打ち抜いた。猫の身体が跳ね、その場に崩れ落ちる。 庇う対象がいなくなった今、戦闘の足枷となるものはひとつも無い。リベリスタたちは着実に、E・ビーストたちの体力を削っていく。 残っていた猫も倒れ、残るは犬二匹と兎が一羽。だが、E・ビーストたちもただでやられるつもりは無い。残されたE・ビーストたちも激しく抵抗を続ける。 疾風が振り上げた拳が傷だらけの犬の体に吸い込まれるように、直撃する。 弱り切った犬がその攻撃をくらって戦い続けることは出来ない。 残ったもう一匹の犬は最後の力を振り絞って、戦場を掛け抜けた。野生の勘と言うものだろうか。鋭い牙が回復を担っていた理央に食らいつき肉を抉る。 ダメージが蓄積していたのは、リベリスタとて同じこと。膝を着いた理央が立ち上がることは無かった。 「四条さん!!」 ユリアがアーリースナイプで犬を狙い撃つ。残った最後の犬は苦しげに吠え、動かなくなった。 回復を担う理央が倒れ、ますます戦場は厳しさを増していた。 ある者は自身で回復をし、ある者は運命を燃やして何とかE・ビーストと戦っていた。 スペードは臆することなく兎の前に歩むと、兎の巨体からから生命エネルギーを吸い出す。 彼らは退くことをしなかった。退くわけにはいかなかった。報われなかった、ひとつの命の為に。 「この天才を狙ったことは褒めてやろう。だが、これで終わりなのだ」 陸駆が放った一撃が兎の巨体に直撃し、ついに、その動きを止めた。大きな瞳がゆっくりと閉じられる。 先ほどまでの騒音がまるで嘘のように、辺りは静寂を取り戻す。 多くのリベリスタが傷を負った。それでも確かに、ひとりの少女を襲う不幸の話は終わったのだろう。 「……答えか、俺にはまだまだ足りないな」 傷を負った身体に鞭を打ち、少し前まで『羽付かめこ』であった物に近寄ると、エルヴィンが呟いた。 あるかもしれなかった可能性。誰も望まなかったひとつが、静かに街灯に照らされている。 かめこの為に用意したカメラも渡せなくなってしまった。これからたくさんの笑顔を、幸せを、写し撮って欲しいと、願っていたのに。 烏がそっと焼き尽くされたそれの側にカメラを供えるように置いた。 願わくば。いつか空の上で、彼女自身が幸せになれるように、と。 手を汚すのも、恨まれるのもひとりでいい。 ほんとうは。 出来ることならば、イヴや仲間の意思を、尊重したかった。 だけど。それでも。―――――――それでも。 焼けたカメラに手を伸ばして、そっと拾い上げる。 焼かれて脆くなったボディは、バラバラになって崩れていく。 地面に落ちた破片が、かしゃんと砕ける音がした。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|