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あなたを好きでいたかった

●だっこしてほしいの
 ふわふわに繕った毛も、黒いまあるい瞳も、みんな誰かに愛してもらうため。
(かわいがってほしい、ぎゅっとしてほしい、頭をなでてほしい。ねえ、私、ふわふわでしょう? 気持ちいいでしょう? そんなところにいないで、もっとこっちへ来て。
ね、私の大好きな……)
「落ち着け、落ち着くんだステファニー! こ、こっちに来るんじゃあないッ、うわ、うわああああああ!!」
(何よもう、そんなに怯えて失礼しちゃう! 女の子は怒ると怖いのよ!)

 軽く引っ叩いて反省させるつもりだった。人間の少女がそうした時のように、パチンと小気味のいい音がする筈だった。しかしその日たまたま夜間清掃に入っていた哀れな飼育員の顔面は、圧倒的な暴力でもって崩壊し押し寄せる圧力に耐え切れずねじ切れた首と下半身を残して遠くの壁に衝突。ずたりと壁を伝って落ちるそれは潰れたトマトにそっくりだ。
 ステファニーと呼ばれたものは呆然とそれを眺めて、自分の手を見て、目を見開く。こんなつもりじゃなかったのに! 唇から漏れる泣き声は徐々に大きく、月明かりに照らされる動物園に響くのだった。

「ウホホォーーーーン!!」

●なにこれ
「ゴリラ」
「いやそれはわかるけど、え?」
 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)らしくもない妙に端的な答えに、ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達は思わず真顔で首を傾げる。
「だから、ゴリラさ。ゴリラのE・ビーストが現れた」
 月夜に泣き叫ぶゴリラの映像をモニターから消しながら、伸暁は切なげに溜息を落とす。キーを操作すれば画像は切り替わり、映し出されるのは、またゴリラ。
「人に恋しちまったゴリラの成れの果て、か。皮肉なことに、彼女――マウンテンゴリラのステファニーは、放っておけば本意ではないままに想い人の飼育員を殺してしまう。……酷い、tragedyだな」
「……? う、うん」
 モニターに映る「彼女」を眩しげに見つめる伸暁の端正な横顔は、決して悲しげな表情を浮かべている訳ではなかった。ただその涼しげな瞳にはほんの幾ばくかの寂寞が、薄い膜のように張っている。
「……行ってやってくれ。迷える子ゴリラちゃんが待ってる」
 ステファニーはフェイトを持たぬエリューションだ。もはや殺すしか道はないけれど、それでも、愛する者を自らの手で殺めてしまうよりは――。

「子ゴリラちゃんってなんだよ」
 ブリーフィングルームを出たあたりでようやっと、リベリスタのうちの一人が虚空へツッコミをかました。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:ゴリラ・ゴリラ  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年07月14日(土)00:00
ゴリラ・ゴリラと申します。

●成功条件
E・ビースト、「ステファニー」の討伐

●シチュエーション
深夜の動物園。
ゴリラの檻は広大な動物園の隅に位置し、時間的にも巡回はいないため人払いの必要はありません。また、照明があるのでそれなりに明るいです。
ゴリラの檻にはステファニー以外のゴリラはいません。ロンリーゴリラです。
リベリスタ達がゴリラの檻へ入ったところから始まります。

●敵情報
ステファニー
革醒して巨大化したマウンテンゴリラのE・ビーストです。
その巨体を活かしたパワフルな戦い方を得意とします。
攻撃されない限り人間に対しては友好的ですが、親愛の情を示すために両腕で抱きしめてきます。かなり危険。
雄叫びはブレイク効果、パンチはノックバック効果を持っています。

ステファニーは檻の奥にあるゴリラ舎へ入ってバナナを食べているため、檻の外から攻撃することは不可能です。また、ゴリラ舎に鍵はかかっていません。


恋する乙女を倒さなければならない鬱鬱とした依頼です。恐らくは。
皆様のご参加を心よりお待ちしております。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ソードミラージュ
坂本 ミカサ(BNE000314)
覇界闘士
神代 凪(BNE001401)
★MVP
デュランダル
イーリス・イシュター(BNE002051)
プロアデプト
ロッテ・バックハウス(BNE002454)
デュランダル
羽柴 壱也(BNE002639)
マグメイガス
オリガ・エレギン(BNE002764)
ナイトクリーク
六・七(BNE003009)
インヤンマスター
冷泉・咲夜(BNE003164)

●ゴリラ
 遠くでシベリアオオカミの遠吠えが聞こえる。深夜の動物園は静かなようでいて、その実、たくさんの動物達の息づきに溢れていた。
「うほ! うほうほ! うほほんぬ!」
 謎のゴリラ語を歌いながら先頭を行くのは『あほの子』イーリス・イシュター(BNE002051)だ。普段通り天真爛漫に見える彼女であったが、内心で思うところはある。
(むくわれぬ恋、むくわれぬ想い。……人とゴリラの違い、わからないのです)
 イーリスは夜空を仰ぐ。報われぬ恋も悲しい結末も、人間の世界ではありふれた話だ。そこにどんな差があるというのだろう。恋をしていただけなのだと嘆くのも、そばにいたいと願うのも、人と同じ純粋な感情なのだから。
 人知れず柔く唇を噛む、そんなイーリスの後を歩くのは『Fr.pseudo』オリガ・エレギン(BNE002764)であった。その黒いカソックは夜闇にしっとりと溶け込んでいたが、彼の白面はちらつく街頭の明かりを仄暗く受けている。
 心と性別があるのなら、恋い慕う事くらいはあるのだろうと。ここにいるリベリスタのほとんどがそうであるように、オリガはあっさりと彼女の恋慕を受け入れていた。叶えることができない想いをそのままに、彼らは彼女に最期を与えなくてはならない。
 彼女がゴリラであることは、気にしてはいけない。……いいのかなあ? 思わず首を傾げるオリガに、だがそれを遮ったのは先頭を行くイーリスの声だった。
「うほ!」
 雄叫びと共に彼女が指すのは、マウンテンゴリラの檻――……彼女の、ステファニーの、住処である。

●ゴリラ・ゴリラ
 さすが大型動物が暮らすものだけあって、彼女の檻は檻と言うより一種のアトラクションのようなつくりをしていた。水場、遊具、岩盤地帯に小さな林。奥には質素だが大きめな小屋が建っている。扉はなく、ゴリラが自由に出入りできるようになっているようだった。
「ステファニーはあの中、かな」
 ギシリと檻に肩を凭れさせ、『fib or grief』坂本 ミカサ(BNE000314)はその手で小屋を示す。確かに檻の中を見渡した限りではゴリラの姿はなく、いるとすればあの小屋の中しかないだろう。
 とりあえず入ってみなきゃと身軽に檻を越えたのは蜘蛛の因子をその体に取り込んだ存在である『本屋』六・七(BNE003009)であった。
「行こ」
 肩越しに振り返る七を追うように、リベリスタ達はマウンテンゴリラの檻へと入っていった。

 小屋の中は明るいようで、出入口から仄かな明かりが漏れている。
「えっと、最初はやっぱり言葉が通じる人がいいかな?」
 『すもーる くらっしゃー』羽柴 壱也(BNE002639)の言葉に、「それじゃ私が」と笑った神代 凪(BNE001401)の横を、無言で通り過ぎる影があった。白を基調としたドレス、大きなリボン。プリンセスの表情は固く、しかし決意に満ちている。
 小屋の出入口へと踏み出せば、こちらに背を向け餌箱に腕を突っ込むステファニーの姿が伺えた。プリンセスはすぅ、と息を吸い込み、腕を振り上げる。
 
「ウホホホ! ウッホホ! ウホンヌ? ホホーイ!」

 動物会話――彼女、『白雪姫』ロッテ・バックハウス(BNE002454)もまた、ゴリラ語を操る使者の一人であった。勇ましい雄叫びを上げながら接近する姫君に、ステファニーはビクリと振り返る。
「ボコボコボコ! ウッホホホアアア! ドンドンドン!」
「ロ、ロッテ嬢……?」
 思わず戸惑いの声を上げた『嘘つきピーターパン』冷泉・咲夜(BNE003164) の肩を静かに叩き、しー、と自らの唇に人差し指を添えたミカサの、ロッテを見守る面持ちは真剣そのものだ。
 その華奢な体を精一杯に反らしながらドラミング行為を続けるロッテ。ゴリラと言えばドラミング、そんなイメージからこの行動を取ったのかもしれない。だが、ああなんという事だろう。ドラミングとは、ゴリラにとっての『威嚇行為』なのだ。
「ウ、ウホ……」
 その黒い瞳に警戒心を滲ませながら後退るステファニー。いけない、と呟く七の声を、大丈夫と遮るのは凪である。
「こんばんは、ステファニー」
 穏やかな声には慈愛の心が滲む。優しく落ち着いた様子の凪に首を傾げるステファニー、その瞳をしっかりと見つめながら、凪は笑った。
「あたし、凪っていうんだ。あなたとお話がしたいな!」
 言葉と共に差し出したのは一房のバナナである。
「ウホッ」
 慌てたように声を上げたのはステファニーであったのかロッテであったのか。どちらにせよロッテもまた懐からバナナを取り出す。バナナを手にしたまま視線を交わすロッテと凪は、次の瞬間ぷすりと吹き出した。
「ね、一緒に遊びましょお!」
 くすくすと笑いながら二人の少女はステファニーにバナナを差し出す。当のステファニーはというと、気圧されたようにバナナを受け取り――……それから、嬉しそうに鳴いた。彼女もまたロッテ達と同じ、少女なのである。
「ロッテさん、通訳してくれるかな」
 そう言ってステファニーに歩み寄ったのはミカサだった。年頃の男性の接近に頬を赤らめる(と言っても黒いのでよくわからない)ステファニーであったが、ミカサの声にしっかりと耳を傾ける。
「俺達は、君に大切な話があってここに来たんだ。でもその前に、お互いを知るところから始めてみない?」
「ウホッウホッボンゴボンゴボンゴ! ホオオオーイ!?」
 その言葉をロッテがゴリラ語に訳す。ちゃんと伝わっているだろうかと見上げるミカサに、ステファニーはしっかりと頷いた。
「よおし! 今日はいっぱい遊ぼうっ!」
 機嫌よくステファニーに抱きつく壱也。それを眺める七は、どこか落ち着かない様子である。
(ゴ、ゴリラもモフモフしてるのかなぁ……?)
 ちょっと撫でてみてもいいかなと、そっと手を伸ばす。

 子供たちが思い思いに挨拶を交わした後、やや離れた場所からオリガは切り出した。
「こんばんは、オリガといいます……ええと、一人では寂しいでしょう?」
 凪の通訳を待つ間に、リベリスタの面々を見回してみる。少なくともこの中に、ステファニーに敵意を持っているものはいない。苦笑しつつ片手で自分たちを指し、言った。
「この元気が有り余ってる若者達と、一緒に遊んであげて下さい。ね?」

●ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ
「ねえねえ、ステファニーちゃんには好きな人がいたんだよねっ」
 剥いたバナナをステファニーに手渡しながら言う壱也の言葉に、「あ、そうそう! ねえねえ、どういう人なの?」と同調するのは凪である。女性限定、恋についてのおしゃべりだ。問われたステファニーは恥ずかしそうに顔を俯かせる。
「ウホッホ……」
「えっ何て?」
 鳴き声だけではステファニーの本意はわからない。思わず聞き返したミカサに、男の子には教えてあげない! と笑みを向ける凪。ひそひそと壱也にだけ、通訳した内容を耳打ちしたようだ。きゃあ、と歓声が巻き起こる。
「まあ俺はこのもふもふが触れればいいん「ウッホギャアス! ウホホホホッホホン! ウッホ! ウッホ! ウッホ!」
 よく手入れされたステファニーの毛並みを撫でながら言うミカサの背後を猛スピードでタイヤが転がっていく。それを雄叫びを上げながら追いかけるのはロッテだった。
「……どうしたの彼女。先祖返りでもしたの?」
「ゴリラになりきって遊んでるんじゃない?」
 もっふりとステファニーの毛に埋もれ、至福といった表情で返す七の言葉に、ミカサはやれやれと肩をすくめた。

「貴女は、行かないんですか?」
 遊ぶ子供たちからは少し離れた場所。檻の格子に背を預けながら問うたオリガの視線の先には、普段のそれとは似ても似つかないような固い表情を浮かべるイーリスがいた。
「動物と遊ぶのとか、好きそうじゃないですか」
「……情が」
「え?」
「情が、うつるのです」
 それだけ言うと、ふいとイーリスは視線を逸らしてしまった。オリガは困ったように首を傾げたが、それ以上追求することはしない。
(みんなの想いは、伝わってほしいのです。私だって、心からそう思うです)
 最期の思い出を作りたい。ゆっくりと話をし、受け入れて欲しい。そんな彼らの想いはよくわかるし、否定もしない。だけど。
(だけど)
 イーリスは考える。もし自分がゴリラだったら、学名ゴリラ・ゴリラだったら、現在はGorilla beringei beringeiだったら――……
(……絶対に、いやなのです)
 何故自分が死ななければならないのかと、そんな勝手なことを、と。思うだろう。
 だから彼女は、ステファニーと、否、『ゴリラ』とは、遊ばない。殺し屋に、余計な情はいらないのだと。そう思うから。

「――できた!」
 ステファニーの腕のサイズを丁寧に測りながら、せこせこと何かを作っていた咲夜が歓声を上げた。その手には美しい花輪が握られている。興味深げに彼の手元を覗きこむステファニーにニッコリと笑ってみせながら、手を出してほしいのじゃ、と咲夜は言った。
 通訳せずとも雰囲気で理解できたのか、おずおずと差し出された直径八十センチ程の細腕に、咲夜は花輪をつけてやった。測りながら作っただけあって、サイズはぴったりである。女の子らしく美しいそれに、ステファニーが嬉しそうな雄叫びを上げた。
「こうすれば、ずっと持っていられるじゃろう?」
 笑う咲夜の表情は、しかしどこかに陰りを孕んでいた。
「うん、似合ってるよ、ステファニー」
 単純な賞賛。しかしステファニーにとってはありふれたそれこそが嬉しかったのであろう、ウホォ! と歓声を上げて褒め言葉の主――ミカサに抱きついた。
「ぐ、っ」
 ボキリと、骨の砕ける音がする。
 ステファニーからしてみれば、ごく弱い力で包み込むように抱き締めたつもりだった。現に、ついこの間まではこの抱きつき方なら人間は痛がらなかったのだ。だからいいと思った。しかし、今はどうだ。
 苦しげに眉を寄せるミカサ、それを癒す咲夜。ともだちが、痛がっている。どうして? わたしのせいで。
 認めたくなくて、ステファニーは一歩、後退った。

「……ステファニーちゃん、あのね。貴女は、今までの貴女とは違うものになってしまったの」
 夜も更けてきた。いい頃合いだろうと、七は切り出す。
「ウホ……?」
 わけがわからない、とでも言う風に七を見返すステファニー。
「ステファニーちゃん、すごく大きくなって……力が強くなったのです」
 ロッテの説明に、しかしステファニーはかぶりを振る。無理もないだろう、しかし、言わなければならないのだ。ロッテは目を伏せる。
「ね、ステフ。さっきのでわかったでしょう、あなた、このままだと人を殺しちゃうかもしれない」
 ステファニーの腕を握り、その瞳を見つめながら、一言一言を噛み締めながら凪は伝えた。しかしステファニーは怯えたような唸りを上げている。
「裏切られた、ように思うかな。そうだね、これは俺達の心を軽くするだけの、もしかしたら意味のない行為なのかもしれない」
 傷は癒えたのだろうか、呟くようにミカサが言う。
「だけれど信じて欲しい。君を想ってここに来た。皆のその気持ちは、本当だということを」
 わからない。ステファニーは、その両手で顔を覆う。
「ウホォ……」
 覚悟が決まるまで、わたし、そばにいるからね。ゴリラ語でそう言ったロッテは、静かにステファニーの隣へ立った。
「せめて最後まで、少しでも傍に」
 壱也もステファニーの手を取った。ふわふわの毛並み、さっきも触らせてもらったもの。こんなに仲良くなったのに、やらなくちゃいけない。彼女が大切な人をその手で殺す未来を、壊さなければならない。
(ほんと、何もできないなあ……この手は。壊すことしかできない)
 そんな壱也の内心とは裏腹に、彼女の手は暖かさと優しさをもって、ステファニーの手を包み込んでいた。
「ウ……ウホ……」
 リベリスタ達に戸惑いの視線を向けるステファニー。それまで静観を貫いていたオリガが、一歩、歩み寄った。
「僕達、終わらせにきたんです」
「……!」
 終わり。それはどういう意味だったろうか。わかりたくなくてステファニーはまたかぶりを振る。しかし今度は、追いかけてくる言葉があった。それはゴリラ語でも人間の言葉でもなく、ただ直接頭の中に響いてくる、確固とした意味。
『お願いだから――愛した人を傷付ける前に。恋する乙女の儘に、死んでくれ』
 ミカサの、声だった。こちらを見つめる彼と、視線が交錯する。
「ウホオオオオオン!」
 信じたくなかった。でもわかってしまった。ステファニーはゴリラという頭の良い種族を誇りに思っていたが、今日ばかりはその頭脳を恨まずにはいられなかった。わかりたくなかった。わからぬままに、終わればよかったのに。
「きゃ、」
 凪の手を、壱也の手を、ロッテの優しさを振り払う。死にたくない、と。ステファニーはその時、確かにそう思っていた。

「みんな、覚悟をきめるのです」
 ガシャリと音を立てて槍を手にしたのは、イーリスだった。
「終わりの時間です」
 ステファニーに、その切っ先を、向ける。

●4ゴリラ
 できる限り長引かせたくない。その気持ちは皆同じである。
「鴉達……そなた達も子ゴリラ嬢の最後に華を添えてやるのじゃよ」
 咲夜の手にした童話集――『優哀の書』と名付けられたそれから、夜闇よりなお黒い鴉が喚び出されステファニーの腕を貫く。それによってできた隙を縫い一気に間合いを詰めた七が、その指先で死の刻印を刻む。反撃しようとステファニーがその直径八十センチほどの細腕を振るうが、いかんせん彼女の攻撃は大振りである。拳は七の頬を掠めただけだった。
 オリガの放つ魔力のカードが切り裂いたステファニーの身体を、続いてロッテとミカサの指先から放たれた気糸が撃ち抜く。ミカサは普段通りの無表情で、ロッテは罪悪感からか眉根を寄せながら、それでも確りと大地を踏みしめて敵へと相対している。

「辛いよね、怖いよね、納得もいかないよね……」
 それでもこの手を止めることはできないのだと、その大きな瞳を潤ませながらも壱也は斬撃を放つ。その巨剣で斬って、刺して、抜いて、また刺して。
「はしば……ぶれどおおおおおおおおおおお!!」
 叫ぶ壱也の頬を一筋伝うものが、星明かりを細く反射する。

「ウッホオオオオオ!」
 ごおん、とステファニーが吠えた。あまりの大声に、前線に立っていた凪はびりびりと体が震えるのを感じる。続けて殴打がやってくる。かわせる、そう感じたが、凪はそこに立ったままぐっと体に力を込める。防御の構えだ。
 ガツンと嫌な音がして、凪の身体が後方へと吹き飛ぶ。その背中を檻へと強かに打った凪を見て、ステファニーはハッと動きを止めた。
「あいたたた……これが、今のあなたの力」
 人に使うには強すぎるよー、と。どこか寂しそうに笑う凪に、ステファニーは迷うようにその腕を彷徨わせた。と、その時。剣を構えて突っ込んできたのはイーリスである。
「わたしは、おまえの敵です!」
 まだ幼さの残るその容貌に決意と覚悟を滲ませて、天の怒りの名を冠す騎兵槍を撃ち出す。咄嗟に一歩下がり腕でその身を庇うステファニー。一度は防いだ。だが恐らく、次はない。
「うほ! うほほーん!」
「ウホッホ! ゴオーン!」
 イーリスが吼える。それを迎え討とうとステファニーが吼える。睨み合う二人、いや二匹の視線が交わり、まさに今その拳と槍が打ち合おうとした、その瞬間。ステファニーは、ふと構えを解いた。
「なっ――……」
 戸惑いの声を上げたのは誰であったのか、しかし一度ついた勢いは止まらない。イーリスの槍はいっそ清々しくステファニーの胸を貫いていた。
「ステファニーちゃあん!」
 どうと倒れた巨体に駆け寄るのはロッテだ。せめて最期までとその手を取る彼女に、ステファニーは優しい眼差しを向ける。
「ウホ……ウホホ……?」
 力無い言葉。それにロッテは何度も頷く。
「うん、うん……来世はきっと、素晴らしい恋ができるのです……」
 それを聞いて、安心したようにステファニーは目を閉じる。がくりとその細腕から力が抜けた。いつの間にか隣に立っていた凪がそっとその両手を合わせる。オリガもまた、己の神へと祈りを捧げていた。
(……ゴリラだろうとなんだろうと、悩めるものを救ってこその神様でしょうよ)

「おやすみじゃよ。次に生まれてくる時は、そなたの恋が成就するように心から祈っておるのじゃ」
 物言わぬゴリラとなったステファニーに、咲夜は優しく微笑む。
「普通のゴリラのステファニーちゃんとも、遊びたかったな……」
 そう呟いて瞳を伏せるのは七だ。ゴリラとリベリスタ達の笑い声が響き合っていた先程までとは打って変わって静かになった動物園に、ふとドラミングの音が響く。
「……?」
 ステファニーの来世へと願いを捧げていた壱也。怪訝そうに振り返った、その視線の先に居たのはイーリスだ。既に檻を出ていた彼女はこちらに背を向け、あおじろく光る月を見上げながらひたすらに鎧に覆われた胸を叩いている。ボコボコボコボコ、と。ゴリラがするそれと全く同じその音に、壱也はぐっとこみ上げてくるものを堪える。

「……さようならステファニー。君はとても素敵だったよ」
 普段と同じ平坦な声に、それでも滲んでいたのは哀悼だったのか。ミカサの囁きが夜闇に溶けて、消えた。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
恋する乙女のお相手、お疲れ様でした。
リプレイのほう、楽しんで戴ければ幸いです。

MVPは誠意を持ってゴリラと戦い、ゴリラのために泣いた彼女に。
ご参加、本当にありがとうございました。皆様のプレイングは素敵なものばかりでした。